進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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17.お礼参り

 僅か半日足らずで決着した戦争遊戯(ウォーゲーム)は、アポロン・ファミリアに甚大な被害を及ぼす結果となった。

 団員の約半数が巨人の腹の中に消えた。心的外傷(トラウマ)を負い派閥を抜けるどころか冒険者を廃業してしまった者もいたと聞く。百人を超える規模を誇ったアポロン・ファミリアは構成人数を半分以下にまで減らしてしまった。

 

 かつての権威は露と消え、アポロン・ファミリアは解体。本拠(ホーム)を含む全財産を没収の上、主神たるアポロンはオラリオを永久追放という沙汰が下されたという。

 我が女神ながら随分と容赦がないと思ったが、どうもアポロン自身が戦前に「勝ったら何でも要求を呑む」と豪語していたらしい。

 まあ、俺としては団長の貞操欲しさに戦争を起こすような神の末路などどうでもいい。聞くところによると都市を去る際のアポロンは酷く憔悴していたらしいが、自業自得であろう。

 

 とまれかくまれ、短いようで長かった戦争遊戯(ウォーゲーム)は我らヘスティア・ファミリアの勝利という形で幕を閉じた。

 ……いやホント長かった。俺以外の全員にとっては半日で終わった戦いかもしれないが、俺の主観では一年にも及ぶ長い戦争だったのだ。その内の九割は「座標」で砂を捏ねている時間だったわけだが。

 

 それでもその甲斐はあったと言うべきだろう。オラリオに帰還した俺を出迎えたのは、観衆から向けられる好奇と恐怖の眼差しだった。

 先頭を歩くベル団長が歓声を浴びる中、その後に続いて門を(くぐ)った俺が姿を見せた途端、ピタリと歓声が止み騒めきが広がっていく様は壮観だったぜ。

 これこそが俺が求めた冒険者としての名声だ。憧憬される英雄(ヒーロー)としての立場なんざ(はな)から求めちゃいない。俺はこの巨体で畏怖される英雄(ダークヒーロー)になりたいのだから。巨人は恐れられてナンボなのさ。

 

 かくして我々は見事アポロン・ファミリアの資産を丸ごと全部巻き上げたわけだが、先に述べた通り、その中にはアポロン派閥が本拠(ホーム)としていた邸宅も含まれる。

 百名以上の団員を収容していた広く豪奢な邸宅と立派な庭。これを【ゴブニュ・ファミリア】に依頼し内装含めヘスティア様の趣味に合うよう改築。今やアポロン神の趣味丸出しだった絢爛華麗な外観は鳴りを潜め、上品な佇まいの石造りの邸宅として装い新たに生まれ変わった。

 新生ヘスティア・ファミリアの構成人数は主神含め六人。三階建ての豪邸はこの少人数で住むには些か以上に広過ぎるが、狭いよりはよほど良いだろう。以前の廃教会(ホーム)では逆に六人で生活するには狭過ぎたし、何よりボロかった。

 

 ああ、そうそう。あの後ヘスティア・ファミリアには多くの入団希望者が殺到したのだが、結局誰一人として入団することなく終わってしまった。

 問題のある人間ばかり集まって全員不採用だった……というわけでは勿論ない。うっかりヘスティア様が抱える借金の存在が明るみになってしまい、見事全ての入団希望者に逃げられてしまったのだ。

 

 俺も、何ならベル団長さえ存在を知らなかったヘスティア様の借金。その額、なんと二億ヴァリス。

 そりゃあ逃げる。二億ヴァリスなんて、派閥等級Sランクのファミリアでさえ即金で調達するのは困難であろう金額だ。

 一般人であれば一生生活に困らないであろう大金。そんな額の借金がどうして生まれたのかと言えば、その原因はベル団長の主兵装(メイン・ウェポン)たる黒曜の輝きを放つ短刀《神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》にあった。

 最高位の魔法金属たる真銀(ミスリル)を惜しみなく使用し、ヘスティア様の髪と神血(イコル)を素材に組み込んだという「担い手と共に成長する」異形の武器。そして、それを鍛えたのはオラリオ最大の鍛治系ファミリア【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストスその(ひと)であるという。

 

 正真正銘、世界にたった一振りしか存在しない神造兵装というわけだ。それならば二億ヴァリスという額にも頷ける。

 何せ超越存在(デウスデア)の血肉を素材としているのだ。それだけでも希少価値は跳ね上がるのに、それを鍛えたのもまた超越存在(デウスデア)だという。そんなもの、オラリオの最上級冒険者とて望んで手に入るような代物ではない。

 

