進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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作戦目標(AC6三週目)クリア システム 通常モードに移行します

ドーモ、お久しぶりです。強化人間C4-621です。
理由は分かりませんが投稿が遅れてしまいまして誠に申し訳ございません。理由はさっぱり分かりませんが。



9.大地の悪魔

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 階層全域を震撼させる凄烈な咆哮(うぶごえ)を上げ、総身を漆黒に染め上げた異形の巨人(ゴライアス)は18階層に降り立った。

 

 爆音と共に中央樹を踏み潰したその巨体は、明らかに通常のゴライアスより大きかった。灰褐色の外皮に包まれた本来のゴライアスであれば、その全長は10M(メドル)にも満たない。せいぜいが7〜8M(メドル)というところだろう。

 だが、凄絶な眼光で虚空の一点を凝視するこのゴライアスの全長はゆうに10M(メドル)を超える。発達した上半身の代償にやや前傾姿勢気味な背筋を伸ばせば、容易に15M(メドル)に達するだろう。

 

 本来の階層を飛び越え、安全階層(セーフティポイント)迷宮の孤王(モンスターレックス)が出現するという異常事態(イレギュラー)。そんなものがどうでも良くなる程に、現れたゴライアスの巨大さは異常だった。

 幾度ものモンスターの襲撃を経験したリヴィラの街の冒険者達から、軒並み戦意を剥奪する程に。

 

「逃げるぞテメェら!」

『応!』

 

 リヴィラの街の顔役、ボールス・エルダーの判断は早かった。それに応える手下の冒険者達の反応(レスポンス)も早かった。彼らは冒険者(ならず者)とは思えぬ一糸乱れぬ動作で17階層に続く南端の洞窟へと進軍(てったい)し──すぐにUターンして戻ってきた。

 洞窟が崩落して通れなかったのである。

 

「戦うぞテメェらァッ!!」

(おーう)……』

 

 泣きそうな顔で号令を下すボールス。泣きそうな顔でそれに応じる手下の冒険者達。彼らの心は一つだった。

 

「クソっ! チクショウっ! 俺だって泣きてぇよクソッタレ! けど退路は断たれて中央樹もご覧の有様だ! もう逃げ場なんざねーんだよ!

 オラ腹から声出せテメェら! 今から逃げ出しやがった腰抜け(チキン)は二度とこの街(リヴィラ)の敷居をまたがせねぇからなぁ!」

『お、応!』

 

 彼らは冒険を捨て街に根を張ることを選んだ落伍者だが、それでもその本質は変わらない。鉄火場を隣人とする彼らは依然として冒険者である。

 腹を括った後は早かった。我先と武器庫から各々の得物を手に取ると、(いかめ)しい顔に不敵な──あるいはヤケクソ気味な──笑みを刻み、次々と戦場へ吶喊していった。

 

 一方、運悪くゴライアスの着地点に居合わせたモルド一派はもう散々に蹴散らされていた。巨大に過ぎるゴライアスの太腕は(さなが)ら破城槌の如く。逃げ惑うモルドら冒険者達を打ちのめし、吹き飛ばし、次々と物言わぬ肉塊へと変え地面にぶち撒ける。

 更に駄目押しと言わんばかりに、ゴライアスの吼え声に誘引されたモンスターの群れが大挙して押し寄せる。18階層に棲息する怪物共は喚声と共に逃げ惑う背中に襲い掛かり、あるいは地面に散らばるもはや原型を留めぬ肉片に群がった。

 

 安全階層(セーフティポイント)など幻想に過ぎないのだと言わんばかりに、蚕食鯨吞の如き貪欲さでモンスターは冒険者達を食い荒らす。それを率いる漆黒の巨人の威容は、百鬼夜行の首魁、あるいは亡霊の群れ(ワイルドハント)の首領を想起させる悍ましさだった。

 まるで地獄の現出にモルド達の目に絶望が過ぎる。だがその時、血に淀んだ空気を深緑の陣風が切り裂いた。

 

 緑の外套を靡かせるリュー・リオンが、自らの二つ名の如き疾走と共に現れ、黒い巨躯目掛けて急襲する。その手にはひと振りの木刀、『妖精の星光(アルヴス・ルミナ)』。リュミルアの聖樹の枝から切り出した魔力を帯びる聖木の一刀であり、その切れ味は並の鉄製武具を上回る。

 Lv.4でも上澄みの身体能力が生み出す疾走の速度が乗った渾身の斬撃──鋼の塊であろうと紙のように斬り裂く一撃は、しかし漆黒の外皮に僅かな裂傷を刻むに留まった。その異様な手応えに、歴戦のエルフは瞠目する。

 

(──硬い!)

 

 ハード・アーマードの甲殻でさえ容易に両断するリューの技量をしてまるで歯が立たない。ともすれば深層に棲息するモンスターにも匹敵する肉体の強靭さに、彼女は内心で目の前の巨人の脅威度を数段引き上げた。

 

 リューに続かんと、桜花(オウカ)(ミコト)の二人も負けじと果敢に攻撃を仕掛ける。

 振り上げられる戦斧と刀。リューが付けた傷を更に押し広げんと、寸分違わぬ狙いで各々の得物を振り下ろし──硬質な金属音と共に弾かれ、戦斧の刃は欠け、刀に至っては半ばほどから刀身が折れるという惨憺たる結果に終わる。

 およそ生物の肉を斬ったとは思えぬ、まるで巨大な岩塊を鉄の棒で殴りつけたかのような手応えに二人は愕然とする。傷口を狙って斬りつけたにも関わらずこの始末。強靭なのは漆黒の外皮だけではない。肉体強度そのものが、Lv.2程度の攻撃などものともしない程に恐ろしく強固なのだ。

 

「早く離脱しなさい!」

 

