少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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三人娘の中だと一番フェイトが好きです。


フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは破滅型限界年上おねーさんである。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンがクローンだと言われても、「はい、そうですか」と一言で吞み下すことはできなかった。

 この時点で俺は、管理局には様々な事情を抱えた人がいて、そんな人たちですらも埋もれてしまうくらい個性の強い人間が集まっていることを理解はしていたが、しかし実際に対面したお淑やかな金髪美女がクローンだと言われても、ミッドチルダジョークってやつ? としか思えなかった。

 もちろん、ミッドチルダジョークなんてものはない。

 役職は執務官。魔導士ランクはS+。年齢は十六。親友は高町なのはと八神はやて。そして、その正体はクローン。

 遊びの場でそう伝えられたのであれば、笑い飛ばしでもしたかもしれないが、如何せんそのような状況では無かったので真顔にならざるを得なかった。

 豊かなバターブロンドに、宝石のように深い輝きを秘めた深紅の瞳を持ち、確かにお人形さんのように整った容姿を持つ人なのだが、作り物であると言われても到底信じられはしなかった。

 本来のハラオウンさん──つまるところ、モデルとなったアリシア・テスタロッサという少女は、今からずっと昔に亡くなったらしい。

 享年は、五歳であったという──けれど、それを認められなかった人がいた。

 彼女の母親であり、ハラオウンさんの作り手(こういった言い方は正確ではなく、母と言った方が良いのかもしれないが)であるプレシア・テスタロッサという女性である。

 プレシア・テスタロッサはかつて、大魔導師と名を馳せ、かつ研究者としても偉大な人であったのだという。

 そんな彼女は、己のあらゆる研究成果、知恵、技術を総動員して、アリシア・テスタロッサのクローンを作り上げた。

 亡くなった娘の記憶を、クローンへと転写することで蘇らせようとしたのだ──無論、この場にハラオウンさんがいることから、それは失敗に終わったのであるが。

 とは言え、プレシア・テスタロッサの研究そのものは部分的には成功したことで、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという女性は完成した。

 

「そうは言っても、今のところは普通の人と違うようなところは無いんだけどね。でも、あまり他人に言うことじゃないから、自分からは言わないようにしてるんだ。だから、纏も内緒にしてくれる?」

 

 しーっ、と口に指を当てながら、何てことなさそうにハラオウンさんはそう言った。

 そう、こと今回に限っては別に、ハラオウンさんが自ら突然、脈絡もなく語り始めたことではない。

 ましてや「同郷のよしみだし」といったノリでつらつらと語り始めた、高町さんとも別だ。

 であれば何故こんなことになったのか。一言で纏めれば、ただの事故だ。

 候補生には──俺は執務官候補生であるので、他の候補生についてはそうではないかもしれないが──研修を通すことで、どのような類の事件等を担当したいか、また何故そう思ったのかを纏めたレポートを提出しなければならない。

 現在、まだ二か月目ではあるが早めに手を付けた方が良いだろうと思い、色々な資料を集めていたところ、一番俺の目を惹いたのが『クローン』というものだった。

 何故かと言われれば、地球出身である俺にとって最もファンタジーな言葉だったからであり、特にそれ以上の理由はない。

 ハラオウンさんと話していることから分かる通り、この時の俺の臨時的な上司はハラオウンさんであり、現役執務官である彼女の下でお手伝いをさせてもらっていたのだが、空いた時間で調べていたらタイミング良く──いいや、あるいは悪く、ハラオウンさんについての資料がヒットしてしまったという訳だ。一時的に貸与してもらったPCのアクセス権限が高めに設定されていたせいだろう。

 問題なのは、それが起こったのがハラオウンさんの真横だったということだ。

 一度表出してしまった動揺を隠せる訳もなく、ハラオウンさんに問い詰められた結果"仕方なく"といった雰囲気で話してもらったという経緯だった。

 

