クロノ・ハラオウンは憧れの対象である。などと言うことを俺が考えていると知られたら、果たしてどれほど驚かれるだろうか──いやもう本当に、知り合いという知り合いに驚かれ、意外だと思われるような気しかしないのであるのだが、しかし、だからと言ってこれが大袈裟な表現であるのかと言われれば、全くそんなことはない。
むしろ、言葉が足りないくらいなのではないのかと、一抹の不安さえ過ってしまうくらいには、真剣にそのようなことを考えていた。
とはいえ、当然ながらハラオウン提督のその、類稀な社会への奉仕精神に感銘を受けたとか、恐ろしく高い戦闘能力に惹かれただとか、大きな責任を常に背負って行動している姿に感激しただとか、そういった理由ではない。
いや、もちろん、そういったところも尊敬に値する部分ではあるのだけれども、別にその辺はどうでも良いというか、『凄い』とは思うが『ああなりたい』と思える部分ではない──では、ハラオウン提督のどの辺に憧れたのかと言われると、いやはやお恥ずかしながら、上手く言葉に出来ないところでもあった。
しかし、そうは言っても、ここで一つも言語化しなければ、それは本当に、ただ何となくそう思っているだけと思われそうで気持ちが悪いので、そうではないことを証明する為にも、語るべきではあるのだろう。
漠然と、そう思うのではなく。
明確な形にすることで、確信を得る。
きっと、想い一つ、関係性一つとってもそれは共通していることで、だからこそ、難しくはあっても、時間がどれほどかかったのだとしても、納得のいく答えは出しておくべきなのだと、そう思う。
知り合い未満ならまだしも。
友人であると、そう呼べる間柄である人が対象であるのなら、なおさらのこと。
かといって、そんな覚悟を決めたところで、今すぐペラペラと口に出来るのなら苦労はしないというものであり、もっと言えば、いつからそのようなことを思い始めたのかも、思い出さなければならないところから、始めないといけないのだけれども。
憧れたというからには、自覚があるにせよ無いにせよ、何かしらのきっかけがあったと考えるべきであるのだから──と、まあ、そんな風に堅苦しいことを考えてはみたのだが、実際のところ、何か真面目ったらしい考えがあるとは到底思えない部分でもあった。
少なくとも、あれほどまでに勤労意欲に溢れたハラオウン提督を、真っ当な目線で見て憧れた……なんてことは、我がことながら有り得ないと思うから。
どれほど偉大な人を見ても、大体の場合は「はぇ~すげ~」で終わらせがちなのが、各務ヶ原纏という人間である。
それくらい能天気な人間であるのだから、きっと今回も、すぐさま明確な言葉にすることはできないのだろうな、などと思いはするのだが。
そうであっても、ハラオウン提督に憧れたことに間違いはなく、出来るのならば早く言葉にしたいと、そうとも思うのであった。
「きみ……各務ヶ原、か? 有り得ない……何故こんなところにきみが? もしかして、誰かに脅されでもしたか!?」
偶然にも出会ったハラオウン提督に、出会い頭にそのような心配をされた時の素直な感想は、「一度、この人の俺へのイメージを改めさせる必要がありそうだな」といったものであった──率直に言って、割と落ち込んだ。
百パーセント善意からのものであることが分かるだけに、落ち込みレベルはそれなりに高かった。
小隊指揮以上の資格を持つ局員のみが集められた、立食パーティ。あるいは、現在将来問わず、指揮官同士の交流を主とした、懇親会。
そんな、陽キャにしか許されていない感じの、フットワークの軽さを要求される招待が来た時は、もちろん、迷う余地なくゴミ箱にシュートするところであったのだが、フェイトさんに「纏もたまにはこういうの、行かないとダメだと思うな。ただでさえ、友達が少ないんだから……」という、あんたは一体俺の何なんだよ、みたいな台詞を吐かれてしまい、渋々と来る羽目になった結果がこれである。
いや、まあ、行くとなった以上は、知り合いの一人でもいなければ詰みだなとすら思っていたのだが──ご存知の通り、いつまで経ってもコミュニケーション能力が育たない俺であるので。
壁際で一人、気まずく黙々と飲み食いするだけの変なやつになる未来しか見えなかった。
それだけは何とか避けたかったところだったのだが、しかし、残念ながらそうなる可能性は非常に高く、いい加減、俺から見知らぬ誰かに話しかけるという勇気が必要なのかもしれないと、覚悟を決めつつやってきた訳であるのだが……。