 リューが焦りを滲ませた声で叫ぶ。実力・経験共に自分達より圧倒的に格上の冒険者の余裕のない声に、我に返った桜花(オウカ)(ミコト)は破損した武器を投げ捨て必死の回避を試みる。ここで一瞬でも驚愕から抜け切るのが遅れていれば、二人はただでは済まなかっただろう。

 まるで蝿でも払うかのように、鬱陶しげな挙動で右腕を薙ぎ払う。ゴライアスの周囲を半回転する拳が巻き起こした旋風の威力は、余波だけで二人を風に巻かれる木の葉のように吹き飛ばした。

 

 捲れ上がる地盤と共に宙を舞う桜花(オウカ)達にはそれ以上目もくれず、ゴライアスは止めていた足を動かす。曲がりなりにも傷を負わせたリューでさえ眼中になく、重厚な地響きを轟かせながら進撃を再開した。

 

「コイツ、どこに向かってやがる……!?」

 

 剣を構えてそう呟くヴェルフだったが、それ以上の行動を起こせず直進を続けるゴライアスを見送ることしかできない。

 確かにヴェルフは冒険者だが、その本分は戦士ではなく鍛冶師である。身の丈ほどもある大刀を扱う程度の膂力と技量こそ持ち合わせているが、やはり本職の戦士と比べればその実力は一段劣る。加えるならば、彼のレベルは1。Lv.2の桜花(オウカ)達ですら為す術もなくあしらわれた相手に無謀な特攻を仕掛けるほど向う見ずではなかった。

 

「リヴィラの街を狙っている……にしては挙動が不自然だね」

 

 瞬間移動と見紛う速度で飛来し、すぐ傍に着地したベルにヴェルフはぎょっとする。相変わらずLv.2に昇格したばかりとは思えぬ卓越した【敏捷】だが、それにしても来るのが早い。

 

「モルドとかいう野郎はどうしたんだ? 助けるって言ってたが、まさかもう……」

「うん、()()()()()()()。ちょっと嫌な予感がしたから、急いできたんだ」

 

 早すぎんだろ……とヴェルフは呆れると同時に頼もしさを覚える。やはりベルの実力は並のLv.2では留まらない。恐らくは18階層までの強行軍で得られた経験値(エクセリア)を恩恵に反映させた結果なのだろうが、それにしても恐るべき成長速度だ。

 

 ヴェルフは気を取り直し、ベルの言葉に同意するように首を縦に振る。

 

「そうだな……リヴィラの街を襲撃するってなら、その目的は人間なわけだろ? ならここにいる俺達をこうも無視するのは不自然だ」

「狙いは神様達だけ、ということなのかな。だとすると厄介だね。こうも意に介されないと足止めさえ儘ならない。最悪なのはこのまま進撃されて神様を殺されてしまうことだけど……ヴェルフ、君の魔法で『咆哮(ハウル)』だけを狙って潰すことはできる?」

「『咆哮(ハウル)』を?」

 

 『咆哮(ハウル)』は雄叫びと共に魔力の衝撃を撃ち放つ、巨人が有する攻撃手段の中では唯一の遠距離技である。その効果範囲は驚異的で、ゴライアスの咆哮が届く範囲──即ち18階層全域が射程圏内となる。

 それでヘスティアとヘルメスを狙い撃ちにされては堪ったものではない。神の恩恵(ファルナ)はそれを与えた神が健在でなければ効力を発揮しないのだ。ベルの恩恵が消え失せるのも問題だが、この場においては唯一リューと並ぶLv.4であるアスフィが無力化されてしまうことの方が致命的である。

 

 だが、ヴェルフが持つ対魔力魔法【ウィル・オ・ウィスプ】ならば対処が可能だ。敵の魔法並びに魔力攻撃に際し、タイミングを合わせて発動することで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発させる究極の「魔法封じ」。これならば発動さえ許さず咆哮(ハウル)を封じることができるだろう。

 

「……分かった。それなら俺のレベルでも力になれるだろう。だが、俺の魔力量だとそんなに数は撃てねぇぞ」

「うん。ヴェルフは確実に神様を狙っているって分かった時だけ撃って。それまでは──」

 

 ぐっ、と握り締められた右拳に眩い白光の粒子が立ち昇り、荘厳な鐘の音を響かせる。

 それは新たに発現したベルのスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】。効果は能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。現状では最大三分間、あらゆる行動に対し“溜め”を行うことで爆発的にその威力を増加させることができる。

 

 そして今のベルに許される最大の攻撃手段とは、魔導書(グリモア)によって授かった速攻魔法【ファイアボルト】に他ならない。

 既に【英雄願望(アルゴノゥト)】と併用することで小竜(インファント・ドラゴン)をも一撃で葬ることさえ可能なことが分かっている。それを更に研ぎ澄まし、現状の最大蓄積(チャージ)時間の三分ギリギリまで力を溜めれば──

 

「それまでは僕ら前衛(アタッカー)が注意を引き付ける! 【ファイアボルト】──!」

 

 開手された右手が闊歩する漆黒の巨人を照準し、轟哮と共に大炎雷を迸らせる。反動でベル自身の身体をも後退させる程の激烈な白光が稲光となって直進し、彼方を睨むゴライアスの橫面を撃ち抜いた。

 

『────────』

 

 断末魔すら許さぬ炎雷の一閃は、ゴライアスの頭部の実に()()を破壊した。

 恐るべきは【英雄願望(アルゴノゥト)】。短文あるいは無詠唱で発動する速攻魔法を、長文詠唱を要する大魔法と同レベルの規模にまで威力を増大させてしまうなど、破格という言葉すら生温い。

 無論、これ程の強化がノーリスクで行えるわけではない。限界ギリギリまでチャージを行えば相応の体力を消耗する上に、チャージしている間は集中を要するためどうしても無防備になりがちだ。とはいえ、そのデメリットを加味しても破格であることに違いはない。発動速度と燃費に優れる代わりに低威力であることが特徴の速攻魔法でさえこの火力に化けるのだ。元より高火力の魔法を扱う後衛型魔導士にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルだろう。

 

「やるじゃねぇか【未完の少年(リトル・ルーキー)】!」

「インファント・ドラゴンを一撃で伸したって噂は本当だったか!」

 

 駆け付けたリヴィラの街の冒険者達から快哉が上がる。

 あれほど絶望的に思えた巨躯の怪物に致命傷とも言える手傷を負わせたのだ。注意を引くどころではない、紛れもない偉業である。

 

 そんな粗野で粗暴なリヴィラのならず者でさえ手放しに賞賛する偉業を成し遂げたベルはと言えば、彼らの声に照れ臭そうにはにかんでいる。その横顔をヴェルフは唖然と眺めていた。

 

(なんつーか……頼もしすぎねぇか?)

