はてさて、そろそろいい加減、各務ヶ原纏と言う俺自身のことについて、語るべき時が来たように思うのであるが、しかしながら大変申し訳ないことに、率直に言わせてもらって嫌である。
語れないだとか、語る術がないだとか、語る理由がないだとか、そもそも語るほどの何かがある訳ではないだとか。
そう言った、尤もらしい言い訳を用意できず、非常に心苦しいばかりであるのだが、こればかりは非常に遠慮──いいや、拒絶させていただきたかった。
というのも──という、後付けじみた説明さえしたくないほどに、俺は俺の話をしたくない。語りたくはない。
などと、このように勿体ぶっているように見えてしまっていることを、しかし、仕方がないことだと受け止めてしまうくらいには、俺は自身のことについて、何も話したくはなかった。
嫌だ──ああ、嫌だ。
何が嫌かと言えば、もう何もかもが嫌だ。
俺自身のことを語ることも、語りたくないと駄々をこねている俺自身のことも、そのくせ、誰かには話したいと、どこかでは思っている俺が確かにいることも。
そういった、あらゆるものをひっくるめた上で、嫌だ。
しかし、そうは言っても物事にはどうしようもないことがあり、どうしようもない時がある。
例えば、このようにあまりにも面倒くさい、俺みたいな人間が存在してしまっていることのように。
どうしても語らなければならない時が、局面が、訪れてしまうのは、どうしようもないことであったのだろう。
それでもなお、嫌だ嫌だと言い張れてしまうのが俺であるのだが、そんな俺を見て、
「大丈夫。纏が話したくないなら、何も話さなくて良いんだよ」
と、俺の用事に付き合わせてしまっているハラオウンさんに、優しくそう言われてしまえば、幾ら俺でも覚悟を決めるしかないのであった。
だから、まずは初めに言っておこうと思う。
劇的な話ではない。
ほんの少しくらいは劇的要素があるかもしれないが、概ね現実的な話だ。
胸が詰まるくらい、どこにでもあるような物語だ。
ただ、あまり聞いていて、楽しい話ではないかもしれない──というのは卑怯か。
端的に言おう、楽しくはないし、面白くもないと思う。
面白いと思われても困るから、それはそれで俺は良いと思うのだが。
しかし、各務ヶ原纏と言う男の過去はそういった、どちらかと言うまでもなく、陰気でじめついた雰囲気で一貫されている。
深い絶望は無く、救われるような希望は無い──どちらも、必要ない程度の起伏の話。
さて、ここまで頑張って、興味を削ぐような注意事項を並べてみたのだが、ハラオウンさんは驚くくらい柔らかな笑みを俺に向け、
「でも、纏が自分のことを話してくれるなら、私は嬉しいな。纏はあまり、自分のことを教えてくれないから」
等と言うものだから、本当に語るしかなくなってしまった。
やっぱり嫌です、とはもう言える雰囲気ではなくなってしまった。
だから、まあ、語ろうと思う。
有難いことに、面白いやつであると。そこそこやるやつであると。そう思ってもらっている俺が、本当に俺自身が言うように、特に大したことのない、間違いばかりであった人間であることを知ってもらうための物語を。
いいや、もしかしたら俺の事情なんてものは既に伝えられていて、俺のこの覚悟でさえ、ただの空振りに過ぎないのかもしれないのだが。
それでも、少しでも俺からの歩み寄りで、俺のことを知ってもらうために。
ご存知の通り、自ら距離を縮めるのは不得意中の不得意で、適切な歩調も歩幅も分からないが、まあ、頑張ってみようと思う。
きっと、自分のことを語るだなんてことが得意なやつは、そうはいないものだと思うから、比べられることも無いだろうし。
肩の力を抜いて、休憩を挟みながら、なるべく短く済むよう語るから、そちらも同じようにしてほしい。
さて。
それじゃあ、お恥ずかしい過去の話を始めようか。
お前と子供を養うためなんだ。
確か、そのようなことを言っていたと思う。
思い出すまでもない。俺がまだ、小学三年生の頃だった。
まさか俺がそのような、真人間じみたことを言う訳が無いし、そもそも当時の俺が言って良いような台詞ではないことからも分かるだろうが、父さんの台詞である。
父さん──そう、親父ではなく、父さん。
