高町なのはという名前は、未だに俺の中では特別な響きを持ち、口に出すことはおろか、思い浮かべるだけでどうにもくすぐったくなってしまうようなものである。
このようなことを言ってしまうと、まるで俺が高町さんに熱を上げていて、ゾッコン状態であるのかと思われかねないので先んじて言っておくのだが、決してそういう訳ではない。
いや、決してなどという強い言葉を使ってしまうと、それこそシグナムさんのように「では嫌いなのか?」という、感情覚えたてのゴリラのような問い返しを喰らいそうなので、より正確に言わせてもらうと、そういう目で見ようとしていない。
それは高町さんに女性としての魅力がないだとか、そういった否定的なニュアンスを込めているのではなく、単純に、俺と彼女の関係性というものが分からないからである。
俺とハラオウンさんを指すような、つまるところ『上司と部下』といったように、テンプレートに当てはめられる、ピッタリな言葉が、俺には思いつかない。
こういう時、友人であるとさらっと一言で言ってしまえるのであれば、それで良かったのかもしれないのだが、こと高町さんに限ってはそう断じてしまっても良いのかと、首を傾げざるを得ないところであった。
いや、だって……。
名前で呼ばなきゃいけないんだろう?
思ってもみれば、友人第一号である八神さんは「八神さん」であり、見ての通り名字で呼んでいるのだから、それで良い気もするのだが、しかしやはり、この点においても高町なのはという存在は例外であるかのように思えた。
高町さんがどう思うか、ではなく。
俺自身が、今のままで友人であると、そう思ってしまって良いのかが、分からない。
というよりも、このままでは友人ですらないだろう、と疑うまでもなく思っていた。
しかしながら、ただの知り合いと断言するには少しだけ、距離が近すぎるようにも思う。
では、なんだ?
俺と高町さんの関係とは?
俺と高町さんを結ぶものとは? 間にあるものとは?
なんて、こんなどれだけ考えても無駄でしかない、実に非生産的なことを思い悩んでいても、仕方のないことではあるのだが。
言ってしまえばただの足踏みであり、決心がつくまで言い訳を重ねている、正しく時間稼ぎでしかないのであるが。
名前とは、しょせん記号だ。けれども、そこに意味が込められているのだから、記号は名前であるのである。
であれば、そう。
いい加減、名前を付けるときが来たのだろう。
名を与え、意味を込め、普通であるにしろ、特別であるにしろ、確立すべきなのだろう。
どうせ、どこまでいっても俺と高町さんは魔法使いで、きっとここに留まり続けるのだろうから。
長い付き合いには、簡潔な呼び名が必要だ。
何事も、そういうものだろう?
「あら、久しぶりね、纏。元気してた?」
「げっ、ナカジマ先輩……」
「"げっ"とはご挨拶じゃない。なに? 喧嘩売ってる?」
自然に拳を構え始めたナカジマ先輩と
無論、心の中では「何故貴女がここに」という、引き気味の言葉がもう少しだけ続いたのであるが、そこは幾度となく命の危機を脱してきた俺である。ギリギリ自制を働かすことに成功した。
とはいえ、最初の一音は発してしまったため、実に和やかではない雰囲気が漂い始めたのではあるのだが。
時空管理局本局、食堂。
いつも通り徹夜をぶちかましたため、弁当など用意できるはずも無かったので、久方ぶりに利用させてもらっていたのであるが、まさかの相手に声をかけられ、意図せず眉を顰めてしまっていた。
というか、有り体に言ってビビった。
震え上がりの各務ヶ原である。
まあ、いつもビビっているし、震えているだろう、と言われてしまえば全く以てその通りであり、返す言葉の一つも無いのであるが。
まさか、年下の女子にまでこうなるやつだとは思ってもいなかったんじゃあないだろうか?
