少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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この令和の時代にリリカルなのはの二次書いてるってマジ?


高町なのはは恐ろしい魔法少女である。

 高町なのはがいわゆる魔法使いというやつになったのは、小学三年生の頃だという。

 本人曰く、魔法使いではなく魔法少女らしいのだが、いかんせん少女とは言い難い──いや、大人たちから見れば少女であることは間違いないのだが──ので、ここは魔法使いと呼称させてもらおう。

 それこそ未だに日曜朝からやっているアニメの如く、未だに読んでいるライトノベルの如く、およそ非現実的で美しい魔法を扱う、快活で優しい彼女は、しかし少女というには大人びすぎているように思えるから。

 とある事故により怪我を負った魔法使いの少年を助けたことで、その少年の目的──ロストロギアの回収を手伝うことになった彼女は、その過程で魔法使いとしての才能を花開かせたのだそうだ。

 それも盛大に、どこまでも美しく、可憐に。

 魔法に触れ、魔法に馴染み、戦いに巻き込まれ、適合し、眠っていた才能を引き出した。

 小学三年生にしては──というか、何歳だとしても──異例の経験と言えるだろう。

 ただ、その経験が大きく人生を左右した、という点ではやはり、小学生であったということは酷く重要な要素なのだと思う。

 一度手に入れたものを手放すという決断は、難しいものだ。

 それがまだ現実を知らず──知らなくても良く、未来があらゆる方向に広がっている幼子であればなおのこと。

 多くの人が知らないようなことを知った優越感。

 自分にしかできないことを見つけた時の全能感。

 必要とされていることを実感したときの満足感。

 自分が特別であるということを知った時の快感。

 それらは得てして、麻薬に近い効果を発揮する──人はいつだって、誰かに求められていたいものだ。

 以来、ただの優しい、小さな少女だった彼女は、魔法使いとしての顔も持つようになった。

 それは決して、悪いことでもなければ不幸なことでもなかったのだろう。あるいは、魔法を知らなかった方がずっと不幸だったのかもしれない。

 彼女が直接そう言うことは無かったが、しかし見ていればそう思っているのだろうということは容易に分かる。

 魔法の道を選んだことに悔いはないと、恐らく彼女は死ぬまで言い切れるのだろう。

 

「なんて、実際にその日が来るまでは分からないんだけどね」

 

 にゃはは、と少しばかり個性的に彼女は笑ったが。

 ……まあ、なんにせよ今をときめく16歳のうら若き少女から、そんなプライベートでシークレットな話を聞くのに、さぞ時間を重ね、絆を育んだのだろうと思われるかもしれないが、これらは全て初対面──それも出会って一時間足らずで聞いた話だ。

 強いていうのであれば、こういうのを巡り合わせというのだろうか。

 つまるところ弱冠15歳、高校生になる予定であった俺──各務ヶ原纒(かがみがはらまとい)はその日、一人の女性と出会ったわけである。

 これを運命と呼ぶのかどうかは、まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各務ヶ原くんはどうして管理局に入ろうと思ったの?」

 

 学生の頃から毎日弁当を自作し持って行っていたこともあり、自分の調理スキルはそれなりのものだと思っていたし、社会人になっても毎日そうするのだろうなと漠然と思い込んでいたのだが、しかしこうして実際に働くとなると世の中そんなに甘くないということを思い知らされた。

 ついでに言えば「地味に高いしそこまで美味しくもない」とすら思っていた学食──この場合は社食なのだが──のありがたみも同時に知ることとなった。

 ありがたいというか、むしろもう無くては生きていけないだろ、というか。

 管理局という、常に人手の足りていないいわばブラック企業に似た何かであるこの職場において、無償でご飯を提供してくれる場所というのは正しく砂漠の真っただ中で見つけたオアシスのようなものだった。

 多分、管理局局員であれば誰しもがそう思っているに違いない。それは無論、俺のような不真面目者とは真逆の、ひそかにワーカーホリックであると噂されている高町さんでさえ例外ではないだろう。

 その高町さんが、

 

