進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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14.巨人戦争

「御下命に応じ参上致しました、フレイヤ様」

 

 バベル最上階に設けられた一室。

 オラリオの一切を眼下に見下ろせるその部屋を使用する権利を持つ唯一の女神からの呼び出しを受け、【猛者(おうじゃ)】オッタルはダンジョンから帰還したその足で己が主神の下へ向かった。

 

「いらっしゃい、オッタル。ごめんなさいね、疲れているでしょうに」

「問題ございません。御用命とあらば、いつでも」

 

 オラリオ最強の戦士を言葉一つで呼びつけられる者など、この世にただ一柱(ひとり)しか存在しない。

 豊穣神フレイヤ。オラリオ最大派閥の一角を率いる美の女神は、万物を魅了する微笑みでオッタルを迎え入れた。

 

 窓辺から差し込む陽の光に照らされる様は、その姿を見慣れたオッタルをしてゾッとするほど美しい。曙光を纏い神々しいまでの輝きを放つ銀の御髪(おぐし)から努めて目を逸らし、頂点たる男は片膝をつき平伏した。

 

「顔を上げて頂戴。別に私以外の神に(そそのか)されたことを怒っているわけではなくてよ?」

「……ご存知でしたか」

 

 やはり恐ろしいお方だと。オッタルは命じられるまま顔を上げ、全てを見透かす女神の瞳と視線を合わせた。

 

 そう。オッタルはこの日、とある神の意向を受けてダンジョンに潜っていた。

 その神の名は、伝令神ヘルメス。常のようにダンジョンで鍛錬を行おうとバベルに足を向けたオッタルは、そこで偶然にも──実際のところは偶然でも何でもなかったのだろうが──ヘルメスと出会い、こう告げられたのだ。

 

 “これからジャック・イェーガーがダンジョンに向かうらしい。せっかくだから会ってみたらどうかな”──と。

 

 ヘルメスの魂胆は見え透いているが、ジャックの改宗(コンバージョン)に関してはフレイヤの意向にも沿うものだ。体良く使われることに思うところはあったが、結局オッタルはその口車に乗り、ダンジョン内でジャックを待ち受けていたのである。

 

「それで、どうだった? ジャックの力はあなたの眼鏡に適うものだったかしら」

「……正直に申し上げまして、予想以上でした。よもやLv.1を相手に死を覚悟することになろうとは」

 

 最低限の身嗜みは取り繕っているが、オッタルの全身には隠し切れぬ激戦の痕跡が見え隠れしていた。

 髪は一部が焦げつき、肌も重篤な火傷を回復薬(ポーション)で無理矢理回復させた跡が残っている。身につけていた装備品も戦いの中で大破したのか、今のオッタルは常の戦装束ではなくごく普通の装束を身に纏っていた。

 

 階層主との戦いの後でさえここまでの消耗はなかっただろう。繰り返される爆発と堅牢な防御に近づくことすら儘ならず、結局オッタルはジャックの移籍を諦め撤退したのである。

 

「凄かったわね。私も『鏡』を使って見ていたけれど、途中からは爆発が眩しくて何も見えなかったもの」

「申し開きもございません。不覚を取るばかりか、おめおめと逃げ帰る始末……フレイヤ様の眷属として慙愧(ざんき)の念に耐えません。処罰は如何様にも──」

「いいのよ、お陰で良いものを見させてもらったわ。ジャックの改宗(コンバージョン)に関してもひとまず見送ることにしましょう。少しは目が慣れてきたことだし……曲がりなりにもあなたに勝利したのだもの。戦士同士の正々堂々たる戦いの結果を軽んじるようでは、戦死者の館(ヴァルハラ)の女主人は名乗れないでしょう」

 

 フレイヤはうっとりと目を細める。

 今でも鮮明に思い起こせる。あの衝撃的な情景を。

 雷光と共に現れた黄金の巨人、赫燿に煮え滾る肉体のその威容。そしてその全てを燃焼させる、壮絶なまでに美しき破壊の焔を。

 

「あれこそは『破滅(レーヴァ)』の現身ね。神の恩恵(ファルナ)……というより、あれは生来の力でしょう。恐らくあの能力の現出にヘスティアは関わっていないわ」

「あれ程のものが、ジャック・イェーガーが生まれ持った力であると?」

「ジャックはまだ恩恵を受けて間もないのでしょう? その時に発現したのなら、もっとあの力に振り回されているはず」

「彼は自らの力について十分に知悉している様子でした……なるほど、確かに納得できます」

 

