少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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ついにエルデンリングをクリアしたので更新です。トロコンしたいので次は一か月後です。


エリオ・モンディアルは純粋無垢な少年である。

 エリオ・モンディアルとは、出会うべきではなかった。局員となってから二年目の夏を思い出すにあたり、まずは、そんなことを思ってしまう──否が応でも、そう思わざるを得ない。

 偶然と言うべきか、あるいは必然と言うべきか、今となってもさっぱり分からないことではあるのだが、しかし、彼の登場によって如何ほどに悩むことになったのかは、どれだけ言葉を尽くしても足りはしないだろう。

 なればこそ、まずは端的に、一言で言い表すにあたり、こう言うべきなのだ──エリオ・モンディアルとは、出会うべきではなかった、と。

 いや、いいや。こういった言い方はあまりにも卑怯で、まるで彼自身に何もかも責任があり、同時に、俺自身には何も責任がないと言った風に聞こえてしまうから、改めるべきではあるのだろう。

 言わばこれは、ただの責任逃れの一言であり、ルールもマナーも破り捨てているかのような、実に恩知らずの暴論であるのだから。

 そもそもの話、悩むことになったとは言うものの、どうせ彼がいなくともまた別のことで悩むことになり、苦しむことになり、最終的にはちょうどいい落としどころを見つけていたはずなのだ。

 いつものように、ため息交じりに、何かを少しだけ諦めて、それでいて悪くはないと言えるような、そんな結論を何とか握っていたはずである──等とは言うものの、結局のところ、そうはならなかったのだから、これもまた、意味のない言い訳に過ぎないのだと思うところではあるのだが。

 だから、次に続けるならば、こういう言葉が適切なのだと思う──けれどもそれは、エリオ・モンディアルのせいではない、と。

 最終的には、各務ヶ原纏という、俺の問題でしかないのだ、と。

 あるいは、俺と彼が出会ったせいであるのだから、二人のせいであるのだと言えなくもないのだが。

 しかし、軽く一回りは年齢が下である少年に、俺と同等の責任を負わせるというのは、実に大人らしくない、子供じみた行為である気がするので、やはりここは俺に全ての責任があるのだと、かっこつけであろうとも言うべきなのだろう。

 だから、逆に言うのであれば──各務ヶ原纏とさえ出会わなければ。

 そう、思われていても仕方のないことではあるのだ。きっと。

 俺が悩み苦しんだということは、当然ながら彼も同じように悩み苦しんだということであり、度合いに大小はあれども、相応の時間が割かれたはずではあるのだから。

 その証明を、よりにもよって形にして見せつけてきたのだから。

 無邪気に、輝かしく、夢に満ちた目で。

 純粋であるがゆえに、写し鏡のように。

 俺が他人にどういう影響を与えてしまう人間なのかを、教えるかの如く。

 

「いえいえ、教えるだなんて。僕の方こそ、纏さんには教えてもらってばっかりですよ」

 

 なんて。

 当の本人は照れを隠すような笑みで、年齢に似合わない謙遜をするのだが。

 それこそが問題であるということに気付かない彼は、やはり一方的に気づかせてくる側であり、だからこそ、彼は常に誰かに教える側であるのだということに、未だ気付かない。

 気付いた瞬間、立場は逆転してしまうのだから、それもまた良いとは思うのであるのだが。

 ただ、まあ、何というか、エリオ・モンディアルとはそういう、無垢な少年なのである。

 純粋無垢とは美点であり、同時に欠点でもある。

 何色でも無いということは、これから何色にでも染まってしまうのと、同義であるのだから。

 

 

 

 

「わっ、纏さん……お久しぶりです。サボりですか?」

「俺が休憩してたらイコールでサボり認定するのはやめとかない?」

 

