進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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アポロン・ファミリア壊滅RTA、はーじまーるよー!
私は完璧な走者です、ガバチャーなどあり得ません。なぁオールマインド?



第二章 巨人戦争
11.乱闘未遂


 夜のオラリオは騒がしい。

 眠らない街という表現があるが、オラリオこそまさに眠りを知らぬ不夜城というに相応しいだろう。とりわけ繁華街のある南の街区は夜にこそ本来の姿を露わにする。多くの酒場が軒を連ねるメインストリートは、迷宮(ダンジョン)帰りの冒険者達が齎す喧騒で昼間とは比較にならぬ賑わいを見せていた。

 

 そんな喧騒に包まれた繁華街から外れた路地裏の一角に、真っ赤な蜂が刻印された看板を掲げる酒場がひっそりと佇んでいる。

 「焔蜂亭(ひばちてい)」というその酒場に集った俺達……俺ことジャックとベル団長、リリルカさん、ヴェルフの四人は同じテーブルを囲み、「乾杯!」と笑顔でジョッキをぶつけ合った。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ!」

「ありがとよ、ベル! これで俺も晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)か……感慨深いぜ」

 

 しみじみと頷くヴェルフ。

 そりゃあLv.1なのに事前準備なしの18階層強行突破などという難行に身を投じたのだ。元々ある程度の経験値(エクセリア)の蓄えはあっただろうし、妥当な結果ではある。

 

「どっかの誰かさんが階層主(ゴライアス)経験値(エクセリア)を総取りしなければ、もう少し余裕を持ってランクアップできたかもしれないんですけどねー……」

「ははは、そんな太ぇ野郎がいたらその(ツラ)を拝んでやりたいもんですね」

 

 乾いた笑みを浮かべながらリリルカさんのジト目から逃げるように顔を背ける。

 顔を隠すように大きめのジョッキを呷れば、何と並々と注がれている深紅の液体の正体は「焔蜂亭」名物の蜂蜜酒(ミード)ではなくブラッドオレンジジュースだった。視線を向けると、店主はカウンターの向こうで笑顔で親指を下に向けていた。

 成人してない子供(ガキ)に飲ませる酒はありませんかそうですか。くそっ、このオレンジジュース美味しいな……

 

「あの巨人の正体がジャック様だったということには驚きで声も出ませんでしたが……それよりも何よりも、リヴィラの街を破壊した責任を追及されなくて良かったですよ。もしそんなことになっていたら破産だったんですからね! 破産!」

 

 さてどうだろう。リリルカさんはそう言うが、俺が破壊した範囲なんざたかが知れている。何しろ一直線に駆け抜けただけだからな。あのままゴライアスが侵攻を続けて街のど真ん中でドンパチやられるより余程マシな結果だったと思われる。

 

 何より、あそこの連中は冒険者というよりならず者……憚りなくいうならやくざ者だ。ああいう連中は往々にして強者に対しては従順である。強きを助け弱きを(くじ)くとでもいうのか。自らより格下に対してはとことん強気になるが、格上に対しては驚くほど下手に出るものなのだ。

 そんな奴らが、果たしてリヴィラの復興資金()()()のために巨人と敵対するだろうか。強化された迷宮の孤王(モンスターレックス)を打ち倒し、千の怪物(モンスター)の群れを蹂躙した化け物を恫喝するほど彼らは馬鹿ではないだろう。

 

 まあ、そもそも俺が巨人だってことはリヴィラの連中にはまだ話してないわけだが。このことを知っているのはこの場の面子以外ではタケミカヅチ・ファミリアとヘルメス・ファミリア、あとは謎のブルマスクエルフだけだ。

 

 え? そもそも街を突っ切ろうなんて考えなければ全て丸く収まった?

