アグネスタキオンとおかしくなったトレーナー【完結】   作:砂糖ノ塊

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問:君を追い越せるか?

「まずは礼を言わなければな。カフェ、感謝するよ」

 

 彼女がいなければ、私はここに来る決心がつかないままだっただろう。

 

「気にしないでください……それよりコンディションは大丈夫ですか……?」

「ふっ…………」

 

「紛うことなき絶不調さ!!」

 

「駄目じゃないですか……!」

「というのは半分冗談だが……絶好調では無いのは確かだな」

「なにせこの二週間ろくに寝てないし、ここに来る前に食べたゼリー以外の物を口にしていない」

「だがまぁ……勝てるさ」

「いいんですか……?さっきあれだけ彼女たちを煽ったのに…………」

 

 

 

 

 

『と言っても結果はほとんど決まっているがな』

 

『人間がウマ娘に勝てるわけがないだろう?』

 

『いくら私の実験で身体が丈夫になっているといってもたかが知れている!』

 

『精々私たちがウォーミングアップを済ませている間に、負けたあとの言い訳でも考えておくんだな!』

 

 

 

 

 

「向こうすごい怒り様でしたよ……?」

 

 確かにすっごい顔で睨まれた。漏らすかと思ったよ。

 

「いいんだよ。それも作戦のうちさ」

 

 何と言っても私に注意を向けさせることがこの作戦の鍵だ。

 

「作戦……?」

「あれだけ煽っておいて何だが、本気でやらねばおそらく負けるだろう」

「……それほどの相手、ですね……」

「だからこその私の作戦だ。少し耳を貸したまえ」

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟はできたか?」

「あぁ、始めようか」

 

「コースは芝2000m右回り、勝利条件は先程カフェが言ったので構わないよ」

 

 勝てばトレーナー君が帰ってくる。

 

 ……ならば勝つしかないだろう。

 

「……それでは、イキマショウカ」

 

 ガシャン!と聞き覚えのある機械音が鳴り、いつの間にかターフの上に出されていた発バ機のゲートが開いた。

 

 内側から三つ。

 

 1枠1番、1枠2番、2枠1番。

 

 電動で動く発バ機をここから自在に操るのか……一体どういう原理なんだ……

 

「タキオンさん……想定外ですが早く所定の位置に…………」

「言われなくても分かっているさ」

 

 いろいろ興味が湧くが今はそんなことをしてる場合ではない。

 

 作戦に変更は無い。むしろこちらの方がやりやすい。

 

「さ、始めようかモルモット君」

「…………ワタシタチハ、ドウグジャナイ

「おぉ怖い怖い」

 

 さてと、下準備は十分だな。

 

「さぁ実験開始だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1枠1番 繧オ繧、繝ャ繝ウ繧ケ繧ケ繧コ繧ォ

 2枠2番 アグネスタキオン

 3枠3番 マンハッタンカフェ

 

 発バ機のゲートが閉まる。

 

 目を閉じ、息を吸って、吐いて、

 

 目を開いて、

 

 始まる。

 

「「「ッ!!!」」」

 

 ゲートが開くと同時に好スタートを決め、先頭へと躍り出たのは、()()()モルモット君だった。

 

「"逃げ"の構え……!しかもこれって…………」

 

 

 

 

 

『"逃げ"……ですか』

『十中八九そうだろうな』

『その根拠は……?』

『私が"先行"型でカフェが"差し"型だからだ』

『それは…………』

『理由になってないかい?確かにただの憶測だが……彼ならやるよ』

『もしも、トレーナー君が私たち相手に本気で勝とうとするなら、間違いなく"逃げ"の作戦を選ぶさ』

『なぜですか……?』

「序盤で千切られてそのままゴールというのは、私たちの完全敗北と言わざる負えなくなる」

『今の彼の心理状態から察するに……特に私を完璧に叩きのめしたいらしい』

『それに私自身、圧倒的な"逃げ"というものをこの目で見ているからな』

『圧倒的な"逃げ"……?』

『彼がウマ娘……しかも"逃げ"を得意とするウマ娘の中から好きな走り方を選んで使えるとしたら、選択肢は一つだろう』

 

 

 

 

 

「大逃げ……!!」

「やはりそう来るか!!」

 

 かつて私が見た、ウマ娘の可能性。

 

 異次元の逃亡者、サイレンススズカ。

 

モットハシリタイ……モットモットモット!!

