少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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INFINITY SOULSの情報が急に出てきて腰抜かしたので更新です。果てしないほど疲れたので次の更新は一か月後です。


フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは好ましくも曖昧な人である。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは敬愛すべき我が上司である。まったく、彼女に関してはこれ以上言うことも無いほどに、曖昧になることのない、絶対的な関係が築かれている。

 もちろん、俺にとっての上司と言うのは他にたくさん存在して、その分だけ『上司とその部下』という関係は築かれている訳であるが、しかし『直属の』ともなれば、また別枠と言って良いだろう。

 ご存知の通り、俺はハラオウンさんの直属の部下であり、補佐であり、少なくともこの一年、最も傍で働いてきた人間である。

 であれば、やはり俺の口から『上司』というワードが出た際に、まず思いつくべきであるのはハラオウンさんであり、その逆もまた然りであろう。

 高町なのはが特別な友人であるように、八神はやてが特別な恩人であるように、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは特別な上司である──そういう、定義された関係と言うのは、実に心地が良い。

 安定していて、安心できる。

 変わることのない、揺らぐことのない事実と言うのは、心に安寧を齎す──とはいえ、何事も全く変わることがなく、維持され続けていくものであると、そんな空想を大真面目に語れるほど、俺ももう幼くはない。

 変わるものだ、何事も。

 いいや、あるいは俺が気付けていないだけで、あらゆるものは変わり続けていて、全く同じ状態にあるものなど一つも無いのかもしれないのだが。

 この瞬間、この一時の間に、俺と俺を取り巻く人間の関係と言うのは刻一刻と、変化し続けているのかもしれない──いや、変化し続けているのだろう、実際に。

 例えば、もう約一年ほど前から俺は、俺とフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの間にある関係は『上司と部下』と定義付け、今の今までそうだと思い込み続けてきた訳であるのだが、しかし、いい加減そのラベリングではどうにも説明しきれないくらいには親密になった……と、思わなくもない。

 かといって、ただの友人であると言うには、少々惜しい。

 お恥ずかしいことに、中々経験を活かした学習が出来ず、勘違いばかりすることに定評のある俺である。

 単純にハラオウンさんの距離が近いだけということもまあ、有り得るのだが、しかし、ここでまごまごと言い訳するかの如く歩みを止めていては、幾ら何でも話が進まなすぎるというものであった。

 物語が始まっている以上、話は進められるべきであり。

 話は進めなければ、何一つ終わらないのであるのだから。

 物語は終わるものだ。終わりに向かって、歩まれていくべきものだ。

 それがどれだけ短いのか、あるいは長くなるのかは分からないが、そうだとしても。

 語るべきだろう、進むべきだろう。

 曖昧になりつつあるものを、その度に定義するべきなのだろう。

 だから、ここらで一度、俺とハラオウンさんの関係を定義しなおそう──更新するとしよう。

 俺と彼女にピッタリな呼び名が見つかるように。

 必ずしも見つかるものでも無ければ、今すぐに見つかるものでも無いのかもしれないけれど。

 そういった努力は決して無駄じゃない、はずなのだから。

 

 

 

 

 水族館に足を運ぶのは、随分と久しぶりのことであった。

 と言っても別に、地球にいた頃は頻繁に行っていた訳でも無いし、好きか嫌いかと言われれば、もちろん好きな方ではあるのだが、だからと言って、好んで、積極的に足を運ぶほどでもなかった。

 楽しめはするだろうが、楽しみにするほどではない。

 魚は見るより食べる派だ──なんて、ロマンの欠片も無いことを言うつもりはないけれど。

 趣味の一つにするほどでもない。

 であるにもかかわらず、何故こうして、貴重な休日に一人(言うまでもないとは思うが、プライベートでお出かけするような友人はいない)でこんな所にいるのかと言われれば、特に理由はない。

 ただ何となく、気が向いたから。

 調べてみれば、ちょっと頑張って歩けばたどり着ける程度の範囲にあったから。

 そんな、どうにもありきたりで、どこか普段の堕落さが透けて見えるような考えのもとの行動であった。

 だから、特別な理由はない。

 むしろ、想定をはるかに超えた人の多さに辟易し、今すぐにでも帰ろうとしていたのであるのだが。

 そうもいかない理由と、不運にも出会ってしまったのだった。

 

