進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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皆様にお願いがあります。
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誤字脱字を報告して下さるのは非常にありがたいのですが、一方で文章表現そのものを変えようとするとそれはハーメルンの規約違反となってしまいます。悪意を以てやっているわけではない可能性を考慮し運営さんへの報告はまだ行っていませんが、以後も続くようであれば報告させて頂く可能性がありますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

以前から何度かあったのですが、同様の文章改変が前話において複数件寄せられたため、この場を借りて警告を行わせて頂きました。無関係の読者の方々にはお目汚し大変失礼いたしました。

色々言いましたが誤字報告そのものは大変ありがたく、また皆様からの評価・感想・ここすきはいつも励みとなっており、大変嬉しく思っております。特に前話はかなり過激な描写が多かったにもかかわらず、過去最高のここすきを賜りまして感謝の言葉もありません。皆様からの応援がある限り我がエルディアはこの世の大地を巨体で支配し、我が巨人は永久に君臨し続ける。我が世が尽きぬ限り永遠に。

長くなりましたが、私からは以上となります。今後も拙作とエルディアの永久の繁栄を応援して下さると幸いです。

でけぇ害虫より、愛をこめて




16.巨人の王

「見事なものだ。城壁を破壊したのみならず、全ての戦力を城から吐き出させるとはな」

「ああ、これでアポロン・ファミリアはまんまと野戦に持ち込まれたってわけだ」

「仕方ねぇさ。防壁がお釈迦になった時点であそこは逃げ場のない袋小路に早変わりしちまったんだからな。それなら一か八か打って出てジャック・イェーガーの首を獲る方がよほど勝算が見込める」

 

 

「うわ、惨い……」

「ひどいな……ここまでする必要はあったのか?」

「さっきアイツが言ってただろ、見せしめだってよ」

「可愛い顔してえげつないことするな……」

 

 

「凄まじい再生能力だ……アポロン・ファミリアも頑張っているが、全く通用していないぞ」

「運動能力もあのサイズにしては規格外だ。流石にゴライアスほどのパワーはないみたいだが、あの敏捷は脅威以外の何物でもない」

「弱点はないのか? 心臓部に魔石はないみたいだが」

「そもそもあれモンスターじゃないだろ。最初から魔石(じゃくてん)なんてないのさ」

 

 

「ひでぇことしやがる……」

「まあ、でもヘスティア・ファミリアは被害者なんだろ? たった二人しかいない派閥の長を奪われるって、それもうファミリアとしては死に体だろ」

「にしたってここまでやるか?」

「ソーマ・ファミリアと共謀して仲間を襲ったらしいし、妥当じゃね?」

「こえーなぁヘスティア・ファミリア。倍返しってレベルじゃねぇぞ」

「ヤベェのはジャック・イェーガーだけだろ。アイツのせいで俺の賭け金はパァだ……」

「俺も……」

 

 

 オラリオの各地で喧々諤々と議論が交わされていた。

 『鏡』を通して戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦する者達の反応は様々だった。ジャックの行いに対し嫌悪を示す者。あくまでヘスティア・ファミリアに同情的な者。そして最も多いのが、ジャックの能力について真剣な顔で分析を行う者達だった。

 

 大多数の冒険者にとって戦争遊戯(ウォーゲーム)とはただの娯楽イベントではない。普段は直接目にすることのできない他の冒険者(商売敵)の戦闘風景をタダで観戦できるまたとない好機でもあるのだ。

 冒険者にとって、他派閥の眷属は全て潜在的な敵である。地上と迷宮を問わず、いつどこで何の拍子に敵対するとも限らない相手の手の内は一つでも多いに越したことはない。それが情報屋に大金を積まずとも手に入るのだから、これほど()()()()イベントはそうはないだろう。

 

 それに戦争遊戯(ウォーゲーム)はその名に遊戯(ゲーム)と題されているが、これを本気でゲーム感覚で見ているのは神々ぐらいのものだ。何を賭けているかによるところもあるが、当事者にとっては紛れもない戦争である。

 荒事を生業とする冒険者同士が派閥の威信を賭けて干戈(かんか)を交えるのだ。血が流れるのは当たり前、大量の死人が出たケースだって過去には幾度もあった。そしてオラリオの住民は、そのことを十分に理解した上でお祭り騒ぎに興じているのである。神々ほど軽く見ているわけではないが、感覚としては剣闘士による決闘を観戦するのが近いだろうか。

 

 故にオラリオの住民で本気でジャックの行為に嫌悪感を抱いている者は、意外なことに少数派だった。あくまで怪物(モンスター)が人を喰らうという絵面に眉を顰めているだけで、殺人という結果そのものを忌避する者は全体から見れば圧倒的に少なかったのである。

 何故ならこれは戦争遊戯(ウォーゲーム)。ふざけた名前をしているが紛れもない戦争なのだ。戦争ならばラキア王国との間に毎年行われている。今更戦死者程度で喚くような初心な人間などオラリオにはいなかった。

 

 ここはオラリオ、力ある冒険者こそが尊ばれる神と眷属の街。個人の武力と派閥の権威がものを言う、世界最大の軍事都市でもある。

 その尚武の気風は一般市民に至るまで浸透している。何よりこれは神の名の下に公正が保証された戦いである。その中でどんな手を使おうが、戦争である以上全ての手段は正当化される。何より大派閥の武力を弱小派閥の個人戦力が覆すという構図は、オラリオの住民からは概ね歓迎を以て受け入れられていた。

 

 むしろジャックのやり口に過敏に反応していたのは、一般市民よりも冒険者の方が多かった。冒険者にとってモンスターに喰われるというのは最も忌避する死に方の一つだ。モンスターの脅威を隣人に生計を立てる冒険者だからこそ、その恐怖は身に染みている。

 

 いずれにせよ、この戦いを以てオラリオがジャックという冒険者を見る目は一変した。そしてそれは、断じて派閥抗争において大戦果を挙げた英雄を見るような目ではない。

 それは檻の中の猛獣を見るような、好奇と恐怖が入り交じった視線だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたな、ジャック・イェーガー……!」

 

 いち早く壁上から退避したことで「鎧」の襲撃から難を逃れていたヒュアキントスは、肩を怒らせながら玉座の間がある主塔に帰還。困惑する周囲の目を無視し、ドカッと乱暴な仕草で玉座に腰を下ろした。

 

「団長、いったい何が起こって……」

「あの大量の化け物はいったい……」

「どうしたもこうしたもあるか! もはや真っ当な攻城戦など望めん、我々は今や袋の鼠なのだからな……!」

 

 怒りに震えながらも、ヒュアキントスは正確に現状を理解していた。

 このままでは巨体と物量に押し切られ嬲り殺しにされる、と。

 

「我々は眷属の数・質共に圧倒的にヘスティア・ファミリアに優越していた。防衛側という立場も追い風となっていた。これは勝てる戦いだったはずなのだ……!