 

 彼はウマ娘の走り方を再現できる……!

 

 だが……甘く見るなよモルモット君!!

 

「──ッ!!」

「ナ……ニ……!?」

 

 悪いが君を私の手が届かないところまで逃がすつもりはない!!

 

「悪いな!私も君についていくとするよ!!」

 

 

 

 

 

『タキオンさんも"大逃げ"ですか……!?』

『あぁ、彼は私が抑える。自由に走らせてやるものか』

『そんな……それじゃ2000mも走りきれるとは思えません……』

『そこは根性でなんとかするさ。それに"大逃げ"と言っても彼のはスズカ君より劣るはず』

 

 

 

 

 

 よし……これなら十分ついていける!

 

 横に貼りつけ!彼に自由な走りを与えるな!!

 

グッ……!

「ハッハッハ!随分と不自由そうだなモルモット君!!」

ダマレッ!!!

 

 

 

『君は案外──泥臭いんだな』

 

 

 

 いつかの言葉が私の脳裏をよぎる。

 

 私にそう言ったのは君だったろう?

 

「もっと見せてくれ!君の走りを!!」

 

 だったらもっと泥臭く、喰らいついてやろうじゃないか!

 

 可能性のその向こうまでッ!!!

 

ッ……ハアアアアアアア!!!!

「はあああああああああ!!!!」

 

 レースはとてつもなくハイペースで展開していった。

 

 逃げる彼を、私が横から抑えつける。

 

 ただひたすらにそれだけを続けた。

 

 ペース配分なんか考えない。彼にストレスを与え続けることだけ、それしか頭にない。

 

 そして第4コーナーカーブ、最後の直線。

 

「っ……!」

 

 先に限界が来たのは、私の脚だった。

 

ア……アハハ……

 

 まもなく私は彼に置いていかれる。

 

 まったく情けない……ヒトである彼に追いつけないとは……

 

 彼の身体ももう限界が近い……

 

 だからもう、終わりにしてくれ。

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ「モルモット君ッ!!」

 

 置いていかれる直前、私は残った力の全てで彼に叫ぶ。

 

「君は言った!!あぁそうだ!!君は確かにそう言った!!!」

 

 酸素が足りない。頭が回らないから文脈もめちゃくちゃだ。脚だって慣れない作戦のせいでもう思うように動かない。

 

 第一、彼の耳には私の言葉が届いているのかすら分からない。

 

 それでも、叫ばずにはいられない。

 

「君は負ける!!負けるんだよモルモット君!!そして全て元に戻るんだッ!!!」

 

 君はおかしくなってなんかいない。

 

 元から狂っている。

 

 なのに、君一人だけ狂っているというのは、それこそおかしいだろう?

 

 私たちは二人揃って、狂ってしまったどうしようもない人間とウマ娘だ。

 

ナニヲイッテイル!アグネスタキオン!!マケルノハオマエダ!!!

「そうさ!私は負ける!!そして君も負けるんだ!!!」

 

 私は確かに聞いたぞ、君の誓いを!

 

「君は誓った!三女神に!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

 

「ツカマエタ」

 

 

 

ッ!?

 

 大外から影が私たちを飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

『……その、序盤はタキオンさんが根性でどうにかしたとして……私は何をどうすればいいんですか』

『カフェは後ろで脚をためて待っていればいい』

『第4コーナーカーブを曲がった辺りで私も彼も減速するだろう。そこを差せ』

『簡単に言いますね……』

『君ならできるだろう?』

『はぁ……』

『頼んだよ』

 

 

 

 

 

 もとより根性でどうにかする気は毛頭ない!