「それとも、やっぱり怖いかな。クローンって、纏の世界……地球じゃあまり馴染みがないもんね。あっ、もちろん、ミッドでもタブーではあるんだけど──あはは、何か、ごめんね」

 

 あからさまにハラオウンさんがしょぼんと項垂れる。

 まさか、初対面でこんなことになるとは思わなかった。これならまだ、高町さんの教導で死にそうな思いしていた方が良かったと思う程である。

 現在進行形で、胃が痛い。吐きそう。

 一応、フォローと言う訳でもないが、別に偏見のようなものは無かった。だから、怖い云々といった感情も特にない。

 ただ、何と言うか、ミッドの技術は凄いなぁ、程度にしか捉えていなかったのである。

 まだ調べ始めたばかりで、そもそもクローンといったものがどういった存在なのかも詳しくは知らないから、尚のことだ。

 だから、普通に返答に困った俺が、何とか絞り出した答えは実に陳腐なものであった。

 

「いやまあ、今のところ俺の中でトップクラスに怖い女性が高町さんなので、それを超えない限りは怖いとは思いませんけどね」

 

 ハラオウンさんがポカンとして、数秒経った後に「何それ」と吹き出すようにして笑う。

 なのはは怖くなんてないよ~、という朗らかな笑い声が小さな部屋に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 事件が起こったと言うので、早速現場に出ることになった。というか連絡が来た瞬間、問答無用でハラオウンさんが飛び出した。

 こういうのは普通の局員が出るべきもので、執務官が出る仕事では無いんじゃないかと思ったが、ハラオウンさん曰く「どんな事件でも、私たちにとって無関係なものなんて無いよ」とのことであった。

 高町さんと同じ社畜魂の持ち主だったらしい──というのは半分冗談で、実際手が空いてる時はこうして積極的に現場にも出なければならないとのことだ。

 別に手は空いて無かったと思うんだけどな……デスクワーク、超溜まってたじゃん。そんな思いを込めた俺の目線は、軽くスルーされてしまったが。

 ミッドチルダ首都:クラナガン郊外での殺人事件であった。

 深夜に管理局局員が、路地裏にて磔にされて殺されるという事件が相次いで起こっているという──前々から捜査は行われていたが、尻尾すら掴めずハラオウンさんが呼ばれたという訳だ。

 なるほど、これは確かにデスクワークとかやっている場合ではない。

 言われてみれば、ニュースで見たような気がするし、かなり大きな事件だ。

 十中八九、魔導師の仕業だろうというのが、先に捜査を行っていた局員たちの見解であった。

 ここまで手際よく、証拠の一つすら残さず連続で人を殺せる手段は魔法くらい、という話だ。

 そして当然、犯人はかなりの手練れ。

 はぁ~あ。マジで関わりたくないな。

 俺は内心深々と溜息を吐いた。

 もちろん、連続殺人なんて聞き捨てて良いような事件ではなく、仮にも管理局の一員としては解決してあげなければならないとは思う。

 けど、なぁ。

 普通に怖いんだよなぁ。

 

「纏、顔色悪いけど、どうかした? 具合でも悪い?」

 

 がっくりしていれば、ハラオウンさんがハンドルを握りながら聞いてきた。

 本当ならば部下である俺が運転しなければならないのだが、運転免許はまだ取得していなかったし、何よりハラオウンさんが「運転は任せて!」とお目目をキラキラさせながら言うものだから、断れるわけがなかった。

 聞けば、ドライブが趣味であるという。

 現場に向かうのは別にドライブでも何でもないが、そもそも運転すること自体が楽しいと思える人種なのだろう。

 仄かに香る陽キャオーラに目を焼かれかけたものだ。

 いきなり下の名前で呼んでくるし──何というか、名前で呼ぶことに拘っている節すら感じられる。

 フレンドリーすぎて逆にちょっと引いた。

 