もっと分かりやすく言うのであれば、俺の一番最初の父親である。
いや違う。別に三人も四人もいる感じのアレでは無い。
単純に、生みの親の方の父親である、ということだ。
その父さんが、母さん──もちろん、こちらも母ちゃんとは違う。生みの親の方の母親だ──に向かって、言った台詞だった。
この時、二人がどういった会話をしていたのかはもう、はっきりと記憶できている訳ではないが、この頃、父さんは家を空けがちだった──とどのつまり、忙しい人だった。
だから、母さんの方が父さんに向かって、恐らくは問い詰めたりしたのだろう。
今でこそ、あまり家に帰れない状況に陥ってしまっている俺が言えたことではないのだが、父さんは本当に、異常なくらい家にいた記憶がない。
とはいえ、一応のフォローはしておくのだが、不倫だとか浮気だとか、そういった類に手を染めていた訳ではない。
本当の本当に、休みの日まで出勤していた、らしい。
地球にいた頃の俺は「いやいや、まさかでしょ」なんて笑いながら思っていたものであるのだが、今ではもう、ほんの少しも笑えないことだ。
俺の社畜適性は父さんから受け継がれたんだな、と最近はしみじみと実感している。
それくらい、父さんは仕事に憑りつかれているかのような人間だった。
聞いた話によれば母さんは、そんな父さんに一目惚れしたのだという。
ここだけ切り取れば完璧ファンタジーすぎて「は? どういう惚れ方?」と暫く考え込んでしまうくらいであるのだが、まあ、恋とかいう感情がもうファンタジー的なものなので、そういうこともあるのだろう。
ただ、好きになることは簡単でも、好きでい続けることは──あるいは、信じ続けるということは、存外に難しいものだ。
人は、信じるより疑う方が容易い。そういう風に作られている。
だからこそ、母さんは多分、聞いてしまったのだろう。
実に使い古され、テンプレじみた「家族と仕事、どっちが大切なの」と言ったようなことを。
そんな、どう答えても良い方向には転がりそうにない問いに対し、父さんが出した回答が、冒頭の一言という訳だった。
ベストな回答とは言えない。むしろ赤点寄りなんじゃないだろうか。
だから、もちろん話は拗れた。話は拗れ、関係は拗れ、家族は拗れた。
父さんはより家にいる時間が少なくなったように見えたし、母さんは母さんで常に苛立っているようになった。
元よりあまり気持ちの良い家では無かったような気もするが、この時の険悪具合はかつてないほど最悪であったように思える。
少なくとも、当時小学生のクソガキだった俺からすれば、極悪とも言える家庭環境だった。
まあ、今から思ってみても父さんは父親ちょい失格だろ、くらいには思うのだが。
とはいえ、勘違いしてほしくはないのが、俺は父さんのことも、母さんのことも、好きで好きで仕方がないくらいには大好きだったということだ。
一桁歳にして既に友達の一人もいないという、ある意味才能としか言えない本領を発揮していた俺にとって、唯一身体的にも、精神的にも近い人間だったのだから、当たり前とも言えるだろう。
それに応えてくれるように、二人も俺には優しかった。
思うでもなく、はずでもなく、確かに優しかった。
ゆえにこそ、嫌いになれるはずもなかったし、能天気なガキだった俺は「まあ、その内仲直りするっしょ」くらいふわふわとしたことを考えて、日々を過ごしていたのだ。
はっきりと言おう、それは間違いだった。
もし仮に、これまでの人生で一番やり直したいことは何か? と聞かれれば、まず間違いなくこの瞬間の選択であると、断言できてしまうくらいには、これは間違いだった。
人は出逢うものであるが、別れるものでもある。
そしてそのどちらも、突然起こりうるものなのだ。
まあ、何だ。
要するに、父さんは交通事故で亡くなった。
ちょうど俺の誕生日のことだったから、忘れられるはずもない。
父さんと「今日は早く帰ってくるよ」だなんて微笑ましい約束を早朝にしてもらい、珍しく機嫌の良い母さんと、ウキウキしながら待っていた夜のことだった。
突然鳴り響いた電話を取った母さんが、スッと青褪めるのを見て、「ああ、これは何か良くないことが起こったな」と思ったことを、良く覚えている。
