進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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13.試練

「お願いですっ! アポロン様、どうか──どうか私の言葉を信じて下さい!」

「ちょ、カサンドラ……!」

 

 それは【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の間で『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が成立してしばらくのことだった。

 アポロン・ファミリアの本拠(ホーム)にて、主たる光明神アポロンが座す広間に少女の声が木霊する。親友(ダフネ)の制止も聞かず、長い黒髪を振り乱しながら彼女──カサンドラ・イリオンは玉座に腰掛ける主神に対し必死になって懇願していた。

 

 どうかヘスティア・ファミリアと争うのはお止め下さい、と。

 

「『兎』を刺激してはなりません! (いたずら)に刺激すれば、悪魔が──『破壊者(テュポーン)』が目覚めてしまう!」

 

 その言葉はあまりに抽象的であり、何より荒唐無稽だった。

 故にその場に居合わせたアポロンの眷属達は、彼女の言葉をいつもの妄言だと一笑に付した。

 

 カサンドラには『予知夢』を見ることのできる特殊な力があった。この予知夢はほぼ百パーセントの的中率を誇り、彼女が認識している限りにおいてこれを外したことはない。

 だが、この能力にはある致命的な欠点がある。それは()()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 どれだけ真摯に言葉を重ねようが、逆にどれだけ感情的に訴えかけようが、一度としてカサンドラの語る予言がまともに受け入れられたことはない。大抵は今のように一笑に付されて終わるか、酷い時は相手の怒りを買ってしまうこともあった。

 

 その要因としては、予知という能力そのものが持つ荒唐無稽さにある。それが予知夢であれ未来視であれ、予知能力など権能の領域にある破格の力だ。天界においても予知を行える神は限られる。そんなものをただの人の子が、それも恩恵(ファルナ)とは関係ない生来の力として具えていたなど、神でさえ容易に信じられることではない。

 

 もう一つは、この予知夢の力に内包される『呪い』にある。

 この呪いこそが、カサンドラの予言を誰もまともに取りあってくれない最たる要因だった。それは神々でさえ抗えぬ呪力(まりょく)であり、彼女の語る予言には常に猜疑が付いて回った。

 予知夢の精度は絶対なのに、誰もそれを信じてくれない。誰もがカサンドラの予言を妄想の産物と断じる。そうして彼女の悲観的な精神は醸成されていき、遂には【悲観者(ミラビリス)】の二つ名が与えられるまでになってしまったのだ。

 

 だが、今日のカサンドラはいつもとは様子が違った。悲鳴を上げて飛び起きるや否や、身支度もそこそこにアポロンの部屋に突撃したのである。

 常の引っ込み思案で自信のない態度は鳴りを潜め、鬼気迫る様子で主神に翻意を訴えている。そのあまりの剣幕に親友のダフネ・ラウロスは面食らうばかりで、彼女を制止する言葉にもいつもの力がない。アポロンの周囲に控える他の眷属達も、カサンドラの予言をいつもの妄想が始まったと失笑する一方、内心では困惑と不安を深めていた。

 

「控えろ、カサンドラ」

 

 だが、その男だけは揺るぎなかった。

 【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】ヒュアキントス・クリオ。アポロンに心酔し、その神意を絶対視する派閥の長たる彼は、それ故に迷わない。

 

「神命である。我々がそれを違えることはないし、あってはならない。ましてや眷属の身で神に意見するなど……恥を知るがいい!」

 

 カサンドラの言葉を疑っているからではなく、そもそもアポロンの意思以外を考慮する気が端からないのだ。

 アポロンが白と言えば三千世界の鴉を悉く白く染め上げるのがヒュアキントスという男だ。そんな男が、真偽定かならぬ予言一つで心を揺らすことなど万に一つもあり得ない。ヒュアキントスは並のエルフを凌駕する美貌に苛立ちを浮かばせ、冷酷にカサンドラの声を跳ね除けた。

 

「──カサンドラよ」

 

 広間に厳かな声が響き渡る。ここまで静かに眷属達の声に耳を傾けていた主神が口を開いた。

 ヒュアキントスは敬愛する主神の声を一言一句聞き逃すまいと、即座に口を(つぐ)み片膝をついて平伏する。そのいじらしい様にアポロンは相好を崩すと、次いでカサンドラに視線を移した。