「もしかして車酔いとかしちゃうタイプだった? 一旦止まろうか?」

「ああ、いや、大丈夫です。別に体調は悪くないです、むしろ絶好調なくらいですね」

「それなら良かったけど……でも、落ち込んでるようにも見えたよ?」

「……中々鋭いですね」

「えへへ、これでも人間観察には一家言あるんだ!」

 

 ふふーんと胸を張るハラオウンさん。思わず目を奪われそうになるのでやめてほしかった。

 というか、人間観察て。

 何かちょっと緊張してきちゃったじゃん。

 

「まあ、何て言うか、少し不安だなと思って。俺、現場に出るのこれが初めてなんですよ」

「あっ、そうだったんだ。ということは、これまではずっと教導?」

「教導と、後は資料整理とかが主でしたね」

「そっかそっか。それじゃあ、ちょっと大変だね……でも大丈夫。いい経験になるよう、私も頑張るから!」

 

 理想の上司を体現したかのような台詞を、当たり前みたいにハラオウンさんは言う。

 高町さんもそうであったが、十六歳にして人格が完璧に形成され過ぎだろ。

 一歳しか違わないのに、ここまで差があると何だか微妙な気分になってしまう。

 まあ余所は余所、うちはうち精神が大事だな。

 

「ハラオウンさんは今、一人で業務こなしてるんですよね。補佐とか付けたりしないんですか?」

「補佐かぁ……う~ん、前までは何人かいたんだけどね」

「あっ、今はいないってだけですか」

「うん、というか皆、仕事がキツ過ぎて三日くらいで逃げちゃったんだよね」

「ひぇ……」

 

 突然ブラックに染まり切ったエピソードが出てきて情けない声が漏れ出てしまった。

 え、なに? 執務官って、補佐ですらそんなに過酷な感じなの!?

 聞いてない聞いてない! おい、せめて職業紹介のところに書いておけよ!

 そんな労働環境なら、まだ武装隊とかに入った方がマシだ──と、慌て始めたら耐え兼ねたようにハラオウンさんが吹き出すように笑った。

 肩を震わせて、「ごめんごめん」と口にする。

 

「ちょっとした冗談なんだ。なのはから、こう言えば纏の面白いところが見れるからって聞いてて……ふふっ、赤くなったり青くなったり、纏は感情が顔に良く出るね」

「…………っ! マジで不覚だ……」

「あははっ、本当にごめんね?」

 

 楽し気な笑い声が車内に響く。

 あまりにも愉快そうなその声に、毒気を抜かれてため息を吐き出した。

 パシパシと両頬を叩いて、感情をリセットする。

 それはそれとして高町さんにはその内仕返しとかしなければならないだろう。

 

「揶揄うのもほどほどにしてくださいよね……ほら、もう現場つきますよ。笑い収めてください」

「ふ、ふふっ、うん。頑張る」

 

 頑張るじゃなくて今すぐ引っ込めてくんねぇかな。

 そんな思いは通じることなく、現場の局員に「何か面白いことでもありました?」と聞かれたハラオウンさんは顔を真っ赤にするのであった。

 

 

 

 

 言うまでもなく、俺は殺人事件に巻き込まれたようなことはない。

 であるからして、現場に着いて局員から話を聞いている間も、特にこれといった実感が湧いてくることはなかった。

 実際に見つけられた死体も、当然ながら然るべき場所に送られており、血痕等が残っているに過ぎない。

 被害者の数は、これまでに五人。男性が三人、女性が二人。全員が局員であり、致命傷は正面から受けた一撃と考えられている。それ以外の共通点は無いらしい。

 ここらには監視カメラもなく、魔力を感知するセンサーはあったものの記録は何も残っていなかった──つまり、ここに来て「本当に魔導師なのか?」という疑問すら出てきてしまった訳だ。

