幼馴染のナオと険悪な仲になって数日後、大会で優勝したサクマの席を囲う同級生の茂みも薄くなってきていた。
5年生6年生の腕に覚えがあるトレーナーが何人かサクマに勝負を挑んでいたが、彼は「親に止められているから」カードを切って断っていた。
そんな様子をみてナオは増々唇を尖らせるのだが、今のサクマには関係の無い話だ。
限定大会で優勝したからといって、サクマもちやほやされるがままに天狗になっているわけではない。
むしろ逆だ。
ガルーラのレベルに、トレーナーとしてのサクマが追いついていない。
戦略の点で見れば、ガルーラの補助はできているものの、戦術や戦いの細かい点については至らない点が多々ある。その至らなさを全てカバーしているガルーラには頭が上がらない。
つまるところ、サクマには共に成長するポケモン――パーティーが必要なのだ。
「メガ枠ガルーラで伝説じゃないモロバレルは確定として、ガルニンフかサナバレルの並びは欲しいけどメガサナはメガ石入手が難しそうだし、イーブイなら捕獲難易度的に簡単だしイーブイ確定かな。サザンガルドかマンダは欲しいな、ゲンガーがいてもいい気がするぞ。メガできるならメガリザYエルフーンウィンディいい、バンドリでもいいな~あ、ミミカス忘れてーえー……ガルバレル固定準伝以上抜きで考えるの意外とキツイな……」
と、うんうんうなっていた。ダイマックス環境とメガ環境、カプ準伝伝説有りなど、頭の中でルールが飛び交って混乱状態。
最終的に、ニンフィア、デデンネ、ボーマンダ、ガオガエンが有力な候補として残った。デデマンダの素早さ操作、蜻蛉猫威嚇のガオガエン、高火力のニンフィアボーマンダ。
最初に考えたパーティーであり、実際に運用してみる、ということが出来ないため、粗は多々あるだろうがひとまずの目標として上記4体の入手を目指すことにした。
小学校が無い土曜日に、サクマは近場の"草むら"に行くことに――しなかった。
まずは、2匹目のポケモン、モロバレルと交流することだ。
貰ったモンスターボールの一つで、モロバレルは小さくなって眠っていた。
キノコなどという、危険かそうでないかの区別がつかないような生物のポケモンだ。おまけに胞子も出す。
ガルーラが単純な"暴力"であるなら、モロバレルは得体の知れない"毒"だ。人をぶん殴って殺すのに必要な質量は結構あるが、生き物が持つ化合物なら数マイクログラム(1ミリグラム=1000マイクログラム)で済むことがある。正体がわからないということは、恐ろしいのだ。
モロバレルを始めとする他4匹の"眠り"はボールから出すまで覚めないのかどうか、はっきりと分かるわけではないが、突然目覚めても良いように、サクマ自身レベルアップする必要があると感じていた。
ボールから出されたモロバレルは、しばらくすると目を開けて驚いた。
もちろんサクマも驚いた。60センチが基準となる大きさのモロバレルが、1メートル近くある。
もしや全員デカイのではないかと危惧するサクマをよそに、ガルーラとモロバレルががるもろがるもろと何やら会話し始める。
何やら熱弁しているガルーラに対して、モロバレルは「まぁいいんじゃないかな」という表情で適当に相槌をうっている。
お互いが納得した?辺りでサクマが会話に割り込んだ。
「初めまして、それとも久しぶりかな、モロバレル。こんな事になって、困惑しているかもしれないけど……俺はチャンピオンになりたい」
憧れの存在になりたい、理想の自分になりたい、誰より強いことを証明したい。
そういった変身願望や自己顕示欲が顕在化することはなくなったが、願いは渦を巻いて嵐となり、心の中を吹き荒れていた。
「もちろん、ダブルバトルのチャンピオン。ダブルのチャンピオンなんて存在しないけど……いつまでもシングルにでかい顔させていられない。俺が、俺たちが、頂点に立つ」
モロバレルは右手の
のんきなのか、それともサクマのやることに関心がないのか、胸中は本人しか知らない。
モロバレルの技構成はキノコのほうし、いかりのこな、エナジーボール、にほんばれだ。捕獲要因としては最適だが、肝心のイーブイの居場所が分かっていない。
サクマが早速「イーブイ 捕獲 場所」で検索してみると、超人気!とかイチオシ穴場!などの見出しが付いた「いかがでしたか?」で終わるクソ記事がずらりと並ぶ。辟易としながらネットの海に潜っていくと――
1:名無しのポケモンスキー
イーブイ欲しいんだけど捕獲スポット人大杉オヌヌメ方法教えて
29:名無しのポケモンスキー
トレーナーの腕が良けりゃイーブイ系のファンクラブで貰える
という書き込みがあり、ニンフィアファンクラブ公式サイトという場所に辿り着いた。
それらしいページがなかったため、サクマはデマかと疑い落胆したが、一縷の望みをかけて全選択などを試すと、白文字で隠されたリンクを発見した。そこに飛ぶと、今度は404NotFoundの文字が。もしやと思いソースを開くとヒントが載っており、隠しリンクを飛んだり色々大冒険をして2時間が経った。
