俺の、あるいは私の結論ハ。   作:傘花ぐちちく

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第8話「灼かれ、花開くとき」

 

 サクマのコモルーは、捕まった時はそりゃもう"なまいき"だったのだ。

 

 特訓や練習試合をしていくうちに段々とチームの一員として馴染んできていたが、コモルーになってからは妙な雰囲気をまとっていた。

 

 それはデデンネやニンフィアやサクマには想像もできないし、察することもできない。

 

 コモルーは自分の殻の内側に渦巻く進化エネルギーの拡大に気づき、飢餓状態のまま全てのエネルギーを進化にまわし、たくわえる。

 

 今か今かと、羽化の時を待っているのだ。

 

*

 

 サクマの11歳も終わりに差し掛かってきた頃、ダブルバトルBリーグが開幕した。

 

 Aリーグが20人のみの狭き門であるのに対し、Bリーグは26人のトレーナーで争う。サッカーや野球と比較して人数がやや多いのは、様々な要因があるものの、一番の理由はポケモンバトルがある種のカジュアルさを持ち合わせているからだ。

 

 であるからして、不人気だの過疎だのと言われているダブルバトルにもプロが一定数現れるのだ(どんな競技にも言えることだが)。

 

 これがシングルになるとAリーグで24人、Bリーグで32人と増えていき、日程はダブルより長く試合間隔も普通だが、戦法の解析や精神的疲労から過酷さはむしろ増していく。競技人口の莫大さが実質的な蠱毒として機能し、使用ポケモンや戦法の流行度合い――"環境"が混沌と化していき勝利の方程式が複雑化。結果として非凡な才を持つ集団が競う魔境と化した。

 

 対するダブルでは、"環境"の煮詰まるペースが遅く、前シーズンで目覚ましい活躍をしたパーティのコンセプトが次のシーズンで流行するというサイクルに入っている。

 

 中でもBリーグのダブルバトルパーティのコンセプトは大別して三つに分けられているだろう。

 

 まずは砂や雨、霰に晴の天候を軸としたパーティ、通称"天候パ"だ。天候と特性の組み合わせによる強烈な制圧力やシナジーを軸に据えたものだ。特定のタイプの威力が上がったり素早さが上がったりと、ハマれば強いを地で行く。

 

 次は素早さが逆転する不思議な技トリックルームを用いた"トリルパ"だ。技の出がどうしても遅れてしまうという始動の遅さがあるものの、相手の感覚を狂わせつつ"重戦車"なポケモンたちで攻撃できる厄介さが持ち味だ。

 

 最後に、Aリーグでも大流行している"追い風パ"だ。素早さを上げる不思議な風を味方だけに吹かし、高機動からくるヒット・アンド・アウェイや素早いポケモン交代による柔軟さで相手を完封するという戦法だ。トレーナーの対応能力が問われるが、トレーナーの力量がそれなりでも追い風戦法への対処は難しい。

 

 サクマは自分自身が思いもしなかった逆風に曝されることになる、Bリーグで。

 

 ある一戦ではコータスドレディア――葉緑素のドレディアがおさきにどうぞという技でコータスに素早く噴火を打たせたりする――の猛攻で苦しめられ、ある一戦ではおいかぜを発動したあとにバンギラスとガブリアスを繰り出して激しく攻め立てられた。

 

 どちらの試合にも勝利はしたが、心情的にはギリギリであった。

 

 理由の一つは"ダメージ感覚"の欠如にある。

 

 あの技を喰らえばどの程度のダメージを受ける、この技を当てればどのくらいのダメージを与える、そういった感覚のことだ。

 

 戦う相手が強くなれば喰らうダメージは増えて与えるダメージは減る、当たり前だ。けれどもこれは試合を重ねれば解決可能な問題だ。

 

 もっとサクマの頭を悩ませるのは――選出の制限にこそある。

 

 ニンフィアはまだ戦わせる余地があるものの、コモルーは全く無い。戦えないポケモンが居るだけで、敵はサクマが何を出してくるか容易に想像できるし対策もしやすくなる。

 