 まあ、それは別に良い。どうせ俺も団長も最上級冒険者を目指してこれからもダンジョンに挑み続けるだろう。特に期限など設けられていない以上、いずれは返済できるはずだ。

 

 差し当たっての問題は、新規の団員が入らなかったことで折角の豪邸を持て余してしまっていることだろう。

 空いている部屋は二十以上、誰も使っていなくとも埃やら何やらの汚れは徐々に降り積もっていく。人がいれば部屋は各自で掃除させればいいし、共用スペースも当番制にして持ち回りで清掃すればいい。だがそれも相応の人員がいればの話。この広い屋敷の全てを六人だけで清潔に維持し続けるのは不可能だ。無理にやろうと思えばどうしてもダンジョン攻略が疎かになってしまうし、それでは本末転倒である。

 

 というわけで、ものは試しと2〜3M(メドル)程度の無垢の巨人を作ってみた。この程度のサイズなら少し「座標」に飛んでちょちょいのちょいである。体感一時間程度で三体の巨人が完成した。

 俺も手慣れたものだ。戦争遊戯(ウォーゲーム)での経験は無駄ではなかったのだ……全く嬉しくないけど。

 

 何故小型の巨人を作ったのかといえば、上手いことコイツらを小間使い代わりにできないかと思い至ったからだ。

 エルディア人に脊髄液を注入することで巨人化した無垢の巨人と異なり、「始祖」の力で生み出された無垢の巨人は(なかみ)のない完全な操り人形だ。命令しない限り何もしないし、何もできない。そして命令を下せばその通りに動く。

 

 なら「掃除しろ」と命令すれば掃除してくれるんじゃないか? つまりはそういうことだった。

 

 思い立ったが吉日。とにかくやってみるべし。いきなり屋内を掃除させてうっかり家具を破壊されても困るので、まずは屋外で簡単な作業に従事させてみることにした。まず二体に草毟りを指示し、一体には結晶で作った大きめの剪定鋏を渡して植木の手入れを指示してみる。

 すると彼らは問題なく指示した作業をこなし始めた。二体は大きな身体を窮屈そうに屈めてプチプチと雑草を引っこ抜き、一体は器用に鋏を使いチョキチョキと伸び過ぎた枝を剪定する。背が高いので踏み台要らずだ。

 いや器用だなこいつら。もしかして俺の【器用】のステイタスの影響受けてたりする?

 

「……これアリじゃね?」

「アリ寄りのアリですね……!」

 

 何てことだ、まさか無垢の巨人にこんな使い道があったとは。進撃世界の住人が見たら卒倒しそうな光景だが、リリルカさ……リリは目を輝かせてせっせと雑用をこなす巨人に熱い視線を送っていた。

 

「これなら使用人を雇うお金(ヴァリス)が丸ごと浮きます!」

「人を雇うってなると掛かる金も馬鹿にならないからなぁ」

 

 ちなみに余談だが、リリルカさ……リリの希望により、彼女のことは皆と同じく愛称で呼ぶことになった。誰に対しても“様”をつけて呼ぶ彼女は、逆に敬称で呼ばれることに不慣れで落ち着かないらしい。敬語もやめてくれと言われたので、これからはタメ口で話すことになるだろう。

 身内とはいえ……いや身内だからこそ年上を相手にタメ口を利くのは憚られたのだが、これに関してはヘスティア様以外の全員から口を揃えて「頼むから普通に喋ってくれ」と言われてしまった。何でも戦争遊戯(ウォーゲーム)での暴れっぷりを見た後に丁寧な口調で話されるのは逆に怖いのだという。

 

 ……俺そんなに傍若無人に振る舞ってたっけ? 正直よく覚えてないんだよなぁ。鍛錬のためダンジョンに篭ってから一睡もしておらず、そのままオッタル戦から戦争遊戯(ウォーゲーム)にもつれ込んだせいで寝不足状態だったのだ。

 オッタルとの一戦さえなければ余裕を持って地上に戻り、仮眠を取ってから悠々戦争遊戯(ウォーゲーム)に臨む算段だったのに……全く余計なことをしてくれたものだ。深夜テンションに任せて何か変なこと口走ったりしなかっただろうか?

