進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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ゴライアス戦いよいよ開幕! と期待して下さっていた方々には申し訳ありません。まだ始まりません。
お盆の帰省で碌に書く時間がなかったのと、一年半前にエタった際に書き溜めていた幕間を放出する機会がこのタイミングしかなかったからです。すみません。



8.愛と美と死者と愛と黄金と豊饒と愛の女神の舞台裏

 それはベル・クラネル捜索隊がダンジョンに突入するより少し前の出来事だった。

 

 バベルの最上階に設けられた一室にて、ヘルメスはとある一柱の女神と対峙していた。優男然とした剽軽(ひょうきん)な表情の下に冷や汗を浮かべつつ、女神──【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤに対し、彼は懇願する。ベル・クラネルに関わる許可が欲しいと。

 

 ヘルメスはその抜け目のなさから、フレイヤがベルに並々ならぬ関心を寄せていることを察していた。それはもはや執着と呼んで差し支えないものであるとも。

 フレイヤは目をつけた人間(こども)に対し、強引とも言える引き抜きを行うことで有名な女神だった。しかしヘルメスが見たところ、今回はこれまでのものとは少々趣が異なっていた。あまり積極的な行動には出ず、関わるにしろその手法は迂遠に過ぎ──だが、(こも)熱量(おもい)だけは桁違いだった。同じ神たるヘルメスをして怖気を抱くほどに。

 

「──嗚呼(ああ)、フレイヤ様、ありがとう! 恩に着るよ! 今度何か困っていることがあったら言ってくれ! その時は──」

「あら、それなら一つお願いしようかしら」

 

 無事許しを得たことで安堵したのも束の間、早速とばかりに告げられる“お願い”にヘルメスは硬直する。その場のノリで適当に吐いた口約束に、よもや即座の履行を求められるなど慮外のことだったのだ。

 

「ヘスティアの眷属にもう一人、まだ幼い男の子がいるでしょう? 名前は、ジャック・イェーガー」

「あ、あれ? ヘスティアの眷属はベル君だけじゃなかったっけ?」

「つい最近加わった子なのよ。綺麗な髪と顔をした可愛いらしい子よ」

 

 どんな面倒事を吹っ掛けられるのか戦々恐々として身構えていたヘルメスだったが、彼の知らないヘスティアの眷属について語るフレイヤの口調が柔らかいことにひとまず安堵する。

 そのジャック某に対しては、どうやらそれなりの好意と興味はあるものの、無理矢理自らの眷属に欲するほどの執着はないらしい。強引な引き抜き工作の片棒を担がされることにはならなそうだと、中立を旨とする伝令神は安堵に胸を撫で下ろし──

 

 

「その子、邪魔だから何とかして消してくれないかしら」

 

 

 柔らかな態度とは正反対の残酷な“お願い”に、ヘルメスは道化の演技も忘れて凍りついた。

 

「…………え、あれ? け、消す? フレイヤ様にしては随分と物騒だけど、その子が何か失礼でも働いたとか……?」

「ああ、勘違いさせてしまったかしら? 消すと言っても、別に『殺してほしい』と言っているわけではないの。勿論始末してくれても構わないけど……そうねぇ、ロキの所に改宗(コンバージョン)させるのなんてどうかしら」

 

 あの子(ロキ)が好みそうな顔立ちをしてるし、丸く収まるんじゃない? とにこやかに語るフレイヤ。

 まるで子供にお使いを頼むかのような気軽さで話を進めるフレイヤだが、ヘルメスの困惑は深まる一方だ。消えてほしいと言いつつ嫌っているわけではなさそうで、むしろ態度や声色からは明確な好意が透けて見えている。態度と言葉の内容があまりに乖離しているのだ。

 

 ちら、とヘルメスはフレイヤの背後に控える巨体の猪人(ボアズ)──フレイヤ・ファミリア団長、【猛者(おうじゃ)】オッタルの顔色を窺う。だがオラリオ最強の戦士は常と変わらぬ鉄面皮を維持しており、その表情からは内心を読み取ることができない。果たして女神の真意を理解しているのかいないのか、それすらも不明だった。

 

 だが分かることはあった。それはどうやら、そのジャックという少年が【ヘスティア・ファミリア】に……()いては、ベル・クラネルの近くにいるとフレイヤに不都合が生じるらしいということだった。

 問題はその理由(わけ)がいまいち見えてこないことだ。ベルにとってジャックが異性であるというのなら話は早かったのだが、フレイヤの口ぶりや名前の響きからして普通に男性だろう。