 最初から捜査にあたっていた局員もお手上げ──の、はずだったのであるが。

 現場に来て早々、幾つかの魔法を唱えたハラオウンさんは数回頷いた後に「あとはお任せください」とだけ告げて、他局員を帰してしまった。

 ポカンとする間もないほどの超スピード解決である。

 え? マジで何なの? 何をして何が起こったのかすら分からなかったんだけど。

 

「あはは、いやいや、私だって全部分かった訳じゃ無いよ。ただ、手練れの魔導師であるのは明らかだったから……これ以上、犠牲者は出したくないし」

「? 魔導師であると決まった訳じゃ無いんじゃ? センサーにも検知されていなかった訳ですし」

「うん、そうだね。でもここの区域に設置されているセンサーはもう随分古いものだから、それなりの技術がある魔導師なら欺くのも可能なんだ──それに、そもそも"どのように犯行に及んだか"は私たちにはどうでも良いから」

「……?」

 

 どうでも良い、とは流石に言い過ぎでは無いだろうか。

 こと、どのように行ったかについては、それだけで犯人を特定する大きな要因になるのではないかと思う……の、だが。

 

「その考え方はちょっと、地球の常識に引っ張られ過ぎかな。ミッドは魔法の世界だよ。

 どれだけ不可能に思える犯行でも、"魔法でやった"の一言で終わってしまう──だから、私たちにとってHow done it(どうやったのか)はそこまで重要じゃない。

 考えるべきは、Why done it(何故やったのか)。そこさえ分かれば、自ずとWho done it(誰がやったのか)も見えてくる」

「……そうは言っても、難しくないですか? こと今回に至っては、加害者の候補すら上がっていないんでしょう?」

「それはまあ、そうなんだけどね。でも今回、犯人の狙いはある一点において、明確でしょ?」

「──全員が、局員であること?」

「そう。そして被害に遭った局員の階級は一人ずつ高くなっている」

 

 言われてから、慌てて手渡された資料を捲る。

 最初の犠牲者である女性は、俺と同じ候補生だった。その次の男性は嘱託局員で、更に次の男性は三等陸士。次に二等空士の女性が被害に遭い、そして今日発見された男性の階級は一等空士であった。

 なるほど、確かに一つずつ階級が上がっている。

 だからと言って、これが何かしらの手がかりになるのかと言われれば、どうにもそのようには思えなかった。

 いや、こうして教えてくれているということは、あるのだろうが……。

 

「この事件の話を聞いた時にね、一つ疑問があったんだ」

「疑問、ですか?」

「うん。どうして被害に遭った局員は例外なく、磔にされたんだろうって」

「それは……」

 

 確かに、磔にするという行為はどう考えても手間だ。脱力した人というのは想像より遥かに重い。

 ここまで被害に遭った五人の局員の致命傷は正面から受けた、心臓を穿つ一撃である。

 死体をわざわざ路地裏に磔にするなんて行為は、犯人にとってもあまり都合の良いことではないはずだ。

 とは言え、相手は人殺しを連続でするような奴である。

 頭がおかしいやつなんだろう、と簡単に納得できてしまうことだった。

 

「そうは言っても、狡猾ではあるよね。ここまで徹底して証拠は残していないんだから……少なくとも犯人に捕まる気は無い。けれど、リスクを負ってでも被害者を磔にしている」

「要するに、磔にすること自体が、犯人にとっては重要なことだって言いたいんですか?」

「むしろ私にはそれこそが目的なように見えるかな──そう考えると、磔にする理由ってあまり多くは無いよね?」

「まあ、そうですね……一番パッと思いつくので、自己顕示とか?」

「ん、私もそう思った。纏と私、結構相性良いのかもね」

「何ですかそれ……」

 

 軽々しくそういうことを言わないで欲しかった。

 十五歳の男児には刺激が強すぎる。

 勘違いしたくないのに、してしまうことほど屈辱的なものはないのだ。

 

「相性はともかく、流石に即決するには証拠が無さすぎませんか?」

「これだけなら、ね。でももう一つの共通点も考慮すれば、あながち間違いではないかなとも思うんだ」

 

