進撃の迷宮譚 作:でけぇ害虫
お盆の帰省で碌に書く時間がなかったのと、一年半前にエタった際に書き溜めていた幕間を放出する機会がこのタイミングしかなかったからです。すみません。
それはベル・クラネル捜索隊がダンジョンに突入するより少し前の出来事だった。
バベルの最上階に設けられた一室にて、ヘルメスはとある一柱の女神と対峙していた。優男然とした
ヘルメスはその抜け目のなさから、フレイヤがベルに並々ならぬ関心を寄せていることを察していた。それはもはや執着と呼んで差し支えないものであるとも。
フレイヤは目をつけた
「──
「あら、それなら一つお願いしようかしら」
無事許しを得たことで安堵したのも束の間、早速とばかりに告げられる“お願い”にヘルメスは硬直する。その場のノリで適当に吐いた口約束に、よもや即座の履行を求められるなど慮外のことだったのだ。
「ヘスティアの眷属にもう一人、まだ幼い男の子がいるでしょう? 名前は、ジャック・イェーガー」
「あ、あれ? ヘスティアの眷属はベル君だけじゃなかったっけ?」
「つい最近加わった子なのよ。綺麗な髪と顔をした可愛いらしい子よ」
どんな面倒事を吹っ掛けられるのか戦々恐々として身構えていたヘルメスだったが、彼の知らないヘスティアの眷属について語るフレイヤの口調が柔らかいことにひとまず安堵する。
そのジャック某に対しては、どうやらそれなりの好意と興味はあるものの、無理矢理自らの眷属に欲するほどの執着はないらしい。強引な引き抜き工作の片棒を担がされることにはならなそうだと、中立を旨とする伝令神は安堵に胸を撫で下ろし──
「その子、邪魔だから何とかして消してくれないかしら」
柔らかな態度とは正反対の残酷な“お願い”に、ヘルメスは道化の演技も忘れて凍りついた。
「…………え、あれ? け、消す? フレイヤ様にしては随分と物騒だけど、その子が何か失礼でも働いたとか……?」
「ああ、勘違いさせてしまったかしら? 消すと言っても、別に『殺してほしい』と言っているわけではないの。勿論始末してくれても構わないけど……そうねぇ、ロキの所に
まるで子供にお使いを頼むかのような気軽さで話を進めるフレイヤだが、ヘルメスの困惑は深まる一方だ。消えてほしいと言いつつ嫌っているわけではなさそうで、むしろ態度や声色からは明確な好意が透けて見えている。態度と言葉の内容があまりに乖離しているのだ。
ちら、とヘルメスはフレイヤの背後に控える巨体の
だが分かることはあった。それはどうやら、そのジャックという少年が【ヘスティア・ファミリア】に……
問題はその
理由も分からぬまま安易に頷くことは憚られる。そんなヘルメスの内心の混乱と迷いを察したのか、あるいは自らの説明不足にようやく気付いたのか、フレイヤはハッとしたように口元に手を当てた。
「……ごめんなさいね。私としたことが少し
(名前呼び……)
もうこの時点でツッコミどころ満載だが、一番はジャックの名を呼ぶフレイヤの声が、何というか情感たっぷりなところだった。
ただ下の名前を呼んだというだけなら別段おかしなことではない。神にとって人の子の家名だの血筋だのは些事でしかなく、個体の識別において重要なのは名と魂だけだからだ。
その点、フレイヤは割と分かりやすい使い分けをするタイプだった。他所のファミリアの眷属の名を呼ぶ際はフルネームで呼ぶことが多く、自分の眷属や気に入った
その法則に従うなら、ジャックという少年はフレイヤにとって「お気に入り」のカテゴリに入っているのだろうが……何やら少年の名を呼ぶフレイヤの声色が妙に艶っぽいというか、馴れ馴れしいというか、自分の眷属でもないのに
どうにも、ベル・クラネルに対するそれとは別の拗らせ方をしている気がする。そう直感したヘルメスの考えを裏付けるように、突如としてフレイヤの雰囲気が一変し──
「ジャックの魂は不思議な色彩をしているわ。様々な
『うわぁ』
艶やかな唇から怒涛のように紡がれる、狂的なまでの
見れば、変わらぬ鉄面皮の【
「わ、分かった!