「あっ、それとも各務ヶ原執務官候補生殿……とか言った方がそれっぽいかな?」

 

 と、場を和ませるような笑顔で言った。

 各務ヶ原執務官候補生。

 元々長ったらしい苗字だというのに、更に長ったらしい役職名を加えたことで手書きするのはなるべく避けたいような漢字の羅列になっている呼称が、今の俺である。

 管理局へと入局した者は短くて三か月、長くて一年間は研修生として勤務するよう義務付けられている。

 研修生にもいろいろ種類があって、俺はそれの執務官バージョンという訳だった。

 

「最初はしっかり将来設計組んでたんですけどね、それが見事に砕けた時にたまたま管理局のこと思い出したんで『じゃあこれでいいか』と」

「か、かるっ!? そんな気楽に決めて大丈夫だったの?」

 

 思わず、と言ったように高町さんは目を見開いた。

 当然と言えば当然の反応なのかもしれない。

 とはいえ他人を納得させられるだけの高尚な目的や、将来を見据えた堅実な目標なんてあるわけがなかった。

 

「まあ、多分?」

「て、てきと~……因みに最初は何になる予定だったの?」

「主夫です」

「ふえ?」

「だから、主夫」

 

 首を傾げたまま声も出さず高町さんは「……?」と疑問符を並べまくっていた。

 どうやら働きすぎたせいで「主夫」という単語を理解できなくなってしまったらしい。

 可哀想すぎる……。思わず哀れんじゃうくらいには可哀想だったので何とか思い出させてあげたくなった。

 

「主夫です、専業主夫。家事育児を担当するアレです」

「い、いやそれはもちろん分かるんだけどね? えぇっと……その当初の将来設計って言うのを聞かせてもらっても良い?」

 

 どうやら理解できなくなっていたわけではなかったらしい。どちらかというと俺のことが理解不能だとでも言わんばかりの目である。

 失礼な人だ……。そんなワーカーホリックぶりでは彼氏の一人もできませんよ、と思ったが流石に口に出すのは憚られた。

 

「まずは順調に地元の高校に上がる予定でした」

「うんうん」

 

 頷き、続きを促す高町さん。

 それだけの所作でさえ魅力的に見えるのだから、美人というのは得だなと思う。

 

「それなりに友達を作り、テキトーに彼女とかを作ります。できればここで生涯を共にできそうな優秀な美人さんを見繕いたいですね」

「うんう……うん?」

 

 何かおかしなところがあったのだろうか、高町さんはまたしても頭を傾げた。

 まあでも安心してほしい、まだ続きがある。

 

「とはいえ高校時代に優秀だからと言って社会でもそうであるかどうかは分かりません。なのでキープだけしておいて今度はそれなりの大学に入ります」

「…………」

「そして大学で美人で優秀そうな彼女を作ります。キープの方と比べて良い方を選び、結婚。養ってもらいます」

「それはヒモって言うんだよー!?」

 

 ついに高町さんは声を荒げた。

 まったく、ただでさえ高町さんはその見た目と実力ゆえに人目を集めるのに大声を出さないでほしい。食堂は人が多いのだ。

 

「安心してください! ちゃんと家事育児には全力を尽くす所存でした!」

「だとしても過程が最低にもほどがあるよ!」

 

 どうやら高町さんのお気には召さなかったらしい。

 数年前に考案した将来設計だしな、詰めの甘さが目立って見えたのかもしれない。

 うぅむ、やはり歳が近いとはいえ社会経験の差が如実に出ているな。高町さんは流石だ。

 しかし、もう捨てたとはいえかつては本気で目指した夢である。俺は反射的に理論を組み上げ始めた。

 

「でもですね、この将来設計は別にそこまで問題があるものじゃないとは思うんですよ。特にミッドチルダでは」

「問題しかないように見えるんだけど……」

 

 じとーっとした目で高町さんは言う。

 しかし俺はまぁまぁ、と続きを口にした。

 

「女性の社会進出について、このミッドチルダは地球の比ではありません。何せ地球では小学生やってる子供でさえ、働こうと思えば働けるのがこの世界ですからね。

実際、高町さんだって教導官として働いていらっしゃいますし、俺より年下の子供が一部隊率いてるなんてことも珍しくはありますが無いということはありません」

「それは、そうだね」

 