 ちょっと遅めの昼休憩なだけだから、と言いつつベンチに寄り掛かる俺を、訝し気な目で見てくる、実に失礼な少年の名は、エリオ・モンディアル。

 ハラオウンさんが保護したという少年少女のうちの片割れ。ルシエじゃない方。つまり、少年の方である。

 現在は、時空管理局本局短期予科訓練校という、ハチャメチャに長い名前の学校に所属する彼は、実習と言う形で出勤しており、最近知り合った仲であった。

 というか、あっちが一方的に俺の顔を知っていた。なんでだよ。

 

「それは……ほら、フェイトさんが写真とか見せてくれるので」

「えぇ、何それ恥ずかしい……」

「ツーショットとか良く撮ってますよね」

「あっ、何、集合写真とかじゃなくてそういう、プライベートなやつ見せてんのあの人!?」

 

 そもそも二人で写真を撮ること自体、前向きではなく、かなり嫌がった末のものだというのに……。

 やはり、誰にも見せないでほしいという旨は伝えておくべきだったのかもしれない。

 

「でも、そういうことを言っていたら、まるで隠れて付き合ってるみたいですよね」

「うん、まあ、だから言わなかったんだけどね?」

「堂々と付き合ってるって公言したかったってことですか……!?」

「そうじゃないってことくらいは分かるだろうが……!」

「え? それじゃあ付き合いたくはないんですか?」

「だいぶ踏み込んでくるじゃん」

 

 絶妙に答えに困る質問をしてくるエリオであった。

 いやもうマジで困る。ノーコメントにさせてほしい。

 最近はルシエにも似たようなことを聞かれてしまい、思わず未読無視をかましてしまったほどなのである。

 お陰で通知音が鳴る度に冷や汗をかく今日この頃だ。

 あいつ何で毎晩同じ時刻にスタンプ送ってくるんだよ。怖いからマジでやめてほしい。

 

「凄い……相変わらずのブレないヘタレさですね」

「喧しすぎるな……」

「相変わらずの女誑しって言った方が良かったでしょうか?」

「相変わらずって何!? というかそれ、絶対ハラオウンさんに聞いたろ……」

「はい!」

 

 曇りなき眼で頷くエリオに、思わずたじろいでしまう俺であった。

 ただでさえヒモ志望のアイツ、みたいな評価で落ち着いてしまっているというのに、女誑しとかいう謂れなき属性まで付けられたらいよいよ手に負えない。

 ヒモ志望の女誑し野郎、シンプルに字面が最悪である。

 俺のことだというのに、俺自身が一番近寄りたくないタイプの人種にされていた。

 俺はただ懐の広い美女に養われたいだけだというのに……。

 

「そうは言っても、纏さんって女性の知り合いの方が多いですよね?」

「え、そうかな……」

「この前も白衣を着た金髪の方と話してましたし……」

「シャマル先生? あれは徹夜しすぎて説教されてただけだ」

「紫の髪の方と、ご飯を食べていましたし……」

「ナカジマ先輩のことなら、昼飯奢らされてただけだと思う」

「そ、それにピンクの髪の方に担がれてたじゃないですか!」

「それはそのピンクの人に気絶させられてたんじゃないかな」

「……なるほど。纏さんってやっぱり変な人なんですね」

「着地するところがヤバすぎるだろ。何? どこで事故っちゃったの?」

 

 どう考えても今のは俺が変な人ってエピソードじゃなくて、俺の周りの人が変ってエピソードだったよね?

 最悪、最初の二人は普通だとしてもシグナムさんのヤバさは隠しきれてないだろ。

 何であの人、定期的に俺を気絶させるんだろうな。

 最近ちょっとルーティーン化してきてる疑惑があり、俺としては本当になんなのって感じである。

 毎回の如くハラオウンさんに「おはよう、よく眠れた?」と笑顔で言われるせいで、起きる度に胸キュンしてしまって辛いんだけど……。

 

「迷惑なら断れば良くないですか?」

「いやでもほら、やっぱり構われるのは嬉しいじゃん?」

「幼児みたいなこと言い始めないでくださいよ……」

「くっ……」

 