 

 モンスターの大群を突破し迅速にモルドの救出を成し遂げた件といい、ゴライアスの脅威を即座に理解した上でヴェルフに対し的確な指示を下した件といい、今のベルは数日前とはまるで別人だ。

 元々窮地や土壇場で発揮される行動力や胆力には目を見張るものがあったが、ここまで頼り甲斐のある雰囲気や貫禄を醸し出す男ではなかった筈だ。しかし今し方見せつけた判断力に行動力、そしてリューの刃すら通さなかった階層主に致命傷を刻んだ魔法の威力は、ベルの実力が本物であることを示している。

 

(ああ、そうか……コイツはもう()()なんだったな)

 

 そう、ここにはヘスティアだけでなくジャックもいるのだ。ベルにとっては初めてできた自分以外の眷属で、Lv.1ながら18階層くんだりまで自分を助けに来てくれた可愛い*1後輩が。

 

 守るべき者を背にした時にこそ英雄はその真価を発揮する。疑いようもなく英雄の素質を具えているベルは、主神と後輩という守護の対象を得たことで加速度的にその才能を開花させつつあった。ヴェルフが感じたのは、まさに英雄の片鱗から発されるカリスマ、団長としての責任感から生じたリーダーシップである。

 他にも、優秀な後輩に負けていられないという思いもある。ここがモルドとは違うベルの長所であり、彼は劣等感や悔しさをバネに、克己心に繋げられるストイックさがあった。この二つの要因が良い方向に作用し、ベルを心身共に成長させていたのである。

 

 パーティのリーダーとしてヴェルフとリリルカに見せていたものとはまた異なるベルの新たな一面に、改めて己の契約者の実力を垣間見たヴェルフは笑みを深める。

 

「うかうかしてっと置いてかれるばかりだな。俺もいい加減自分の血と向き合うべきか……」

「何か言った、ヴェルフ?」

「いや、何でもねぇ。それより、さっさとトドメを刺しちまおうぜ。頭部にあれだけの損傷を負ったんだ、すぐには動けねぇだろうし今の内に──」

 

 言いかけて、止まる。気が付けば、周囲の他の冒険者達も動きを止め、愕然とゴライアスを見上げている。

 何事かと釣られてベルも顔を上げ──憤怒に燃え上がる血色の眼光と、深紅(ルベライト)の瞳が交差した。

 

「な……」

 

 大きく抉れていた筈のゴライアスの頭部は、いつの間にか完全に元の形を取り戻していた。まるで煙のように立ち昇る赤い燐光の奥から覗く双眸は真っ直ぐにベルを射抜いている。

 

「自己再生……!?」

 

 戦慄したようにリューが叫ぶ。魔力を燃焼させ急速に自らの肉体を再生させたゴライアスは、傷一つない姿で確と大地を踏み締め、憤怒の形相でベルを見下ろしていた。

 無論、本来のゴライアスにこのような能力などない。階層中のモンスターを召喚することなどできないし、灰褐色の外皮はLv.4の斬撃を意に介さないほど堅牢では断じてない。ましてや、()()()中層中間区の階層主に自己再生などという大それた特殊能力などある筈がない。

 

 しかし、事実として脳を含む頭部の三割を吹き飛ばされたゴライアスは未だ健在だった。階層中のモンスターを喚起し、漆黒の硬皮は【疾風】の刃すら退け、致命傷同然の損傷すら瞬く間に再生してのける。何より、15M(メドル)にも達する埒外の巨体が生み出す常軌を逸した破壊力たるや。

 

「ふ……ふざけろッ! こんなの、中層(こんなところ)にいていい強さじゃねぇだろ────!」

 

 ヴェルフの叫びは、まさしくこの場にいる全ての冒険者達の総意だった。

 ダンジョンの後押しを受けているだか何だか知らないが、これはない。攻撃力(パワー)防御力(硬皮)耐久力(自己再生)遠距離攻撃(ハウル)数の暴力(モンスター召喚)を全て兼ね備えた化け物など、深層域のモンスターでもそうはお目に掛かれないレベルである。

 

 これを打倒するなら第一級冒険者のパーティか、それこそ最上級冒険者の助力がなければ不可能だ。

 そしてそんな化け物の敵意(ヘイト)を一身に受けてしまったベルは、不味いことに英雄願望(アルゴノゥト)の反動ですぐには動けない状況にあった。

 

「まずい……っ」

「やべぇ! 逃げるぞ、ベル!」

 

 ヴェルフはベルに肩を貸し、半ば引き摺る勢いでその場からの離脱を試みる。

 だが、無情にもゴライアスは巨大な両腕を頭上高くに振り上げる。その巨腕が勢いよく大地に叩きつけられればどうなるかなど火を見るより明らかだ。ともすれば発生する衝撃は前衛のみならず後衛にまで届きかねない。そう判断した眼帯の大男──ボールスは大声を張り上げ退避を促す。

 

(ダメだ、間に合わない……!)