会場に踏み込んだ瞬間にこれである。
抱いていた不安や気まずさなどは、一瞬にして掻き消えてしまった。
というか、脅されたって何だよ。
何を脅かされるんだよ、こんな懇親会でよ。
「何か事情があるのなら、話すと良い。僕はきみの味方だ、各務ヶ原」
「もしかしなくてもハラオウン提督、俺のことを不世出の引きこもりとかだと思っていませんか?」
「……本当に、何か裏があるという訳ではないのか……!?」
「うーん、俺への信用が低すぎる……」
いや、これはこれで、信用が途方もなく高いとも言えるのだが……。
明らかに積み重ねてきたものを間違った感が否めず、流石に自分を見直さなきゃないけないのかもしれない、と思わされてしまった。
最近気付いたことであるのだが、ただの罵倒より、純粋な心配の方が切れ味が鋭い。
どう考えても、心配されて傷つく俺側に問題があるのだが、それはそれとして泣きそうにはなってしまう俺であった。
「泣きそうというか、既に泣いてるじゃないか……あぁ、もう。ほら、これを使え」
「うお、良いんですか? 俺は鼻までかむタイプですが……」
「……洗って返せよ」
仕方がない、といった顔で、それでもハンカチを渡してくれるハラオウン提督であった。
何というか、怖いくらい前提に優しさがある人間なんだよな……これがハラオウン提督以外なら、代わりに何か要求されてしまうのではないかと、怯えてしまいかねないほどだ。
取り敢えず、目端から零れた涙を拭きとるだけで済ませておいた。
このハンカチはあと一度、涙腺が決壊した時に活躍することになるだろう。
「それで結局、きみはどうしてここにいるんだ──ああ、いや、出て行けと言っているのではなく、その……こういった催しに顔を出すような人間じゃないだろう? きみは」
「フェイトさんに……友達を作ってこいと言われまして……」
「……フェイトもまた、残酷なことを命令したものだな」
「ちょっと? それが今最も残酷な一言ですからね?」
暗に、俺がこういう場で友達を作るのは不可能だろう、と言われてしまい、早速ハンカチの出番が来てしまうところであった。
危ない危ない。
俺のことをよく理解しているが故の、心にスッと入り込んで来るナイフの如き一言である。
こんな場に来たら、間違いなく黒歴史に新たなページを加えてしまうことになるだろうと覚悟はしていたが、早速色々と刻まれることになるところであった。
「しかし、そういうことなら悪いことをしたな。流石にきみほど若い局員は見当たらないが、それでも歳の近い局員はいる。そちらと交流して来ると良い」
「そんな……! 俺を見捨てる気ですか……!?」
「どうしてそうなるんだ!?」
「俺が自ら、誰かと知り合えるわけないでしょう……! 最悪、本当に一人なら死ぬ気でいけましたが、ハラオウン提督がいたせいでもう、覚悟もやる気も折れました。責任くらいはちゃんと取って欲しいですね」
「何て情けないことを堂々と言っているんだ、君は……」
深々と溜息を吐き、呆れた視線をぶつけられるものの、真顔で受け止めていたら、ハラオウン提督はようやく折れてくれたようだった。
まあ、最近はしばらく話せてなかったから、ちょうど良い機会でもあるか……と、嬉しいことを言いながら、隣に並んでくれる。
「うん……?」
「? どうかしましたか?」
「いや──各務ヶ原、きみ、少し身長が伸びたか?」
「!!! やっぱりそう見えますか!?」
思わず、飛び跳ねる勢いで反応してしまう。
そう、そうなのである。
退勤直後、顔を合わせたナカジマ先輩には「え? 気のせいじゃないかしら?」という辛辣な反応をもらったばかりであるのだが、俺、ちょっと背が伸びたのだ。
毎朝牛乳を飲んでいた成果が、ようやく出てきてくれたのかもしれない。
フェイトさんやなのはさんを見下ろす日が来るのも、そう遠くは無いだろう。
「身長が伸びた時の目標が低レベル過ぎるだろう……」
「やれやれ、分かってませんね、ハラオウン提督は……何かしら話す度に、子供を相手するかのように頭を撫でられる俺の気持ちが分かりますか? 何かあったかい目線まで送られるんですよ……!?」
「いや、それは身長云々ではなく、きみの人柄の問題だと思うが」
「…………」
ぐうの音すら出ない正論を叩きつけてくるハラオウン提督であった。
いつも通りではあるのだが、そうだとしてももうちょっと遠慮の使いどころを覚えて欲しいところである。
というか、そもそも俺が子供っぽいのではなく、なのはさん達が大人っぽすぎるだけではないのだろうか?