 しかし奴の一手によって我々の優位は消え失せた。あの巨人どものせいで数的有利は失われ、挙句壁の喪失によって易々と内部への侵入を許す始末だ!」

 

 城内への侵入を許した時点でもはや防衛は成り立たない。

 いや、相手が本来の想定通り二人……否、五人だったならばまだどうとでもなっただろう。堅牢な城壁という防衛側の有利を失ったとて、依然として数の利はアポロン・ファミリアにあったのだから。

 だがその優位も、ジャックが召喚した巨人の軍勢によって覆された。少なくとも部隊長を任される程度には練度の高い上級冒険者(Lv.2)が為す術なく喰い殺されるような化け物が五十体近く犇めいているのだ。数においても質においても、既にアポロン・ファミリアが対処できる限界を超えている。

 

「で、ですが奴らはその巨体が祟って塔の中までは入って来れない様子。特にいま我々がいるこの主塔は大きく堅牢な造りになっています。ここに篭城すれば……」

「篭城してどうなる? あの巨人どもが時間経過で消えてくれる保証などないのだぞ。何より忘れたのか? 外には“奴”が……ただの体当たりで城壁を打ち砕いた化け物がいることを」

 

 今も盛大に轟音を響かせながら、ご丁寧にも全周の城壁を破壊し続けている「鎧」の存在。あれがいる限りアポロン・ファミリアに安全地帯など存在しないとヒュアキントスは語る。

 

「あの鎧を纏ったような巨人……仮に『鎧の巨人』と呼ぶが、あれがここを襲えば一溜りもない。この主塔とて根元から圧し折られて終わりだろう」

「ではどうすれば……!?」

「元凶を叩くしかあるまい」

 

 そう、全ての巨人の大元をどうにかしなければこの地獄は終わらない。

 これが特殊なスキルによるものなのか、あるいは魔法によるものなのかは分からない。だがいずれにせよ、能力の行使者が死ぬか行動不能になれば発動した力が停止する可能性は高い。少なくとも、終わりの見えた篭城戦などよりよほど逆転の可能性があると言えるだろう。

 

「ですが、どうやってあの群れを突破すれば!?」

「……隊を二つに分ける。一方は派手に動いて巨人の気を引き、もう一方がその隙に群れを抜ける。それしかあるまい」

「な……我々に死ねと言うのですか!?」

「そうだ! それ以外に手があるならば言ってみるがいい! でなければ皆して仲良く圧し折られた塔の下敷きになって全滅だ!」

 

 ヒュアキントスとて好きでこんな残酷な提案をしているわけではない。しかしそれ以外に手がないのだ。

 このまま座して全滅を待つか、少数を切り捨て僅かな逆転の可能性に賭けるか。そんな絶望的な選択をせねばならないところまで追い詰められているという事実。それを理解していない……否、理解していながら現実から目を背けようとする目の前の者達にヒュアキントスは苛立ちを隠せなかった。

 

「良いじゃない。ウチはその賭けに乗るわ」

 

 そんな中、凛とした声が玉座の間に響き渡る。

 ハッとヒュアキントスが顔を上げれば、広間の入り口付近に短髪(ショートヘアー)の女性冒険者が佇んでいた。

 緋色の髪は乱れ、髪と同色の瞳は怪我を負ったのか片方が閉じられている。だが五体に漲る戦意に衰えはなく、その顔には常と変わらぬ不敵な表情が浮かんでいた。

 

「ダフネ……生きていたか」

「部下は全員巨人に喰われたけどね。そんな無能の部隊長で良ければ手を貸すけど?」

「構わん、今は一人でも戦力が欲しい。……だが、意外だな。貴様はファミリアに忠を誓ってはいなかったはず」

 

 ダフネには強引な勧誘を受けて半ば強制的にアポロンの眷属になったという過去がある。同様の経緯を経て眷属になった冒険者はアポロン・ファミリアには珍しくないのだが、そういう者達はヒュアキントスのように最初からアポロンの眷属だった面々と比べると主神に対する忠誠心に欠ける傾向にあった。

 不満に思いつつも、ある程度はやむを得ないこととしてヒュアキントスは彼らの思想にまで干渉することはなかった。あくまで団長としての立場に徹し、その経緯にかかわらず能力があれば重用し、実力次第では忠誠心に疑問があろうと幹部待遇で迎えることさえあった。ダフネもまたそういった者の一人である。

 

 それ故に意外だった。アポロンが選んだ人間だからと忠誠心の有無で差別することはしなかったが、そういった者達をヒュアキントスは決して信頼していなかった。土壇場になれば裏切っても不思議ではないと。

 

「確かにアポロン様には相応に恨みはある……けど、世話になったのも事実だしね。それに、今はそんなこと言ってられる状況でもないでしょう? 逃げようにも逃げ場なんてどこにもないんだから」

「……なるほど、ならば遠慮なく使い倒すとしよう。ダフネ、貴様は味方が巨人どもの気を引いている内に群れを抜け、ジャック・イェーガーの首を獲れ」

 

 ヒュアキントスの指示に、今度はダフネが意外そうな顔を浮かべる。同様にヒュアキントスのことをあまり信頼していなかった彼女は、てっきり忠誠心の薄い眷属はこれ幸いと使い捨てるものだと考えていたのである。

 