 子供に幼児と言われる俺であった。まあまあな罵倒な気がするのだが、ちゃんと否定できないだけに沈黙するしかない。

 仕方ないだろ。俺、シグナムさんのこと好きなんだから。

 いや、なんかこう言うと、俺が凄いマゾヒストみたいで嫌だな……。

 

「纏さん、誑しって言われるの、多分そういうところなんだと思います……」

「いやでも、気持ちはストレートに伝えないと、伝わらないことってあるだろ……?」

「それは……そうだと、思いますけど……」

 

 そうじゃないんだよなぁ、と苦虫を嚙み潰したような顔をするエリオである。

 しかし、女性の知り合いか……。

 考えてもみれば、確かに女性の方が多いような気がしないでもない。

 まあ、日常的に会話する相手が、上司であるハラオウンさんであったり、友人にあたるなのはさんや、はやてさんなのだから、それも当然である気はするのだが。

 基本的に、人間は同性の友人の方が多いものである──だから、彼女らと関わっていれば必然的に、女性と知り合うことの方が多くなるとも言えた。

 もちろん、ハラオウン提督やスクライアさんといった例外もいるにはいるが、あの二人と会うことは、意外にも少ない。

 まあ、そもそもハラオウン提督は立場が違いすぎるし、スクライアさんは無限書庫に籠っているのだから、これもまた当然とも言えるのであるのだが。

 意図的に会いに行かなければ、顔を合わせることも無い関係である。

 基本徹夜スタイルの俺にそんな余裕がある訳なかったし、スクライアさん達もまた然りだった。

 精々、月に一度か二度ほど遊んでくれるほどであり、だからこそ、そこから横に交友関係が発展することはあまりなかった。

 

「つまり、女性から女性に渡り歩いてるってことですか……?」

「ヤバい要約の仕方するね君」

 

 史上稀に見るんじゃないかってくらい、恐ろしいまとめ方をしてくるエリオであった。

 これで悪意が無いは流石に無理だろ、と言いたいところではあるのだが、エリオにその気があったのかと言われれば、まあ、霞程度には……くらいなのだと思う。

 基本的に良い子なのだ。そう、基本的には。

 ハラオウンさんが褒めちぎるだけあって、エリオは如何にも優等生といった少年である。

 物腰は柔らかく、常に敬語を使い、訓練には真剣で、人の話はよく聞く、描いたような真面目な子供。

 ただ何故か、俺にだけは遠慮が無くなっているだけという話である。

 いや、なんで?

 

「うぅん、どうしてでしょう……正直なところ、僕も良く分からないんですよね」

「そんなことある?」

「お恥ずかしながら、纏さんが相手だと気が緩んでしまうんですよね」

「何か嘗めてますって言われてる気がするけど、嬉しいから許してあげよう」

「あっ、でもあれです。フェイトさんから、纏さんの話はよく聞いていたから、親近感があるのかもしれません!」

「あの人は俺の何を話してんだよマジで」

 

 まさか、悪口を言うような人でないのは分かっているが、それはそれとして気にはなるところではあった。

 親近感を得られるような話って何?

 俺、基本的には不愛想で真面目な人間だと思うんだけど……。

 

「そう、ですね……例えばなんですけど」

「うん」

「僕は纏さんが、無限書庫に入る度に行方不明になって、捜索隊が組まれるって話、凄い好きなんですよね」

「話すにしてももうちょっと他に何か無かったのかなぁ……!?」

「局員になろうと思った僕の後押しをしてくれたのも、この話なんです」

「影響の受け方がエキセントリックすぎるだろ。お兄さん心配になってきちゃったよ」

 