 大人しくなった高町さんは少しだけ逡巡してから頷いた。

 どうやら聞く気にはなってくれたらしい。

 

「ですが、そうやって人種、性別、年齢問わず働くのを推進する状態が続けば、これまで家を守り、働く人を支えていた人たちの数が激減することは火を見るよりも明らかです」

「……うん」

「常にあちこちが人手不足を謳う時代です、しかしそれら全てに人々を割いてしまえば、今度はその人たちを支える地盤が緩んでしまう訳です。

 命あっての物種、健康であるからこそ人は十全に活動できる」

「うーん……続けて」

 

 高町さんが少しずつ真面目に聞く態勢になってくる。 

 

「実際、管理局の離局理由の約30%が不健康、あるいは病気の為です。これは今、全体的に支える側の人間が欠如している状態に陥りつつあるのを示していると言っても良い。

 となれば今最も必要とされているのは主夫、あるいは主婦であるということは明確! 金稼ぐだけが仕事じゃないって訳なんですよ!」

「むむぅ~……確かに、一理ある、かも……あれ? でも結局それはやめちゃったんだよね?」

 

 どうして? と高町さんは微妙な表情で言う。

 

「普通に親にキレられました。ここで働かざるを得なくなった原因も概ねこれですね」

 

 もうね、普通にキレられた。

 トップクラスの大学を出て、エリート公務員をやっている両親にとってはどうやら下の下な設計だったらしい。

 あんなに怒られたの生まれて初めてだったからね。かーちゃんとか泣き出すしマジでビビった。

 まあ元より魔法という存在に心惹かれてたところはあったから、ある意味背中を押された形にはなったのは確かだが。

 働くことになった時点でそのプラス要素もマイナスに飲み込まれている。

 これにはさすがの高町さんも苦笑いだ。

 

「あはは……でも今では執務官目指して頑張ってるんだもんね。偉いよ」

「いや別に執務官は目指してないですね」

「へ?」

 

 本日幾度目かのぽかん顔。

 何度見ても「かわいい」以外の感想を叩き出せないその表情はもちろん満点だ。

 

「執務官というか、執務官補佐が良いんですよね。団体行動が嫌いなんですけど、その点執務官は少数の場合が多いって聞いたし。あとあんまり責任とか負いたくないんで」

「理由がしょぼいし最低だ!?」

 

 驚き疲れてしまったのか少しだけ息切れをした高町さんは、呼吸を整えてから改めて俺を見た。

 じーっと、数秒見たのちに「はぁ」と小さくため息を吐く。

 いや人の顔眺めてため息は酷くない?

 もしや新手のいじめが始まったか、と身構えれば、しかし高町さんはふにゃりと笑ってみせた。

 

「なんていうか、各務ヶ原くんはとってもひねくれ屋さんなんだねぇ」

「何を言うんですか、超真っすぐですよ」

 

 何なら「働いたら負け」という初志を貫徹し続けてるレベル。

 ん? いやちょっと待って? 俺今働いてない? 全然貫徹できてねぇじゃん。

 真っすぐどころか滅茶苦茶ブレブレだった。

 気付いてしまった衝撃の真実に思わず身を震わせてしまう。

 

「そういうところが捻くれてるって言ってるんだよ……名前で良いよって言ったのに頑なに呼んでくれないし」

「いや初対面の美人は名前で呼ぶなって代々教えられてきてるんで」

「ひ、ひねくれもの~」

「何でも捻くれてるって言えば良いもんじゃねぇぞ……」

 

 小声で抵抗してみたが高町さんは呆れたように笑うだけだった。

 こうなってしまってはもう抵抗は無価値である。多分彼女は飽きるまで、あるいは顔を合わせる度にそう言うのだろう。

 

「まったく、俺ほど素直な人間は早々いないっつーのに……」

「確かに素直ではあると思うんだけどね……主に自身の欲求に」

「夢と言ってください、夢と」

 