 しょーがねーじゃんそこに壁と街があったんだから。我巨人ぞ? 壁と街があったらタックルでぶち破る。それはもう生まれ持った本能のようなものだ。なあライナー? 壁をぶち壊す感触は最高だったぜライナー。

 

「まあ俺のことは良いじゃないですか。今日の酒宴の主役はランクアップしたヴェルフと、リヴィラの街で一躍時の人になったベル団長なんですから」

 

 そう、確かにゴライアス強化種を最終的に撃破したのは巨人化してヒャッハーした俺だが、それ以外の面子の活躍が完全に埋もれてしまったわけではない。

 とりわけ一発の魔法で奴の頭の半分を吹き飛ばしたベル団長の実力は、既にリヴィラを根城にする冒険者達の間では誰もが知るところとなった。もはや団長が外見や年齢を理由に下に見られることはないだろう。眼帯の男……街の顔役であるボールス・エルダーなる大男にも気に入られたようだし。

 

 俺? まあ相応の経験値(エクセリア)は入りましたけどね。何しろ階層主と大量のモンスターを単騎で殲滅したわけで、『経験値(エクセリア)獲得量半減』を加味してもかなりの稼ぎになった。

 それでもまだランクアップしないのだから逆に感心する。まあヘスティア様曰くもうランクアップできる水準にはあるらしいが、あとひと押し足りないらしい。神々に魂の昇華を認められるだけの『試練の超克』が。

 ……階層主を撃破してもまだ足りねぇのかよとは思うが、思い返してみると確かに楽勝過ぎた感はある。もう少し苦戦しないと試練とは認められないようだ。巨人(おれ)が苦戦する試練とはいったい……?

 

 

「──何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

 

 なんだァ? てめェ……

 

 聞こえよがしな物言いがすぐ隣のテーブルから飛んでくる。

 杯片手に甲高い声を張り上げているのは小人族(パルゥム)の冒険者だった。嘲るような笑みを浮かべたその男は、こちらの注意が向いたと見るや益々勢いづいて騒ぎ立てる。

 

新人(ルーキー)は怖いものなしでいいご身分だなぁ! 世界最速兎(レコードホルダー)といい、嘘もインチキもやりたい放題だ! オイラは恥ずかしくて真似できねぇよ!」

 

 黄金の弓矢に輝く太陽を刻んだエンブレム。胸元に掲げられたその徽章を誇示する小人族(パルゥム)はにやけ面で酒を呷り、俺達を──ベル・クラネルをせせら笑った。

 

「ああ、でも逃げ足だけは本物らしいな! ランクアップできたのも、ちびりながらミノタウロスから逃げ果せたからだろう? 流石『兎』だ、立派な才能だぜ!」

 

「流石は弱小女神が率いる【ファミリア】だ! 少年(ガキ)子供(ガキ)の寄せ集め! オイラだったら恥ずかしくて──」

「滑稽ですねぇ団長。小人(ガキ)子供(ガキ)を笑ってやがる」

「お゛っ」

 

 ずん、という重々しい音が響き、小人族(パルゥム)の男の矮躯が椅子から数C(セルチ)浮かび上がる。

 そこには、床板と椅子を突き破り、真っ直ぐに屹立する直径8C(セルチ)程の水晶の柱が──

 

「お……げぇ……」

 

 ()()()顔を青褪めさせ、胃の内容物をその場にぶち撒ける小人族(パルゥム)の冒険者。その無様をこれ見よがしに嘲笑し、俺は唖然とする団長達三人に離席を促した。

 

「性根の醜い奴は振る舞いも醜い。酔っ払って聞くに耐えない悪口雑言、挙句の果てには恥も外聞もなく吐瀉物を撒き散らす始末。こんな品性を母親の腹ん中に忘れてきたような奴が隣にいたんじゃ酒が不味くなる一方です。河岸(かし)を変えましょう」

「てッ、てめえコイツに何しやがった!?」

 

 椅子を蹴倒し、小人族(パルゥム)の仲間と思しき冒険者達が怒声を上げる。

 何をしたかって? ただ『戦鎚』の能力で作った水晶の棒を下のお口に突っ込んでやっただけだが?

 俺また何かやっちゃいました?