 

「カサンドラ、美しき我が眷属よ。お前の言いたいことは分かった」

「では……!」

「だが、心配することはない。もはや我が方の勝利は決まったようなものだ。遠からずベルきゅげふんげふんベル・クラネルは私のモノになる」

 

 そこでカサンドラはようやく気が付いた。主神の目がもう手遅れなまでに曇っていることに。

 アポロンはもはや誰も見ていなかった。その視線は茫洋と虚空を漂っており、輝かしき薔薇色の未来しかその目には映っていない。

 カサンドラはおろか、ともすればヒュアキントスさえ今のアポロンの眼中にはないのだ。それ程までにアポロンを夢中にさせるベル・クラネルという存在に、今更ながらカサンドラは恐怖を覚えた。

 

「……どうか、どうか私の声をお聞き入れ下さい! ベル・クラネルを刺激してはいけません……その(かたわ)らには恐ろしい大地の悪魔がいるのです! ()の者を起こしてはなりません! 破滅の巨人は瞬く間に大地を呑み、太陽を喰らい尽くす……!」

 

 だが、それでも言わないわけにはいかなかった。カサンドラはそこまでアポロン・ファミリアに愛着があるわけではないが、それでも今の彼女はアポロン派閥の一員である。その眷属として派閥のために尽くす義務と責任があった。

 何より、予知夢はあまりに明瞭に告げていたのだ。このままでは大勢の死傷者が生じるのだと。そこに自分や親友(ダフネ)が含まれないと楽観できるならば、カサンドラは【悲観者(ミラビリス)】などとは呼ばれなかっただろう。

 

「くどい! 相手は格下のファミリアなのだ、何を恐れる必要がある!?」

「あー……そういえば、ヘスティア派閥にはもう一人眷属がいたわよね? そっちはどうなの?」

 

 激昂するヒュアキントスに、おずおずとダフネが声を上げる。

 それは親友(カサンドラ)をフォローするつもりで放った言葉だったが、それが却ってヒュアキントスの神経を逆撫でた。彼はその美貌に凄絶な表情を浮かべ、ギロリとダフネを睨みつける。

 

 その凶悪な凝視に怯んだダフネは小さく悲鳴を上げて後退る。「焔蜂亭(ひばちてい)」での一件以来、ヒュアキントスはヘスティア・ファミリアの話になると著しく機嫌を損なうようになった。主神からの関心を掻っ攫っていったベル・クラネルへの憎悪は勿論あるが、それ以上に衆人環視の中で自らに恥を掻かせたジャック・イェーガーに対する怒りが理由の大半を占めた。

 ヒュアキントスはファミリアの団長であり、その双肩にはアポロン・ファミリアの看板を担っている。ならばヒュアキントスに土をつける行為は、そのままアポロンの顔に泥を塗るに等しい。到底許せることではなかった。

 

 西風(ゼピュロス)の呪縛から救われて以来、ヒュアキントスは心からの敬意と親愛をアポロンに捧げている。故に彼にとって、アポロンとアポロンに捧げる信仰を妨げるあらゆる事象は(すべか)らく憎悪と排除の対象である。

 

「ジャック・イェーガー……返す返すも忌々しい。確かに私はあの時不覚を取ったが、二度はないと断言しよう。既に奴の力量は見切っている。確かに奴はLv.1とは思えぬ技量の持ち主だった。あるいはLv.2への昇華(ランクアップ)も近いのやもしれん。しかし、それを加味してもまだ私の方が上だ」

 

 その言葉は決して誇張ではない。事実、Lv.3であるヒュアキントスの能力はLv.1に過ぎないジャックを遥かに上回る。

 それは単純な【ステイタス】だけに限った話ではない。二度に渡る昇華を重ねたということは、それだけ多くの【アビリティ】や【魔法】を修得していることを示しているのだ。

 その差は大多数の下級冒険者が考えている以上に絶対的な断絶として上級との間に横たわっている。ましてや強力な魔法を修得しているともなれば、同ランクの冒険者との間にさえ無視し得ない戦力の差を生み出すことも珍しくない。

 