 ほとんど4体でBリーグを勝ち上がるのが、難しくなってきている。

 

 ヒードランが戦闘不能になることもある。選出も限られているのでバシャーモやゴウカザルといったメジャーな炎・格闘タイプの対処が厳しくなってもいる。パーティ単位でこうした欠陥を補うのが常道だが、忌むべき"創意工夫"という名のトレーナースキルで対処せざるを得なくなっている。

 

 敗北はしないが少し驕ると無様を晒す、そんな未来が手に取るように分かるのがBリーグだった。

 

 サクマの予想を遥かに上回って立ち塞がり、トレーナーの力量不足を突き付けてくる。

 

 パーティに欠陥を抱えたままの戦闘では思考が澱むが、ウィークポイントを抱えていると相手はそこを狙いたくなるもので、逆に動きが読みやすくサクマにも段々と試合の"流れ"というものが掴みやすくなってきた。

 

 着実に成長はしているし、試合後に自分を見つめ直せるので経験値になる。だが、このような応急処置じみた成長ではBリーグが限界だし、サクマにも自分の限界が見え始めていた。

 

 ポケモンが強靭であってもトレーナーが弱ければいつかは負けるのだ。Bリーグを勝ち上がれても遠からずAリーグで負けるし、そのような体たらくはサクマの求める所にない。

 

 勝率5割では足りなすぎる、勝率8,9割はゲーム(・・・)では破茶滅茶に強い部類だが、求めているそれではない。

 

 もっと、もっと――もっとだ、もっと圧倒的でないと"最強"は証明できない。

 

 サクマはボールの中にいる"最初の6体"を見た。強くあれかしと生まれ出た彼らが負けるなどあってはならないし、"最強"を示すことこそがサクマの取るべき責任であり6体の存在証明になる。

 

 敗北などあってはならない。

 

 負けた瞬間、彼らの存在理由といずれ得る"最強"の看板に泥を塗りたくり、生まれた理由にケチをつける。そしてサクマは永遠に己に恥を晒し続けることになるのだ。

 

「…………」

 

 ポケモンセンターの小さな宿泊用の個室で、ベッドに腰掛けた彼は小さく貧乏ゆすりをしながら対戦相手のリストを眺めていた。

 

 自分に課したプレッシャーと敗北への恐怖から神経をとがらせ、ポケッターでの軽口は鳴りを潜めている。そんな時間はないし余裕もない。

 

 リストにはリーグ開催直前に登録した6体のポケモンが並んでおり、敵の選出4体を予測することは必須だった。

 

 目下の課題は、次の次の試合。

 

 ゴウカザル・エルフーン・コータス・ローブシン・ラグラージ・カイリュー。追い風と晴れを軸にしたパーティだ。

 

 サクマのパーティに一番圧力をかけているのはゴウカザルだ。技が豊富で素早い炎/格闘タイプのゴウカザルは、シンオウ地方ではよく下手くそ殺しなどと言われている。未熟なトレーナーでは扱いきれないし、よく未熟なトレーナーをボコボコにしているからだ。

 

 ダブルバトルにおいては補助も攻撃も器用にこなせる高速のねこだまし使いだ。ターン制ではなくリアルタイムで行われる戦闘を嫌というほど味わってきたサクマだが、彼が最も嫌っているのは技が豊富なポケモンだ。

 

 何をしてくるかわからないので"どうやって対処するか"という思考がすぐにまとまらない、という非常に単純な話だ。サクマはそういったトレーナーとしての力量が問われるポケモンを苦手にしていたし、克服しなければと思うたびに胃をキリキリと痛めていた。

 

「あ、そろそろか……」

 

 そんな彼にいつまでも思考に沈んでいる暇はない。

 

 実家で親に庇護されていた頃と違って、6体分のご飯代を稼がなければならない。バトルでもらえるおひねりでは限界があるし、ファイトマネーが高額というわけでもなく、ダブルバトルのトレーナーにつくスポンサーも少ない。おまけに炎上芸人もどきのサクマは評判が悪いのでもっとスポンサーは離れる。