 

 リューにはそれが分かってしまった。

 ゴライアスの巨体から繰り出される攻撃は威力・範囲共に桁違いだ。恐らくベル達は間に合わず拳の衝撃に巻き込まれるだろう。

 それに対し、リューはこれといった有効打を持ち得なかった。剣による攻撃ではゴライアスの行動を阻害するには足りない。唯一可能性があるのは魔法だが、今から詠唱したところで間に合う筈もなく。

 

 誰もがその一撃を貰うのを覚悟した、その時──ぴたり、と不自然にゴライアスの動きが止まる。

 

「……?」

 

 覚悟していた衝撃が来ないことに困惑したベルは頭上を振り仰ぐ。ついさっきまで己に痛打を与えた少年に対し怒りを向けていたゴライアスの視線は再び彼方を向いており、その表情は──ベルの勘違いでなければ、まるで恐れ慄いているかのように強張っている。

 

 そして次の瞬間、耳を(つんざ)く雷鳴と爆発音が階層を揺るがした。

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────ッッ!!』

 

 

 

 轟く大咆哮、膨れ上がる存在感。恐怖に突き動かされるようにゴライアスの視線を辿った彼らは、見た。

 ()()()()()()

 ()()を。

 

「────は?」

 

 そこにいたのは、あまりに巨大な化け物だった。

 

 遠近感が狂ったと勘違いしかねない程の巨大さ。その全長は明らかにゴライアスを超えている。リヴィラを挟んで反対側にいるというのに、それ程の遠方からでも全身を捉えられるまでにそれは巨大だった。

 ゴライアス以上の体格──推定で20M(メドル)を超えるその巨人は、全身に黄金の外殻を鎧のように纏っていた。鎧の隙間から覗く表皮は大理石のように白く、まるで血の代わりに溶岩でも巡っているかのように随所が赫々と赤熱している。

 全体的な輪郭は人のそれに近いながら、背後ではその身長に匹敵する長大な尻尾が揺らめいていた。尾の上半分は全身と同様の黄金に覆われており、外殻の下からは蛇のような鱗に覆われた表皮が覗いている。

 

 そして何より──目を引くのは、その表情(かお)

 まるでこの世の憤怒と憎悪を全て凝縮させたかのような、あまりにも凶悪な形相だった。(さなが)ら人と悪魔を掛け合わせて生まれたかの如き凶悪さと残忍さ。緑色の虹彩は爬虫類のように縦に割れ、側頭部から伸びる耳は鋭く尖っている。唇はなく、下顎を鎧のように覆う白骨の(あぎと)から覗く食い縛られた鋭利な乱杙歯(らんぐいば)がその凶相に拍車を掛ける。

 

 色素の薄い金の髪が(おどろ)に揺らめく。その様は巨人が内に秘める怒りを表しているかのようだった。憤怒の化身とでも形容すべきその威容は、見る者に抗いようのない恐怖を喚起する。

 それを見て全ての人間が理解した。ゴライアスが何のために、何と戦うことを想定してここまで出鱈目な強化を果たして出現したのか。立ちはだかる冒険者を悉く無視してまで、いったいどこへ向かっていたのか。

 

 ()()だ。()()が全ての元凶だったのだ。

 誰もが(あやま)たず理解した。ゴライアスが凝視する先にあったもの。あれ程の化け物が潜んでいたというのならば、並の冒険者など眼中にないのも頷ける。

 誰が想像できようか。比類なき巨大さを誇るゴライアスを、更に一回りも上回る巨躯の怪物が存在するなどと。

 

「俺は夢でも見てるのか……? いつからここは深層の化け物が蔓延る伏魔殿になっちまったんだ……」

 

 子供のように震えながら、ボールスは呆然と呟く。

 誰もが言葉もなく真っ青な顔で固まる中──遂に、巨人達が動き出した。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 先に動いたのは漆黒の巨人だった。可視化できるほどの魔力を口腔に凝集させ、最大威力の『咆哮(ハウル)』を連続させる。

 元より階層全域に届かせる射程距離を有する『咆哮(ハウル)』は、当然のようにリヴィラの街を飛び越えて巨人に着弾する。

 

 だが──小動(こゆるぎ)もしない。砲弾のような威力の咆哮(ハウル)は全て堅牢な外殻を前に弾かれ霧散し、黄金の巨人は僅かに仰け反ることさえせず不動のままその場に佇んでいる。

 

 直撃すればLv.2の上級冒険者をもまとめて吹き飛ばす威力と衝撃の『咆哮(ハウル)』を受けてビクともしない。それは巨人が常識外れの防御力のみならず、その巨体相応、あるいはそれ以上の質量を有しているという証左に他ならないだろう。自重で自壊しないのが不思議なほどの、桁外れの質量を。

 

 普通なら自重で潰れてもおかしくないだろう。20M(メドル)を超す巨体というのはそれだけで絶大な重量になる筈なのに、(あまつさ)え見るからに重く硬そうな外殻を鎧として全身に纏っているのだ。潰れはせずとて、まともに動けなくとも不思議はない。

 無論、魔石を核とし魔力を糧に駆動するモンスターは必ずしも物理法則に縛られるとは限らない。人の常識では括れぬからこそモンスターは脅威なのであり、比類なき怪物なのだ。

 

 だが、それにしても限度はある。

 よもや──よもやそれ程の巨体でありながら。それ程の重量がありながら。

 

 ()()()()()()()、いったい誰が想像できただろうか。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ────ッッ!!』

 

 揺れる、などという生易しいものではなかった。

 地面が()()()()()()()──後に冒険者の一人がそう述懐する程の衝撃を一歩ごとに炸裂させ、黄金を纏う巨人は疾走を開始した。

 

『ふッ……ふざッ、ふざけんじゃねええええええええ!?』

 

 口を揃えて叫んだ冒険者達は、急速に迫り来る脅威を前に必死にその場から退避しようとする。

 本当にふざけているとしか言えなかった。強化種たる漆黒のゴライアスでさえ通常種より「やや機敏」程度に留まっているというのに、黄金の巨人はゴライアスより更に巨大な身でありながら走行が可能だという。物理法則に喧嘩を売っているにも程があった。