即死であった──らしい。
死体は結局、俺が見せてもらうことはできなかった。
遺体の損壊が激しいとか言っていたから、まあ、そういうことだろう。
本当に、約束通り定時で上がった父さんは、酔っ払いの運転した車に轢かれ、亡くなった。
ここでも俺は、間違えた。約束なんてするべきではなかったのだ。
ただ、言ってしまえばそれだけで、まあ、探せばどこにでもあるような話。
特別、不幸であると言うのはちょっと憚られる程度のことだ。
「それは、ちょっと違うんじゃないかな。不幸は比べるものじゃないよ、纏。シャマルにも言われたでしょ? 不幸だけで測れるほど、人間は単純じゃないって」
「それはそうですけど……いやちょっと待って? 何でその話知ってんの?」
「えへへ、お見舞い行った時に、寝てる纏の横でシャマルと話して、ね」
「何でどいつもこいつも俺に関しての話だけ口が軽いんだよ……!」
俺のプライバシーが守られていなさすぎだった。
何? 各務ヶ原情報共有チャットとかあんの? ってくらいみんな何かしら知ってんだけど。
誰が相手でも迂闊なことを言えない感じだった。
「あはは、みんな纏のことが好きだから、つい纏の話をしちゃうんだよ」
「嬉しいんだか嬉しくないんだか、微妙なラインですね……」
「……嫌だった?」
「くっ、その目は卑怯でしょう!?」
あのちょっと瞳をウルッとさせてこっちを見てくるの、本気でズルだと思う。
あんなの即座にオーケーしてしまうに決まってるんだよな。
俺がチョロいという訳ではなく、ハラオウンさんが上手すぎる。
しかし「全然良いですよ」とか言うのは癪だったので、少しだけ歩調を早めた。
砂利道が少しだけ、鳴らす音を大きくする。「ごめんごめん」と笑ったハラオウンさんが、隣に並んだ。
「それじゃあ、今日はお父さんのお墓参りなの?」
「まあ、それも含むってところですね──まだ時間もあるので、もう少しだけ話しましょうか」
「……話すのは、辛くない?」
「いえ、むしろ話せて楽になってきている感じがしてる……気がする、ので」
「そっか」
それだけ言って、ハラオウンさんは口を閉ざす。
そんな彼女の、やけに整った横顔を眺めてから、コホンと咳払いをした。
お父さんはね、私達を置いて他の人のところに行ってしまったの。
耳を疑うような話だが、本当に、そのようなことを言っていた。
これも俺の台詞ではなく、母さんがぽつりと漏らした一言だった。
当然ではあるが、父さんは亡くなった。だから、母さんの言うことは全く以て見当違いであり、妄言の類であった。
けれども、母さんは本気で、心の底からそう言っていたのだ。
つまるところ母さんは、父さんが亡くなったという事実を受け止め切れなかった。
故に歪んだ。事実を己の中で、歪ませてしまった。
とはいえ、すぐさまそんなことを言い始めた訳ではない。
父さんが亡くなってから、直ぐに何かがおかしくなったという訳では無いのだ。
むしろ、初めの内はほとんど何も変わらなかったと言っても問題は無いだろう──もちろん、これは俺の主観であり、他から見れば全くそのようなことはなかったのかもしれないのだが。
少なくとも、小学生であった俺からしてみれば、父さんが亡くなったなんてことはあまりにも非現実的すぎたし、そもそも家にいないことが普通であったので、違和感の一つすら無かったのだ。
唯一、母さんが仕事を辞めたが、俺が家に帰ってくる頃には既に家にいたような人だったので、本当に変わりは無かった。
ただ、ちょっとだけ一緒にいられる時間が増えたので、むしろ嬉しく思ったまであるほどだった。
金銭的な面での余裕は充分すぎるほどにあったから、する必要が無かったのだろうし、そもそも母さんはもう、働けるような状態ではなくなってしまっていた、のだと思う。
思う、というのはこの時からそうであったのか、正直なところ、今の俺でも判別がつかないからだ。
飽くまで表面上だけでも、母さんはいつも通りを振る舞っていた。恐らく、俺だけに対しては。
普段と変わらず、不安を与えないよう、極限まで努力をして、溜め込み、取り繕っていたのであろう。
それが決壊したのが。何もせず、ただそうなるがままに決壊させてしまったのが、父さんの死から約二年。