けれど、だからこそ疑問なんだ! それ程までに気に入っているというのなら、何故手元に置かず遠ざけようとするのか!?」
遂には「ロキよりも、ましてやヘスティアなんかより私の方がよっぽどジャックのことを理解してあげられるのよ……」なんてヤンデレじみた発言まで漏らし始めたフレイヤ。明らかに正気を失いかけている女神の意識を引き戻すように、ヘルメスはわざと大声を張り上げてそう尋ねる。
その努力の甲斐あってか、
「……そうね。ここまで色々言っておいて今更言葉を濁しても意味がないでしょうから正直に言うけれど、私はベル・クラネルを手中に収めるつもりでいるわ……
「なるほど、ベル君を
思わず目を剥き、愕然と声を上げるヘルメス。
フレイヤという女神は美と豊穣を司る
それ故か彼女は特定の誰かと深い関係になるようなことはしなかった。どれだけ進んでも身体だけの関係……愛人関係がせいぜいだったのだ。
しかし、遂にフレイヤの心を射止めた者が現れた。それも相手は神ではなく人間、ましてや未だ冒険者としては未熟な少年である。度々
「だが、これでようやくフレイヤ様の意図が読めてきた。要するにジャック君の存在は
「……そうね。今更ベルへの想いが揺らぐことはないけれど、ジャックの魂はただそこにあるだけで私を誘惑する。……それより一番の問題は、彼の魂が眩しすぎることよ」
「眩しい?」
天界において主神オーディンと並び
そんな彼女がジャックの魂を「眩しい」と言った。それはつまり比喩でも何でもなく、文字通りに眩しいのだろう。
「英雄……それも
「勇敢な戦死者の魂をオーディンと対等に分け合う」と語られるヴァルハラの女主人は、ジャック・イェーガーという年端もいかない筈の少年の魂をそのように形容した。
「そこまで惹かれているのに、ジャック君ではなくベル君を伴侶に選んだのかい?」
「ベルのことを馬鹿にしないで!」
「してないよ!?」
「あの子はこれからなのよ! ベルはこれからの経験次第で如何様にも色彩を変える可能性を秘めた、純真無垢な無色透明の魂なの! もう完成してしまっているジャックと違って私の色に染められるの!」
「なんで今日のフレイヤ様はこんなに情緒不安定なのかなーっ!?」
恥も外聞もなくベルを対象にした光源氏計画の企てを吐露するフレイヤ。
天界においては主神に比肩する神威を有し、地上においても最強の派閥を率いる、文句なしに最高位の女神たる神フレイヤ。それがたかが二人の人間を前にしただけでご覧の有様である。お前はいったいどれだけ業の深い
「ともかく、ベルの魂は無限の可能性を秘めた未完の輝き。けれど、現時点の完成度においてはジャックの魂に軍配が上がる……そしてその強烈な輝きによってベルの魂を覆い隠してしまっているのよ。これは由々しき問題だわ。日課のベル・ウォッチングに支障が生じてしまっている……」
「まあ、なんだ……とりあえずジャック君を遠ざけたい理由については分かったよ。流石に始末するような真似は憚られるけど、概ね俺と貴女の目的は一致していると思う」
未完の少年を自分好みの英雄の魂へと昇華させ、その上で自らの手中に収めたいフレイヤ。
そしてゼウスの遺児が真に英雄の器足るかを見極め、自らの手で大衆が望む
「それに、フレイヤ様がそこまで言うジャック君も気になるところだ。これから先オラリオが直面する試練を思えば、英雄候補は一人でも多いに越したことはないからね」
「あら、やっぱりあなたもそんなことを考えていたのね」
「お互い様さ。それになし崩しとはいえ貴女ほどの女神に胸襟を開いて貰ったんだ。こちらも少しは情報を開示しないとフェアじゃないだろう? これでも中立を気取ってるんでね」
両者共にベルを英雄にすることを目的とする。その過程において、方やフレイヤはジャックという異分子を遠ざけたい。方やヘルメスは美の女神が太鼓判を押すジャックという英雄候補を見極めたい。
「そしてジャック君が真に英雄の器であるならば、フレイヤ様の望み通りにヘスティアの元から引き離すのも吝かじゃない。ベル君にジャック君、二人も英雄を抱えるのはヘスティアには荷が重いだろうからね。それで眷属の質が下がるようでは元も子もない。既に幾人もの勇士を眷属に持つロキなら、その実績からして持て余すようなことにはならないだろう」