安心してほしい。
俺もまさか、一つ下の女子が先輩になるだなんて思ってもいなかったし、恐怖の対象になる時が来るだなんて、これっぽっちも思っていなかったのだから。
何か、自分で言ってて悲しくなってきたな……。
「あ、それとも私に会えて嬉しかったけど、咄嗟に照れ隠ししちゃった?」
「やば。相変わらず脳みそお花畑なんですね」
「お花みたいに綺麗ってこと?」
「綺麗な花なだけに、棘がめっちゃあるなって話です」
すっ……とナカジマ先輩の藍色の目が細められる。
参ったな。
いつもの俺であればクールかつスマートな対応をすることで、和やかにこの場を離脱するくらいはしてみせたのであるが、残念ながら二徹明けの頭は働いていないようで、脊髄だけが稼働していた。
俺の脊髄、ちょっと働きすぎなんだよね。
反射で言葉が飛び出しがちだった。
流石にこのままでは食堂で局員が一名死亡してしまうという、無残な事件が起こってしまうので、それだけは回避しなければならないな、と回らない頭を活動させ始める。
ナカジマ先輩──本名、ギンガ・ナカジマ。
実に口に馴染む、いわゆる日本人っぽい名前の彼女は、しかしミッドチルダ出身である。
恐らく、昔地球からミッドに移り住んだ人たちの子孫なのだろう、といったようなことをスクライアさんは言っていたか。
まあ、俺みたいなのが魔導師になれたのだから、昔にまで手を伸ばせばそりゃあ、数多くいたことだろう。魔法の才能を持つ地球人なんて。
実際、俺や高町さん達を除いても、管理局には地球出身の魔導師が何人かいるほどだ。
さて、そんなナカジマ先輩の階級は一等陸士。役職は捜査官。魔導師ランクは陸戦Aである。
大体、俺と同じくらいの実力を誇っている──とか言ってしまうと、ハチャメチャに弱く見えてしまう不具合が検出されてしまうので、はっきりと言っておくのだが、ナカジマ先輩は強い。
シューティングアーツ、という魔法を用いた格闘技術を高レベルで習得しているナカジマ先輩に近寄られれば、仮にA+以上の魔導師であっても、なすすべなくボコボコにされるのではないだろうか。
というかされた。
一応同格とされているものの、滅茶苦茶に殴られたやつが、ここにいる。
当時、まあまあ調子に乗っていた俺は、ナカジマ先輩に接近された際に上手く反応できず、隈なく拳と蹴りを叩き込まれたことで、見事なくらいのボロ負けを披露していた。
以来、このような力関係が確立されてしまったという訳である。
「何ですかその目は。お、俺は脅しになんか屈しましぇんよ!」
「すっごい噛んでるけど、大丈夫そう?」
「…………今から謝っても間に合うやつですか? これ」
「仮に間に合う……って言ったら、どうなるの?」
「俺の華麗な土下座がこの食堂で披露されることになります」
「絶ッッ対にやめてね、お願いだから」
かつてないほど真剣な表情と声音で告げるナカジマ先輩であった。
カチャン、とやや乱暴にテーブルにトレーを載せ、対面へと座る。
……なんで?