俺が、小学六年生に上がったばかりの頃だった。
能天気なクソガキであった俺も、流石にこの頃には母さんの異常さに気付きつつあった。
食べる量は少ないし、日に日にやつれていくし、あまり寝られていない。
外に出ている様子も見られないし、ぼぉっとしたまま、どこか遠いところを見ているような状態が散見された。
そんな中、話しかけてみれば、口から出るのは冒頭のような言葉ばかりであるのだ。
幾ら何でもこれはおかしいと、俺でなくとも思っただろう。
少なくとも、俺はそう思った。だから、何とかしてあげないといけないと、そう思った。
何としてでも、元気づけなければならないと、愚かにも思ってしまったのだ。
ただ、それはきっと間違いでは無かったのだと思う。
その思考自体は恐らく正しいもので、しかしやっぱり、とった手段は最悪であったのだから、間違いであったとも言うべきなのだろう。
最悪の手段──軽々しくそう言ってしまったのだけれども、良く良く考えてもみれば、タイミングも最悪だったのだと思う。
最悪のタイミングで、最悪の行為をしてしまった──何をしたのかと言えば、魔法を見せてしまったのだ。
幼い頃に自覚して以来、意識的にひた隠しにしてきた魔法を、あろうことかこの時、母さんに見せてしまったのだ。
それ以外に、何も方法が思いつかず、後先考えずに見せてしまった。
俺にとって魔法は、自身を元気づける方法の一つであったから。
けれども、魔法とは未知の超常現象だ。少なくとも地球に住む、普通の人間にとっては。
正常な状態であっても、簡単に受け入れられることではなく、理解を得るのは難しい──それを理解していたはずなのに、俺はやってしまった。
宙をふわふわと浮く俺を見て、完全に母さんのキャパは超えてしまった……と言うよりは、「魔法のような非現実的なものが世の中にはある」ということを、教えてしまった。
他ならぬ俺が、この世に有り得ないなんてことは有り得ないということを、見せつけてしまった。
母さんは元々、あまり心の強い人間じゃなかった──いや、いいや、この言い方は良くない。
愛する者を失って、変わらず強く立っていられる人を「強い」だなんて言うべきではないし、変わってしまった人を「弱い」だなんて言うべきではない。
何かしらの変異は起こって然るべきであり、母さんが少しだけ変わってしまったのも、自然と言えば自然だった。
そこに俺が、追い打ちをかけた形になる。
母さんの妄想に、非現実的な要素を、現実的に組み込ませてしまった。
何が言いたいかと言えば、「父さんは魔法で他の女に誑かされて、私たちを置いて行ってしまった」等という妄言に、俺はランクアップさせてしまったのだ。
母さんとて分かってはいたのだろう。アレほど愛していたのだ、どれだけ仕事で家を空けていても、自分達を裏切るだなんてことは無いと。
でも魔法があれば? もし、魔法にかけられたのであれば?
馬鹿馬鹿しい話だ。今時、高校生だって鼻で笑うだろう。
でも、母さんにとってそれは、本当の本当にあり得る話で、だからこそ信じ込んでしまった。
己で己を、ちゃんと騙し切ってしまった。
さて、俺相手ならばまだしも、そんな妄言を親戚や友人にまで語り始めてしまえばどうなるだろうか。
きっと、人によってこの辺はバラバラで、色々な結果があるのだろうが──母さんの場合、辿り着いたのは孤独だった。
最初こそ、心配のもと色々と世話を焼いてくれた人たちも、強情な母さんに見切りをつけ始めてしまった。
薄情なものである──と、思うのは多分、少しだけ違う。
親子であろうと、友人であろうと、究極的に言えば他人は他人だ。
縁は繋ぐものであり、同時に切れるものでもある。
少しだけ距離を置こうと思われても、母さんは仕方がない立ち位置だった。
そして多分、それこそが最後の引き金だった。
誰にも信じてもらえず、むしろ離れていかれることが、母さんに決意をさせてしまった。
多くの人が母さんに見切りをつけたように、母さんはこの世界に見切りをつけた。
分かりやすく言おう。
母さんは、俺と心中しようとした。
誤解しないで欲しいのであるが、決して
俺が自分の意思で、死ぬことを「嫌だ」と言った覚えはない。
これはもう、どうしようもないことだ。
