カロスメガシンカ杯に出場するにあたって問題となるのが、ポケモンの数だ。
サクマの現在の手持ちは4匹。
残りをボーマンダとガオガエンで埋める予定だが、果たして予選と本戦までに育成が間に合うのか、という問題がある。
もちろん、サクマは間に合わない前提で事を進める。
6-3形式での対戦になるため、現在の手持ちでの基本選出はガルーラ-モロバレル-足手まとい枠で確定する。
しかし、万が一、万が一負けるようなことがあれば、次のメガシンカ杯まで待たなくてはならない。
その場合の機会損失が如何ほどか、サクマは具体的に考えた訳では無いが、凄まじい絶望を伴うことは想像に難くない。
なので、解禁する。
5体目のポケモンは、ヒードランだ。
サクマとしてはサイクルを回しやすそうなクレセリアを入れたいところだが、この世界ではサイクル戦にはある種の
ランドロスとボルトロスは伝説のポケモンとしてそこそこの知名度があるため微妙。
ヒードランは、意外なことに使用トレーナーが二桁人ほど居た。
オスメスがあって個体数が多いのか知らないが、珍しいポケモンという扱いだ。こいつだけ、これだ!という伝説的逸話が無いのが決定打になった。
火事になったら危ないので、公園の噴水近くでヒードランを解放した。
ヒードランは眠っているくせに目を閉じないので、ボールから出るなり戦いは嫌だと暴れ出すのではないか――なんてハラハラするサクマだったが、そんなことはなかった。
出てきたヒードランはいまいち状況が掴めていないのか、キョロキョロと辺りを見回している。
大きさはまたしても通常より一回り大きく、高さはおおよそ2.3メートル。自室でボールから出していたら何かしらの家具が壊れていただろう。
出た瞬間は空気が揺らいで見えるほどの熱を放っていたが、ガルーラとサクマを認めると暖房器具程度の熱気に抑えられた。
(……家で出してたら火事になってたじゃん。庭でも大惨事だし)
原理は不明だが襲ってくる気が無い、それが判明してサクマはほっと一息ついた。
通りすがりの人にチラチラ見られながらダブルのチャンピオンを目指す旨を伝えると、賛同したのか力強く足踏みをして応えてくれた。
ヒードランが正式に仲間になった勢いで練習に励みたいところだが、そうも言っていられない。
エントリー締め切りまで一ヶ月を切ったので、時間がない。
早急に6匹目の捕獲とジムバッジの取得を行わないといけない。
手続きに時間が取られる事を考えると、事実上のリミットは期日の1週間前だ。
優先順位は同率だが、6匹目次第では同時並行で進めることができるので、まず捕まえるポケモンを考えなければならない。
1.最終手段、公園に居たキノガッサを拉致る
2.優勝時のメガ石目当てでタツベイ系統かその他メガ可能系統
3.ニャビー。特性パッチ……? そんなものありません
4.マジ適当
手軽さで言えば4>>>1>>2≧3だが、捕まえると言っても生き物だ。ボックスに永遠保管などという外道手段はとれない。
面倒を見なくてはならない以上、おのずと選択肢は2,3に限られてくる。
優先順位一位のタツベイの場所は……ズイタウンとカンナギタウンをつなぐ210番道路。かなりの近所である!
「じゃあ適当にバッジ取ればいいか」
4つ目のバッジは電気に固定するが、それ以外は近い順でいい。なぜ電気なのかと聞かれれば、ジムリーダーが怖いからである。
そんなわけで7つのバッジをあっさり獲得。攻略順は格闘、鋼、ゴースト、電気ときて岩、水、氷。ガルーラがバトルに慣れてきたのもあって、モロバレルやヒードランを見せる必要はなかった。
最後のジムを草にしたのは、モロバレルで眠り粉を無効にできる&ヒードラン大活躍が予想されるからだ。
そんなわけで、さしたるトラブルもなく――そんなものに一々遭遇していたら身が持たない――参加条件の半分を満たした。
残る時間は捕獲に回す。
「母さん、2週間位学校休みたいんだけど良いかな?」
「え?」
何を言っているんだこいつ、という目でサクマの母は息子を見た。
想定外の冷たい視線にさらされたサクマは、戸惑いながらも母親を説得しようと――
「いやそのっ、今結構大事な時期で」
「いまさら何を言ってるの? トレーナーとして頑張っているんだから、2週間じゃなくてもう辞めたら良いんじゃない?」
(いや親なら逆を言えよ――!)
