進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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よう……一週間ぶりだな……(不定期更新)

こんなテンプレ俺TUEEEE系の拙作をいつも読んで下さる皆様に改めて感謝いたします。感想、お気に入り登録、高評価、ここすき、全てが作者のモチベーションになっております(悲しき承認欲求モンスター)

あと今回のお話ですが、すみません、少々長くなってしまいました。人によっては読みづらいと感じられるかもしれませんが、ご承知おき下さい。




6.迷宮の巨人(ゴライアス)

 縦横無尽に走る剣閃が群がる怪物(モンスター)を一蹴する。数多の獣の悲鳴が木霊する中、深緑の外套が返り血の一滴すら浴びぬまま鮮やかに翻った。

 

 群がるモンスターの悉くを退けているのは、伝令神ヘルメスが連れてきた助っ人……かつて【疾風】の二つ名で勇名を馳せたLv.4の冒険者。さる女神の名の下に苛烈な正義の刃を振るった、薄緑の染料の下に輝ける金の髪を隠す覆面のエルフだった。

 名をリュー・リオン。冒険者を引退して久しく、今となっては「豊穣の女主人」の給仕としての姿の方が通りがよいであろう彼女は、まるで衰えを感じさせぬ剣捌きで並み居る敵を駆逐していった。

 

「つ、強い……」

「あの数を一人で、か」

「あ、あぅぅ……」

 

 上から順に(ミコト)桜花(オウカ)千草(チグサ)の発言である。まさにこれと同規模のモンスターの群れを前に敗走する羽目になった彼らとしては、内心穏やかではいられぬものがある。

 

 しかし彼らは【タケミカヅチ・ファミリア】の眷属である。武神から恩恵と薫陶を受ける者として、エルフの剣士が披露する圧倒的な武力に対し尊敬の念を禁じ得なかった。

 忸怩たる思いはある。だが今の自分達では到底及ばぬ力と技量を目の当たりにして、腐るのではなく向上心に繋げることができる程度には、彼らは真っ当な武人であった。

 

「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」

「何てことを言うんだいジャック君」

 

 そんなタケミカヅチ・ファミリアの面々とは対照的に、健闘精神に欠ける発言を零し己の主神に半眼を向けられているのは、【ヘスティア・ファミリア】の眷属の少年だった。

 名をジャック・イェーガー。若いというよりは幼いといった方が適切であろう少年である。まるで少女のようにすら見える整った顔立ちも相俟り、その外見は恐ろしい怪物が跋扈する迷宮にはあまりにそぐわない。

 

 だが、彼こそが目下ベル・クラネルに次ぐ興味をヘルメスから向けられている人物である。その眷属たる【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダは、密かに少年を観察しつつ眼鏡の(フレーム)を指で押し上げた。

 ちなみに、ともすれば問題発言とも取られかねないジャックの言葉に対し、アスフィは微妙な顔をしつつもそれを咎めることはしなかった。内心では彼女も同様のことを思っていたからである。

 

 それ程までにリューの暴れっぷりは凄まじかった。見敵必殺と言わんばかりに容赦なく、モンスターの影が見えたと思った次の瞬間にはもう接敵し斬りかかっている始末である。これでは介入する余地などありはしない。

 

(何がそこまで彼女を駆り立てるのか……)

 

 この場にいる人間の中では唯一リューの正体と為人(ひととなり)を知るアスフィをして首を傾げざるを得ないほどに、今の彼女は気合いが入っていた。

 あの堅物エルフがここまで入れ込む【未完の少年(リトル・ルーキー)】の存在にはさしものアスフィも興味を引かれる。だが現状、それ以上に彼女の興味の対象となっているのはこの謎多き幼い冒険者だった。

 

 興味の対象といっても色気のあるようなものではない。横目にジャックを観察するアスフィの目は、まるで培養皿(シャーレ)を覗き込む研究者のそれだ。

 何故観察しているのかといえば、単純にそれが主神命令だからだ。私的な興味がないとは言わないが、大半を占めるのはそれが理由である。

 

 とはいえ、ヘルメスが気にかけるのも分からないではない。それ程までにジャックは異質な存在だった。最初に姿を見た時にアスフィは彼を歴戦の戦士と形容したが、その印象はこうしてダンジョンを進むごとに強くなっていった。

 

(やはり隙がない──)

 

 気の抜けたような発言と態度に反し、彼は寸毫たりとも気を抜いていなかった。さりとて緊張に身を固くしているでもない。あくまで自然体のまま、いつでも対応し動けるように適度な緊張状態を維持している。

 無駄な力みが一つとして存在しない。戦う者としてはまさに理想的な準戦闘態勢(リラックス状態)と言えよう。断じてLv.1の冒険者に、ましてや幼気(いたいけ)な少年に出せる貫禄ではない。

 

 そうしてしばらく観察していると、唐突にジャックの手が剣の柄にかかった。すわ気付かれたかと身体を強張らせたアスフィだったが、数瞬遅れて彼女も少年が臨戦態勢に移った理由に理解が及ぶ。

 パーティの後方、通路の横穴の奥から複数のモンスターの気配。それに加え、僅かに壁面を隆起させながら一直線にこちらへと接近する微細な振動があった。

 

第二級冒険者(わたし)よりも早く気付くとか……)

 

 ほんの僅かな差といえど、Lv.1に遅れを取った事実に内心愕然とするアスフィ。表情にこそ出なかったものの、その怜悧な美貌には薄らと冷や汗が浮かぶ。

 

 そんなアスフィ(Lv.4)の内心の葛藤には目もくれず、ジャックは抜剣と同時に地を蹴った。

 リューの戦闘に見惚れていたタケミカヅチ・ファミリアの三人は、背後で鳴った鞘走りの擦過音で我に返る。だが、彼らが振り返った時には既に少年の矮躯は軽やかに宙を舞っていた。

