少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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今更ながらリリカルティーパーティの動画を見たところ、はやてが可愛すぎたので更新です。トライアングルストラテジーが気になるので次は一か月後です。


ユーノ・スクライアは奇跡みたいな友人である。

 考えてもみれば、ユーノ・スクライアとも長い付き合いになった。まだほんの、一年少しだろうと思われるかもしれないし、実際その通りではあるのだが、しかし、一年という期間は短いと呼ぶには長すぎるように思うから、やはり長い付き合いになったなぁ、とそう思う。

 というのも、正直なところ、スクライアさんとこうも気兼ねのない仲になるとは、露ほども思っていなかったからである──まあ、そもそも俺の場合、誰が相手であっても、そんなことは考えないだろうと言われたら、黙って頷くしかないのであるのだが。

 しかしながら、フェイトさん達と違って、比較的話すことも、会うこともそれほど多くはない……むしろ少ないくらいであるスクライアさんと、ここまで気の置けない距離を維持し続けているという事実は、俺からしてみればまるで奇跡みたいなものであった。

 迂闊にも軽々に、奇跡などという曖昧かつ壮大な言葉に頼ってしまったが、改めて考え直してみても、やはりこれ以上の言葉は見つからないだろう。

 なんて、そんなことを言ってしまえば、スクライアさんには

 

「纏は本当に、友達がいないんだね……」

 

 と、実に失礼な言葉と共に、哀れみの視線をぶつけられかねないのであるのだが。

 しかし、だからと言って、これが俺の努力の賜物であるとは口が裂けても言えないだろう。

 あるいは、努力と言うのであれば、俺のではなく、スクライアさんによるものになる──いつだって先に連絡をくれるのはスクライアさんの方であり、偶には顔を出しなよとせっついてくるのも、またスクライアさんであるのだから。

 言ってしまえばこの状況は──この関係性は、ひとえにスクライアさんの尽力によって保たれているものであり、俺はただ、例によって例の如く、それに甘え倒しているにすぎないのである。

 だから、もしも奇跡という言葉を使うのであれば、この関係性が維持されていることに対してではなく、スクライアさんと出会えたことそのものに使うべきなのだろう。

 まあ、このような恥ずかしいことを伝えれば、呆れたような顔で

 

「嬉しいけどさ……そういうことは、なのはとか、フェイトとか、はやてに言ってあげなよ……」

 

 といったようなことを言われてしまうのだけれども。

 しかし、そうは言っても彼女たちと、スクライアさんではまったく別であるのだから、それもまた難しいというものであった。

 幾度も起こるのであれば、それは奇跡足り得ない。

 一度限りだから、人はそれを奇跡と呼ぶのだろう──であれば、やはりそれが適切だと思う人間は、スクライアさんの他にはいないように思われた。

 あるいは、他の人にとってはこんなこと、本当に奇跡未満の、ありふれた事柄でしかないのかもしれないのだけれども。

 少なくとも、今の俺にとってはそうではないのだから、やはり奇跡という言葉が似合う。

 仮にそれが、時間を経るごとに稀少性を失うものだったとしても。

 俺にとってスクライアさんが、大切な人であるということに変わりはないのだから。

 

 

 

「はい、各務ヶ原纏です。将来の夢は専業主夫です」

「電話の第一声が本当にそれで良いのかい!?」

「何だ、スクライアさんですか」

「僕以外の人だった場合、今のをどう言い訳するつもりだったんだ……」

「いやですね、言い訳しなくちゃいけないような相手は、そもそも俺の番号知りませんよ」

「それもそっか。纏、友達いないもんね」

 

 ごめんごめん、と言いながらも楽し気にスクライアさんが笑い声を響かせる。

 何で友達いないもんね、の方で納得しちゃうんだろうな。

 ここは「それくらい親密な仲の友達が増えたんだなぁ」と、涙ながら納得してほしいところである。

 