 

「ところで、巨人さん達の見た目はもうちょっとどうにかならなかったんですか?」

「あれ、気に入らなかった? 不気味にならないよう顔の造形には気を遣ったんだけど」

「逆に不気味ですよ! 何で顔だけ無駄にイケメンなんですか! もっと気を遣うべき部分があるでしょう!」

 

 ……まあ確かに、2M(メドル)超えの巨体で全裸の甘いマスクのイケメンというのはシュールだったかもしれん。「巨人=全裸」という図式に何の疑問も抱いていなかったせいで気付かなかったが、改めて客観的に見るとかなり変態的な外見なんじゃなかろうか。

 

「仕方ない、硬質化で仮面でも作って被せるか」

「服を着せるという選択肢はないのですか……」

「残念ながら服は別売りだ。俺が生み出せるのは巨人と硬質化結晶だけなんでね」

 

 こいつらに服を着せるとなると、身体のサイズからして特注品になるだろう。どうせ屋敷の外に出す予定などないのだから、巨人用の服になんぞ金をかける意味はない。

 無垢の巨人はね。服なんて着ないし、言葉を喋らないし、やること全部がめちゃくちゃでなきゃいけないんだよ。

 

「まあいいや。とりあえず大丈夫そうだし、しばらく様子を見てみよう。これで問題なく庭の手入れがこなせそうなら、順次屋内の清掃作業に……あ?」

「あれ?」

 

 巨人達は突然動きを止めたかと思うと、やおら同じ方角に向かって走り出した。どすどすと足音を立てながら一糸乱れぬ駆け足で走り去っていく後ろ姿を、俺とリリは呆然と見送った。

 

「え、え? 急にどうしちゃったんですか?」

「さあ、俺にも分からな……あ、もしかして」

 

 一応、無許可で敷地内に侵入してきた者を追跡するよう命令してあったのだ。せっかく庭にいるのだから番犬役も兼任させておこう、という程度のものだったのだが、よもやこんなに早くこの命令が効力を発揮するとは。

 

 だが、そのことを説明するとリリは怪訝そうに巨人達が走って行った方向を見て首を傾げる。

 

「でも、侵入するなら普通裏庭からですよね? あっちは正門の方角ですが……」

「……もしかしてアイツら、普通に正面からの来客に反応した?」

 

 オイオイオイオイ、マジかよあの役立たず共。雑草と芝生の見分けはつくのに侵入者と訪問者の区別はできねぇのかよ。

 こうしてはいられない。早いとこ戻ってくるよう命令を飛ばして──

 

「おあーっ!?」

「ひゃい!? どどど、どうしたんですか急に!?」

 

 全面的に俺が聞きたい! 何かよく分からない感情の波が「道」を通じてあの巨人達から逆流して……師匠、これはいったい!? 知らん……何それ……こわ……お゛っ、ちょっとイく゛ッ

 

「ぎゃーっ! ジャック様が人にはお見せできない顔に!」

「ぬぉぉぉ……! と、とりあえず巨人達のところに連れてって……!」

「わ、分かりました! 歩けますか!? 肩を貸しますからゆっくり歩いて下さい!」

 

 巨人から、光が逆流する! ギャアアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 ……で、ひいこら言いながら正門前に辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、平伏してブツブツ呻き声を上げている巨人達。

 そして、それを前に困惑を隠せず立ち竦む二つの人影だった。

 

 くそっ、やっぱり普通に正面から来た訪問客じゃねぇか。幸い襲い掛かるような真似はしていないようだが、失礼を働いたことには変わりない。突然現れた全裸のイケメン(2M(メドル)超)が突っ伏して呻き声を上げ始めたら誰だって困惑するに決まってる。

 

「何やってる役立たず共! さっさと散れ! 客人に失礼を働くんじゃねぇ!」

「オウツクシイ…ヤハリユミルサマ…」

「ユミルサマダ…」

「デモユミルサマニニテナイ…」

「デモウツクシイシ…ジッシツユミルサマ…」

「ジッシツユミルサマダ…」

「ジツユ…」

「何が実ユだ、実質も何もユミル様はこんな所にいねぇよ!」

 

 この世界じゃ俺が始祖(ユミル)だよ! 残念だったな!

 というか喋れたんかお前ら!? 魂のない操り人形設定はどこ行ったんだよ!

 

 もう色々と面倒臭くなった俺は地面に這い(つくば)る巨人達を庭の隅に向けて蹴り飛ばした。「ユミルサマー!」と鳴き声を上げながらすっ飛んでいく三馬鹿を捨て置き、改めて客人に向き直る。

 

「うちの役立たず共が失礼しました、お客人。ご用件を伺いますので、上がってお茶でも──」

 

 そこでようやく訪問者の姿を確認した俺は、あまりの衝撃に言葉を詰まらせ目を見開いた。

 

 まず視界に飛び込んできたのは、“絶世の”という枕詞が陳腐に思える程の隔絶した美女だった。それそのものが光り輝いているようにさえ見える白銀の御髪(おぐし)に、完璧な左右対称を描く恐ろしいまでに整った顔貌。その肢体は女性的な起伏に富み、匂い立つような色香を全身に纏っている。