いや違う、何で土下座させてくれなかったの? というマゾ志向な疑問ではなく、なぜ俺の向かいに座るのか、という疑問だ。
他にも席があるのだから、普通にそっちに行ってほしかった。
俺の貴重なお昼休みが……。
「もう、折角様子を見に来てあげたのに、そんなんだから友達の一人も出来ないのよ?」
「いきなりお姉ちゃんみたいなこと言い出したな……」
「だって私、お姉ちゃんだもの」
「姉を名乗る不審者が局員ですか。世も末って感じですね」
あはは、と笑っておいたら鋭いつま先が俺の足首へとクリーンヒットした。
どうして……どうしてこう、すぐ暴力に訴えるんだ。
出会ったばかりの頃は実にお淑やかな雰囲気で、敬語だって使っていてくれたのに。
なぜか、話せば話すほど俺の扱いが雑になってきているナカジマ先輩だった。
因みにであるのだが、ナカジマ先輩には妹がいる、らしい。
だから"お姉ちゃん"なのである。
「それで、実際のところ何の用なんですか?」
「? 言ったでしょ。纏の様子を見に来たって」
「や、そういうのはいらないんで……」
ズバッと単刀直入に、本題だけを言ってほしかった。
あんまり回りくどいことをされると普通に寝てしまいそうだし、単純にドキドキしてしまう。
俺の心臓はかなり刺激に弱いのだ。
「もう、折角気遣ってあげたのに……。それじゃあ、お望み通り端的に伝えちゃうんだけど」
「うわっ、マジか。ちょっと待ってください。心の準備が必要なので」
「出来てたから言ったんじゃないの!?」
「いや、何かいきなり深刻そうな顔をし始めたので、やばい、聞きたくないと思ってしまい……」
「纏、ちょっと見ない間に、ヘタレさ上がった?」
うるさすぎだった。
そもそも深刻そうな話題を俺に持ち掛けないでほしい。
迷惑だとか、面倒だとか以前に俺の胃が痛くなっちゃうんだよね。
ストレスに弱いので優しく接してあげてほしい。
「まあ、私の捜査に協力してほしいのよね」
「嫌です」
「安心して、フェイトさんには許可いただいているから」
「だから何であの人は俺を貸し出す時、俺に確認してくれないんだよ……!?」
「纏と仲良くしてあげてねってお願いまでされちゃった」
「もしかしてハラオウンさん、俺の保護者なのか?」
その台詞は家に友達を連れ込んだ時に母親が友達にかけるやつなんだよな。
生憎、母ちゃんからも母さんからもそんな台詞を引き出すことは、俺にはできなかったのであるが……。
まさかこんなところで、しかも上司から聞くとは思わないだろ。
「てか、それ多分、元々はハラオウンさん宛の協力要請でしょう? 何でピンポイントで俺だけこんな目に……」
「フェイトさんが、纏になら任せられるって」
「うわー……期待がデカすぎる」
「私の上司も「ああ、あの各務ヶ原か!」って乗り気だったのよ?」
「"あの"ってなに?」
本当に何? 怖すぎるんだけど。
どんな悪評を流されているのか、今から不安になってきてしまった。
いじめられたりしないよね?
「捻くれてはいるけれど、仕事はきっちりこなす子だって評判よ」
「何なのその意味不明な評判は……」
百歩譲っても捻くれてるって情報はいらなかっただろ。
何でそんないらない部分が雑に広まってんだ。
これだとまるで、自ら「捻くれキャラです!」と公言しているようで肩身が狭い思いである。
俺が何をしたって言うんだ……。
「あとは、そうね……うら若きエースたちを誑かしてる悪男って話も聞いたかな」
「たぶらか……!?」
心外すぎにもほどがあった。
真逆である。
誑かされているのは俺だ。
「それと、ヒモになろうと目論んでいるんだとか」
「なんて悪意のある噂なんだ……」
「まあ、こればっかりは間違いという訳でもないからね……」
「間違いしかないんですけど??」
俺、どっかで誰かに恨み買うようなことしたかなぁ……。
思いのほか心当たりが無いので逆に怖かった。