 

「おい、大丈夫か!?」

「なんて惨いことを……!」

「アポロン様だって無理矢理はヤらないというのに!」

「ふっと……」

「なっが……」

「ていうかこれどうやって……」

 

 なるほど、こいつらの正体は【アポロン・ファミリア】か。アポロン神といえば牧畜と予言、詩歌文芸の神としてオリュンポス十二神の一角に数えられる中々のビッグネームである。

 

 アポロンは光明神としての側面を持つことからローマ時代にはヘリオスと習合し太陽神と見なされ、人間に当たれば苦痛なく即死させる疫病を撒き散らす金の弓を操ったことから、妹神アルテミス共々疫病神としても信仰された神だ。

 知的文化の守護神として理性を司る一方、疫病を蔓延させる残酷さも併せ持ち、また巨人戦争においては英雄ヘラクレスと肩を並べ戦った武闘派でもある。ボクシングを生み出したのもアポロンであり、その拳は軽々と城壁を打ち砕いたという。

 

 まあ神としての力と【ファミリア】の力は比例しないらしいが、少なくとも我らヘスティア・ファミリアよりも規模が小さいということはあるまい。というかヘスティア・ファミリア以下のファミリアなんぞ数える程しかないだろうが*1

 

 なので、余計なお世話かもしれないが俺から手を出させてもらった。あのままだとベル団長、衝動的に殴り掛かりそうだったし。

 どれだけ規模の小さいファミリアだろうが、団長は団長だ。その振る舞い、その意向は即ちファミリアそのものの総意となる。実態はどうあれ、対外的にはそのように見なされてしまうのだ。

 故にいくら主神が貶されようが、真っ先に団長が拳を振り上げるのはよろしくない。大袈裟な話、ヘスティア・ファミリアそのものがアポロン・ファミリアに敵対の意思ありと見なされる……というより、そのように言い掛かりをつけられる可能性が出てしまうからだ。そうなれば彼我のファミリアの力関係上、それを突っぱねることは難しくなる。

 

 だが、手を出したのがいち団員となれば話は別。所詮は下っ端の暴走であると片付けることができるからだ。極論、その下っ端──この場合は俺だ──を切り捨てればそれで済む。

 まあ極論は極論だ。そもそもの原因があちらの暴言にある以上、そんな大事にはならないだろう。というかそうなれば恥をかくのはアポロン・ファミリアだ。まともな考えの神ならそのような事態にはなるまい。

 それにあの優しい主神と団長がそれを承知するとは──思い上がりでなければ──考えにくい。それでもなお言い掛かりをつけて話を大きくするようなら、その時こそ実力行使に出ればいい。具体的にはアポロン・ファミリアを拠点(ホーム)ごと踏み潰せばいいのだ。

 

 と、まあ最終的には力でどうにでもなるという保証があったため、安心して先の行為に及んだというわけだ。

 主神を貶されてムカついたのはベル団長だけではないのだ。何なら主神のみならず派閥の長まで貶された俺の方が、単純計算でベル団長の二倍ムカついたことになる。わかるか、この算数が? ええ?

 

 などと内心で物騒な考えを巡らせていると、ここまで静かに杯を傾けていた男が流麗な所作で立ち上がる。

 その男が件の小人族(パルゥム)の仲間なのは明らかだ。同じテーブルを囲み、同じ制服を身につけているのだ。彼もまたアポロン・ファミリアの眷属であることは一目瞭然だった。

 だが、その力量だけは他の面子とは明確に一線を画していた。ここまで他とかけ離れていれば流石の俺でも見れば分かる。この男は強い。恐らくLv.2では収まるまい。

 

 Lv.4……まではいかないか。恐らくLv.3の第二級冒険者。

 つまり()()()()()。あくまで巨人化能力を抜きにした素の身体能力で比較した場合の話だが、まさか店の中(こんなところ)で変身するわけにもいかない以上、今の俺にとってLv.3というのは明確な脅威だ。

 そんな男が明らかに戦意を漲らせて席を立ったのだ。さてどうしたものか。

 

「ま、待て! 早まるな!」

「お願いですからこんなところで巨人化しないで下さいね!?」

 

 だが彼らはそうは思わなかったのか、ヴェルフとリリルカさんは必死になって俺を止めようとしてきた。

 心外だぜ。まさか俺が怒りに任せて見境なく変身すると思っていたとは。どうやら二人の中で俺は相当に喧嘩っ早いと思われているようだが、心当たりがまるでない。どうしてだろう?

 

 え? あの泡吹いて気絶してる小人族(パルゥム)が動かぬ証拠?