 

 なので、動画サイトの生配信で雑談のようなものを行い、閉じた輪の中で"おひねり"をもらって生活の足しにしようとしているのだ。

 

 全てを戦いに注ぎ込もうとしているのに、現実的な制約がそれを阻む。

 

 実家に帰ることも考えたが、親は話題性に必要な"炎上"を忌避する常識的な感覚の持ち主だ。夢破れ襤褸切れになるか、チャンピオンとしてちゃらんぽらんな印象を拭うかしなくては帰るに帰れない。とはいえ消えた退路を悔悟していても始まらない。

 

 結局のところ、自分にできることをやるしかないのだ。

 

*

 

 ナオがサクマを追ってリーグに挑んだのは半期遅れてのことだった。

 

 彼がBリーグに進出している最中、ナオは順調なバッジ取得速度に反してCリーグで苦戦を強いられていた。

 

 ゴウカザル・ルカリオ・ムクホーク・レントラー・トリトドン・マニューラの六体パーティで挑んでおり、彼女自身Bまでは楽にいけるとすら思っていた。

 

 Cは実質素人wなどと揶揄されているが、そうはいってもシンオウ・ダブルリーグ内で上から数えて47位から70位の実力を備えている。

 

 確かに、バッジを8つ取ったにしては"弱い"部類に入るが、それでも始めたばかりのダブル初心者をボコすくらいはわけない。

 

 ナオはシングルが主体となる"バッジ戦"では順調に勝ち上がれたが、ここにきて壁にぶち当たったのだ。

 

 ナオのバトルスタイルはシングルでは一時期大流行したものとよく似ている。

 

 素早く、またフットワークの軽いポケモンと息を合わせて相手を倒し、それが難しい相手は高耐久のポケモンで"流す"(相手に交代を強いる)。それを更に前のめりにしたスタイルだ、パーティのほとんどがアタッカーに寄っている。

 

 目玉2つでポケモン一匹と息を合わせるのがやっとな"人間"が、少ない目玉でポケモン2匹を同時に見れるはずがないのだ。特に、素早く動く場合は。

 

 追い風戦法はそこが強い点であり弱い点でもあるのだが、まず慣れている人間とそうでない人間では違いがありすぎる。

 

 ナオは本人が想像している以上にダブルバトルに適応できていないのだ。

 

 戦績は現在4勝6敗、序盤は勢いに乗れたものの連敗が続いている。

 

 サクマの戦績は把握していて、11勝無敗と勝ち星を上げ続けている。

 

 いっそ彼にパーティの相談をしようかと電話を手に取るが、しばらく前に涙声で何言ってるか全然わからないクレールから要領の得ない話を聞いた事を思い出して止めた。

 

 ポケモンの調整で頭を悩ませているような時期に"重めの相談事"を投げつけられるのは正直迷惑だとナオも思ったし、ライバル視している相手へドストレートに相談をするのは気が引けた。

 

「あーやめやめ! 寝る前にネガネガしてたら気が滅入っちゃうよ」

 

 ベッドに転がってスマホを眺める。イヤホンを繋いで動画や生配信を眺めていると、目を引くタイトルが並んだ。

 

 【12連勝前祝い】雑談生放送【チャンピオン内定まで@35勝】

 

 凄まじく自信過剰なタイトルだ。冷やかしにリンクを踏んでみると、聞き覚えのある声がした。

 

『あ、クレープさんスパチャありがとうございます』

 

 コメント欄には赤い背景に白文字で「¥50,000」「配信おつかれ~!この前の試合はまた4-0で格好良かったよ!」と出ている。

 

『これからの配信でちょっと考えていることがありまして、視聴者のポケモンバトルの相談に乗ろうかなと――』

 

 ナオは思わず目をそらしたが、意味がないので音量を下げた。しばらく考えてから、戻す。

 