「そうね、ロキにならジャックを任せても……任せ、ても…………ロキ、貴女との腐れ縁もこれまでのようね……」
「やめてくれないかなぁ急に病むのは! 心臓に悪いから!」
かくして、ここに奇妙な協力関係が成立した。伝令神は美の女神の意向に沿い、一人の少年を処女神の元から遠ざけるだろう。
全ては、未完の少年を『
そして、現在。
「HEYHEYHEYHEYHEYHEY」
「HEYHEYHEYHEYHEYHEY」
「ややややあヘスティア……そそそそれにジャック君も。いいいいやだなぁ怖い顔しちゃってぇ……」
鳴り響く
ヘルメスは見誤っていたのだ。数多の英雄を見てきたフレイヤをして「既に完成している」と評したジャックの本質を。
一応、ヘルメスなりにその可能性を考慮してアスフィを宛がったのだ。ベルの相手がLv.2のモルドであることを考えれば、Lv.4の第二級冒険者である【
だが、それでも足りなかったのだ。巨人化という
確かに、普通に殴り合ったのではジャックがアスフィに敵う道理はない。如何に武神のお墨付きがあろうと、技術やセンスで覆せるレベル差には限度というものがある。
想定外だったのは、そのレベル差を覆せる攻撃手段が他にあったこと。そしてそれを躊躇なく同じ人間に向けることができる、完成された
その結果がこれである。保険として付けておいたリヴィラの
(欲をかいて「ジャック君にも試練を与えてみよう!」なんて考えるんじゃなかった! せめてベル君に専念するべきだったかなぁ!)
「説明してもらおうじゃないかヘルメスぅ……ベル君とジャック君にしでかしたこと、どう落とし前をつけるつもりだい……?」
「ヘスティア様、こいつ処す? 処す?」
「お、落ち着くんだ二人共! まずは話し合おうじゃないか!」
据わった目付きのヘスティアに胸倉を掴み上げられ、異様に殺意の高いジャックに睨まれたヘルメスは滝のような汗を流して何とか弁明しようとする。
というかこんなことしてる場合じゃなくない!? とヘルメスは声高に訴えたかった。こうしている今も突如出現したゴライアスは進撃を続けており、リヴィラの冒険者達が応戦しているようだが明らかに旗色が悪い。あれが神を呪う
「ど、どうか落ち着いて下さい……神ヘスティア、イェーガーさん。特に神ヘスティア、あのゴライアスが御身の神威に反応して生まれたものであるならば、今この場で最も危険なのは御身です。我々が言えたことではありませんが、このままここに留まっていては不味いことになります」
ナイスだアスフィ! とヘルメスは内心で喝采を上げる。流石にヘスティアも主神の命令に従っただけの眷属にキツく当たる気はないのか、渋々とだがヘルメスの胸倉から手を離した。
「ふんっ! 地上に帰ったら覚えておけよ! ……それでどうする? あのゴライアス、この間のヤツと同一個体なんだろうけど……あれ強化種だろう?」
「だねぇ。どう見てもダンジョンの後押しを受けて能力を向上させているね」
遠目に見えるゴライアスの姿は、明らかに17階層で遭遇した個体とは一線を画していた。
まず明確に異なるのはその大きさである。通常のゴライアスの体躯が10
通常は灰褐色の外皮も、まるで闇を溶かし込んだかのような漆黒に染まっている。その変化は色だけに留まらないようで、街に近付けさせまいとする冒険者達の攻撃をものともしていない。堅牢な肉体に拍車がかかっているのは明白だった。
「……アスフィ。あれ何とかなる?」
「むりです」
即答だった。当たり前である。
何せ、通常のゴライアスでさえLv.4相当の脅威度があるのだ。強化種ともなればその力はLv.5に匹敵する可能性が高い。「レベルが一つ違えばその力は別格である」というのは冒険者の常識だが、その通説はモンスターにも当て嵌まるのだ。
ましてや敵は階層主。そもそも
「では、ジャック君。君の
「可能です」
ヘルメスの試すような問いに対し、ジャックはあっさりと肯定を返した。
「相手が同じ巨人であるのなら、俺の巨人に負けはあり得ません」
「根拠はあるのですか?」
「見てもらうのが一番手っ取り早いでしょうが……強いて根拠を挙げるならば、やはり大きさでしょうか。あのゴライアスの強化種は15
