進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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二千年前の君からお待たせしました。今回は対ゴライアス強化種戦までの幕間ということで、全て主人公の一人称視点でお送りします。キャラ崩壊はご愛嬌。



7.リヴィラでのひと時

 大方の予想通り、クラネル団長達は無事に18階層まで辿り着いていた。

 

 まさに生まれた瞬間のゴライアスに追い立てられるように安全階層(セーフティポイント)に転がり込んだ団長は、偶々(たまたま)その場にいた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに保護され、そのまま【ロキ・ファミリア】の天幕で厄介になっているらしい。

 

 それにしても凄い偶然である。()()ロキ・ファミリアが遠征していたお陰でゴライアスが再出現(リポップ)するまで猶予が生じ、やや際どかったものの階層主との戦闘を回避することに成功し。

 そして遠征帰りに()()18階層で足止めを余儀なくされていたロキ・ファミリアが陣地を張っていたお陰で、中層での強行軍で負った身体の傷を癒すばかりか、地上に帰還するまでのエスコートまでして貰えることになったとは。

 

 ……いや本当に偶然かこれ? この芸術的なまでの一連の流れが偶然なのだとしたらあまりに出来すぎである。団長はきっと物凄い豪運の持ち主に違いない。それこそ【幸運】のステイタスやスキルがあったら熟練度カンストしているレベルだろう。

 

 とまれかくまれ、自派閥の長が他所のファミリアに世話になっているわけで。同じファミリアの団員としては挨拶しないわけにもいくまいと、俺はロキ・ファミリアの天幕にお邪魔していた。……果てしなく気が乗らなかったが。

 

 

「やあ、ジャック・イェーガー君。君のことはロキとマーカスから話を聞いて知っているよ。悪いとは思ったけど、個人的にも少し気になって調べていたんだ。

 まさか他派閥の眷属として、それも中層(こんなところ)で会うことになるとは思わなかったけどね。逃した魚は大きい、というのは東洋の慣用句だったかな?」

 

 

 ほらああああやああああっぱりこうなったああああ。

 

 にこにこと、一見フレンドリーな微笑みから繰り出される開幕皮肉。んだよテメーの故郷はブリテンですかぁ?

 

 ……などと、そんな内心はおくびにも出さない。というか出したら社会的にも物理的にも首が飛ぶだろう。

 何せ相手はLv.6。オラリオにおける二大巨頭の片割れにして、都市どころか世界中にその名を知られる生ける伝説。

 

 

 ロキ・ファミリア団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナその人なのだから。

 

 

「……その件につきましては、平にご容赦を。如何せん私は身寄りもなく、明日をも知れぬ身空でありましたので……」

 

 どうかご寛恕下さい、と顔を伏せる。

 

 まあ実際、彼らからすれば俺は「ロキ・ファミリアに入りたいです!」と調子のいいこと言いながら他のファミリアに入った鼻持ちならないガキだろうしな。実際に入団が許されたかどうかは別として、決して面白い話ではないだろう。

 それにしても、まさかそのことを団長(トップ)が把握しているとは思わなかったが。もしかしたらあの門番の兄ちゃんが口利きでもしてくれていたのかもしれない。あの中身までイケメンそうな兄ちゃんのことだし、あり得ない話ではないな。

 

「これフィン、相手は子供じゃぞ。そう脅すようなことを言うもんではない」

 

 そう言って小人(パルゥム)の英雄を窘めるのは、全身を鋼のような筋肉で武装した髭面のドワーフだった。

 派閥の長を相手に対等な口を利く彼もまた、【勇者(ブレイバー)】と同じ高みにあるLv.6の重戦士。

 

 ──【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。

 

「なるほど……確かに、ロキが好みそうな顔立ちをしている。道理であの時荒れていたわけだ」

 

 その時を思い出すように形の良い眉を顰めるのは、「女神すら嫉妬する美貌」と神々から称えられる美貌のハイエルフにして、都市随一と名高いLv.6の魔導士。

 

 ──【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 以上三名──紛れもないロキ・ファミリアの大幹部が、俺の前で雁首揃えて並んでいた。

 何これ、圧迫面接?