想定の斜め上をいく反応に、世界の違いを思い知ったサクマだが、本当に長いのはここからだった。
「お母さんが子供の頃はね、地元でトレーナーになりたいなんて子がいっぱい居たのよ? それでもお父さんがお母さんが許してくれないってよく学校で話してて、それが今じゃ塾にまで通ってポケモントレーナーになる子が出てくるし、お母さんはサクマが旅に出たいって言っていたから誕生日のあたりで息子がいなくなるんだなぁって思っていたのよ? それが――」
説教のような愚痴のような励ましのような長話に付き合わされたが、母はまだ学校に通いたいというこちらの意思を汲んで――通う必要があるのかどうか話の最中に悩んだものの――わざわざ休みの連絡をしてくれた。
準備ができたので210番道路に出発だ!
*
バスでズイタウンヘ向かい、その後は徒歩で210番道路を北へ進む。
最初は花畑が見えていた景色も段々と藪や森に飲まれて、整備された事が分かる程度の半獣道のようになっていた。
車道は花畑が見えていた頃に高架になって何処かへ行ってしまったので、完全に人かポケモンしか通らない。
「タツベイ、本当に居んのか……?」
ネット上での目撃情報や捕獲報告を頼りにやってきたので、こんなことならホウエン地方に飛んで流星の滝に行けばよかったと後悔していた。
ここまで来たのだから――いわゆるコンコルド効果――タツベイを見つけなければ時間の無駄になってしまうと、気を取り直して歩みを進めた。
尤も、行ったら行ったで波乗りと滝登りができず絶望する羽目になっただろうが。
そうして何とも出合わないまま4時間ほど歩くと、暗い森林の影にポケモンセンターの明かりが見えた。
裏手には列車の停まる駅があり、これがサクマの疲れて弱っていた精神に抜群のダメージを与えた。
「すみませーん、一泊したいんですけど」
「あら、歩いてきたんですか? ……トレーナーカードを画面にかざして下さい」
言われるままに手続きを済ませて、ポケモンセンターの素泊まり用の一室を借りる。
「ジョーイさん、ここらへんでタツベイを見かけたとかって、聞きませんでしたか?」
「タツベイ? ええ、よく聞きますよ。最近来るトレーナーの人は、順路沿いに見える洞窟の方に行ったみたいですよ」
「はぇ~、それって本人が言っていたんですか?」
「帰ってこなかったら助けてくれって、結局捕まえられなかったみたいですけど」
微笑むジョーイさんにお礼を述べてから、サクマは部屋のベッドで泥のように眠った。
翌朝、見送られながら出立した彼はタツベイが居るという洞窟を目指して進む。
途中で昼休憩をはさみ、5匹の食事分だけ軽くなったリュックを背負い直し、スピードを上げた。
野生のポケモンが現れた時はガルーラに任せた。
ほとんどの場合、彼女を見ただけで逃げ帰っていったが、チャーレムやゴルダックといった進化後ポケモンには襲われた。縄張りに入ったせいだったが、サクマは無慈悲にこれを撃退。
捕まえても良かったなぁと後ろ髪を引かれつつ、滝が流れ落ちる岩場へ到着した。
吊り橋を通って西へ行けばテンガン山になるが、目的はタツベイ。
ゴツゴツとした岩の斜面の穴の中に居るかもしれないと、ヒードランに掴まりながら無理矢理内部へ潜り込む。
そこは鳥ポケモンの巣らしき場所であったり、何もない空洞であったりと、結果は芳しくない。
滝を見上げられる場所にブルーシートを敷いて疲れた脚を休めていると、遠くの方から声がした。
サクマは寝転がったまま顔だけを音の方へ向ける。誰か人が来たのか、近くの橋を渡っているのか、興味がなかったのでそのまま空を見上げる。
タツベイがいないことと、慣れない遠出で少々不貞腐れていた。
しばらくして足音が近づいてくると、すわポケモンかと体を起こした。
現れたのはヒトだった。
「はぁ……」
「あれ、倒れてると思ったけど、大丈夫だった?」
「ええ、まぁ。ちょっと疲れて休憩していただけです」