 自分自身でポケモンを鍛えてから分かり始めたことだが、この界隈はポケモンが強いだけでは勝てない。ナオの快進撃がストップしたことからもいえるが、要所要所で正しい決断を迫られるからだ。

 

 彼女は心のなかで嫉妬の炎を燃やすが、それで身を滅ぼさずに原動力としていた。サクマに相談の連絡を送ることはないが、彼のアドバイスを聞いてテクニックを盗もうとする気概があった。

 

 負けられない。負けたくない。追いつきたい。

 

 彼が先に頂点に立ったとしたら、そこまで上り詰めて手袋を叩きつける。そうして舞台に立って初めて対等な関係に戻れるのだろう。

 

*

 

『あ、初見さん乙。「なんでシングルでチャンピオン目指さないんですか」ぁ? 私がダブル畑の人間なのもあるんですけど、なんというかダブル界隈の「俺らってシングルの落ちこぼれだよな……」みたいな独特の雰囲気あるじゃないですか、あれが大嫌いなんですよね。そういう腑抜けた奴らを叩き直すためにチャンピオンの称号を奪還しようとしてるんです、はい……』

 

 サクマだって、煽り倒す場所と対象は選んでいるつもりだ。

 

 人目の多い場所やポケッターでは大言壮語&侮蔑にならない煽りをするキャラクターを目指しているし、視聴者が100人もいないような配信では少しの煽りと礼儀正しさを目指している。

 

 (Cリーグ風情は言いすぎたかなぁ)なんて考えることもあるし、危ういネットの流行語や差別的表現はリストアップして避けている。

 

『「アドバイスってどのくらいやってくれますか」……これはポケモンを5体か6体持ってるトレーナー対象かな、脱初心者向けですねー。深いアドバイスはオフシーズン限定で有料プランにしようかと思ってます』

 

 山も谷もない配信を終えて、一息つく。

 

 あまり遅くまで話しても不健康だし、隣の個室利用者にも音が漏れる。

 

 部屋の照明を消してそろそろ寝ようかという頃に、枕元のボールからコモルーが飛び出した。

 

 コモルーは窓際で月を見上げると小さく鳴いた。差し込む月光に照らされると、ふいに発光し始めた。

 

「!?」

 

 驚きのあまり呆然としていると、光の形はみるみるうちに進化系の姿へと変わっていく。大きな翼に大地を踏みしめる四つ足、長い尾。

 

 おめでとう、コモルーはボーマンダに進化した!

 

「お、おぉ……!」

 

 目下の問題を解決する物凄くいい手段ができた。ヒードランを運用するにあたって必須となる地面タイプへの耐性が用意できたのだ。

 

 実際に戦えるかどうかはともかく、思考を鈍らせる要因が消えたことは望ましい。

 

「やっ、やったぞ……ボーマンダ!」

 

 手をワキワキとさせて近付く。

 

 凛々しい顔つきに鋭い牙、力強い爪。第5世代においても猛威を振るい環境を席捲した"ドラゴン"の強大さをひしひしと感じる。

 

 ボーマンダの顔に添えようとしたサクマの左手がぐいと持ち上がった瞬間。

 

 妙に左腕が熱くなり、肩に物凄い衝撃を感じたと思ったら床に倒れていた。

 

(あれ……なんか頭が痛いぞ、息も苦しい……)

 

 ボーマンダの口の周りはテラテラと月光を照り返す血液に塗れていた。

 

 牙の先から垂れた一滴がサクマの口に入ると、やっと彼は事態を認識した。

 

 ボーマンダはサクマの左腕に噛みつき、首の力だけで彼を宙に振り上げて叩きつけたのだ。

 

 薄いカーペットが敷かれているとはいえ頭部を強打しており、立ち上がって助けを求めるどころか悲鳴を上げることもできない。

 

 真っ先に事件に気づいたのはガルーラであり、枕元に置かれたボールから出るなり冷凍パンチを叩き込んだ。

 

「ボァァアア!?」

「ガァ!」

 

 ドラゴンが威嚇する間もなく悲鳴を上げ、怪獣が何度もこぶしを振り上げる。

 

