ソードアート・オンライン 仮想という名の世界で   作:satsuki

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第三話 進撃のリズベット

 アインクラッド第九層。主街区の門からさほど離れていないそのフィールドにて、二人の少年少女がモンスターとのバトルに身を置いていた。

 少年は曲刀(タルワール)――大きく曲がった細身の片刃刀を手に、パーティーメンバーである少女のサポートをしつつ、己もまた獲物を狩っていく。

 そして少女は少年の作り出した隙を狙い、ソードスキルを込めた片手棍(メイス)で敵を屠っていた。

 

「今です!」

「てりゃぁぁっ」

 

 メイスに宿った紅いエフェクトが、同様に紅いイノシシをエフェクトの塊へと変化させていく。

 個体名《フレイムボア》。第一層に居た“フレンジーボア”のカラーバリエーションモンスターとも言えるそのMob。

 それが少女にとってはレベリング為に、そして少年にとってはギルドの食料としてその生命を刈り取られていった。

 

「うん、これで今日のノルマは終了!」

「あ、そっちは今のでノルマ達成したの?」

 

 たった今ドロップされた素材アイテムによって、少年の本日分の素材狩りノルマは終了した。

 これで一週間後の献立はフレイムボア鍋に決定。

 現実ならばイノシシ鍋とでも言うべきその料理は、SAO内の簡略化された調理手中では手間も掛からず量が作りやすいということで、非常に重宝されている。

 

「リズさんはどうです?もう少しでレベル23まで行けそうですか?」

「そうね。多分あと四体位狩れば、行けると思うわ」

「了解。じゃあ、リズさんのレベルが上ったら、今日の狩りは終わりにしましょう」

 

 現在攻略は第十層まで完了し、少し前に第十一層がアクティベートされたばかりである。

 デスゲームと化したアインクラッドでは、安全マージンは+10。つまり第十一層のボスを攻略する際には、最低レベル21を想定しているのが通例となっている。

 

 故にリズベットのレベルは安全マージンよりは上であるものの、過剰とまでは呼べる状況ではなかった。彼女は攻略組ではないが、自身の安全とスキルポイント確保の為に、一定以上の経験値を必要としている。

 その結果がレベルとして反映されているだけなので、彼女自身はレベルに頓着はなかった。

 

「リズさん、リポップ!フレイムボア、三体!」

「はいはい――っと!」

 

 フィールドにモンスターがリポップされる。

 倒してから一定以上時間が経過すれば、モンスターは再び配置場所に現れる。これはSAOに限らず、オンラインRPGでは別段珍しくもない光景であった。

 

 しかし現在、第一層ではMobモンスターが狩り尽くされるという事態が発生している。

 実際には全く出現しない訳ではないのだが、出現するや否や低レベル者たちに狩られてしまう為、便宜上“狩り尽くされた”という表現がされている。

 よって現在レベリングを行うには、危険を伴ってでも上の階層を目指さなければならないという、初心者泣かせな状況に移行しているのだ。

 

「“ベア、ノック”――」

 

 曲刀ソードスキルLv.2――剣技後に拳で追撃するそれは、盾無しスタイルからは重宝されている。

 特に通常のソードスキルは剣技の後の硬直が長めなので、その時間の時間に生まれる隙を後ろ倒しに出来るこの技は、モンスターのアルゴリズムを狂わせるに一役買ってくれていた。

 

「リズさん、トドメ!」

「あいよ!」

 

 ツバサがダメージを削ると同時に、モンスターの足止めを行う。

 その間にリズベットがソードスキルを準備し、ラストアタックを行う。

 これが二人のバトルスタイルであり、この状況においては最も効率の良いやり方であった。

 

「これで、終わり!」

 

 リズベットのソードスキルが炸裂し、フレイムボアがポリゴンの塊へと還元される。

 それと同時に音楽がなり、リズベットのステータス上昇が行われた。

 

「やった!今のでレベルアップよ!!」

「おめでとうございます。やりましたね、リズさん」

「ありがと、あんたのおかげよ」

 

 一週間後に控えた、MTD資本のカフェ兼洋菓子店のオープン。今後リズベットはその店の店長として働く為、軌道に載るまでの暫くの間はレベリングを行うのは難しいだろう。

 しかし素材狩りを行う必要が出た時、低レベルでは命取りになりかねない。だから今の内に、可能な限りレベリングを行っておく。今日のレベリングは、そう考えた故の行動と言えた。

 

「そう言えば、あんたのレベルって今いくつなの?」

 

 少女は何気なく頭に浮かんだ疑問を、目の前の少年に問い掛ける。

 