 

 同時、岩窟の壁内を潜行していた蚯蚓(ミミズ)型のモンスター──ダンジョン・ワームが壁面に穴を穿ち、空中に身を踊らせる。

 目も鼻もなく、牙だけが(やすり)のように並ぶ醜悪な口腔を開き獲物に喰らいつく。襲いかかる直前まで決して姿を見せない隠密性から冒険者に恐れられるダンジョンの捕食者は、しかし満を持して登場したその瞬間に首を落とされた。

 

 事前に気配を察知していたが故の速攻。その姿を認めたと同時、あまりにも慣れた手つきで(うなじ)に剣身を潜り込ませたジャックは、ダンジョン・ワームがその長駆の全貌を見せる前に仕留めてしまったのだ。

 力を失いズルズルと穴からずり落ちる醜悪な蚯蚓の胴体を尻目に、ジャックは跳躍した勢いのまま壁面に着地。そのまま駆け出した。

 

 重力を無視したかのように壁面を疾走する。まるで軽業師の曲芸じみた動きで、通路の奥から姿を見せた二頭の子牛ほどもある体躯の黒犬──ヘルハウンドに猛然と突っ込んでいった。

 

「ジャック君!?」

 

 斬首されたダンジョン・ワームの死骸が湿った音を立てて地面に落ちたことで、ようやく異変に気付いたヘスティアが声を上げる。

 だがその時にはジャックは既にヘルハウンドへと飛びかかっていた。壁面を蹴り身を踊らせた──不用意に逃げ場のない空中に身を置いた愚かな冒険者を嘲笑うように、二頭の黒犬の口腔に灼熱の炎が充填される。

 

「危ねぇ!」

「ッ!」

 

 声を上げる桜花(オウカ)。息を呑む千草(チグサ)(ミコト)は間に合うはずもないと理解しつつも駆け出そうとし──その視界に、空中に放られた小瓶が映り込む。

 

 苔色(モスグリーン)の液体が詰まった小瓶がヘルハウンドに向かって放たれる。見事な精度(コントロール)で空中を貫いた小瓶は狙い違わずヘルハウンド達の開いた口腔に命中し、その中身をぶち撒けた。

 溢れた小瓶の中身の正体は、強い粘性を帯びたゲル状の溶液だった。それは今にも蓄えた火炎を解放しようと開かれていたヘルハウンドの口に纏わり付き、彼らを放火魔(バスカヴィル)と言わしめる代名詞の火炎放射を封じ込めた。

 

 だが、小瓶を投擲したアスフィは見た。ヘルハウンドの(あぎと)から炎が吐き出されようとしたその瞬間──ジャックの腕に纏わり付くように、水晶のように透明な結晶が盾のように展開されたのを。

 結果として水晶の盾は本来の役目を果たすことはなかったが、落下の勢いのままに強烈なシールドバッシュとなってヘルハウンドを襲った。盾の強度を証明するかのようにヘルハウンドの片割れを叩き潰し、地面に鮮血の花を開かせる。

 続いてジャックは盾を纏う左腕を一閃する。薄く鋭利に引き伸ばされた水晶の縁はそのままギロチンの刃と化し、粘液を剥がそうと苦しげに首を振るもう一頭のヘルハウンドの首を切り落とした。

 

 これは援護の必要はありませんでしたね、とアスフィは続けて投擲するつもりでいた飛針を懐にしまう。

 

「失礼、要らぬお節介だったようで」

「……いえ、ありがとうございました。やはりぶっつけ本番で試すのはリスクが大きいですから」

 

 ピシリと大きく罅が走り、そのままガラガラと硬質な音を立てて砕けていく水晶の盾。アスフィの目から見て、それは耐久力を超えて壊れたといよりも、役目を終えたために自ずと自壊したように見えた。

 

「無詠唱で発動していたようですが、スキルですか?」

「ええ、まあ……」

 

 言いづらそうに口篭るジャック。探りを入れるにしても露骨すぎたかと思ったが、しかしアスフィは敢えて詮索の手を止めなかった。ぶっつけ本番という発言に不穏なものを感じたからだ。

 

「先程ぶっつけ本番と言っていましたが……」

「ああ、ご存知の通り俺は恩恵を受けて間もない……というかこれがまだ二度目の迷宮攻略なので。二週間の間に空いた時間を使って練習はしてましたが、実戦使用したのはこれが初めてです」

 

 そういえばそうだった、とアスフィは眩暈を覚えて額を押さえる。

 Lv.1とは思えぬ貫禄とあまりに堂に入った戦いぶりで忘れかけていたが、ジャックはそもそもダンジョンに潜った経験そのものが皆無に等しいのだ。

 

 しかし、流石に不用心が過ぎる。ヘルハウンドといえば中層における冒険者の死因の大半を占めるモンスターだ。

 まず数が多く遭遇(エンカウント)率が高い上に大体の個体が複数の群れを形成しているため、パーティの数の利を生かしにくいというのが挙げられるだろう。

 だが何よりもヘルハウンド最大の脅威といえば放火魔(バスカヴィル)の異名の由来となった炎の吐息(ブレス)である。上層最強と名高いインファント・ドラゴンのそれと比べても遜色ない威力を有する火炎は、耐火装備もなしに食らえば第二級クラス(Lv.3以上)の冒険者であっても大ダメージは免れないだろう。

 

 そんな相手の火炎放射に、実戦使用したことのないスキルを頼りに突っ込むなど危険極まる。ましてジャックはLv.1。耐久のステイタスもたかが知れているだろうし、何より彼の装備はギルドから支給された初心者用の最低限のものだ。これではヘルハウンドはおろか、中層に生息するどのモンスターの攻撃を食らっても大した防御力は見込めないだろう。