「纏さんは、友達がいらっしゃらないんですか?」

「凄いストレートな物言いするね君」

 

 これで、悪意ゼロの単純な疑問であるのだから恐ろしい──思わず身を震わせながら目をやったのは、ピンク髪の幼女であった。

 巨大な水槽独特の、不思議なライトアップに影響されて、少しだけ儚さがアップしている美幼女である。

 名を、キャロ・ル・ルシエ。

 今をときめく八歳児である──と言ってしまうと、まるで俺が水族館に来たものの特に楽しめず、手持ち無沙汰になった結果、可愛い幼女に声をかけた不審者のように見えてしまうため、強く訂正させてもらおう。

 下心があったわけではない、決して。

 というかあったらやばすぎるだろ。地球的価値観で言えば小学生に欲情する高校生の図になるんだぞ。

 あまりにも犯罪チックすぎる。

 端くれとは言え、局員に許されていい絵面ではなかった。

 では、どういう感情で声をかけたのか、と言われれば、まあ、善意なんじゃないかな。多分……。

 もちろん、俺のような社会不適合者がただの善意で幼女に声をかける等、あまり想像できることでは無いのだが──今回に限っては、ほんの少しだけ事情があった。

 いや、事情と言うか、何と言うか……。

 察しの良い方か、あるいは記憶力の良い方は覚えているのかもしれないのだが、キャロ──つまり、キャロ・ル・ルシエはハラオウンさんの娘である。

 要するに、ハラオウンさんお得意の、友人・家族自慢トークで特徴まで聞かされていた俺は、あからさまに迷子になりましたという顔をしてた彼女を、流石に見て見ぬふりはできなかった、というのが真実であった。

 デバイスも今は持ち歩いていないらしく、通信も取れないらしい。

 ハラオウンさんから聞いていたのか(何を話されているのかは全く以て不明であり、恐怖しかないのであるが)名前を伝えただけで「ああ、あの人ね」という納得と共に、警戒を解いてもらったところである。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。ただ、こういうところに一人で来る方は少ないと聞いていたので」

「誰も追い打ちしろとは言ってないんだよな」

「でも、本当にいらっしゃらないんですか? 気遣いは嬉しいですが、わたしは本当に大丈夫ですよっ」

「純粋無垢な刃がここまで切れ味良いとは知らなかったな……」

 

 本当に一人なんだよ、ということを滾々と説く羽目になった俺であった。

 何? これ何の刑罰? みたいな時間だった。

 ふむん、と分かりやすく納得したように頷いたルシエに、ため息を吐く。

 

「それに、仮に俺が──その、友人と来ていたとしても、ここで"あ、そう? それじゃあバイバイ"とか言えるほど、良識無い訳じゃないから……」

「……纏さんは、聞いていた通りの方なんですね」

「え、何それ怖い……。何を聞かされたのか問い詰めたいところだな……」

「纏さんは、優しい方なんだなぁってことです」

「いや、優しさとかじゃなくて、常識的な行動だからね、これ」

「そう、なんですか?」

「実はな、そうなんだよ」

 

 単純に考えて、如何にも迷子ですみたいな知り合いの娘に──たとえ、余計なお世話だとしても──声をかけないということはあり得ない。

 俺に限らず、誰だってそうだろう。

 普通に普通な、常識の範疇である。

 

「そういう訳で早速、迷子センターにでも行ってハラオウンさんの呼び出しでもしようぜ。俺、一回で良いから大の大人を迷子の呼び出しの放送で探したいと思ってたんだよな」

「それは全然常識的行動ではないと思うんですけど!?」

「いや、常識だよ。常識常識。管理局の局員たる俺が言うんだから、常識に決まってるだろ?」

「流石にそんな言葉に騙されるほど、わたしも子供じゃないですからね……!?」

 