明らかに十代とは思えないくらい大人びているだろう、あの人たちは。
「まあ、そこは僕も同意するところだが……だからと言って、きみが幼くないのかと言われれば、別にそんなことはないからな」
「は? 俺のどこが幼いって言うんですか……!」
「そうやってすぐムキになるところとか、かな」
「えぇ……それはちょっとズルじゃん……」
あまりにも鮮やかなカウンターすぎて、流石の俺もごねることすら出来なかった。
しかし、幼さ、か……。
改めてそう言った部分に焦点を当てれば、ハラオウン提督にそのような部分はあまり無いよな、と思わせられる。
俺より年上とは言え、ハラオウン提督もまた、管理局内で見ればかなり若い方である──だというのに、なのはさん達すら見守るような包容力や、いざとなった時の決断力は、お偉いさんとほとんど大差がない。
大人びているを通り越して、既に立派な大人と言えるだろう。
あるいは、老成していると言っても良いのかもしれない。
「良いわけがないだろう……何だ、きみには僕が、おじいちゃんに見えるとでも言うのか?」
「おじいちゃんって言い方可愛いですね」
「喧しいぞ……大体、きみは僕を過大評価しすぎだ。僕なんて、まだまだ若輩者さ」
「ハラオウン提督が若輩者だったら、俺は一体何を名乗れば良いんですか……」
「何だその謎の忖度は……」
「忖度って言うか、普通にハラオウン提督には及んでないので……」
割と真剣な悩みであった。
いや、まあ、確かに俺もハラオウン提督に倣い、若輩者を名乗れば、それで解決することなのかもしれないのだが……。
同じステージにいるとは、幾ら何でも思えない以上、少し以上の抵抗があった。
そもそも、憧れている人と同じ高さに立っていると思えるような人間は、探してもそうはいないだろう。
というか、そんな傲慢なことを思えている時点で、憧れてはいないのだと思う。
手を伸ばしても届かないところにあるものに、人は憧れと言う感情を持つものなのだから。
「……超若輩者とかでどうでしょう?」
「果てしなくアホさが上がったが、各務ヶ原にはお似合いなような気もするな」
「何かそう言われたら言われたでクソ腹立ってきましたね……」
「きみは少し、感情を自由に発露させすぎだ……」
完全に馬鹿を見る目を向けられてしまったが、反論する余地が一切無いせいで、真剣に見つめ返すことしか出来なくなってしまった俺であった。
我がことながら、流石にちょっとお馬鹿すぎる発言であったな、と反省しなくもないレベルである。
場の雰囲気にあてられて、少しばかり緊張しているのかもしれない──何せ、立食パーティなんて陽気な場は、当然ながら初めてだ。
「管理局に所属する以上、こういう機会は増えるだろう。きみの性質は良く理解しているが、折角だし、慣れておくくらいはすると良い」
「いや、仮に機会があったとしても、二度と来る気はないので慣れる気は毛頭ないですが……」
「ふっ、それでも良いが……そのままだと、僕にすらなれないぞ?」
まあ、僕になる必要は全く無いんだがね。なんてことを言いながら、ハラオウン提督は俺の頭を、数回優しく叩いてから去ってしまった。
その背中を眺めながら、言葉の意味を考える──いや待って? あの人さり気に俺を置いて行ったな?