「ウチの二つ名はアンタも知ってるでしょう。火力に直結するアビリティはないけど、生存力には自信がある。ウチが囮役の方が良いんじゃないの?」

「逆だ、愚か者。特攻役が目的を果たす前に死んでしまっては意味がない。完全に巨人の注意を引ける保証などない以上、最も生存力の高い者こそがこの役割には相応しい」

「……そう、分かったわ。でも、それなら囮役は誰がやるのよ?」

「囮役はもちろん私以外が行く。団長の死は戦争遊戯(ウォーゲーム)の敗北と同義、それだけは避けねばならん」

「相変わらずで安心したわ。地獄に落ちなさい【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】」

「抜かせ、生き汚い【月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)】め」

 

 罵り合う両者だったが、言葉とは反対に険悪な色はない。それは互いが互いの役割を理解しているが故のじゃれ合いのようなものだった。

 ダフネは四肢を()がれようが何だろうが這ってでも巨人の群れを突破し、ジャックを倒さなければならない。さもなくば全員死ぬ。

 そしてヒュアキントスはいつ襲い来るとも知れぬ「鎧」の襲撃を待ち受けつつ、心を殺し団員を死に駆り立てねばならない。囮役は言うまでもないが、突貫するにも相応の危険が付き纏う。何せジャックは不死身に等しい再生能力を持っている。首尾よく巨人の群れを突破できたとて、確実にジャックに勝てるという保証はないのだ。

 どちらに転んでも命懸けで、その責任は重い。普段は反目し合う間柄とて、同じ死地に立てば連帯感の一つぐらい生まれよう。

 

「囮役にはアポロン様のためならば喜んで死ねる古参の眷属を選出する。貴様はそこの喚くだけの役立たずどもを連れてさっさと行け」

「了解。そっちこそ、うっかり鎧の巨人に殺されるんじゃないわよ」

「フン、誰に物を言っている」

 

 それで両者は軽口を打ち切る。ダフネはその場にいた数名の眷属を引き連れ(きびす)を返し、ヒュアキントスは残った眷属達に指示を下した。

 

「聞いていた通りだ。貴様らは生き残りを纏め囮役の部隊を編成し、ダフネ達が特攻するための隙と時間を稼げ」

『ハッ!』

 

 ヒュアキントスの指示に一切の異議を唱えることなく、暗に死んでこいと告げられた彼らは団長と、主神の威光が刻印された御旗に向かって敬礼。一糸乱れぬ動作で広間を後にした。

 そうして最後の一団が広間を去ったことで一人になったヒュアキントスは、重いため息と共に玉座から立ち上がり、背後に掲げられた御旗を見上げた。

 

「……アポロン・ファミリアも今日で終わりかもしれんな」

 

 ヘスティア・ファミリアに戦争を仕掛けたことに後悔はない。ヒュアキントスにとってアポロンの意思はあらゆる全てに優先される。故に後悔があるとすれば、アポロンの望みを叶えられず、主神に敗北の汚名を与えてしまうことだった。

 全ては己の不明が招いた事態だ、とヒュアキントスは自分を責める。取るに足りぬと相手を侮り、碌に情報を集めることもしなかった。敵の能力は出鱈目だが、知ってさえいればもう少し違う結果になったかもしれないと。

 

「ですがどうかご安心をアポロン様。このヒュアキントス、ただでは死にません。せめて奴らに一矢報いて──」

 

 その時だった。ふと、ヒュアキントスは妙な音が外から聞こえてくることに気が付いた。

 巨人の足音ではない。眷属の悲鳴でもない。絶えず響いている「鎧」の破壊音とも違う。

 それは喩えるなら、鳥の羽ばたきを何倍にも大きくしたような──

 

 次の瞬間、轟音と共に広間の壁が破壊される。突然開いた大穴から突風が吹き込み、ヒュアキントスは咄嗟に両腕で舞い上がる瓦礫と粉塵から顔を庇った。

 

「な──」

 

 そして、腕の隙間から見えたその姿に絶句する。

 それは一見すると歌人鳥(セイレーン)のようなシルエットをしていた。人の頭と胴体に鳥の手足。だが似ているのは形だけで、歌人鳥(セイレーン)というにはあまりに大きく、そして凶悪な造形をしていた。

 その体躯は10M(メドル)を超えるほど大きく、翼を広げた姿は「鎧」よりも巨大に映る。

 顔面は鳥の(くちばし)にも似た骨格に覆われており、その奥からは鋭い牙が並んだ人の口が覗いている。兜にも見えるその嘴の覆いは極めて堅牢で、塔の壁を砕いたものの正体がそれであることは一目で知れた。

 また羽毛に覆われた手足の爪も鋭く、易々と石の壁を貫きその巨体を支えている。ゾッとするほど鋭利で巨大な鉤爪の威力は、人体など容易く両断して余りあるだろう。

 

「馬鹿な……空を飛ぶ巨人だと!? こんなものまで生み出すとは、どこまで出鱈目なのだ!?」

 

 鎧の巨人による襲撃ならば想定していた。だが流石にこれは想定外もいいところだ。よもやこれほどの大質量が翼を持ち自在に空を舞うなど、いったい誰が想像できるというのか。

 この有翼の巨人は攻城戦というものを根本から揺るがしかねない鬼札だ。空など飛ばれては地に(そび)える城塞などものの役にも立たない。端から勝機など存在していなかったのだという事実に、ヒュアキントスは端正な顔を歪め歯噛みする。

 

「来るがいい化け物め! アポロン様第一の眷属、ヒュアキントス・クリオが相手をしてやる!」

「──いいや。あなたの相手は僕だ、ヒュアキントス」

 

 巨人の背から声が降ってくる。遅れてその存在に気付いたヒュアキントスが顔を上げるのと、声の主が広間に降り立つのはほぼ同時だった。

 新雪のような穢れなき純白の髪。硬質な光を湛えた深紅(ルベライト)の瞳。腰に帯びるは二挺の長剣と紅緋色(べにひいろ)の双短刀。

 ヘスティア・ファミリア団長、【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネルの姿がそこにあった。

 

「なんだと……」

 

 ヒュアキントスは困惑を隠せなかった。

 大将自らが敵陣に乗り込んでくるという異常事態。既に趨勢は決しているからこそ信じられなかった。後は鎧の巨人か有翼の巨人がその巨体で塔ごと大将(ヒュアキントス)を押し潰せばそれで終わりだというのに、みすみす大将がその身を晒す意味が分からない。