「そうしてほしいなら、僕ら以外にも友達を作るべきだと、僕は思うんだけど……」

「やれやれ、本当に俺が友達を作っていないとでも思ってるんですか?」

「!!? 作れたのかい!?」

「驚き方が露骨すぎるだろ」

 

 急に目を見開くのはやめてほしい。

 そして、言うまでもないような気もするのだが、友達は出来てはいなかった。

 というか、最近は何だか遠巻きに見られているような気すらして、知り合うことすら始められない感じなのである。

 まあ、それが無かったところで、能動的に友人を作ることはできなかっただろうと言われてしまえば、全く言い訳の一つすら出来ないのではあるのだが……。

 まったく、もうちょっと気軽に話しかけてほしいものである。

 

「出会いからして他力本願なの、本当に纏って感じがしてため息が出そうだよ……」

「まあ、俺は孤高の男ですからね……」

「孤高って言うか、ただ孤立してるだけだと思うけどね」

「喧しいですね……俺は深く狭い交友関係を好んでいるんですよ」

「深くしてもらってる側だし、広げようとして結局狭いままなのが纏じゃないか……」

「ちょっと? 真実は時として人を傷つけるんですよ?」

 

 もうちょっとこう……遠慮とかが欲しいところであった。

 懐にもぐりこんだが最後、死ぬまで殴り続けてやるぜみたいなスタイルは早急にやめていただきたい。 

 ただでさえ、今日は色々と弱っているというのに……。

 

「ああ、そうそう。実はさ、今日はそのことで電話をしたんだ」

「と、言いますと?」

「うん……まあ、纏って一人暮らしだろう? だから、ちょっと心配になってね」

「お、おぉ……凄い。スクライアさんがまるで理想の先輩に見えてきました……」

「ちょっとチョロすぎだよそれは……」

 

 呆れつつも、面白そうに笑うスクライアさんであった。

 人間、弱っている時ほど、優しさが身に染みるものだとは良く言うが、正しくその通りであると思うばかりである──と、ここまで言えば何となく察しているかもしれないのだが、今日の俺は少々の体調不良を患っていた。

 朝、いつも通り出勤しようとしたところ立つことすら覚束なく、あ、これはヤバいなと即座に休むことを決めた次第である。

 とはいえ、数日寝ておけば治るだろうが……昔から、病には強い子なのである、俺は。

 親父にも母ちゃんにも、怖いくらい頑丈であると太鼓判をもらっているほどだ。

 問題があるとすれば、今もなおまともに立つことが出来ないということくらいであるが、まあ、こうして軽口を叩けている時点で、それも些細な問題と言えるだろう。

 

「いや、それは大問題だろう!? 全然少々の体調不良なんかじゃ無いじゃないか!?」

「何言ってるんですか、立てないなら飛べば良いんですよ。俺は魔導師なんですから、ふわふわ~って」

「あ、頭が悪すぎる……というか、熱で頭が茹っているのか……!? とにかく、そんな状態で魔法なんか使ったら、事故るに決まってるだろ……! 絶対に使うなよ、良いね!?」

「えー……」

「返事!」

「はい……」

 

 画面越しでも迫力の変わらないスクライアさんの一声に、思わず肯定を返してしまう俺だった。

 まあ、確かに改めて考えてもみれば、ちょっとばかし、リスキーだった気がしないでもない。

 誤って天井をぶち抜きでもしたら、一生の恥になりそうなものである。

 

「意外と元気そうで良かったと思ったけれど、全然そうじゃ無いことが良く分かったよ……」

「や、元気な方であるんですよ、本当に。ただちょっと熱っぽくて立てないというだけで」

「それを世間は一般的に、元気では無いって言うんだけどね?」

 

 纏にはちょっと難しかったかな、と失礼なことをぼそっと呟くスクライアさん。

 個人的には本当に、心配してもらうほどではないとは思うのであるのだが、それはそれとして、気にかけられるのは嬉しいな、などという感想を抱いてしまう。

 どういった形にせよ、気にかけられるということは、どうでも良い人だとは思われていないという証左なのだから。

 