 

「ふふ、すまない。本当に含むところはないんだ」

 

 ほんとにござるかぁ?

 

「けど、惜しいと思っているのは本当さ。見ればわかる。君は運や(まぐ)れではなく、実力でここまで来たのだとね」

「その歳で随分と腕が立つようじゃな。これは将来が楽しみじゃわい」

「生憎私は魔導士なので戦士の善し悪しなど門外漢だが……お前が只者でないのは分かる。励めよ、お前ならばそう遠くない内に最上級冒険者(ここ)まで至るやもしれん」

 

 え、なに? 急にめっちゃ褒めるじゃん。

 やめろよ照れるだろ。褒めたって巨人しか出てこねぇぜ。

 

 確かにLv.1、それも俺のような子供が中層を突破したとなれば驚異的に思えるだろう。だが今回の場合はLv.2が二人に、明らかに適正レベルを超過した上級冒険者が二人もパーティにいたのだ。口が裂けても俺自身の実力によるものとは言えまい。

 無論、自分が割と規格外な存在であろうというのは自覚するところだ。Lv.1でありながら中層でも通用する武力を有しているというのは、一般的な冒険者の基準からすればあり得ない。普通、Lv.2ぐらいの実力がなければ中層のモンスターと渡り合えないし、ましてや中層中間区にまで到達しようと思えば、Lv.2でも中堅以上の実力者がパーティに一人は欲しいところだろう。

 

 まあ、それにしたって評価し過ぎな気はするが。彼らの発言の半分は本心かもしれないが、どうにも残り半分は世辞が占めているような気がするのだ。

 普通に考えて、Lv.6且つ都市最大派閥に属する彼らが俺のような木っ端冒険者におべっかを使う意味などない。その必要もない。むしろ俺が媚びを売る方が力関係的にはしっくり来るだろう。

 

 逆に考えてみよう。俺を褒めて気分良くさせて、それで彼らに何のメリットがあるのか。

 警戒心を解く? まあ、それはあるかもしれない。俺の性根がひん曲がっているせいで逆に警戒に繋がってしまっているが、彼らのような殿上人から褒めそやされれば、普通なら警戒するより喜びが勝るだろう。

 で、警戒心が解けたらどうなるか。一般的な感性なら、好意的に接してくる相手に悪感情を抱くようなことはないだろう。好意的な相手には好意を抱くのが普通だ。俺だって、少なくとも彼らの発言に反感を覚えているわけではない。

 

 ……何というか、あれだな。ごく典型的な懐柔策の手管だなこれ。彼らほどの人物がそんなことをする意味も理由もないはずなのですぐには思い至らなかったが、こうして冷静に考えてみるとますますそんな気がしてきた。

 

 この仮定が俺の妄想ではなく真実だとするなら、では何で彼らは俺を懐柔しようとしているのか、という疑問が湧く。

 見込みのあるLv.1だから、というだけでは大幹部自らが動くにはあまりに弱いだろう。こんなのもっと下っ端の構成員に任せる仕事だ。俺は彼らロキ・ファミリアの前ではアッカーマン仕込みの格闘戦も、巨人化能力も何一つとして見せてはいないのだから、彼らから俺に対する印象として特別なものは何もないはずなのだ。

 

 とすると、本来動くべきではない彼らを動かした何者かが別にいると考えた方が自然だ。

 で、ファミリア最高幹部の彼らを顎で使える者など、この世にただ一柱(ひとり)しかいないわけで。

 

「……神様?」

 

 そう呟くと、人の好さそうな笑みを浮かべていた彼らの表情が凍りつき、目に見えて狼狽した。

 はい図星(ビンゴ)

 

「……参ったなぁ、流石にたったこれだけの会話から見抜かれるとは思わなかったよ。露骨すぎたかな?」

「うぅむ、やはり儂に腹芸は無理じゃな。向いとらん」

「……私は知らんぞ。元よりこんな囲い込みのような真似には反対だったのだ」

 