 

 親切心からそのことを指摘しようとしたアスフィだったが、彼女が口を開くよりも早く黒髪のツインテールが視界に割り込んでくる。

 万能者(ペルセウス)の視界の外から音もなく急襲しジャックの鳩尾に頭突きを見舞った幼女神(ヘスティア)は、予想以上に硬かった少年の腹筋から逆にダメージを受けて涙目になりつつ彼の身体を触診し始めた。

 

「ジャック君! 大丈夫かい!? 怪我はないかい!? 火傷は!? どこか痛むところは!?」

「だ、大丈夫ですよ神様。全くの無傷です、どこにも怪我なんてありませんよ……ちょ、くすぐったいですから……」

 

 ベタベタとジャックの身体に触り纏わりつく女神の姿は、まるで子供の心配をする母親のようだった。

 母親というにはヘスティアの容姿は幼いが、家庭の守護神という神格がそう思わせるのだろうか。そんな益体もない思考をする程度には毒気の抜かれたアスフィは、ジャックに言おうとしていた小言を飲み込んだ。

 

「……随分と空中戦に慣れているようでしたが」

 

 代わりに声を上げたのは、ここまで一言も発することのなかった覆面のエルフだった。ヘスティアが「君喋れたのかい!?」と驚くのに、彼女はやや気まずげに目を逸らした。

 

「そう見えましたか?」

「空中でダンジョン・ワームの首を切り落としましたね。空中では足の踏ん張りが利かないので、あのように綺麗に首を落とすのは案外難しいものです。まして、そのような()()ではなおのこと」

 

 (なまく)ら、と言われて全員の視線がジャックの剣に向く。

 ダンジョン特有の薄暗さで見にくいが、何の変哲もない量産品の鉄剣に見える。強いて言うならジャックの体格からすればやや大きいだろうか。「失礼します」と一言断ってから近づき、(ミコト)は間近にその剣を観察し……怒りとも落胆ともつかぬため息をついた。

 

「……あり得ません。刃毀れしているだけならまだしも、所々に錆が浮いている。こんな有り様ではゴブリンすらまともに斬れないでしょう。ギルドはこんな鉄屑を剣と嘯き初心者に貸し付けているというのか……!」

「な、なんだって!?」

 

 (ミコト)の言葉にツインテールを逆立たせて激昂するヘスティア。信じて送り出した眷属が、よりにもよってギルドから命を預けるべき武器にゴミを掴まされたとあればさもありなん。

 見損なったぞアドバイザー君! と怒りに身体を震わせるヘスティアだったが、当然ながら事実は異なる。ジャックは慌てて口を開いた。

 

「これはギルドからの借り物ではなく自前の剣です! オラリオに来るまでの道中で追い剥ぎ連中からかっぱらったやつなんですよ」

 

 行商人カルロの護衛として街々を巡っていた旅の中、賊に襲われることは何度もあった。明らかに非力そうな商人と見るからに幼い少年の二人組だ。絶好のカモだと思われるのも無理はない。

 実際は生身でありながらLv.1程度の冒険者なら返り討ちにしてしまえる外見詐欺の護衛が付いていたわけだが、ジャックはこれ幸いと追い剥ぎから逆に金品等を奪い取っていたわけである。この剣はその時に賊の一人から頂戴したものだった。

 

 略奪で生計を立てているような人間に真っ当な武器の管理など望めない。壊れればまた奪えばいいと思っているような連中なのだから、押収した武器の殆どが碌に手入れのされていない状態で、今ジャックが持っている剣などはまだマシな部類だったのだ。

 とはいえ、人間や地上のモンスター相手なら問題なかろうが、ダンジョンに住まう正真正銘の怪物(モンスター)を相手にするにはあまりに力不足である。ジャックはこれをアッカーマンの技量と身体能力に任せたごり押しで無理矢理使っていたわけだが、そうまでしてこの(ボロ)を使っていたのは(ひとえ)にお金がないからだった。

 

 いくらギルドから武具の貸与があるとはいえ、レンタル品である以上は破損等による損壊や紛失の際には相応の弁償金がかかる。そして武具は消耗品である。「貸し出した武具が壊れる程に使い込まれた頃なら、既に十分な収入を得られる程度の実力は備わっているだろう」ということなのだろうが、自分だけでなくファミリア自体の財政にも不安のある現状、ジャックはその弁償代すら惜しんだ。

 何せ、ジャックの戦闘スタイル的に最も消耗の激しい武具は鎧ではなく剣だ。その剣を所詮は使い捨てのつもりで奪取した賊の押収品で賄えれば、調達費やメンテナンス費等々を丸ごと節約できるという寸法である。そうして浮いたお金で自身の実力に見合った武器をオーダーメイドすればいい。

 

 どうだ最高に頭の良い戦略だろう。そう自慢げに語るジャックに、ヘスティア──ではなく、何故かヤマト・(ミコト)が激発した。

 

「そこに直りなさい、イェーガーさん! あなたに武具の何たるかを教授して差し上げますッ!」

 

 武神に師事し武芸百般を修める(ミコト)だが*1、彼女が最も得手とするのは剣術である。

 そして剣術に一家言あるのみならず、実は密かに武器愛好家(フェチ)の気がある(ミコト)にとって、お金のために剣を使い捨てにするやり方は我慢ならないものだったのだ。

 

 先立つものが大事なのは自身も同じく零細ファミリアの眷属であるため理解できる。

 それはそれとして武器に罪はないのだし、量産品(マスオーダー)には量産品の魅力があるのだ。それを端から使い潰すつもりで杜撰に扱うなど、命を預けるべき武器に対する敬意に欠けている。