ようやく辿り着いた先では、「ニンフィアが欲しいあなたへ」という見出しとともに、"イーブイ"を渡す代わりにああしろこうしろという条項がずらりと並んでいる。
必ずニンフィアに進化させること、バトルに用いるなら一定の才能を示すこと、写真を撮って定期的に連絡すること、他にも倫理に反しないとか違反があった場合には違約金を支払うとかである。
住所氏名年齢やトレーナーID、あるいは公式戦での実績を要求されるので、トレーナーIDの項目以外を埋めてデータを送信する。その他要望の欄には「対戦で活躍させたいので、特性きけんよちのイーブイがいいです」と慌てて記入した。
ニンフィアの特性フェアリースキンは夢特性だ。残念なことに野生でもそうそう手に入るものではない。ついでに言えばガオガエンの威嚇も夢特性である。
サクマがそのことに気付いたショックでおおお……と唸っていると、登録したメールアドレスに10分足らずで連絡がきた。
あまりの早さに驚愕しつつメールを開く。
『はじめまして、サクマ君。"最も人気のあるイーブイ進化系であるニンフィア"ファンクラブへの連絡ありがとうございます。私は副会長をしているニーアンです。君のガルーラの活躍はノーマル界隈でちょっとした話題になっていて、すぐにピンときました。正直な所、あなたのトレーナーとしての腕前がいまいちはっきりとしていないので、指定した条件に合致しているかどうか判断しかねます。こちらとしては、年内にバッチを3つ集めてもらうか、直接会って、トレーナーとして何故貴重な特性のニンフィアを求めるのか説明していただきたい』
サクマは逡巡する間もなく返信した。
何度かやり取りをして、来週の日曜日に会うこととなった。
それまでにトレーナー登録を済ませることになったので、翌日の日曜日にポケモンセンターへ出掛けた。
近所で手続きを済ませ、30分足らずでトレーナーカードの発行が完了した。
ポケモンセンター内で、1対1でいいから対戦しようなどと誘われることもあったが、これを固辞。
サクマはネットに載っていたデデンネの目撃情報を頼りに、バスで街外れの辺りへ。そこから徒歩で40分程、大きく青々しい植物が並ぶ畑を横目に、大きな送電鉄塔に辿り着いた。
季節は初夏。サクマとガルーラは汗ばんでいた。
送電鉄塔の近辺は鉄柵で囲われており、人が入るのは難易度が高いし、監視カメラも設置してある。
この場所へ来たのは、もちろんデデンネを捕まえるためだ。
しかし、デデンネの目撃情報がここであったわけではない。デデンネによる盗電(電気を食べるからだ)がシンオウでも報告されており、ヨスガ近辺の自治体からは電柱等の近くで見かけた場合は近寄らないように注意喚起もされていた。
場所は伏せられていたが、電気を食べるならとあたりをつけたのだ。
一緒に歩いてきたガルーラを一旦ボールに戻して、モロバレルを出す。
相手は電気・フェアリータイプ。袋叩きにされない限りは、モロバレルだけで大丈夫だろう。
とはいっても、肝心のデデンネの姿はどこにも見えない。
「……どこに居るんじゃ」
「ばっれ」
ゲームではないのだから、歩き回っていれば見つかるだろうという浅はかな考えでやって来たのが間違いであった。
サクマは送電鉄塔周辺の草むらの前でうろうろして、ため息を付いた辺りでスマホを取り出した。
調べるのはもちろん、デデンネの生態だ。
「……ほーん、眠ってることが多いから木の洞や地面にある穴の中で過ごします、だってさ」
「もっもっ」
「草むら、入りたくねぇ」
管理されていないため、人が出入りする道以外は草がぼーぼーに生えている。胸元まで伸びた雑草に生理的嫌悪感を覚えているが、後ろ向きでいてはいつまで経っても捕まえることは出来ない。
モロバレルに手伝ってもらいながら草むらを踏み固め、ようやく一本の木に辿り着いたが、そこにはポケモンの住処になりそうな場所は無かった。精々、ミノムッチが居たくらいだ。
肩を落として道を引き返そうとすると、一台の白いバンが柵の前で止まる。中から出てきたのは送電鉄塔の管理会社の人間のようで、グライガーを連れていた。
サクマが話しかけると、驚きつつも優しく応対する。
「すみません、この辺にデデンネってポケモンいませんか?」
「え? アレはこのヘンいないと思うけどな……簡単に言うと、電気のパワーが強すぎて食べに来ないんだよ」
「Oh……」
「多分、自宅のコンセントを外に出しておいたほうが、寄ってくるんじゃないかな?」
落ち込むサクマに、管理会社のおじさんは暑いからとスポドリを手渡してくれる。
「捕まえるの、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」
優しさに心打たれながら、徒歩で帰宅。
