少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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どうしてもビックリさせたかったので更新です。寿命を削ってしまったので本当に次の更新は一~二か月後になるかと思います。


シャッハ・ヌエラは武闘派なシスターである。

 シャッハ・ヌエラは数少ない聖王教会のシスターである。と、一言でまとめてしまうと、まるで彼女が如何にもテンプレート的な、お淑やかかつ気品があり、暴力や諍いを嫌う聖女を思い浮かばせてしまいそうなので、予め言っておくと、そういう期待はしない方が良い。

 いや、いいや。

 こう言ってしまうと、最早人ではなく野生のゴリラを連想させてしまいそうなので、もう少しだけ言葉を付け加えておくのだが、シャッハ・ヌエラは模範的な修道女ではある。

 規律には厳しく、礼儀はなっており、基本的に温和かつ、生真面目。

 要素だけ抜き出せば本当に 非の打ちどころがない人間であり、実際に対面してもその感想は変わらないだろう。

 であれば、何がどう違うのかと言われれば、シャッハ・ヌエラは近代ベルカ式の使い手であり、同時に陸戦ランクAAAの魔導師なのである、と言えば分かるだろうか。

 あるいは、もっと直截的に、彼女はシグナムさんの戦友であるのだ、と言っても良いのかもしれない。

 古代ベルカ式の使い手であり、現代に蘇ったベルカの騎士であるシグナムさんと、近代ベルカ式の使い手であり、現代を生きるベルカの騎士であるシスターシャッハ。

 気が合わないわけがなく、互いの性質が似ているのは当然と言っても良いのかもしれなかった。

 つまるところ、シャッハ・ヌエラはバリバリの武闘派なのである。

 一定のラインを越えたら普通に拳を振り抜いてくる系シスターであり、大体の場合は痛みと共に教えを刻み込んでくるタイプの人間だった。

 もちろん、そんな不躾なことを遠慮なく言ってしまえば、シスターシャッハには

  

「ひ、人聞きの悪いことを言うのはおやめなさい! 纏が悪いのですよ!?」

 

 と、これ以上ないくらいのド正論を、キレ気味にぶつけられてしまうので、口が裂けても言えないのだが。

 とはいえ、シスターシャッハは自身の教育方針を"武闘派"であると宣言しているのだから、いまさら何を取り繕うつもりなんだろう、と思うところではあった。

 これで教え方が普通に悪く、ただ殴るだけみたいな中身だったら、軽く訴えられてもおかしくないレベルである──そう、シグナムさんと違い、シスターシャッハは普通に教え上手なのである。

 どのようなことであっても、的確な助言と共に、根気よく付き合ってくれる彼女は、ある意味一流の教師と言えなくもないだろう。

 言わば、なのはさん級の教え上手である──相手の限界を見極めて、ギリギリのラインを攻めてくる辺りはそっくりだ。

 優秀な教官と言うのは、得てしてそういったスキルを習得しているのかもしれない……と、手放しに褒めそやすと

 

「それほどでもありません。非才の身ながら、色々と工夫しているだけです」

 

 なんて、あんたが非才なら全人類非才だよ、みたいなことを、謙遜ではなく本気で言いかねないのだが。

 そんな台詞にも、一切の嫌味を感じさせないのが、シスターシャッハという現代の騎士である。

 

 

 

 

「おや、そこにいるのは纏ですか? ごきげんよう、元気にしていましたか?」

 

 肌寒いを通り越した冷風を以て、ようやっと本格的な冬の到来を感じさせられる、十一月後半。

 ちょっとした調べ物で寄った聖王教会で、借りた資料をそのまま資料室で頭に叩き込んでいたところ、シスターシャッハを見かけてしまい、反射的に身を隠そうとしたのだが、シスターシャッハは獣じみた察知能力を発動させて俺へと声をかけてきた。

 明らかに俺の方が先に見つけたのに、俺が動く前にこちらに振り返ってくるのは、ちょっと人間業じゃないよな……などと思いつつも、表情を押し殺して返事をする。

 

「お、お久しぶりです、シスターシャッハ」

「そうも露骨に嫌そうな顔をされると、幾ら私でも傷つくのですが……」

「いや、これは嫌そうな顔じゃなくて、貴女にボコボコにされた時のことを思い出している顔です」

 

 それはそれで嫌ですね……といったような、不満げな顔をするシスターシャッハだった。

 まったく、失礼な人である。

 俺がシスターシャッハのことを嫌いなわけがないだろう──いや、隠れようとしておいて何を、という話ではあるのだが。

 しかし、言い訳をさせて欲しい。

 シンプルに上司という訳ではなく、けれどもお世話になったことのある人に、自分が真剣に仕事をしている姿を、ぜひ見せたいと思う人などいるのだろうか?