 

 だが好機には違いなかった。悪魔(ジャック)の背後で厳重に守られていると思われていた敵大将がわざわざ出向いてくれたのだ。これを撃破すれば多大な犠牲を強いて巨人の軍勢と戦うまでもなく決着がつく。

 

「貴様を倒せばこの戦争は終わる……! 殺してやるぞ、ベル・クラネル────ッ!!」

 

 波状剣(フランベルジュ)を抜き放ち吶喊するヒュアキントス。

 奇しくも実現した大将戦。この千載一遇の好機を逃せばもう後がない。故にヒュアキントスは必死だった。もはや油断も侮りもありはせず、全身全霊を以てベルを打倒せんと気炎を吐いた。

 

 光明神の寵児が放つ絶殺の気迫が肌を叩く。かつて戦った怒れる牛頭(ミノタウロス)をも遥かに凌駕する殺意の奔流を受け、だがベルの精神は凪いでいた。

 

 怒りはある。焔蜂(ひばち)亭で、神会(デナトゥス)で、敬愛する女神に向けられた侮辱の数々はかつてない怒りをベルに抱かせていた。

 だがそれも、翼持つ「(あぎと)」の背から見下ろした戦場を前に揺らいでいた。

 

 眼下に広がる惨状は、ベルがかつて寝物語に聞いた戦場とはあまりに乖離していた。英雄譚に語られるような華々しさなどありはしない。そこにあったのは喰うか喰われるかの熾烈な生存競争(ころしあい)地下迷宮(ダンジョン)のそれと何も変わらない、血に彩られた戦禍だけが視界を埋め尽くしていた。

 そして、その全てが己の我儘に端を発していることを、少年は(あやま)たず理解していたのである。

 

(僕がヒュアキントスとの一騎討ちに拘らなければ、この戦いはもっと早く決着していた)

 

 ヒュアキントスは己が相手にするのだと。そんなことを言わず、全ての采配をジャックに一任していたならば、結果は全く異なるものになっていただろう。

 紅蓮に燃え滾る巨人の歩みを、果たして誰が止められよう。漆黒の階層主さえも一蹴したあの巨人ならば、こんな城塞などただ歩くだけで容易に陥落せしめたに違いない。

 無数の巨人の群れに団員を襲わせたのも。「鎧」に命じ全ての壁を破壊したのも。全ては消耗なく、無傷でベルをヒュアキントスの元に送り届けるためだ。その証拠に全ての団員は巨人の相手に精一杯でベルに気付くことなく、また城の防衛機能が全て失陥したことにより、魔法どころか矢の一つさえ受けることなく悠々とヒュアキントスの座す主塔まで飛んでこれたのである。

 

(間違えるな、あの地獄を生み出したのは僕だ。僕がそう願ったからこそ、ジャックはあの地獄を作ったんだ)

 

 ()()()()()()()()()()、敢えてそう言うべきだろう。ジャック自身が巨人化したならば、向かってくる者だけを相手にすればそれで事足りたはずだ。それならば犠牲は必要最小限で済んだかもしれない。

 だがベルの願いにより、ジャックはより広範に攻めの手を加える必要が生じた。ヒュアキントス以外の全てをベルから遠ざけるために。

 

(それでも……この選択に後悔はない)

 

 度し難いと自分でも思う。だがベルは、自らの手でヒュアキントスと決着をつけられることに言い知れぬ興奮を覚えていた。

 

 巨人に喰われる敵の姿に心を痛めたのは本当だ。それはベルが生来持ち合わせた優しき心の発露である。

 ならば今、ベルを突き動かすこの心の猛りは何なのか。それは家族同然に愛し信仰を捧げる女神を侮辱した相手に対する怒り、そして憎悪である。それは人間ならば誰もが当然のように持ち合わせる攻撃性の発露であり、だが少年にとっては未知の感情のうねりだった。

 

 敵とはいえ死んでほしくない。憎き敵を己の手で打倒したい。それはいずれも偽りなきベルの本音だった。

 相反する二つの思考の狭間で、しかしベルの心は凪いでいた。

 迷いならば巨人の背の上で既に済ませた。少年はとうに覚悟を決めてこの場に立っている。

 

()()()()()()()()()()()()。それが僕の答えだ、ヒュアキントス────!」

 

 そう、ベルはこの戦争を終わらせるために来たのだ。

 ここは既に戦場、血で血を洗う修羅の殿堂。後悔も何もかも、全て終わってからすればよい。

 

 石の床を踏み砕く勢いで迫り来るヒュアキントスに向け、ベルは半身になって隠していた右手を翳す。

 その手の平に眩いばかりの白光が収束する。自陣から主塔まで、「顎」の背の上でずっと蓄積(チャージ)を続けていた魔力が(せき)を切ったように溢れ出した。

 

「な、にィ……!?」

 

 迸る雷火と尋常ならざる魔力の渦動を前に、意思に反して足が止まる。

 絶殺の意思で駆けていたヒュアキントスに蹈鞴(たたら)を踏ませるほどの力の胎動。警鐘を鳴らす本能に逆らわず、ヒュアキントスは転がるように身を投げ出した。

 

「【ファイアボルト】」

 

 唸りを上げる大鐘楼。掲げられた手の平から灼熱が迸り、火焔を纏う極大の雷光が撃ち出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったみたいだな」

「ベル様……」

 

 主塔の天辺から発射されたごんぶとビームが地平の彼方へすっ飛んでいく。

 あれが最大威力の『ファイアボルト』か。パネェな。チャージさえ済んでいれば無詠唱であれが飛び出すわけだろ? 人のことを言えた口ではないが、ベル団長も大概チートである。

 いや、ズルではないのだからチートという表現は適切ではないが。何と言うか、慣用表現としてね?

 

 真剣な眼差しで主塔に視線を送るヴェルフとリリルカさんを尻目に、改めてこちらに向かってくる一団へ向き直る。

 先頭で走るのは緋色の髪をした女性冒険者だ。少し目つきはキツいが、アポロン・ファミリアの大多数の眷属の例に漏れず、彼女も目の覚めるような美少女である。

 どうにも、ボロボロな割に傷らしい傷が見える範囲にないのが気にかかる。優秀な回復役(ヒーラー)がいる可能性を考慮すべきか。

 

 美人を手に掛けるのは心苦しいが、悲しいけどこれ戦争なのよね。

 ()らなければ()られる。老若男女に平等なのが戦場だ。

 

「では新技をお披露目しましょう。皆さんは少し離れていて下さい」

 

 ところで、諸君は背の低い女の子が巨大な武器を持っていることについてどう思うだろうか?