 恩恵に依らず神の眷属とも戦える、生まれついての能力者。

 ベル・クラネルという終生の伴侶を見出したフレイヤをして夢中になるのも頷ける。極めて特異な人物であることは疑いようがないだろう。

 

「それで、どう? あなたは本性を現したジャックに勝てるかしら」

「……万全の状態であれば、勝てるかと」

 

 あの時のオッタルには幾つかの制約があった。

 まず不殺に徹さねばならなかったこと。あの場では「死か改宗か」と迫ったが、実のところ殺す気は微塵もなかったのだ。フレイヤの許しがあったならいざ知らず、あれはオッタルの独断による行動だった。その結果として女神のお気に入りを殺してしまうようなことがあれば、オッタルは女神の失望を恐れて自刃していただろう。

 次に、逃げ場のない閉鎖空間だったこと。あれが屋外や階層主がいるような大広間であればまた違った結果になっただろうが、あの巨体と大爆発を相手取るには【敏捷】を十全に活かせぬ浅層の狭所はオッタルの不利に働いたと言える。

 そして装備が不十分だったことだ。あの時のオッタルは簡素な軽鎧に身を包んでおり、巨人の自爆に対してもほぼ生身の【耐久】頼りで凌ぐしかなかった。灼熱に煮え滾る肉体を持つ巨人を相手取るには不足していたと言えるだろう。

 

「ですが、これは多分に推測を含んだ予想に過ぎません。先の戦いである程度あの巨人の性能は分かりましたが、それが全てであると断言できる程のものではありませんでした」

 

 何より、不利を蒙っていたのは何もオッタルだけではなかった。

 ジャックにとってあれは完全に予想外の遭遇戦である。オッタル以上に装備も覚悟も不足していたことだろう。

 それに狭所が不利に働くのはジャックも同じだ。確かに逃げ場のない閉鎖空間は小さく素早い相手を補足するには追い風となったかもしれないが、そもそもあの巨体では満足に動くことさえ儘ならなかったことだろう。だからこそ自爆などという滅茶苦茶な手段に及んだのだろうし、最初の内は敢えて変身しなかったのだろう。

 

 故に、あれはどちらにとっても五分(イーブン)な戦いだった。いや、レベル差を鑑みればオッタルの方が明確に有利だっただろう。

 その上での敗走である。オッタル自身の認識においてあれは言い訳の余地なき敗北であり、実際のレベル差ほど彼我の力に差があるとは全く思ってはいなかった。

 

 それでも勝てると答えたのは、自らの実力に対する自負と──ほんの少しの見栄だった。

 オッタルとて男である。敬愛する女の前でくらいは見栄を張りたくなるものなのだ。上には上がいることを十分に理解しているオッタルではあるが、少なからずフレイヤ第一の眷属として頂点を担ってきたという自負があった。

 

 だが、そんな些細な見栄など眼前の女神にはお見通しなのだろう。フレイヤは愛おしげに目を細め、オッタルはその視線に耐えかね顔を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【悲報】Lv.7が強すぎる【ボスケテ】

 

 ふっざけんなあのでけぇ()っぱいがよォ……!

 マジであり得ねぇ。あの野郎、結局あれから四度の爆発に耐えやがった。計七回だぞ七回。マーレの港が七度吹っ飛ぶ連続水蒸気爆発に加え、爆発の度にクレイモア地雷よろしく飛散する「鎧」の破片の嵐をも身一つで乗り切ったのだ。これではどっちが化け物か分かったものではない。

 

 何とかオッタルを追い返すことには成功したが、流石の俺も疲労困憊だ。

 しかも這々の体で帰還する俺を更なる試練が襲う。俺の起こした階層を崩落させる程の大爆発によって発生した、モンスターの群集事故(スタンピード)とでも言うべき大暴走である。

 

 特に最初の爆発が起きた13階層より上層が酷かった。恐慌を来たしたモンスター達は我先と更なる上層を求めて大移動を開始し、『怪物の宴(モンスター・パーティ)』のバーゲンセール状態と化していたのである。その只中を突っ切って帰還するのにえらい時間を食ってしまったのだ。

 幸いだったのは、深夜に上層を彷徨(うろつ)いている()()()冒険者など殆どいなかったことだ。それでも皆無とはいかなかったらしく、幾つかのパーティがモンスターの大移動に巻き込まれているのを救出する必要に駆られてしまったのである。