 瑞々しくしなやかな容姿は清廉と淫靡の双極性を高次元で調和させており、およそ人間の女ではあり得ぬ神々しいまでのオーラを総身から放って──つーか女神だろこれ。隠す気もなく垂れ流される神の力(アルカナム)の片鱗が声高にその神性を物語っている。申し訳程度に大きめのサングラスで目元を覆っているが、それが逆に高貴(セレブ)さに拍車を掛けていた。まるで来日した大物ハリウッド女優のような風情である。

 

 そしてもう一人は、身の丈2M(メドル)に達する巨体の猪人(ボアズ)だった。鍛え抜かれた鋼のような肉体が秘めるは天蓋の膂力。その佇まいから滲み出るのは非戦闘時でさえ隠し切れぬ窮極の“武”の気配。足先の運び、指先の力み、視線の運動。些細な挙動のどれ一つを取っても隔絶した武錬を感じさせる。

 自然体でありながら総身に満ち満ちる神与の息吹、荒れ狂わんばかりの力動は、もはやその男の魂魄が常人の領域にない何よりの証明である。矮小な人の魂を神の領域にまで引き上げる超越の奇跡……即ち神の恩恵(ファルナ)を幾重にも昇華させ、極限まで器を練磨させていることは誰の目にも明らかだった。

 そんな人物など、オラリオ広しといえどもたった一人しか該当しない──どう見ても【猛者(おうじゃ)】です本当にありがとうございました。

 

「ぎゃーっ!? でけぇ雄っぱい(オッタル)!?」

「久しい、という程でもないか。壮健そうで何よ……待て今何と言った?」

 

 と言うことは隣にいる女神は豊穣神フレイヤか! とんでもないビッグネームじゃねぇか!

 主神同伴でカチコミとは恐れ入る。まさか先日のお礼参りか? だが本拠(ホーム)にまで足を伸ばしてくるとは予想外もいいところである。何ということだ、もう助からないゾ★

 

「やべぇよやべぇよ……どうしようリリ……って死んでるぅー!?」

 

 見れば、リリは口を半開きにしたまま白目を剥いて気を飛ばしていた。口の端から泡を吹くおまけ付き。完全に失神してやがる。

 

「くっ、こうなったら俺が何とかするしかねぇ……!」

「……いや、別に戦いに来たわけではないのだが」

「あらあら」

 

 もはや本拠(ホーム)ならば無条件で安全だ、などというナイーブな考えは捨てなければならないだろう。自らの拠点を背にしたこの状況では俺の最終手段である「超大型」の水蒸気爆発など使えるはずもないのだから。

 してやられたぜ【猛者(おうじゃ)】……! 獅子搏兎(ししはくと)とは正にこのこと。伊達に『頂点』の看板は背負ってねぇってことか……!

 

「どうしたの、ジャック? 何かさっきから叫び声が聞こえるんだけど……ええええ!? お、オッタルさん!?」

「どうしたんだよベル、外を見るなり悲鳴を上げやがって……げぇーっ!? 【フレイヤ・ファミリア】!?」

「何事ですか、ヴェルフ殿! まさか侵入者……アイエエエ!? 神フレイヤ!?」

 

 騒いでいた俺の声を聞きつけたか、ベル団長とヴェルフ、ヤマトさ……(ミコト)も表に出てきてしまった。

 不味いぜ……! 巨人化というチートがある俺ならばいざ知らず、団長達といえど【猛者(おうじゃ)】の相手は分が悪いなんてもんじゃねぇ!

 

「……申し訳ございません、フレイヤ様。私が独断でジャック・イェーガーと事を構えてしまったばかりに……せめて先触れを出すべきでした」

「ふふ、良いのよ。ジャックも少しパニックになっているだけで、(じき)に冷静になるでしょう」

 

 だが諦めるわけにはいかない! 新生ヘスティア・ファミリアの記念すべき門出を、こんな序盤で挫かれて堪るものか!

 俺達の冒険は、これからだ!!