 

 目を白黒させるジャックをその場に正座させ、(ミコト)は滔々と武器の重要性と剣の魅力について語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穴があったら入りたい……」

 

 数分後。

 焦れた謎の覆面エルフとヘスティア様に急かされる形で説教を中断させられたヤマトさんは、時間を置いて冷静になったためか真っ赤になった顔を手で覆いパーティの最後尾をトボトボと歩いていた。

 

 ヤマト・(ミコト)……外見から古き良き大和撫子っぽい人かと勝手に思っていたが、思いの外おもしれー女だった。ああいうのを刀剣女子というのだろう、多分。

 

 しかし、先程の戦闘は反省点の多いものだった。

 あの覆面エルフ──何故か名乗らないため本名が分からないのだ──は俺の空中戦の手際を褒めてくれたが、本来あの場面で空中に身を置く理由は一切なかった。

 何せ跳躍している間は自由落下以外に移動方法がないのだ。取れる回避手段はせいぜい身を(よじ)るぐらい。踏ん張りも利かないから斬るのにも余分なパワーとコツが要る。総合して圧倒的にメリットよりデメリットが上回るだろう。

 

 ではそれが分かっていながら何故跳び上がったのかといえば、それはもう(くせ)としか言いようがない。

 厳密には俺ではなく、俺が継承した歴代アッカーマンの戦闘経験、その大部分に共通する癖である。

 

 ……今や説明するまでもないだろう。俺に流れるアッカーマンの血で最も影響が強いのはミカサとリヴァイの二人で、そしてこの両名は作中で最強クラスの対巨人戦闘の専門家(スペシャリスト)なのだから。

 

 もはや本能の域だ。さあ戦うぞ、と意識を戦闘状態に持っていくと、自然に身体が立体機動装置を操ろうとしてしまう。そこで「装置ねーじゃん」と気付くのに、にもかかわらずやっぱり空中戦をしようと脊髄反射で身体が跳躍してしまうのである。

 例えるなら……いつも遊んでいるアプリゲームがメンテ中だと頭では分かっているのに、身体はいつもの習慣でアプリを起動してしまう。で改めてメンテ中だと理解したのに、「メンテ中ヒマだな……何しよう……とりあえずデイリー回すか」とまたメンテ中のアプリを起動してしまう……そんな感じだ。俺と同じ現代日本人ならば、何割かはこのアホ丸出しの行動に理解を示して貰えると思うのだが、どうか。

 

 反省点はまだもう一つある。それは先程の戦闘でヘルハウンドの火炎放射を防ごうと展開した盾──「戦鎚」の能力についてだ。

 

 作中に登場した知性ある巨人……通称「九つの巨人」は、それぞれが冠された名に因んだ固有の能力を持っている。

 「超大型」ならば天を衝く巨体、「鎧」ならば堅牢な外殻といったように、「戦鎚」の巨人にもある特殊能力が存在する。それが硬質化能力──厳密には、水晶のような質感の結晶体を生成するというものだ。

 

 この硬質化能力、威力・汎用性共に他を圧倒していると言ってよい程に分かりやすく強い能力なのだ。「(あぎと)」の爪牙以外では、それこそ大砲の直撃を貰おうと罅一つ入らない超々高密度且つ高硬度の結晶体を生み出し、(あまつさ)え自在に変形させて操ってしまう。

 身体に纏って「鎧」のお株を奪う盾にするも良し。鋭利な氷柱(つらら)状に成形し、槍衾のようにして攻撃に使っても良い。「戦鎚」の名の如く武器の形にして振り回すことだってできる。

 

 まさしく攻守自在、千変万化の盾にして矛。その使い勝手の良さは、作中において「進撃」「女型」「獣」の巨人が脊髄液の摂取によって因子を取り込んでまで使用していたことからも窺える。

 

 だがもう一つ、「戦鎚」の力が他の知性巨人のそれと比べて異質な点は、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()。それに尽きるだろう。

 

 アニ・レオンハートというキャラクターがいる。彼女は主人公エレンやその仲間達が属するパラディ島とは敵対勢力にあたる軍事国家マーレの戦士であり、「女型」の巨人の継承者でもあった。

 「女型」は基本的に男性体である巨人の中にあって例外的に女性の身体的特徴を有する巨人であり、軽量でしなやかな体躯による圧倒的な運動性能が特徴だ。

 そして他に特筆すべき点として、「女型」は他の巨人の能力因子を取り込み、自身の能力として扱う力に長けるというものがある。実際、同様に「戦鎚」の力を取り込んだ「進撃」や「獣」より、「女型」の方が能力を使いこなしていたと思しき描写が随所に見られた。

 

 その最たるものが、巨人化できない程に追い詰められたアニが自身の身を守るために「戦鎚」の力で生み出した結晶のシェルターに閉じ籠ったというものだ。

 「進撃」のエレンと「獣」のジークがこれと同じ力を行使した場面はない。とはいえ問題はそこではなく、明らかに巨人化していない、生身の人間状態のアニが「戦鎚」の力を行使できたという事実が重要なのだ。

 

 これを行ったのが「戦鎚」の継承者本人ならばまだ分かる。だが、あくまでアニは他の巨人の固有能力の再現に優れた「女型」の継承者に過ぎず、「戦鎚」本人ではない。

 つまり生身での「戦鎚」の力の行使は、因子を受け継いだだけの他の巨人の継承者でも使える程度には再現性が高い能力だということ。逆説的に、「戦鎚」の継承者ならば当然のように行使できる基本性能であると主張する根拠にもなるだろう。事実、「戦鎚」の継承者たるラーラ・タイバーは巨人体にならずとも硬質化能力を行使しエレンを追い詰めていた。