 

 そういえば、仲間に置いてけぼり食らって独りモンスターから逃げ回っていたあの金髪のエルフのねーちゃん、美人だったなぁ。平時であれば名前くらいは聞いていたところだが、それどころではなかったため聞きそびれてしまった。

 恐怖のせいかは知らないがやたら挙動不審でキョドりまくってたし、聞いたところでちゃんとした答えが返ってきたかは怪しかったが。

 

 ともかく、そんなことがあった俺は何とかダンジョンを抜け出し、既にバベルで待機していたヘスティア様の下へ突撃。ブーブー小言を言われながら大急ぎでステイタスの更新を行い、【ガネーシャ・ファミリア】から好意で借り受けた軍馬に鞭打ち大急ぎで現場に急行。戦争遊戯(ウォーゲーム)当日の朝になってようやく現地入りしたのである。

 

「ここかァ、祭りの場所は……」

「おッッッッそいですよジャック様!! ジャック様がいなかったら割と絶体絶命なんですから集合時間ぐらいは守ってください!!」

 

 おうおう、リリルカさんが荒ぶっておられる。

 気持ちは分かるが今回ばかりは大目に見てくれ。語るも涙、聞くも涙の壮大なアレコレがあったんだ。主に【猛者(おうじゃ)】ことでけぇ()っぱいの襲撃とかな。

 

 しかし何だ、リリルカさんは随分と晴れやかな顔をしているな。戦争遊戯(ウォーゲーム)を前にもっと緊張して震えているかと思っていたんだが。

 

「色々あったんです。その関係で私も正式に【ヘスティア・ファミリア】の眷属になりましたし……」

「俺もだぜ、ジャック。このヴェルフ、これからはヘスティア様の下で槌と剣を振らせてもらうぜ!」

「私も、一時的なものではありますがヘスティア様の下で戦働きをさせていただくことになりました。不肖ながら誠心誠意お仕えする所存ですので、何卒よろしくお願い致します!」

 

 おお! ヴェルフに……おもしれー女さん! おもしれー女さんことヤマト・(ミコト)さんじゃないか!

 

「あ、あの時の話はどうか忘れていただきたくッ!」

 

 そうかそうか、彼女もヘスティア様の眷属として参戦してくれるのか。ヤマトさんは武神の薫陶を受け武芸百般に通ずる実力者だ。その実力は折り紙つき。頼もしいことこの上ない。

 

「ジャック!」

「団長! すみません、遅くなりました!」

「ううん、大丈夫! よかった、君がいれば百人力だよ」

 

 嬉しいことを言ってくれる。ベル団長から向けられる全幅の信頼が熱いぜ。

 ならば文字通り()()()の働きをしようじゃないか。

 

 というか団長、随分と見違えたというか……

 何か俺に負けず劣らずボロボロじゃないですか?

 

「ち、ちょっとね。急遽助っ人というか、師匠役が一人増えてくれて……」

 

 ほーん。一人はアイズ・ヴァレンシュタインだろうけど、もう一人は誰だろう。同じロキ・ファミリアの人かな?

 まあ誰だっていい。重要なのはベル団長が数日前とは見違えるほど強くなったということだ。これならばヒュアキントスが相手でもそうそう遅れは取るまい。

 

「ベル様、ジャック様。そろそろお時間です」

「うん。わかった、リリ」

 

 ベル団長はぐるりと全員の顔を見回し、そして力強く告げた。

 

「相手は【アポロン・ファミリア】。Lv.2も大勢いる。団長(トップ)に至ってはLv.3の第二級冒険者だ。眷属の数でも質でも僕ら【ヘスティア・ファミリア】の比じゃない。

 ──それでも、勝とう。いや、勝つ! あんな奴らの好きになんかさせない。だからどうか、皆の力を貸してほしい!」

 

『応!』

 

 ベル団長がぶち上げた号令に、この場に集うヘスティア様の眷属一同は声を揃えて応じる。

 いいねいいね、こういう雰囲気大好き。流石はベル団長。普段はぽやっとしてるのに、決めるべきところはバシッと決めてくれるんだから大したもんだ。これで冒険者歴二ヶ月未満ってのが信じられん。

 

「……ジャック様、ジャック様!」

「ん? 何です?」

「何ですじゃないですよ。ジャック様からも何か一言お願いします。ジャック様はもう我々ヘスティア・ファミリアの副団長なんですから」

 

 ……あ、そっか。今まではベル団長と俺だけだったけど、新たに三人団員が増えたからヒラから繰り上がったのか。

 えー、マジかよ。俺が副団長ォ? ガラじゃないというか、良いんですかね最年少が二番手で。

 というかそれは良いにしても、普通逆じゃね? まず副団長が適当に一言言って、それから団長が良いこと言って纏めるモンじゃねぇの? さっきの最高に盛り上がるベル団長の号令の後に何を言えと?