 そしてヒュアキントスはそれら全ての条件を満たしている。高水準に纏まったステイタス、汎用性の高いアビリティ、高火力の魔法。あらゆる状況下において高いパフォーマンスを発揮する、文句なしに優秀な冒険者であると言えるだろう。

 一芸だけでは数多くの団員を抱える派閥の長は務まらない。恐らくLv.3でも上位に位置することは間違いないだろうその実力を以て、彼はアポロン神第一の眷属としてファミリアの頂点に君臨しているのである。

 

 故にそれは傲慢ではない。ヒュアキントスは居丈高な態度とは裏腹に極めて正当に己の実力を評価しており、また()()()()()()()()()()()()()()()()敵方の戦力評価も限りなく正確なものだった。

 彼にとって不運だったのは、18階層で起きた一件が、ギルドによる隠蔽工作によって詳細を知ることが困難だったことだ。調べても出てくる情報はといえば、ゴライアスの強化種が出現したこと、ベルがそれを相手に善戦したこと、そして謎の巨大なモンスターが現れてゴライアスと()()()を行ったということだけだ。要はリヴィラの街で聞き込みを行えば簡単に手に入る程度の情報しか手に入らなかったのだ。

 

 件の「謎の巨大なモンスター」とやらの正体がレアスキルによって変身した冒険者(ジャック)であるなどと、全く想像の埒外のことだったのである。

 

「ご安心下さい。このヒュアキントス、必ずやヘスティア・ファミリアを打ち破り、アポロン様のお望みを叶えてみせます」

「素晴らしい! 流石は私の可愛いヒュアキントス! 期待しているぞ!」

「はッ!」

 

 その瞬間、確かにカサンドラは耳にした。脳を揺らす恐るべき轟音を。心胆寒からしめる巨大な地鳴りを。

 それが(おおい)なる破滅の足音であると気付いた時、哀れな予言者は失意と恐怖によって力なくその場に(くずお)れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓、親愛なる女神様。

 ジャックです。私は今人生で最大の危機に直面しています。

 

 先立つ不孝をお許し下さい。

 

 

「そうか……お前がジャック・イェーガーか」

 

 場所はダンジョン13階層。

 そこで俺は、出会うはずのない人物と邂逅していた。

 

 それは巨体の冒険者だった。身に帯びるのは漆黒の大剣と、意外な程に簡素な軽鎧のみ。心臓を守る胸甲と腕部を覆う手甲の他は革と布だけで構成された装束に身を包み、頭と肩から二の腕にかけては一切の防御が為されていない。

 だが、鎧など不要だと思わせる程にその男は屈強だった。まるで太い金属のワイヤーを束ねたような分厚い筋肉に覆われた腕にはエッジが立ち、尋常ならざる新陳代謝を物語っている。

 

 否、太いのは腕だけではない。男の肉体はその全体が太く大きく、そしてしなやかだった。

 (くび)太い(デカい)。胸が分厚い(デカい)。否、その肉体は全てが巨大(デカい)。200C(セルチ)は超えるであろう身長から、その体重はゆうに100キロは超えよう。それでいて軽やかな佇まいは全体の重厚さに見合わぬ敏捷を秘めているであろうことを知らしめる。

 

 まさに巨大。そして重厚。または強靭。あるいは強大。その見事な肉体の存在感を飾る言葉は十では足りるまい。競技者(アスリート)でも格闘家(ファイター)でもなく、冒険者という呼称でさえその肉体を表すには不足しているだろう。その雄を呼び称するならば、戦士(ウォリアー)の名が最も相応しい。

 

 まさに戦うためだけに特化したかのような肉体だ。無駄という無駄を廃して鍛え抜かれたその体躯は、ギリシャ彫刻のような洗練された肉体美と、名匠の手になる一刀の如き機能美を併せ持つ。

 男性の肉体を見て素直に「美しい」と感じ入ったのは、前世と今世を含めて俺の人生で初めての経験だ。それ程までに男の身体は極限まで磨き上げられていた。

 

 神々より授けられた二つ名は【猛者(おうじゃ)】。号するは『頂点』の尊称。

 【フレイヤ・ファミリア】の団長にして、全ての冒険者達の頭上に君臨するLv.7の最上級冒険者。

 

 その男、名をオッタル。

 即ち、現行人類最強の戦士である。

 

 そんな頭に超が三つは付くような殿上人が、何故か13階層などという浅層におり、何故か俺の前に立ちはだかっている。

 それが今の俺の置かれている状況である。

 何だかもうよく分かりません。ありがとうございました。

 

「あの男の口車に乗るのは癪だが、これも巡り合わせだ」

 

 おい待て、やめろ。何でそこで剣を抜く。

 そこは「道を開けるがよい。最上級冒険者のお通りである」とか言って立ち去るべきところだろう! 何でLv.1風情に構おうとするんだ!