「こんな所で?」
クスリと笑った彼女はサクマの隣に座る。
よく格好を観察すると、カーキ色の長ズボンに蛍光オレンジの目立つ上着を着ていた。旅慣れた様子で、リュックには長年使い込まれたようなくたびれた感じがした。
髪の毛は肩で切り揃えられており、編み込んだ髪がカチューシャのようになっている。
「何しに来てたの?」
「いや、こっちのセリフなんですけど……」
「あはは、そうだよね。私はユウコ、15歳。地元に戻ってきたんだけど、ここらへんが懐かしくて」
「な、懐かしい? ここが?」
ヘトヘトになるまで歩かないといけない場所が懐かしいのか、と若干引くサクマ。
「うん。ポケモンを捕まえたばかりの時、この辺りでトレーニングしてたんだ」
「それじゃあ、この辺りに詳しいんですか?」
「まぁ、そうかな」
「タツベイのいそうな場所って、知ってます?」
ユウコはしばらく頭を悩ませてから、おもむろに携帯を取り出してタツベイの生態を調べ始めた。サクマと10分ほど喋りながら検索すると、「よし!」と立ち上がる。
「タツベイが飛び降りていそうな場所、あるよ」
「本当ですか!」
「連れてってあげるよ、少年」
彼女はそう言ってモンスターボールからカイリキーを出して、サクマを抱えさせた。
「え? ……え?」
「しっかり掴まっていなよ」
ユウコも「よっ」とカイリキーの腕に乗って、指をさした。
するとその方向に走り始め――
「はっ、はやい!!」
「舌、噛むよ」
結構な風圧を受けながら森を駆け抜け、断崖絶壁をロッククライミングする。
(ここらへんが懐かしい10代ってなんだよ野生児かよ!)
サクマ一人で探していたら1週間は確実にかかったであろう場所に、10分ほどで到着する。
その岩肌にはぽっかりと穴が空いており、背をかがめて中に入ると大きな空洞が広がっていた。
「わお……」
「ここなら程よく凹凸? があって、居るんじゃないかな」
それから、ユウコとサクマのタツベイ捜索が始まった。
暗い洞窟内は、サクマが家から持ち出してきた充電式のランタンで照らす。
二人で洞窟の中を見回ってみたが、残念ながらゴローンやイシツブテに会うばかりであった。
「そういえば、君って……」
「あ、サクマです。よろしくお願いします」
「サクマくんってさ、旅は始めたばっかり?」
「えー……10歳と4ヶ月位ですね」
「あ、じゃあ完全な初心者? ポケモンは何を捕まえてるの?」
サクマは色々と回答に迷ったが、バカ正直に言うと面倒な事になるのは目に見えていたので虚偽を述べた。
「デデンネとイーブイだけです」
「そうなんだ、じゃあ襲われたら私が守ってあげるね」
「ウス」
じめんタイプが多いんだから気をつけなよー、と説教されながら探す。
なにがしかのポケモンに襲われた時は、ユウコがエンペルトを繰り出して追い払っていた。
そうしている内に、時間は瞬く間に過ぎ去って夜に。夕日が沈んで出口がわからなくなる前に、外へ出る。
そろそろテントを張ろうかと思い、サクマはユウコと向き合った。
「今日はありがとうございました。えー、私はここに泊まり込んでタツベイ探したいと思います」
「何いってんの。ここまで付き合ったんだから、もうしばらく付き合うよ」
「えっ、いや、流石に悪いですよ」
「こんな所で出会ったトレーナーの後輩なんだから、ね? サクマくん、お姉さんに任せなさい!」
「暇なんスか?」
「ひどい!」
タツベイが見つかったのは、それから三日後のことだった。
「ネット!」
地面からヒトの高さほど離れた岩場に、飛び降りようとしているタツベイを見つけた。
サクマはデデンネを静かにボールから出して、タツベイが飛び降りたタイミングで指示を出す――と同時にハイパーボールを投げた。
いしあたまを地面にぶつけた所に電気の網がまとわりつき、ボールが当たる。
「出てきたらほっぺすりすりだぞ」
「ンネ!」
コロ、コロ、ポン!