 

 さて。説明が長くなったが、これで俺が生身で「戦鎚」の硬質化能力を使用できた理由については理解が得られたことだろう。問題は、この硬質化能力があくまで巨人化状態での使用が前提の性能をしていたことにある。

 要は細かな制御を受け付けないのだ。結晶の氷柱にしろ武器にしろ、巨人サイズの規模での生成に最適化されており、人間サイズで作ろうとした途端にとてつもない集中力と細やかな制御能力が要求されてしまう。言うなればクレーン車のアームでジグソーパズルを行うに等しい。サイズにしろパワーにしろ、規模が大きすぎて繊細な力の行使に向いていないのだ。

 

 俺が結晶で剣を作らず、使い古された鈍らを使い続けているのはこれが理由だ。巨人サイズならまだしも、子供である俺が使える大きさの物を生み出そうとしても、辛うじて剣に見えなくもない歪な棒状の何かが出来上がるだけである。

 とにかく……そんな物を武器として装備するなど認められん。始祖ユミルの名に傷がつくからな……

 

 先程の盾もそうだ。到底武器とは言えない歪な円盤状の結晶でしかないにもかかわらず、生成に一秒もの時間を要した。

 たかが一秒と言うなかれ。一瞬の判断が生死を分ける戦いにおいて、たった一秒の価値は計り知れない。造形を妥協してもここまで時間がかかるのなら、オリジナルの「戦鎚」の巨人のように瞬時に武装を切り替えて柔軟に戦うような真似など夢のまた夢である。

 

 幸いなのは、訓練次第でどうにかなりそうな感触が得られたことだろう。何度か生身での結晶生成を試みていたのだが、徐々にではあるが精度・速度共に向上しつつある。特に、神の恩恵(ファルナ)を受けたことで格段に練度が上がったという感覚があった。

 恐らくは【器用】のステイタスによるものだろうと予想しているのだが、もしこの予想が正しいのならば、俺は自身の戦力評価を今一度改めなければならない。

 

 そう、これは一つの事実を示している。

 神の恩恵(ファルナ)によって力を増したのは生身の俺だけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが事実だとするなら、経験値(エクセリア)の獲得量半減というデメリットはむしろ妥当なハンデだったのかもしれない。

 何故なら()()()()()()()。ただでさえ恩恵の力は一般人を超人へと変えてしまうのだ。それが元から強い巨人にも適用されるのだとしたら、それはもう鬼に金棒どころの騒ぎではない。

 

(だとするなら、あるいは──)

 

「イェーガーさん。考え事も結構ですが、そろそろですよ」

 

 掛けられた声に思考の海に沈んでいた意識が浮上する。若干咎めるような眼差しのアンドロメダさんに促され前を見ると、いつの間にやら大広間へと繋がる入口を目前としていた。

 うっかり耽っている間に、随分と深い所まで進んだらしい。相変わらず張り切って前衛を務めている覆面エルフがこの狂った進行速度の原因だが、今や俺達がいるこの場所は17階層。俗に中層と言われるエリアの最下層である。

 

「……結局、ここまでの道中でベル・クラネル達のものと思しき痕跡はなかった。ということはやはり……」

「たった三人のパーティで18階層まで進んだ……ということだろうね。どうやらアスフィの予想は的中してくれたらしい」

 

 戦慄したように呟くカシマ・桜花(オウカ)さんと、それでこそと言わんばかりに会心の笑みを浮かべるヘルメス神。

 

 そう、俺達は何も闇雲に中層を突き進んでいたわけではない。ましてや全階層を虱潰しに捜索しようとしていたわけでも勿論ない。

 アンドロメダさんは捜索するにあたりある仮説を立てた。クラネル団長達は引き返すのではなく、更に下層を目指して進軍したのではないかというものだ。

 

 元々団長達は日帰りのつもりで中層に足を踏み入れたらしい。

 ならば怪物進呈(パス・パレード)を受け少なくない消耗を被った彼らが、そのまま攻略を続行するとは考え難い。普通ならば撤退を選択するだろう。にもかかわらず、彼らは未だに帰ってきていない。階層を下る我々のパーティと鉢合わせることもなかった。何故か。

 理由としては、何らかの事情により階層からの脱出が困難になってしまったというもの。そしてその事情として考えられるのは、不規則に開閉を繰り返す中層特有の自然罠(ネイチャートラップ)……縦穴に落ちてしまったのではないか、というものだった。

 

 自力での帰還が困難なほどの深い階層に落ちてしまったとするならば確かに辻褄が合う。そこまで深く進んでしまったのなら、彼らに残されたであろう体力や物資の量を鑑みるに、敢えて突き進み安全階層(セーフティポイント)である18階層を目指すというのは合理的な判断だ。

 進むにしろ引くにしろ、どの道リスクが伴うのなら、よりリターンの多い方を選ぶというのはなるほど理解できる。大分、いやかなりの博打だろうが、個人的にはそれでこそ冒険者だと喝采を上げたいところだ。同じ神を仰ぐ眷属として少し誇らしい。

 退けば老いるぞ臆せば死ぬぞ、という奴だろう。冒険してこその冒険者だ。物語だとありがちな展開だが、やはり王道には王道であるからこその魅力があると思うのだ。

 

 ……さて、改めて意識を目の前の事象に戻そう。今我々がいるのは17階層の最奥、大円形の入口(エントランス)で、その先に広がる大広間を抜ければいよいよ目的地の18階層(セーフティポイント)だ。

 そしてこの大広間こそが最後の関門にして鬼門である。

 横幅100M(メドル)、高さ20M、奥行きに至っては200M程もある広大な直方体状の空間だ。その部屋が何のためにあるのかなど、俺のようなRPGゲームに馴染みのある人間ならば一目瞭然。即ち()()()()である。