 苦笑したディムナさんが白状した(ゲロった)ところによると、やはり一連の妙に好意的な発言は彼らの主神、ロキ神の意向によるものらしかった。

 何でもあの日俺が入団を求めて「黄昏の館」の門前に来た時、遠目にだがその姿がロキ神の目に留まり、一目で気に入られていたらしい。無論、気に入られたと言ってもそれは俺の実力を見てのものではない。タケミカヅチ様のように一目で戦士の力量を看破する目利きがあったわけでもない。

 

 俺の見た目が気に入ったのだそうだ。ヤンナルネ。

 

「気を悪くしないでほしいんだけど、実のところロキ・ファミリアにはそういう理由で主神自らが勧誘した団員が相当数いる。決して君の実力を蔑ろにしたり、軽んじたりしているわけではないんだ」

「そうなんですね……」

 

 道理でロキ・ファミリアには美男美女が多いわけだ。あの門番の兄ちゃんもやたらイケメンだったし、むしろ納得である。

 

 まあ仕方ない。俺の外見はエレン譲りの目つきの悪さ以外は殆どヒストリアだからな。

 何せヒストリアはあのライナー・ブラウンを魅了し、「女神」だの「結婚したい」だの「結婚しよ」だとかの(気持ち悪い)発言を連発させたほどの美少女だ。【九魔姫(ナイン・ヘル)】や【剣姫】で目が肥えているであろうロキ神をして目をつけるのも理解できる。

 

 そんな経緯もあり、ロキ神はあの日遠目に見た俺(の見た目)を忘れられず、眷属を動員してまで俺の行方を捜索。しかし発見した時には既に手遅れで、ヘスティア神の眷属になった後だったという。そしてただ他所のファミリアに先を越されただけなら諦めもついたのかもしれないが、よりにもよって相手がヘスティア神だったことが事態をややこしくしたそうだ。

 何でも、ロキ神とヘスティア神は天界時代からの旧知の間柄ながら、とあるやんごとなき事情により犬猿の仲なのだという。そのやんごとなき事情についてはあまりにやんごとないので割愛するが、ともかく目をつけていた人間がヘスティア神に盗られたことでロキ神はご立腹。目を三角にして己の眷属、特に幹部陣に言いつけたそうだ。

 

「『手段は問わん! もしあのコと接触する機会あらば、何としてでもウチのファミリアに引き入れるんや! ……けど嫌われたくはないから、脅しつけて無理矢理はアカンでー!』……と言っていた」

「あはは……ノーコメントで」

 

 アールヴさん声真似上手いですね。

 声色は本神(ほんにん)と会ったことがないので似ているかは分からないが、声の抑揚やトーンなどが完璧に関西弁を再現している。

 

「すまないな。神々に振り回されるは人の定めとはいえ、お前にとってはいい迷惑だろう」

「いえ、外見だって持って生まれた天稟には違いありません。それを神様から直々に褒めて頂けるのは光栄です。……ただ、『改宗(コンバージョン)』については」

「ああ、分かっている。こちらとしても決して無理強いするつもりはない。あの主神(バカ)への義理立てとしてはもうこれで十分だろう、フィン?」

「うん、無理な改宗なんてお互いにとって不幸なことにしかならない。僕達もあわよくば程度にしか思ってなかったし、これ以上の引き抜き工作はしないと約束するよ」

 

 良かった良かった。正直ロキ・ファミリアへの入団となると流石の俺も心が揺らぐが、それでもあの時あの瞬間、飢えるかどうかの瀬戸際にいた俺を救ってくれた神はロキ様ではなくヘスティア様だ。その恩義には報いたい。

 

「けれど──覚えておいてほしい。ロキ・ファミリアはいつでも君に対して門戸を開いている、とね」

 

 そう言って微笑むディムナさんの目は笑っていなかった。

 俺には理解(わか)る。あの目は本気(マジ)だぜ。

 