 

 

 

 

 

 ──三十秒後、冷静になった俺は渾身の土下座を披露することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、二つ名が【大地を見つめる者(土・Gazer)】になっても文句は言えないジャック・イェーガーです。俺は正気に戻った。

 

 極東生まれの(ミコト)も思わず感嘆のため息を漏らすハイレベルな土下座に免じて許しを貰った俺は、そのまま女神同士の会談に同席することとなった。

 できることなら裏庭に穴でも掘ってしばらく埋まっていたかったのだが、【フレイヤ・ファミリア】の主神たる神フレイヤ直々のご指名とあっては断れるはずもない。

 

 そういうわけで、改築直後のため最低限の家具しか置いていない、真新しいがやや殺風景な応接室にフレイヤ神とオッタルを通す。テーブルを挟んで両向かいのソファにヘスティア様とフレイヤ神が座り、俺とベル団長、オッタルは各々の主神の背後に控える形で向かい合った。

 

「ど、どどど……どうぞっ。そそ、粗茶ですが……っ」

「あら、ありがとう」

 

 オラリオでは紅茶がメジャーなので、ちょっとお高い程度の茶葉では都市最大派閥を率いるような女神の舌には合わない恐れがあった。

 なので、(ミコト)が隠し持っていた極東から仕入れた高級茶葉を使って玉露を淹れてもらった。紅茶に関しては舌が肥えているだろうが、オラリオでは殆ど出回っていない緑茶ならば多少淹れ方に荒があろうが誤魔化せるだろう……多分。

 

 緊張でガッチガチになった(ミコト)は、フレイヤ神とヘスティア様にお茶を出すや否や逃げるように退室していった。

 それを微笑ましげに見送ったフレイヤ神は、毒味を兼ねて先に手をつけようとしたヘスティア様に先んじて湯呑みを手に取り、優雅な仕草で玉露に口をつけた。

 

 (たお)やかな見た目をしている割に剛毅なものだ。いや、こちらに毒を盛る理由も力もないことを理解しているが故の無警戒さなのだろう。

 毒を盛ったことが露見したが最後、俺達はこの場でオッタルに皆殺しにされて終了だ。それを回避する手段も力も俺達の派閥にはない。仮に首尾よく速やかにフレイヤ神を毒殺できたとしても、オッタル以下フレイヤ・ファミリアの眷属達の恩恵が完全に失われるわけではない。適当な神の派閥に改宗(コンバージョン)して恩恵の力を取り戻してしまえば、復讐の鬼と化した元フレイヤ神の眷属達が総出で俺達を殺しに掛かることになる。どうあれ結末は変わらない。

 

 もしフレイヤ・ファミリアが敵になった場合、それこそ『地鳴らし』を再現しないことには勝ち目は──やめよう。何で俺は毒を盛った時のことを考えているんだ。

 まだ戦争遊戯(ウォーゲーム)の余韻が抜け切っていないのだろうか。こんな物騒なことばかり考えているから仲間にも怖がられちまうんだ。

 

「……で、アポもなしにいったい何の用だい、フレイヤ? それに人間(こども)用の魔眼殺しなんてつけちゃって」

 

 ふーふーと湯気を立てるお茶に息を吹きかけながらヘスティア様が問い掛ける。

 ……あのサングラス、あんな見た目で魔眼殺しの魔道具(マジックアイテム)だったのか。ただのお洒落グッズだと思ってたぜ。

 

「これ? これは目の保護のためにつけてるの。強過ぎる光は目に良くないから……ね?」

 

 ね? と小首を傾げ、フレイヤ神は同意を求めるように俺に向かって微笑んだ。美しい……ハッ!

 いやまあ、確かに直射日光は目に毒だが……何故わざわざ魔道具(マジックアイテム)をサングラス代わりにしているのだろう。フレイヤ神の目には何か特別な能力があって、魔眼殺しでそれを弱めないと見え過ぎてしまうから……とか? そんな逸話、北欧神話にあったっけ?

 

 いやしかし、流石は美と豊穣を司るだけあってフレイヤ神は美神(びじん)だなぁ。オッタルほどの男がゾッコンになるのも頷ける。あの美貌で微笑まれたら、男なんぞそれだけで丸一日幸福に過ごせるほど舞い上がってしまうだろう。悲しいけどそれが男の(サガ)というものだ。

 俺とてそれは例外ではない。だが何故だろう、俺の中の内なるエレンとライナーが「あの女はやめておけ」と口を揃えて言っている気がする。お前ら言うほど女性経験ないだろ。

 一方、内なるジャンとエルディア王(子種おじさん)は早くも準備運動を開始していた。ステイ、お前らステイ。

 

 まあ、そんな感じで俺の中ではイェーガー(やめとけやめとけ)派とエルディア(美人万歳)派とで内部衝突を起こしており、それが拮抗していることで平静を保てている。

 だが、常人であれば美の女神が自然体で発する僅かな『魅了』の神力(アルカナム)に当てられただけで冷静さを失うことだろう。何せ、心などない筈の無垢の巨人でさえあのような有様だったのだ。強靭な自制心を持つ者か、俺のように混沌とした精神状態の例外でもない限りフレイヤ神の魅了の力に抗うことはできまい。流石は北欧神話においてオーディンと対等に戦死者の魂を分け合ったと謳われる大女神だ、格が違う。