「あれ、言いませんでしたっけ?今ボクのレベルは――28ですね」

 

 ツバサは右手でステータスウィンドゥを呼び出し、一瞬の間を置いてから自らのレベルを告げた。

 その様子は、まるで自分のレベルを今知ったと言わんばかりである。

 

「……相変わらずレベルに頓着が無いわね?そのレベルだったら、攻略組でもトップレベルなんじゃない?」

「そんなこと言われても……。ボクは攻略組ではないですし、素材集めばっかりしてればイヤでもこうなりますよ?」

 

 過剰マージンとも言えるそのレベルは、確かに攻略組でもそうはお目に掛かれない程の物だった。

 しかしそれは、意図してレベリングを行った訳ではなく、ギルド内の食事の確保の為に素材狩りを行ってきた結果に過ぎない。

 

 相互扶助組織であるMTDには、非攻略プレーヤーの大半が集まっている。

 その中から再び立ち上がる者や独立する者も居るが、新規加入者も後を絶たない為、現在の在籍人数は千人を越えようとしていた。

 よって食料確保もツバサがギルドに参加した当初よりも難しくなっており、自然と素材狩りの回数が上昇し、その結果がレベルとして積み上がっていったのである。

 

「そう言えば、最近は曲刀ばっかり使ってるけど――どういう風に吹き回し?」

 

 そう。ツバサはSAO正式サービス開始当初こそ片手用直剣を使用していたが、手鏡によってアバターを現実と同じリーチにされてからは短刀を使用していた。

 しかし現在使用しているのは、以前使用していた片手用直剣でもなく曲刀と呼ばれる得物。

 リズベットでなくても、その理由は問いたくなるだろう。

 

「いえ、大したことじゃないんですけど――リズさんは“メッザルーナ”っていう包丁を知ってますか?」

「?いや、知らないけど……」

 

 メッザルーナとは、イタリア料理で使われる半月形の包丁である。主にみじん切りの際に使用される包丁であり、ハーブを切る時等にも使用されるものだ。

 

「いや~、ギルドが大きくなるに連れて、料理を作る量も増えてるじゃないですか?」

「ええ。だから厨房スタッフも増員されたのよね?」

 

 現在MTDの厨房スタッフは、三人から十五人まで増員されていた。

 

「そうです。そこで如何に効率良く、はやく作れるかがポイントになってきますよね?その為にメッザルーナがあれば楽になると思って……」

「ちょっと待ちなさい。メッザルーナ?と曲刀がどう繋がるのよ?」

 

 互いに共通点は曲刀というだけだ。しかも片方は武器であり、もう一方は調理器具である。

 

「いえ、アルさんが教えてくれたんですけど、曲刀を使い続けると何らかの“エクストラスキル”が出るかもしれない――って」

「アルさん?あぁ、“鼠のアルゴ”ね」

 

 《鼠のアルゴ》とは、SAOという世界において有数の情報屋である。

 明るめの金髪をフードで隠し、明るい笑顔には鼠の髭を模したペイント。本来体術取得イベントにおいて付けられたその髭は、今となっては彼女のトレードマークとなっていた。

 ちなみにツバサもそのイベントを二回程失敗した為、二本一対の髭がペイントされたのは、今となっては良い思い出である。

 

「そのエクストラスキルの内容は不明なんですけど……もしかしたら、って」

 

 SAOに限らず、最近のゲームは様々な隠し要素が盛り込まれたものが多い。

 その一つに“条件開放による要素の追加”というものがあり、隠し武器や隠しボスなどがこれに該当する。

 ツバサは曲刀を使い続ければ開放されるという条件に、同じ曲刀繋がりでメッザルーナの出現を期待しているのであった。

 

「あんたも物好きね~?それにしても、良くそんな包丁のことなんて知ってたわね?」

「ウチには、結構色んな調理器具がありまして。使ったことがあったので、覚えていたんですよ」

「普通、一般家庭にないものを置いてるなんて――実は良いとこのお坊ちゃん?」

 

 少女の疑問は最もであった。少年の妙に大人びた考えや年齢に見合わぬ知識量は、そうとしか思えない節があった。

 

「……ゴメン、忘れて。リアルのことを聞くのはマナー違反だったわ」

 

 オンラインゲーム中に、リアルのことは聞かない。それは不文律であり、デスゲームと化したこの世界でも常識であった。

 容姿はリアルのものに変換されてしまった為半分位は意味を失っているが、それでもそこは守るべき物として存在している。

 

「別に良いですよ、それくらいなら」

 

 気にするリズベットをよそに、ツバサは軽い調子でそう答えた。

 