きっと今、母さんと一緒にいてあげられるのは、俺だけだ。
であればきっと、最後まで一緒にいるべきなのだろう。
そう、ぼんやりとだけ思ったことだけを、覚えている。
そこから幾つか、自殺未遂をした。
一番最初に行われたのは、紐を使った首吊りだったと思う。
途中で紐が切れて、失敗に終わった。
強かに膝を打った俺を見て、「ごめんね」と母さんに謝られたような気がする。
二度目の方法は、絶食することでの餓死だったはずだ。
これは先に母さんの方が音を上げて、「これはちょっと辛すぎるね」と苦笑いをしていたと思う。
俺は意識が朦朧とするくらいには弱ってしまい、回復するのに時間をかけてしまった。
そうして最後である、三回目。
三度目の正直とでも言うつもりか、母さんは崖からの飛び降りを選択した。
酷く、天気の悪い日だった。
ギュッと力強く手を握り、「本当にごめんね」と泣きながら言っていた母さんが、俺が最後に見た母さんの姿だった。
次に俺が目を覚ましたのは、病院だった。
救出されたというか、俺は翌日、浜辺に打ち上げられていたらしい。
奇跡的にと言うべきか、傷はほとんど無かった。
ただ代わりに、酷く傷ついた女性の死体──母さんが、傍にいたという。
そこからの話は簡単で、でも当時の俺からすればちょっとだけ複雑だった。
まあ、俺みたいなのを引き取りたい! と思う人がいる訳もなく、まあまあ揉めたのだ。
こんなところでまで可愛げのなさを披露してしまうとはな……と、当時は思っていたものであるのだが、冷静に思い返してみると、母と心中失敗したばかりだというのにあれほど落ち着いている子供は相当キモいな……と思うので仕方がないと思う。
俺でも、あの時の俺を引き取りたくはない。
親戚の方々を責めることは無理だなって感じである。
そう考えれば、考えるほど、親父と母ちゃんには感謝しかないのであるが……。
親父は、母さんの弟の奥さんの、そのまた兄である。
もう親戚とかって言うより普通に他人だろ、みたいな遠さだ。
良く俺なんかを引き取ったな……と、思い返す度に尊敬してしまう。
その後はまあ、順調に中学校に上がり、あまりの働きたくなさに「俺、専業主夫になる!」と宣言したところバチクソにキレられ、紆余曲折の末に、少年は魔法使いになった訳である。
「という訳なので、父さんと母さんの墓参りですね。最初は母さんは同じ墓には入れさせない! とか言われてたんですが、そこは子供の特権、ガチ号泣でごり押しました」
「…………」
「? ハラオウンさん、どうか──えっ、ちょ」
な、泣いてるー!?
ハラオウンさんはぽろぽろと、大きな赤の瞳から涙を流していた。
感受性、高過ぎである。
だから聞いても面白くない話だって言ったのに……。
そんな、泣くほど不愉快になる話だとは思っていなかったのでシンプルに反省してしまった。
いや、まあ、心中ミスった経験三回ありますとかいう人間、普通に嫌だよな……。
俺でもちょっと引くもん。
自分で言うのもなんだが、ちょっと重めなんだよな。過去が。
少なくとも明るい気分にはならない。
墓地で陽気になる方がどうかと思うので、それは良いかなとも思うのだが、やはりもうちょっとフラットに語りたかった。
やれやれ。
これだから嫌なんだ。
俺は別に、可哀想な子なんかじゃない。
同情されると優しくしてもらえるので基本的に好きであるのだが、この件についての同情は本当にいらなかった。
同情は、あらゆる感情をそこに収束させてしまうから。
「ご、ごめんね。でも、私」
「や、謝ってもらう必要はないんですが……」
「でも纏、今面倒くさいなって思ってるでしょ?」
「ちょっと? 流石にそうだとしたら俺、人でなしすぎるでしょう? 半分くらいはこっちこそごめんねくらい思ってますよ」
「半分は思ってるんだ……」
「まあ……」
もちろん、困る的な意味合いであり、決して迷惑と思っているわけではないので、勘違いはしてほしくないのだが。
「ま、そんなハラオウンさんには各務ヶ原検定二級を進呈してあげましょう」
「そこは一級じゃないんだ」
「一級は俺ですら取れてないですからね」
「自分のことなのに?」
「自分のことだから、ですよ」