 今の話のどこに「局員になりたい!」と思える要素があったんだよ。

 ただの俺の恥ずかしい話じゃねぇか。

 もう半年ほど前から「一人で行っちゃだめだからね?」とハラオウンさんに厳しく言われており、二人で行くときでさえ手を繋いでないといけない俺の気持ちにもなってほしい。

 無限書庫担当の局員とか完全に俺のことを小学生か何かだと思ってるからね。この前とか飴ちゃん貰っちゃったまである。

 別に俺は方向音痴って訳じゃないんだけどな……。

 何か気付いたら奥まで流れちゃってんだよね。

 大体の場合において見つけてくれるのはスクライアさんなので、実はあの人が黒幕なのではと俺の中で密かに噂されている。

 

「纏さんみたいな人でもちゃんと局員出来るんだ、と自信をもらえました」

「嫌すぎる自信の貰い方されてる……」

 

 流石に素直には喜べない俺であった。

 むしろ俺の醜態が、未来ある若者の先行きの決定に少なからず関与してしまったことに申し訳なさすら覚えてしまった。

 ハラオウンさんは、エリオとルシエの二人には、管理局に関わらず生きて行ってほしいみたいだったので、なおさらである。

 まあ、結局のところ、それは本人たちが決めるべきことであり、ハラオウンさんならまだしも、俺のような他人が口出しして良いことでは無いだが。

 しかし、だからこそ、若干の罪悪感を覚えてしまうというものであった。

 とはいえ、だから何、と言う話でもあるのだが。

 

「まあ、エリオが後悔しないなら、それで良いんだけどさ……」

「……纏さんは、局員になって後悔してるんですか?」

「そりゃ超してるよ……どう考えても普通に高校生やってた方が楽だったろうし」

「……」

「でも、同じくらい良かった、とは思ってる……気は、する。断言はできないけど、うん」

 

 少なくとも、局員にならなければ、ハラオウンさん達と出会うことは──多分、無かったと思うから。

 いや、アリサ姉さんとの繋がりがあった以上、ここは断言できないのだけれども……まあ、少なくとも同じ関係を築けたかと言えば、答えはノーだろう。

 精々が知り合い止まりだったのだと思うし、そうなればハラオウン提督とかとも出会うことはなかったわけで。

 それは嫌だなぁ、と素直に思える俺がいる以上、この選択に後悔はあっても、幸福ではあるのだろう。

 

「ま、だからこの先、何か悩みがあったら話くらいは聞くよ」

「凄い、纏さんが久しぶりに頼り甲斐がある人に見えます……!」

「ちょくちょく失礼すぎない? まあ、俺が教えてあげられるのは上手い土下座の仕方くらいだけど……」

「切り札しか持ち札ないんですか?」

「うるさいぞ」

 

 世の中、出し惜しみしたやつが速攻で潰されることもあるのだ。

 最初から誠意を見せていけば、意外と許されたりする場所だしな、管理局は。

 

「と、まあそういう訳で、そろそろ俺は戻るけど、エリオは時間大丈夫なの?」

「え? あっ……あーっ!」

 

 この後、実習が入っていたんでした! と途端に泣きそうな顔で言うエリオであった。

 ふー、やれやれ。仕方ないな。

 

「土下座の仕方、聞いていく?」

「……お願いします!」

 

 ビシィ! と頭を下げるエリオを見て、この子には才能があるな、と俺は独り言ちた。

 

 

 

 

「纏! エリオに変なこと教えないでって言ったよね!?」

「なになになになに、何の話ですか」

 

 定時少し前。

 執務室に戻り、休憩用のソファに背を預けながら作業をしていたら、遅れて戻ってきたハラオウンさんが開口一番、俺へとそう言った。

 そのまま自分のデスクへと座ったハラオウンさんは、ぷんすか可愛らしく怒気を発しながら、声をかけて来る。

 

「さっきクロノから、エリオが遅刻したことで土下座したって聞いたんだからっ」

「うわっ、エリオのやつ、マジでやったんだ……」

 