 体格に比して不釣り合いな程の巨大な凶器で武装する美少女。そのアンバランスさにある種の“美”を見出したならば、そこのあなたは実に素晴らしい素質をお持ちのようだ。ようこそこちら側の世界へ。

 したらばもう一歩踏み込みまして。本人は華奢で背も低いのに、肉体の一部分のみ──例えば片腕だけ──が異様に肥大し異形化しており、それを武器に戦う美少女という絵面。どうだろう、最高に萌えると思うのだが。

 そう思うだろ? あんたも。思わないのか……? 思ってんだろ……?

 

 噛み切られ血を流す右手から迸る雷光。瞬間、閃光と灼熱が溢れ出し、腕を起点に巨人の肉体が形成される。

 真っ先に出現した結晶の骨格が鎧のように腕に纏わりつき、その上を灼熱を放つ筋肉が覆い尽くす。最後に黄金に輝く外殻が出現し、それで変身は完了した。

 

「ジャック、お前……そんな器用なこともできたのか……」

 

 片腕だけ巨人化した俺を見て絶句するヴェルフ。

 驚くのも無理はないが、実のところ部分的な巨人化というのは原作『進撃の巨人』でも描写されていた。

 

 だが、それは実戦に耐え得るものではなかった。例えば右腕だけを巨人化させたとすると、当たり前の話だが巨人の腕力は右腕にしか宿らない。それでは巨大な腕を支える体幹と、何より足腰のパワーが圧倒的に不足することになる。ただ一度きり上から下に振り下ろすだけなら何とかなるかもしれないが、そんなことをするぐらいなら素直に全身巨人化した方が何倍も強くなれるだろう。

 

 しかし、Lv.2へとランクアップした俺ならばそれも可能になる。元よりアッカーマンの血の影響で筋肉ゴリラだったのが、恩恵の昇華により更なるパワーを獲得したのだ。その膂力は並のLv.2など及ぶところではない。

 残念ながら俺は美少女ではないが、見た目は九割ヒストリアなので見映えは良かろう。巨人の腕を振り回して戦うヒストリア。これにはライナーもにっこり。

 

 再び雷光が瞬き、巨人の手の中に結晶の(つぶて)が無数に形成される。俺はそれを握り締め、緩慢な動作で腕を振りかぶった。

 うぅむ、やはり自在に動かすにはもう少し練習が必要そうだ。パワーは十分だが、バランスを取るのに少々コツが要る。

 

「まさか……!?」

「散開しろ! 固まっていたら的になる!」

 

 何をするつもりか察したのか、先頭を走る少女の号令により隊列が崩れる。

 だがもう手遅れだ。俺は構わず腕をしならせ──手の中の礫を敵陣目掛け投げ放った。

 

 そう、「獣」の……というよりジーク・イェーガーの十八番。長い腕と、何より本人のずば抜けた投球技術を利用した投石攻撃である。多数を相手にするならこれに勝る攻撃手段はない。

 

 巨人の膂力で投擲された結晶が凄まじい速度で飛翔する。無数の礫は散弾のように広範囲に拡散し、慌ててバラけようとする一団を容赦なく打ち据えた。

 礫と言っても一つ一つが人の頭よりも大きく、ちょっとやそっとの衝撃では傷一つ付かない超硬度の結晶でできた質量弾だ。その威力は大砲のそれに匹敵し、常人が食らえば即死して余りある。

 

 しかし相手は神の恩恵を受けた冒険者。結晶の礫を食らい吹き飛び、だがそれで死んだのは僅か数人だった。運悪く頭部などの急所に礫を受けてしまった者以外は、怪我を負いつつも再び立ち上がろうとしている。

 やはり全身巨人化しないと威力不足か。投球とは全身運動、如何に巨人の腕力とはいえ、腕の力だけでは上級冒険者を全滅させるには程遠かったようだ。

 

「まあいいさ。目的は接敵までの間にある程度消耗させること、そして戦力を分散させることだ」

 

 今ので一塊になっていた敵集団が良い感じにバラけてくれた。勿論ベストは投石攻撃で全滅させることだが、一番怖かったのは多勢に無勢で袋叩きにされることだったので十分な成果だ。

 集団戦はアポロン・ファミリアの得意とするところ。馬鹿正直にそれに付き合ってやる道理はない。多数の連携が怖いなら、端から連携させなければ良いのだ。

 

「さて、ここからは力戦です。正面の隊長格は俺が受け持ちましょう」

「よし来た、なら俺は右側にバラけた奴らをやる」

「では私は左側を」

「では、リリは……ヴェルフ様の援護に回りましょうか」

 

 さぁて腕が鳴るぜ。アポロン・ファミリアにはこの部分的巨人化形態の試運転に付き合って貰おうか。

 

「怯むな! 囮になった仲間達のためにも、ここで確実にジャック・イェーガーを殺すのよ!」

 

 緋色の髪の少女が隊を率いて吶喊する。

 俺は巨人の手の中に結晶の小剣(グラディウス)を作り出し、それを迎え撃った。

 

「ハァアアアッ!!」

 

 一気呵成に突っ込んでくる少女目掛けて剣を振り下ろす。

 小剣と言ってもそれは巨人基準の話。人間からすれば剣の形をした建物が降ってくるようなものだろう。故に少女はそれを真っ向から受けるような真似はせず、素早く横にステップすることで回避。俺の剣は地面を叩き、衝撃と共に盛大に土砂を巻き上げた。

 

 今の一瞬から既に色々と問題点が出てきたな。巨人の腕による攻撃は威力は十分だが、やはり慣性の問題は如何ともし難い。本当なら空振った時点で剣を止めるべきなのだが、腕の力に体幹を制御し切れず無駄に地面を叩いてしまった。これでは要らぬ隙が生じるばかりか、自らが巻き上げた土煙のせいで視界を阻害してしまう。