 ……なんだ、何が彼の琴線に触れたんだ? 如何な英雄とてタケミカヅチ様のような眼力があるわけでもないだろうに、俺のどこがそんなに気に入ったというんだ。

 それとも何か? 第一級冒険者ともなれば武神と同じように見ただけで相手の力量が分かるのか? 俺だって継承の力のお陰である程度の見極めはできるが、戦闘態勢にもなっていない相手から読み取れる情報などたかが知れている。

 

「……む、ジャック・イェーガー。少しこちらに寄れ」

 

 すると、アールヴさんがそう言って手招きしてくる。

 はて、何だろう。この天幕には俺を含めて四人しかいないのに、内緒話か何かだろうか。

 

「違う、もっと近くだ」

 

 何でもないことのようにそう告げるアールヴさんは、ぽんぽんと自らの膝を手で叩いている。

 え、俺にハイエルフの王族の膝の上に座れと? Why(なぜ)

 

「うむ、そうだ。……やはりな。後ろの髪に変なクセが付いてしまっている」

 

 せっかく綺麗な髪をしているのに勿体ない。そう言うと彼女はどこからともなく櫛を取り出し、(おもむろ)に俺の髪を()き始めた。

 なになになに。さっきから【勇者(ブレイバー)】といい【九魔姫(ナイン・ヘル)】といい、どうしちゃったのよホント。怖いんですけど。

 

 助けを求めるようにランドロックさんに視線を向けると、彼は「儂しーらない」といった表情で口笛を吹いていた。

 おいコラこの状況から逃げんじゃねぇ、お前んとこの団長と副団長だろうが。

 

「……やはり髪といい顔立ちといい、幼い頃のアイズを思い出す。その荒んだ目つきも、かつてのアイズとそっくりだ……懐かしいな……」

 

 おいこのハイエルフ俺を【剣姫】と重ねて見ていやがるぞ。子離れできない母親かよ。何でこんなになるまで放っておいたんだ。

 あとこの目つきは荒んでいるわけではなく生まれつきだ。言われてるぞエレン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何とか三首脳の天幕から逃げ出した俺は、這々(ほうほう)の体で団長達のいる天幕まで戻ってきた。

 

「おっ、来たな。待ってたぜジャック・イェーガー」

「あなたは……」

 

 神様達女性陣は出払っているらしく、そこにいたのはクラネル団長とカシマ・桜花(オウカ)さん、そして団長と専属契約を交わした【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)……ヴェルフ・クロッゾさんの男衆三人だけだった。

 短く刈り揃えた燃えるような赤髪が目を引くクロッゾさんは、ニッと人好きのする笑みを向けて手を挙げる。

 

「ベルからお前さんの話は聞いてるぜ。期待の大型新人だってな。何でも恩恵を貰った次の日に上層のモンスター共を片端から蹴散らしたとか」

「き、恐縮です」

 

 しかしガタイが良い。カシマさん程ではないが、鍛治仕事で鍛えられたであろうクロッゾさんも中々良い身体つきをしている。上背があり、肩幅は広く、着流しから覗く逞しい胸板には男として憧れるものがある。

 良いなぁ。今の自分の外見に不満があるわけではないが、それはそれとして彼らのような雄々しい体躯にはつい羨望を向けてしまう。

 

「ベルんとこの団員なら、俺にとってもお得意様だ。武器を()って欲しい時は気楽に言ってくれ。お友達価格で鍛えてやるよ」

 

 それは大いに助かる。以前クロッゾさんの作品だというクラネル団長のナイフ「牛若丸」を見せて貰ったが、あれは相当な業物だった。Lv.1の下級鍛冶師でありながらあれ程の武器を作れるなら、その腕前は疑いようがない。

 

「ありがとうございます、クロッゾさん!」

 

 なので心からのお礼を言ったら、凄まじい渋面を浮かべられてしまった。

 何だろう、俺また何かやっちゃいました?(バッドコミュニケーション)

 

「いや、すまん。お前に悪気がねぇってことぐらいは分かってるんだ。悪いんだがその家名はあまり好きじゃなくてな。できればヴェルフって名前で呼んでくれると助かる」

「分かりました。ではヴェルフさんと」

「“さん”も要らねぇって!」

 