 ていうか実習先、ハラオウン提督のとこだったのかよ。

 あの人も忙しいのに良くやるな、と思いつつも「まあそれなら許してくれただろう」と安堵の息を吐いた。

 かつては俺も、遅刻でハラオウン提督に土下座したものである。

 懐かしいな。もう一年も前のことなのか。

 

「懐かしがってる場合じゃないよ……うぅ、エリオが纏に毒されていく~……」

「いや言い方、言い方に遠慮がなさすぎるでしょう?」

 

 そんな人を毒物みたいに……。

 

「そもそも、土下座を教えてくださいって言ってきたのはエリオの方ですからね?」

「そうなるような話をしたのは纏のくせに……」

「ぐう……」

 

 まるで見てきたかのように鋭いことを言うハラオウンさんであった。

 確かに土下座の有用性を語ったのは事実である。

 まさか本当にするとは思っていなかったので、俺としてもビックリではあるのだが。

 

「エリオは纏と違って捻くれてない、真っすぐで純粋な子なんだから、もうちょっと考えて接してあげてほしいなっ」

「いや、考えはしたんですけどね……くっ、力及ばず……!」

「全力は尽くしたのに……みたいな雰囲気出さないの! もう、纏は本当に纏だなぁ……」

「纏は罵倒用語じゃないですからね?」

 

 呆れ果てたような、諦めたような表情をするハラオウンさんに追い詰められる俺だった。

 相手がハラオウン提督だと知っていれば、もうちょっと他にもあったんだけどな……。

 俺に引き留められたとか、そういう言い訳でも十分通じただろう。多分。

 間違っては無い訳だし。

 まあ、その場合、俺が後で小言を言われることになるのだが……。

 

「というか、そもそもだよ?」

「? はい」

「いつの間にエリオと、そんなに仲良くなったの……!?」

「えぇ……そんな、仲良いってほどでもないですよ」

 

 言ってしまえば、まだ出会ってから一か月程度なのである。

 顔を合わせれば話すし、メッセージのやり取りもほどほどにするが、仲が良いってほどでも……いや、これって仲良いの範疇なのか?

 …………。

 

「訂正します、滅茶苦茶仲良いです」

「滅茶苦茶は言い過ぎだよ……」

「いやでも俺、今週末、一緒に遊びに行きますし……エリオに誘われたので」

「待って? 私より仲良くない?」

 

 どうして……!? と小さく叫ぶハラオウンさんだった。

 それに関してはどちらかというと、エリオ側の問題な気はするな、と思う。

 まあ、なんというか、恩人に馴れ馴れしくするというのは、恩人側が思うよりも、ずっと難しいものだ。

 先に遠慮と言うか、感謝の気持ちが出てしまうものだから。

 気にするな、と言ってもあのエリオのことだから、それも難しいだろう。

 

「まあ、だからと言って、嫌われてる訳じゃないんですから、そんなに気にするほどのことでもなくないですか?」

「そ、そう……? 本当にそう思う?」

「なに不安になってるんですか……その内、エリオの方で折り合いつけますよ。家族ってのはいきなりなるものじゃなくて、少しずつなっていくものなんですから」

「…………」

「えっ、何ですかその目は……」

 

 目をまん丸にしたハラオウンさんに、まじまじと見られる俺であった。

 そんなに驚いた顔をしないで欲しい。

 こっちがビックリしちゃうだろ。

 

「珍しく、纏が良いこと言ってる……」

「ちょっと? 驚くポイントが失礼過ぎるでしょう? 俺は大体、良いことしか言ってませんよ」

「それは嘘」

「はい……」

 

 あまりにも即答で返されてしまった為、頷くことしかできなかった。

 確かにちょっとだけ言いすぎだったかもしれないが、そんな食い気味に言うこと無いだろ……。

 

「ふふっ、でも、そうだね。纏の言う通りかも。焦ったって、仕方ないよね」

「ですね。エリオもエリオで、色々考えてると思いますし」

「うん……ところで、気になってたことがあるんだけど、聞いても良い?」

「はぁ、どうぞ」

 