 少なくとも、俺は若干の恥ずかしさが先立つタイプであり、だからこそ、ちょっとだけ席を離れようとしたのだが……。

 シスターシャッハの野生の勘には敵わなかった、という経緯であった。

 

「今更、何を恥ずかしがるというのですか……。私は貴方の号泣している姿だって、今でも昨日のことのように思い出せるのですよ?」

「そんな、記憶に焼き付くほど泣いてはいないでしょうが……!!」

「いえ、一日一回ペースで泣いていたと記憶していますが……」

「…………」

 

 言われてもみれば、そうだったような気がしないでもない俺であった。

 思い返せば思い返すほど、記憶に色濃く残っているのは、俺の小細工を全て真正面から破壊した上で放ってくる、シスターシャッハの一撃ばかりである──と、ここまで言えば分かるだろうが、シスターシャッハは、俺に戦闘を教えてくれた魔導師の一人である。

 かつて、ナカジマ先輩に成す術なくボコボコにされた時、あまりの悔しさの末に頼ったのが、シスターシャッハだったという訳だ──当時の俺は、どうしても近代ベルカ式への対策が欲しかったのだ。

 今にして思えば、本当に俺か? と疑ってしまうくらいには、精力的な行動である。

 とはいえ、もう少し詳細なことを言うと、シグナムさんに連行されたようなものではあるのだが……。

 とにもかくにも、本当に短い期間ではあるのだが、その間俺は、シスターシャッハに毎日泣かされていたという訳である。間違えた、鍛えてもらっていたという訳である。

 

「しかし、疑っていたわけではないのですが……こうして見ると、やはり驚いてしまいますね。毎日アレほど泣いていた貴方が、こうも立派に仕事をしているだなんて」

「いや、それだってもう、一年以上前のことですからね……。そりゃ、俺だって多少は成長してますよ」

「そのようですね──ですが」

 

 ピタリ、と俺の腕をシスターシャッハが取る。

 それからペタペタと不躾に、俺の胸やら足やらを、まるで触診でもするかのように触り始めたのだった。

 え? 何? これは……。

 意味不明過ぎる挙動に、俺は思わず静止したのだが、シスターシャッハは意に介することも無く、「ふむ」と顎に手を当てるのだった。

 

「鍛錬を怠っているようですね、纏」

「!? な、何故それを……!?」

「おや、冗談のつもりだったのですが、本当に怠っていたのですか?」

「…………引っかけ問題は卑怯だと思います! もう怒った、俺は帰らせてもらいますからね!」

「逆ギレして有耶無耶にしようとするのはやめなさい……」

「ぐぅ……」

 

 襟を掴まれて、脱出を阻止される俺であった。

 結構本気で抵抗したのだが、微動だにしなかった辺り、シスターシャッハの筋力が分かるというものである。

 魔法抜きで喧嘩しても一方的にボコられる自信がある。そのくらいの力強さだった。

 しかし、このまま諦めてしまっては、シスターシャッハによる教育的指導(武闘派)が始まってしまうのは、火を見るよりも明らかである。

 そ、それだけは嫌だ……。

 まだ死にたくない……。

 

「ふー……仕方ないですね。言い訳を始めようかと思います! 良いですか?」

「聞くだけ聞きましょう。ですが……」

 

 嘗めたこと言い始めたら、即座に連行するからな、とシスターシャッハの目が如実に物語っていた。

 やれやれ。

 教育熱心なのは良いが、ほどほどにしてほしい限りだな、と切実に思いながらも、お互い向かい合うように席へとついた。

 こほん、と咳払いをする。

 

「ほぼ常時徹夜状態の俺に、シスターシャッハ式の自主練は無理です。一回試しましたが、吐いて気絶しました」

「!!? まずはいい加減、徹夜をするのをやめなさい!! どうして貴方はそう、何事も"まだいけそうだな"と欲張ってしまうのですか!」

「いや、違うんですよ。二徹までなら人間、意外とコンディションは保て──」

「──ません! 何を言っているのですか!? 健全なる精神は、健全なる肉体にこそ宿るのですよ?」

「急に何の話?」

 

 そんな、遠回しに"貴方は病んでいます!"みたいなことを言われても、困惑するしかなかった。

 そりゃあ、確かに身体は完全に健康体であるとは言えないかもしれないが、少なくとも、精神はかなり安定していることに定評のある俺である。

 というか、そうでもなければ、何日も寝ずに活動など出来るものか、という話だった。

 

「違うでしょう。貴方は普通じゃないからこそ、活動出来ているんです」

「……つまり、俺は特別な人間だった……!?」

「どうしてそこで目を輝かせるのですか!? 褒めている訳ではありません!」

「じゃあ、どういうことだって言うんですか……!」

「そうですね……敢えて言うのならば、特別ではなく、変なのです」

「思ってたより低評価だったな……」

 

 似たような言葉なのに、どうしてこうもニュアンスが変わるんだろうなぁ、とひしひしと思う。

 せめて、もうちょっとこう……異質とか言ってくれれば格好がついたのに……。

 変と言われてしまえば、もうそれだけで間抜けなイメージしかつかないのであった。

 冷静に考えなくても、失礼な評価である。

 

「では、端的に言いましょう。貴方は普通の感性をしているはずなのに、周りの人によって捻じ曲げられているのです。だからこそ、普通じゃないことが、普通に見えている」

「おっと、フェイトさん達の悪口ですか? いくらシスターシャッハでも、流石に聞き捨てならないですよ」

「違います……良いですか、纏。ハッキリと言いますが、普通の局員は残業はすれども、徹夜なんて滅多にしないのです」

「!!?」

「ましてや、それが常態化しているところなど、探しても普通は無いほどです」

「う、嘘だ……俺を騙そうとしていますね!?」

「本当に、そう思いますか?」

 

 見てるこっちが浄化されそうなくらい、曇りなき眼を向けて来るシスターシャッハであった。

 これは流石に疑えない。

 もしもこれが嘘だとしたら、俺は金輪際、人間を信じられなくなるだろうと思ってしまうくらいには、真っ直ぐな瞳である。

 とはいえ、にわかには信じがたい話ではあるのだが──いや、あれ?