 そんな非常識なことはできません! という意志を瞳に宿すルシエであった。

 何とか勢いでごり押せないかと思ったのであるが、普通に無理であったらしい。

 とはいえ、こんな小さな子供ひとり論破できないとなれば、年上の名折れである──いや、そもそもこんな可愛げのある幼女を論破すること自体、大人げない行動であるのだが。

 俺もまだ子供みたいなもんだし良いんじゃないかな。

 開き直った俺はチッチッチ、と指を振る。

 

「視野が狭いなルシエ。これは本当に常識的な行動なんだよ」

「……騙されませんからね」

「せめてもうちょっとくらいガード緩めてみない?」

「フェイトさんから、纏さんはいい加減なことばっかり言うとも聞いていますので」

 

 思っていたより強烈なジト目をぶつけてくるルシエであった。

 ハラオウンさん、余計なことばかり教え過ぎである。

 俺はいつも真摯な言葉しか紡いでいないと言うのに……。

 何をどう見たら、そんないい加減なやつに見えるのか、レポートにまとめてきてほしいくらいであった。

 

「そういうところだと思いますが……」

「……」

 

 ……言うねー。

 普通に図星だったので、真顔で受け流すことにした。

 何か、段々遠慮が無くなってきているように思えるが、まあ、相手は幼女である。

 俺も遠慮は特にないのでどっこいどっこいだ。

 

「まあ、話くらいは聞いていかないか? どうせ迷子センターまで結構あるんだし」

「私の知らないところで迷子センターに行くことが決定してるのですが!?」

「まあまあ。それにほら、呼び出しはしなくとも、ハラオウンさんがルシエを呼び出すかもしれないだろう?」

 

 であれば、向かって損はない──どころか、この辺をうろちょろするよりずっとマシなんじゃないか? といったようなことを伝えれば、ルシエは暫くの長考の末に頷いた。

 いや長考て。

 幾ら何でも悩み過ぎというものである。

 俺への信用が完全に底辺のそれだった。

 

「本当に、行くだけですからね」

「分かってるって。ただ、聞いていくだけならタダだろ?」

「……聞くだけですからね」

 

 強情なように見えて、やはり、見た目相応に子供らしいルシエであった。

 ちょろいぜ。

 

「まず第一に、迷子になったのはルシエという訳ではない可能性がある」

「一番最初に出すにしては、無理がありすぎませんか!?」

「いや、だって、ハラオウンさんだぞ……?」

 

 プライベートではものの見事な天然であると、なのはさんにすら言わしめる、あのハラオウンさんである。

 実際、二人で地球に行った時も、まあまあ抜けた言動があったものだ。

 意外とありえなくはないのでは? と聞いてみれば、ルシエは無言で目を逸らした。

 何とも素直な幼女である。

 

「第二に、迷子センターで呼び出せるのは子供だけとは定められていない」

「それは定められてると思いますよ!?」

「いやこれが、本当に決まってないんだよ」

「そ、そうなんですか……!?」

「うん」

 

 もちろん嘘である。

 迷子センターの決まりなぞ、調べたことはない。更に言えば、日本で有名な遊園地なんかは、小学生以下と定められていたような気さえする。

 ただまあ、此処は大人と子供の境界がかなり曖昧なミッドチルダだ。

 きっとそうなんじゃないかな。そうだと良いな。

 

「そして第三に、良い子だけやるのは疲れるから、たまには悪い子やって息を抜いた方が良い」

「……? 悪い子、ですか?」

「そう、悪い子──まあ、年がら年中クソガキだった俺が何をって話なんだけど、悪い子やるのは意外と楽しいし、気持ちが良いもんだ。普段が良い子なら、なおさら」

 

 ポカンとしたように小さく口を開き、俺を見るルシエ。

 それから、思わずと言ったように表情を緩めた。

 両手で口元を押さえ、小さく笑う。

 

「ふ、ふふっ、何ですかそれ」

「良い子も悪い子も、どっちにも気軽になれるのが子供の特権だからな。今のうちに、羽目外そうぜ」

「それは纏さんが外したいだけなのでは……?」

「…………」

 