 そうは言われましても……ほぼ面識のない相手の名前をいきなり呼び捨てとか、友達に噂されたら恥ずかしいし……

 というのは冗談にしても、やはり元日本人の感覚として苗字呼びの方が座りが良いんだよなぁ。まあ相手が嫌がるのを無視する程のこだわりではないので、これからは名前で呼ばせて貰うが。

 

「あ、それなら僕のことも名前で呼んでよ。同じファミリアだし、何か団長って呼ばれるのむず痒くて……」

 

 ヴェルフさんに便乗するように名前呼びを要求してくるクラネル団長、改めベル団長。

 ……いや、まあ俺はいいんですけどね。歳も近いし、ヴェルフさんよりは名前呼びに対するハードルは低い。ただ、今後新規の団員が増えた時にも同じことを言うつもりだろうか。「立場が人を育てる」という言葉もある。今の内から「団長」という立場に慣れておかないと後々苦労しそうな気がしないでもない。

 

 恐らくだが、仮に今後ベル団長を上回るレベルや実力の眷属が増えたとしても、彼のヘスティア様の第一の眷属という立場は変わらないだろう。それは彼がヘスティア様にとって初めての眷属というのもそうだし、何よりヘスティア様からの寵愛を一身に受けているからというのが大きいだろう。

 見ていれば分かる。ヘスティア様がベル団長に向ける感情は明らかに恋愛感情の類だ。アーデさんも大概だが、ヘスティア様のそれは流石に神だけあって中々の情念を感じさせる。あれは寝込みを襲われてもむしろ喜んで受け入れるレベルだろう。処女神の癖して始祖ユミル(カプ厨)もニッコリの拗らせ具合である。

 

 普通、組織の頭が特定の構成員を贔屓するなど不和の種でしかないが、この世界のファミリアは事情が異なる。何せ頭が神だ。怪物殺しのペルセウス然り、トロイアの知将オデュッセウス然り、神といえば古来より贔屓の英雄に手厚い加護を与えるものと相場が決まっている。

 ()()()の眷属を贔屓してナンボがオラリオのファミリア事情なのだ。こと【ヘスティア・ファミリア】において、女神の寵愛厚いベル・クラネル以外の者が団長を務めるなど、他ならぬ女神自身が認めないだろう。

 

 そういうわけなので、団長呼びで恥ずかしがっているようでは先が思いやられる。いち団員としては、彼にはもう少し度胸というものを身につけてもらわなければと思うわけで……

 

「それにしても……聞いたぞ、ベル。何でも神ヘルメスと共謀して覗きをしに行ったらしいじゃねぇか」

「え゛っ」

 

 えっ。

 

「水臭ぇじゃねぇか。何で俺達も連れて行かなかったんだよ」

「な、何を言ってるの、ヴェルフ……?」

「何も糞もあるか。俺達も女性陣(あいつら)の水浴びを覗きたかったって言ってるんだ。なぁ?」

「ああ、そうだな。是非見たかった」

 

 うんうんと頷くヴェルフさんとカシマさん。

 

 前言撤回。ベル団長はクソ度胸の持ち主だった。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者もいる中で覗き……? 正気の沙汰とは思えん。まさしく神をも恐れぬ所業だ。感動……致し……ました……

 

 真似しようとは思えないけど。流石の俺もまだ死にたくはない。

 

「──分かっているじゃないか、ヴェルフ君、桜花(オウカ)君! 覗きは(おとこ)浪漫(ロマン)だ!」

 

 あなや! ヘルメス神のエントリーだ!