 

 理由も分からぬまま安易に頷くことは憚られる。そんなヘルメスの内心の混乱と迷いを察したのか、あるいは自らの説明不足にようやく気付いたのか、フレイヤはハッとしたように口元に手を当てた。

 

「……ごめんなさいね。私としたことが少し()()()()()みたいで……ちょっと過激になっていたみたい。別にジャックに何かされたとか、決してそういうわけではないのよ?」

 

(名前呼び……)

 

 もうこの時点でツッコミどころ満載だが、一番はジャックの名を呼ぶフレイヤの声が、何というか情感たっぷりなところだった。

 

 ただ下の名前を呼んだというだけなら別段おかしなことではない。神にとって人の子の家名だの血筋だのは些事でしかなく、個体の識別において重要なのは名と魂だけだからだ。

 その点、フレイヤは割と分かりやすい使い分けをするタイプだった。他所のファミリアの眷属の名を呼ぶ際はフルネームで呼ぶことが多く、自分の眷属や気に入った人間(こども)に対しては下の名前だけで呼ぶ。

 その法則に従うなら、ジャックという少年はフレイヤにとって「お気に入り」のカテゴリに入っているのだろうが……何やら少年の名を呼ぶフレイヤの声色が妙に艶っぽいというか、馴れ馴れしいというか、自分の眷属でもないのに主神(かのじょ)面しているというか。

 

 どうにも、ベル・クラネルに対するそれとは別の拗らせ方をしている気がする。そう直感したヘルメスの考えを裏付けるように、突如としてフレイヤの雰囲気が一変し──想い(あい)が溢れ出した。

 

「ジャックの魂は不思議な色彩をしているわ。様々な雑念(いろ)が入り混じる徒人の魂とは違う。澄み渡る蒼穹のような青一色で、その他には何も介在する余地がない程に純粋なの。ベルのそれとは似ているようで、全く逆の純粋さだわ。彼は青空に焦がれ、故に青空に囚われている。誰よりも自由の価値を知りながら、この世の誰よりも不自由を感じている……まるで探求の逆説(パラドックス)ね。哀しくて、けれど何故か胸を打たれる……完成された矛盾とでも言うのかしら。今まで数えきれないほど人の子の魂を見てきたけれど、これほどまでに(いびつ)な子も、同時にここまで歪みながらこんなに純粋な子も、どちらも見たことがない。初めての経験なのよ。初めてあの子を見た時なんて、美と豊穣の女神(わたし)としたことが、つい初心(うぶ)な生娘のように夢中になってしまったの。目が離せなかったのよ。どうしようもなく大きな矛盾を抱えて、それでも彼は曲がらない。折れない。きっとどこまでも真っ直ぐに自由を求めて進み続ける強い意思が、魂の色にまで影響しているのでしょうね。あまりに純粋すぎて、狂おしいほどに胸を掻き立てるのよ。そんな彼を私という(おり)に捕らえることができたとしたら、それはきっとどんな甘露にも勝る快楽に違いないでしょうね。……けれど、それは叶わない願いだわ。彼に私の魅了は通用しない。彼の心は既に自由への憧憬と渇望に囚われていて、私という女が入り込む余地は残されていないのよ。嗚呼(ああ)、けれど手に入らないからこそ想いは募るもの。ロキなんかに渡すくらいなら、いっそこの手で殺──」

 

『うわぁ』

 

 艶やかな唇から怒涛のように紡がれる、狂的なまでの情念(おもい)の告白。そのあまりの拗らせっぷりにはヘルメスも、ヘルメスの背後で置物に徹していたアスフィも、思わず揃って呻き声を上げてしまう程だった。

 見れば、変わらぬ鉄面皮の【猛者(おうじゃ)】の耳がペタリと折り畳まれている。ともすれば、オッタルは既に何度となくこの惚気を聞かされた後なのかもしれない。女神の玉音であれば何であれ喜んで(悦んで)受け入れる彼をして辟易するほどに。

 

「わ、分かった! 貴女(あなた)のジャック君への想いの強さはよく理解できたよフレイヤ様!