 現に、ほら。みすみす晒してしまった隙を好機と見たか、少女は一直線に間合いを詰め剣を突き出した。

 

「獲った──!」

 

 指揮棒のような形状をした細剣の切っ先が俺の喉を貫く。鮮血が溢れ出し、口の中が一気に生温かい血液で満たされた。

 

「ダフネさんに続け!」

「仲間の犠牲を無駄にするな!」

 

 緋色の髪の少女──ダフネというらしい──に追従していた冒険者達も次々に押し寄せ、剣や槍で俺の身体を滅多刺しにしていく。ゴライアスの硬皮で作った外套以外に碌な防備のないこの身は瞬く間に血に染まり、襤褸雑巾のような有様に成り果てた。

 

「ちょ、ジャック様ー!?」

 

 こちらの様子を伺っていたリリルカさんから悲鳴が上がる。あわやクロスボウを取り落としそうになるほど動揺しているが、このぐらい大したことないのは先ほど証明したばかりだろうに。

 フッ……10秒あたり400ってとこか。それがあんたらが俺に与えるダメージの総量だ。 俺のレベルは78。HPは14500。バトルヒーリングスキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。何時間攻撃しても俺は倒せないよ。

 

「……え、嘘!?」

「け、剣が抜けない!?」

 

 雷気と共に激しく蒸気が噴出し、彼らが付けた傷が凄まじい勢いで再生していく。

 裂かれた肉、断たれた骨。それらが突き刺さったままの刃もお構いなしに癒着しようとし、結果として俺の身体は彼らの武器を呑み込んで離さなくなった。

 

「ぼ、冒険者の腕力を上回る肉体の再生速度……!?」

「そんなのありかよっ!?」

 

 ありなんだよ……たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく。それがレベル制MMOの理不尽さなんだ!

 

 ……という冗談はさておき、いやはや我ながら凄まじい再生力だな。レベルが上がったからというのもあるのだろうが、やはり九つに分かれていた巨人の力が一つに集約されているというのが大きいのだろう。今の俺の再生能力は、原作に登場したどの巨人化能力者をも上回っている。

 

 さて、いつまでも串刺しにされている趣味はない。ここらで反撃させてもらうとしよう。

 巨人の腕の硬質化を一部解く。手の甲を覆う「鎧」の外殻がパージされ、「戦鎚」の肌が溶けて消えた。

 そして剥き出しになった「超大型」の筋肉から灼熱の蒸気を噴出させる。それを推進力とし、俺は勢い良く巨人の腕を薙ぎ払った。

 

「逃げ──」

「判断が遅い!」

 

 巨人の腕が巻き起こした風圧により地面が捲れ上がる。当然そんなものの直撃を受けた彼らが無事で済むわけもなく、彼らは身体をひしゃげさせながら盛大に吹っ飛ばされ空を舞った。

 ただの平手打ちでこの威力。やはりこのパワーを人の姿のまま発揮できるのは大きな利点である。これならば天井の低いダンジョン内でも戦えるだろう。

 

 だが駄目だ。これは使えん。

 いや、悪くはないんだ悪くは。人の姿のまま巨人の腕力を振るえるというのは唯一無二の利点だし、とにかく一撃の威力が欲しいという場面でなら輝くだろう。

 しかし対人戦となれば、大振りで単調な動きはさっきのように見切られてしまう。こちらが超人ならば相手も超人。やはり上級冒険者ともなれば一筋縄ではいかないようだ。今の一撃だってラッキーパンチのようなものだろう。二度目が通じるとは思えない。

 

 まあ、ラッキーパンチでも一撃は一撃。今のをまともに食らって無事では……む?

 

「【一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の(かいな)。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな(ともがら)を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ】」

 

 無惨に地面に転がった冒険者達を覆うように魔法陣が展開する。

 魔力の発生源は長い黒髪の少女だった。ロングスカート状の戦装束に身を包み、水晶(クリスタル)が嵌め込まれた杖を振るい詠唱を紡いでいく。

 

「【ソールライト】」

 

 魔力が解放され、光り輝く魔法陣が効果を発揮する。すると効果範囲にいた冒険者達の傷が瞬く間に再生していき、ものの数秒で完全復活し立ち上がった。

 ははぁ、なるほどな。あのダフネとかいう女性冒険者がボロボロだった割に怪我がなかったのはあの回復役(ヒーラー)によるものか。

 よく見れば彼女の周囲には先の投石攻撃で死んだ冒険者達の(むくろ)が転がっている。なるほど、中途半端な投石でもそれなりに殺せたのは回復役(ヒーラー)を庇っていたからというわけだ。確かに今も涙目でガタガタ震えている少女が「獣」の投石を回避できるようには見えない。

 

回復役(ヒーラー)を先に潰すのは対集団戦の定石(セオリー)だからな。可哀想だが死んでもらう」

 

 今度はこちらから攻め込ませて頂く。俺は腕の重みで地響きを立てながら走り出した。

 うん、走りにくい! 重量もそうだがバランスが悪すぎる。

 ビジュアルは完璧なのに惜しいなぁ。もう少し使い勝手が良ければ「†ユミルの(かいな)†」とか技名つけて愛用したのに。

 

「【追従せし空の太陽(かがやき)。全ては汝から逃れるため──咲け、月桂樹(せいじゅ)(かご)】」

 

 魔力が膨れ上がり、横合いから凄まじい速度で何者かが突っ込んでくる。巨人の腕で叩き落とそうとするも、それは掠りもせず腕の一撃を掻い潜り、再び細剣の切っ先を俺の首に突き刺した。

 

「ゲホッ、本領発揮ってわけか……」

「虎の子の回復役(ヒーラー)をやらせはしないわ!」

 

 緋色の髪の女性冒険者、ダフネが疾風のような速度で接近し、剣で俺の喉を貫いていた。

 速いな。ベル団長ほどではないが、魔力を纏った今の彼女の【敏捷】はそれに迫る。自己加速か、それに類する魔法ないしスキルを使用しているのだろう。

 