 

「当たり前ですよ、俺達も(おとこ)だ。あんな美女(べっぴん)揃いの水浴び、是非とも拝みたかった……」

「全くだ。今回ばかりは気が合うな、ヴェルフ」

 

 そのままやれ「ティオナ・ヒリュテの貧乳(ぜっぺき)が好み」だの、やれ逆に「姉のティオネ・ヒリュテの豊満な肢体は侮れない」だの、やれ「(ミコト)ちゃんの腰の(くび)れと美乳は極東の至宝」だの、聞くに耐えない猥談が展開される。

 

「君はどうだい、ジャック君? 是非とも君のイチ押しの()を教えてほしいな!」

「そうだな。アンタほどの戦士がどのタイプの女を好むのか、俺としても興味は尽きん」

 

 やめてくださいヘルメス様。こっちに話題を振ってこないで。

 カシマさんも、真面目くさった顔して何てこと聞いてくるんだ。

 

 覗きは浪漫(ロマン)。その言説に一定の支持があるのは認める。日本においてもあらゆる漫画・アニメで覗きに熱を上げる(おとこ)共の狂態が描かれてきたし、古くは戦女神アテナの沐浴を覗き見た罰として盲目となった予言者テイレシアースの物語にまで遡ることができるだろう。

 

 だが、フィクションにおいて覗きが持て囃されたのも今は昔。SNSが全盛期を迎えた昨今、それがたとえギャグ漫画であっても覗き行為を描写したが最後、作者のアカウントに怒涛のお気持ち表明のDMが殺到する時代となった。ましてや現実で覗きに及ぼうものなら、即座にSNSで拡散され晒し上げに遭うだろう。覗きは立派な犯罪なので仕方がないのだが、創作上の描写一つにも気を使わねばならない程のデリケートな存在になったのは、やはり時代の移り変わりによる価値観の変化が大きいのだろう。

 

 まあ、ここは現代日本ではなく異世界なので関係ないわけだが。それでもやはり現代を生きた元日本人としては、浪漫(ロマン)よりは忌避感が先に立つわけで。

 何より俺の中の内なるエルディア王(子種おじさん)がアップを始めてしまうので切実に勘弁して欲しい、というのが正直なところである。嫌だよ俺ヒストリアの顔で「我の子種をくれてやろう」とか言いたくないよ。

 

 結局、そのすぐ後にアンドロメダさんが現れてヘルメス様を粛清したお陰で、俺とベル団長は男共の猥談に加わらずに済んだわけだが。

 

 大変だなぁ、アンドロメダさんも。オラリオで耳に入ってくる彼女の噂といえば、「魔法やスキルと並ぶ力を使用者に与える『神秘』の道具(アイテム)」とまで絶賛される優れた魔道具(マジックアイテム)を製作する、都市最高峰の魔道具作成者(アイテムメイカー)としての名声ばかり。その実態がよもや、こんな苦労人のそれだったとは。

 

 例えるなら、優秀だが破天荒な若手CEOに振り回される美人秘書といった感じだ。それかブラック企業勤務の草臥れたOL。

 どっちの例えにしても、仮にも第二級冒険者に対するものではないがねわはは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや侮っ(ナメ)てたわ、第二級冒険者。さっきの失礼すぎる例えは撤回させて頂こう。発言を訂正させて下さい……!

 

「申し訳ありません、イェーガーさん。しかしこれも神命にて、どうかご容赦を」

 

 ご容赦は俺の台詞なんだよなぁ。マジでご容赦してほしい。

 

 

 

 

 それはいよいよ【ロキ・ファミリア】が帰還する準備を整え、俺達もそれに便乗し金魚の糞の如くくっついて地上に帰ろうとしていた時だった。

 

 場所は18階層中央の巨大樹からも、冒険者達の街「リヴィラ」からも離れた森の外れ。そこにこれから帰るという段になって姿を晦ませたヘスティア様とベル団長の足取りを追ってきたらご覧の有り様である。

 剣やら槍やらで思い思いに武装したガラの悪い冒険者が十人ほどで俺を取り囲み、あたかもそんな彼らを率いているかのように、俺の正面に立つのは【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダその人。

 

 そう、俺はまんまと人気(ひとけ)のない森の外れに誘い込まれ、これから集団暴行(リンチ)に遭おうとしていた。

 おかしいな。ヘルメス様にしろアンドロメダさんにしろ、ベル団長を助けるためにこんな中層くんだりまで来たはずでは……? それが何がどうして、俺達【ヘスティア・ファミリア】を陥れるような真似をしているのか。