不特定多数に怯えるようになってしまったら、いよいよおしまいなので本当にやめてほしい。
「あと目が怖いって、部下の子から聞いたかな」
「それはもうただの罵倒じゃない? 良いんですか、今からでも号泣できる男ですよ、俺は」
「ふふ、誕生日パーティ開いてもらって泣いちゃったくらいだものね」
「何で知ってんだよ……!」
だから、情報を共有しすぎなんだって。
人の個人情報を何だと思っているんだ。
仮にも公務員だろ、あんたら。
「良いじゃない。それだけ注目されてるってことなんだもの」
「俺、嫌いなものランキングベスト10に、群衆の視線が入ってるタイプの人間なんですけど……」
「ビックリするくらい人間社会に向いてないわよね、纏」
山とかに住んだ方が良いんじゃない? と提案される俺だった。
余計なお世話すぎである。
それはもう、見方を変えたらただの迫害された妖怪なんだよ。
最悪妖怪扱いでも構わないので、人一倍気遣ってほしいなと思った。
「い、行きたくねぇ~……」
「そう駄々こねないの。ちゃんと定時で帰してあげるから」
「! 靴とか舐めた方が良い感じですか?」
「切替早いってレベルじゃなくない!?」
なんて欲に忠実なの……と。
ナカジマ先輩は若干引いた目で俺を見たあと、呆れてため息を吐き出した。
「まあ、このくらいでやる気になってくれたなら、私としても助かるから良いんだけどね」
それじゃあ、明日からよろしくね。
と、ナカジマ先輩はシレッとそう言うのであった。
「へぇ、それじゃあ各務ヶ原くんは、しばらくナカジマさんの靴を舐めに出勤するんだ」
「要約の仕方に悪意があり過ぎるだろ」
要約っていうか最早ただの切り取りだった。
それじゃあただの出張奴隷だから。
俺がまるで靴舐め職人みたいな言い方しないでほしかった。
表の顔は局員、しかし裏の顔は靴舐め職人なやつ、倫理観が終わりすぎである。
……というか、なぜ高町さんはこんな夜更けに、俺と二人でご飯を食べているのだろうか。
名探偵も尻尾を巻いて逃げ出す謎が生まれていた──いつも通り定時を駆け抜け、しかし日付を超えない程度の時間に退勤していたところ、突然肩をポンッと叩かれ「お疲れ様」と華やかな笑みを向けてくれたのだけれども。
そこで二人して腹の音二重奏をしてしまい、恥ずかし笑いしてから、手ごろな飲食店に入ったのだけれども。
やべーな、状況説明しただけで謎が解けちまったぜ。
名探偵纏ってこれから名乗ろうかな。
「名探偵って……。でも実際、各務ヶ原くんは現場での捜査が得意なんだって、フェイトちゃんから聞いてるよ」
「まあ、ハラオウンさんは何でも褒めてくれますからね。大したことなくても、大袈裟に語ってくれてるだけですよ」
「本当にそう思ってる?」
「うっ……」
あまりにもまっすぐ見つめられたせいで、思わずフイッと目を逸らしてしまった。
日中のナカジマ先輩といい、俺の周りはがっちりと目に目を合わせてくる女性が多い気がする。
いや、悪いことではないのだけれども……。
妙に圧が強かった。
「もう、各務ヶ原くんはちょっと自分を過小評価しすぎだよ。あと卑下も多いしマイナス思考だし、こっちから話かけてあげないと何にも言わないし、人の目気にし過ぎだし……」
「待って待って、なになになになに? 突然各務ヶ原批判大会が始まってんですけど。せめて本人がいないところでやってくれませんか?」
「でもそのくせ、優しくて、努力家で、みんなの期待に応えようっていっつも頑張ってくれてる」
「なに? 何なの……?」
情緒不安定なのかな? みたいな連続コンボだった。
冷水とお湯を同時にぶっかけられたみたいで、どういう顔しとけば良いのか分からない。
「ん-、たまには飴と鞭とかやってみようかなって思って」
「勘違いしてるかもなんですけど、飴と鞭って、飴さえ用意しときゃいくらでも鞭で殴って良い、みたいなシステムじゃないですからね?」
「わ、分かってるもん、そのくらい」