俺は俺のことが、良く分からない。
とはいえそれは、別に俺に限った話ではないと思う。
自分という存在は、確かに自分にとって最大の理解者であるとは思うが、しかし、そもそも人というのは理解するものじゃないと思うから。
それに俺は、なぜあそこまで母さんに付き合えたのか、未だに分かっていないほどなのだ。
その場その場で、理解の延長上にないことをしてきた自覚があるだけに、一級が取れているとは言えなかった。
「でもそれは、やっぱり纏はお母さんのことが大好きだったから、じゃないかな」
「そうだったなら、俺も良いなと思います」
そのくらい、綺麗な感情であったのなら、きっと素敵だろう。
でも多分、それだけじゃない。
もっと色々、言葉では言い表せないくらいのことを考えていたような、そんな気がする。
残念ながらそこら辺のことは、もう良く思い出せないし、思い出せたところで、今更な話であるのだが。
「それじゃあ、私が一級取って、纏に教えてあげるよ」
「そりゃ有難いですね。まあ、そんなもん教えてくれるくらいなら、友達の作り方とか教えてほしいですけど……」
「ふふっ、纏。友達の作り方知らないの?」
「おっと、マウントですか? ガチで泣くことになりますよ。俺が」
よしよしと、俺の頭を撫でるハラオウンさんだった。やかましすぎる。
ふんっ! と手を払ってもハラオウンさんは笑みを浮かべたまま、俺に言った。
「それじゃあ、纏には私がとっておきの方法を教えてあげる!」
「……名前を呼んで、とか言いませんよね?」
「もしかして纏ってエスパー?」
「うわっ……」
如何にも兄妹です! みたいな反応をするハラオウンさんだった。
何? ハラオウン家はエスパーにどういう信頼を置いてんの?
しかも内容が高町さんと同一だし。
変な人だな、と冷めた目で見れば、ハラオウンさんは頬を赤く染めながらも下を向いてしまった。
何なのこの人?
ちょっと可愛らし過ぎるでしょう?
普通に好きになっちゃいそうなんだけど。
「私は纏のこと、好きだよ?」
「天然勘違い男子メーカーすぎる……ちょっとそれ二度と言わないでくれますか?」
「な、なんで!?」
「俺の心の平穏が……乱されてしまうので……あ、ここです」
と、言いながら足を止める。
目の前の墓石には、きっちりと「各務ヶ原家之墓」と刻まれていた。
いつもは父さんの命日に来ていたので、今年は少しだけ遅れてしまったことを、心の中で詫びつつ手を合わせた。
例年であれば、さくっと「今年も友達が出来ませんでしたが強く生きています」なんて報告で済ませていたのだが、今年はちょっとそれだけでは収まらない。
何か……色々あったから。
恐らくは、俺の人生でも一番の転機であったと思うから。
公式魔法使いになったことと、友達と、友達っぽいのがたくさん増えました、と付け加えておく。
……何か冷静になってきたんだけど、親の墓参りに上司を連れてくるってこれ意味わかんねぇな。
こんなことしていいの恋人か家族くらいだろ。
…………。
「この横の金髪の人は友人でもなければ恋人でもない、ただの上司です……!」
「わ、私、友人ですらなかったの!?」
「あれ? 声に出てました?」
「ばっちり出てたよ……」
「これは失礼」
でも天国にいる二人に誤解されたら困るし……。
「私は、誤解されても良いのに」
「いや、良いわけないでしょ……」
「良いんだよ──ほら、言ったでしょ?」
──私はいつだって、素直で本気だって。
ハラオウンさんは、まっすぐ俺を見てそう言った。
心臓が、跳ね上がる音がする。
多分、何かしら返さなければならないのだと、そう思うと同時に頬を撫でられた。
「──なんて、ね。意地悪なこと言ったお返し。ふふ、ドキドキした?」
「し、心臓爆発するかと思いまひた……」
「えへへ、それなら良かったかな」
そう、恥ずかしそうにはにかむハラオウンさん。
何が良かったんだよ、とは言い返せず、俺は放心してしまう。
ちょっと俺の周りの女性、人を揶揄うのが好きすぎるだろ。
取り敢えず親の墓前でこんなザマを晒させないでほしい、と俺はその場にしゃがみこんだ。
Q.何で明日更新しなかったの?
A.こんな重めの話をなのはさんの誕生日に更新して良いのかよと思ったからです。