 

「へへ……悪いな嬢ちゃん。モルドの野郎の企みの邪魔をしない条件ってのがこれでね」

「俺達の目的はお前さんの足止めだ。その綺麗な顔を傷つけられたくなきゃ大人しくしてるんだな」

 

 如何にも三下みたいな発言をしている彼らだが、その実力は決して低くはない。18階層(リヴィラ)より下に行くことなくここで腐っている冒険者ではあるが、流石に中層に到達しているだけあり、もれなく全員がLv.2に達している上級冒険者だ。

 

「……そういうことです。ヘルメス様が見極めを終えるまで、どうかここで大人しくして頂けると非常に……ええ、非常に助かります」

 

 何よりの問題が目の前の【万能者(ペルセウス)】だ。

 何が草臥れたOLだ俺の馬鹿。こうして相対して分かった。あの覆面エルフ程ではないにしろ、この女も相当にやる。一対一(タイマン)ならまだしも目があったのかもしれないが、こうも多勢に囲まれてしまっては流石に為す術がない。

 クソが、神からの命令だからって堂々としやがって。

 

「見極めだぁ……? あの玉無し(パンジー)野郎、団長の何を見極めるってんだ! えーっ!?」

「…………ぇ、その口調が素なんですか?」

 

 素なわけねぇだろアホンダラ。

 俺知ってんだぞ、ヘルメス神が神話じゃ両性具有の神だとする説もあるって。本当に玉潰して女の子にしてやろうかあの野郎この野郎。

 

 まあいい。いや良くはないがとにかく話は分かった。要するに神話の英雄譚のお約束だろう。英雄として生まれついた者が真に英雄足り得るかを推し量る神々の試練。ヘラクレスとかヘーラクレースとかアルケイデスとかのやつ。

 分かるよ、ベル団長って主人公っぽい雰囲気あるもんな。だから彼にとって格上の冒険者を(けしか)けて、英雄らしい逆境で発揮される力とかそんな感じのを持ってるかを見極めようと、そういう話なんだろう? で、それを邪魔する可能性のある俺はアンドロメダさんと愉快な仲間達を使って足止めと。

 

 ふざけやがって、何が試練だアホらしい。そういうの余計なお世話って言うんだよ。

 トサカにきたぜ。こうなったらさっさと巨人化して蹴散らしてや──

 

「ッ、させません!」

「なにっ」

 

 アンダースローで投擲された小瓶が俺の右手に直撃し、ゲル状の粘液で腕を覆い尽くす。ナイスコントロール。

 

「先のゴライアス戦での貴方の行動はしっかり観察していました。右手親指の付け根を噛むことがトリガーなのでしょう!」

 

 チッ、よく見てやがる。

 だが残念だったな! 親指の付け根を噛むのはただのエレンリスペクト! ぶっちゃけ出血すれば何でもいいのだから、それこそ唇を嚙み切るだけでも事足りるんだよ!

 

「そして結晶を生成するスキルには一秒以上のタメが発生することも確認済みです。それならば私が行動する方が速い!」

 

 それも残念! 確かに人間サイズの剣や盾を作るならばそれぐらいの時間はかかるが……

 ()()()()()()()()()()()()()()! くらえッ! 【万能者(ペルセウス)】ッ! 半径20M(メドル)、結晶の槍衾を──ッ!

 

「しゃあっ! 『戦鎚』!」

「なっ……!?」

 

 抵抗の意思を見せた俺を取り押さえようと包囲を縮めるリヴィラの冒険者達。

 そんな彼らを──情け容赦なく、巨大な結晶の氷柱(つらら)が串刺しにした。

 

 何の前触れもなく地面を割って現れたそれは、氷柱というにはあまりに大きかった。俺を中心に放射状に周囲を薙ぎ払った円錐状の結晶は一本一本が二階建ての建物ほどはある。

 そんな物が突如勢いよく出現し、股下から脳天までを貫いたのだ。当然、それを食らった冒険者達は無事では済まない。割れた風船のように弾け飛び、肉片となって地面にばら撒かれた。