 

 当然、進行方向にあったリヴィラの街はタダでは済まなかった。基盤となっているのは自己修復するダンジョンだから良いにしろ、その上に築き上げられた建造物はそうもいかない。地形を利用して作られた水晶と石の外壁は何らその役割を果たすことなく触れた瞬間に爆散し、立ち並ぶテントは風圧で引き剥がされ、振り回される尾が岩窟を木っ端微塵に粉砕する。

 一歩の度に起きる大地震もかくやという大振動が、リヴィラの街並みに致命的な破壊を撒き散らしながら縦断する。その様は宛ら自走する震源地。巨人が走り抜けた後には何も残らず、ならず者の街に消えぬ(わだち)を刻み込んだ。

 

 依然として浴びせ掛けられる『咆哮(ハウル)』をものともせず、遂に街を通過(はかい)した巨人はゴライアスに肉薄する。

 接近したことでより鮮明になった黄金の巨人の威容にリューでさえ息を呑む。黄金の外殻は金属というよりは岩石のような質感で、大理石のような表皮の下では溶岩の如く赤熱する筋肉が灼々と煮え滾っている。排熱のためか一部の筋肉は表皮に覆われておらず露出しており、そこから噴出する蒸気は距離を隔ててなお冒険者達の肌に熱気を感じさせる程だった。

 

「炎の巨人……」

 

 誰かがそう呟いた。灼熱の肉体を鎧で覆い、憤怒と憎悪に歪んだ凶相を晒したその姿は、確かに炎の巨人と形容するに足る圧倒的な存在感がある。漆黒のゴライアスも恐ろしい存在だが、比較してどちらがより強大であるかなど既に論ずるに値しないだろう。

 

『ォ……オオオオオオオオッ!!』

 

 もはや苦し紛れの『咆哮(ハウル)』は通用しない。難なく接近を許したことでそれを理解したゴライアスは、発達した前腕を持ち上げ迎撃の構えを見せる。

 対する巨人もまた、右腕を引き絞り殴打の体勢で突貫する。もはやその巨体が内包する質量・膂力は推し量るまでもなく明白である。そこに十分な助走で得た速度が加わり──

 

 ゴライアスの頭部が、弾け飛んだ。

 

『────』

 

 巨人の全体重に加速を乗せて放った渾身の打撃は過たずゴライアスの顔面に炸裂し、風船が割れるような快音と共にその頭部を散華させた。

 首から噴水のように鮮血が噴出し、降り注ぐ肉片と脳漿が大地を汚す。返り血に染まった右拳をゆっくりと引き戻した巨人は、地響きを立てて膝をつくゴライアスを傲然と見下ろした。

 

 あまりにも明白な勝者と敗者の構図である。片や無傷のまま二本の足で屹立し、片や頭部を失い膝から崩れ落ちている。

 もはや勝負はついたかに思われたが、しかし冒険者達は知っている。漆黒の巨人もまた、脳を損傷する致命傷を負ってなお即座に復活する比類なき怪物なのだと。

 

 力を失い垂れ下がっていた右腕が唐突に持ち上がり、黄金の巨人の首を万力のような力で締め上げる。

 流石に頭部を失ったまま動き出したのには意表を突かれたのか、巨人は一瞬動きを止める。その隙をつき、ゴライアスは更に左腕も動かすと巨人の右腕に掴みかかり相手の動きを封殺しにかかった。

 

『ォォォ……』

 

 首からは間欠泉の如き勢いで赤い魔力の燐光が噴出し、急速に失った頭部を再生していく。

 完全に修復し切るまで三十秒とかからなかっただろう。あまりに驚異的な再生力だった。ゴライアスは復活した双眸に怒りの炎を燃やし、なおも健在な黄金の巨人を睨む。

 

 そう、巨人は未だ傷一つなく健在だった。鎧の防御は首周りにも及んでおり、ゴライアスが全力を込めて締め上げようと軋み一つ上げない。掴んでいる右腕にしろ元々の膂力に差があり過ぎて封殺しているとは言い難い状況だった。

 少しでも腕から力を抜けば容易く振り解かれる。それが分かっているからこそ、有効打にはなり得ぬと理解してなお手を離すことができない。間合いを離せば体格と敏捷で勝る巨人が一方的に有利なのだから、最低でもこの距離を維持しなければ万に一つもゴライアスに勝ち目がなくなってしまうだろう。

 

 しかしこうして直に触れたからこそ、ゴライアスは理性ではなく本能で理解してしまった。己の掌を通して感じられる、圧倒的な質量の暴力を。

 どれだけ力を加えようが、体重をかけようが寸毫たりとも揺るがぬその巨体。明らかに体重と体格が見合っていない。()()()2()0()M()()()()()()()()()()()()。まるで50M(メドル)近い超弩級の大質量を、無理矢理20M(メドル)程度の器に押し込めているかのような違和感があった。

 

 これでは『咆哮(ハウル)』など通用するはずもない。如何に城壁を崩す程の威力があろうと、破城槌で山を崩すことはできないのだ。

 

 本能的に感じ取ってしまったあまりに絶望的な彼我の力の差に、巨人の首と右腕を掴んだまま硬直するゴライアス。その耳に、ぎりぎりと何か鋭利なものが硬質な金属を無理矢理引き裂くような異音が届く。

 悪寒を感じたゴライアスは反射的に音の発生源に目を向ける。そこにあったのは巨人の左腕だった。肩から指先までを覆う外殻は宛ら籠手(ガントレット)のようで、たとえ助走による加速が乗らずとも、その打撃の威力は察するに余りある。

 

 直後に来るであろう破滅的な威力の殴打に身構えたゴライアスだったが、そこでようやく悪寒の正体に気付く。

 爪だ。第二〜四の中手骨*2の先から、握り込まれた拳の肉を突き破って鋭い刃のような爪が伸びていた。

 