「あ、おめでとう」
「えぇ……あっさり捕まっちゃったよ」
「デデ!」
「いや、ハイパーボール使ってるし、そりゃ捕まるよ」
微妙な空気のまま二人と一匹でひとしきり喜びあった後、洞窟を出た。
空模様は茜色。陽が沈むまでそう時間もないので、一泊することに。
テントを張って、夕食のカップ麺をすすって寝る。
寝るのだが、ユウコが寝袋を持ってテントに入り込んできた。
「せっかくだし、最後にお話しようよ」
「え、歩いてる時結構……あ、はい、しましょうか」
二人揃って仲良く寝転がり、テントの天井を見つめる。
当の本人が何も言わないので、サクマが怪しく思って横を向くと、ユウコは両手を頭の後ろに回していた。
「私さ」
日中の明るい声色ではない。
サクマは音を立てないように、ゆっくり体勢を戻した。
「ポケモントレーナー、辞めようと思ってたんだ」
「……」
「何だか、戦うことが苦しくなってきて……でも、なんか、最近楽しかったよ。ポケモン捕まえるのに歩き回って、色々話せて、初心を思い出したっていうか……まぁ、なんか、ありがと」
「……これから、どうするんですか? 何かやるんですか?」
「分からないけど、楽しんでみようと思う」
そう、とサクマは短く返事をして、目を閉じた。
翌朝、ユウコは居なくなっていた。
テントの外に出れば、彼女が居た痕跡は綺麗さっぱりなくなっている。
朝日に照らされ、爽やかな風が吹き抜ける。
きっと今日は何でもない、特別な日。
「俺も帰るか」
サクマも荷物をまとめて、一歩踏み出した。
「……いや、道分からんが???」
盛大に迷った。
***
タツベイは、あの不意打ちのような捕獲には盛大に文句を言いたかった。
『お前が飛べるようになったら、世界の頂点で一番高い景色を見せてやるよ』
翼がほしいと願った。
空を飛びたいと願った。
恐ろしく強そうなポケモン3体に睨まれて縮こまる中、タツベイはきっと夢を見た。
見たのだが……。
「タッ、ベイベイベイベイ!!」
「デデ……」
「ブイ! ブブブ!」
「何やってんだお前らァ!」
基礎トレ! 練習! 反復練習! 応用練習! 模擬戦! たまにシングル実戦!
辟易するようなトレーニング密度と繰り返しに、タツベイは3日で音を上げた。というか不貞腐れた。
パッと強くなれないのかと"なまいき"な事をのたまう新入りを、デデンネが励ましてイーブイが叱る。
デデンネなど、真横に強さの完成形のようなヤツがいて張り切っていたら、お前は攻撃役ではなく補助役だと言われる始末。最近では、むしろ"ガルーラ"ほどの完成度を求められない補助の方がいいと思っているが。
そういった点では、イーブイなどプレッシャーが凄い。
進化先はニンフィアで決定しているし、サクマが言う"だぶるばとる"の攻撃役として期待されている。本ポケモンがまじめなので今のところ問題はないが。
「あー……じゃあ、タツベイは見てていいよ。慣れてないだろうし」
サクマの頭の中では、タツベイ同士の交換に出すか、ボーマンダナイト交換用のベンチウォーマーにするか、そうした冷たい対応が選択肢に入ってきていた。
手持ちポケモンの能力値についてはあまり――"あまり"考慮に入れないが、やる気が無いのは問題外。
とはいえ、人間のエゴで連れてきた手前、仕方のない部分があるということも理解している。
「強くなりたくないなら、マジでジェスチャーかなんかで伝えてね。大会終わるまでは居てもらうけど、その後はなるべく希望に応えるから」
「ベイ……」
タツベイは、しばらく迷った後に立ち上がった。
強くなりたいのは事実。期待に応えたいのもまた事実。
こうしてまた一匹、仲間になっていく。
***
カロスメガシンカ杯、予選。
バッジ7つ持ちのみを対象とした催し。
キーストーンが1・2位の賞品に出されることもあり、異例の出場者数を記録した。
8つ目のバッジ取得をあえて先延ばしにした者や、何が何でもという意地で7つ目を取得した者、元から7つ取得していた者はメガシンカ可能ポケモンの系統を捕まえて、それこそ大挙して押し寄せた。
参加者があまりにも多いせいで大会期間であったり会場であったりが変更されたが、ここはバッジ一つで人生が変わる世界。運営の想定以上に熱気があったのは、界隈にとっては幸いではある。
参加者の増加でスポンサーも増えたお陰か、3位以下にも多少の賞品が送られるようだが、正直あってないようなもの。
選りすぐりの強者たちが使う"メガシンカ"は、トレーナーとして次の高みへ往くための推進剤として金より何より非常に魅力的であった。
そんな餓えた獣が集う会場に一人、女連れでやってきた10歳10ヶ月の少年がいた。
サクマだ。
「それじゃあさっくん、お母さんと応援してるからね」
「あい」