「どうでも良かったら、まず電話なんてしないよ……。今卑屈になられると、いつもの面倒なところが出てるのか、風邪で弱ってるのか、判別できないからやめてくれない?」

「ちょっと? 病人にかける言葉にしては強すぎるでしょう?」

「纏が馬鹿なことばかり言うからだろ……そろそろ怒るよ」

「ひぇ……ごめんなさい……」

 

 仰向けに寝そべりながら、謝罪の言葉を口にする。

 パッと見、クソ生意気な姿勢であるのだが、気持ちとしては地面に頭をめりこませているくらいなので、これで勘弁してほしいところである。

 しかし、それにしても本当に、どうにも俺も参ってしまっているらしい……ということを、ようやく理解してきた。

 先ほどから、折角の心配を無碍にするようなことばかり、口から飛び出てしまっている。

 スクライアさんには申し訳ないばかりだった。

 

「まったく……纏は、纏が思っている以上に色んな人に気にかけられていることを、少しは自覚するべきだよ。

 あのシグナムだって、纏がいないって聞いて、凄い不満げな顔をしていたんだから」

「いや、それは心配って言うか"ちっ、今日はあいつをシバく予定だったのに……間の悪い奴め"みたいなアレじゃないですか?」

「いやぁ、流石にそれはないんじゃ……。確かに、そのまま流れるように、フェイトに模擬戦を持ちかけていたけれど」

「迷う余地なく正解だろそれは」

 

 全然「どうだろう……」みたいな疑問が挟まる余地がなかった。

 やってることが完全に辻斬りのそれである。

 その辺の雑草を摘むみたいな、軽いノリで俺の意識を刈り取らないでほしい。

 その内、うっかり命ごと持っていかれそうで、こちらとしては怯える他なかった。

 

「まあまあ、シグナムに限らず、ヴィータもはやても、クロノだって纏のこと──」

「いや待って待って、待ってくださいね? 俺の情報がリアルタイムで大人数に共有されすぎだろ。なに? 俺の体調不良、新聞にでも載ってた?」

「いやぁ……あはは」

「なっ、なに!? 何その曖昧な笑いは!?」

 

 俺の情報を共有する場がある説が、滅茶苦茶濃厚になった瞬間であった。

 何でそんなもんがあるんだよ、というか何の為に作ってんだよ。

 一体、毎日どんなことが話されているのか、気になりすぎて夜も眠れなくなるレベルなんだけど……。

 悪口とか言われてたら軽く三日は寝込む自信がある。

 

「なんてね、流石に冗談だよ。フェイトが探してた資料が見つかったからさ、届けた時にちょっとね」

「ああ、なるほど……?」

 

 冗談かあ。

 そういうことなら、まあ……。

 何だか、いまいち説明になっていないような気もしたが、まあ、気にしないでおくことにした。

 あまり踏み込んではいけない、と俺の本能がそう囁いてたからである。

 

「纏って、その手の察する能力だけは、やたらと高いよね」

「いやまず、こんなもの察知させないでほしいんですけどね……」

「肝心なところでは鈍いのになぁ」

「なになに? 突然の悪口に今の俺はギリ耐えられませんよ?」

 

 いや、まあ。普段であれば耐えられるのかと言われれば、ノーコメントとさせていただくしか無いのであるのだが。

 本当に、この人たちは最近、俺をぞんざいに扱い過ぎである。

 一度公衆の面前でギャン泣きでもして"分からせ"てあげた方が良いのかもしれない。

 

「それで分かるのは纏の情けなさだけじゃない?」

「言われてみればそうですね……」

「いつにも増して頭が悪くなってるな、これは……。まあ、でも良かったよ」

「え?」

 

 今の文脈で良かったこと、なんかあった?