 もう一つの共通点──もちろんそれは、階級が一つずつ上がっているという点だ。

 少しだけ顎に手を当て、考える。

 

「より強い相手を倒すことで、己の強さを証明している……?」

「証明というよりは、管理局そのものに対するメッセージ、かな。管理局め、調子に乗るなよ~、みたいな」

「凄いふわっとした理由だ……」

 

 口調までふわふわしているせいで、むしろ可愛さが目立っていた。

 もちろんそれはハラオウンさんの台詞だったからであり、実際犯人から聞いたら俺は怯えるくらいはしてしまうのだろうが。

 しかし、思いのほか反論が思いつかない──当然ながら、全肯定するつもりは毛頭ないのだが(というかこの時点でしてしまうようなやつは局員に向いてないだろう。答えは一つとは限らない)意外と筋は通っている。

 数回吟味してから、可能性の一つとしては充分あり得る、という結論に至った。

 それにしても、現場に来て、局員から少し話を聞いただけでハラオウンさんは一瞬でここまで思い至ったのだろうか。

 言われてみれば特に複雑な話でもなく、むしろ王道すぎるくらいの理由ではあると思うのだが、混乱も何もなく冷静に、かつ一瞬でここまで考えられたという点が凄まじい、と思う。

 あと一歳、俺が成長してもそうはなれないだろう。

 そんな俺を後目に、

 

「さて、それじゃあ早速検証するとしよっか」

 

 と、ハラオウンさんはとても自然に笑んだ。

 

 

 

 

 結論から言わせてもらうと、ハラオウンさんの推理は完璧に当たったという訳ではないが、しかし全く違ったという訳でも無かった。

 というよりは、重要な部分はきちんと当たっていた──ここで言う重要な部分とは、即ち被害者の階級が一つずつ上がっているという点である。

 次に狙われたのは、とある陸曹の女性であった。

 管理局に通っている陸/空曹の中で、唯一路地裏を近道として利用しているその女性に協力を仰ぎ、張らせてもらったところ見事に犯人は釣れたという訳だ。

 この時俺は、初めて張り込み捜査というのを経験したが、これは想像を遥かに超えて疲労する仕事だ。

 単純に息を抜いている暇がないし、またいつ襲われるか分からず、もしその時が来たら身を挺してでも飛び出さなければならない状況というのは酷くストレスだった。

 ハラオウンさんが色々と気を遣ってくれなければ、普通に翌日寝込んでいた自信があるくらいだ。

 まあ、気を遣うというよりは甘やかしてくれるといった感じで、それはそれで気まずかったのであるが。

 当たり前みたいに膝枕しようとするのやめて欲しい。

 ガチで惚れそうになる。

 

「来たよ纏! 出て!」

 

 深夜。午前零時二十四分。

 そんなことを叫び、飛び出したハラオウンさんは一瞬にして犯人の打ち出した魔法を破壊し、そのまた僅か数秒後には接触。

 瞬きする時間すら与えず手錠をかけることで、犯人を捕まえてしまった。

 流石、というか。最早言葉も出ない、というか。

 正しく雷の如し超スピード逮捕である。

 捕まった犯人でさえ、何が起こったのかも分からず署に連行されるまで「????」と疑問符を出しっぱなしだった。

 実際、一から十まで見ることが出来ていた俺でさえ、ハラオウンさんが俺にエヘ顔ピースしてくれるまで我に返れなかったのだ。

 これが執務官。これが空戦ランクS+──即ち、管理局内でも最強クラスの魔導師の実力。

 暗がりとは言え、一等空士を真正面から一撃で打ち破った手練れの魔導師ですら戦闘というステージに立たせない。

 格の差というよりは、次元が違う。

 なるほど、高町さんの親友な訳だ、と深い納得を得た──その後。

 俺は今回の事件の顛末を纏めた報告書作成と悪戦苦闘していた。

 もうめんどくせぇからハラオウンさんが全部何とかしてくれましたじゃダメかな。ダメですね。俺どころかハラオウンさんまで怒られてしまう。

 流石に迷惑をかける訳にはいかないよなぁ、と伸びをすればデスクにコン、とマグカップが置かれた。

 