 

「あー……まあ、皆さん死ぬ気で頑張りましょう。何せ団長の貞操がかかってるわけですからね」

「ちょ、ジャック!?」

 

 ベル団長が顔を真っ赤にして慌てているが、事実でしょうが。何しろ事の発端がまさにそれなので。

 おら、覚悟決めろテメェら! 団長の菊の門を守護(まも)れるのは俺達だけだ!

 

 心臓を捧げよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)当日、オラリオの賑わいは最高潮に達していた。

 お祭り好きの神々は元より、荒くれ者の冒険者達も興奮を隠せていない。今日ばかりは全ての冒険者が休業し、酒場に突撃し観戦モードでソワソワと待機している。

 一般市民にとってもこれは一大イベントだ。オラリオ中のほぼ全ての市民が大通りや中央広場(セントラルパーク)に繰り出し、今か今かと()()()が来るのを待ち侘びていた。

 

『あー、あー、マイクテスマイクテス。えー、オラリオにお住まいの皆々様、おはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の実況を務めさせて頂きます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます! 二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知り置きを!

 そして解説は我らが主神、ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言!』

『俺が、ガネーシャだ!!』

『はいっ、ありがとうございました!』

 

 ギルド本部の前庭に設置された舞台(ステージ)には実況者席が設けられ、拡声器を片手に褐色肌の青年が声を張り上げている。その隣で堂々たる姿で仁王立ちしているのは、オラリオでも五本の指に入る上位派閥【ガネーシャ・ファミリア】の主神その(ひと)だった。

 

『それでは皆様! “(えいぞう)”をご覧下さい!』

 

 その声と同時、酒場や街角など、オラリオ中の至る所に虚空に浮かぶ『鏡』が出現する。

 これこそは神の力(アルカナム)の賜物たる神器の一つ、『神の鏡』。千里眼の能力を有し距離を無視して遙か遠方の様子を見通すことができる、企画される下界の催しを神々が楽しむために認められた唯一の特例だった。

 

 オラリオから離れた古城跡を映し出す『鏡』の出現に、待機していたオラリオの神と人は歓声を上げる。

 

『今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】! 形式は攻城戦! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、開戦の鐘が鳴るのを待ち侘びております!』

 

 オラリオに渦巻く熱気は増していく一方だ。全ての神と人の視線が『鏡』に釘付けとなり、もう間もなく始まる開戦の瞬間を目に焼き付けんと身構えている。

 

 そして──正午を告げる鐘の音がオラリオに響き渡る。

 

『さあ、戦争遊戯(ウォーゲーム)開幕で──おっと!? 早くもヘスティア・ファミリアの陣地に動きがあるようです!』

 

 『鏡』の向こう側、シュリーム古城跡地に開戦の銅鑼が鳴り響く。

 それとほぼ同時、攻略側──ヘスティア・ファミリアの陣地から歩み出てくる人影があった。

 

『ヘスティア派閥の眷属の一人、ジャック・イェーガーです! たった一人で陣地から出て……そのまま真っ直ぐアポロン・ファミリアの陣地に歩いていくぞ!?』

 

 ワッと街中が歓声に沸く。

 今回の攻城戦に設けられた開催期間は三日間。過去の事例から見ても本格的に戦況が動き始めるのはもっと先だろうと思われていただけに、予想を裏切る展開に誰もが興奮を露わにした。

 

 だが、お祭り気分でいられたのも最初の内だけだった。特に何かするでもなく、ただただ真っ直ぐに敵方の陣地に向かってトコトコと歩いているだけのジャックの姿に、次第に困惑が広がっていった。

 

「……まさか、この期に及んで降伏するってことはないよな?」

 

 誰かがぽつりと呟く。

 確かに、よく見ればジャックは一切の武装をしていなかった。防具はあれど、剣も槍も、弓すら持たず無手のまま歩いている姿は、なるほど降伏を願い出る使者の出で立ちに見えなくもない。