バイバイ、と手を振るクレールに手を振り返して、「参加者への案内」の冊子をめくる。
このK会場だけでも163人ものトレーナーが集まっているので、それなりに分厚い内容になっていた。
サクマの今の手持ちは、ガルーラLV100、モロバレルLv100、ヒードランLv100、デデンネLv31、イーブイLv22、タツベイLv28だ。
ただ、登録ポケモンは載っていても、レベルまでは記載されない。そもそもそんなモノを記入したりする必要はないのだが。
とにかく、サクマの手持ちは周囲のそれと比べると結構貧弱なラインナップには見えていた。
600族――こんな言葉は無いが――や最終進化系のポケモンがズラリと並ぶ。世の主流は"強いポケモン"を集める事だ。情報が手に入れやすくなった現代では、そういった情報が簡単に手に入る。
全てのメンバーを強ポケだけで固めている者は数える程度だが、基本的に1体か2体は必ず入っている。
サクマの一戦目の相手は、マフォクシー、ギルガルド、ドンカラス、ギャラドス、ゴルーグ、エーフィの6体だ。
サクマの選出は、ガルーラドランバレル固定である。
いくらガルーラが強いからといって、無策で挑めば戦闘不能くらいにはなる。
……1対3なら。
「それでは、サクマ選手とダニエル選手の試合を開始します! 交代回数は無制限。シングルバトルの公式規定および、審判の指示に従うこと」
サクマたちは最初に繰り出すボールを構えた。
「試合開始!」
ルールにより、開始の宣言がなされてから3秒以内にボールを投げなければならない。
「胞子!」
「――こおりのキバ!」
サクマの先発はモロバレル。対する相手はギャラドス。
ノータイムで出された指示により、ギャラドスの目の前では不思議な力で形成されたキノコが胞子を撒き散らす。
対する相手はモロバレルを認めて、有効なこおりタイプの技を選択した。
ギャラドスが勢いをつけて迫り――眠りに落ちる。
「戻れ! 戻れっ!」
相手のダニエルは慌てて戻るよう指示するが、遅い。ギャラドスは巨体を倒して眠りについた。
縦横40m×20mのフィールド、その中央付近は"交代"ができない。
タイプ相性上不利になって、あるいは状態異常になったので交代するという選択肢は、モンスターボールの"戻す"機能の射程10mのせいで制限されている。
その上、ポケモンがボールに戻っている最中は攻撃が特別効きやすい。小さいボールの中に収まるよう小さくなっているのだ。相対的に攻撃はウン倍も大きくなり被弾面積も増える。"ちいさくなる"とはまた別の原理らしいが、詳しいことは判明していない。
ともかく、ギャラドスはフィールドのど真ん中で眠っている。
サクマは近くにいるモロバレルを戻してガルーラを出し、グロウパンチを指示。
ボゴッと鈍い音がしてもギャラドスは目を覚まさない。ダニエルが必死になって声を上げるが、その間にもどんどんガルーラの攻撃力は高まっていく。
攻撃力が3段階ほど上がってようやくギャラドスが目を覚ました。
「おん!」
「たきのぼり!」
目が覚めたら積みの時間は終わりだ。
巨体を起こしたギャラドスはガルーラから距離を取り、両者はトレーナーの指示の下攻撃態勢に入る。
ギャラドスは虚空から現れた水を纏い、落下するジェットコースターのようにガルーラへ飛び込んだ。
ガルーラはどっしりと構え、飛び込んできたギャラドスに強烈な一撃。
慣性はどこへいったのか、そのまま相手の前に飛んでいき、戦闘不能を告げられる。
「ギャラドス、戦闘不能!」
ポケモンが戦闘不能になった場合、試合は中断され、倒された側が次のポケモンを出してから、試合再開の合図がある。
次のポケモンを出すまでの猶予時間は1分。
相手はしっかり悩み抜いてから、
「試合開始!」
「ギルガルド、攻撃を誘ってキングシールドだぞ」
「ギルッ!」
ボールを目の前に転がして、再開の直後に作戦を決める。
サクマとガルーラは、仕掛けない。
声が聞こえたわけではない。やりそうだなぁ、というだけだ。
「……」
「……」
試合が一瞬だけ硬直する。
サクマは待てば良い。数の上で有利なので、試合終了――当然制限時間はある――まで待てば勝利だ。
それを許すはずもなく。
「インッ!」
インファイト。ギルガルドは音を立ててブレードを引き抜く――素振りだけを見せ、シールドフォルムに戻る。
揺さぶる。
サクマは揺らがない。
ガルーラも動揺しない。
それから、ギルガルドはガルーラの周囲をフヨフヨと周回し始めた。
ガルーラは見向きもしない。
2周、3周と巡った後――ダニエルは両手でファイティングポーズをとった。
それはギルガルドがサクマの目の前に来た瞬間。
――インファイト。
無言の指示。自然体の滑らかな動作で剣が引き抜かれ、ガルーラの背後に向けて弱点攻撃が!