 言葉選びが甚だ失礼な人だった。

 この世は大体夢とか何とか言っておけば綺麗に見えるものなのだから、取り敢えず表面上だけでも綺麗にしておいた方がお得なのだ。

 いやあ、日本語って便利だなあ。

 

「そんな理由で便利さを語ってほしくはなかったかな……まあでも、何だかそれがとっても各務ヶ原くんらしい、って感じだね」

「それが褒め言葉じゃないってことだけは分かります」

「えぇ~? 褒めてるよぉ」

 

 にこにこ~と笑いながら言う高町さん。信憑性は0だった。

 何なら不信感しかないと言っても良いレベル。

 はあ、と大きく吐き出したため息は、しかし同時に鳴ったチャイムによってかき消された。

 昼休憩終了のお告げである。これからまた人々は勤労へと戻るわけだ。

 

「さて、それじゃあそろそろ行こっか」

 

 立ち上がった高町さんを、一切れ残ったパンを口に放り込んでから追いかける。

 正直なところばっくれたい気持ちでいっぱいいっぱいなのであるが、しかしそんなことをしたら多分翌日には俺の死体が海に浮かんでいることだろう。

 ……まだ死にたくはないからな。

 いずれ過労死させられそうな気はするが、それもまだ先のことだろう。先のことだよね?

 そう信じながら、俺は高町さんの背中を見つめた。

 小さな背中だ、けれども彼女は管理局内でもトップの実力を誇る。

 あーあ、働きたくねぇなあ。そう呟きそうになったら突然高町さんが俺へと振り向いた。

 

「そういえば、お昼からは武装隊候補生の子たちも一緒だから」

「……え?」

「連携、頑張ってね!」

 

 満面の笑みで、高町さんはそう言ってまた歩き始める。

 俺は静かに天井を見上げ、はっきりと口にした。

 

「やっぱ労働ってクソだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 厳密に言えば、俺はまだ管理局の局員として名乗れる立場にはない。

 卒業した学生が、入学式や入社式を迎えるまでのわずかな空白期間よろしく、研修生とはそういう、いわば宙ぶらりんに近い立場にある役職だ。

 ひよっこ未満である。卵の方がまだ近い。

 生まれながらにして魔力の存在を密かに自覚しており(これに関しては完全なる偶然だったが)、魔法そのものには長年親しんできた俺ではあるが、幼少期の高町さんのようにバリバリな戦闘をしたことはない。

 というか、平和な日本で生まれ育った人間が戦場に身を置くこととかまず無いだろう。

 ついでに言えば俺の場合、魔法を使える人間に会ったのは本当に、ここ一年くらいの話であり、それまでは何となく感覚で遊んでいた程度なのだ。

 つまるところまるっきりの素人だということである。管理局が万年人手不足でもなければ多分入局すら叶わなかったであろう。

 それをラッキーだったと思うべきなのか、アンラッキーだと思うべきなのかは、まだ分からない。

 これから分かるのだろう。それこそ、高町さんのように──いや、あの人は別にこんなことで悩んでなさそうだな……。

 魔法使える! 人助けられる! 最高! みたいな思考してそう。いや、もちろん偏見に過ぎないが。

 とにもかくにも、未来(さき)のことは分からないが、少なくとも今の俺は魔法を知ってるただの一般人という訳だった。

 努力は必須らしい。それも、とても。

 

「はい、今日の訓練はここまで! お疲れさまでした」

 

 高町さんのそんな声が響き、あちらこちらから間延びした「お疲れ様でした」と「ありがとうございました」が響き渡る。

 三々五々になってふわ~っと戻っていく、いわば同僚候補生とでも言う人たちを俺はぼーっと見ていた。というか眺めていた。

 無論、それは俺が彼らを観察していたかったからとか、高町さんに内緒のお話があってこの場に残っているとかそういう考えがあったわけではない、と強調しておこうと思う。

 端的に言って、身体が動かなかったのである。

 いや普通に、冷静になって考えてほしい。

 俺はこの前まで地球でごくごく平凡な中学生ライフを満喫していた、なんの変哲もない少年だったのだ。

 それがいきなり軍隊もかくや、みたいな訓練させられて「いやぁお疲れお疲れ」とか言えるだろうか? いいや、言えない。

 そういう訳で俺は訓練場の隅っこで大の字になっていた。

 あーもううごきたくないでーす。

 声を出すことすら億劫なので内心そう思いながら空を見上げる。夕暮れのオレンジが目に痛かった。

 