 コホン、とハラオウンさんが息を整える。

 そんなことをされると、一々改まって聞くようなことがあるのか……と心拍数が上がってきてしまうからやめて欲しかった。

 普通に聞いて欲しい限りである。

 

「纏、何でエリオのこと、名前で呼んでるの……?」

「思ってたよりどうでも良いことだったな……」

「どうでも良いことじゃないよ!?」

 

 大切なことだよ! と真剣な眼差しを向けて来るハラオウンさん。

 前にも似たようなやり取りしたような気がするな……と、内心ため息を吐く。

 

「いや、普通に呼んでいいって言うから、呼んでるだけですが……」

「わ、私の名前は呼んでくれないのに……?」

「じゃあ、フェイトさん」

「~~っ!?」

「えっ、ちょっ、急に照れないでくださいよ!?」

 

 ぽぽぽぽぽっ、と火が灯るように顔を赤らめるフェイトさんであった。

 照れるくらいなら呼ばせないで欲しい。

 あー、もう。ほら、こっちまで恥ずかしくなってきちゃったじゃん。

 顔に熱が上がってくるのが分かる。

 何で職場で、上司と二人して照れなきゃならないんだ。

 

「どうしよう、纏。今私、すっごく嬉しい」

「えぇ……いや、お気に召したなら幸いですが」

「うん、召したよ。とっても召した──ね、だからもう一回、呼んで?」

「フェイトさん」

「"さん"はいらないかも」

「……フェイト」

「えへへ……」

 

 満面の笑みを浮かべたフェイトさんに、遊ばれ始める俺であった。

 本気で恥ずかしくなってくるので、やめて欲しいばかりである──とはいえ、まあ、いい機会ではあったな、とも思うのだが。

 いや、何かほら……なのはさんと、はやてさんは名前で呼んでいるのに、フェイトさんだけ苗字呼びなのは、仲間外れみたいで嫌だな、と考えていたところではあったのだ。

 この三人を、個人的にセットだと思っている節が俺にはあった。

 

「今度から、"さん"はつけなくても良いよ」

「いや、それは絶対に嫌ですけど……」

「な、何で~?」

「何でも何も、嫌なものは嫌だからですが……」

 

 というか、普通に不敬すぎであった。

 年上云々どころか、普通に上司であるということを自覚してほしい。

 仮にも職場で、上司の名前を呼び捨てで呼ぶやつ、嫌すぎるだろ……。

 俺のイメージがドンドン悪い方向に転がっていってしまう。それだけは避けなければならなかった。

 

「私は気にしないのに……」

「フェイトさんは気にしなくても、俺が気にするんですよね」

「むぅ……」

「膨れてもダメです。可愛いな……という感想しか出てこないですよ」

 

 負けじと上目遣いまでしてくるフェイトさんであったが、流石にその程度で陥落するほど俺ももうヤワではない。

 しばしの睨み合いの末に、フェイトさんが仕方なさそうにため息を吐いた。

 

「仕方ない、ね……今日は諦めてあげる」

「明日再チャレンジするって遠回しに言うのはやめませんか? マジで時間の無駄なので」

「ふふっ、纏……雨垂れ石を穿つ、だよ!」

「何年かける気なんだよ……」

 

 明らかに十年単位で仕掛けてくる気満々な台詞だった。

 気合入り過ぎだろ。

 普通にノイローゼになりそうなのでやめてほしい。

 

「んー、どうだろうね? 意外とすぐかもしれないよ?」

「何その謎の自信は……ちょっと怖いんですけ──は? ちょっと? 何ですか?」

「ふふっ、何だと思う?」

 

 と、言いながらフェイトさんは、俺の真横へと座ったのだった。

 そう、真横だ。

 拳を一つどころか、指一本分すら空けず──言わば、密着した状態になるように、ソファへと腰をかける。

 元より大きなソファではないのだが、それでも余裕をもって二人は座れるような大きさではあるので、そうする意味は全く無いのだけれども……。

 あまりない距離の近さに、思わず心臓が跳ね上がる。

 いつも美人だと思ってはいたが、やはりこう、間近で見るとまた違うな、と思った。

 ちょっと言葉には表せない美しさである。

 