 異音の正体は、この長く鋭利な爪が表皮と外殻を突き破る際に発生したものだったのだと。そうと理解した時には、既に何もかもが遅きに失していた。

 爪が振るわれる。それは怖気が走る程に切れ味鋭く、まるで熱したナイフでバターを切るかのように容易くゴライアスの両腕を寸断してのけた。

 

『オオオオオオオオッ────ガッ!?』

 

 両腕の肘から先を両断され、断面から鮮血を流しながら悲鳴を上げるゴライアス。

 その悲鳴は下方から急襲した膝蹴りが下顎を砕いたことで中断させられる。

 

 拘束を剥がされ、更に蹴りを食らったことでヨロヨロと後退する。そうして開いた間合いを利用し、巨人は大きく踏み込んで拳に加速を乗せるための距離を稼ぐ。

 大地を踏み締める剛脚は亀裂を生み、振り被られる剛拳には破滅的な威力が宿る。

 円弧を描いて天から大地へ急降下。加速を得た拳は大地から天へと真っ直ぐに急上昇し、強烈なアッパーカットとなってゴライアスを襲った。

 

『──────ォ』

 

 刹那、身体の中心で衝撃が爆ぜた。

 

 超大型の灼熱が顕現する。果たしてそれは火薬の炸裂か、火山の噴火か、はたまた恒星の爆縮か。

 その時ゴライアスの内面に生じた回想及び感覚。言葉として表現するならおおよそそんな内容か。

 無論、それは言葉にあらぬ一瞬の心模様。痛みに呻くことさえ許されぬ絶望的な衝撃が腹部を蹂躙し──気が付けば、ゴライアスの身体は遥か空中にあった。

 

 離れた位置にまで退避した冒険者達は見た。距離を取ったからこそ、そのあり得ざる光景はよく見えた。15M(メドル)という埒外の巨体が、その全長に倍する高さの中空を舞う、あり得ざる光景が。

 殴り飛ばされたのだということは分かる。だが脳が理解を拒んだ。あれ程の巨体を天高く打ち上げる程の拳の威力など、想像するだけで怖気が走る。

 

 だが、まだ終わらない。知ってか知らずか魔石のある位置を外して拳を打ち込んだ巨人は、重力に従い落下する半死半生のゴライアスの頭蓋に今度は踵落としを叩き込んだ。

 落下の速度に蹴りの威力が加わり、再び頭部を弾けさせながら地面にクレーターを作り激突する。そこへ更に容赦なく巨人の踏み付けが襲い、倒れるゴライアスの片足を熟れた柘榴(ざくろ)のように潰して破裂させた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ────ッ!!』

 

 怒り狂っているようにも、歓喜に打ち震えているようにも聞こえる雄叫びを轟かせ、巨人は金の髪を振り乱しながら更なる暴虐を加えていった。

 片足で身体を押さえつけ、残るもう片方の足を素手で引き千切る。やっと頭が再生したかと思えば、髪を掴んで何度も地面に叩き付ける。挙句の果てには達磨状態となったゴライアスを持ち上げ、鞭のようにしならせた尾でその巨体を打ち据え吹き飛ばした。

 

「なんて惨い……」

怪物(モンスター)なんて生温い……ありゃ悪魔の所業だ……」

 

 もはや迷宮の孤王(モンスターレックス)としての威厳などあったものではない。憐れなまでにボロボロとなって大地に放られたゴライアスを見て、さしもの冒険者達も顔を歪める。

 

『グルルルル……』

 

 まるで自らの力を見せつけるかのように、あるいは己の性能を確かめるかのように、その暴虐は丹念且つ徹底的に行われた。もはや再生のための魔力さえ底を尽き、欠けた四肢から微弱な燐光を漏らすのみとなり地面に転がるゴライアス。

 その髪を乱暴に掴み、巨人は左手で無造作にゴライアスを持ち上げた。そのまま宙吊り状態のゴライアスを掲げ、反対の手で作った握り拳を胸の中心──魔石のある位置へ照準する。

 

 それを見てゴライアスはようやく終わりが訪れたことを悟る。抗いようのない暴虐の嵐の終焉に、漆黒の巨人は安堵している己に気が付いた。

 とうに反抗の意思は折れていたのだ。元よりゴライアスを突き動かしていた感情の源泉は恐怖である。怒りもあったが、何よりも巨人への恐れが過半を占める。ならば、より強大な暴威を前に折れるはむしろ必定だった。

 

 10M(メドル)を超える水晶の巨骸。上半身だけの異形の巨人。ゴライアスの脳裏に強烈に焼き付くその威容こそが、彼を15M(メドル)もの巨体に異常進化させたそもそもの原因である。

 水晶の巨人に負けぬ己でありたいと、そう強く願ったゴライアスの号哭を受け、地下迷宮(ダンジョン)はゴライアスを強大な強化種へと変生せしめた。

 だがよもや、ゴライアス通常種をも凌ぐ異形の骸骨が、本当に文字通りの骨格に過ぎなかったなどと。そんな非条理、果たして誰が想像し得ただろうか。

 

 骨と僅かな肉のみで構成されていた体躯は灼熱の肉体を纏い、更にその上には石の肌と黄金の外殻を鎧い。

 上半身だけだった身体は今や、その巨躯を支えるだけでは飽き足らず、疾走をも可能とする強靭な足腰を具え。(あまつさ)え全長に匹敵する長大且つ堅牢な尾で武装している始末。

 本来の姿を現した巨人は、強化種として新生したゴライアスを鼻で笑うような、(おおい)なる化け物だったのである。

 

『ォ……ォオオ……』

 

 ゴライアスは掠れた声で呻く。

 ゴライアスは怪物(モンスター)である。迷宮より生まれ落ち、その恩恵を糧に駆動する魔なる化生である。故にこそ、この巨人が同族(モンスター)ではないとひと目で理解した。