 

「まずは戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利おめでとう。私からも祝辞を述べさせてもらうわ」

「あ、ありがとう……嬉しいけど、まさかそれを言うためにわざわざ来てくれたのかい?」

「ええ、勿論。とても良いものを見せてもらったから、せめてお祝いの言葉だけでも、ね」

 

 そう言い、今度はベル団長ににっこりと微笑みを向ける。途端、彼はボン! と音を立てて顔を真っ赤にして俯いた。団長ェ……

 

「ちょっ、やめてくれないか! ボクのベル君に秋波を送るのは!」

「あら、そんなつもりはなくってよ? 兎さんの戦いがあまりにも素晴らしかったから、今のはちょっとしたご褒美♡」

「カーッ! 聞いたかいベル君! ちょっと微笑んだだけでご褒美とか抜かしやがる! 傲慢! あざとい! これだから美の女神は!」

 

 ステイ、ヘスティア様ステイ。口調が女神にあるまじきことになってます。

 なお、あざとさでは貴女も大概負けてませんのであしからず。

 

「あらひどい。お祭り状態だったジャックの二つ名を決める場を纏めたのはどこの誰だったかしら?」

「ぐっ……!」

 

 痛いところを突かれた、とばかりに顔を顰めるヘスティア様。

 聞くところによると、戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わった直後、そのままバベルにいた神々は緊急の神会(デナトゥス)を開催。俺の二つ名を決めるべく議論を開始したらしい。

 

「ひどかったわねぇ。【殺戮人形(キリング・ドール)】、【太陽ヲ喰ラウ者】、【歩く地獄】、【†城壁の破壊者(パラディオン・ブレイカー)†】、【結晶姫】、【最終兵器巨人】、【完璧で究極の男の娘(アイドル)etc.etc.(エトセトラエトセトラ)……私が止めなければ、ジャックの二つ名はこの痛々しい異名のどれかから選ばれていたことでしょう」

「ぎゃーッ! 鳥肌が立つから列挙するのはやめてくれないか!」

 

 うーむ、香ばしい。神々は地上の人間(こども)には到底思いもつかない先鋭的(ハイセンス)な二つ名を次々と考え出すとは聞いていたが……何と言うかアレだな。厨二的(ハイセンス)な感じだな。それもセカイ系ではなく邪気眼系のアトモスフィアを感じる。

 神々の感性は極めて未来に生きているのだろう。これらのネーミングを痛々しいと言うあたり、そのセンスは俺のような現代人に近しいものがあるようだ。

 

 ちなみに、俺の二つ名は激論の末【巨人の王(ギガンテス)】に決まったそうだ。単数形の巨人(ギガース)ではなく複数形なのは、数多くの巨人を召喚し従えて戦ったからである。

 ちなみにヘスティア様的にはこの二つ名は「ギリ許容範囲」らしい。地元(ギリシャ神話)の古語を使っているから辛うじて古典的(クラシック)だと言い張れなくもないからだそうな。

 俺は良いと思うぜ。個人的には【進撃の巨人】が良かったが、俺以外にとっては意味が分からないだろうから仕方がない。

 

「ふ、ふん! 恩着せがましく言ってるけど、君だって【黄金の髪の巨人(グルヴェイグ・フリームスルス)】とかふざけた二つ名を提案してたじゃないか!」

「ジャックは綺麗な金髪だし、きっと似合うと思うのよ」

黄金の力齎す女神(グルヴェイグ)って昔の君の別名じゃないか! ジャック君はボクの眷属なんだぞ!」

 

 ぷんすかと怒ったように捲し立てるヘスティア様だが、フレイヤ神は暖簾に腕押しといった風情で受け流している。「あらあらうふふ」といった感じで優雅に笑っているが、サングラスの奥から覗く瞳は真剣だった。どうやら自分が提案した二つ名に未練があるらしい。

 

 モテる男は辛いねぇ……などと言えれば良かったのだが、フレイヤ神にはオッタルを俺に差し向けた疑惑があるので呑気に笑ってもいられない。

 普通に考えてオッタルに俺を襲う理由などありはしない。であるのならば、彼に俺を襲うよう指示を出した何者かがいるはず。そして【猛者(おうじゃ)】を顎で使える者などこの世界にたった一柱(ひとり)しか存在しないのだから、必然容疑者は絞られるというわけだ。実際、あの時オッタルは「あのお方の思し召し」だとか言っていたし。