 ダフネは俺の身体が再生を始めるより早く剣を薙ぎ、喉笛を切り裂いた。逆流した血液が口から溢れ出る。

 ええい好き放題に切り刻みやがって。やっぱり駄目だこの「†ユミルの(かいな)(仮称)†」。アッカーマンの身体能力と瞬発力が全く活かせない。パージします。

 

 ぼしゅう、と蒸気を上げて巨人の腕が剥離する。即座に風化を始めるそれから腕を引き抜き、今度は心臓を狙い迫り来る細剣の切っ先を受け止めた。

 

「なっ……」

 

 硬質化結晶を鎧のように纏った腕がいとも容易く細剣を弾き返す。ダフネはギョッと目を剥き即座に剣を引こうとするが、俺は素早くその腕を掴み取った。

 そして相手の腕を巻き込むように硬質化を発動する。Lv.1だった時とは段違いの速度で拡大した結晶は一瞬でダフネの右腕を覆い尽くし、なおも侵食を止めずあっという間にその半身を呑み込んだ。

 

「はぁ!? ちょ、何よこれ!?」

「硬くて素早い奴はその足を封じるに限る。これでアンタはその機動力を活かせないし、怪我じゃないから回復魔法も通用しない」

 

 「戦鎚」の硬質化は「始祖」が命じるか「顎」の爪牙で砕く以外に解く手段はない。そのまま戦争が終わるまで寝転がっていてくれや。

 そう告げられたダフネは焦ったように身を捩らせる。

 フン! 逃れることはできんッ! きさまはチェスや将棋でいう「詰み(チェック・メイト)」にはまったのだッ!

 

「待ちなさい! ウチはまだ……ッ!」

 

 身体の半分が結晶化したことで為す術なく地面に転がった彼女から視線を外し、ぐるりと周囲の様子を伺う。

 うーん、まあ概ねこちらが優勢と言っていいだろう。ヴェルフが五人、ヤマトさんが六人を相手にしているが、二人とも問題なく立ち回っている。

 しかしヴェルフは普通に強いな。タケミカヅチ神から武術の手解きを受けているヤマトさんが対人戦に明るいのは理解できるが、何で鍛冶師(スミス)のヴェルフが当たり前のように多勢を相手に渡り合っているんだろう。

 

「まあいいや。あっちは放っておいても大丈夫そうだし、俺は自分の担当に集中させてもらうとしようかな」

 

 視線を戻す。すると残った冒険者達はビクッと肩を揺らし、警戒するように武器を構えた。

 駄目だなこりゃ。主力(ダフネ)が倒されたことで明らかに精彩を欠いている。恐らく彼女が先頭に立っていたことで辛うじて士気を保っていたのだろう。

 

「指揮官の仇討ちをするぐらいの気概は見せて欲しかったところなんだけど……」

 

 これじゃ「†ユミルの(かいな)(笑)†」に失敗して滅多刺しされただけ損じゃないか。ジャック君としてはもうちょい見せ場が欲しかったところだ。

 

「ああ、そうそう」

 

 ビクビクッと更に肩を震わせる冒険者達。小動物か己らは。

 ちょっと声掛けただけでそんなにビビるんじゃないよ。まるで俺の方が悪者みたいじゃないか。

 

「上手いこと巨人の群れを撒いたと思ってるみたいだけど、まず根本的な勘違いを正しておこうか。あの巨人達は魂のない操り人形。今は“近くにいる人間(えもの)を優先的に襲う”という簡単なルーチンで動いているが、俺が一言念じれば奴らはその通りに動く」

「え……」

「巨人の目を躱して俺を討つ? 無理無理、だって俺そのものが巨人の“目”なんだから」

 

 「始祖」とはそういうものだ。(ユミル)から生じた全てのものは目に見えぬ「道」で繋がっている。命令を下すのに距離も次元の隔たりも関係ない。

 

 パチンと格好つけて指を鳴らし、適当に見繕った巨人に指示を飛ばす。すると即座に反応があり、城壁の向こう側から三体の巨人が飛び出してきた。

 地響きを立てながら猛然と迫り来る巨人の姿に悲鳴を上げる冒険者達。三体のうち一体が謎に女の子走りをしていることについては最早何も言うまい。面白ぇ顔と走り方しやがって、締まらねぇなぁ。

 

「怯むな、お前達! 恐らくこいつにはもう力が残っていない!」

 

 すると、突然ダフネがそんなことを叫びながらジタバタと暴れ出した。どうした急に。

 

精神疲弊(マインドダウン)だ! 巨人の召喚に強力な自己再生……そんな無茶がいつまでも続くわけがない! 新たに巨人を召喚せずわざわざ呼び戻したのがその証拠よ!」

 

 なるほど。いや、確かにそう考えるのが自然だろう。普通に考えて制限なしにこんな芸当ができるわけがない。必ずどこかで限界が来ると思って当然だ。

 事実、俺だって無制限に肉体を再生し続けられるわけではない。「九つの巨人」の力が一つに集約されていること、何より俺自身が「座標(ユミル)」であることにより俺は無限に等しいエネルギーを有しているわけだが、ジャック・イェーガーという出力端子はそのエネルギーの全てに耐え得るほど頑強ではない。

 

 だが、侮られるというのは存外腹立たしいものだ。確かに俺の身体は無限に再生し続けられるほど頑丈ではないが、こいつら程度の攻撃を何度受けようが問題にもならないし、巨人の召喚に限界など存在しない。そのことを理解(わか)らせてやろう。

 

「良いだろう、そこまで言うのなら仕方がない。新しい巨人を召喚してあげようか」

「…………ぇ?」

 

 とはいえまた「座標」に篭ってせっせと一から巨人を作るのは御免なので、今度はコピー&ペーストに頼らせて頂く。

 

 俺の背から雷光が迸り、爆光と共に新たな巨人がその姿を現す。

 金の髪と垂れ下がった目尻。笑みの形に固定された口は耳まで裂け、その口腔には明らかに人のものより多い歯がズラリと並んでいる。

 ダイナ巨人体……通称カルライーター。恐らく「進撃の巨人」の中では最も有名な無垢の巨人を呼び起こし、俺は絶望の表情を浮かべるダフネをドヤ顔で見下ろした。かわいいね♡

 

「そんな……うそ……」

「俺の目的は主神と団長を侮辱したアポロン・ファミリアへの報復の他に、この戦場を見ているあらゆる仮想敵への示威も含まれる。なのに息切れなんて弱みをわざわざ衆目に晒すわけがないだろう?」

 

 これが弱小派閥の生存戦略ってヤツよ。お代わり無料だってことを見せつけてやるぜ。お残しは許しまへんで。

 立て続けに召喚するは名立たる無垢の巨人達。おさげイーターにイルゼイーター、マルコイーターにソニーとビーンの二人組もおまけで付けちゃう! 嗚呼(ああ)手抜きコピーって素敵! 「始祖」万歳!