 ()()()()()()()()()。この巨人こそは、母なる迷宮が憎悪する神、その尖兵たる人であると。怪物(モンスター)たる己が喰らい滅ぼすべき人間こそが、この恐るべき化け物の正体に相違ないと。ゴライアスは本能よりなお深いところ──魂で理解し恐れたのである。

 

 故にゴライアスは問うた。貴様は何者なのだと。

 もはや掠れた呼気を漏らすのみとなった喉を必死に震わせ、漆黒の巨人は問う。汝は何者なりや──

 

 答えはなかった。黄金の巨人は人である。故に不倶戴天の化外たるモンスターの言葉など解さない。

 不思議なことに、ゴライアスはそれを残念に思った。相手は憎悪すら抱いた怨敵だというのに、怒りも恐怖もマイナス方向に振り切り、圧倒的な諦観に支配された結果、ゴライアスの胸中に残ったのは純粋な興味だった。

 

 人でありながらモンスターよりも怪物じみた異端中の異端(イレギュラー)迷宮の孤王(モンスターレックス)さえ比較にならぬ比類なき化け物。そして、そんなものを内側に飼い慣らすあまりにちっぽけな人の子供。

 もはや僅かな反抗の意思さえ削ぎ落ちたゴライアスは、ただ知りたかった。己と同じ巨人でありながら決定的に異なる怪物、その存在の本質を。

 

 迫り来る巨大な拳。胸の中心を抉る衝撃と総身を駆け巡る崩壊の痛みを最後に、ゴライアスの意識は永遠に途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か距離を隔ててなお、巨大な怪物同士の戦いははっきりと見えた。

 ヘルメスはその一部始終を目に焼き付ける。「やれー!」「そこだ!」「ボディやんな、ボディを!」と騒ぎ立てるヘスティアを横目に、伝令神は巨人がゴライアスを粉砕する様を見届けた。

 

「いやー、凄かったねぇ」

「もう化け物としか。お願いですから金輪際ヘスティア・ファミリアもといイェーガーさんに喧嘩を売るような真似はやめて下さいね?」

「うーん、どうしよっかなー」

「ヘルメス様……?」

「やだなぁアスフィったら怖い顔しちゃってぇ」

 

 般若の形相を浮かべるアスフィから目を背け、ヘルメスは風圧でズレた帽子を手で直した。

 

「いやしかし本当に凄まじかった。最後の一撃なんて仮にも人間が出していい威力じゃないよアレ。精霊とかから成り上がった下級神程度なら殴り勝てるんじゃないの?」

「破壊力なら【猛者(おうじゃ)】であれば比肩できると思いますが……いえ、規模(スケール)が違いますね。やはりあの巨体であの運動性能は脅威的です。広域殲滅力に焦点を当てるなら、【九魔姫(ナイン・ヘル)】あたりを比較対象とするのが妥当かと」

「走り回るだけで辺り一面更地にできるもんなぁ。身一つで下手な大魔法を上回る殲滅力とか、ますます巨人(ギガース)じみてる」

 

 【猛者(おうじゃ)】や【九魔姫(ナイン・ヘル)】を引き合いに出している時点で今更だが、改めてジャックの力はLv.1に収まるようなものではない。生身でも既にLv.2に匹敵する戦闘能力を見せていたが、巨人化能力も加味するならばその実力は最上級冒険者に匹敵、ないしは上回るだろう。

 

「これでハッキリした。ジャック君は文句なしに英雄の器だ。だが……」

 

 ヘルメスが望む英雄像とは著しく乖離している。

 彼が真に求めるのは大衆が望む英雄(ヒーロー)──気高く清廉、且つ勇敢で武勇に秀でた(あつ)き勇士でなければならない。

 

 果たしてジャックはその点どうか。気高く清廉かは今の時点ではまだ何とも言えないが、敵とはいえ躊躇なく殺人に及んだ精神性を清廉と言えるかは微妙なところだ。ヘルメスとて流石に聖人レベルの清らかさを求めているわけではないが、人として僅かな逡巡ぐらいはあってほしいとは思っていた。

 

 一方、武勇については文句なしに及第点だが、問題は人望である。英雄たるもの大衆からの理解と支持はあって然るべきと考えるヘルメスから見て、ジャックの戦い方は英雄的とは言い難いものがあった。

 最たる理由としてはやはりその外見(ビジュアル)だろう。実態はともかく、見た目は完全に怪物である。あの禍々しい巨躯と面相を見て、そこに英雄性を見出す人間は皆無、ないし圧倒的に少数派であろうというのが率直な感想だった。

 巨体と膂力に任せた殴打という戦闘方法も微妙だった。素手格闘が悪いとは言わないが、やはり殴る蹴るの原始的な戦い方からは暴力の匂いを色濃く感じてしまう。剣だろうが魔法だろうが最終的に敵を殺傷するという点では何も変わらないが、それは戦いというものの現実を知る冒険者だからこその意見だ。大衆は英雄というものに理想を見るものであり、またその理想を背負うべき英雄はやはり剣や魔法で華麗に戦う方が望ましい。巨大化して一方的な残虐ファイトを仕掛けるような戦い方では大衆からの支持は得られまい。

 

 無論、力なき正義に意味がないように、力を持たぬ英雄に意義などないということはヘルメスとて重々承知している。気高く勇敢なだけの木偶の坊より、粗野でも野卑でも力ある者の方が英雄としては相応しい。畢竟(ひっきょう)、邪悪でさえなければ英雄は務まるのだ。