 つーか俺の名前知ってるみたいだけど、初対面ですよね我々ぇ!?

 

「確かめさせて貰おう。お前の器が本物であるかどうかを。そして──」

 

 そして?

 

「ヘスティア・ファミリアを退団し、ロキ・ファミリアあたりに改宗(コンバージョン)するがいい。推薦状は俺が書いてやる」

 

 意味が分からないんですけど???

 

 え、いや真面目に意味不明なんですけど。

 何でロキ・ファミリア? そこは「負けたらウチの派閥に入れ」ってのが普通の流れじゃないの? 何故よりにもよって敵対派閥に移籍させようとしてるの? それも【猛者(おうじゃ)】手ずから推薦状書くって、何それ新手の嫌がらせ?

 

「全てはあのお方の思し召しである。──行くぞ、構えろ。真価を示せ」

 

 そう一方的に告げ、オッタルは漆黒の大剣を構える。

 

 ──瞬間、圧力(プレッシャー)が壁となって俺を押し潰さんとした。

 

「……………ッッ!!」

 

 恐らくオッタルにとってそれは、平静状態から戦闘状態への些細な意識の切り替えに過ぎなかったのだろう。

 だが象の身動(みじろ)ぎが蟻の視点では天変地異となって映るように、【猛者(おうじゃ)】の視線は物理的な圧力さえ伴って俺を押し潰さんとしたのである。

 

 気付けば、俺は無意識のままオッタルに向かって駆け出していた。そこで硬直したり逃げ出したりしなかったのはアッカーマンの継承の賜物だろう。強大な敵を前に足を止めるのも、背中を向けるのもこの上ない悪手であると、本能レベルで身体に刷り込まれているが故の行動だった。

 だからそれ自体は良い。問題は、前進したところで打つ手が何もないということだった。

 

 素の俺が持ち得る如何なる手段を用いても、頂点たるこの男には何も通用しないだろう。アッカーマン由来の鋼のような筋骨など、超硬金属(アダマンタイト)さえ素手で握り潰しかねない相手にとっては気休めにもなるまい。継承によって得たリヴァイやミカサの戦闘経験だって、人間サイズの怪獣王(ゴジラ)みたいな規格外を相手にした経験など皆無なのだから何の意味もない。

 

 人間としてのジャック・イェーガーでは、逆立ちしてもオッタルには敵わない。

 故に、ここからは『進撃の巨人』として戦うより他に生き残る道はなかった。

 

 オッタルは剣を構えたまま動く様子はない。どうやら先手は譲ってくれるらしい。

 ありがたい。受けに回って勝てるビジョンが全くなかったからな。まあ攻めれば勝てるというわけでもないのだが。

 

 迷うことなく剣を捨てる。【猛者(おうじゃ)】相手にこんな(なまく)ら、素手の方がなんぼかマシである。

 空になった両手を力の限り握り締める。その上を瞬く間に「戦鎚」の硬質化結晶が覆い尽くし、俺の腕は超硬金属(アダマンタイト)をも上回る水晶の装甲で武装された。

 

 それを見てピクリとオッタルの表情が動く。詠唱も魔力反応もなく現れた謎の結晶が気になったのだろう。彼の注意が俺の両拳に集中したのを感じた。

 そのまま殴りかからんと勢いよく地面を踏み締め──その足を起点に氷柱(つらら)状の結晶の槍を生成、高速で射出した。

 

「!」

 

 拳はブラフ。流石の俺も徒手格闘でLv.7に勝てるとは思っていない。さも「今からこれで殴りますよ」とばかりに振る舞ってみせ、本命はこっちって寸法だ。

 何せ巨人の能力の中では唯一と言っていい遠距離攻撃だからな。「獣」の投石は巨人サイズでなければ凶器足り得ないし、人間体で使えるという点も含めてやはり「戦鎚」が頭一つ抜けている。