 

『……ォオオォ……』

 

 17階層最奥部に広がる大広間、通称「嘆きの大壁」。

 そこに座すは中層最後の大敵。新世界を目指す数多の冒険者を返り討ちにしてきた階層の主がそこにいた。

 

 7M(メドル)はあろうかというその巨体は灰褐色の表皮に覆われており、全体的な輪郭は人のものに酷似している。

 発達した四肢は太い筋肉に覆われ、呪詛のようにも聞こえる低く悍ましい呻き声が漏れる口腔からは乱杙歯(らんぐいば)が覗く。

 

 

 迷宮の孤王(モンスターレックス)、『ゴライアス』。

 灰を帯びる異形の巨人が、そこにいた。

 

 

 血のような深紅の双眸が炯々とした眼光を放ち、大広間に足を踏み入れようとする我々を睥睨する。しかし広間から出る気はないのか、今のところ嘆きの大壁を背にしたまま部屋の中央から動く気配はない。

 だが、ひとたび部屋に踏み込めば、あれは即座に起動し襲いかかってくるだろう。今にも喰らいつかんばかりの鬼気(プレッシャー)がここまで漂ってきている。

 

「あれが……階層主……」

 

 ヒタチ・千草(チグサ)さんが上擦った声で戦慄(わなな)く。声には出さないが他の二人も身を固くして警戒を露わにしていた。

 一方、アンドロメダさんと覆面エルフの二人は涼しい顔だ。無論のこと脅威を感じていないわけではないのだろうが、二人のレベルと到達階層的に、ゴライアスは初見の敵というわけではなかろう。一度は下した敵ということならば、彼女らの態度にも頷ける。

 

 ……俺?

 意外と小さいな、というのが奴を見た時の率直な感想だった。7メートル(メドル)というのは「進撃の巨人」の世界観においては小型の部類だ。異なる世界観同士を比較するのがナンセンスなのは理解しているのだが、同じ巨人ということでどうしても意識してしまうのである。

 

「さて……どうしましょうか」

 

 そう悩ましげにぼやくアンドロメダさんの視線は、真っ直ぐ二柱の神……というより主に己の主神(ヘルメス)に注がれている。

 眷属の熱い眼差しを受けたヘルメス神は、満面の笑みでその期待に応えた。

 

「頼りにしてるぜアスフィ! 全力で俺達を守ってくれ!」

「…………やっぱり殴ってでも置いてきた方が良かったかしら」

 

 半ば本気のトーンでそう呟くアンドロメダさんの目は死んでいた。

 とはいえここまで来てしまった以上、どうにかして神様を守りつつゴライアスを突破しないことには先に進めないわけで。

 

「幸い、ここから見える範囲ではクラネルさん達のものと思しき死体も装備の残骸もありません。ゴライアスが生まれ落ちる前にここを抜けたか、あるいは強引に突破するなりして先に進んだのではないかと」

「そう願うばかりですが……はぁ、いつまでもここで悩んでいたところで始まりませんね。

 私と貴方でゴライアスの注意を引き、その隙に他の皆さんが神を護衛し広間を抜ける。シンプルな作戦ですが、現状ではこれが最善でしょう」

「異論はありません」

 

 打てば響くようなやり取り。詳細なレベルは知らないが、明らかにLv.2やLv.3程度では説明のつかない風格の二人は手慣れた様子で打ち合わせを終えると、視線でこちらに内容の是非を問うてくる。

 無論、圧倒的に格上の二人が立てた方針に異論などあるはずもない。タケミカヅチ・ファミリアの三人と俺は無言で頷いた。

 

 ……異論はない。ないのだが。

 

 何かあのゴライアス、さっきから俺のこと見過ぎじゃね? ずっと目が合ってるんですけど。

 

「では、行きますよ。遅れないように」

『応!』

 

 威勢よく答えるタケミカヅチ・ファミリア。

 それを合図に、アンドロメダさんと覆面エルフの二人が凄まじい速度で大広間に飛び込んだ。

 そしてそれに続くように、俺達は神二柱を真ん中に据えた方円陣形で部屋に突入。先に入った二人がゴライアスの注意を引いている間に、「嘆きの大壁」の中心部分に口を開けている洞窟……18階層へ続く通路へと駆け込む算段だ。

 

 

『──オオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 瞬間、侵入を認めたゴライアスが行動を開始する。耳を(ろう)する咆哮を上げ、その巨体を揺らし真っ直ぐに突っ込んできた。

 

 ──俺達に、というより明らかに俺に向かって。

 

「なんで???」

「ぅええええ!? こっち来たああああ!?」

「っ!?」

「はああああ!?」

 

 上から俺、ヘスティア様、覆面エルフ、アンドロメダさんの悲鳴である。

 いやホントなんで???

 

「巨人同士は引かれ合うってか? そんな引力俺は認めねぇぞ!」

 

 このまま陣内に留まっていれば神様に被害が及ぶ。そう判断した俺はすぐ様パーティから離れ、アンドロメダさん達とは反対方向に駆け出す。

 すると案の定、ゴライアスは方向転換し真っ直ぐ俺に向かって突進してきた。やはり最初から狙いは俺だけのようだ。

 

「ジャック君!?」

「作戦変更です! アンドロメダさん、神様をお願いします!

