アグネスタキオンとおかしくなったトレーナー【完結】 作:砂糖ノ塊
トレーナー君の内に巣食うナニカ……"忘れられたウマ娘"たちとのレースに打ち勝ち、トレーナー君はもとのモルモットに戻った。
「お邪魔します……」
「二人ともよく来たね」
「やあトレーナー君、脚の具合はどうだい?」
「順調だよ。お医者さんも経過は良好だって言ってたし」
「それはなによりだ」
あのレースが終わった直後、トレーナー君は病院に緊急搬送された。
やはり彼の肉体がウマ娘の全力に耐えることは叶わなかったらしい。
精密検査の結果は両大腿骨粉砕骨折。
全治三ヶ月の重症だが、今の彼の様子を見ると怪我の完治もそこまで時間はかからないように思える。
これなら新しい実験……ではなく、私作の治療薬を使う必要はなさそうだな。万が一にでもまた何言ってるかわからない状態になったら耐えられない。
私とカフェは病室の椅子に腰掛けたのを見てから、トレーナー君から話を切り出してきた。
「そういえばちょっと前に理事長がお見舞いに来てくれたんだ」
「ふぅン?」
「謹慎期間が三ヶ月、つまり退院と同時に謹慎が解けるっていうことを伝えに来てくれたみたいで」
「それは……よかったです……」
「うん、それはまぁ嬉しいんだけど……」
「……?」
「どうやら不服みたいだが」
「別に不服とかじゃないんだけど……タキオン」
「もしかして、俺が殴ったトレーナーに何かした?」
「ハッハッハ!何を言い出すのかと思えば……」
「だよね!あぁよかった……もしタキオンが向こうのトレーナーに変な薬で脅してたらどうしようかと……」
病室に置いてある椅子に腰をかけ、私は彼の誤解を訂正する。
「脅していたなんて君も人聞きが悪い……ただ少しお願いしただけさ!」
「はぁ…………」
「…………」
「してるじゃん!!」
「トレーナーさん……病院で大声は……」
「あ、あぁ……ごめん」
「怪我に響くぞトレーナー君」
「え、ちょっと待って。本当に脅したの?」
「だぁから!私はただお願いをしただけだと言っているだろう!」
「……というよりタキオンさん……トレーナーさんに話してないんですか……?」
「詳しいことは伝える必要はないと思っていたのだがな……まぁいい、君の謹慎が解けた理由を説明してあげよう」
あのレースの翌日から、私は既に行動を開始していた。
「やぁやぁ!怪我の具合はどうだい?」
「お前は……っ!」
「その節はすまなかったね」
私がまず訪れたのは、トレーナー君がボコボコにしたあのトレーナーの病室だった。
やはりというべきか、自分を殴った彼の担当である私のことは既に知っていたらしい。
「何しに来やがった……!」
「何って……怪我人にすることと言ったらお見舞いだろう?これはここに置いておくとしようか」
私は持ってきた花束を空っぽだった花瓶に無造作に突っ込んだ。
そしてそのまま彼のベッドに腰掛ける。
「それにしても……随分と痛々しいね。全身のあちこちが包帯まみれじゃないか」
「誰のせいだとッ!!」
「おおっと、動くと怪我に響くよ?」
「くっ……」
興奮気味の彼を手で制して私は続ける。
「さて、お見舞いはこれくらいにして本題に入ろうか」
「……本題?」
「失礼しま……あ、もしかしてお大事なお話中でした?」
病室の扉が開き、一人の看護師が点滴を持って入ってくる。
「構わないよ。ただの世間話さ」
「そ、そうですか。では点滴を……」
「ふゥン……」
看護師は手早く点滴を済ませ、病室から出ていった。
おそらくは彼の見るからに怪訝そうな顔に怯えてのことだろう。
「……そうそう、本題に入るところだったな」
「それで、何だその"本題"って」
「簡単なことだよ。君には私のトレーナー君の謹慎が解けるよう、彼に有利になる証言をしてもらう」
「…………はぁ?」
まぁ、こういう反応が返ってくるのは予想通りだったので特に気にせず続ける。
「私のトレーナー君は一時的に精神が不安定な状態になってしまっていたんだ。だから君を殴ったのも彼の本心ではない……というわけで快く許してくれたまえよ」
この言葉に嘘はない。
実際このトレーナーを殴ったのは彼の本心ではなく、
「お前……自分が何言ってるのか分かってんのか……?」
「もちろん」
「ふざけんのもいい加減に──」
怒りに任せて起き上がろうとする彼の頭を、片手で強引にベッドにねじ伏せる。
「よく考えてみろ。私と君……一体どちらの立場が上なのか」