 

 シュリーム古城跡地は遮蔽物も何もない平野だ。アポロン・ファミリアの陣地からもジャックの姿はよく見える。観衆だけでなく、アポロンの眷属達の間にも動揺が広がっていった。

 

「だ、団長……」

「構うな。既に戦争遊戯(ウォーゲーム)は始まっているのだ」

 

 しかし、ヒュアキントスに動揺はない。

 何を企んでいるかは知らないが、来たからには迎え撃つのみだ。もし本当に降伏の申し出であろうとも、喋る口さえあれば問題はない。

 

「射程に入り次第()て。念のため急所は外しておくように」

「ハッ」

 

 ヒュアキントスの指示を受け、壁上で待機していた射手は弓を構える。

 ギリギリと軋みを上げ弦が引き絞られる。(つが)えられた矢は真っ直ぐにジャックを照準し──

 

「今だ」

 

 甲高い風切り音を上げ放たれた矢は狙い違わずジャックの肩に命中する。ドッと鈍い音と共に鏃が肩に食い込み、平野に鮮血を散らした。 

 

「命中です!」

「貴様の腕ならば当然だ、一々報告する必要はない。とまれ、これで奴も──なに?」

 

 止まらない。

 命中の瞬間だけ僅かに上体を傾がせたが、それだけだ。肩に鏃を食い込ませたまま、ジャックは平然と行進を続行した。

 その歩様に乱れはない。まるで一切の痛痒を感じていないかのようなその姿は、少なからぬ衝撃をアポロン・ファミリアに与えることとなった。

 

「な……」

「射て! 射続けろ!」

 

 戦慄く眷属を叱咤し、ヒュアキントスは攻撃を続けさせる。

 嫌な予感がした。このままジャックを城塞に近付けてはならないと、今になってようやく本能が警鐘を鳴らし始めたのだ。

 

 団長の叫びに応じ、今度は壁上に配置された全ての射手が一斉に矢を放つ。

 ジャックとの距離はまだ300M(メドル)はあるが、冒険者の腕力で引かれる強弓ならばこの距離でさえ有効射程になり得る。最初の射手ほどの命中精度はないものの、ほぼ全ての矢が(あやま)たず命中しジャックの身体を血で染め上げた。

 

 矢衾(やぶすま)が瞬く間に少年を針山のオブジェへと変える様が『鏡』を通してオラリオ中に映し出される。街のあちこちで悲鳴が上がる中、同じくその様子を眺めるヘスティアはあくまで冷静だった。

 

「おいおいヘスティア、自分の子供が窮地なのに随分と冷たいじゃないか! あれではもはや死んだも同然……生きていたとしても戦争遊戯(ウォーゲーム)中の復帰は絶望的だろう!」

「うるさい」

 

 嘲笑も露わに絡んでくるアポロンに対し、ヘスティアは冷たい声でそれを一蹴する。

 この状況においてなおヘスティアには不安など全くなかった。むしろ心配するべきは自分ではなくアポロン自身だと、そう言わんばかりの酷薄な眼差しを送る余裕さえあった。

 

「言っておくけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)までの数日間で強くなったのはベル君だけじゃない。さっきジャック君のステイタスを更新したのは知っているだろう?」

「ふ、ふん! もちろん知っているさ。だが、たった数日の間で得られた経験値(エクセリア)によるステイタスの向上などたかが知れている!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()、趨勢は覆らない!!」

 

 

「……まさか」

 

 同じくその場にいたヘルメスは何かに気付いたようにヘスティアを凝視する。

 それと時を同じくして、ギルド本部の前庭で実況を行っていたイブリの下に新たな情報が舞い込んだ。大急ぎでやって来たギルド職員から一枚の書類を受け取った彼は『何と!?』と大仰な仕草で驚いてみせる。

 

『たった今速報が入りました! 【ヘスティア・ファミリア】副団長ジャック・イェーガー! 彼は本日早朝に行ったステイタス更新により──Lv.2にランクアップしていたことが判明!』

 

 それと同時、血達磨となっていたジャックの総身から眩いばかりの雷光が迸る。

 変化は劇的だった。まるで押し返されるように……否、まさしく高速で再生する肉体に押し出される形で突き刺さっていた矢が次々と身体から抜け落ちていく。

 

「さて」

 