 

 さあどうだ。流石の【猛者(おうじゃ)】でも砲弾並の速度で伸長する結晶の刺突を不意打ちで食らって無傷とはいくまい。

 

「ふむ」

 

 だがその瞬間、オッタルの手元がブレる。ブレたと錯覚する程の速度で腕が動き、まるで小枝を振り回すような軽やかさで大剣が振るわれる。

 そして、「戦鎚」の結晶はいとも容易く粉砕された。

 

 うそん。

 

「今のは驚いたぞ。随分と風変わりなスキルを持っているようだな」

 

 そう言うならせめてもう少し驚いた顔してくれや。マジでピクリとも動いてねーじゃんお前の表情筋。

 つーかマジか。マジで「戦鎚」の結晶砕きやがったぞコイツ。確かに短時間で生成したものだから純度は低めだが、それでもダンプカーの衝突程度の衝撃なら罅一つ入らない自信があったというのに。

 

「面白い。そうでなくては」

 

 いよいよオッタルが動く。

 彼は地響きと共に一歩踏み出すと、手にする漆黒の大剣を振り抜いた。

 

 その剣速は、今し方結晶を砕いた時よりもあからさまに遅い。恐らく俺が反応できるギリギリを見切って剣を振ったのだろう。

 だが十分速い。颶風を巻いて迫る漆黒の刀身は、気付いた時には既に目と鼻の先にまで到達していた。

 

 マジでギリギリ過ぎる。辛うじて目で追えたが、こんなの避けるのは不可能だ。俺は咄嗟に結晶で覆われた両腕を掲げ、迫る剣撃をガードした。

 

 あっ

 一発で折れたッ

 

「嘘だろマジかよッ」

 

 先の結晶の槍を砕いたのとはわけが違う。ブラフに真実味を持たせるため、俺は本気の結晶を腕に纏っていた。その硬度はミサイルの直撃を受けたとしても耐えられる確信があったほどだ。

 にもかかわらずこのあり様。砕かれはしなかったものの大剣は見事に結晶を斬り割り、その刃は俺の右腕の肉を断ち骨の半ばまで達したところでようやくその動きを止めていた。

 

 ふざけてやがる。何でそれで剣が壊れねぇんだよ。どんな腕力と技術があればこんなことができるんだ。

 そしてそんなものをLv.1に向けるんじゃねぇ!

 

「痛ェなちくしょう!」

 

 ゴッ、と地面を割って無数の結晶がオッタルを襲う。当然同じ手が二度も通用するはずもなく、彼は動じることなく素早く身を翻し距離を取った。

 

 その時、俺は見た。剣山と化した結晶の一つが、オッタルの胸板に直撃するのを。

 果たして結晶は彼の胸部を貫く──ことはなく、金属を叩くような硬質な音を立てて弾かれ、役目を果たすことなく終わった。

 

 はぁ〜〜〜〜〜(クソデカため息)

 

 勘弁してくれよ……今当たったの胸甲のない右胸の方だよな? 何ナチュラルに素の肉体で「戦鎚」の攻撃弾いてるわけ? 何? お前の大胸筋超硬金属(アダマンタイト)でできてるの? どんな【耐久】してんだよアイアンマンかおめー。

 このでけぇ()っぱいが。(Lv.1)でどうにかできるわけねぇだろこんな化け物。ふざけんな。

 

「大したものだ。骨まで斬られて悲鳴の一つも上げないとは」

 

 やかましい。悲鳴を上げて状況が改善するならいくらでも叫んだるわ。

 

 実際、両断こそされなかったものの骨まで斬られたのは事実なので滅茶苦茶痛い。

 だが俺には巨人化能力者として強力な再生能力の行使が許されている。どうせ治るという確信があるからこそ俺の精神は平静を保っているのだ。そうでなければ痛みそのものよりも、治るかも分からぬ大怪我をしたという事実にこそショックを受け泣き叫んでいたことだろう。ショック死って要はそういうことだしな。

 

 しかし強力な再生能力など、両者の間に圧倒的な力の開きがある場合は有効打足り得ない。力が拮抗していれば消耗戦に持ち込み粘り勝ちできるかもしれないが、俺とオッタルの間には天と地ほどの力の差がある。これでは俺がただのしぶといサンドバッグになって終わりだ。何の解決にもならない。