 

 私に注意が引くようにしたのも!トレーナー君を内枠へ押し込んだのも!ずっと横でスタミナを削り続けたのも!

 

 全てはこのため!

 

 今この瞬間のためにッ!!

 

マンハッタンカフェ……!

 

 カフェにはもう、作戦も私もトレーナー君も関係ない。

 

 彼女が見据えるのはいつだってたった一つ。

 

「追いつきたい……あなたに……!」

 

 ゴールの先にいる見えない『お友だち』だけだ。

 

「だから……あなたは邪魔……ッ!!」

アアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 影は並ぶことなく、飲み込み、そして抜き去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ…………」

 

 一着、マンハッタンカフェ。

 

 彼女は打ち勝ったのだ。

 

「マケタ……ワタシタチガ……マケタ……?」

 

 トレーナー君は地面に横たわり、真っ暗な夜空を見上げた。

 

「ハ……アハハ…………」

「随分と……嬉しそうじゃないか」

「ウレシイ……?」

 

「ソウカ……ワタシハ、ウレシイノカ……」

 

 トレーナー君は悔しがるでもなく、ただ安らかに……満足そうに笑った。

 

「デモ……ヤッパリクヤシイナァ……」

 

「ナンデ……ワタシハ、ソコニイナインダロウ……」

 

「私タチモソコニ…………タダ、アナタタチミタイニ……アナタタチと一緒ニ、走ッテイタカッタダケナノニ……」

 

 一筋の涙が、笑顔のままの彼の頬を伝った。

 

「ただ、忘れてほしくなかっただけなのに……」

 

「輝かしい勝利を、期待外れの敗北を、一人でもいいから覚えていてほしかっただけなのに」

 

「どうして……こんなことになっちゃったんだろう……?」

 

 その涙にはきっと私が想像もできないような想いが詰まっているのだろう。

 

「さぁな?そんなこと、私にはどうでもいい」

「タキオンさん……」

「どうでもいいさ。……君も『アグネスタキオン』ならわかるだろう?」

 

「私は研究の邪魔になるものは嫌いだ。そして君は私の大切なモルモットを奪おうとした」

 

「例えアグネスタキオン()であっても、(アグネスタキオン)のモルモットに手を出すのは許さない」

 

「それが私、それが私()()だ」

 

「違うかい?アグネスタキオン?」

 

「……あぁ、そうだ。そうだった。忘れていた……」

 

 彼は私のように笑う。

 

「はぁ……私たちの完全な負けだよ」

「…………大丈夫……です……」

 

 カフェはトレーナー君の近くにしゃがみ込んで優しく語りかける。

 

「たとえあなたたちが忘れられた存在だとしても…………今日起きたことは絶対に忘れません……」

 

「あなたたちがこの世界に確かに存在していたことを、いつまでも……いつまでも……」

 

 彼はカフェのように笑う。

 

「ありがとう…………」

「それに……ごめんなさい……この身体もお返しします…………本当にごめんなさい……」

 

 

 

「別に気にしなくてもいいよ」

 

 

 

「え……?」

「……驚いたな、目が覚めたのか」

 

「俺のこの身体で君の無念が少しでもはれたなら、それでいい」

 

 彼は、彼のように笑う。

 

「忘れないよ。今日、君たちと出会ったことを、俺の知らないタキオンに出会えたことを」

「アリガトウ……」

 

 忘れない。

 

 彼は……トレーナー君は立ち上がってそう言い切った。

 

 いつか見た、狂った色の瞳で。

 

「まったく……遅いぞ。モルモット君」

「ごめんごめん」

 

「…………おかえり、トレーナー君」

 

「ただいま、タキオン」




次回、最終回。
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