「えへへ、私、これでも纏にはそこそこ詳しいんだ」

「ほう、各務ヶ原検定二級程度が良く言いますね」

「私も日々勉強してるんだよ。だから、ほら、こうやって──」

 

 ──強引に距離を縮められることに弱いってことも、知ってるんだから、と。

 耳元で、囁くようにフェイトさんが言った。

 ゾワゾワとした感覚が、背筋を這い上る。

 

「~~ッ! ちょ、フェイトさっ──」

「ダメだよ。逃げちゃ、ダメ」

「ぐっ……」

 

 反射で立ち上がろうとした俺の手首を掴んだフェイトさんに、抵抗虚しく引き戻される。

 浮かべている笑み的に、揶揄われているのが良く分かるのだが、それはそれとして緊張はするのだった。

 マジでやめてほしい。心臓が壊れそうだ。

 

「纏は本当に、すぐに逃げるね」

「知ってますか? 生物って追われると逃げちゃうものなんですよ」

「纏は逆だよ。逃げるから、こっちが追うことになっちゃうの。だからこうやって、しっかり捕まえてあげてないとね」

「本当にしっかり握り過ぎなんだよな……」

 

 手錠でもかけてんのか? みたいな力強さで手首を握るフェイトさんだった。

 別に痛くは無いのだが、容易に振り払える感じでも無かった。

 いざとなったら、魔法を使ってでも追ってきそうな雰囲気であり、これには流石に俺も折れるしかない。

 この際、顔が近すぎるのは仕方ないと割り切るしかないだろう。

 

「まあでも、追いすぎると纏、それだけで死んじゃいそうだよね」

「俺のか弱さをそこまで分かってるなら、さっさと解放してほしいんですけど……」

「それはダメ……というか嫌、かな。私ね、意外と我儘なんだ」

「いやそれは全然意外じゃないですね」

 

 お人好しという名を被った我儘の塊だろうが、と言わなかった俺を褒めて欲しいくらいである。

 だから俺の足を抓るのはやめようね、フェイトさん。

 

「本当に、纏はズルくて、意地悪だ」

「事実無根の悪口はやめませんか……?」

「でもそういうところ、私、結構好きだよ」

 

 実に反応に困ることを言いながら、フェイトさんは頭を肩へと乗せてきた。

 長い金の髪がふわりと、彼女の香りを運んでくる。

 

「ちょっと? フェイトさん?」

「んっ、んー、ね、纏。今日は私、何だか疲れちゃった」

「まあ、もう定時ですからね……今日はもう、後の作業は俺がやっときますよ」

「あはは、珍しくやる気だ。でもね、大丈夫。代わりに、少しだけこうさせて?」

「いやっ、"こう"って……」

「纏も一緒に寝よ、ね?」

「えぇ……?」

 

 随分と無茶苦茶なことを言い出すじゃん……と小言を漏らすより先に、フェイトさんは小さく寝息を立て始めた。

 のび太級の入眠速度である──いや、そうじゃない!

 え? マジでこの状態で寝たの!?

 

「ふぇ、フェイトさん? おーい……」

 

 と、声をかけてはみるが、特に反応が返ってくることはなかった。

 嘘でしょ……。こんなことが許されていいのか?

 俺の心臓に負担を与えることに関して、あまりにもエキスパート過ぎるな、と思うものの、当然ながら離れることはできない。

 

「仕方ない、か……」

 

 と、覚悟を決めるためにも、そう口に出す。

 それから、願わくば、誰も訪ねてきませんように、と祈りを込めてから、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




フェイト・テスタロッサ・ハラオウンのヒミツ
 この後普通に起きて纏の寝顔を眺めていた。
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