 半分は当たっている。耳が痛い。

 

「あの男……」

「ヒュアキントスだ……」

「【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】……」

「Lv.3の第二級冒険者様かよ」

 

 立ち上がった優男の姿を認めた周囲の冒険者達が俄かに騒めき出す。どうやらそれなりに知られた冒険者らしい。

 というか今「ポエブス・アポロ」って言った? それ「光明神(ポイボス)アポロン」をラテン語読みしただけでアポロン神の名前そのままじゃねーか! そんなのを二つ名にしてるとか、コイツ絶対にアポロン神のお気に入りだろ! というか団長だろ!

 

 団 長 な ら 部 下 の 失 言 を ま ず 咎 め ろ よ !

 

「よくも暴れてくれたな、小僧」

 

 うるせぇよくも今まで黙ってやがったなコノヤロウ。

 おめーがもっと早くあの小人の口を塞いでりゃこんな面倒なことにはならなかったんだよ!

 

「我々の仲間を傷付けた罪は重い……相応の報いは受けてもらうぞ」

「恥の上塗りをしたいならどうぞご自由に。仲間の品のない失言を棚に上げてよくもまぁ抜け抜けと言えたもんだ。お里が知れるぜ、【アポロン・ファミリア】」

「ちょっ……!」

 

 リリルカさんが顔面を蒼白にさせるが、これぐらいは言わせてほしい。こんなのどう考えても部下の監督不行届だろう。格下のファミリアに良いようにされては面子が立たないのは分かるが、それを言うならあんな品性の欠片もない部下の暴言を許容している時点で面子もクソもあるまい。

 

 ……まさかとは思うが、推定団長のこの男もグルってことはないよな? よもや端からヘスティア・ファミリア(ウチ)に難癖つけるのが目的だったとかないよな?

 あれ、もしかして俺やらかした? 相手の思う壷?

 

 強気に吠えた俺の発言に周囲の冒険者達(ギャラリー)が盛り上がりを見せる一方、優男……ヒュアキントスは切れ長の目を吊り上げる。その碧眼の奥からは明らかな苛立ちが見て取れた。

 

「……減らず口を!」

 

 拳が振り下ろされる。真っ直ぐ俺の顔面目掛けて迫る拳撃は、恐らく相当に速いのだろう。Lv.1、いやLv.2でも見切れない程度には鋭い一撃だ。

 だが、こちとら動体視力には一家言ある身だ。立体機動装置を駆るパラディ島の兵士、何より銃弾を見てから避けるアッカーマンの動体視力と反射神経は伊達ではない。

 

 インパクトの瞬間、拳が頬の皮膚に触れるか触れないかといったタイミングで身体を(ひね)る。打撃の威力に逆らわず、全身を使った回転運動で威力を受け流した。

 

「しゃあっ」

「なにっ」

 

 これぞ灘神影流奥義“弾丸(たま)すべ”──いえ何でもないです。

 何はともあれ、相手の打突を受け流した俺はそのまま独楽(こま)のようにその場で一回転。回転の勢いを乗せた回し蹴りをヒュアキントスの延髄目掛けて叩き付けた。

 

 ズドンッ!! と凄まじい衝撃が男にしては細い首に炸裂し、ぐるんとヒュアキントスの眼球が裏返る。

 こう見えて俺の体重はかなりのものだ。鋼のような筋肉と鋼そのものの強度を持つ骨は相当な重量になる。下手をすれば目の前のヒュアキントスよりも重い俺の全体重に、奴自身の拳の威力までもが加わった渾身の蹴撃。その威力はご覧の通りだ。

 

 白目を剥いたヒュアキントスの身体が(くずお)れる。まるで糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち──だが、片膝をついたところで踏み止まった。

 

 分かっていたことだ。この世界においてレベル差というものはかくも残酷である。如何にアッカーマンの血によって反則的な身体能力を獲得していようが、神の恩恵から成る奇跡の肉体が相手では分が悪い。それが二度にも及ぶ魂の昇華を成し遂げた相手ならば何をか(いわん)や。

 一瞬でも意識を飛ばせたのはむしろ快挙と言っていいだろう。普通ならLv.3相手にLv.1の攻撃など毛ほどのダメージも与えられないのだから。

 