「20
具体的な数値としてその巨大さを提示され、アスフィは遠くを見るような目で呆然とする。
然もありなん。何せ20
「ボクは反対だ、ジャック君」
「けどヘスティア様、こうしている今もベル団長は戦っているんです。打てる手は打つべきでしょう」
「それはそうだけど……!」
最初は明らかにジャックを照準していたゴライアスだったが、運悪く──ジャックにとっては運良く──進行方向にリヴィラの街があったがために冒険者達の猛攻に遭い、現在はそちらへ注意が向かっている。
だが、それも時間の問題だ。どう見ても冒険者達の攻撃はゴライアスの漆黒の外皮を前に悉く退けられている。脅威にならぬと判断されてしまえば、ゴライアスは再び進撃を開始するだろう。真っ直ぐに、討ち果たすべき怨敵に向かって。
「ボクだって、本当にジャック君の巨人で勝てるなら君に託すべきだとは分かってるんだ。
けど、あそこで戦っている冒険者は誰もその巨人が君だとは知らないんだぞ!? 別のモンスターが乱入してきたと思われて、君にまでその矛先が向くかもしれない! ゴライアスからも、冒険者からも攻撃されて、それでジャック君が大怪我してしまったら、ボクは……!」
ヘスティアの言うことは尤もである。これはまだジャック自身しか知り得ないことだが、彼が変身するジャック巨人体はまさに「大地の悪魔」と形容すべき恐ろしげな外見をしている。事情を知らぬ者がそれを見て、よもやそれが味方であると瞬時に判断できるはずがない。
そもそも絶対に勝てるという判断はジャックの自己申告によるものだ。客観的な評価として確実にゴライアス強化種に優越するという保証はどこにもないのである。
これでジャックがベルと同じLv.2だったらヘスティアも迷わず送り出したのかもしれない。しかし彼のレベルは1、それも恩恵を受けて間もない駆け出しである。色々と規格外な切り札を有するものの、それ以外の基本的な身体能力においてはやはりレベル相応の域を出ない。そんな有様で
しかし──ファミリアの主神としては半人前のヘスティアだが、彼女とて女神だ。それも
「……それでも、行くんだね?」
「はい、ヘスティア様。駆け出しだろうが俺は冒険者です。今俺がすべきは震えて逃げることではなく、冒険者として最後までその責任を果たすことです」
「勇気と蛮勇を履き違えるべきではないよ。君一人が責任を負わずとも、この場には君よりレベルの高い冒険者なんてたくさんいるんだ。……それでもなお戦うのだと、そう言うのなら」
とん、と女神は小さな拳を少年の胸に押し当てる。
「勝てよ、ジャック君。そして無事に帰ってくるんだ。死んだりしたら許さないからな!」
それは幼い女神から幼い英雄に捧ぐ、精一杯の激励だった。
「ええ、任せて下さい。心配して損した! と後で笑ってしまうほどの、完膚なきまでの
「……ん? いま蹂躙って言った?」
「勝負は今!! ここで決める!!」
「ジャック君???」
何やら不穏な言葉を漏らしたジャックだったが、彼は構わず地面を踏み鳴らす。
すると突如として足下の地面が隆起し、長大な水晶の柱が迫り上がる。それは勢い良くジャックの身体を押し上げ、まるで
「ようやくだ。ようやく俺の巨人を実戦運用できる……」
空中に身を踊らせたジャックは、万感の思いを込めてそう呟いた。
そう、ジャックは巨人を活躍させる場に飢えていた。
力に酔っているわけではない、単に報われたいだけなのだ。『座標』にて途方もない時間をかけ苦心して作り上げた巨人を思う存分暴れ回らせたいと、苦労が報われる瞬間を心待ちにしていたのである。
「さあ、産声を上げよう。『進撃の巨人』ここに在りと満天下に謳い上げよう。そして、圧倒的な蹂躙劇を女神に捧げようじゃないか」
何やら劇的に送り出してくれた主神には悪いが、恐らくは戦いにすらならないだろうと。
故に、これから始まるのは
ヘスティア達から十分に距離をとったと判断したジャックは、放物線を描いて飛翔しながら親指の付け根に歯を立てる。
──そして、『大地の悪魔』の
フレイヤ様、好みの
次回こそゴライアス君と戦います。ジャック巨人体初お披露目です。
ぼくがかんがえたさいきょうの全盛り巨人の姿を御覧じろ。そして忘れ去った厨二病の痛みを思い出すがいい!