 とはいえ、やはり英雄たるもの人望厚き勇士であってほしいというのが正直なところだ。その点、ベルからはかなりの将来性を感じていた。

 オラリオ史上類を見ない短期間でのランクアップという偉業。怪物進呈(パス・パレード)を生き延び、更には18階層までの強行軍を成功に漕ぎ着ける実力と運命力。そして不可視の魔導具(マジックアイテム)で武装した同レベルの冒険者を相手に見せた大立ち回りに、敵であった相手の命さえも慮る心根の善良さ。英雄というには些か優し過ぎるきらいはあれど、その素養を十分に感じさせる、煌めくような才の輝きをヘルメスは見抜いていた。

 

「本当はベル君自身の手で階層主と対峙してほしかったが、流石に強化種ともなると試練にしても度が過ぎるか。だが、見たかったものは見せてもらった」

「では……」

「ああ、決めたぞアスフィ。やはり当初のプランで行くことにする」

 

 やはりこうなるのか、とアスフィは肩を落とした。

 これからヘルメスはベル・クラネルを『神工(じんこう)の英雄』とするために動くだろう。その企ての手足となって動くことになるのはどうせアスフィなのだ。主神の無茶振りは今に始まったことではないが、今回の企みに対するヘルメスの意気込みは今までの比ではない。嫌な予感しかしなかった。

 

 唯一の救いは、今回の一件でアスフィにトラウマを植え付けたジャックがヘルメスのメインプランから外れたことだ。これで「ジャック君を英雄にするために色んな試練を用意するぞ!」などと言われた日には発狂する自信が彼女にはあった。

 アスフィとてLv.4のベテランである。修羅場の一つや二つ当然のように経験しているが、それでも目の前で人間が串刺しになって弾け飛ぶ光景は堪えたようだった。

 

「さて、それじゃあ共に考えるとしようか。ずばり、どうすればジャック君をヘスティアから……()いてはベル君から引き離せるかをね」

 

 故に、その言葉を聞いてアスフィは凍りついた。

 

「……………………ヘルメス様、今なんと?」

「ジャック君をヘスティア・ファミリアから改宗(コンバージョン)させるのさ。フレイヤとそう約束したの、アスフィも聞いてただろう? それに、個神的(こじんてき)にも思うところがあってね」

 

 当初ヘルメスは「英雄級の素質を持つ眷属を二人も同時に抱えるのはファミリアの主神としての経験が浅いヘスティアには荷が重い」としてジャックを引き離すつもりでいた。それでベルの成長が妨げられることがあってはならないと。

 だが、ここに来てまた別の懸念が持ち上がった。それは「ジャックが目立ち過ぎる」ことである。

 

 何しろあの巨体だ。戦い始めれば否が応でも戦場中の視線と注意を集めることになる。そうなればジャック以外の人間はその巨躯の影に隠れて目立たなくなるのは必定。同じファミリアの人間ともなればそれはより顕著だろう。

 つまり、ベルがどれだけ獅子奮迅の戦働きをしようが、巨人となったジャックの挙動一つで全く目立たなくなる恐れがあるのだ。

 

 英雄というものは備わった実力のみならず、大衆からの知名度も重要な要素(ファクター)となる。それはオラリオのみならず、世界中にその名を轟かせる【猛者(おうじゃ)】と【勇者(ブレイバー)】の例からも明らかだ。ヘルメスが「大衆の望む英雄像」に拘る要因の一つがここにある。

 だが、ジャックが近くにいるとそれも儘ならない。とりわけ同じパーティとして行動するなら尚のこと。巨人の一挙一動に大衆の視線が吸われるようでは、ベルを英雄にする上での大きな障害となることは明らかだった。

 

「あの異常な成長速度だ。実力に関しては、ある程度放っておいても遠からず求める基準に達するだろう。だが実績となるとそうもいかない。実績とはただの結果の集積とは違う。世間一般の共通認識でなければならない。例えば、【剣姫】が階層主(ウダイオス)を単独討伐した時のようなね」

 

 Lv.6への昇格と共に華々しく報じられた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの成した偉業。その報は瞬く間にオラリオを席巻し、(たちま)ちの内に大衆の知るところとなった。

 そう、世間の認知があって初めて結果は実績となる。誰も知らないトロフィーになど価値はなく、価値のないトロフィーが英雄を彩ることなどあり得ない。

 

「困るんだよ。巨人の派手さの影に隠れて、『ベル・クラネル? 強いらしいけど詳しくは知らないんだよね』なんてことになっちゃあ。その程度の知名度では英雄足り得ない。誰もが知るような名声があって初めて英雄は英雄となるんだ。

 分かるね、アスフィ? この際ハッキリ言うけど、ベル君を英雄にする上でジャック君は邪魔なんだよ。少なくとも同じファミリアにいるべきじゃあない」

「わかるけどわかりたくないです……というか、じゃあ具体的にどうするんですか? 改宗(コンバージョン)に関しては……まあ、あの見た目と実力ですし引く手は数多でしょうけど。何よりも本人と主神の同意がなければ意味がありませんよ。脅しでもかけるんですか?」

「まさにその方法を論じたかったわけだが……ふむ、脅しか。案外何とかなるかもしれないね」

「え゛」

 

 妙案を思いついた、と不敵に笑うヘルメス。その笑みの裏で碌でもない勘定が行われていることを察したアスフィは、己の失言と併せて顔を青褪めさせた。

 

「あの、お願いですから物騒なことはやめて下さいね? どうせいつものように私のところに面倒事というか敵意(ヘイト)が集まる羽目になることは目に見えてるんですから!」

「ははは、大丈夫大丈夫! 次はアスフィに動いてもらうことは多分きっと恐らくないだろうからさ!」

 

 

 

「英雄には英雄を、化け物には化け物をぶつけるのさ。なぁに、宛はある。ここは一つ、伝令神の面目躍如といこうじゃないか!」

 

*1
見た目だけは

*2
掌の人差し指、中指、薬指の骨こと




やっとまともにジャック巨人体を描写できました。ついでにゴライアス君もボコせて満足です。
次回あたりでジャック視点でのメタ的な巨人の解説ができたらなーと思います。
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