 想定外の痛打を急所に食らったことで一瞬だけ気を失ったようだが、それだけだ。致命傷には程遠い。だが思いもよらぬ反撃が精神の方に与えた衝撃は相当なものだったようで、ヒュアキントスは何が起きたのか理解が及ばぬ様子で目を白黒させている。

 

「嘘だろ、団長が……!?」

「こいつ、ただのLv.1じゃねぇぞ!」

 

 やはり団長だったのか。全幅の信頼を置いていたであろう派閥の長が膝をついたことで、アポロン・ファミリアの面々に動揺が走る。

 その動揺の隙をつき、機敏に動いたベル団長が俺を庇うように前に出る。そしてその脇を固めるようにヴェルフが立ち、リリルカさんは一瞬で俺達の後方に位置取った。……まあ、彼女は非戦闘員なので間違ってはいない。

 

「すみません団長。早まりました」

「ううん、ジャックがやらなきゃ僕がやってた」

「いえ、確かにそれもありますが……恐らくですけど、ここまでの展開は彼らにとっては織り込み済みなのかもしれません」

「え?」

 

 (Lv.1)から反撃を食らうのまでは流石に予想外だったろうが。

 どうにも、先ほど脳裏を過ぎった仮説が俺の中で俄かに信憑性を増してきていた。そうでなければ己の主神の顔に泥を塗るような真似をしてまで執拗にベル団長を中傷したことに説明がつかない。酒の席の妄言というには些か度を越していたし、何より団長という立場にありながらそれを許容し、(あまつさ)えそれを擁護するような真似をするのは余りに不自然だ。

 

 奴らの目的は端からベル団長で、彼を暴言で釣って“手を出させる”ことにあったのだと。そう考えれば辻褄が合うのではないか。

 ……あれ。だとするなら手を出したのが俺でベル団長はまだ何もしてない現状はある意味で悪くない状況なのでは? ベストではないがベターというか、奴らはまだ半分しか目的を達成していないわけで。

 

 もしかして引き続き俺が暴れてた方がいい感じですか?

 

「うるせぇぞ、雑魚共」

 

 だが、再び動き出そうとした俺の身体はその一言で急停止する。

 俺だけではない。一触即発状態にあった団長やヴェルフ、ヒュアキントスらアポロン・ファミリアの冒険者達も揃って蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

 

 たった一言で俺達全員の動きを止めるだけの底知れぬ圧力。まるで飢えた巨狼が目の前で身を起こしたかの如き戦慄は一瞬で消え去ったが、その顫動(せんどう)は余韻となって全員の身体をその場に縛りつけていた。

 それがほんの一瞬だけ発された殺気だと理解するのに、俺は数秒の時を要した。ゴライアスから感じたような、動物的な捕食本能に由来する獰猛な殺気とはまるで異なる。それは冷たい刃のような、人が人を殺すために研ぎ澄まされた正真正銘の“殺意”だった。

 

 無論、並の殺意で俺が気圧されることなどない。俺自身はともかく、俺の()()(くぐ)った修羅場の数は十や二十ではきかないのだ。今更ただの殺気で怯むほどヤワではない。

 単純に殺意の濃度が桁違いだった。果たしてどれ程の経験を積めばかくも濃密な殺気を放てるのか、今の俺には理解が及ばない。それを知るには圧倒的に俺自身の経験が不足していた。

 

 俺達とアポロン・ファミリアの間に割って入るようにして現れた声の主。その姿を見て、俺は驚愕すると共に納得した。

 それは灰色の髪を揺らす狼人(ウェアウルフ)の青年だった。細身だが服の上からでも鍛え抜かれていることが分かるしなやかな体躯。その身を包む戦装束は洗練されており、刻まれた“道化師(トリックスター)”を象ったエンブレムが存在感を放つ。

 

 ──【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

 オラリオに来て日が浅い俺でもその特徴的な容姿を見紛うことはないだろう。

 【ロキ・ファミリア】が誇るLv.5の一人。紛れもない第一級冒険者の姿がそこにあった。

 

「てめえらのせいで不味い酒が糞不味くなるだろうが。うるせぇし目障りだ、消えやがれ」

 

 金色の瞳を不機嫌そうに細め、吐き捨てるように言い放つ。既に殺気は収まっているものの、肌を叩く威圧感は未だ健在だ。第一級冒険者が放つ剣呑な気配に、居並ぶ冒険者達は揃って顔色を失った。