 

 しかし疑問は残る。もしオッタルを差し向けたのがフレイヤ神だとして、では何故自派閥ではなくロキ・ファミリアに移籍させようとしたのか。

 そしてオッタルの「あの男の口車に乗るのは癪だが」という言葉。もしフレイヤ神以外に『あの男』なる存在が関与しているとするならば、その者は果たしてどこの誰なのか。

 

 うーむ、気になる。気になるが、果たしてそれを本人に直接訊いて良いものか。相手はオラリオを二分する最大派閥の片割れ。あまり迂闊なことを言って不興を買いたくはない。

 

「──そうそう。実はもう一つ、あなたの家を訪ねた理由があったのよ、ヘスティア」

「ん? 何だい?」

「厳密には私ではないのだけどね。──オッタル」

「ハッ」

 

 フレイヤ神に名を呼ばれ、ここまで彼女の背後で直立不動を貫いていたオッタルが動いた。

 オラリオ最強の戦士が身動(みじろ)ぎする。彼には敵意も戦意も何もないのに、ただそれだけで部屋の空気が僅かに張り詰めたような気さえする。(いわお)のような存在感を放つ男はゆっくりとした動作でこちらに……否、俺に向かって歩み寄り──

 

「へ?」

「えっ!?」

「……はぁ!?」

 

 ──深々と頭を下げた。

 

 ヘスティア様、ベル団長、俺の順番で素っ頓狂な声を上げる。

 さもあろう。よもやあの【猛者(おうじゃ)】が、あの『頂点』が……紛れもない世界最強の戦士が、直角に腰を折り頭を下げているのだ。齢十五にも満たぬ、冒険者としても遙か格下のガキを相手にである。

 

「先日は大変失礼した。()()()()()()()()()剣を向けたこと、深くお詫びする」

 

 まさに驚天動地だったが……オッタルの発言を受け、俺は彼の言わんとするところを察した。

 “己の身勝手な理由で”……つまり、あれは完全なオッタルの独断による行動であったのだと。()()()()()()()()()()()()()、俺は(あやま)たず理解した。

 オッタルに指示を出した“何者か”など存在しない。故に存在しない“何者か”への追及も許さないと。つまりはそういうことだ。

 

 追及できるわけがない。初手からとんでもない爆弾を放り込んできたものだ。【猛者(おうじゃ)】ほどの男に頭を下げさせておきながらこれ以上この話題を蒸し返すような愚を犯すことなどできない、できるわけがない。

 例えるなら「これで手打ちにしてくれ」と数千万ヴァリスをポンと渡されたようなものだ。『頂点』の頭にはそれだけの……否、それ以上の価値がある。当然、その中には口止め料も含まれていることだろう。

 

「わ……分かりました、貴方の謝罪を受け取ります。どうか頭を上げて下さい」

「感謝する」

 

 ここで俺に許された言葉は「YES」以外にあり得ない。こんなの脅迫みたいなものだ。「うるせー! 知らねー!」などと言おうものならオッタルの面子は丸潰れ、()いては主神たるフレイヤ神の面子にも傷がつく。下手をすればフレイヤ・ファミリアと全面戦争だ。アカン死ぬぅ!

 

 いや、何のかんの言ったがこれはかなり丁重な対応なのだ。何せフレイヤ・ファミリアからすれば俺達ヘスティア・ファミリアなんぞ吹けば飛ぶ程度の規模でしかない弱小派閥。彼我の勢力の差を鑑みれば、しらばっくれることも、何なら力を背景に脅して黙らせることだって幾らでもできるのだから。

 にもかかわらず──裏の思惑はあるにせよ──派閥の長がわざわざ足を運んだ上で頭を下げたのだ。これは考え得る限り最大限の譲歩である。それだけ我々の派閥を尊重してくれているということなのだろう。もしこれらの対応が先の戦争遊戯(ウォーゲーム)で力を示した結果なのだとしたら冥利に尽きるのだが、さて。

 

「勿論、ただ謝っただけで済まそうだなんて考えていないわ。お詫びの品を持ってきたの。受け取ってもらえないかしら?」

 

 まだ何かあるのかよォ!? 俺ァもうお腹いっぱいだぜ!

 札束で右の頬をぶん殴られた直後に別の札束が左の頬を照準しているのが見えてしまったような心地だ。これ以上は居心地が悪いなんてもんじゃないので勘弁してほしいのだが──

 

魔導書(グリモア)を用意したの。お金(ヴァリス)を渡すのはちょっと品がないし、これなら今後のあなたの冒険に役立つと思ったのだけど……どうかしら?」

 

 わぁいグリモアだぁ! これをよめばぼくもまほうがつかえるようになるんだよね!