 思いのほか見当たらなさ過ぎて、俺の中でスクライアさんサイコパス説、再び浮上である。

 

「何と言うか……色々と? まあ、すぐに分かるさ」

「えぇ、何それ不穏……」

 

 急に怖いことを言い出すスクライアさんであった。

 ただでさえ、明らかに幽霊物件である我が家なのである。

 あまり怖い話をされると、本気で眠れなくなるのでやめてほしかったのだが、しかし、スクライアさんはそれ以上何も言うことなく、にこやかに笑いながら通話を切るのであった。

 謎だけ残していくのだけは本当に心臓に悪いので、出来れば二度としてほしくないところである──と、思ったのも束の間で、スクライアさんの言葉通り、その謎はすぐに解かれたのであった。

 鳴り響くインターフォン。

 特に警戒もせず……というか、歩くことに集中しすぎて、警戒することすら忘れ、不用意にも扉を開いた瞬間、俺は全てを理解したのだった。

 

「な、なのはさん、何故ここに……」

「にゃはは……き、来ちゃった」

「いや、来ちゃったじゃな──ぐぇ」

「わわっ、纏くん!?」

 

 

 

 

「う、うわっ、纏くんの家、何にもないね……」

「もうちょっと他に感想ありませんでしたか? いや、確かに我ながら殺風景だとは思いますが……」

「殺風景って言うか、生活感が皆無だよ……本当に、ここに一年以上住んでるの?」

 

 ちょっと信じがたいよ……と理解できない生物を見る目で言われてしまい、この人は俺への遠慮をかなぐり捨てすぎだろ、と思わざるを得なかった。

 別にそこまで何も無いって訳じゃないんだけどな……。

 生きていくのに最低限必要なものは揃えている自負がある。

 

「逆に言えば、最低限のものしか見当たらないよ……。誰かのお家に来たって言うより、ホテルの一室に来たみたいだと思っちゃったもん」

「ふふん、整理整頓は俺の得意技ですからね」

「褒めてる訳じゃないんだけどなぁ」

 

 と、苦笑いしながらも、なのはさんは俺をベッドへと寝かしてくれた──まあ、何と言うか、お恥ずかしながら先ほど、玄関で倒れ込んでしまった際に、男らしく抱き上げられてしまったのだ。

 華麗なまでのお姫様抱っこである。

 恥ずかしい……とか思う以前に「い、イケメンだ……」と思ってしまったあたり、今更ながらじわじわと敗北感に襲われていた。

 次の機会があれば、是非ともする側になりたいものである……いや、なのはさんを抱き上げなければならないような時は、世界の終わりでも無いと来なさそうではあるのだが。

 

「というか、今更ですが、何の用ですか、なのはさん……」

「? 言わないと分からない?」 

「や、予想は出来るんですけど……もしそうだとしたら、非常に申し訳ないというかですね……」

「申し訳ないって……まともに歩くことすら出来なかったのに、そんなこと言ってる場合なの?」

「ぐう……」

 

 あまりにも真っ当な正論に、思わずぐうの音が出てしまう俺であった。

 ここは素直に甘えるのが多分、正解なのだろうとは思うのであるのだが……。

 仮にも、エースオブエースと呼ばれるなのはさんに、風邪をうつしでもしたら()()である。

 ここは早急に帰っていただくのが、互いにとって良いんじゃないだろうか。

 

「なーんにも良くありませんっ。そもそも、そんなにフラフラになってる纏くんを置いて、帰れるわけないでしょ?」

「そうは言ってもですね、なのはさん、仕事があるじゃないですか……」

「ん、そこは大丈夫だよ」

「?」

「私、今日明日お休みもらったから」

「!?」

「ふふ、しっかり看病してあげる」

「!!?」

 

 平然と、とんでもないことを言い出すなのはさんであった。

 普段は全然休まないくせに、誰かの為になると躊躇いなく休むのは一体何なんだ……。

 奉仕精神が魂に根付きすぎだろ。

 折角のお休みくらい、自分の為に使ってほしいところである。

 