追いかけようともしたが、普通に偉そうな人たちと話し始めてしまったせいで、割り込むことも出来ない。
その姿に、何となく「他の局員とも交流することだな」みたいなメッセージ性を受け取ってしまい、げんなりとしてしまう。
というのも、向けられる視線には、人一番敏感な自負がある俺である。
先程からチラチラと、不特定多数に見られているということは自覚していた……恐らくは、人気者であるハラオウン提督と、お喋りしていたからだとは思うのだが。
一人になった以上、あまり居心地は良くないな、などと思う──ハラオウン提督と話せただけで、来た甲斐はあったというものなのだし。
……うん、良し。
「帰るか」
「ダーメ。暇なら私に構ってや? まーといっ」
「ぐぇっ」
「ふっ、ふふっ、あははっ、"ぐぇっ"って、まるでカエルさんみたいな声出すやん、纏」
「誰のせいだと思ってんですか……」
「いややなぁ、私のせいだって言うん?」
「じゃあどう見たらはやてさん以外のせいになるんだよ……!」
何とか纏のせいってことにならんかなぁ? みたいな顔で見てくるはやてさんであった。
そういう目で見られると、あっさり「仕方ないですね……」と受け入れてしまいそうになるのでやめて欲しい。
「せやけど、本当に纏……なんやよね?」
「逆に俺以外の何に見えますか?」
「う~ん……目の隈が酷くて、あまり艶が無い黒髪で、如何にも友達いませんみたいな顔してる男の子、かなぁ」
「いやあの、誰も悪口を言えとは言ってないですからね?」
ただの端的な俺の外見情報だった。
こうして言い表されると、本当に冴えないやつである──というか、俺って友達いませんみたいな顔してるんだ……。
何か普通にショックだった。
そりゃ遠巻きにもされるというものである。
「悪口なんかやないよぉ、だって私、纏のそういうところも好きやもん」
「えぇ……流石に趣味悪くないですか?」
「そういうこと自分で言うん!?」
「え? そりゃ、まあ……」
当たり前だろう。
何だか、目の下に隈があるのも、髪の艶が無いのもいい加減見慣れてきたし、そんな俺も好きであるのだが、それはそれとしてここに来る前までは、そんなことも無かったのだ。
労働の"ろ"の字も知らない、ピュアッピュアな超健康優良児だったのである。
中学時代の写真を見たら「何かちょっと変わったな」と思わざるを得ないところだ。
俺よりずっと働いてるにもかかわらず、その美貌を一ミリも欠けさせないフェイトさん達が、何かどこかおかしいのである。
「あー……言われてもみれば、確かに研修時の纏はもうちょっと活き活きとしとったなあ」
「まるで今の俺は死んでるみたいな言い方するじゃないですか」
「死んでるって言うか、いつも死にそうな顔で仕事しとるやん……」
柔らかい笑みを浮かべる反面、無慈悲にも事実を突きつけて来るはやてさんであった。
しかし、そうは言っても、喜びを内側から発散しながら仕事をする人間なんているのだろうか? いや、いない。
思わず反語を使ってしまうくらいには、覚えがなかった──それこそ、なのはさんとかは若干、それに当てはまりそうな気はするが……。
まあ、別枠だろう、と思う。
彼女らは、誰かを救える力があることに感謝はしても、救わなきゃならない誰かがいることに、心を痛めるような人だから。
「ていうか、はやてさん、何か顔赤くないですか?」
「へ? せ、せやろか……」
「ええ、まあ、元が陶器みたいに白くて綺麗な肌してるから、大袈裟に見えてるだけかもしれませんが……」
「ひゃっ、ま、纏……?」
ちょっと失礼しますね、と頬に手を当てる。
それから、少しだけ距離を縮めてまじまじと、はやてさんの顔を見てみた。
熱でもあったら大変である──つい最近、体調不良で周りに迷惑をかけてしまっただけに、少しだけ敏感になっていた。
もし少しでも、気分が悪かったり、疲れているようだったら、すぐに帰すべきだろう。
ただでさえ、はやてさんは多忙なのである。
出来れば休める時に休んで欲しい、というのが素直な気持ちだった。
「ん……?」
「ちょ、纏。近い、近いて」
「や、暴れないでくださいよ、はやてさん……こっちは真剣なんですから」
「真剣って……」
まあ、もうええけど……と目線を逸らすはやてさん。
いつになく素直だなあ、なんて思いながらも、やっぱこれ熱とかじゃないな、ということに確信を得る。