 

 唯一の例外は、結晶が地面を割る際の僅かな振動を前兆として感じ取り、機敏にその場から退避した【万能者(ペルセウス)】だけだった。彼女は突如として眼前に(そび)え立った結晶の剣山を愕然と見上げている。

 

「な……ころ、した……?」

「当たり前だろうが。足止めだか何だか知らないが、剣を持って俺の前に立ったんだ」

 

 なら敵だ。敵は駆逐する。そこに迷いなどありはしない。

 何故なら──俺はジャック・イェーガー(エレン・イェーガー)なのだから。

 

 俺の前に立ちはだかる敵は何であれ駆逐する。それが山賊だろうが追い剥ぎだろうが、怪物(モンスター)だろうが冒険者だろうが関係ない。俺はジャックとして生を受けたその瞬間からそうして生きてきた。

 アッカーマンや王家の血など比較にならない程に深く俺の魂に根差したそれは、俺の自由意志を阻むあらゆる障害を前にした時、いつだって強く俺に語りかけるのだ。戦え、駆逐しろと。

 

 それこそが俺の内に宿った『進撃の巨人』という物語、その実に大半を占めるもの。

 即ち、エレンの意思そのものである。

 

「一つ間違いを訂正しておこう。ゴライアス戦で見せた巨人化のトリガーは外傷による出血だ。親指の付け根である必要性は特にない」

 

 俺は剣を抜き、言うや否や自分の掌を切りつける。

 痛ってぇ! この(なまく)ら、刃が欠けてボロボロなせいでノコギリみたいになってやがる。

 

「無論、相手から負った傷であってもトリガーになり得る。……さあどうする【万能者(ペルセウス)】、まだやるかい?」

「ッ……! 何ですかそのスキル……インチキにも程がある……!」

「同感だ……が、そんなことは今はどうでもいい。決めろよ【万能者(ペルセウス)】。これ以上敵として俺の前に立つと言うのなら、俺は今ここで巨人化する。それも不完全な張りぼてじゃない、完全な巨人化だ」

 

 彼女にはベル団長を助けて貰ったという恩がある。できれば殺したくはないのだが。

 さあどうする? 俺の中の内なるエレンがまだ「戦え♡ 戦え♡」と言っている間に降伏することをお勧めするぜ。これがガチトーンで「戦え……戦え……!」と言い始めたら俺の意思では歯止めが利かなくなるからな。

 

 しばらく真っ青な顔で逡巡していた彼女だったが……決心したように(まなじり)を吊り上げると、懐から短剣を抜き放った。

 

「恨みますよ……ヘルメス様……っ!」

「……あくまで主神に殉じるのか。残念だよ、アンドロメダさん」

 

 バチバチ、と血を流す掌から黄金の雷気が迸る。それは物質世界にあるこの身体と「座標」が「道」を通じて接続された証。後は俺の意思一つでこの身は巨人の肉体へと変じるだろう。せめて苦しませず、ひと思いに踏み潰してや──

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ─────ッッ!!』

 

 

 

 ……え、何この声。俺まだ巨人化してないよね?

 

「ああもうっ、今度は何ですか!?」

 

 取り乱すアンドロメダさんが謎の咆哮の発生源を探して視線を巡らせる。俺もそれに(なら)い、一旦巨人化を保留して辺りを見回した。

 ……いた。それは天井一面に生え渡り照明の役割を果たす水晶群、その中央に鎮座する一際巨大な白水晶。

 開花した(マム)の花を彷彿とさせる水晶群の中心から、それを内から喰い破るようにして蠢く巨大な影があった。既に上半身を露わにしている()()は、上下逆さまの状態のまま、深紅の眼光で真っ直ぐに俺を射抜いていた。

 

「ご──ゴライアス……!?」

 

 またアイツかよ。そんでまた俺をロックオンしてるのかよ。

 何度も出てきて恥ずかしくないんですか?

 




【悲報】主人公、頭進撃だった。
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