 遅れて飛び出したモロバレルが胞子でガルーラを眠らせると、同じく外に出たヒードランがドアノブを食い千切って外へ飛び出した。

 

 サクマは朦朧とする意識の中で何とか上半身を起こす。既に記憶が混濁しており、直前の出来事も忘れて痛みの原因すら知らない。

 

 視界に入ったボーマンダは虫の息だ。格上から氷タイプの技を何度も喰らったことにより体温は著しく低下し、浅く早く白い呼気を吐いていた。

 

「と、とて、くれ……」

 

 持ち上がらない左腕の代わりに、右手でカバンを指す。

 

 意図を汲んだモロバレルが近づくと、カバンから"かいふくのくすり"を取り出す。

 

「ひとを……んでくれ。こいつは、勝利にひつお(・)うだ」

 

 目が霞んでいるので右手で患部を探り、応急処置を済ませる。

 

「まだ、頂を見せていない――」

 

 廊下が騒がしくなると、部屋にジョーイが飛び込んできた。

 

「これは一体!?」

「ああ、立てますよ……ほらね?」

 

 サクマは寝転がりながら口をもごもご動かすばかりで、あっという間に担架に乗せられていった。

 

*

 

 サクマがボーマンダに噛まれて翌日。

 

 市立の病院に運ばれたサクマの処置は完了し、ボーマンダの方も大事無いことが確認された。

 

「――のため、頭部の方は問題ありません。もう一つ、噛み傷のことを咬傷(こうしょう)というのですが、これが鋭く深く、筋肉や神経を傷つけています。少なくとも3日は安静にしていただきますが、無理に動かすと後遺症が残る恐れもあり――」

 

 説明は頭に入ったが、彼の思考を占領したのはその期間(・・)だ。

 

 次の試合はたまたま期間が空いて(・・・・・・)おり明後日。病院に寝っ転がっていては間に合わない。

 

 病室に戻って間もなく、サクマの下を訪れたのはジョーイであった。

 

「お預かりしたポケモンについてなのですが……」

「興奮しすぎて、腕を口に入れてしまったんです。なので、危ないとかそういうのではありませんよ」

 

 ジョーイの質問に対しては自身の迂闊な行動が原因であるという姿勢を崩さなかった。

 

 彼女はそれを認めたが、義務として一度ボーマンダとサクマを透明な壁越しに合わせることになった。

 

 そこで問題行動が無ければ良い。だが再び攻撃行動が見られるようであれば、トレーナーに管理能力がないとして生息地に戻すかあるいは……。

 

 ボーマンダのような危険なドラゴンタイプのポケモンは大抵後者だろう。

 

 一人と一匹が壁越しに引き合わされると、声を掛けてあげてくださいと促される。

 

 壁越しのボーマンダは少し体を伏せており、申し訳なさそうに首(こうべ)を垂れていた。

 

「腕も噛み千切れずガルーラに返り討ちに遭うくらいお前は弱い。まだ最強になりたいと思うなら、立って、こっちに来い」

 

 ボーマンダががむしゃらにトレーニングに参加していたのは、何も強くなったり進化したいという気持ちだけではない。

 

 冷たく静かに燃える彼の野望に恋焦がれているからだ。恐ろしく強いポケモンたちと己を鍛え、ひたすら高みを目指して飛び立ちたいのだ。

 

 進化して力を得たために短慮に走ったが、それでもなお埋まらない壁に突き当たった。空を目指して翼を得たというのに、遥か天空で輝く夢に目を灼かれてしまっていたのだ。だから、この男の群れで戦うしかなかったというのに。

 

「問題はなさそうですね? では、明日にはボールで返却されると思います」

「結構早いんですね、ポケモンの治療は」

「はい、ドラゴンタイプはかなり頑丈ですから」

 

 ジョーイに促されて病室に戻る。

 

 左腕を動かそうとすると痺れるような感覚があるものの、治れば問題はない。

 

 試合までに治れば。

 

(……抜け出すしかない、病院から!)