「ウソじゃないですしね?どうせボクは気楽な末っ子ですから、この仮想空間(ソードアート・オンライン)での出来事がどれ程影響あるやら……」

「……何て言うか、軽いわね……?」

 

 カラカラと笑いながら答えるツバサに、リズベットは引き攣りながら聞き返した。

 その様は、想像以上に軽い返し方に戸惑っている、とも言い換えられる。

 

「ウチには出来の良い兄と姉がいますからねぇ?親からのプレッシャーはわりと軽いんですよ」

 

 事実である。少年には歳のかなり離れた兄が一人と、少し歳の離れた姉が一人ずつ居る。

 二人は教育ママである母親の期待を背負い、そしてそれに応え続けていた。

 故に余程バカでない限りは、母親にとってツバサは可愛い末っ子なのである。

 特に上の二人には厳しく接し過ぎたせいもあり、その反動のせいもあってツバサは結構甘やかされていた。

 

「……そう言えばリズさんって、多分ウチの姉と同い年くらいだと思うんですよ?」

 

 リアル年齢を開示しない為、リズベットの正確な年齢は不明だ。

 しかし多少の誤差があったとしても、恐らく中学校高学年から高校生位だと推定出来る。

 現実では小学校中学年であるツバサからすれば、小学校高学年も中学生・高校生も等しく大人のように見える。

 それなのにリズベットの年齢を大凡とは言え掴めたのは、姉と同じ位だと思ったからだ。

 

「それで?」

「……………………そ、それだけです!」

「オイ」

 

 肩の力が抜けるような遣り取り。

 長い沈黙を破ってツバサの口から出たのは、明らかに何かを言おうとして飲み込んだもの。

 どんな発言が出てくるのかと構えていたリズベットは、思わぬ肩透かしを喰らい、ツッコミを入れることしか出来なかった。

 

「少年よ。そこまで引っ張っておいて、その発言はないでしょうに?」

 

 半眼気味になりながら、リズベットの追求は続く。

 腰に右手を当てながら追求するその様は、もう少し年上の女性がやれば、さぞ見栄えのする“お姉さんスタイル”であろう。

 だがそれを行うには、年季が少しばかり足りなかった。

 

「……何でもないんです!それよりリズさんのレベルも上がったことだし、戻りますよ!」

「あ、ちょっと!待ちなさいってば~~!!」

 

 微妙に陰のある表情のまま、ツバサは足早にフィールドから去っていく。

 そんなツバサの言動に納得いかないリズベットであったが、ここで放置されると危険な為慌てて少年の後を追った。取り敢えずこのことは、後回しだと胸中で考えながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▽▼

 

「――ってことがあったんですよ」

 

 リズベットはMTDのホームに戻ってからも、先程のツバサの言動が気に掛かっていた。

 だがツバサ本人が口を割ることはないだろう。それが分かっているからこそ、余計に気になるというもの。そこで彼女は、年長者に相談するという行動に出た。

 

 しかしその後、このギルドの中でお悩み相談が出来るような大人であり、かつツバサのことを良く知っているような人物は実は少ないことに気付いたのである。

 故に相談相手は、如何にも人の良さそうなこのお兄さんしか居なかったのであった。

 

「うーん、ツバサ君がね~?」

 

 現行千人ものプレーヤーを支える、ギルドMTDのギルドマスター。

 《シンカー》こそが、彼女の相談相手であった。

 

「そうなんですよ~~。あいつ、子どものクセに我慢しちゃうじゃないですか?だから聞き出せなくて……」

「そうだね……」

 

 胸中では「君も自分からすれば、まだまだ子どもだけどね?」とは思いつつも、シンカーはそれを表に出さずにリズベットに同意した。

 少女という存在は、背伸びしたい気持ちが多分にある為、それを刺激するのは大変宜しくない。

 それはシンカーがこのギルドで保護した少女たちから学んだことであり、男女が共同で暮らすこの場所では、生命線とも言い換える事が出来るスキルであった。

 

「確認するよ?彼はお姉さんの話をしていた」

 

 シンカーはリズベットから齎された話を元に、自分なり結論を出していた。

 そしてそれを再検証する為に、リズベットに内容の確認をしていく。

 

「そうです。それであたしとそのお姉さんが、多分同い年位じゃないかって言って……」

「そして彼は“何か”を言おうとしたのに、『何でもない』と言った……」

 

 無言で頷くリズベットを見て、シンカーは大凡の状況を察した。それと同時に、自分は何故今まで彼を放置してしまっていたのだろう、と考え出した。

 

「(ツバサくんは手の掛からない子だった……。それどころか現在に至るまで、ギルドの大事な部分を支え続けている位、しっかりとした子だった……)」

 