 けれど、だからこそ疑問なんだ! それ程までに気に入っているというのなら、何故手元に置かず遠ざけようとするのか!?」

 

 遂には「ロキよりも、ましてやヘスティアなんかより私の方がよっぽどジャックのことを理解してあげられるのよ……」なんてヤンデレじみた発言まで漏らし始めたフレイヤ。明らかに正気を失いかけている女神の意識を引き戻すように、ヘルメスはわざと大声を張り上げてそう尋ねる。

 その努力の甲斐あってか、二度(ふたたび)ハッと口元に手を当てて我に返るフレイヤ。彼女は少し恥ずかしそうに「コホン」と咳払いをすると、気を取り直すように口を開いた。

 

「……そうね。ここまで色々言っておいて今更言葉を濁しても意味がないでしょうから正直に言うけれど、私はベル・クラネルを手中に収めるつもりでいるわ……伴侶(オーズ)としてね」

「なるほど、ベル君を伴侶(オーズ)に……伴侶ぉ!?」

 

 思わず目を剥き、愕然と声を上げるヘルメス。

 フレイヤという女神は美と豊穣を司る超越存在(デウスデア)である。多くの美の女神がある種の貞淑さを内包するのに対し、豊穣神としての権能も有するフレイヤは、その神格故に繁栄のための繁殖行動──つまり性行為を良しとする、性に奔放な側面を持つ。

 それ故か彼女は特定の誰かと深い関係になるようなことはしなかった。どれだけ進んでも身体だけの関係……愛人関係がせいぜいだったのだ。

 

 しかし、遂にフレイヤの心を射止めた者が現れた。それも相手は神ではなく人間、ましてや未だ冒険者としては未熟な少年である。度々伴侶(オーズ)を求めてオラリオの外を彷徨(さまよ)っていたのを知っているヘルメスとしては、まさしく驚天動地の心境だった。

 

「だが、これでようやくフレイヤ様の意図が読めてきた。要するにジャック君の存在は()()()なわけだ」

「……そうね。今更ベルへの想いが揺らぐことはないけれど、ジャックの魂はただそこにあるだけで私を誘惑する。……それより一番の問題は、彼の魂が眩しすぎることよ」

「眩しい?」

 

 天界において主神オーディンと並び戦死者(英雄)の魂を管理する大役を任じられていたフレイヤは、こと英雄の資格を有する魂を見分ける目においては、数いる神々の中でも特に優れた鑑識眼を持つ。そこに美の女神としての審美眼に、セイズという魂を操る魔術の使い手であるということも加わり、フレイヤという女神は他の神では及びもつかぬ深いところまで人の魂を見通すのだ。彼女が度々口にする「魂の色」というのは、人の魂魄のより深い所に根差す根源の色彩であるという。

 そんな彼女がジャックの魂を「眩しい」と言った。それはつまり比喩でも何でもなく、文字通りに眩しいのだろう。

 

「英雄……それも戦死者の館(ヴァルハラ)に招かれる程の強壮な個我を持つ勇士の魂は、徒人のそれとは一線を画すものよ。鮮やかに色付き、その鮮烈な歩みを表すように光り輝くの。けれど、ジャックの魂は私がこれまでの長い神生(じんせい)の中で見てきたあらゆる勇士の魂とは更に一線を画する。ひと際鮮烈な蒼穹の輝きを彩るように、幾千万もの煌めきが色相環となって……その美々しき輝きはさながら銀河のよう……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 「勇敢な戦死者の魂をオーディンと対等に分け合う」と語られるヴァルハラの女主人は、ジャック・イェーガーという年端もいかない筈の少年の魂をそのように形容した。

 

「そこまで惹かれているのに、ジャック君ではなくベル君を伴侶に選んだのかい?」

「ベルのことを馬鹿にしないで!」

「してないよ!?」

「あの子はこれからなのよ! ベルはこれからの経験次第で如何様にも色彩を変える可能性を秘めた、純真無垢な無色透明の魂なの! もう完成してしまっているジャックと違って私の色に染められるの!」

「なんで今日のフレイヤ様はこんなに情緒不安定なのかなーっ!?」

 

 恥も外聞もなくベルを対象にした光源氏計画の企てを吐露するフレイヤ。

 天界においては主神に比肩する神威を有し、地上においても最強の派閥を率いる、文句なしに最高位の女神たる神フレイヤ。それがたかが二人の人間を前にしただけでご覧の有様である。お前はいったいどれだけ業の深い少年(ショタ)を眷属にしたのだと、ヘルメスは同郷の処女神(ヘスティア)を小一時間問い詰めたい衝動に駆られた。

 

「ともかく、ベルの魂は無限の可能性を秘めた未完の輝き。けれど、現時点の完成度においてはジャックの魂に軍配が上がる……そしてその強烈な輝きによってベルの魂を覆い隠してしまっているのよ。これは由々しき問題だわ。日課のベル・ウォッチングに支障が生じてしまっている……」