「はやてさん……お酒飲みましたか?」
「あ、あははー……バレた?」
「いや、バレたって言うか……」
何か普通に、見りゃ分かるって感じであった。
ほんのりとアルコールの香りもするし、そもそもはやてさんはあまりお酒が強い人じゃない──十八の誕生日の時、気付いたら酔い潰れて寝ていたほどである。
人の膝の上ですやり始めるものだから、対処に困ったことも記憶に新しい。
つい最近まで日本で生きていた俺としては、「え? お酒と煙草は二十からなのでは!?」と思うところではあるのだが、ミッドチルダは十八でお酒が解禁されるとのことであった。
だから別に、悪いことでは無いのだが、はやてさんは若干気まずそうな顔で俺を見るのだった。
見た感じ、既に結構飲んでいそうなので、その辺に罪悪感とかを感じてるのかな、と思う。
「あんまり飲み過ぎないでくださいよ、ただでさえ酔っぱらった人ってお持ち帰りされやすいらしいんですから」
「あら、経験豊富そうなこと言うやん」
「軽い飲みの場で調子に乗せられて、グイグイ飲まされ理性が良い感じに緩んだところで連れてかれるんですって」
「ふふ、それどこ情報なん?」
「親父情報です」
「結構ガチなソース出してきたなぁ……」
これで俺は持ち帰られたんだ……と料理している母ちゃんを見ながら、語ってくれた日のことを俺は忘れない──は? 今気づいたけど親父の方が持ち帰られてんのかよ。
せめて逆だろ。
持ち帰られた親父を哀れむべきなのか、あの親父を持ち帰った豪腕を発揮した母ちゃんを尊敬するべきなのか、判断つかなかった。
何で俺はこんなタイミングで、両親について思いを馳せなきゃならないんだろうな。
「何か……纏のお父さんって、聞けば聞くほど"纏のお父さん"って感じするなあ」
「ちょっと? この流れで言われると、まるで俺がお持ち帰りされやすい、超チョロいやつだって言われてるように聞こえるんですけど?」
「うん、まあ、そう言っとるわけやからなぁ」
「こんなのもうただの暴言じゃん……」
せやけど事実やしなぁ、と微笑みを向けてくるはやてさんだった。
どの辺が事実なのか、軽く問い詰めたいくらいには事実無根であった──というか、俺はまだアルコールの類を摂取したことが無いのだから、強いか弱いかも不明なのである。
現時点で判明しているのは、はやてさんがお酒に弱いということだけだ。
「そうは言ってもアレやで? 私もちょっとは強くなったんよ?」
「ふーん……」
「あっ、信じてへんな~? これでも家族に色々と鍛えられてるんやから……見ときっ」
「あ、ちょっ、はやてさん!? 一気飲みはまず──」
制止空しく、はやてさんがグイッと杯をあおる。
深みのある赤色の液体が、コクコクという音と共に、瞬く間に消え失せた。
え、えぇー……。
「は、はやてさん? 大丈夫ですか?」
「ふ、ふふ……平気やって、ほら、な?」
「平気の意味って知ってますか?」
言葉とは裏腹に、全体重預けるかの如く寄り掛かってくるはやてさんであった。
えー……。
参ったなぁ。
そのつもりはなかったのだが、結果的に煽るような形になってしまった。
ヴィータ戦技教官にでも知られたら、空の彼方まで一撃でぶっ飛ばされそうで、今から震えてきた。
「あかん、どうしよう纏……」
「えっ、何ですか。吐くとか言わないでくださいね」
「いや、そんな気分が悪いとかやないんやけど……ただ、その、本当に立ってられなくってきてもうた……めっちゃ眠い」
「嘘だろ……あまりにも雑魚すぎる……」
まさか俺の人生ではやてさんにここまで「よわっ……」と思う日が来るとは思わなかった──いや、まあ、耐性の他にも、過労といった類の要因は間違いなくあるのだろうが。
とはいえ、じゃあその辺で寝ててください、と捨て置くのは非情というものだろう。
何かしらの事件に巻き込まれてもおかしくないというものである。
恐らくではあるが、いつも通り人脈を広げに来たのだろう、はやてさんには申し訳ないのだけれども、ここは帰るのが正解だろう。
どちらにせよ、こんな有様でまともな会話なんてできっこないのだろうし。
「はやてさん、おんぶしますよ。良いですか?」
「んー……嫌やぁ」
「ここまで来て嫌とかいう選択肢、存在するんだ……え? じゃあ何? 引きずるとかの方が良い感じですか?」
「何でそこで抱っこって選択肢が出てこないねん……!」
「えぇ……だって、恥ずかしいじゃん……」