「ふふ、お疲れ様、纏。報告書は順調?」

「まあ、それなりってところですね。ありがとうございます」

 

 礼を言ってから口をつける。芳醇なコーヒーの香りが鼻孔を満たし、ほろ苦い──

 

「んぶっふ、あっま。え? 何この……え? 本当に何? 毒?」

「失礼だなぁ、ちゃんとコーヒーだよ。……ちょっと私好みに、手を加えてるけど」

「ちょっとで済ませられるレベル越えてんぞ」

 

 口の中超じゃりじゃりいってんだけど。

 良く見ればマグカップ内の液体は如何にも「甘いです!」と自己主張しているかのようなコーヒー牛乳色だった。

 何入れたらこうなるんだろうか。というか若干ドロついてるのは何? 怖くなってきた。

 

「えっとね、牛乳を少しだけ足して、スティックシュガー三本と、練乳を少しと……」

「待て待て待て待ていや待ってください。なに? 健康破壊飲料とかを嗜んでる感じですか?」

「健康破壊飲料!? ち、違うよ~。纏、知らないの? 糖分は脳みそに素早く届いて癒してくれるんだよ?」

 

 ふふん、とご立派な胸を張るハラオウンさん。もしかして馬鹿? と言わなかった自分を褒めたかった。

 何だろう……この、小さな子供を相手しているかのような感覚は。

 もしかしてこれを愛飲しているというのか?

 

「一日、二~三杯くらいかな。これ飲むと徹夜でもよ~し、やるぞ~って気になるんだ」

「……? 何? 希死念慮とかでもあるんですか?」

「!? そんなこと無いよ!? 生きる気満々だよ!」

「いや、それにしては身を削り過ぎでしょ……。ちゃんとご飯とか食べてますか?」

「だ、大丈夫だよ。これでも、その、えっと、一日二食は摂るようにしてるし。ほらっ」

 

 言いながらハラオウンさんはデスクの引き出しをガララッと開けた。そこから出てきたのは大量のカップ麺と菓子パン。

 マジかよ。信じたくない感じの光景だった。

 このままでは「俺の上司が食生活破滅的な限界年上お姉さんだった件について~普通にこのまま病気になって死にそう~」が始まってしまう。

 管理局の上司共はこんなんばっかりかよ。いや、高町さんは辛うじて食堂利用してたけど。

 

「……俺、知っての通り最近は弁当作ってるんですけど、ハラオウンさんの分も用意しますよ」

「えぇ!? 良いの──ってそうじゃなくて、大丈夫だよ。そんな負担させられないよ~」

「いや、一人分も二人分も大して変わらないんで。あと俺の担当してる間にぶっ倒られたら超迷惑なんで……」

「ふふふ、素直に心配してるって言ってくれれば良いのに」

「何なのこの人?」

 

 マジではっ倒したくなってきた。

 がるるるるーっと睨み付けてみたが、ハラオウンさんは特に笑みを収めることはない。

 この人、俺と話してる間ずっと笑ってないか?