「各務ヶ原くんも、お疲れさま」

 

 不意に顔を覗き込んできたのは、やはりというかなんというか、高町さんであった。

 いや、この場にいる以上は高町教導官と言った方良いのかもしれない。

 時と場合によって呼び方を変える、これが大人ってやつよ。

 

「おつかれさま、です……」

「あはは、ぐったりだねぇ。あ、大丈夫だよ、そのまま寝てて」

 

 お言葉に甘えて起こしかけていた身体を再び倒す。

 正直言って訓練場の寝心地は全然良くないが贅沢は言えない。

 今はこれが最高のベッドだ。

 

「でも頑張ったね、最後までちゃんと着いてこられるとは思わなかったなぁ。流石だぞ、男の子」

「ふっ、これでも地元じゃ、優秀で通ってましたからね」

 

 嘘ではない。中学の体力テストではクラスで十番以内には入っていた。田舎だったから二十人くらいしかいなかったが。

 優秀っていうかまあ、ギリギリ平均以上って感じ。微妙だ……。

 そんなことは露知らない高町さんは屈託のない笑みをほころばせる。

 

「そっかそっか、それじゃあ明日のメニューはもうちょっと盛っても良いかなぁ」

「!!?」

 

 もしかしたら高町さんは人をいじめるのが趣味なのかもしれない、ということを真剣に検討し始めたのだが、ふとにやけ顔で見られていることに気付いた。

 これで腹立つ、という感情より先に可愛い、とか美人だなぁという感想が先立つあたり、彼女の顔の良さがうかがえる。

 いや、あるいは俺がチョロいのか……?

 俺はチョロくないと思うので高町さんが全部悪いということにしておこう。

 

「勘弁してくださいよ……」

「あはは、ごめんごめん、でも今日のメニューが控えめだったっていうのは本当だよ」

「? これ以上増えたら死んでしまいますが……」

「大丈夫、人はそう簡単に死なないよ」

 

 明らかに限界を攻めたことのある人間の台詞だった。

 どう考えても16歳の女の子が言うようなセリフじゃないだろう。管理局というのは俺が思っているより数倍やばい組織なのかもしれない。

 

そりゃアンタだけだっつーの……

「因みに私はまだまだ元気いっぱいだから、各務ヶ原くんが望むなら追加で訓練しても良いんだよ?」

 

 すっと細められたなのはさんの藍色の視線が鋭く突き刺さる。

 すっごい怖い。超睨んでんじゃん。俺は回復してきた身体をそっと起こしてまた伏せた。

 伝家の宝刀:ジャパニーズ土下座だ。これで俺は幾度もの窮地を乗り越えてきた。いや幾度もする羽目になってんのかよ。

 

「ごめんなさいこの通りです許してください」

「何か……手慣れてるね」

 

 全然嬉しくない誉め言葉だった。本当に誉め言葉か? これ。

 俺はよいしょと立ち上がり、膝のあたりをパッパッと払ってからその場に座り直す。

 

「そういえば、各務ヶ原くんはミッドチルダに来たばっかりなんだよね」

「そうですね、ちょうど一週間前です」

 

 念願の一人暮らし、というやつである。

 これでも主夫志望だっただけあって、今のところ生活に関して困ったことは特にない。

 強いていうのであれば今週から始まった訓練がやばすぎるということくらいだ。 分かりますか? 貴女の訓練ですよ、高町さん。

 

「そっかぁ、それじゃあそろそろホームシックとかなったりして」

「いや、無いですね。一人超好きなんで」

 