 

***

 

 Bリーグ12戦目。

 

 怪我をしたことはリーグ運営にも伝わっていたが、電話で命に別状がないことを伝えて欠場しないことを念押した。

 

 病院を抜け出した後は改めて体調の万全さをアピールして、控室へ。

 

 骨が折れたわけでは無いので腕を吊ったりはしていないが、包帯を巻いているので長袖で隠す。

 

 あれだけ悩んでいた試合の選出は、深く考えるまでもなく心の中で決まっていた。

 

「ニンフィア、ボーマンダ、お前たちが攻撃の軸だ」

 

 2匹をボールから出す。

 

 彼らの様子はサクマの目にも緊張しているように見えた。

 

 事実、次の試合ではガルーラという絶対的エースを出さないので、勝利への不安を抱いているのかもしれない。サクマというトレーナーの腕を問題視しているのかもしれない。

 

 CHALKボルトという時代を席捲したパーティにおける重要なパーツ――ボルトロス・ランドロス・クレセリア――が欠けており、その穴埋めで入れられた不安定な構築だ。確かに。

 

 CHALK――いや、あえてガルーラスタンダードと呼ぶのであれば、本来のパーティよりも完成度は低い。

 

 ガルーラスタンはメガガルーラを中心に高種族値・良耐久のポケモンで固めて、サポート技とポケモン交代で有利な盤面を作ること(サイクル戦)で強みを押し付けつつ勝利を狙うことができる。ガルーラの型次第でパーティの技や持ち物も変わってくるため、多種多様で読みにくいのが特徴だ。飛び抜けて素早いポケモンが居ないので追い風パや天候パに制圧されやすく、トリックルームや電磁波などで素早さを操作してうまく立ち回る必要がある。

 

 デデンネを入れるくらいなら耐久に優れるエアームドやメガヤドランを入れた方がいいかもしれない。

 

 ファイアローやゲンガーで手堅くガルーラの補完をした方がいいのかもしれない。

 

 人間の事情が絡むニンフィアやトラブルを起こしたボーマンダなんて使わない方が確実に勝てるかもしれない。

 

 いや違う。補い合うからトレーナーはポケモンと対等になれるのだ。

 

 "ガルーラでいい(・・・・・・・)"はガルーラの負担もさることながら、彼女に対する依存を表している。それでは対等ではない。ガルーラが先に立っている。

 

 ニンフィアとボーマンダもそうだ。実力的に不安だというならしトレーナーや練習で補えばいいし、言い訳をして試合に出さないのはペット(従属者)として連れ歩いているのと変わらない。

 

 ボーマンダが進化したことでニンフィアは運用しやすくなった。この試合で勝てば2匹は初めてガルーラたちと対等になれる。

 

 いや、必ず勝って仲間になるのだ。

 

「絶対に勝てる」

 

 根拠がないわけじゃないし、他の2匹はモロバレルとヒードランにしている。ニンフィアとボーマンダという並びなら相手の虚を付けるし勝算は十分あると見込んでいるが、そんなことを言って気持ちを下げたくないので言わない。

 

「今まで練習してきた。必ず上手くいく」

 

 サクマはこの2匹よりもポケモンバトルの先輩だ。わずかな期間しか違わないとしても、ガルーラたちに見合うトレーナーではないとしても、前を向いて進み続けてきた。

 

 コンコンと控室のドアがノックされる。もう試合の時間だ。誰かが呼びに来た。

 

「さぁ、行こうぜ」

 

 世界は自分の成長を待ってはくれない。時間が来たら、もう行かなくてはならない。

 

 だから、トレーナーとして背中を少し押す。

 

 ワァァァァ――――!

 

 コートに出れば、小さいながらも歓声が響く。

 

 もしもシングルバトルだったなら、二匹を出すことは無かったかもしれない。

 

(大丈夫だ、ダブルバトルならお前たちはひとりぼっちじゃない!)