 ありがとう! フレイヤさまだぁいすき♡

 

「ジャック君!? 君のそんな媚びっ媚びの声なんてボク初めて聞いたんだけど!?」

「あらあらまあまあ! そんなに喜んでもらえて私も嬉しいわ!」

「……フレイヤ様、鼻血が出ております」

 

 ふきふきと(シルク)の手拭いで女神の貴い血を拭き取ったオッタルは、持参していた荷物から魔導書(グリモア)を取り出しフレイヤ神に手渡した。

 オッタルから魔導書(グリモア)を受け取ったフレイヤ神は、椅子から立ち上がるとにこやかな表情で俺を手招いた。マジかよ。派閥の主神から直接の手渡しとは、至れり尽くせり過ぎて逆に怖くなってきたぞ。

 

 いや受け取りますけどね? 魔導書(グリモア)なんて一冊で数千万ヴァリスもするような高級品だ。強制的に魔法を発現させる超級の魔道具(マジックアイテム)なのだから当たり前だが、そんなものを粗品感覚でポンと渡してくるとは流石フレイヤ・ファミリア。都市最大派閥は伊達ではない。

 

「ま、待つんだジャック君! いくら何でも魔導書(グリモア)なんて怪しすぎる! 何かの罠かもしれない!」

「あら、罠なんてひどい言い草だわ。私のオッタルに勝利したのだから、これくらいは当然の報酬よ」

 

 罠でもいい!

 罠でもいいんだッ!!

 

 せっかく剣と魔法のファンタジー世界に来たのだ。巨人の力に不満があるわけではないが、それはそれとして魔法を使ってみたいという思いはある。ベル団長の『ファイアボルト』程とは言わないから、俺も使い勝手が良くて格好良い魔法を使ってみたいのだ。

 

 というわけでありがたく受け取らせて頂く。格上の派閥の主神が相手なので平伏して受け取ろうとしたらやんわり断られたので、普通に立って手渡しされることになった。

 うーむ、緊張する。こんなの前世での卒業証書授与式以来な気がするぞ。えっと、確か右手から先に受け取るんだったか……あ、やべっ。指先がフレイヤ神の左手に触れてしまった。

 

「オッタル。しばらくこの手は洗わないことにするわ」

「……手は洗って下さい、フレイヤ様」

「今日はこれでいいわね」

「……お戯れを」

 

 大丈夫かなぁ。そんなに強く当たってはいない筈だが、うっかり傷でもつけてたら後でオッタルにぶっ殺されるんじゃなかろうか。まあ何も言ってこないし大丈夫か?

 

 そしてその後、しばらく他愛もない話を交わしてからフレイヤ神は自分の本拠(ホーム)に帰っていった。その後ろを歩くオッタルの背が妙に草臥(くたび)れていたのは謎だったが、今の俺にとっては些細なことだ。

 

 疲れた様子のヘスティア様と緊張から解放されて座り込むベル団長を尻目に、俺はルンルン気分で自室に戻り下賜された魔導書(グリモア)を開いた。

 ほうほう、なるほどこんな感じか。うむ、書いてあることはよく分からないが、とにかくすごくすごい神秘的だ。読み進めていくに従って魔力的なサムシングが身体を巡っていくのを感じるぞ。

 

 そして読み終えた瞬間、俺の内にはっきりと魔法が宿っていることを自覚した。背中に刻印された恩恵(ファルナ)が熱を持って光り輝いているのを感じる。

 ウオオオ! すごい力が漲ってくる! 師匠、これはいったい……!? 私にも分からん。

 

 そりゃそうだ。ただ魔法が宿っただけで瞬時に理解できるわけもなし。まずはヘスティア様にステイタスを更新してもらって、何の魔法が宿ったのか鑑定してもらわなければ。

 そして何の魔法か判明したら、すぐにでもダンジョンに行こう。魔法の試し撃ちじゃ。

 

 ヒャッハー! これで俺も魔法使い(マジックユーザー)の仲間入りだぜー!

 

 

 

 

 

 それから一晩明けて。見事に精神疲弊(マインドダウン)を起こして真っ青な顔で帰宅した俺の目に飛び込んできたのは、般若の形相で仁王立ちするヘスティア様とリリの二人。

 そして二人の前でダラダラと冷や汗を流しながら正座する、朝帰りを成し遂げたベル団長の姿だった。

 

 【悲報】信じて放っておいた団長が歓楽街に行って大人の階段を上っていた件について【脱童貞】

 嘘だろ団長……信じてたのに……

 

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