 

「なのはがね、纏はひねくれ者だよって教えてくれたんだ。ふふ、本当にその通りだなって思って」

「また高町さんかよ……! あと俺は特に捻くれてないです。超普通」

「そういうところだよ──でも、ありがとね。纏のお弁当楽しみだなぁ」

 

 些かどころか、流石に踏み込みすぎな発言だったかと思ったが、意外にも好感触で胸をなでおろす。

 これで断られていたら普通に枕を涙で濡らしていただろう。

 昔からこう、思考を挟まずに言葉にしてしまうところがあるんだよな。

 何度も後悔しているので、なるべく無くそうとしているのだがやはり咄嗟に出てしまうものは仕方がなかった。

 

「ま、そこまで期待しないでおいてください」

「ん-ん、期待するよ。その為に今日のお仕事頑張るんだから!」

 

 纏も頑張ってね、とだけ告げてハラオウンさんは自身のモニターへと向き直る。

 何とも切り替えの早い人だ。

 早速カタカタと鳴り始めたタイプ音を少しだけ耳に馴染ませてから、俺も報告書へと向き合った。

 その翌日。お昼時。

 午前の業務を見事片付けた俺達は向かい合って座っていた。

 

「いただきます!」

「はい、召し上がれ」

 

 テーブルの上に並んだのは二つのお弁当だった。特に大きさに違いはなく、差異があるとするならば色くらいだろうか。

 俺の方が白で、ハラオウンさんの方が黒だ。そうした理由は特にない。

 今更だけどこれで中身まで同じ弁当とか、明らかにカップルのそれだな。

 ここがハラオウンさんの部屋で良かった。……いや、良かったのか?

 改めて二人きりだと考えると、かえって良くないような気がしてきてため息が出た。

 それも、目を輝かせたハラオウンさんによって払拭されたのだが。

 

「お、美味しい……美味しいよ纏! 最近食べたものの中で一番美味しい~!」

「そりゃ良かったです。まあ、比較対象がカップ麺だと考えると若干複雑ですけど」

 

 それでも、まあ嬉しくはあった。

 人に褒められるというのはどのような事情であったとしても、基本的には喜ばしいものだ。

 

「待ってごめん。久し振りのまともなご飯で、何か泣けてきた……」

「うわ、嘘でしょ。ちょっとやめてくださいよ、ほら」

 

 本当に涙目になってきたハラオウンさんに慌ててハンカチを渡す。

 ハラオウンさんは曖昧に笑って涙を拭った。

 

「纏……私に一生弁当作ってみない?」

「マジですか? 一生養ってくれるなら幾らでも作りますよ」

「それは……アリだね」

「!」

「全然アリじゃないし各務ヶ原くんも"!"じゃないよ!?」

 

 すわ専業主夫計画、復活か!? と思ったところで、扉が開いて高町さんの声が響いた。

 ズンズンと入ってきた高町さんは「もうっ」と頬を膨らませた。

 

「フェイトちゃんはその場の勢いで凄いこと言わないの!」

「なのはぁ……でも、纏のお弁当美味しいんだよ?」

「た、確かに美味しそうだけど……そういうのは気軽に決めちゃダメなの! あと各務ヶ原くんもシームレスにヒモになろうとしない!」

「合意の上なら良くないですか?」

「ダメなものはダメです!」

 

 ペシペシと頭を叩かれる。

 どんな言い訳も通用しない感じだ。

 お前の言うことは全部否定してやるぜ、と言わんばかりの眼してるもん。高町さん。

 

「ま、それなら仕方ないですね。この話はまた今度……」

「させません! も~、しっかりしないと次の教導、もっと厳しくするよ?」

「死刑宣告かなんかですか?」

 

 あれ以上は本当に死ぬのでやめて欲しい。

 嫌すぎて遠い目をしていたらハラオウンさんがよしよしと頭を撫でてくれた。

 おいマジでやめろ本当に惚れる。

 

「それより、なのははどうしたの? 何かあった?」

「あっ、そうそう。それなんだけどね、この前の事件で聞きたいことがあって──」

 

 あれだけ姦しかったのに、一瞬にして仕事モードへと入る二人。

 お昼休憩まで仕事熱心な人たちだなぁ、と暢気に食べ進めていたら「纏も来て!」と言われ、中断せざるを得なくなってしまった。

 ため息を一つ。ちょっと真剣に進路考え直した方が良いかなと、少しだけ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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