 ──()()()()使()()()()()! 構いませんね、ヘスティア様!」

「そんな……ダメだ! 他の神の目もあるのに……!」

 

 いいや限界だ。使うね。

 というか使わねば流石にどうにもならん。チュール氏との缶詰授業で習った知識によると、ゴライアスの推定レベルはLv.4とのこと。アッカーマンの力を加味し高く見積ってもLv.2がせいぜいの俺では逆立ちしても太刀打ちできないだろう。

 

 さて、動作はそこまで機敏ではないようだが、歩幅の問題で接敵までそう時間もない。あと数秒でゴライアスは俺を射程圏内に収めるだろう。

 迷っている暇はない……が、少々俺とパーティの距離が近過ぎる。俺の巨人は変身時にかなりの爆発を生じるので、恩恵を受けているタケミカヅチ・ファミリアの面々ならともかく、一般人レベルの身体能力しかない神様達は衝撃でひっくり返ってしまうかもしれない。それで後頭部を強打して強制送還とか笑い話にもならん。ならば──

 

 俺はある作戦を思いつき、それを実行に移すべく身構えた。

 ギリギリまでゴライアスを引きつける。覆面エルフとアンドロメダさんが鬼気迫る表情で、ちょっと怖いぐらいの速さでこっちに向かってくるが、できれば巻き込まれないように離れてほしい。というか神様達を守ってほしい。

 

 地響きが迫ってくる。まだだ、もう少し。できればその巨体で壁になってくれるように──

 

 今だ。

 眼前数C(セルチ)まで迫った拳から目を逸らさぬまま、俺は親指の付け根の肉を噛み千切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷鳴が轟いた。

 それは自然現象ではあり得ない、大地より生じる逆しまの轟雷だった。天を衝き無数に枝分かれした稲妻が大広間の天井を這い回り、薄暗い地下迷宮(ダンジョン)を白昼の如くに染め上げる。

 

 直後、炎の轟哮が迸る。先の雷鳴に倍する爆発の大音響は、爆轟とでも形容すべき音の衝撃と熱波を撒き散らした。

 

『──────ッッ!?』

 

 その爆発を至近距離から受けたゴライアスは、声にならぬ悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 7M(メドル)もの巨体が宙を舞う様はあまりに現実味がなかったが、続く光景はそれに輪をかけて非現実的だった。

 

 濛々(もうもう)と立ち込める土煙の中から真っ先に姿を現したのは、あまりに巨大な骨の腕。

 それもただの骨ではない。それはまるで水晶のような材質で構成されていた。そこに薄く筋肉がへばりついており、熱と蒸気を吹き上げながら脈動している。

 

 でかい。そんな陳腐な感想しか浮かばない程、現れた水晶の腕は巨大だった。その骨張った(てのひら)だけでちょっとした小屋ほどはあるだろう。

 この場の誰もがその巨大に過ぎる腕に目を奪われる中、それは骨と僅かな筋肉だけで構成されているとは思えぬ滑らかな挙動で動き出し──

 

 まるで蝿を叩くように、ゴライアスの巨体を()()()()()()()()

 

『ォオオオオオオオオ────!?』

 

 再度悲鳴が上がる。

 巨人が上から押さえ付けられるという非常識。だが、絶えず響く巨腕の超重量でゴライアスの巨体を軋ませる異音が、これが紛れもない現実のものだという事実を突き付けてくる。

 

 続いて姿を現したのは、水晶で形作られた巨大な頭蓋骨だった。

 腕と同じく最低限の筋肉を搭載しただけの巨大な髑髏(しゃれこうべ)。その中でひときわ異彩を放つのは、両の眼窩の中央に蠢く眼球である。

 緑の虹彩を持つそれはぎょろぎょろと動き回り、リューとアスフィ、タケミカヅチ・ファミリアの三人とその中心で守られるヘスティアとヘルメスを順繰りに視線でなぞる。

 そして最後に自らの掌の下でもがくゴライアスを向き、そこで視線を固定させた。

 

 やがて噴出する蒸気に押し退けられるように土煙が晴れていき、全貌が露わになる。

 

 その正体は、上半身だけの巨大な骸骨だった。まるで出来損ないの人体模型のように剥き出しの筋繊維が水晶の骨格に纏わり付いているそれは、上背だけでゆうに10M(メドル)を超えているだろう。

 全体的なシルエットは、深層37階層に出現するという迷宮の孤王(モンスターレックス)『ウダイオス』と似ているだろうか。ウダイオスもまた上半身のみの骸骨といった外観で、漆黒の骨だけで構成された肉体を有する異形のモンスターである。

 だがここは17階層だ。37階層ではないし、そもそも階層主のいるフィールドでは他のモンスターは発生しない筈である。

 

 ならばいったい、この骸骨の巨人は何なのか。そんな疑問が一同の脳裏を過ぎる中、突如として──水晶の巨体がよろめいた。

 

『オォォ……』

 

 鋭い歯が並ぶ(あぎと)の奥から低い呻き声が漏れる。ぐらりと巨大な上半身を揺らがせた骨の巨人は、ゴライアスを押さえ付けているのとは反対の腕で地面を掴み、倒れそうになる身体を支えた。

 そしてそのまま沈黙する。骨の掌と地面の間で圧迫されるゴライアスの苦鳴だけが広間に反響する中、骨の巨人は光を失った緑の眼球で虚空を睨んだまま、完全にその動作を停止させていた。

 

「な、な、な……なにコレぇえええええ!?」

 

 場に満ちた沈黙を破るように、ヘルメスの絶叫が響き渡る。

 その声に僅かな喜色が混じっているのは気の所為ではないだろう。地上に降り神の力(アルカナム)を封印され全知零能の存在に成り下がろうと、神は神だ。全知の存在に変わりはなく、神々に知り得ぬ事象など皆無であるといっても過言ではない。

 そんな神が……それも旅人や学問の守護神として天地冥界のあらゆる事物に精通するヘルメスをして、目の前で沈黙を保つ巨大な骨の巨人について何も知り得ない。

 

怪物(モンスター)ではない! そんなものは見れば分かる! では何なのかといえば全く分からん!