ポケッターのアカウントを作成したり、ゴロゴロしたりして、就寝の時間になると食卓で両親が話し合っている声が聞こえてきた。
いけないと思いつつも聞き耳を立てると、どうやらなにがしかの料金の支払いで揉めているようだ。
「電気料金が4千円も高いのよ~?」
「サクマが夜中にゲームでもしてるんじゃないかって、僕は何もしていないよ」
「でもでも……」
「それって!」
サクマは両親の話し合いに割って入った。
「ポケモンの仕業じゃない? ウチの外にコンセントなかった?」
*
ヨスガシティ南部にあるサクマ家は一軒家である。小さいながらも庭があり、倉庫と車庫を備えている。
サクマは庭に備えてある外用のコンセントを引っ張り出し、延長コードを駆使して倉庫の前に置く。それからサクマは、ガルーラとモロバレルと共に倉庫で息を潜める。
一人と二匹は母が持ってきたブランケットに包まれながら、エネココアを飲みながら夜を徹して見張りをする。
深夜2時になると、サクマの眠気も深くなってきていた。ガルーラのこどもに至っては既に寝ているし、ガルーラは仮にデデンネが出てきても戦いたがらないだろう。
そんな時だった。
生け垣の揺れる音が聞こえてくると、7匹のデデンネがぞろぞろとやってきて、コンセントに尻尾を突き刺して電気を吸い始めた。
1匹、2匹と盗電していくのを眺め、3匹目が尻尾を突き刺してしばらく経ったタイミング――油断した所で、サクマは真横にいるモロバレルに指示を出した。
「キノコのほうし」
「もっ」
モロバレルが意気込んで両手の傘を広げると、体育座りをするサクマの頭にボヨンと当たる。
そのせいで彼は見逃したが、デデンネたちの中心に緑のオーラを纏ったキノコが現われ、胞子を撒き散らして全員眠らせてしまった。
気がついた時には事が終わっていたサクマは、感嘆の声をもらしつつ、しびれる足を叩きながら眠るデデンネに近寄る。
起きないことをふんわり確認してから、優勝賞品のハイパーボールを押し当てて7匹全部を捕まえる。
必要なのは1匹。
7匹捕まえたのは当然、厳選のためだ。
ポケモン図鑑のアプリで、ハイパーボールに入ったデデンネたちのデータを確認する。レベルと能力値がはっきりと表示され、特性も性別も明記される。
(ほおぶくろが2体!? えぇ……とくせいカプセル十万円位するんだよなぁ、強いやつ選んで育てて、ダブルの実戦に出せるようになる頃には十万くらい稼いでる、か……?)
特性の他にも、能力値で選ぶか、性格で選ぶか、デデンネのパーソナリティで選ぶか等など、悩みの種は尽きない。
ウンウン唸ること約10分、埒が明かないと諦めたサクマは、運を天に任せることにした。
デデンネに会える機会は多い。自治体が注意喚起をする程度に被害が出ている以上、サクマはそう考えていた。
サクマがボールから全員を逃がすと、モロバレルが「えっ、逃がすんですか!?」という顔で主人を見た。
デデンネたちが一匹二匹と起き始めると、サクマはガルーラを手招きして、威圧してもらう。すると、全員目覚める頃には縮こまってその場に固まってしまった。
「えー……あなたたちは、ウチの電気を勝手に食べました。ですが、私はいまデデンネを仲間にしたいので、一人差し出せば他は許します。モロバレルはエナジーボールを、ガルーラはおんがえしをいつでも打てるようにして下さい」
デデンネたちはサクマの言葉に戸惑ったものの、二匹が攻撃の構えを取ると慌てて顔を突き合わせた。
そのまま生贄会議が始まるのかと思いきや、一匹のデデンネが飛び出し、サクマたちの前でンネンネと身振り手振りを始めた。
何を言っているのかさっぱり分からずガルーラと顔を見合わせると、ガルーラが飛び出してきた個体を指し示して小さく鳴いた。
「捕まえろってこと? んじゃよろしく」
再びハイパーボールに収め、シッシッと手振りで残りのデデンネを追い返す。
図鑑アプリで捕まえた個体をチェックすると、特性ほおぶくろの性格ゆうかん。
「ゆ、ゆうかん……そりゃ(こんな場面で出てきたんだから)そう(いう性格の個体)だよなぁ……」
眠気も限界に近いので、サクマは一旦ボールから出して挨拶だけ済ませる。初めて"捕まえた"ポケモン――拉致とか言ってはいけない――なので、達成感めいたものはあったが、どうにも理想個体でないと満足はできない。
「デデンネ、俺たちはこれからダブルバトルのチャンピオンを目指す。まぁ、逃げたくなったら逃げたくなったで、別のデデンネを紹介してくれればいいけど……しばらくの間はよろしく頼むよ」
「ンネ……」
梯子を外されたような微妙な顔をしたデデンネをボールに戻して、その場はお開きとなった。
ガルーラはサクマのベッド横で眠りにつき、モロバレルは風呂の蓋の上に鎮座し、デデンネはボールに入れたままだ。
流石に、先程まで野生だったポケモンを全面的に信用して家の中を自由に歩かせることはできない。
ついでに言えば、ちょっと汚い。