 

「俺が始祖(ユミル)である限り、この力に限界などありはしない」

 

 「始祖」の巨人はさいきょーなんだ。聞いてるかフリーダ。

 なに? あれはグリシャが強過ぎただけ? それはそう。

 

「お前達は詰んでいたんだよ、初めからな」

 

 カルライーターが動けないでいるダフネに手を伸ばす。自らに迫る運命を察したのか、彼女は死に物狂いで暴れ出した。

 

「クソッ、こんなところで……! こんな化け物に喰われて死ぬなんて……ッ!」

 

 そんな末路は御免だと、彼女はまだ動く左手で右半身を覆う結晶を何度も何度も殴りつける。

 だがビクともしない。手甲が砕け、皮膚が裂けるほどに殴り続けようとも「戦鎚」の結晶は罅一つ入ることなく健在だった。

 うん、これが普通なんだよ。身動ぎ一つで硬質化を砕く【猛者(おうじゃ)】が頭おかしいだけだったのだ。

 

「ダフネちゃん!」

 

 ダッ、と回復役(ヒーラー)の少女が血相を変えて飛び出してくる。味方の制止も振り切り、彼女は長い黒髪を翻しながら駆け出した。

 その口ぶりからして親しい間柄なのか。だが無謀に過ぎる。こちらにはカルライーター以外にも五体の巨人がいるというのに。

 

「馬鹿ッ、こっちに来たら……!」

 

 ぐりん、と五対の眼球が一斉に黒髪の少女を捉える。無機質な巨人の眼光が集中したことで我に返った少女は、サッと血の気を引かせて立ち止まった。

 

「まずい、あっちの巨人も来た!」

「も、もうダメだ……お終いだ……」

「俺達はここで死ぬんだぁ!」

 

 前方はご覧の有様、後方からは地響きを立てて迫る三体の巨人。まさに絶体絶命と言ったところか。

 可哀想だが敵である以上加減はできない。仰ぐべき主神を誤った不幸を呪うがいいさ。

 

「さあ──」

 

 魂なき巨人達に命じる。

 皆殺しだと。

 俺の眼前に立ちはだかる全て。一木一草悉くを喰らい尽くし踏み均せと。

 

「──殺せ」

 

 “待て”を解除され猛然と獲物に喰らいつかんと動き出す巨人達。緋色の髪の少女は諦めたように目を閉じ、黒髪の少女は声にならぬ悲鳴を上げる。

 

 そして──主塔の天辺から紫電と爆炎が迸り、同時、「顎」が咆哮と共に翼を広げた。

 

「残念」

 

 ピタリ、と今にも獲物に喰らいつかんとしていた巨人達が動きを止める。

 ここだけではない。城塞内部で動き回っていた巨人の群れも、丁寧に(ちんたら)全周の壁を破壊して回っていた「鎧」の巨人も全て。

 

 まるで示し合わせたかのように、一斉にその動作を停止させていた。

 

「時間切れだ」

 

 ま、俺がそう命じたんですけどね。

 

 

『決ッッ着〜〜〜〜〜〜!!』

 

 

 どこからともなく響き渡る神々の宣告と歓声。大銅鑼が鳴り響き、戦争遊戯(ウォーゲーム)の終幕を告げた。

 

 翼を広げた「顎」の巨人……ファルコ巨人体が塔を蹴りつけて空を舞うのが見える。敵本丸への足兼有事の際の保険としてベル団長につけていた「顎」が戦うことなく帰還するということは、団長は大過なく自力でヒュアキントスを打倒したということだ。素晴らしい……全てはゼーレのシナリオ通り……

 

「あいた!?」

「だ、ダフネちゃん!」

 

 動きを止めたまま蒸発を始めたカルライーターの手から落ちたダフネが地面に叩きつけられる。その衝撃で硬質化結晶も硝子が割れるように崩壊し、自由の身になった彼女の元へ黒髪の少女が慌てて駆け寄った。

 

 運が良かったな、アンタら。派閥の全てを賭けた戦争遊戯(ウォーゲーム)に敗北した以上アポロン・ファミリアは今日で終わりだろうが、生きてさえいりゃどうとでもなるだろう。

 

「よう、お疲れさん」

「ヴェルフもお疲れ様」

 

 大刀を肩に担いだヴェルフが歩み寄ってくる。流石に疲れているようだが、幸いにもそれらしい怪我はない。リリルカさんとヤマトさんも同様だ。むしろ負った怪我の量ということなら俺がダントツだろう、全部治ってるけど。

 

 「顎」が接近し、その背の上で手を振るベル団長に手を振り返す。今回の戦争のMVPは間違いなくベル団長だろう。何せLv.2の身でLv.3の第二級冒険者を打倒したのだから。弱いものイジメに終始していた俺とは貢献度が違う。

 

 さて、後は楽しい楽しい戦後処理だ。そうしたら今回の騒動は終結。ようやく枕を高くして寝られるぜ。

 何しろ【猛者(おうじゃ)】との一戦から休まずここまで来たからな。流石の俺もクタクタだ。

 

 あ、後はあれだ。俺も今回の騒動でLv.2にランクアップしたわけだし、これで二つ名が付くんじゃないか?

 冒険者の二つ名に関することは全てオラリオの神々に一任される。故にどんな異名になるかは、正しく“神のみぞ知る”というわけだ。

 

 カッコイイ二つ名になるといいなぁ。【絶†影】みたいな素敵ネーミングでなければ何でもいいけど。

 




ちょっと前回から間が空いてしまいましたが、これで戦争遊戯(ウォーゲーム)編は終了です。
ちなみに作者はインフルエンザでぶっ倒れてました。皆様も体調にはご注意下さい。
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