 

 覗き(ベル・ウォッチング)ですねわかります、という発言(ツッコミ)をヘルメスは(すんで)の所で飲み込んだ。

 

「まあ、なんだ……とりあえずジャック君を遠ざけたい理由については分かったよ。流石に始末するような真似は憚られるけど、概ね俺と貴女の目的は一致していると思う」

 

 未完の少年を自分好みの英雄の魂へと昇華させ、その上で自らの手中に収めたいフレイヤ。

 そしてゼウスの遺児が真に英雄の器足るかを見極め、自らの手で大衆が望む神工(じんこう)の英雄に育て上げたいヘルメス。どちらもベル・クラネルを英雄にしたいという点において目指す所は同じだった。

 

「それに、フレイヤ様がそこまで言うジャック君も気になるところだ。これから先オラリオが直面する試練を思えば、英雄候補は一人でも多いに越したことはないからね」

「あら、やっぱりあなたもそんなことを考えていたのね」

「お互い様さ。それになし崩しとはいえ貴女ほどの女神に胸襟を開いて貰ったんだ。こちらも少しは情報を開示しないとフェアじゃないだろう? これでも中立を気取ってるんでね」

 

 両者共にベルを英雄にすることを目的とする。その過程において、方やフレイヤはジャックという異分子を遠ざけたい。方やヘルメスは美の女神が太鼓判を押すジャックという英雄候補を見極めたい。

 

「そしてジャック君が真に英雄の器であるならば、フレイヤ様の望み通りにヘスティアの元から引き離すのも吝かじゃない。ベル君にジャック君、二人も英雄を抱えるのはヘスティアには荷が重いだろうからね。それで眷属の質が下がるようでは元も子もない。既に幾人もの勇士を眷属に持つロキなら、その実績からして持て余すようなことにはならないだろう」

「そうね、ロキにならジャックを任せても……任せ、ても…………ロキ、貴女との腐れ縁もこれまでのようね……」

「やめてくれないかなぁ急に病むのは! 心臓に悪いから!」

 

 かくして、ここに奇妙な協力関係が成立した。伝令神は美の女神の意向に沿い、一人の少年を処女神の元から遠ざけるだろう。

 

 全ては、未完の少年を『神工/異端(自分好み)の英雄』へと至らしめるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 

「HEYHEYHEYHEYHEYHEY」

「HEYHEYHEYHEYHEYHEY」

「ややややあヘスティア……そそそそれにジャック君も。いいいいやだなぁ怖い顔しちゃってぇ……」

 

 鳴り響く巨人(ゴライアス)の足音をBGMに、ヘルメスは怒れるジャックとヘスティアの両者に詰められていた。

 

 ヘルメスは見誤っていたのだ。数多の英雄を見てきたフレイヤをして「既に完成している」と評したジャックの本質を。

 ()()()()なのではない。既にして()()なのだ。少なくとも、精神性においてはその領域で完成してしまっている。

 

 一応、ヘルメスなりにその可能性を考慮してアスフィを宛がったのだ。ベルの相手がLv.2のモルドであることを考えれば、Lv.4の第二級冒険者である【万能者(ペルセウス)】を(けしか)けたことからもジャックに対する評価は──少なくとも現時点においては──ベルのそれより上であることは明白だった。

 

 だが、それでも足りなかったのだ。巨人化という切り札(レアスキル)はあれど、それ以外の戦闘能力はどれだけ高く見積もってもLv.2を上回ることはない。ならばLv.4のアスフィならばそうそう遅れは取らないだろうと、そう甘く見たのが誤りだった。

 確かに、普通に殴り合ったのではジャックがアスフィに敵う道理はない。如何に武神のお墨付きがあろうと、技術やセンスで覆せるレベル差には限度というものがある。

 

 想定外だったのは、そのレベル差を覆せる攻撃手段が他にあったこと。そしてそれを躊躇なく同じ人間に向けることができる、完成された殺戮者(えいゆう)としての精神性だった。

 

 その結果がこれである。保険として付けておいたリヴィラの破落戸(ごろつき)は軒並み皆殺しにされ、頼みのアスフィすら──何故か血を滴らせるジャックの掌を見て顔を青ざめさせている──戦意を喪失してしまっている始末。

 

(欲をかいて「ジャック君にも試練を与えてみよう!」なんて考えるんじゃなかった! せめてベル君に専念するべきだったかなぁ!)

