海上護衛総隊奮闘記@舞鎮   作:ウルティ

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途中に、づほさんが古鷹さんを押し倒すシーンがありますが、残念ながら当小説はR-18ではありませんので、ウ=ス異本的展開は全くありません。全て健全です、イイネ?


第三話 邂逅

 一瞬の滞空からの急転直下。しかし、重力という(くびき)に縛られたこの身にそれを防ぐ術はない。

 視線の彼方で無意識に伸ばした右手が急速に遠ざかる青空を掴まんとして空を切るのを虚しく見送り――そのまま私の身体は、飛行甲板と格納庫を繋ぐ昇降路(エレベーターシャフト)への突入を果たす。

 そこから先を考えることはできなかった。まるで会心のブレイクショットを決められたビリヤードボールのように、何もかもを思考の外へと弾き出されてしまったからだ。そしてそんな有様だったから、最後の最後までその事実に気づくことはできなかった。

 墜落地点である昇降盤の上に飴色の迷彩塗装を施された単発単葉のレシプロ機が載せられていたことに。その傍らで、鼻歌交じりのこの上なくご機嫌な様子で工具を弄くる和装の少女の存在に。

 直後、強い衝撃を感じると同時に視界が紅一色に染まり……私の意識は急速に暗転していった。 

 

 ◆

 

 再び意識が覚醒したのは、眼球に直接突き刺さる強烈な光に晒されたからだった。その山吹を飛んでいっそ純白とも感じられる煌めきは何とも耐え難いもので、自然私の目は何度も瞬きを繰り返してしまう。パチパチ、パチパチと瞼が開け閉めされるごとに、徐々に視界は本来の色を取り戻していく。私を起こした眩しい光の正体は陽光で、それはポッカリと開いた四角の穴の直上から差し込んでいた。

 その穴を目にした時、私は全てを思い出す。

「私、あそこから墜ちたんだった……痛っ!」

 勢いのままに飛び起きようとしたところで、(きり)で差したような鋭い痛みが走る。咄嗟に原因元の左腕を押さえつけるが、ジンジンと脳髄に絶えず訴えかけてくるそれを止めることはできない。むしろ変に意識してしまったおかげで、他の部位の痛みまで呼び起こす始末だ。左腕の他に、下腹部は強かに打ち付けたのか現在進行形で鈍痛を放っているし、擦り剥けた膝頭には血が滲んでいる。件の左腕も折れるにまでは至ってないようだが、熱を放って収まる様子はない。呉に居た頃の演習などでも何度か経験したこととはいえ、この痛覚に由来する肉体的な痛みというものには未だ慣れることができないでいた。

「まさしく自業自得と言うべきか……はぁ」

 加えて、こうなったそもそもの経緯の方も思い出してしまい、私は本心から溜息を吐いてしまう。二度目の生を受けて手にしたこの“身体”とは、私には何とも難儀で持て余すものだった。まだ着任すらきちんと終えていないというのに、これから本当に此処(舞鎮)でやっていけるのだろうか。不甲斐なさで目頭から熱いものが滲み出そうになった瞬間――

「あぁーっ!!? ダメだよそんな怪我で起き上がったりなんかしたらぁーっ!!!!?」

 ――その場全体を覆い尽くすような裏返った声が耳に突き刺さり、流そうとしていたものは思わず元あった場所へと引っ込んでしまった。

 反射的に声がした方に首を向けると、そこには、救急箱を抱え、頭や肩に妖精をへばりつかせた着物姿の少女が立ち竦んでいたのだった。

 

 ◆

 

「急に頭上から降ってきたからびっくりしたわよもうっ! 思わず『親方! 空から女の子が!』って叫んじゃいそうになったぐらい! しかも、これ(救急箱)取りに行って戻ってきたら今度は起き上がろうとしてるし、本当に、ほんっとうにびっくりしたんだからねっ!!」