「そういえば、君は随分と担当ウマ娘に嫌われているようじゃないか?」
「自分のトレーナーが入院したというのに、まだ一度もお見舞いに来ていないのだろう?」
「な、んでそれ、を……」
「君のことは調べさせてもらったよ」
「結果を伴わない練習……今どき頭の悪い根性だけの育成は流行らないぞ?」
「それに日頃の言動、担当ウマ娘へのパワハラ紛いの指導、ここではとても紹介しきれないほどの不祥事の数々……」
「これら全てが学園にバレたら……君は一体どうなるんだろうなぁ?」
「お前……俺を脅す気か……?」
「脅す?人聞きの悪いことを言うなよ。これは単なる交換条件さ」
「そちらはトレーナー君の謹慎が解けるよう学園に働きかける。こちらは君の不祥事を黙っておく」
「どうだい?WIN-WINの関係だろう?」
「こっちは実害が出てるんだよ!そんなんで納得できるか!!」
まったく……頭の悪いヒトと話をするのは疲れるな……
「うーん……君のような救いようのないバ鹿にも理解できるようにしようか」
そして私は持ってきた試験管を取り出した。
中には透明な液体が入っている。
「なんだそれ……」
「私が発明した薬品だよ。これを飲めば君は運動神経と感覚神経が飛躍的に上昇する」
「お前……まさかそれを俺に……!?」
「安心したまえ。既に人体実験は済んでいる」
「副作用として
「やめ……!」
「さあ口を開きたまえよ……」
「ああ!あああ!!」
人間の力でいくら抵抗しても、ウマ娘の私にはモルモットをケージに戻すより簡単だ。
キツく結んだ口ををこじ開け、ゆっくりと栓を抜いた試験管を近づけていく。
「ん?止めてほしいのかい?」
「あああああ!ああああああ!!」
額に脂汗をかき、大口を開けさせられた彼は涙目で助けを求めてくる。
「…………仕方ない」
「がぁ!ごほっ!ごほっ!!」
大きく咳き込んだ彼は、そのままベッドの上で塞ぎ込んだ。
「それでは私はこの辺で失礼するよ」
「先程身を持って感じたと思うが……自分の身体が大事なら、私に逆らわないほうがいい」
「君の献身的な協力、期待しているよ」
「誰が……お前みたいなイカレウマ娘の頼みなんか聞くかよ……アグネス……タキオン…………!」
「そうそう!一つ言い忘れていた!」
「この薬品は口から接種しても効果が出るが、私の推測によると静脈から直に接種した方がより効果を得られるはずだ!」
「そして今君の腕に刺さっているのは……」
「……どうだい?これならバ鹿な君にも理解できただろう?」
「三日以内に理事長に掛け合うことをおすすめするよ。もちろん私の『お願い』をバラせば……どうなるかは言わなくてもわかるか」
「それでは君の献身的な協力を、心から期待しているよ」
「──という訳さ」
「………………」
「どうしたトレーナー君、そんなマッドサイエンティストを見るような目をして」
「実際そうでしょ!!」
そろそろ大声を出すなと病院関係者に注意されそうだ。
「安心したまえ。全部ただのハッタリだ」
「…………え?」
「はぁ……タキオンさん、自分のトレーナーに意地悪をするのは程々にしておいたほうが…………」
「なんだいカフェまで!こんなのほんのお茶目なジョークだろう!?」
「あなたが言うと冗談に聞こえないんですよ……」
「え?え?え???」
トレーナー君からは理解不能という目を、カフェからは呆れた目を、同時に向けられている。
「言っておくが!これは薬品などではなくただの水だし!第一病院で手配する点滴に細工などできるはずがない!!」
「いやまぁ……それはそうだね……」
「それに君に試した薬は全て廃棄済みだ!!彼女たちもあんな奴と関わりを持つなんてゴメンだろう!?」
「あんな奴って……」
私は持ってきた試験管に入っていた『お願い』用の水を、既に花の入っていた花瓶の中に捨てた。
「私だって私なりに一生懸命頑張ったのに……心外だよトレーナー君!カフェ!」
「ごめんって」
「タキオンさんに謝ってもつけあがるだけですよ……」
……まぁ、好きに言わせておけばいいか……
「…………なぁ、タキオン」
「なんだい?」
「結局俺の身体にいた彼女たちは……本当にタキオンたちだったのか?」
「そういうのは私でなくカフェに聞きたまえ。私だって君に起きた現象を完璧に理解できたとは言い難いんだ」
「私だってよくわかりません…………乗っ取られていたご自分が一番わかっているのでは……?」
「うーん……なんとなくそんな感じはしたんだけど…………」