「ふい!」
ふいうち。
4つのメインウェポン。この世界で身につけた5つ目6つ目の付け焼き刃の技ではない、真に習得された技。
ギルガルドが盾と自身の手で渾身の攻撃を繰り出す――直前に懐に潜り込んで、黒いオーラを纏った一撃を叩き込んだ。
叩き込まれた方は放物線を描きながら、サクマの後方へ墜落した。
「ギルガルド、戦闘不能!」
「いけっ!」
「……試合開始!」
「サイコ――」
「ふい!」
ダニエルの判断は早かった。
ギルガルドが倒されるやいなや、すぐに次のポケモン・エーフィを繰り出してガルーラに体勢を整える隙を与えない。
審判が一拍間を置くが、彼につられてテンポが早くなっている。
一矢報いるか――いやそんなはずがない。
エーフィはサイコキネシスを放とうとして、殴り飛ばされ戦闘不能。
「勝者、サクマ選手!」
***
163人の予選トーナメント。
ここから本戦に勝ち上がるには、2位以上になる必要がある。
つまり、162+1→82→40+1→20+1→10+1→6→2+1→1となる。
シード運も絡むが、大体6回は勝たなければならない。
大抵のトレーナーはトーナメントを勝ち上がった後、自分と対戦しそうな相手の試合を観察して、脳内で対策を組み上げる。
つまり対策される側は、対策の対策を読み――と、一種の心理フェイズに入る。
どのようなパーティにも穴があり、そこを突くのは当たり前のこと。
だった。
2回、3回と勝ち上がってきたトレーナーは、随時更新される対戦結果をネット上で閲覧し、21人の中から要注意人物を見つける。
見つけてしまう。
3戦全てで同じ選出、同じ結果――3対0で勝つ、何をどう対策すれば良いのか分からないヤツを。実際に試合を見れば、"レベルが違う"と感じてしまう相手を。
大なり小なり対戦相手には一喜一憂するものだが、中でも深い感情を抱くトレーナーが居た。
(嘘でしょ……あの時の、タツベイの子が……)
名前をユウコ。
サクマの為に少なくない労力を割いてくれた相手だ。
彼女が順調に勝ち抜けば、残り6人になった段階でサクマと当たる。当たってしまう。
(――勝てない。勝てない、多分、恐らく、きっと……)
サクマの2回戦目の相手は、大半のトレーナーが要注意人物として警戒していた。
パーティはガブリアス、メタグロス、ゲンガー、水ロトム、バンギラス、トゲキッス。いずれもトップメタとされるようなポケモンばかりで構成されている。
3-0で負けたが、ユウコと戦えば90%位の確率で勝っただろう。
4回戦目。ユウコは、やはり、サクマのあの3体は凄まじい領域にまで練り上げられていると感じた。
(次は私の番……)
心臓が高鳴る。奥歯から音がする。肩が悲鳴を上げる。
バトルは楽しむもの――そう気づいた筈なのに、今は酷く恐ろしい。
ユウコの息が荒くなる。ベンチで顔を伏せ、組んだ両手に額を乗せる。
精神を集中させ、呼吸を整え、ふと顔を上げる。
その前を、たまたまサクマが通りかかった。
一瞬だけ目が合うも、彼は何事も無かったかのように通り過ぎようと――
「ねぇ、サクマくん」
低い声にサクマは振り返った。隣のクレールは「知り合い?」と無邪気そうに笑う。
「え、あー……」
「こんな所で会うなんてね」
衝動的に皮肉が出た。
バツが悪そうなサクマの顔を見て、徐々に徐々に、ユウコの中でどす黒いものが湧き上がってくる。
「そっスね……あ、所でどこまで勝ち進んだんですか?」
「……」
ユウコの目が少しずつ大きく開かれる。空気を深く吸い、深く吐き、立ち上がって、自分より背の低いサクマを見下ろした。
「次の、相手よ」
「Oh……いやちょっと、名前全然覚えてなくてハハハ……」
「……」
「……」
沈黙。
ユウコは視線をサクマから外し、それを感じ取ったサクマもまた顔を逸した。
お互いに何も言うことなく、別々の方向へ。
クレールは二人を二度見した後、彼の後をトテトテとついていく。