 かなり鋭いところを突いてくるルシエであった。

 おかしいな。

 今の勢いなら絶対にいけると思ったんだけど。

 

「……というか、ルシエってちゃんと笑えるんだな」

「わたしを何だと思っているんですか……!?」

「いや、ハラオウンさんから、あまり笑う子じゃないって聞いてたからさ。まあ、一応俺も事情は知っているから、びっくりしたってだけ」

「フェイトさんが、そんなことを……。わたしが笑わない、ですか……?」

「あんまり笑ってくれなくて、ちょっと心配ってくらいだったと思うけどな。ただ、自分の気持ちって分かってもらうものじゃなくて、分からせるものだから。

 もし少しでも、齟齬があったなら言葉にしておくと、意外とうまく回ったりするよ」

「そういうものですか?」

「少なくとも、俺はそうだった」

 

 言葉にしなくとも伝わることはあるけれど、やっぱり言葉にするのが一番確実だから。

 俺があの二人を、親父と母ちゃんと、敢えてそう呼んでいるように。

 まあ、とはいえ、こんなのはただの余計なお世話でしかないのであるが。

 人との向き合い方は、本当に人それぞれだ。

 新しい家族ともなれば、なおさらである。

 それに、この問答もそろそろ終わりだ。目的地もそろそろ見えてきたことだしな。

 

「そういう訳で、ハラオウンさんの今日の服とか教えてほしいんだけど──いや待て! あからさまに侮辱するような目で見るのはやめろ! 別に探りを入れてるとかじゃなく、単純に迷子の放送で必要な情報だろう!?」

「ほ、本当にするんですか!?」

「やらないのか?」

「……やります」

 

 誘惑に屈するルシエであった──と、まあ、そういう訳で。

 この日、十七歳のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンちゃんを探す放送が、館内には鳴り響いたのであった。

 

 

 

 

 

「纏、正座して」

「先にちょっと、話し合いとかしてみませんか?」

「正座して」

「ば、場所を変えるとか……」

「正座」

「はい……ごめんなさいでした……」

 

 羞恥の為か、あるいは激怒の為か、そこは定かではないが、とにかく顔を真っ赤にしたハラオウンさんを前に、俺は小さく正座し、すごすごと頭を下げた。

 場所は変わらず水族館である。

 いざとなればどのような場所、状況でも土下座できる覚悟がある俺でなければ、あっさりと恥ずか死くらいはしていたであろう。

 もちろん、俺とてノーダメージとは言わないが……。

 因みにルシエはハラオウンさんの後ろで、気まずげに目を逸らしながら立っていた。

 小癪な幼女である。いや、これに関しては120%、俺が悪いのだけれども。

 

「もうっ、こういうことはしちゃダメってこと、分からなかったの?」

「いや、分かってはいたんですけど、その……」

「その、何?」

「絶対に面白いと思って……」

「面白くはなかったよ!?」

 

 むしろ恥ずかしかったんだから! と、プンスカ怒るハラオウンさん。

 怒られているのは百も承知であり、こんな感想を抱くのは大間違いであるのは分かっているのだが、それでもなお可愛いなぁ、としか思えなかった。

 プライベートで人に怒る時ってこんな感じなんだな、と暢気に思う。

 仕事中に怒られる時の怖さを知っているだけに、余裕があった──いや、もちろん反省していないという訳では無いのだが。

 反省はしているが、後悔はしていない。

 顔を真っ赤にしたハラオウンさんが、俺を視界に入れた瞬間全てを理解し、「ま、纏~~っ!」と走ってきた姿は永久保存ものである。

 

「っすー……分かりました。では、こうしましょう」

「纏、条件出せる立場じゃないの分かってる?」

「明日からお弁当のリクエストを聞きましょう、毎日」

「!」

「ちょっと豪華にしても良いです」

「!!」

「今なら飲み物もついてきます!」

「!!!」

「何なら次からの出張時の業務報告も、全部画面あり通話に戻しても良いです」

「!!!!」

 