 そして拮抗状態を作るなら巨人化するしかないわけだが、生憎とこの場は13階層。道は狭いし天井は低いしでとてもではないが巨人化できる環境ではない。

 

 故に取るべき戦法は先程までと変わらない。俺は敢えて腕の傷を治さず、血飛沫を撒き散らしながら再度突貫した。

 

「来るか。だが、無策の突撃など──」

 

 バキバキと音を立てて無事な方の左手を更に分厚い結晶が覆う。今度は生半可な斬撃では壊れぬよう、鉤爪状に成形した巨大な結晶の塊を腕に纏わせた。

 それをアッカーマンの腕力に物言わせて強引に振り回す。結晶そのものの重量も相俟り、その威力は鉄筋コンクリートの壁でさえ障子紙のように引き裂きかねない程だ。

 

 だが、剣を振り回すだけでミサイルの直撃にも匹敵する破壊力を撒き散らす怪物にそんな小細工が通用するはずもなく。飛びかかった俺に対し、オッタルは冷静に半歩踏み込むことで鉤爪を躱すと、腕部に裏拳を叩き込んだ。

 ミシリと嫌な音がなり、拳を打ち込まれた部分に亀裂が走る。その衝撃で左腕は大きく外側に弾かれ、俺は空中で無防備を晒すことになった……が、ここまでは織り込み済み。俺はその瞬間を狙ってガラ空きとなった腹から結晶の槍を生成、勢い良く射出した。

 

 普通ならこんな攻撃を躱すことなど不可能だろう。急に腹から結晶が生えてくるなんて想像できるわけがない。

 だが、オッタルにそれは当て嵌らない。何しろついさっき同様の不意打ちを完全な初見にもかかわらず対応されたばかりだ。恐らく彼の動体視力と瞬発力ならば見てからでも十分な対処が可能なのだろう。

 

 案の定、オッタルはこれに反応した。凄まじい速さで右腕が動き、同時に甲高い破砕音と共に結晶の槍は木っ端微塵に弾け飛んだ。

 俺の目には一筋の光芒が走ったようにしか見えなかったが、それはオッタルが大剣を振るった際に生じた剣閃だったのだろう。

 

 相変わらずイカれた剣速だ。最初からこの速度と威力で剣を振り回されていたら初手で俺は死んでいただろうが、宣言通り奴の目的は俺の実力を測ることらしい。

 相当手加減されてこれかよ、と辟易する思いはあるが、ありがたくその慢心に付け込ませてもらおう。

 

 返す刃でこちらに迫る大剣を結晶を纏った左腕で受け止める。当然のように剣は結晶を食い破るが、先程とは異なり生身の腕に到達する手前で刃は停止する。

 

 次の瞬間、硝子が割れるような音を立て左腕の結晶が勢いよく砕け散った。

 

「ッ!」

 

 「戦鎚」の能力は硬質化結晶の生成と()()だ。一度生み出した結晶に再度手を加えることもできる。

 故に、このように爆発反応装甲(リアクティブアーマー)よろしく爆散させることも可能なのだ。

 

 細かな破片が衝撃と共に飛散する。威力などたかが知れているが、一瞬の目潰しとしてならこれで十分だ。如何なLv.7とて眼球を保護するための反射的な(まばた)きまでは制御しきれまい。格下を相手にして油断している今の状況ならなおのこと。

 無論、たった一瞬の瞬きで得られる隙などオッタルにとっては大した痛手でもあるまい。そこでもう一手策を講じさせてもらった。それが傷を負ったまま放置していた右腕だ。

 

 ここでようやく巨人の自己再生能力を開帳する。意識的に堰き止めていた「座標」のエネルギーが流入し、一瞬の雷光と共に僅かな肉と皮のみで繋がっていた右腕が再生した。

 

「何だと……!」

 

 流石の【猛者(おうじゃ)】もこれには意表を突かれたのか、驚愕に目を見開く。

 その顔が見たかったァ……!

 Lv.1如きの小細工で驚愕するそ・の・顔がぁ! ヒャハハハハハハ!! ヴェアハハハハハハァ!!