 良く手の掛からない子は、親にとって楽が出来る存在であると言われている。

 故に手の掛かる他の子どもの世話に時間を割いてしまい、結果として手の掛からない子のことを気に掛けなくなってしまう。

 この連鎖は人間社会では割りと良く見られる光景であり、かつ本来このままではいけないとされるものである。

 

「(これは、自分が撒いた種だな……)」

 

 シンカーはツバサを保護した存在として、自分は猛省すべきことだと考えた。

 これだけ巨大になったギルドでありながら、青年は少年に対するケアを怠っていたのである。

 シンカー自身が多忙の為に出来ないのであれば、別の適役を手配してでも行うべき案件。

 それを他の手の掛かる案件を優先してしまうがあまり、青年は忘れてしまっていたのだ。

 

「(でもどうする?誰に行って貰うべきか……)」

 

 現在MTDには、カウンセリングを行うポジションが有る。

 しかし厄介なのは、ツバサは《子どもありながら大人の思考回路》を持っていた。

 大人というのは他者に弱みを出すのが嫌いであり、苦手でもある。

 つまり本案件は、ツバサから《大人の思考回路》を解くことが出来、その上で話を進められる人を探さなければならないということなのだ。

 

「(それに彼は、《姉》という存在を求めている。つまり女性の方が望ましい)」

 

 後はどうするか。

 条件に該当する大人の女性と言っても、何人かはギルドに在籍している。

 その中で更に絞込を掛けるとしたら、他にどんな条件があるだろうか。

 

「(……容姿、かな?)」

 

 美醜もあるが、この場合は身長や身体つきという意味合いが大きい。

 子どもというのは安心出来る相手のサイズというものがあるようなので、出来れば彼の姉に似た体格の人物が望ましい。

 リズベットと同じ位の年齢ということを鑑みると、リズベットと同じような体格の人間をチョイスしてすれば良いのだろうか。

 

「(最後は――胸か)」

 

 断っておくが、シンカーは真面目な男である。このような場面で不真面目な理論を持ち出すような、不誠実な男でない。

 彼がどうして“胸”――もう少し詳しく言えば胸のサイズに拘ったかというと、前例が幾つか有る故なのである。

 

 小さな子どもを安心させるのに手っ取り早い方法は、大人の女性の――もっと言えば母親の抱擁である。

 その際にある程度胸があった方が良い、というのが保護した子どもたちから得たデータであった。ともすれば、その要素を無視する訳にもいかない。

 

「(……となると、リズベットさん以上の人間を配置するべきかな?)」

 

 何がリズベット以上なのかは、敢えて問わない。語るべき相手も居ないし、誰かに語った瞬間に軽蔑の眼差しで見られることは間違いないだろう。

 取り敢えず大体の絞込を済ませたので、後はこちらで対処出来る。

 そう結論付けたシンカーは、リズベットには自分の仕事に専念して貰うよう語り掛けた。

 

「リズベットさん。ここからはコチラで手配しておくから、君は店舗のオープンのことを考えて――」

 

 「――くれれば良いよ」と続けようとしたシンカーだったが、それは出来なかった。

 彼にとっては大人としての親切心で言ったつもりなのだが、どうやらそれは逆効果だったらしい。

 その証拠に、彼女は――目の前の少女は、いたくご立腹であった。

 

「それって、あたしには解決出来ないって――ソウイウコトデスカ……?」

 

 そう、彼女は見ていたのだ。

 シンカーが胸の話を考えていた時、その視線が自分の胸にあったことを。

 

「ひっ!」

 

 まず目が怖かった。ギュピィィィィン!!という擬音が聞こえてきそうな、その両の(まなこ)

 次いで口が怖かった。牙のように見える歯は、アバターを弄ってもこうはならないだろう。

 そして纏う雰囲気が怖かった。まるで黒いオーラが実体化したようなソレは、迷宮区のボスと言われて違和感がない程である。

 

「ど、どうしたんだい!?リズベットさんが怒るようなところ、あったかな……?」

 

 しかし流石はMTDのギルドマスター。その胆力は中々のものだったらしい。

 攻略はキバオウたちに任せているとは言え、強大な存在を前にしても怯まぬその姿勢は、一人の大人としても頼もしい限りであった――声の震えさえ隠せていたならば。

 

「シンカーさん、今貴方はこう思いませんでした?『リズベットさんよりも、胸の大きな女性を相談役に派遣しよう』って」

 

