アグネスタキオンとおかしくなったトレーナー【完結】   作:砂糖ノ塊

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問:あなたは助けてくれるか?

「今日はやけに外が騒がしいねぇ……」

 

 うるさいのは研究の邪魔になるから嫌いなんだが……この部屋なら騒音以外の邪魔は入るまい。

 

「なンかウマドルのライブ?の準備工事らしイヨ」

「ふぅン。それにしても随分と大がかりな工事のようだが……一体どれくらいのファンが集まるんだい?」

「2兆人」

「ハッハッハ!なかなかに面白いジョークだ!……些か桁が大きすぎることに目を瞑ればだが」

 

 現在の日本の総人口が約1億人、世界の人口が約70億人として、2兆人はやりすぎだろう。残りの1兆9930億人は一体どこから連れてきたんだ。

 

「ヤっパり資料の印刷ミスかナァ?」

「そうでなければおかしいだろう、普通に考えて」

「でもタキオンにだっテたくサンのファんがイルよネ」

「ありがたいことにね。おかげで『他者感情による心理的効果』という探究心がくすぐられるテーマが浮かび上がってきた」

 

 この私の机の引き出しには、今でもあのときのボイスレコーダーが入っている。

 

「"感情"というものについてはまだまだ未知な部分が多い……が、おかげで懐かしいことを思い出せたよ。ありがとう」

「どうイタしましテ」

 

 おそらくこれを全て解き明かすには時間がかかるだろう。もしかしたら私が生きている間には解明できないかもしれない。

 

 だが、それでいい。

 

 ウマ娘の可能性も、感情が与える力も、そう簡単に解明できてしまったらつまらない。

 

 いつだってこの身一つで突き進むだけだ。

 

「……少し話が逸れてしまったな。私たちは一体何の話をしていたのか、思い出せるかい?」

 

「…………椅子かラ解いテ」

 

 空き教室の椅子にロープでぐるぐる巻きにされたトレーナー君からの要求を、

 

「それはできないなぁ!?」

 

 彼を縛り付けた張本人である私は全力で拒否した。

 

「『この前のお詫びに何でもする』私のトレーナー君に二言はないだろう!?」

「いヤ、まぁ確かニそう言っタけどサ……」

「罪はそれ相応の罰があって初めて赦されるんだよ!」

「私に無理矢理あのバケモノ(ロイヤルビタージュース)を飲ませた罪は大きいぞ……」

「別ニこんなことシナくてモいいノニ」

 

 私の怒りに反比例して、トレーナー君はいつもと変わらない……というよりいつもより飄々としている。

 

 今のうちに精々余裕ぶっているがいい……目にもの見せてくれよう……!

 

「いいかいトレーナー君、それもこれも全部君のためなんだよ!」

「ソンなDV夫ミたいナ……」

「ぶっ飛ばされたいのかい?」

「コわっ……というカ、俺のたメ?」

「君に罪を償う機会を与えようというのだ。君のためでなければ何のためというのだい?」

「タキオンノ自己満」

「本気でぶっ飛ばすよ?」

 

 まぁ、半分はあたりだ。

 

「……とにかく!今から軽い健康状態のチェックをするから大人しくしていたまえ!」

「はイはイ」

 

 観念したトレーナー君はその後も特に抵抗することなく、比較的大人しくバイタルチェックや体重測定等を受けた。

 

「エ、どうヤッテこの状態で体重計に乗せるノ?」

「このままやるんだよォッ!!」

「ふァ──」

 

 そしてカウンセリング。

 

 私が本当にしたかったことはこれだ。

 

 彼の今の健康状態と、そしておかしくなった原因がこれで少しでも解明できれば……

 

「最近はよく眠れているかい?」

「まあまアかナ。仕事柄夜遅くまデ起きテルことが多いケドネ」

 

「偏った食事……というより君はまともな()()()をちゃんと食べてるかい?」

「食べてルヨ。ナルべく毎日三食欠かさずニネ」

「頼むからまた食べ物じゃないものを食べたりしないでおくれよ?」

「ハいはイ」

 

「身体の調子はどうだい?」

「……カナリイイヨ。今ナラ誰ヨリモ速ク走レソウダ」

「そうかい」

 

 やはり私が彼に試し続けてきた実験の成果が、今になって現れてきているということなのか?