「ねぇさっくん、何かあったの?」
「まー、ちょっと。タツベイ捕まえる時に世話になったんだけど、初心者詐欺したっていうか、はい」
「ふーん……そっか」
クレールはそれ以上、その話題を掘り返さなかった。
単純に"ライバルへの対抗心"では説明できない複雑な感情を感じ取っていたので、予選が終わったら何処かへ行こうという話を盛んにして、サクマの気を紛らわせようとした。
しばらくして、会場にアナウンスが響き渡る。
K会場の予選も残り6人といよいよ大詰め。
残りの試合は人数が多い時のように同時並行ではなく、1試合ずつ行われる。
6人が5人になり、5人が4人になり、次は3人になる番だ。
それまでクレールと試合を眺めていたサクマは、アナウンスに呼ばれて席を立った。
「さっくん、負けないで!」
「負けないよ、誰にも」
***
――私を騙していたの!?
(……これは、違う)
――どうしてそんなに強いの?
(私が聞きたいのは、これじゃない)
――私とタツベイを捕まえたのは、単なる数合わせだったの?
数ヶ月前に見たデデンネとイーブイが多少成長していたとしても、メガシンカ杯の水準に達している可能性は極めて低い。
進化もしていない。選出も固定。
メガシンカする系統を入れるために、あえて弱いポケモンを入れるような"舐めプ"をして勝ち上がれるような大会ではない。
参加者の年齢層も、サクマを除けばほとんどが4,5年はトレーナーを経験している。
ユウコは、自分に"楽しむ"という事を思い出させた本人が、恐らく様々な過程を吹っ飛ばしてこの場に立っていることが気に食わない。
そんな相手に勝てないとすら思っていることが許せない。
怒りも妬みも憎しみさえも束ねて、それは殺意のような闘志へと昇華した。
「それでは、ユウコ選手とサクマ選手の試合を開始します! 交代回数は無制限。シングルバトルの公式規定および、審判の指示に従うこと」
ユウコのパーティはカイリキーLv48、ファイアローLv46、エンペルトLv49、カバルドンLv45、フシギバナLv46、フライゴンLv49。
最初に出すポケモンは決まっていた。
「試合開始!」
「カイリキィィイイイイイ――――ッ!!」
力強い踏み込み。目一杯の力で投じられたモンスターボールからカイリキーが飛び出し、一直線にガルーラを目指す。
サクマはガルーラを突っ張らせる意味もないと引っ込めてモロバレルに交代、その時既に相手は目と鼻の先だった。
「ほうし!」
ブワリと舞い散る胞子を吸い込み、カイリキーは一瞬脱力するも踏ん張り、モロバレルに全力の"ばくれつパンチ"をぶちかました。
軽減はできないもののゴツゴツメットで受け止め、とうとう眠りに落ちたカイリキーにギガドレイン。続けてエナジーボールで吹き飛ばして距離を取る。
「……戻って!」
目を覚ましたカイリキーに後退を指示、交代のためにフィールドの中央から自陣へ寄るように言うが、それを容易く許すトレーナーはいない。
「エナボ、エナボ、エナボ」
固定砲台と化したモロバレルから発射される高速の一撃を、ステップを踏みながら回避。ユウコはエナジーボールを避けたタイミングに合わせてモンスターボールに収めると、次のポケモンを繰り出した。
「ブレバ!」
れっかポケモンファイアロー。
サクマはすぐに交代を選択、出てきたヒードランに守らせてブレイブバードでの特攻を防いだ。
まもるの"防御膜"に弾かれて勢いが死ぬと、ファイアローは逆にヒードランに突撃した。
「とんぼ!」
「……マグスト!」
パンパン、パンと3回の手拍子。交代際に当てろ、の合図だ。
無事にファイアローは戻ったが、逆に狙い打たれる形になった。
ユウコは上空に向けて思いっきりボールを遠投。
ボールがパカリと開かれた瞬間、巨大な炎の柱が立ち昇る。
業火の隙間に垣間見えたのは、フライゴン。
炎の潮流に乗りながら勢いをつけ、一回転、二回転とスピードを上げ――脱出!