「……迷惑だった、かな?」

「そんなわけないでしょ……内心踊り狂ってるくらいには嬉しいですよ」

 

 何なら今も「これは夢かな?」と思っているまであるのだった。

 とはいえ、同じくらいの申し訳なさと遠慮があるのもまた、事実であるとは言っておくべきだろう。

 というか、普通にここで「やったー! ありがとうございます! それじゃよろしく!」とか言えるやつは、面の皮が厚すぎである。

 流石の俺も、そこまで能天気ではない──のだが、ここまで来て「いや良いです、帰ってください」とか言えるほど、薄情な人間でも無かった。

 少しだけ奥歯を噛んだ後に、小さく息を吐く。

 

「くっ……借り一ということでお願いします……!」

「またそれ~? 私が勝手に来ただけなんだし、気にしなくても良いのに」

「俺が気にするのでダメですね……」

「そっかぁ……それなら仕方ない、のかな?」

 

 今からお返しを楽しみにしておくね、と言いながら時計へ目を向けるなのはさん。

 現時刻、十二時少し前である。

 何だかんだ、フェイトさんに休みの連絡をしてから、ぐっすり四時間近くは寝ていたらしい。

 そう考えれば、何だか体調も回復してきた気がしないでも無かった。

 

「それは明らかに気のせいだよ……。それより、食欲はある? ありそうなら時間も時間だし、作ろうと思うんだけど」

「えっ、なのはさん、料理とか出来るんですか?」

「纏くんは本当に、私を何だと思ってるの!?」

「仕事しか知らない人なのかとばっかり……」

「幾ら何でも、偏見が過ぎるよ……」

 

 これでも料理は好きな方なんだよ? と可愛らしく睨んでくるなのはさんであった。

 確かに、思い出してもみれば、玄関口で出会った時のなのはさんの手首には、買い物袋がぶら下がっていたような気がしなくもない。

 料理をしない人間であれば、まず食材を買ってくるという発想が無さそうなものなので、なのはさんの言うことはきっと本当なのだろう──と言う見方は、少々穿ち過ぎだろうか?

 シンプルに、なのはさんの言うことを信じる、で良いのかもしれない。

 

「し、信用無いな~……。私の両親、喫茶店やってるんだよ? 小さい頃からお手伝いしてたくらいなんだからっ」

「なるほど、なのはさんの社畜精神は、お父さんとお母さんに鍛えられたってことですか……」

「ちょっと? 纏くん?」

「全快したら土下座するので許してください……」

「もう、謝るくらいなら言わないのっ」

 

 まるで子供を叱るように、ピシッと言われる俺であった。

 これには流石に反省を重ねるばかりである。

 取り敢えず、これ以上迂闊なことは言わないよう、布団で口元まで覆ってしまえば、なのはさんは朗らかに笑って

 

「それじゃあ、台所借りるからね」

 

 と、頭を撫でてくれるのだった。

 こういう、何気ない所作でも人は恋に落ちてしまいそうになるのだな、とどこか冷静にそう思う。

 ……いや全然冷静じゃないな、これ。

 そもそも全く何気ないものでは無かったし、言ってしまえばこの状況は普通に異常である。

 何でなのはさんが家にいるんだよ。

 どう考えても都合の良い夢でしかないのだが、台所の方から料理音が響き始めた辺りで「現実なんだな、これ……」という実感が湧いてきてしまった。

 この部屋は安い家賃なだけあって、あまり広くは無いのだが、そのお陰でちょっと頑張ればなのはさんの後ろ姿が見えてしまうのが、それを後押ししているようだった。

 珍しくポニーテールにされている髪が、ゆらゆらと揺れていて、見ているのが何だか楽しい──というよりは、何だろうな。

 この部屋に女性を招いたことが、まず初めてであることを考えると、何もかもが新鮮であるように思えるのは仕方のないことであるのかもしれない。

 以前、スクライアさんを呼んだ時は、夜通しゲームで対戦しただけで終わったからな……。

 今思い返してみても、深夜に真顔で六タテしてきたスクライアさんは怖かったな、という感想しか出てこないのであった。

 だが、まあ、なのはさんに俺の家を教えたのは、間違いなくスクライアさんだろうから、文句なんて言えるはずもないのだが。

 むしろこの場合、感謝の言葉でも伝えた方が良いのかもしれない……なんてことをつらつらと考えながら、寝落ちするまではなのはさんを見守っておくか──と、思っていたのであるのだが。