 驚いた様子のハラオウンさんが、目を見開きながら俺を見る。

 かなり真剣な眼差しだった。

 なので俺も同じような視線を返しておく──そうすれば、やがてハラオウンさんは、小さくため息を吐いた。

 

「ふふっ……仕方ない、ね。そこまで言うなら、許してあげる」

「有難き幸せ……!」

 

 ハラオウンさんが、今回だけだからね? と怒気を収めつつも呆れ半分、微笑み半分で言う。

 ふー、危なかった。

 かなり苦肉の策ではあったが、最悪の事態は避けられたと言えるだろう。

 もしこれで、任せる業務を増やすとか言われていたら、うっかり死んでしまうところだったからな。

 良かった、良かった。

 これで一安心だ──と、思ったところでルシエが不思議そうに

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!? え? 纏さんとフェイトさんって、付き合ってるんですか?」

 

 と言った。

 ははは、こやつめ。

 面白いことを言う幼女である。

 

「きゃっ、キャロ!? な、ななな何でそんな急に──」

「い、いえ、だって……え? その距離感は、恋人さんのそれですよね……?」

「恋……!?」

 

 ルシエの怒涛の勘違いに動揺するハラオウンさんであった。

 ハラオウンさんも結構、感情が顔に出る人だよなぁ。

 見ていて本当に面白い人である──と、特に焦ることもなく思う。

 いや、だって……有り得ないだろ……。

 的外れも良いところな指摘であった。

 

「落ち着け、ルシエ」

「ま、纏さん……!」

「冷静に考えてもみろ。俺が、ハラオウンさんと付き合えるような男に見えるか?」

「あっ……えと、その、ごめんなさい……」

「思いの外素直な感想が出てきちゃったな……」

 

 再びごめんなさい、としおらしく頭を下げるルシエ。

 自分で言っておいて激しく傷ついてしまい、涙が出そうだった。

 いやもう、何かこちらこそごめんなさいって感じである。

 

「まあ、そういう訳だから、俺とハラオウンさんが付き合うとかは絶対に有り得ないだだだだだだ!? 何ですかハラオウンさん!? 何故腕を締め……!?」

「……別に。何でもないよ」

「それは何でもなくない人しか言わない台詞じゃん……」

 

 先程までの和やかな雰囲気はどこにやら。

 あからさまに不機嫌で、如何にも怒ってますよなハラオウンさんが一瞬で出来上がってしまった。

 今もギリギリと、俺の腕をガッチリとホールドしながら痛みを与えて来る。

 えぇ……?

 これ、俺が悪いのか……? とルシエに視線を送れば、無言で肯定されてしまった。

 どうやら俺が悪いらしい。

 参ったなぁ。

 

「つーん」

「口でそれ言う人、初めて見たんだけど……ちょっと可愛いのでやめませんか? ドキッとしちゃうので」

「そうやって、テキトーに褒めておけば良いって思ってるでしょ」

「めんどくせぇこと言い始めたな……」

 

 というか、別にテキトーではない。

 可愛いと思ったのは事実である。

 

「誰にでもそういうこと言って、纏は本当に意地悪だって、私思うな」

「ん? いやちょっと待ってください。別に誰にでもは言ってません! 大体ハラオウンさんにだけです」

「そ、そうなの……?」

「? ええ、そりゃまあ」

 

 そもそも、こんな風に気軽に話せるような相手が、乏しすぎるくらいには乏しいのである。

 であれば当然、言うような相手は限定されるというものであった。

 俺の知り合いの少なさをあまり嘗めないで欲しい。

 

「それに、そもそもハラオウンさんほど美人で可愛くて完璧な人、早々いないですからね。完全に目が肥えすぎて、他の女性を見た時、迂闊に可愛いとか思えなくなってしまったので謝って欲しいくらいです」

「ふ、ふぅーん? た、例えば……?」

「?」

「例えば、どの辺をそう思うの?」

 

 情緒が不安定なのか、急にもじもじとした様子で尋ねて来るハラオウンさんだった。

 しかし、どの辺を、か……。

 このセンシティブな時代である。

 具体的なことを口にするのは別に構わないのであるが、詳細を語っても許されるのだろうか?