 

「しゃあっ!」

「ぐ……」

 

 驚愕に動きを止めたその僅かな隙を突き、一瞬で回復した右腕によるストレートパンチがオッタルの顔面に突き刺さる。

 尤も、結晶の槍さえ弾き返したオッタルの【耐久】をLv.1のへなちょこパンチで抜けるなどと思い上がってはいない。肝要なのは()()()()()()()()だ。

 

「これは……!?」

 

 バキバキと俺の右手を中心に結晶が広がっていく。

 「戦鎚」の硬質化結晶は能力者の肉体を起点に生成される。こうして触れてさえいれば、他者の肉体を生成される結晶に呑み込ませることだってできなくはないのだ。

 

 そして能力者でもない人間が結晶に閉じ込められれば、待っているのは不可避の窒息死だ。流石のLv.7も呼吸ができなければ死ぬだろうよ!

 

「見事だ。よもや一撃貰うことになるとはな」

 

 そう言い、オッタルはグッと全身に力を込める。

 するとただでさえはち切れんばかりだった全身の筋肉が更にパンプアップし、その圧力で全身を覆い尽くさんとしていた結晶を弾き飛ばした。

 

 前言撤回。こいつアイアンマンじゃなくてハルクだったわ。

 

 ふっざけんなこの筋肉ダルマ! 物理法則を虚仮にするのも大概にしろよ!

 これでも「戦鎚」の硬質化結晶は『進撃の巨人』の世界では最高クラスに硬い物質なんだぞ! 「顎」の能力以外では殆ど傷もつかないぐらいカッチカチなんやぞ! それをお前、割り箸を折るみたいにポキポキポキポキ圧し折りやがって!

 

 もう許さん! 天井が低かろうが知ったことか! 今すぐ巨人化して踏み潰してや──

 

「謝罪しよう、俺はお前を見縊っていた。流石はあのお方が英雄の器と認めただけはある。

 ジャック・イェーガー。この戦い、お前の勝ちだ」

 

 ──ろうかと思ったけどしょうがねぇ、許してやるか!

 

 いやー、まさかオッタルの方から戦いを切り上げてくれるとは思わなかった。「喝! まだまだこの程度では認めてやらぬ!」なんて言って平然と戦闘続行しそうな雰囲気あったけど、どうやら早とちりだったようだな。

 それもそうだ。よもや最上級冒険者の身でありながらLv.1を相手に本気を出すなんて、そんな初狩りみたいな真似をあの【猛者(おうじゃ)】がするわけがなかったのだ。

 

「故にここからは俺も加減はせん。本気で行かせてもらおう」

 

 【猛者(おうじゃ)】オッタルの正体見たり!

 『頂点』と知られるオッタルの本性は血も涙もない鬼畜のような男だったのかあっ!

 

「決めるがいい、ジャック・イェーガー。英雄の器たる男よ。このまま俺と戦って死ぬか、改宗(コンバージョン)を受け入れるか。推薦状は正式に(したた)めると改めて約束しよう」

 

 だから何でそんなに俺の改宗(コンバージョン)に拘るんだよ!

 

 何? 俺がヘスティア様のとこにいたら何かフレイヤ・ファミリアに不都合でもあるわけ!? やっぱり巨人がギリシャの神の傘下にいるのは不味いんですか!? でもアンタら俺が巨人化できるって知らないはずですよね!?

 

 どうするどうする!? 隆起させた筋肉で硬質化結晶を粉砕するようなバケモンとまともにやって勝てるわけがねぇ! 大人しく改宗(コンバージョン)を受け入れるか!?

 

 でもそれ癪だな……

 

 いやいや、命あっての物種だろう! 確かにヘスティア様は恩人だが、ここで死んでしまったら恩返しどころの話ではなくなってしまう。眷属が俺だけというのであればまた話は別だが、彼女にはベル団長がいるのだ。ここで俺が命を張る理由などない!