 

「説明してもらおうじゃないかヘルメスぅ……ベル君とジャック君にしでかしたこと、どう落とし前をつけるつもりだい……?」

「ヘスティア様、こいつ処す? 処す?」

 

「お、落ち着くんだ二人共! まずは話し合おうじゃないか!」

 

 据わった目付きのヘスティアに胸倉を掴み上げられ、異様に殺意の高いジャックに睨まれたヘルメスは滝のような汗を流して何とか弁明しようとする。

 というかこんなことしてる場合じゃなくない!? とヘルメスは声高に訴えたかった。こうしている今も突如出現したゴライアスは進撃を続けており、リヴィラの冒険者達が応戦しているようだが明らかに旗色が悪い。あれが神を呪う迷宮(ダンジョン)の意思によって生まれたものならば、こうして二柱の神が一ヶ所に固まりその姿を晒している現状は非常に不味いと言わざるを得ないだろう。

 

「ど、どうか落ち着いて下さい……神ヘスティア、イェーガーさん。特に神ヘスティア、あのゴライアスが御身の神威に反応して生まれたものであるならば、今この場で最も危険なのは御身です。我々が言えたことではありませんが、このままここに留まっていては不味いことになります」

 

 ナイスだアスフィ! とヘルメスは内心で喝采を上げる。流石にヘスティアも主神の命令に従っただけの眷属にキツく当たる気はないのか、渋々とだがヘルメスの胸倉から手を離した。

 

「ふんっ! 地上に帰ったら覚えておけよ! ……それでどうする? あのゴライアス、この間のヤツと同一個体なんだろうけど……あれ強化種だろう?」

「だねぇ。どう見てもダンジョンの後押しを受けて能力を向上させているね」

 

 遠目に見えるゴライアスの姿は、明らかに17階層で遭遇した個体とは一線を画していた。

 まず明確に異なるのはその大きさである。通常のゴライアスの体躯が10M(メドル)に満たないのに対し、こちらに迫りつつあるゴライアスの全長は1()5()M()()()()()()()()()()()()()()

 通常は灰褐色の外皮も、まるで闇を溶かし込んだかのような漆黒に染まっている。その変化は色だけに留まらないようで、街に近付けさせまいとする冒険者達の攻撃をものともしていない。堅牢な肉体に拍車がかかっているのは明白だった。

 

「……アスフィ。あれ何とかなる?」

「むりです」

 

 即答だった。当たり前である。

 何せ、通常のゴライアスでさえLv.4相当の脅威度があるのだ。強化種ともなればその力はLv.5に匹敵する可能性が高い。「レベルが一つ違えばその力は別格である」というのは冒険者の常識だが、その通説はモンスターにも当て嵌まるのだ。

 ましてや敵は階層主。そもそも単騎(ソロ)で挑むような相手ではないのだ。それが更に強化されているとなれば、もはやLv.4が二人いたところでどうにかなるようなものではないだろう。

 

「では、ジャック君。君の巨人化(レアスキル)なら、あの漆黒の巨人(ゴライアス)に対抗できるかい?」

「可能です」

 

 ヘルメスの試すような問いに対し、ジャックはあっさりと肯定を返した。

 

「相手が同じ巨人であるのなら、俺の巨人に負けはあり得ません」

「根拠はあるのですか?」

「見てもらうのが一番手っ取り早いでしょうが……強いて根拠を挙げるならば、やはり大きさでしょうか。あのゴライアスの強化種は15M(メドル)級、対する俺の巨人は20M(メドル)級です」

「20M(メドル)……」

 

 具体的な数値としてその巨大さを提示され、アスフィは遠くを見るような目で呆然とする。

 然もありなん。何せ20メートル(メドル)とは一般的な鉄筋コンクリートのビルに換算するならば7階建てに相当する。モンスターに至ってはもはや比較対象がいないレベルだ。その巨大さは推して知るべし。

 

「ボクは反対だ、ジャック君」

「けどヘスティア様、こうしている今もベル団長は戦っているんです。打てる手は打つべきでしょう」

「それはそうだけど……!」

 

 最初は明らかにジャックを照準していたゴライアスだったが、運悪く──ジャックにとっては運良く──進行方向にリヴィラの街があったがために冒険者達の猛攻に遭い、現在はそちらへ注意が向かっている。

 だが、それも時間の問題だ。どう見ても冒険者達の攻撃はゴライアスの漆黒の外皮を前に悉く退けられている。脅威にならぬと判断されてしまえば、ゴライアスは再び進撃を開始するだろう。真っ直ぐに、討ち果たすべき怨敵に向かって。