心なしかムスッとした様子で、頬杖を突く高町さん──顔はこちらを向いてるが、視線だけは横に逸らされていて、目は合わない。
この光景を切り取り、額縁に入れれば「憂う美少女」みたいなタイトルで絵画になっていてもおかしくないくらいには、絵になっていた。
しかし、ははぁ、なるほどな。
空気の読める俺は、この瞬間に大体のことを理解した。
おい、誰だよ高町さんの機嫌損ねたやつ。
あるいは、落ち込ませたやつ。
見るからに不機嫌じゃん……。
世界でも有数の寛大さを持つ高町さんに何してくれてんだ。
こうやって、何故か俺が被害に遭うことになるのでマジで反省してほしい。
内心で小さくため息を一つ吐く。
やれやれ。
こういうのは向いてないんだけどな。
「さて、ここで俺から高町さんに、良いニュースがあります」
「良いニュース?」
「はい。実はですね、俺にはプライベートで電話するような相手は高町さんくらいですし、管理局にも世間話をするような相手は滅多にいません」
「それは良いニュースなの……? 本当に……!?」
「だから、どんな愚痴でも、文句でも、言っても誰にも伝わることはありませんよ。俺で全部止まります。ついでに言えば、一説によると人は誰かに愚痴を吐き出せば、それだけでストレスは軽減されるんですって」
「……にゃはは。あ~、そっか……そっかぁ」
少しだけ独特な笑い方をして、両手で顔を覆う高町さん。
一方俺は「よ、余計なお世話じゃなかったよな……!?」と冷や汗を流していた。
内心ドキドキしていれば、頬を押えた高町さんとパッチリ目が合う。
「各務ヶ原くんのそういうところ、私、ズルいと思うな」
「そんな……俺は反則とは無縁のピュアピュア人間なのに」
「何それ」
変なの、と高町さんが笑う。
それから、憑き物が落ちたように優しい笑みで俺を見た。
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらっても良いかな?」
「ええ、もちろん。俺以外への愚痴なら幾らでも聞きますよ」
「あはは……。最近ね、教導中にも押しかけてくる男性の方がいて、一等空尉の方なんだけど結構強引で……。お陰で教導中なのに皆の気も抜けちゃうし、何度も断ってるのに来るせいで作業が進まないし、気疲れするしでね……」
「うわー! 思ってたより生々しく面倒なのが出てきた!」
「ふふ、ここまで来たらもう、最後まで聞いてもらうからね……」
今まで取り繕っていたのであろう、明らかに疲れ切った表情でニコリと高町さんが言う。
もう何て言うか、完全に藪蛇だった。
自分で言わせておいてアレなのだが、マジで関わりたくないタイプの事件である。
第三者が入ることで最もややこしくなるやつじゃねぇか!
男女のイザコザが一番怠いんだよ……!
「や、でも上司に一発叱ってもらえば、それで終わりじゃないですか?」
「うん、そうだね。私もそう思ったの、そしたらね」
「……ゴクリ」
「プライベートにまで……現れるようになっちゃって……」
「地獄過ぎる……」
ていうかそれもう通報して良くない? って感じだった。
まあ、通報先が職場であるとか言う、一ミリも笑えない状況であるのだが。
それに、高町さん曰くあまり波風は立てたくないとのことである。
いや、まあ、そうだよな……。
仮にも職場が同じ相手であり、もっと言えば立場が上の人間であるのだ。
付け加えるのであれば、勤務年数も上の──いわゆる、おじさんである。
四十代前半くらい、らしい。
典型的な「まあ? 俺はまだ若くていける感じの? おじさんじゃなくてお兄さんだし?」とか思ってる感じの、勘違い型おじさんだった。
どこにでもいるものなんだなぁ、としみじみと思う。
「まあ、端的に言ってそれはもうストーカーってことですよね?」
「そ、そうなのかな? やっぱり、そう言って良いアレなのかな?」
「や、流石に俺も本物は見たこと無いので、判別つかないですけど……」