「歯切れが悪いね。実験の結果には正確性が求められるんだが」
「タキオンだってよくわかってないくせに……」
おっと、これまた心外だなモルモット君。
「私は"完璧"に理解していないだけだ。大体のことは理解しているよ」
「へぇ……?」
「その顔は信じてない顔だね。いいだろう、私なりに説明してあげようか」
「と言っても、これは彼女たちの言っていたことが全て本当であると仮定した場合の推測だがな」
「まず、我々がトレーナー君に感じた謎の違和感……もとい親近感の正体が、君の中に取り憑いた私たちだとするのなら、いくぶん説明はつく」
「私とカフェ話し方の癖……ましてスズカ君の大逃げの構えなど、ただの人間である君に再現することなど不可能だろう」
「現に、君はウマ娘と肩を並べるほどの自身のスピードに耐えられず、車に轢かれた程の重症を負って入院している」
「これを素面でやったとするなら……君は相当狂っているよ。それも悪い意味でね」
「……とまあここまで推論を立ててきたものの、私にもいくつか不明な点がある」
ここは協力を得ようじゃないか。
彼らに向けて人差し指を立てる。
「一つ。なぜ彼女たちはトレーナー君に取り憑いたのか」
「それはタキオンの実験で、俺がそういうものを感じ取れるようになったからなんじゃ?」
「だとしてもウマ娘から見ればヒトの肉体は随分と脆い」
「それにそういうものを常に感じ取れて、なおかつヒトよりは丈夫な身体のウマ娘がそこにいるだろ?」
そう、そこで苦い顔で私を睨んでいる彼女のことだ。
「…………」
「君とカフェの肉体なら、私は絶対にカフェを取るよ」
「それに彼女たちは"トレーナー"という職業の人間に、並々ならぬ憎悪を抱いていたように思える」
「それは……同感です…………」
「ならばなぜ彼女たちは、憎悪の対象であるはずのトレーナーを選んだのか?」
取り憑いたこと自体が彼女たちの復讐という線もあるが……
「……なかなかこれといった答えは出ませんね…………」
「仕方ない。次に進もうか」
次に私は中指を立てた。
「二つ。彼女たちの言う『無かったことにされた』というのはどういうことかなのか」
「無かったことにされた…………一体どうやって……」
「さぁな、何せ私にはこういう時に役に立つようなオカルトチックな知識は持ち合わせていないのでな」
「……タキオン、一つ思ったんだけどさ」
「何か気づいたのかい?」
「いや……あんまり関係ないかもしれないけどさ…………」
「無かったことにされたって……それは
誰に?
言われてみれば確かにそうだ。
彼女たちは『無かったことにされた』と言った。『無かったことになった』とは一言も言っていない。
「彼女たちを……無かったことにした存在が…………」
それが私たちに認知できないとしても、確かにそこにいる。
「……やめだ。いくら知恵を絞っても今の私たちには結論が出そうにない」
「そうだね」
「…………あの」
どこか躊躇いがちにカフェが私とトレーナー君に尋ねる。
「"時計"に何か覚えはありますか……?」
「「時計?」」
「彼女たちが言っていたんです……」
『笑ってしまうよ!あんな
「ふむ……」
時計……か。
「もしかして……彼女たちが無かったことにされたのにも何か関係が…………」
「その可能性は十分にあるが……私には何のことかさっぱりだな。トレーナー君はどうだい?」
「時計…………いや、まさかな」
「どうした、何かあるのなら遠慮なく言いたまえ」
「別に遠慮とかじゃなくて……多分関係ないと思うし」
「そうか……」
何か重大なことを見落としている気がするが……どうしてだろう、これ以上踏み込めば危険だと本能がそう告げている。
「……次に進みましょう」
どうやらこの言葉で言い表せない危機感を覚えているのは私だけではないようだ。
「三つ目……これが最後だ」
「彼女たちは本当にいたのか?」
「……?それはどういう……」
「言葉の意味そのままだよ」
「え、それはタキオンも彼女たちがいるって前提で話してたんじゃ」
「確かにそうだ」
私は確かにおかしくなったトレーナー君をこの目で見た。
「しかしだ、トレーナー君。私は彼女たちのような今の科学で証明できない存在を信じるのと同じくらい……いやそれ以上にもう一つの可能性を信じているんだよ」
「もう一つの可能性?」
「彼女たちは君自身が作り出した内在人格……いわば君は一時的に二重人格者になっていたという可能性さ」
これも別にありえない話ではない。