 

「俺、セクハラで捕まったりしませんよね……?」

「何で急にそんな話になるの!?」

「いやだってほら、ちょっと恥ずかしい話になるかもしれないし……」

「纏ってば、私のことそんな目で見てたんだ~?」

「その質問はズルすぎるだろ……!」

 

 そういう目で見ないなんて、無理に決まっているのであった。

 控えめに言っても、ハラオウンさんは完全無欠の美女なのである。

 何か良い匂いもするし、優しいしで文句のつけようがない。

 しかし、ここで何も言わないというのも、本当に口だけと思われてしまうというものである。

 ……やれやれ。

 覚悟を決めるとするか。

 

「まあ、やっぱり一番最初に褒めたくなるのは、その美しい金髪ですよね。長いのにキッチリと手入れがされていて、きめ細やかで輝かしい。

 まるで芸術品みたいだな、と常々思います。初めて見た時なんて、もう視界に入るだけでドキドキしたものです」

「へ、へぇ~」

「次に目が惹かれるのは、やはり瞳でしょうか。ハラオウンさんの瞳は珍しい赤色で、こういったのを良くルビーのような……とか宝石に例えたりする訳ですが、個人的には宝石よりずっと美しいと思うし、何より優し気なのに誘い込まれるというか、引きずり込まれるような魅力を感じるんですよね。

 実のところ、あ、この人ヤバいなと思った一番の理由が、ハラオウンさんの瞳で、多分、ずっと見ていたら俺はこの人に勘違いするまでもなく惚れ込んでしまう、と恐れてしまったほどです」

「…………」

「そんな深い赤と対比するような真っ白な、それでいて健康的な肌はもう本当に同じ人間か? と疑ってしまうのも止む無し、といったところだと思います。

 白磁のような肌ってこういう人の肌を言うんだ……とこれまでの人生を振り返ってみても中々ない衝撃を受けたことを、良く覚えています」

「……~~っ!」

「顔のパーツ配置も、神が優遇したのか? ってくらい完璧だと思います。毎日疲れているだろうに、朝出勤するといつもと変わらない、百点満点な笑顔を見せてくれるのでこっちまで元気になってしまうほどです」

「ま、まと──」

「でもやっぱり、ハラオウンさんの魅力は内面に詰まっているんだな、と半年ほど前から確信しています。

 優しいとか、気遣いが出来るとか、そういうことだけじゃなくて──本当に、心底から人を愛せる人なんだな、と尊敬の念まで抱いてしまったほどです。

 無償の愛を他人に与えられる人というのは、そう多くはありません。というか普通は無理です。だというのにハラオウンさんは当然のように、あるいは本能的なレベルでそれが出来る。

 これを魅力と言わないのであれば、何を魅力と言うのか──」

「纏さん、ストップ! ストップしてください、フェイトさんが、もう……!」

 

 ドンッ! と突撃して来る形で、ルシエが強引に言葉を遮って来る。

 何だよ、こんなもんまだ序の口だぞ。

 俺はもっといける──と口走れば「止まってください!」と頭をグワングワンと揺らし始めるルシエであった。

 普通に酔っちゃうからやめて欲しい。

 とはいえ、である。

 ふと冷静になって見てみれば、ハラオウンさんは顔をビビるくらい真っ赤にして俯いていた。

 元の肌が真っ白なだけに、物凄い紅潮の仕方をしているのが良く分かる。

 こんな公衆の面前でオタク語りみたいなことをしてしまったことにブチギレているのか、あるいは羞恥で真っ赤になっているのかは、やはり判断つかないのであるが──まあ、ここで良い方向に捉えられるほど、俺も楽観的な人間ではない。

 

「あ~……その、ハラオウンさん? 怒ってますか?」

「………………ううん」

 

 滅茶苦茶小声だし、とんでもない間はあったが、一応の否定はしてくれるハラオウンさんだった。

 未だに腕を離してくれない辺り、本当か……? と疑ってしまうところではあるが、まあ、息をするように人を騙してくる人でもない。

 信じてあげましょう、と上から目線で思ったのは良いものの、微動だにしないハラオウンさんには普通に困ってしまった。

 再度、ルシエへと視線を送る。

 

(ちょっとこれどうすれば良いと思う?)