 

「わっ、纏くんずっと起きてたの? もしかして寝苦しかったり、具合悪かったりした?」

「いや、何か……なのはさんのこと、ずっと見てたいなと思ってたら寝れませんでした……」

「……纏くんって、本当にそれが素なんだね……」

「……?」

 

 顔を赤らめたなのはさんに、ジト目をぶつけられてしまい、取り敢えず見つめ返すことしかできなかった。

 今更、そんなことを問わずとも、俺がそこまで器用な人間でないことくらい、知っているだろうに。

 出来れば二十歳までには、そのくらいの器用さを身に着けたいな、と思ったり思わなかったりする今日この頃である。

 

「でも、器用な纏くんって想像できない……というか、あんまりしたくないなぁ」

「どういうことなんですかね、それは……」

「どこか捻くれてるけど、やっぱり素直な纏くんの方が好きってことだよ──それよりほら、おかゆ作ったから、食べれるだけ食べよっか」

 

 と、そんなことを言いながら、半身を起こした俺に木製のスプーンを向けて来るなのはさんだった。

 しばらく何も言うことなく、スプーンとなのはさんを交互に見てみたのだが、特に何か変わることはなかった。

 ……何かなのはさん、俺にご飯与えるのが普通、みたいな価値観になってきてないか?

 いくら風邪とはいえ、ご飯くらいは自分で食べれそうなものであるのだが、まあ、今更こんなことで口論しても仕方が無いだろう。

 というか、意外と身体を起こしているのがしんどくて、無駄な体力を使いたくなかった。

 パクリと一口、いただいておく。

 

「! 美味しい……え? 美味しいな」

「嬉しいけど、本当に意外そうな顔しないでよ……」

「や、疑ってた訳では無いんですが……」

 

 おかゆって美味しいものなんだ、という発見を得てしまい、普通に感動してしまった。

 パクパクと、差し出されるおかゆを次々と胃に収めていけば、意外にも用意された分は食べ切ることが出来た。

 

「ふふっ、何か纏くん、雛鳥さんみたいだったね」

「そうなると、なのはさんは親鳥になるんですが……」

「纏くんのお母さんかぁ、それはちょっと嫌だね……」

「えぇ……まあ俺も、なのはさんの息子は絶対に嫌ですけど」

「え~、どうして?」

「俺はなのはさんの背中を追うんじゃなくて、隣に並びたいと思っているので」

 

 なのはさんは、俺にとって特別な人間だ。

 だからこそ、出来るのであれば頼り、頼られる存在でいたい──などという、実に傲慢なことを、考えていたりするのだった。

 もちろん、戦闘の話になれば、甘え倒す勢いで頼る側になってしまうのであるのだが……。

 局員と言えども、戦うだけではない。

 それ以外のところで──いや、他の点でもなのはさんは優秀であるのだが──まあ、困った時に話を聞けるくらいの立ち位置にはいたいと、そう思うのだ。

 この世には強い人も、優秀な人もいるが、完璧な人は存在しないのだから。

 

「へぇ……纏くん、そんなこと考えてたんだ」

「まあ、そうなれたら良いな~……くらいの、願望みたいなものですけどね」

「だとしても、うん、嬉しいよ」

「それなら良かったです……。ワンチャン、キモいかなと思っていたところだったので……」

「流石にそんなこと思うほど、私も性格悪くないよ……」

 