 

「他に何か身の回りで変わったことは起きていないかい?」

「………………」

「トレーナー君?」

「……ナニモオキテイナイヨ

「ん?そうか……」

 

 今なにかが……

 

「とイウか今マデの質問、逆に俺ガ聞きタイ質問ダッタんだけド」

「(ただの気のせい……か)」

「タキオンは大丈夫かイ?チャンとご飯食べテル?研究ばっかデ夜ふかししてナイ?」

「私のことは心配いらないよ、自分のことくらい自分でできないでどうする」

「……タキオンの口かラ出てクルとは思えナイようナ言葉だネ」

「本当に君は失礼極まりないな!」

 

 まったく…………まぁいい、そんなことが言えるのも今のうちさ……!

 

「それデ?次ハ何をすルノ?」

「……それじゃあ、次はこれを飲んでもらおうか」

「…………エ、なにコレ」

「なにって、ロイヤルビタージュースさ。もっとも私の改良によってその効力は元のジュースの倍以上になっているがな」

「へー……ナンか遠くナイ?」

「気のせいさ。早く飲みたまえ」

 

 そしてその苦さと不味さも元の倍以上だ。

 

 ふふふ……我ながら恐ろしいものを作り出してしまったものだ。これだけ離れていても鼻をつく匂いが漂ってくる。

 

「ふーン……」

 

 あまりの禍々しさに恐れをなしているな?まぁそれも無理はないな!

 

 なにせこのジュース最大の特徴は味もそうだがその量!通常の青汁(ロイヤルビタージュース)がコップ一杯程度なのに対し、私特製青汁はペットボトル一本分、すなわち500mlある!

 

 さぁ!私に泣きながら許しを請え!!その上で私と同じ……いやそれ以上の苦しみを味あわせ──

 

「……まァいいヤ」

「え?」

「イただきマス」

 

 礼儀正しい台詞を引き金に、彼はまるでトレーニング終わりのウマ娘がスポーツドリンクを飲むかのような勢いでそれを飲み干した。

 

「飲み……」

 

 飲み干した。

 

 一気飲み。タイマーで計っていたわけではないが、おそらく10秒も経っていない。

 

「はイ、飲んダヨ。次ハ?」

「え……あ……ってなんともないのかい!?」

「ン?美味しくハ無かッタけド、別にイツモノことダシ」

 

 そうだ……トレーナー君は薬品を飲むことになんの抵抗も感じないヒトだった……

 

「それデ、次ハ何をスレばいいノ?」

「ちょっ、ちょっと待っていたまえ!今すぐ次のものを取ってくる!」

 

 実験が必ずしも期待通りの結果を出すとは限らない。それを私は知っていたのに、あろうことか冷静さを欠いてしまった。

 

 トレーナー君の反応が薄かったのもそうだが、久々の実証実験で昂ぶっていたのが一番の原因だろう。

 

「コッチ……ニ……キテ…………?」

 

「……ワカッタヨ

 

 冷静になった今ならわかる。

 

 私は彼から目を離すべきではなかったのに。

 

 それもこれも全て、彼の異変に気がつけなかった私の責任だ。

 

「トレーナー君!戻った……ぞ……」

 

 私が研究室から、トレーナー君が椅子に縛られている空き教室までの間、僅か数分。

 

 絶対に解けないよう、キツく結んだはずのロープはまるで()()()()()()()()()()綺麗なまま床に落ちていた。

 

 閉め切っていた窓からの温かい日差しが室内を明るくし、柔らかな風がカーテンを揺らす。

 

「トレーナー君……?」

 

 トレーナー君がいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが……俺を呼んでいる。

 

コッチ……コッチ……

 

 前にも同じようなことがあった気がするが……今は頭が痛くてそれどころじゃない。

 

 タキオンはどこだ?さっきまで一緒にいたはず…………

 

 ダメだ、俺を呼ぶ声が頭に直接響いて思考が上手くまとまらない。

 

 身体もこの声につられて勝手に進んでいく。

 

 誰なんだ?俺を呼んでいるのは?