「いけぇぇええええッ!!」
フライゴンはほとんど落下じみた急降下を開始。
そのトレーナーとポケモンに言葉はいらなかった。何をすればいいか、フライゴンには分かっていた。
故に全ての勢いを次の一撃に託した。
"じしん"。
フライゴンは、大地に叩きつけられた反動で目を回しそうになるのを必死にこらえる。ユウコを悲しませまいと自身を奮い立たせて。
「あ"あ"ッ――――!」
悲鳴じみた叫びが聞こえた。
フライゴンは目を凝らしてヒードランを見た。
口を動かしている。
何かを食べている。
トレーナーはその意味をはっきりと理解していた。
"シュカのみ"だ。
「めざパァ!」
ヒードランから放たれためざめるパワーがフライゴンの体を打ち据える。
大の苦手なこおりタイプの攻撃は、根性だけではどうしようもなかった。
「フライゴン、戦闘不能!」
相性有利なポケモンはカイリキーしかいない。
「避けて!」
「試合開始!」
「みが!」
「!? ロー!」
開幕の速攻攻撃を警戒した回避の指示は、"みがわり"によって裏目に出た。
ヒードランの姿がブレると、そっくりなもう一体が出現。
"みがわり"が本物を庇うように前に立つ。
カイリキーは一瞬だけ迷った後、"ローキック"の対象を"みがわり"に向け、ユウコもそれを見守る。
みがわりが出現した時点でどちらが本物かは判明していない。前後のフォーメーションは世界共通項ではないからだ。
本物はカイリキーの側面に回り込み――
「マグスト!」
「横!」
カイリキーはマグマストームに呑まれたが、ユウコを悲しませまいとグッと堪えた。
炎を突き破ったカイリキーは"ばくれつパンチ"の体勢に入るが、そこに"みがわり"が割って入った。
「大地!」
"みがわり"は消えたものの、本物がその隙に迂回してカイリキーを跳ね上げる。戦闘不能だ。
「……」
残ったのはファイアロー。どうあがいても勝ち目はない。
「試合開始!」
「空、ブレバ!」
ファイアローが上空へ飛び上がり、羽を折りたたんでブレイブバードの体勢に入る。空中を旋回しながら加速し、運動エネルギーを高めていく。
それを尻目にサクマは交代。ヒードランからガルーラへ変えると、"いわなだれ"を指示。
空に出現した沢山の岩が滝のように雪崩落ち、出現ポイントの推移とともに壁のようにファイアローへ迫る。
しばらく回避を続けるファイアローだが、徐々に徐々に地面に近づいていく。
スタミナの消費も激しい。技を使い続けることは、筋肉に力を込め続けるようなものだ。
それはガルーラにも言えることだが、条件は五分ではない。
ユウコもそれを悟っており、スピードが限界まで高まったタイミングで追加の指示を出す。
「フレドラッ!」
「まも!」
翼を畳んだファイアローが炎の鎧を纏い、一直線にガルーラへと飛び込む!
ブレイブバードとフレアドライブの合せ技。反動は相当なものになるが、威力は一級品。
「突き破ってッ!」
凄まじい衝撃。
爆風で砂埃が舞い上がり、ファイアローは大空に舞う。
「!」
当てたか――そう思うのもつかの間、ガルーラのまもりは健在であった。
渾身の一撃であったが、小揺るぎもしない。
「おん!」
"まもる"に弾き飛ばされたファイアローに向けてジャンプ、ガルーラは腕を振り下ろして相手を地面に叩きつけた。
「そこまで! ファイアロー戦闘不能! 勝者、サクマ選手!」
わっ、と上がる歓声。
健闘を称える拍手。
審判に促されて二人は握手を交わした。
「対戦ありがとうございました」
「私、分かんなくなっちゃった……何が、楽しかったんだろうね?」
「知るか。自分で考えな」
涙を流すユウコを背に向け、サクマは次の試合に備える。
勝者と敗者が存在して、敗者が勝者と相容れないのなら。
チャンピオンとは、永遠に孤独な存在である。
サクマは挫けない。
孤立し始めた自分に、決して負けない。