 

 なるほど、これが第一級冒険者。“本物”が放つ圧力というやつか。

 少し前に彼を上回るLv.6の最上級冒険者と邂逅したばかりだが、ディムナさん達は最初から友好的だったからな。風格はあったが、威圧感という程のものは感じなかった。

 

 故に圧倒的な格上の存在というものを肌で実感したのはこれが初めてになるわけだ。

 はっきり言って予想以上だった。決して侮っていたわけではないが、こうも「勝てない」と思わされるとは。

 巨人化すれば間違いなく勝てるだろうという確信はある。しかし生身の状態では万に一つも勝ち目はないだろう。恐らく何をする間もなく一瞬で戦闘不能にさせられるに違いない。その動きを目で追うことさえ困難であろうことは容易に想像がつく。

 

「…………行くぞ、お前達」

 

 ヒュアキントスは短くそう告げると、素早く身を翻した。

 誰もが指先一つ動かせぬ緊張感の中、真っ先に我に返ったのは流石第二級冒険者といったところか。足早に店を後にする団長の背を、仲間の冒険者達は慌てて追いかける。

 

 ヒュアキントスは最後にベル団長と、ついでに俺に鋭い一瞥をくれると、そのまま仲間を引き連れて去っていった。

 ケッ、おとといきやがれってんだ。

 

「雑魚が調子づきやがって」

 

 ギロリ、と金色の眼光が今度はこちらに向く。怖ぁ……

 そのまま俺の胸倉を掴み、軽々と──一瞬俺の体重に驚いたようだが──持ち上げた。目と鼻の先で忌々しげに歪められた凶相が凄みを利かせる。

 

「雑魚にしてはやるみてぇだが、それだけだ。雑魚がウロチョロと鬱陶しいんだよ。身の程を弁えやがれ」

 

 それだけ告げると胸倉を掴んだ手を離す。

 

「調子に乗った雑魚はすぐに死ぬ。目障りったらねぇぜ」

 

 心底下らないと言わんばかりの、こちらを見下しきった物言い。だがその目に嘲弄の色はなく、あくまで真剣そのものだった。

 

 ははぁ……なるほど。なんとなーくこの人の為人(ひととなり)というか、ポリシーみたいなのが分かったような気がするぞ。

 極端な弱肉強食主義というか……まあ、悪人ではないのだろう。露悪的な物言いが目立つが、結果として俺達を助けてくれたわけだし。

 彼の俺に対する言動も、要約すれば格上に喧嘩を売った俺の無謀を諌めるような内容だった。

 

 すげぇな異世界。こんなコテコテのツンデレ俺様キャラが現実に存在しているとは。

 その場を後にする不機嫌さの滲み出る背中を見送りながら、俺はそんな失礼極まりないことを考えていた。

 

「大丈夫、ジャック?」

「怪我はねぇか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 ベル団長とヴェルフが俺を心配そうに見てくる。

 大丈夫大丈夫、ヒュアキントスの拳ならほぼ完璧に受け流せたからな。本気だったら流石に無傷とはいかなかったろうが、あの時の奴はかなり俺の事を侮っていた。あの程度の攻撃なら対処は容易い。

 食らったとしても多少の怪我ならすぐに治るわけだが。

 

「それでジャック様、先程の発言ですが……」

「そういや何か言ってたな。あの状況が奴らにとって織り込み済みってのはどういうことだ?」

 

 リリルカさんが不安げな様子で聞いてくる。

 ヴェルフも不思議そうに首を捻っているが、流石にこの場で話すのは憚られる。すっかり酒宴という雰囲気でもなくなってしまったし、一度解散して後日改めて話し合うべきだろう。

 

 ……どうせこれで終わり、なんてことにはならないだろうし。

 

 

 

 

 

 そして案の定、その予想は的中することになる。

 肩を怒らせ、ツインテールを逆立てながら『神の宴(デナトゥス)』から帰還した主神を見て、俺は思わず深いため息をついた。

 いやぁ、面倒なことになった。

 

*1
実際の保有戦力はともかく、団員数と資産を見るならぶっちぎりの弱小ファミリアである

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