 

 頭が痛い……割れそうだ……一刻も早くこの痛みから解放されたい…………

 

モウスグダカラ……

 

 あぁ、もうすぐなのか。

 

 なら早く行こう。

 

 この際、俺を呼んでいるのが誰だって構わない。

 

 呼ばれている。だから行く。

 

 それで十分……

 

ツイタ…………

 

「ここハ…………」

 

 

 

 三女神の像?

 

 

 

コッチダヨ……

 

 三女神の像の前、ウマ娘に似たナニカが立っていた。

 

 真っ黒なウマ娘。

 

 比喩じゃなく、マンハッタンカフェのように黒毛のウマ娘というわけでもない。

 

 顔も身体も真っ黒に塗りつぶされた人形に、耳と尻尾らしきものが生えている。

 

 ……とてもこの世の者とは思えない。

 

 この子が俺を……?

 

ヤット……キテクレタ……

 

 頭に声が響く。

 

 ここにいてはいけない……そんな思考も声でかき消される。

 

コンドハ……ゼンブ、ウケイレテ?

 

 『今度は』?

 

「(あぁ……そうだった……)」

 

 俺はこのナニカに出会ったことがある。

 

 あれは…………そう、タキオンとの最初の3年間を走りきった後……

 

イクヨ……

「アあ…………」

 

 俺はこいつに出会っていた。

 

 でも気づいたときにはもう遅い。

 

 黒いナニカに全身を包み込まれ、俺は()()おかしくなる。

 

「あ……ア……縺ゅ≠…………!」

 

「ああア繧「縺ゅぃ縺ゅ≠繧「あアゅ≠繧あァあ繧「縺ゅああァあぁアアぁアああッッッッッ!!!!!!!」

 

 悔しい。羨ましい。恨めしい。辛い。苦しい。許せない。嫌い。鬱陶しい。邪魔だ。消えろ。どうしてこんなことに。アイツのせいだ。憎い。

 

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い!憎い!!憎いッ!!!

 

 誰かの負の感情が、焼き切れるほど脳に送り込まれてくる。

 

だれ繧後°ぁッ!!

 

 悪意から逃れるように声にならない声で助けを求める。

 

 しかし誰も来ない。

 

タキオンッ!!

 

 何度も何度も呼んだその名前に、助けを求める。

 

タキオン!!助け縺代れ!!!

 

 

 

 しかし、誰も来ない。

 

 

 

 当然だ。来るはずがない。

 

アハハハ…………!

 

 笑い声が聞こえる。

 

 本来支えるはずのタキオンに、惨めにも助けを懇願する俺を嘲笑う声が。

 

「ハハハ…………」

 

 他の誰でもない、俺の笑い声が。

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 

 そして、俺は完全にナニカとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー君!こんなところにいたのか!!」

 

 トレーナー君を探し続けて小一時間、ようやく彼を見つけることができた。

 

「まったく……あまり心配かけさせないでくれ……」

「…………」

「トレーナー君?聞いているのかい?」

「うん、ごめん」

 

 ……?やけに素直だな……それは元からか?

 

「…………まぁ、わかればいいよ。じゃあ今日はこのくらいで撤退しようか」

「うん……また明日」

 

 

 

 

 

「アグネスタキオン」




不定期更新と言いながら何気に毎週投稿してます。正直かなり厳しいものがありますが……一人でも楽しんでくれてる人がいるなら砂糖は満足です。

ちなみに本編はそろそろ最終第4コーナーに差し掛かっています。

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