 大丈夫、本当に嬉しかったから、と頬を撫でるように手を当てて来るなのはさん。

 そのままスルスルと額にまで手は移動して、少しだけ難しい顔をしてから、ポンポンと頭を叩かれた。

 

「熱、まだ全然あるね」

「そりゃまあ、人間はご飯食べたからといって、急速に熱が下がるようには出来てませんからね……」

「うんうん、それじゃあ薬飲んで、後はゆっくり寝るとしよっか」

「えぇ……」

「不満そうな顔しないのっ」

 

 そもそも病人なんだから、当然でしょ、と怒られる俺であった。

 今日は正論で叩かれることが多い日だな、と何となく思う。

 まあ、起きていたところで、何かが出来るコンディションでもなさそうだから、そうせざるを得ないと言えば、そうであるのだが。

 とはいえ、寝れるのか? と問われれば、ちょっと分からないな、としか返せない感じでもあった。 

 それは食卓から、再びベッドの中に戻っても変わらずである。

 

「どうしたの? 具合、悪くなってきたりしちゃった?」

「いや、特にそういうのは無いんですが……その、ですね」

「う、うん……」

「そうやってなのはさんに見られてると、変に緊張して寝れないです」

「あ、あれー!? 私のせいだった!?」

 

 ご、ごめんねぇ、と申し訳なさそうにするなのはさん。

 

「あっ、でも私この前、人を落ち着かせる方法、テレビで見たよ」

「何か微妙に信用ならなそうなソース来たな……」

「にゃはは……まあ、物は試しってことで、どう?」

「まあ、別に良いですが……」

 

 というか、目をキラキラ輝かせながら見てくる時点で、断れるわけがないのであった。

 お好きなようにどうぞ、と伝えれば、なのはさんは小さく「やった」と言いながら、モゾモゾと布団に入り込んできた。

 

「待って待って待って待って、待ってくださいね。え? なに? 何ですか?」

「何って……実験?」

「なんの!?」

「だから、落ち着かせるための」

 

 あまり大きな声出しちゃダメだよ、と何故か注意される始末である。

 え? これ、俺がおかしいのか……? と思っている内に、おずおずとした様子のなのはさんに、優しく抱きすくめられた。

 なのはさんの体温が、直接伝わってくる。

 

「──……なのはさん?」

「人ってね、心臓の音を聞くと落ち着くんだって。どう? 安心してきた?」

「安心とは真逆の境地にいますが、寝れる気はしてきましたね」

 

 まあ、寝れるというか。

 失神に近いような気はするのだが。

 かつてないほどの早さで、心臓が激しく働いていた。

 

「纏くん。すっごいドキドキしてるね」

「……分かってるなら、やめてくださいよ」

「ふふ、ダーメ。今日はこうして、一緒にお昼寝しよ?」

 

 そう、なのはさんが小さく囁く。

 体調不良とは関係なく、熱が上がるような感覚がした。

 

「……風邪、うつりますよ」

「そうなったら、今度は纏くんが看病してくれたら良いんじゃないかな?」

「二人揃ってダウンしたらどうするんですか、それ……」

「んー……そうなったら、二人で休もっか」

 

 ね? と華やぐような笑みでなのはさんが言うものだから、俺もまた、無言で頷くしかないのであった。

 

「それじゃ、おやすみ。夜ご飯もちゃんと、美味しいの作ってあげるから、楽しみにしててね?」

「……はい、おやすみなさい」

 

 言われるがままに、目を閉じる──閉じざるを得ない。

 あのままなのはさんを見ていたら、本当になのはさんのことだけを考えるようになってしまいそうで、少しだけ怖かったから。

 ゆっくりと、無理矢理にでも自分を落ち着かせる──というのも、なのはさんの鼓動を聞いても、特に落ち着くことはなかったからである。

 なにせ、なのはさんの鼓動は俺と同じくらい、早かったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




高町なのはのヒミツ
 この日は夕方まで二人揃って熟睡したし、そのまま一泊した。
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