 むしろ一人じゃないと落ち着かないまであるレベル。

 ご近所付き合いとか考えただけで身の毛がよだつので、こっちに来るときはそれだけが怖かった。

 実際のところは、俺以外住んでる人間がいないのでは? と疑ってしまうくらいのボロアパートに住むことになったので、違う意味で恐怖を覚える羽目になったのだがそれはそれ。

 人の世で生きる以上、生きている人間が一番怖いの自明の理だ。

 それと比べれば夜中に時折変な音や声が聞こえるくらいどうってことはない。いやごめんやっぱ怖いわ。超出ていきたい。

 何で朝起きたら窓に人の手形とかついてんだよ。怖すぎて眠気ぶっ飛んだわ。

 

「てか、高町さんだってそうなんじゃないんですか? 小学生の頃から働いてたって聞きましたけど」

 

 若干九歳で管理局に入ったとか正直に言えば正気の沙汰ではない。 

 その歳から勤労意欲を見せていたとは最早尊敬の念を超えて畏怖の対象である。

 

「うーん、まあ多少はね。やっぱり初めの頃はちょっとだけ寂しかったなあ」

「へぇ」

 

 意外だ、と素直にそう思った。

 もちろん、彼女の年齢を考えれば(こういったものは特段、年齢は関係ないと言われればそれはそうだとも思うが)それはおかしなことではないだろう。

 けれどもそう思わせられたのは、やはり高町さんが地に足ついたような人だからなのだと思う。

 ついでに年上だからかな。一つでも、二つでも、年上というのはそれだけで真実以上に大人びて見えるものだ。

 

「ていっても、友達もいたし。本当に時々だったかな。最近だと忙しくって、そんなこと考える暇もないし」

「うわぁ……」

 

 なんていうか、陽キャのお手本のような回答をいただいてしまった。

 多分休みの日には家の庭で昼間からバーべーキューとかしてるんだろう。

 良く一緒にいる人のこととか仲間って呼んでそう。

 

「各務ヶ原くんは友達とかはもうできた?」

 

 内心で皮肉ってたらいきなりストレートで殴られた。一撃必殺はズルだろ。まとい は たおれた!

 だが俺とてやられっぱなしではない。

 

「ふっ……俺を嘗めないでくださいよ」

「おっ、ということは?」

 

 高町さんが意外とも、期待ともとれる眼差しで俺を見る。

 

「もちろんいません。同僚は決して友達ではないって親父も言ってたしそういうことなんだと思います」

「へ、偏見だ!?」

 

 仕事が恋人です、みたいな高町さんが目を見開いた。

 偏見なんだ、これ……。

 奇しくも親父までぼっちであったということを知ってしまい俺は密かに涙した。

 

「まあ冗談です、友達くらいいますよ」

「そ、そうなの? 本当に?」

 

 高町さんは不安そうに俺を見る。安心させるために俺は笑おうとしてやっぱりやめた。いやキモイとか思われたらいやだし……。

 ああいうさりげなく笑ったりして好感を与えられるのはイケメンだけなんだよな。

 「フッ」と笑ったつもりでも実際は「ふひっ……」みたいになってる確率が高いので気を付けような。

 

「ええ、今日も撫でてやったらにゃーにゃー鳴いてました」

「それ猫じゃん! まったく……」

 

 は? 誰が友達は人間だけって決めたんだよ! 許せねぇ! と逆ギレしようと思ったのだがあまりにも哀れな人を見る目を向けられたので口を噤んでしまった。

 そういうことじゃないですよね。はい、わかってます。

 

「もう、仕方ないなぁ」

 

 俺に友達がいないのは仕方のないことではあるけれども、そんな諦めたように言わなくても良くない?

 

「そんな各務ヶ原くんには友達ができるとっておきの方法を教えてあげる」

「ほほう?」

 

 とっておきの方法と来ましたか。

 ゴクリと生唾を飲む。

 

「それはね──相手の人の名前を呼んであげれば良いんだよ」

「は?」

「ほ、ほら! 試しに私の名前を呼んでみて!」

 

 俺の反射で出た言葉にも負けず高町さんは強気に言った。

 

「嫌です……」

「な、なんで~!? じゃ、じゃあ私が先に呼ぶから──」

 

 ガーン! と言ったように肩を落とす高町さん。

 はぁ~~~、やれやれ。

 深々と俺はため息を吐く。

 

「まあ待ってください、良いですか? これは俺が地球にいた頃友達だったやつの話なんですけど」

「? うん、各務ヶ原くんの話なんだね」

 

 友達の話だって言ってんだろ!