 

「ボクだって、本当にジャック君の巨人で勝てるなら君に託すべきだとは分かってるんだ。

 けど、あそこで戦っている冒険者は誰もその巨人が君だとは知らないんだぞ!? 別のモンスターが乱入してきたと思われて、君にまでその矛先が向くかもしれない! ゴライアスからも、冒険者からも攻撃されて、それでジャック君が大怪我してしまったら、ボクは……!」

 

 ヘスティアの言うことは尤もである。これはまだジャック自身しか知り得ないことだが、彼が変身するジャック巨人体はまさに「大地の悪魔」と形容すべき恐ろしげな外見をしている。事情を知らぬ者がそれを見て、よもやそれが味方であると瞬時に判断できるはずがない。

 そもそも絶対に勝てるという判断はジャックの自己申告によるものだ。客観的な評価として確実にゴライアス強化種に優越するという保証はどこにもないのである。

 これでジャックがベルと同じLv.2だったらヘスティアも迷わず送り出したのかもしれない。しかし彼のレベルは1、それも恩恵を受けて間もない駆け出しである。色々と規格外な切り札を有するものの、それ以外の基本的な身体能力においてはやはりレベル相応の域を出ない。そんな有様で迷宮の孤王(モンスターレックス)の一撃を食らおうものなら一発で致命傷となるだろう。その危険を押してまでジャック一人をゴライアスの前に放り込む勇気はヘスティアにはなかった。

 

 しかし──ファミリアの主神としては半人前のヘスティアだが、彼女とて女神だ。それも英雄叙事詩の本場(ギリシャ神群)の一柱である。決意を固めた英雄にかけるべき言葉として何が正しいのか、それが分からぬほど初心(うぶ)ではない。

 

「……それでも、行くんだね?」

「はい、ヘスティア様。駆け出しだろうが俺は冒険者です。今俺がすべきは震えて逃げることではなく、冒険者として最後までその責任を果たすことです」

「勇気と蛮勇を履き違えるべきではないよ。君一人が責任を負わずとも、この場には君よりレベルの高い冒険者なんてたくさんいるんだ。……それでもなお戦うのだと、そう言うのなら」

 

 とん、と女神は小さな拳を少年の胸に押し当てる。

 

「勝てよ、ジャック君。そして無事に帰ってくるんだ。死んだりしたら許さないからな!」

 

 それは幼い女神から幼い英雄に捧ぐ、精一杯の激励だった。

 

「ええ、任せて下さい。心配して損した! と後で笑ってしまうほどの、完膚なきまでの勝利(蹂躙)をご覧に入れます」

「……ん? いま蹂躙って言った?」

「勝負は今!! ここで決める!!」

「ジャック君???」

 

 何やら不穏な言葉を漏らしたジャックだったが、彼は構わず地面を踏み鳴らす。

 すると突如として足下の地面が隆起し、長大な水晶の柱が迫り上がる。それは勢い良くジャックの身体を押し上げ、まるで射出機(カタパルト)のようにその身を空中へと跳ね飛ばした。

 

「ようやくだ。ようやく俺の巨人を実戦運用できる……」

 

 空中に身を踊らせたジャックは、万感の思いを込めてそう呟いた。

 

 そう、ジャックは巨人を活躍させる場に飢えていた。

 力に酔っているわけではない、単に報われたいだけなのだ。『座標』にて途方もない時間をかけ苦心して作り上げた巨人を思う存分暴れ回らせたいと、苦労が報われる瞬間を心待ちにしていたのである。

 

「さあ、産声を上げよう。『進撃の巨人』ここに在りと満天下に謳い上げよう。そして、圧倒的な蹂躙劇を女神に捧げようじゃないか」

 

 何やら劇的に送り出してくれた主神には悪いが、恐らくは戦いにすらならないだろうと。

 故に、これから始まるのは完全試合(パーフェクトゲーム)ですらない。無味乾燥なまでに一方的な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)である。

 

 ヘスティア達から十分に距離をとったと判断したジャックは、放物線を描いて飛翔しながら親指の付け根に歯を立てる。

 

 ──そして、『大地の悪魔』の咆哮(うぶごえ)が響き渡った。

 




フレイヤ様、好みの少年(ショタ)の魂に脳を焼かれてバグるの巻。

次回こそゴライアス君と戦います。ジャック巨人体初お披露目です。
ぼくがかんがえたさいきょうの全盛り巨人の姿を御覧じろ。そして忘れ去った厨二病の痛みを思い出すがいい!
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