「何から何までお手数おかけして申し訳ないです……」

 結論から言うとするなら、その後は大変だった。今は目の前でプリプリしている彼女に一瞬で詰め寄られ、有無を言わさず上半身を床に押し付けられた。彼女と一緒にいた妖精たちもそれに加勢し、その小さいながらも恐るべき物量を以てして左腕を除いた三肢を拘束された。そして、あどけない顔に似合わぬ鋭い目つきで私の全身を睥睨(へいげい)すると、傷口に素早く目星をつけ、テキパキと淀みない手つきで処置を行ってくれた。その一連の流れはまさしく韋駄天、電光石火といえるもので、開戦と同時に南洋の島々を次々と陥としていった在りしの日本軍を彷彿とさせるものだった。

 と、そんなこんなで戦う前から敗残兵へとジョブチェンジを遂げた私を前に流石に気が引けたのか、それとも余りにも立て続けにいろんなことが起きたために疲労を感じたのか、それまで怒り顔だった表情が一転、ぎこちないながらも笑顔へと変化する。それに合わせて、紅白に染め抜かれたストライプ柄の鉢巻に纏められた鳶色の髪が、その尾羽根のようにふわりと揺れた。

「それで、どうしてあんな……その、墜落してくるような羽目になったの?」

「えぇと……それは詰まるところ自業自得というか何というか……」

「んぅ?」

 実際、それ以外に表現すべき言葉が思い当たらない。甲板で春の陽気を楽しんでいたら、突然吹き下ろしてきた風に、麦わら帽子を飛ばされ、それを必死に走って追いかけていたら、格納庫に繋がる昇降機(エレベーター)が降りていたことに気づかずにそのまま墜ちてしまったなんて、自業自得以外の何物でもない。

 そこで、今更ながら私は元凶のブツ(麦わら)が手元から消え失せてくることを悟る。あの時確かに手にしたのだと思ったのだが――

 突然暗くなったかと思えば、すぐに思案顔に変わった私の姿を不思議に感じたのか、彼女の首がコテンと傾げられる。しかし、そこで何かを思い出したのかすぐに背中の後ろへと手を回した。

「あっ、そういえば、あなたが墜ちてきた時にこんなものを握り締めてたんだけど……ひしゃげちゃってたから機関(スチーム)妖精に頼んで直してもらってきたの……ってひゃあっ!?」

 そう言って彼女から差し出されたのは、紛れも無く私の麦わらだった。呉から此処に来るまで被ってきたために若干型崩れを起こしていたそれは、舞鶴に着いて暇が空いたら直そうと思っていたものだった。

 それが今、私の目の前に新品同様の綺麗な形で存在していた。

 そう認識した瞬間、無事な右手が無意識に伸びてガシリと縁を掴んでしまう。若干奪い取る形になってしまったことで素っ頓狂な声を上げる彼女に申し訳なく思いつつも、手にしたそれを胸の前に優しく抱き寄せる。白いリボンをたなびかせた向日葵色の麦わらは、微かに陽向の匂いを感じさせた。

「……それ、そんなに大切なものなの?」

 驚きから立ち直った彼女が、そう静かに聞いてくる。私はコクリと頷いた。

「……そっかぁ、大切なものなんだ。えへへ」

 私の首肯に納得したようにうんうんと相槌を打つ彼女の姿はとても可愛らしいもので、いつしか私も同じように笑みを浮かべていた。私たちの周りにいつの間にやら集まっていた妖精たちも、そんな主人の様子に中てられたのか、ピョコピョコと飛び跳ねながら楽しげな雰囲気を纏っている。

「最初こそびっくりしちゃったけど、今ので全部吹き飛んじゃった。そんなに大切そうに麦わらを扱う人、私生まれて初めて見ちゃったから」

「あはは……ごめんなさい、親切に渡してくれたのを無理やり奪い取るような真似しちゃって」

「良いの良いのっ、これから同僚……いや、戦友になるんだからそーんな細かいこといちいち気にしちゃダメだって!」

「あー……やっぱり私が艦娘だって分かってたんですね」

「そりゃあもうっ! 提督から今日転属して来る予定だって半月前から聞いていたもの。この舞鎮に必要不可欠な人材だとも言ってたし……とはいえまさか、自分で連絡用の車転がして呉くんだりまで迎えに行くとは思ってなかったけど」 