帰り道とかにいるんですよね? と問えば、高町さんはコクリと頷いた。
だとするのであれば、それはもうストーカー認定して良いんじゃないだろうか。
より分かりやすく言うのならば、犯罪者認定して、良いのではなかろうか。
いや、だって……嫌だろ。
地球で言えば女子高生を追い回すおじさんだぞ? 普通に事案だろ。
それに、嫌だと感じた感情は、怖いと思った感情は、決して無視してはいけないものだ。
それがどれだけ小さいものだったとしても。
そういったものを掬い上げるのが、管理局の仕事でもあるのだろうから。
「まあ、だからと言って何か凄い解決策があるのか? と言われれば全く無いのですが」
「そこは無いんだ!?」
「当たり前でしょう、俺ですよ? あまり期待しないでください、大体応えられないので」
「凄い、全く頼りにならないことを誇らしげに語ってる……」
「ふふん、そう褒めないでください。照れます」
「褒めてはいないかなぁ」
褒められてはいないらしかった。
とはいえ、ここまで話を聞いてしまった以上「あ、そう。じゃあ頑張ってね」などと言い捨てて終わるのは、幾ら何でも薄情すぎるというものであろう。
何かしら力にはなってあげたいところである。
「そのことって、俺以外の誰かに、相談とかしたんですか?」
「ううん、まだ各務ヶ原くんだけだよ。本当は、仕事を片付けた後に上の人に相談しようと思ってたんだけどね……」
チラ、と時計を見やる高町さん。
今どき珍しい、アナログの壁掛け時計の短針は「12」を指そうとしていた。
もうそろそろ、日付が変わる。
俺達が管理局を出たのがほんの少し前なので、まあ、そういうことだ。
そもそも相談している時間がないし、帰れるなら帰れるでさっさと休みたい。
気持ちが痛いほど分かるだけに、俺は深々と溜息を吐いた。
「まあ、分かりました。この話、一旦俺に任せてください」
「え? どうにかなるの?」
「どうにかなるというか、どうにかします。そう、難題という訳でもない気がするので」
「ほ、本当に……?」
「まあ俺、仮にも執務官補佐ですからね……」
流石に、日常的に相手しているのはもうちょい凶悪度が高めな事件ばかりであるが、少なくともそれらを解決する役職に就いている俺である。
まだギリギリ一年経ってない程度の経験しかないので、不安は残りまくるが、まあダメだったらもう、俺とおじさんが一緒に死ぬとかでどうにか妥協してもらおう。
「凄い物騒だ!?」
「まあ、流石に冗談です」
「そ、そうだよね……」
「いざとなったらおじさんを殺して自首します」
「殺意の満ち溢れ方が変わってないよ!?」
大丈夫? ついにおかしくなっちゃった? と心配してくれる高町さん。
その様子は実に可愛らしくはあるのだが「ついに」ってなに?
え? 俺この人に「いつかおかしくなっちゃいそうな子だなぁ」とか思われてたの?
「いつかっていうか、もうおかしい子だなとは思っていたかな」
「今明かされる衝撃の真実……今、めっちゃ泣きそうです」
「? でも私、各務ヶ原くんのそういうところ、好きだよ?」
「う、うわっ……。そういうこと軽々しく言うから、変なおじさん出てくるんですよ……。ま、冗談はさて置き、これは貸し一ということで」
「えぇ~?」
と、不満げに見られはしたが、華麗にスルーさせてもらった。
世の中、タダより怖いものはないのである。
何事も値打ちがついてこそ、価値があってこそ、信頼できるというものだ。
だから──
「だから、この貸しをもって借りを返させてもらいます」
「借り? 私、何かしたっけ?」
「ええ、まあ、その……えぇっと、つまり、ですね」
「……?」
言い淀む俺の目を真っ直ぐ見つめて、高町さんが首を傾げる。
本当に心当たりが無さそうだった。
いや、それはそれで、俺としては有難いくらいであるのだが。
コホン、と咳払いを一つ。
その短い間で、覚悟を固めた──固め直した。
「
「…………ふ、ふふっ、もう良いの?