別に誰もいないのであれば、飲み込める程度の羞恥であるのだが、ちょっとここには人が多すぎる。
しかもその全員が同僚、あるいは上司なのだ。
既にこの、どっからどう見てもしがみつかれている状況そのものが、誤解を生みかねないというのに抱き上げでもしたら、次の日の噂になるのは確定しているも同然なのであった。
ただでさえ、先程から向けられる視線の量が増加しているのだ。
あんまりそういうことをされると、今度は俺の具合が悪くなってきてしまうので、本当にやめてほしい。
因みに、一瞬目が合ったハラオウン提督には軽いウィンクを貰ってしまった。今度会った時はビンタくらいはしても許されるだろう。
「脇に抱える感じで妥協できたりしませんか?」
「そんなことされたら私、ほんまに色々と尊厳を失うことになると思うんやけど……」
「せめて、会場の外までは歩けませんか?」
「んー…………無理やなぁ」
「それ絶対嘘でしょ……」
支えさえすれば、歩けそうなものであるのだが、全然無理ですよ、みたいな顔をするはやてさんであった。
とはいえ、そう言われてしまえば強制するも難しいというものである。
く、くそっ。
「……後で文句言われたら本当に泣いちゃうんで、絶対に言わないでくださいよ」
「そんなん言う訳ないや──ひゃっ!?」
しなだれかかっていたも同然だったはやてさんを、グッと両腕で抱き上げる──所謂、お姫様抱っこをする。
いや、違う! 言い訳をさせて欲しい。
別に見栄を張った訳ではなく、普通に赤ちゃんみたいに抱き上げる方が、難易度が高いような気がした結果なのである。
それは多分、間違いでは無かったのだけれども、同時に正解でも無かったらしい。
注目が集まるのが良く分かり、急激に気持ちが悪くなり始めた──ので、もうさっさと出ることにした。
本来であれば、何かしらの挨拶等が必要だったのかもしれないのだが、それすら耐えられなかった俺は、はやてさんを抱えて足早に退場してしまった──その後。
何だかここまで来たら後にも引けず、はやてさんの家まで送り届けてしまった俺がいた。
軽い眠りから目覚め、俺の腕から降りたはやてさんが、玄関前にある数段の階段を上りながら言う。
「纏があんなに大胆な子だなんて、私知らなかったなぁ」
「や、大胆なことさせたのは、はやてさんなんですけどね……」
「ふふっ、そうやっけ?」
でも、ありがとう──と、はやてさんが言いながら俺の頭を撫でる。
一段下にいるせいか、完全に見下ろされる態勢だ。
「顔真っ赤にした纏、可愛かったで?」
「真っ赤だったのはそっちもでしょ……。はやてさんの方が、百倍可愛かったですよ」
「…………」
「え? な、なに? 急に無言になるのはやめませんか……?」
暗闇の中、いつか見たような怪しい瞳で睨んでくるはやてさんだった。
端的に言って、怖すぎである。
俺、何かしたかなぁ……。
「なあ、纏。ここの階段って、一段何cmやと思う?」
「とんでもない話の切り替え方しますね……まあ、15cmとか……?」
「おっ、ええとこ突くなあ──正解は、大体20cmや」
「はぁ」
何だかやけに満面の笑みで言うはやてさんであったが、だから何? みたいな話であった。
一段上にいるはやてさんは、実質身長170cmくらいとでも言いたいのだろうか。
未だに2cmほど160cmに届いていない俺に伝えるにしては、あまりにも残酷な現実過ぎである。
「ほな第二問や」
「まだあるんだ」
「キスするのに最適な身長は、何センチメートルか、知っとる?」
「は──?」
話しの舵の切り方がさっきから極端すぎない? と思ったが、しかしそれは声にならなかった。
少しだけ上にいたはやてさんの顔が近づいてきて──コツン、と額がぶつかり合う。
口元には、はやてさんの細い指があてられていた。
「十二センチメートル、なんやって。ピッタリこのくらいやね?」
「……冗談、ですよね?」
「ふふっ……今日は、な。お酒も入っとるし──だから、次や」
「つ、次って……」
「次は冗談にはならへんから、覚悟しといてな?」
ほな、おやすみ──と、はやてさんは軽い足取りで家へと入っていく。
一方俺は、完全に回らなくなってしまった頭を、何とか稼働させようとその場に突っ立っていたら、遅いご帰宅だったシグナムさんに不審者と間違われるのであった。
八神はやてのヒミツ
顔真っ赤にして帰ったところヴィータに本気で心配された。