 どうやら、私の転属の件は彼女も含め、此処(舞鎮)では周知の事実だったらしい。今思えば、基地に入る際の種々の手続きや管制からの発光信号、そして、入渠前の曳船(タグボート)の寄越し方は異常なまでに円滑に進められていたように感じる。あれは、事前に提督が入念な根回しを行ってくれていた結果だったのだろう……運転手に偽装することまでは、流石の彼女も想定していなかったようだが。

 しかし、その事実から私は恐ろしい考えに思い至る。

「あれっ……だとしたら、もしかして私の名前、もうこの鎮守府中に知れ渡ってたり?」

 それはこっ恥ずかしいから勘弁してほしいと思ったが、そんな切なる願いも、直後の彼女の言葉に虚しく裏切られた。パッと咲いた大輪の花のように眩しい笑顔と共に。

「もっちろん! こっちは横須賀や呉や佐世保と違って戦力の増強がほとんどないし、しかも駆逐艦以外の大型艦が久々に来るって話だったから舞鎮みんなで盛り上がっちゃって!」

 想像していた以上に期待が重かった。これで、実は実戦に一度も出たことがありませんなどと知れたらどうなってしまうのか。今から考えるだけで胃が痛くなる。

 そんな私の内心の憂鬱を知ってか知らずか、彼女の言葉は止まることなく続けられる。

「そんな訳だから、みんな古鷹さんの着任を心待ちにしてたの。今日この日のために歓迎会の企画まで駆逐艦の子たちと一緒に練ったり……」

「歓迎会まで……何だろうこの外堀が完全に埋められている感」

 私はしがないただの重巡洋艦に過ぎないというのに、どうしてこうなった。

「まぁ、その主賓がどうしてか私の艦内(なか)にこうやって墜ちてきたのには驚かされたけどね」

「うぐっ」

 それを言われると、心が痛い。より具体的には湿布が貼られた下腹部と包帯に吊られた左腕辺りが。

「ともあれ、今日からよろしくねっ! 古鷹さん!」

「……はい、よろしくお願いします。えっと……」

「そういえば言ってなかったっけ。私の艦名(なまえ)は瑞鳳。見ての通りの航空母艦で、艦級(クラス)は祥鳳型、書類上はそのニ番艦になるのかな。もっともその辺は色々と曖昧なんだけど」

「私も艦名(なまえ)には色々と翻弄された過去があるので、お気持ちよく分かります」

「だよねーっ! 日本はこういうところに注意払わなくてほんっと困っちゃう!」

 アハハ、と二人の間に喜色が溢れる。ひとしきり笑った後で、どちらからともなく手が差し伸べられた。優しいながらもしっかりと握られたその手を、同じくしっかりと握り返しながら、そこにお互いの存在を確かめ合う。

「改めまして、よろしく古鷹さん! あと、これからお互い肩を並べて戦う戦友なんだし、敬語を使う必要はないからねっ!」

「それは……いいえ、分かった。これからどうぞよろしくね……瑞鳳」

 

 その日、私は新たな戦友を得たのだった。

 

 

 




 前書きで厚顔無恥にもかましてますが、まずは謝罪を。ほぼ二年近くほったらかしておいて何を今更、という感情が自分の中から湧き上がってきますが、それ以上にこの小説を頑張って書きたいという思いの方が遥かに強かったので、恥ずかしながら第三話として今話を投稿させていただきます。
 次話投稿に関してはまだ未定ですが、今回ほど放置はしないと断言させていただきます。また、第一話と第二話を読み返して無理があるなと思ったところも見つけられたのでそこも随時修正していきたいと思っています。
 こんなどうしようもない小説と作者ですが、熱意だけは失わないつもりでいるのでどうかこれからもよろしくお願いします。

 
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