「まあ、ここまで親身になってもらって、友達ではないですと言うのはちょっと、無理があるかなと思って」
「やった。そしたら私が、纏くんの友達一号だね」
「いや、一号は八神さんですね」
「!?」
「あと多分、順番的にいけば二号はハラオウンさんになります」
「!!?」
「だから、なのはさんは三番目です」
「!!?!?」
ポカンとして、それからぷるぷると震えだす高町さん──なのはさんだった。
何これ、超面白いな。
「い、いつの間に……?」
「八神さんは結構前ですね……夏くらい? ハラオウンさんはついこの前です」
「……纏くんの意地悪」
「何でそうなるんですか!?」
言いがかりも良いところであった。
文句は八神さんとハラオウンさんの方にお願いしたい。
あの人ら、押しが強すぎるんだよ。
「あっ、でも名前呼びしてるのは、なのはさんだけですよ」
「! ふぅん、そっか。それならまあ、良いかな?」
「良いんだ……」
「良いんだよ。だって纏くんにとって、それは特別ってことでしょう?」
「それは、まあ……」
下の名前で他人を呼ぶこと自体、初めてなのだ。
特別と言えば、特別だろう。
俺からすれば普通になって欲しいところであるのだが……。
少なくとも、今は特別であり、唯一だ。
「だから、良いの。あ~……長かったなぁ」
「まあ、もう二月中旬ですからね。十か月くらいですか?」
「約一年だよ~。もう、いつになったら友達になってくれるのかなって思ってたんだから」
「いやぁ、奇遇ですね。俺もです」
「纏くんのせいなのに!?」
ごもっともなことを言うなのはさんだった。
しかし、そんな彼女に何か返答する前に、ようやっと頼んでいたものが、テーブルにやってくる。
なのはさんの前にはやたらと上品なチョコパフェが。
俺の前には小さいバニラアイスが、コトコトと置かれた。
二人して甘党らしい。
深夜のアイスは格別だぜ。
「それじゃ、いただいちゃいましょうか」
「うん、そうだね──ねぇ、纏くん」
「? はい、な──」
「ハッピーバレンタイーン♪」
俺の言葉を遮るように、なのはさんの、やけに楽し気な声が耳朶を叩く。
同時に口に差し込まれたのは、銀のスプーンと冷たいチョコレートアイスだった。
もごもごと咀嚼して、飲み下す。
そこまでしてようやく、スプーンは口から抜かれていった。
「何ですか、今の……」
「あれ? 纏くん、バレンタインって知らない?」
「いや、流石に知ってはいます。二月十四日のアレですよね? 陽キャたちがざわつき、陰キャたちは密かな期待を寄せ、学校中がソワソワする落ち着かない日。
そしてクラスメイト全員に配るタイプの女子に勘違いして、あえなくフラれることになるきっかけを作る、悪魔の日……」
「うぅん、取り敢えず纏くんにはこれまで縁がない日だったってことだけは良く分かったかな」
「わぁ……」
思わず感嘆の声が出てしまう。
そのくらい、滅茶苦茶に失礼ななのはさんであった。
親から貰ったのはノーカンとしたいお年頃特有の感情のせいで、あまり反論できないのが痛いところである。
「さっき日付が変わって、十四日になったから。急遽だけど私からのプレゼント。これで纏くんの一番は私のものです」
「や、別にそんな攻めたやり方しなくても、一番だったと思いますけどね……でも、ありがとうございます。お返しは百倍でしたっけ?」
「そんな高利貸しみたいな制約は無いよ!? ただ、私があげたかっただけだから」
「いや、借りは返すのが主義なので……」
「面倒な子だなぁ──でも、そういうことならお返し、期待してるね」
そう言ってから、なのはさんは再びスプーンをこちらに向けてきた。
乗せられたパフェの一部たちが俺の視線を集める。
しばしの間その状態が続き、なのはさんの方へと視線を移した。
「……これは?」
「にゃはは、もうちょっと欲しいかなって思って」
「や、確かに美味しかったですけど、流石に恥ずかしすぎるでしょう……!?」
深夜テンションにでも突入してしまったのか、明らかに変なことを言い始めたなのはさんであった。
そういうことはせめて、二人だけの時にしてほしい──いや何かダメだなこの言い方!
誰もいないところでやって欲しい──くそっ! どんな言い方しても角が立ちやがる!
「でもほら、纏くんも考える時間が必要かなって思うし」
「考える時間?」
「うん──義理か本命か、迷うかなって。ふふ、どっちだろうね?」
「は────」
何言ってんの? というまでもなく、次弾のパフェは叩き込まれた。
ムグムグと食べ切れば即座に次のパフェが来る。
……なるほどね。
この人、休ませる気が無い。
俺は全てを諦め、無心になることで、チョコパフェを堪能することにした。
高町なのはのヒミツ①
この日、纏と出会ったのは偶然ではない。