 

 でもやっぱ癪だな……

 

 …………

 

 …………………。

 

 よし、殺そう☆

 

「うおおおおおお!! 自爆するしかねぇえええええ!!」

「!?」

 

 カッ! と俺の身体が光って唸る。初狩り野郎を倒せと輝き叫ぶ。

 間髪入れず「座標」から飛来した黄金の雷気が迸り、巨人の肉体を物質化させる。変身によって生じた爆発がオッタルを吹き飛ばした。

 

「ぐぅ……! 何だ、これは……!?」

 

 ダンジョンの狭い空間を埋め尽くす灼熱の肉体。突如として現れたその威容には流石のオッタルも驚愕を隠せないようだった。

 そしてオッタルは当たり前のように無傷だった。至近距離で変身の爆発に巻き込まれたにもかかわらず少し肌が焦げただけとか、やっぱりお前おかしいよ。ファルコに謝れ。

 

 まあいい、すぐにそうも言ってられなくなるからな。

 これから俺がやるのは正しく禁じ手だ。覚悟しろよ【猛者(おうじゃ)】。俺が制御不能の暴れ馬だってことを思い知らせてやるぜ。

 

 腹這いになることで辛うじて空間に収まっていた巨人の身体が再び光を放つ。「超大型」の能力によって全身の筋肉を即座に高熱の蒸気に変換し、大規模な水蒸気爆発を発生させた。

 地上で放てば周囲数キロを消し飛ばす威力の大爆発だ。戦略級の爆弾にも喩えられるそれをダンジョンなどという閉鎖空間で使えばどうなるかなど、火を見るより明らかである。一発で床と天井が崩壊し、12階層と14階層に繋がる大穴が形成された。

 近くに他の冒険者がいないことを願うばかりだ。巻き込んでたらごめん。

 

「ォオオ────ッ!」

 

 全てを無に帰す熱波と爆風。

 だがしかし、それを以てしても『頂点』たる男は健在だった。全身に火傷を負いながらも五体満足なオッタルは、咆哮と共に爆発を乗り越え肉薄。核たる俺に向かって大剣を振り下ろした。

 

 しかし、その一撃は結晶の壁に阻まれる。巨人化した際の俺の本体は「戦鎚」の硬質化結晶の殻に包まれた状態にあるのだ。巨人の灼熱の肉体から核を守護する結晶の殻は、そのまま外部からの攻撃に対する防御にも転じる。

 つまり俺の巨人は(うなじ)を斬っても刃が通らないわけだ。我ながら酷い仕様だな。

 

「そら、構えろよ【猛者(おうじゃ)】。俺のターンはまだ終了してないぜ」

「なに──」

 

 禁断の巨人化“二度打ち”。

 そして生じる雷光と爆発。再び現れた巨人の肉体が灼熱を放ち、間髪入れず二度目の蒸気爆発を引き起こした。

 

 これが俺の禁じ手にして全てを台無しにする最終奥義。「座標」の力を独り占めしているが故の有り余るスタミナをフル活用した「巨人使い捨て爆弾化」作戦である。

 

 またしてもダンジョンの床が崩壊する。階層をぶち抜き、俺とオッタルは15階層へと落下した。

 そして三度目の巨人化。流石にボロボロになってきたオッタルに手を伸ばし、がっしとその身体を鷲掴みにした。

 

「がッ……!? ジャック・イェーガー、これ程とは……!」

 

 フハハハハ! 流石の【猛者(おうじゃ)】もダメージが大きいみたいだな! 振り解こうとしているようだが力が弱いぜ!

 これで最後にしてやろう! 二度とこんな真似ができないよう、コテンパンにして送り返してや──

 

 ……ん? 何か見たことないモンスターが湧いてきたな。

 紫色の恐竜の化石みたいな見た目のモンスターだ。かなりおどろおどろしいオーラを振り撒いてるが……

 

 まあいいか! どうせモンスターなら巻き込んだところで心は痛まない。諸共に消し飛ばしてやるぜえええ!

 

「うおおおおお! 粉砕! 玉砕! 大喝采ィィィ!」

「ぐおおおおお!?」

「GYAOOOOOOOO!?」

 

 三者三様の叫び声が上がり、だがそれは圧倒的な大爆発によって掻き消された。消し飛ぶ巨人、吹っ飛ぶ冒険者、粉砕されるモンスター。まさに地獄絵図。

 今日もダンジョンは地獄だぜ! フゥハハハーハァー!




オッタルと戦っているのは深夜なので、当社比ダンジョンに潜っている冒険者は少ないです。
でも巻き込んでたらゴメンね☆
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