 僅か数秒で穴だらけだった全身の治癒を終えたジャックは、自らの身体を誇示するように胸を張り、挑発的な眼差しで城塞を見上げた。

 

「せっかくの一番槍だ。それらしい名乗り口上でもと思ってたけど……どうやら今のでインパクトは十分らしい。なら、さっさとおっ始めるとしようか」

 

 まだあどけなさを残す少年の声が『鏡』越しに全ての観衆の耳に届く。

 神と人の分けなく全ての注目が集まる中、ジャックは口元に手を当て「あー、ごほんごほん」とわざとらしく咳払いをし──

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオォォォ────ッッ!!」

 

 

 叫んだ。

 その矮躯のどこにそれ程の肺活量を秘めていたのか、凄まじい声量の雄叫びが平野に轟く。

 

 だが、直後に鳴り響いた轟雷の大音はその比ではなく、『鏡』越しであっても痛いほどに観衆の耳朶を叩いた。

 その雷光はジャックの身体から発されていた。背中から無数に枝分かれする黄金の稲光が放たれ、その光芒の一つ一つが大爆発を起こし凄まじい衝撃となって大地を揺らした。

 

「何だ……」

 

 ガンガンと五月蝿いほどに本能が警鐘を鳴らす。誰もが呆然と平野の真ん中で進行する異常事態を眺めている状況の中、ヒュアキントスは得体の知れぬ悪寒に背筋を凍らせていた。

 

「何が……何が起こっている……!?」

 

「ああ……ついに起きてしまった……」

 

 城塞の内部ではカサンドラが頭を抱え床に蹲っていた。

 壁外から響く雷鳴は犯した過ちに対する裁きの兆しであり、轟く爆音は即ち破滅の足音である。もはや避けられぬ終わりの到来に、哀れな予言者の少女は悲痛の声を上げた。

 

「悪魔が、目覚める……!」

 

 

 その光景を、オラリオの全てが目にした。

 神も、人も、神秘の鏡の向こう側に見えた景色に揃って声を失った。

 

「なん、だ──あれは──」

 

 異形の群れ。

 土煙が晴れたそこにあったのは、大きさも形もバラバラな、巨大な人型の化け物が蠢く地獄絵図だった。

 

巨人(ギガース)……?」

 

 神の一柱(ひとり)がぽつりと声を漏らす。

 巨人。確かにそれらはそうとしか形容できない姿をしていた。直立二足歩行で、頭部以外の体毛は殆どなく皮膚が露出している。その巨体を除けば、極めて人のそれと酷似した外見をしていると言えるだろう。

 

 だが人というには、巨人(ギガース)というにしてはあまりに醜悪で不気味な外見だった。

 個体ごとに頭身もまちまちで、異様に頭部が大きいものもあれば、逆に頭部の大きさに比して極端に胴部が太いものもいる。

 唇がなく歯茎が剥き出しになっているもの。鼻がなくまるでお面のようにのっぺりとした顔面のもの。果てには皮膚がなく筋肉組織が剥き出しになっているものまで。なまじ人間に似ているが故に、それらは一層の不気味さを醸し出していた。

 

 その中でも特に目を引く巨人がいた。他の個体が7〜10M(メドル)程度なのに対し、その巨人は15M(メドル)もの巨体を誇っている。(いわお)のようなガッシリとした体躯に、まるで岩のような質感の外殻で全身を覆っており、ただでさえ巨大な身体をより一層大きく見せていた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)をするつもりでいたアポロン・ファミリアの皆様におかれましてはご愁傷様。残念ながらこれから始まるのは戦争遊戯(ウォーゲーム)なんかじゃない」

 

 その数、実に五十体以上。

 それら異形の巨人を背後に従えたジャックは、まるで舞台役者のような大仰な仕草で両手を広げ、不敵な笑みで眼前に聳える城塞を睥睨した。

 

「さあ、巨人戦争(ギガントマキア)を始めよう。派閥の存亡を賭けた生存競争(ころしあい)だ──刺激的にやろうぜ」

 

 ずらりと並ぶ巨人の群れ。

 落窪んだ眼窩の下、硝子玉のような瞳が炯々とした眼光を放っていた。

 




謎のブルマスクエルフ「私の出番は……?」

一応ヘルメスの要請でいつでも参戦できるよう手配されていました。ジャックがオッタルに敗北した場合の助っ人要員。
なお裏事情は何も知らされていない模様。またしても何も知らないリオンさん。
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