(どうもしないのが正解だと思います。待ってあげてください、フェイトさんを)

(待つ……?)

(はい、待ちの姿勢です!)

 

 キリッ! と子供らしからぬ表情をした幼女に、実に大人らしい意見をもらう俺であった。

 なるほど、待ちの姿勢か……。

 何だかソワソワしてしまって落ち着かないな。

 せめて離れてくれないだろうか。冷静になってくるとこの密着度合い、かなりヤバいんだよ。

 そろそろ心臓が口から飛び出してきかねない。

 とはいえ、「ええい、離れてください!」と振り払える雰囲気でも無かったので、仕方がなくシグナムさんにボコられた時のことを思い返して落ち着くことにした。

 後にも先にも、訓練中にガチの死を実感したのは、相手がシグナムさんの時だけである。

 何だかんだ、なのはさんはギリ死なないラインを攻めてくるからな……。

 

「……やっぱり、纏って人たらしだよね」

「急に失礼なこと言い始めたな……もしそうだったら、友達百人とかいますよ、今頃」

「ふふ、それもそっか──それじゃあ、女たらしだ、纏は」

「失礼さがグレードアップした……」

 

 彼女も出来たこと無いのにこの言われようである。

 本当に女たらしであるのなら、今頃こんなことで動揺なんてしていないし、そもそもこのような状況を引き起こしていない。

 

「違うよ。女たらしだから、こんなことになってるの」

「言いがかりにもほどがありすぎる……」

「全然、言いがかりなんかじゃないよ──だって私、纏のこと好きだもん」

「そういうことを気軽に言うのやめませんか? 取り返しのつかないことになりますよ?」

「取り返しのつかないことって?」

「俺が告白してフラれて泣き、職場が向こう数年滅茶苦茶気まずくなります」

「あはは、それは嫌だな──でもね、纏。大丈夫だよ」

「?」

 

 それ、仮にそうだとしても、大丈夫なのはハラオウンさんだけじゃない?

 どう考えても俺が大丈夫じゃないんだけど……。

 もうちょっと俺のことも考えて欲しいところである──なんて思う俺に、「だってね」とハラオウンさんが言葉を紡ぐ。

 

「私は、纏のことが好きだから」

「──それ、どっちの意味ですか?」

「そうだなぁ……えへへ、()()()()()()?」

「──……」

 

 なんてね、冗談だよ──とまで言われることを、何となく予想していたのであるが、しかしそれは見事に外れてしまった。

 ハラオウンさんは変わらず俺を、どこか熱のある瞳で串刺しにしていて、一言も加えることはない。

 返答に、迷う──いや、いいや。

 迷うというか、怖い。

 実に情けない本音が口から出そうになったところで、ハラオウンさんはにへらと表情を崩した。

 

「私はね、どっちでも良いよ──この言葉の意味を、ちゃんと考えてね? 纏」

「あ、え、はい……?」

「ふふ、いっぱい迷って欲しいな」

 

 なんて。

 そんなことを、酷く大人びた笑みで言ったハラオウンさんは、スルリと俺の横からいなくなって、ルシエの手を取った。

 

「さて、それじゃ一緒に回ろっか?」

「……え、マジで言ってますか?」

「うん、もちろん──キャロも、それで良い?」

「わっ、わたしは全然構いませんけど……」

 

 え、これ大丈夫なんですか? という、不安というか、期待というか、良く分からん感情でお目目をキラキラさせてくるルシエであった。

 大丈夫なのかどうかとか、何をどうすれば良いのだとか、むしろ俺が聞きたいくらいである。

 ただ、少なくとも。

 上司と部下と言う関係性からは、大きく外れてしまったっぽいな、ということだけを理解して。

 じゃあ現状はどういう関係性ですって言えるんだよ、と半ば思考停止気味に、水槽を見やった。

 

 

 

 




フェイト・テスタロッサ・ハラオウンのヒミツ
 半泣きでキャロを探していた。
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