 済みません、確かに思いました。

 そう言えたのならば、どれだけ楽だったであろうか。

 しかし言えない。幾ら内心を見透かされたからと言っても、それを言ってはいけないのが大人なのである。

 ましてや『君には大人の魅力が足りない』だなんて、自分で死刑台に登るような真似はしたくないのだ。

 

「……じゃあ、逆に聞こうか?リズベットさんは、彼のお姉さんの代わりを出来る自信があるのかい?」

 

 否定もしなければ肯定もしない。ズルい大人のやり方だと分かっていても、シンカーはそれを使うしかなかった。

 カウンターと言えば格好良いが、質問に質問で返すという意味では一社会人としては失格である。

 

「うっ!確かにあいつのお姉さんって、あたしとそうは変わらない筈なのに、完璧超人みたいな感じですけど」

「うん。彼の色眼鏡が入っていたとしても、かなり優秀な人物みたいだね」

 

 シンカーはギルドの中では、ツバサと一番付き合いが長い人物である。

 そうなれば当然少年の話を聞く機会が増え、事有る事に会話の中に登場する“ツバサの姉”という人物について知っていることになる。

 

 通常ツバサ位の年齢の少年ならば、姉よりも母親を想う筈である。しかし彼は姉を求めた。

 母親が存命という話は知っていた為、母親が居ないことにより姉がその役割を果たしているという線は消える。

 ならば出てくる結論は、それ程までに姉が良く出来た存在だということになる。

 

「そうなると、やるなら風呂の時か寝る時か……」

「えっ?ちょっと、リズベットさん?君がやるの!?」

 

 ツバサの姉の姉代わりは難しい。

 そう自分で結論を出したにも関わらず、リズベットは何やらツバサ攻略戦のシミュレーションを開始していた。

 その光景に、シンカーは驚きを禁じ得ない。

 

「だって悔しいじゃないですか!こっちは結構頼っちゃってるのに、向こうからは頼りにされてないってことでしょう!?」

「……うん。そう、だね」

 

 今リズベットが放った言葉は、彼女のみならずシンカーにも突き刺さるものがあった。

 だから彼は言い返せない。言い返すことが出来なかった。

 

「だったらこれ位しか、返せないじゃない!」

 

 それは怒りと悲しみが混じった感情だった。

 頼らないことに関しての悲しみと、そうしてしまっていた自分たちに対する怒り。

 それらが複雑に混じり合ったが故の叫びであった為、何時の間にか少女の瞳は潤んでいた。

 

「……リズベットさん、もう一度確認するよ?本当に君がやるのかい?」

 

 シンカーはこの少女になら、ツバサのことを託しても良いと考えを改めた。

 この仮想世界では、プレーヤーたちは何処か現実離れした思考になりがちである。

 しかし、そんな中でも人の持つ暖かさを持ち続けることが出来る人たちは、皆人間的に立派な人々であった。

 

「えぇ。折角シンカーさんが色々と考えてくれところ悪いんだけど、あたしがやるわ」

 

 少女の口元は僅かな微笑みを残し、その瞳は決意の色に彩られていた。

 これならば心配はいらない。シンカーはそう思い、彼女にこの案件を預ける事にした。

 

「そうか……。それじゃあリズベットさん、ツバサ君のこと――頼んだよ?」

「ハイ、任せて下さい!」

 

 気持ちの良い返事と共に、リズベットはシンカーにそう言った。

 清々しい笑顔。そう、清々し過ぎる程の笑顔だった為に、シンカーの中のアラートは鳴りっ放しである。

 

「さーて、どうやって“リズベットお姉さん”の魅力を分からせようかな~~♪」

「……程々に頼むよ?」

 

 遠ざかるリズベットに、シンカーは一応程度の警告を出した。聞き入れられる可能性は低い。しかし立場上言わざるを得ない。

 そして彼は思った、「女性というのは、どうしてこうも強くて恐ろしいのだ」と。

 この考えは彼がSAO内で伴侶を見つけるまで抱き続ける思いであり、またそれは殆どの女性に該当するのだということを発見するのも、結婚をした時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コラぁぁぁぁっ!逃げるな、今日こそ風呂に入れてやるぅぅぅぅ!!」

「イヤです!どうして、何で、リズさんがそんなことを――!!」

 

 数日後の夕方。

 MTDのホームでは、連日に及ぶ追いかけっこが今日も行われていた。

 先頭を逃げるのはツバサ少年。そして追いかけるのは、ハンターと化したリズベット。

 その光景を見てギルドマスターは、「あぁ、こんなの絶対おかしいよ……」とか言ってたとか。

 

 




※本文中に出てくる“フレイムボア”は、オリジナルモンスターです。

 あとMOREさんは出番が多いのに、DEBANさんが未だに……
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