 

「試合開始!」

 

 両者同時にボールを投げる。

 

 こっちはニンフィアとボーマンダ、相手はゴウカザルとローブシン――姿形で瞬時に判断。相手の選出はガルーラ、モロバレル、ヒードランに強く出ようとした結果で、ゴウカザルとローブシンは3体のうちどのペアが来てもタイプ相性上有利だ。

 

 そして、ニンフィアとボーマンダはその2体にタイプ相性上有利である。更にボーマンダの"いかく"で物理攻撃力が下がり、実質的な耐久力が向上。相手は試合開始直後という初手の盤面を有利にしようとしたがために、逆に不利になったのだ。

 

「っ!」

「――――」

 

 対戦相手の動揺が手に取るように分かる。だが、こちらも完全に優位というわけでは無い。

 

 ローブシンの冷凍パンチが当たればボーマンダは無事では済まないし、ゴウカザルの猫だましでどちらかの動きは一瞬止まるだろう。

 

 しかし、これはゲームじゃない。

 

 ――ボーマンダのボーマンダナイトとサクマのキーストーンが反応する!

 

 ボーマンダはメガボーマンダにメガシンカした!

 

「ハイボ!」

「――ねこれい!」

 

 相手はよほど動揺したのか、突っ込んできた。せめてローブシンだけでも交代しておけば傷は浅かったはずだ。一瞬の遅れでゴウカザルが出遅れ、出の早い猫だましが二匹の行動を止めることは無かった。

 

「フィィィ!」

「ボァアアア!」

 

 ハイパーボイスの2重奏が迫る2体を吹き飛ばす。ニンフィアの特性フェアリースキンによって攻撃はフェアリー技に、メガボーマンダの特性スカイスキンによって攻撃は飛行技に。

 

 高火力の抜群技をまともに喰らっては流石に無事ではいられない。ローブシンは足の遅さ故に距離があり、辛うじて威力を軽減できたが残る体力もなく得意の攻撃も威嚇のせいで威力が下がっている。

 

 既に試合は終了一歩手前で、実質的に4対2だ。対戦相手のガルーラメタ(対策)をさらにメタ(・・)ることで勝利を掴むことができた。

 

 ポケモンバトルのメタゲーム――流行っているポケモンの対策など試合外での駆け引き――としての側面を上手く活かした試合だ。ゲーム上でも現実でも、こうした読み合いは非常に重要になってくる。

 

 サクマのトレーナーとしての腕前は一皮剥けつつあった。

 

「――――!」

 

 対戦相手が次のポケモンを繰り出す。

 

 サクマは叫んで指示するが、自分の声も相手の声も聞こえてこない。

 

 だというのに、分かる。自分が何を言って、相手が何をしようとしていて、ポケモンたちをどう動かせば良いか、どう行動すれば勝利できるか。

 

 手を叩けば二匹も意図を汲む。重ねた練習の数だけ動きはスムーズだが、地力の差で押され始めてきた。

 

 左腕の傷口が開く。血が包帯に滲み出してくるが誰もそれに気づかない。サクマは迸るアドレナリンに後押しされ極限の集中状態を維持。

 

 場にはラグラージとカイリュー、最後の2匹だ。メガボーマンダは力を振り絞りすてみタックルでラグラージを弾き飛ばす。

 

 そうだ。

 

 いいぞ。

 

 お前たちなら勝てる!

 

 前へ前へ前へ――もっと前へ!

 

 ピ――――!

 

 試合終了のホイッスルが鳴る。

 

「そこまで――戦闘不能―――よって勝者、サクマ選手!」

 

 ニンフィアとメガボーマンダは戦い抜き、パーフェクトゲームを達成。

 

 華々しいスタートを切るのだった。

 

*

 

サクマ @meijin_megahosi

受けるべき治療を受けず病院を抜け出し、医師及び看護師の方々にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません

つい12連勝してしまいました

 

今後ともよろしくお願いいたします

 

こ14 り4346 い5532 き

 

 

 燃やすつもりが燃えなかった。

 

 解せぬ。

 

 

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