 少なくとも巨神(ティターン)ではない! さりとてあらゆる神話体系の巨人(ギガース)とも特徴が合致しない! ならば精霊……いや妖精か!? 馬鹿を言え零落した妖魔とてもう少し控えめな見た目をしている! こんなデカくなるものか!

 いやいやよく思い出せよヘルメス……さっきジャック君は『スキルを使う』と言って、その直後に出てきたのがコイツだ! じゃあ何か? この異形は人間がスキルで変身した姿だとでもいうのか!? 俺達の神の恩恵(ファルナ)はファンタジーやメルヘンじゃあないんだぜ!?」

 

 神々が何のために地上に降りてきたのかを考えれば、ヘルメスのこの興奮具合も決して異常なものではない。そう、全知全能の超越存在(デウスデア)たる彼らは、無限に続く既知の退屈から逃れるべく降臨してきたのだ。神々にとって、未知の興奮は神酒(ソーマ)にも勝る最高の甘露である。

 これ程の未知はヘルメスの億年を超える神生(じんせい)においても片手で数えられるほどしかない。まして、未知は未知でもここまで異色の驚きは数千、下手をすれば数万年は遡らなければ覚えがないほどのものだった。

 

「ヘスティア! 君はジャック君が何をしようとしていたのか理解しているようだったが……!」

「こ、こんなデカブツが出てくるなんて想像してなかったやい! 言っとくけど、ボクに聞かれたって何も答えられないぞ! ジャック君のレアスキルはボクも見たことがなかったんだからな!

 うぅ……こうなるのが分かってたから他の神の目があるところで使ってほしくなかったのにぃ……」

 

 呆然とする眷属達を他所にヒートアップする二柱。

 場が奇妙な空気に満ちる中、唐突に件の骸骨に動きがあった。ぶちぶちと頑丈な雑草を引き千切るような音が(うなじ)の辺りから鳴り、激しく噴出する蒸気と共に2M(メドル)ほどもある大きな水晶の塊が転げ落ちてくる。

 

 それは自由落下に任せてダンジョンの床に叩き付けられ、澄んだ音を響かせて粉々に砕け散る。

 砕けた水晶の中から小柄な人影が転がり出てきた。

 

「ジャック君!」

「うぇぇぇ、酷い目にあった……ギリギリを攻め過ぎて鼻が潰れた……」

 

 ぱぁっ、と表情を明るくしたヘスティアが小柄な人影……無事な様子で現れたジャックに駆け寄ろうとする。

 だがジャックはそれを手で制すと、やや焦りを感じさせる面持ちで声を上げた。

 

「すみませんが、あまり悠長にしている時間はありません。コイツは張りぼてです。急造で拵えた筋肉が萎んでしまえば、支えを失った骨格は崩れてしまいます」

 

 その言葉に全員の視線が水晶の骸骨に向く。

 言われてみれば確かに、骨格の巨大さに比して搭載された筋肉の量は圧倒的に少なく、急拵えというのにも頷ける。絶えず噴き上げる蒸気は巨大な骨身を支えるのに無理をしている証左であり、まるで風船が萎むかのように、徐々に肉の量を減じていた。

 

「張りぼての巨人が崩れればゴライアスは自由になってしまいます。辛うじて拘束できている間に階層を抜けてしまいましょう」

「……そうですね。そうすべきでしょう、ええ」

 

 あまりの出来事に長時間の思考停止を余儀なくされていたアスフィは、気を取り直すように眼鏡の(ふち)を指で押し上げる。

 

「急ぎましょう」

 

 なおも騒ごうとするヘルメスの襟首を掴み上げ、凛然とした表情を取り戻した【万能者(ペルセウス)】は一同に号令を告げる。

 呆然としていたタケミカヅチ・ファミリアの三人はその声でようやく我に返り、無言のまま何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────────』

 

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる水晶の巨体。支えを失うと同時に倒壊し、風化するように塵となって消滅しようとする骨の山を掻き分け、自由になった灰褐色の巨人はその身を起こした。

 

『……────────』

 

 モンスターには感情がないと言われている。彼らの役割はダンジョンという母体に侵入する病原菌(冒険者)を撃退する白血球のようなものであり、その役割以上の機能は与えられていない。

 敵からの攻撃に顔を歪ませ咆哮したり、痛みに呻き身を(よじ)らせることもある。だがそれらは生物的な反射の域を出ず、喜怒哀楽の表れというには感情的な色の希薄なものだった。

 

『……ォ────────』

 

 だが今この時、呆然と立ち竦む巨人の顔に表れたそれは、感情がないとされるモンスターにあるまじき「色」を宿していた。

 

『ォォ……ォオ────────』

 

 その色の名は「怒り」……そして「恐怖」だった。

 

 己を上回る巨体でこちらを見下ろす相手への「怒り」。

 己を上回る巨体でこちらを押し潰す相手への「恐怖」。

 

 

 

『ォォォ……ォォォオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ───────────ッッ!!』

 

 

 

 巨人は哭いた。かつて感じたことのない、身を焦がすような憤怒に。

 巨人は哭いた。かつて抱いたことのない、身を凍りつかせるような畏怖に。

 

 それは紛れもない感情の発露だった。その慟哭は産声のように響き渡り、地下迷宮を震撼させる。

 

 

 果たして、その産声に応えるかのように。

 あるいは、その誕生を言祝ぐかのように。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

*1
彼女のみならず、桜花(オウカ)千草(チグサ)など、タケミカヅチ・ファミリアの眷属は大抵があらゆる武器術に精通している




ゴライアス「わァ……ぁ……」
ダンジョン「()いちゃった!」
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