あの薬が及ぼす副作用は未だ不明瞭だ。彼の内に秘めた感情を『ウマ娘』という形で表へ出すことだって十分にありえる。
「彼はトレーナーという職業柄、他のウマ娘の研究もしている。スズカ君の走り方だって一度は目にしているはずだ」
「辻褄は…………」
「合って……る?」
「"どうとでもなる"と言ったほうが正しい」
「全ての原因である薬は既に廃棄済みだし、仮にもう一度君に実験をしたとして同じ結果が出るとは考えにくい……」
ダメだな、確証がない状態では何をしてもイタチごっこにしかならない。
「まったく……難解な案件を置いていったなぁ君は!」
「ごめん……」
「元はと言えば全部タキオンさんのせいでは……」
……まぁ、焦る必要もないだろう。ウマ娘の可能性に繋がるかもしれないなら、並行して研究する価値は十分にある。
「この件については追々やることにする……だから二人とも、引き続き協力よろしく頼むよ」
「もちろん!」
「私は、もうああいった厄介事には……極力関わりたくないです…………」
そんな本音を溢したカフェが、座っていた椅子からゆっくり立ち上がった。
「それでは、私はここで失礼します……」
「もう行くのかい?もっといてもいいんだぞ?」
「私があまりここにいると、ついてきてしまう子たちもいるみたいですし……後ははお二人で…………」
「あんまり引き止めちゃダメだよタキオン」
「はいはい」
「お見舞いありがとう。あいつ……君のトレーナーにもよろしく伝えておいてくれると助かるよ」
「わかりました……それでは、お大事に…………」
ありきたりな言葉を残して、彼女は病室を出ていった。
そうして病室には私とトレーナー君の二人だけ。
「…………」
「…………」
少しの静寂が訪れたあとに先に口を開いたのはトレーナー君の方だった。
「……その、ごめんな。いろいろ迷惑かけちゃって」
よくもまあこれほど心底申し訳無さそうに謝れるものだ。それも私に向かって。
先程カフェに私に謝っても無駄だと言われたばかりだろうに。
「君の言う通りだ!全くもって迷惑極まりない!」
「…………ごめん」
「これはただ謝っただけでは済まされないなぁ?モルモット君?」
「……?」
「肩を揉んで紅茶をいれてご飯をつくって実験に付き合って……まだまだ足りないだろう?」
やっと理解した彼の顔が少しほころぶ。
「わかったらさっさとその怪我を治したまえ」
「君のような優秀なモルモットは他にはいないんだからな」
「……タキオン、君はやっぱり──」
「なんだ、ハッキリ言ってくれないと困るぞ」
いつかの日のように、彼は少し間を空けてから告げた。
「──素直じゃないな」
「………………はっ」
何を言うかと思えば、随分と面白みに欠ける感想じゃないか。
「そういう君は案外──」
私のような異端児に振り回され、時に振り回し、おかしくなってもなお私の傍にいつづけた彼の姿は、見方を変えれば正気の沙汰ではない。
「──物好きだな」
それもかなりの。
「……ふっ、確かにそうかもね」
不敵に笑う彼の瞳。
その瞳の奥で笑う私の瞳。
やはり彼は……彼と私はこうでなければ。
「随分と狂った色の目をしているな?」
「タキオンだって」
私たちは狂っていなければ。
そうでなければどうして遥か遠くの可能性を見据えることができる?
もっと遠くへ。ウマ娘の果てへ。
彼と共に。
さぁ、可能性を導き出そう。
まずは感謝と、そして謝罪を。
あろうことか最終回を先に出してしまいました。申し訳ありませんでした。ちょっと実験されておかしくなってきます。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!
はい。というわけで(?)。
皆様ここまでご愛読ありがとうございました!最後の最後にとちってしまいましたが、ここまで来れたのも一重に皆様のおかげです!
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砂糖のカタマリでした!
……もしも、「結局『彼女たち』ってなに?詳しい説明しろや」という方がいたら下のアンケートを……
問:本編の解説が欲しいか?
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素直にお願いする
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屈服はしない