 

「そいつが中学二年に上がったばかりの頃の話です。そいつは一年の頃から日課にしている朝の読書をするために早くから教室に来るような生徒でした。

その日もいつも通り登校したら珍しいことに教室に既に人がいる、しかも女子。

緊張しながら教室に入ればその子は元気よく『おはよう!』なんて言ってくれる」

「ふむふむ」

 

 いくらエースとは言えうら若き乙女。

 高町さんは意識的か、無意識的か、今のところはまだ恋バナというやつに分類されるこの話に目を輝かせていた。

 

「それからというもの、誰よりも早く来ているその少女とそいつは良く話すようになりました。

 好きな本、曲、食べ物……そういう他愛のない話を積み重ねる内に『もしやこいつ、俺のこと好きなんじゃね? 毎朝色々と話すし、いやもうこれは確定でしょ』という結論に至るのにそうはかかりませんでした。

 そいつは早速告白をすることを決め、その日もまた、朝早くに家を出て彼女に会いました。

 

『今日はちょっと話があるんだけどさ』

『おっ、なになに?』

『えぇっと……その』

『なにまごまごしてんのさ、早く早く』

『そ、その! 好きです、付き合ってください!』

『え、ごめん生理的に無理』

 

 考慮する余地も、悩むことさえもせずに俺は振られ、その子は二度と朝早く教室に来ることはなかった……。

 あと何故か彼女と仲の良かった男友達に暫く絡まれるようになりました」

 

 今どき「おら、焼きそばパン買ってこい」とか言われるとは思わなかったからね、マジで。

 お陰でアメフト部とか目指すことになるかと思ったもん。アイシールド21はやっぱり名作だよな。

 

「か、可哀想……元気だしなよ」

「いやだから俺の話じゃないって言ってんでしょ! まあ、つまるところ男ってのは──それも中高生なんてのは勘違いしやすいものなんですよ。

 他人からのただの優しさを、面白いくらいに別物と間違える。分かっていてもなお、勘違いする。

 そういう生き物なんです、だからその……あんまり優しくされると好きになっちゃうんで距離詰めるなら時間かけてください」

 

 最後だけやたら早口になりながら伝えれば高町さんは曖昧に笑い、頭を痛そうに手で抑えた。

 

「何ていうか……やっぱり面倒な性格してるよね、各務ヶ原くんは」

「おっと喧嘩ですか? 俺が負けるのでお引き取りください」

「買わないんだ!? しかも理由がへたれだ! ていうかそもそも喧嘩じゃないし! ……もうっ」

 

 ぷくーっと頬を膨らませ、じとーっとした目つきで見てきた高町さんは、やがて小さくため息を吐いた。

 毒気が抜かれたように、穏やかな表情をする。

 

「しょうがないから、今はまだ教導官と生徒って立場でいてあげる」

「是非そうしてください」

 

 と、俺の言葉を追うようにチャイムが鳴り響いた。

 定時のお知らせだ。デスクワークを主にしている局員からすれば関係ないが、しかし今の俺にとっては何より価値のある合図だった。

 

「それじゃ、そろそろ戻ろっか。もう立てる?」

「はい、大丈夫です」

 

 とは言いつつも手を差し出されたので掴んでグッと起き上がる。

 

「──ああ、でも」

「?」

「勘違いくらいなら、しても良いよ。ちゃんと優しく振ってあげるから」

 

 トンッ、と額を指で押して高町さんは歩き始めた。

 俺はと言えば、すっかり思考を止めてしまい、その場に立ち尽くしてしまう。

 

「は~……女子って怖ぇ~……」

 

 俺の呟きは、夕焼けにスルリと消えて無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぽぽりんご様からいただきました、恐ろしいなのはさんのイラストです。

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