 そういえば、ハラオウン提督のところや、ナカジマ先輩のところに行った時は、基本的には定時で上がれていた気がしないでもない。

 何ならナカジマ先輩には、「無理はしないで、出来れば早く帰ってほしいのよね」といったようなことを、言われた記憶すらあった。

 割とストレートに「邪魔だ」と言われてしまった……と当時は落ち込んだものであるのだが、そういうことでは無かったのかもしれない。

 

「え? ちょっと待ってください。これじゃ本当に、フェイトさんがおかしいみたいじゃないですか……!」

「……おかしいというより、少し、頑張り過ぎなのです」

 

 目を逸らしたシスターシャッハによる、精一杯の擁護であった。

 明らかにフォローしきれていないのだが、シスターシャッハの優しさは存分に感じられる一言だった。

 しかし、そうか……。

 普通じゃないのか。

 いや、確かに、何日も徹夜するのは常識的ではないだろうとは思っていたのだが……。

 周りにいたのが、仕事終わりに訓練を始めるエースオブエースや、書類の山に溺れる出世頭、そして我が敬愛すべき上司といった面子なのである。

 どうにも、比較対象が悪かったらしい。

 

「……ちょっと、働き方考えます」

「是非そうしてください。そして、まずはちゃんと寝るように。そう明らかに寝不足そうな顔をされると、心配にもなります」

「えぇ……そんな顔してますか?」

「ええ、死人のような顔色になっていますよ」

「……」

 

 死人って……。

 最近は目つきが悪いとも言われるし、プライベートで通報されないよう、本格的に気を付けなくてはならないかもしれない、と強く思った。

 

「そういう訳ですので、少しくらい休んでいったらどうですか? 今日は急ぎでは無いのでしょう?」

「急ぎじゃないって言うか、暇潰しみたいなもんですね──ただ、これお借りしちゃったので。返しに来るのが面倒なので、今日中に頭に入れときたいんです」

「これ、と言いますと……ああ、聖遺物に関してですか」

「はい──いい加減、遺物周りの知識を仕入れないとヤバいな、と思いまして……」

「ふふ、勉強熱心ですね」

「まあ、ダイレクトに命にかかわってきますからね……」

 

 ロストロギアに関わらず、遺物というのは大体の場合において危険なものだ。

 下手に触ってドカン、といくこともまあ、なくもない。

 その辺、多少なりとも知識があれば、上手いこと対処できるチャンスがあるのでは、と思った次第であった。

 まあ、役に立つことなんてそうはないだろうが……。

 何も知らないよりはずっとマシだろう。

 

「それではこうしましょう、纏」

「?」

「貴方はこれからきっかり一時間睡眠を摂りなさい。その間に私の方で、この資料をまとめて写したものを用意して差し上げます」

「!? いや、そんな迷惑はかけられませんよ!?」

「死人のような顔で、教会をうろつかれる方が迷惑です──それとも、気絶の方が好みでしたか?」

「任せてください、俺は十秒で寝れる男ですので!」

 

 資料をまとめてシスターシャッハへと押し付け、即座に瞼を閉じる。

 そうすれば、シスターシャッハの"やれやれ"と言わんばかりのため息交じりの笑みが、耳朶を掠めていった。

 

 

 

 

 ──夢を見ている。

 そうだと思う、では無く。

 そんな気がする、でもなく。

 夢を見ている。

 嵐のような天気、切り立った崖、暗く濁る海。

 繋がった手の先にいる、一人の女性。

 鮮明に残る過去の記憶を、夢として見ている。

 そのことに、色々と思うところはあるのだけれども──とにかく、気分は良くないな、と思った。

 

「おはよぉ、なんや怖い夢でも見とった?」

「天使……?」

 

 瞼を押し上げたら、目の前に天使がいた。

 つまり、ここは天国……?

 もしかして俺、死んだのか?

 誰に殺されたんだろうな、と真剣に考えてしまう。

 

「まだ寝惚けとるん? ほら、起きぃ」

「んぐぇ、暴力反対……あれ? はやてさんだ」

 

 ぐにぃ~、と頬を引っ張られ、パチパチと瞬きをすれば、はやてさんがそこにいた。

 どうやら天使は、はやてさんだったらしい。

 まあ、はやてさんは元より天使と言えなくも無いので、あながち間違いでもないか、と思った。

 とはいえ、どちらかと言えば、悪魔っぽいような気がしなくもないのだが……。

 

「こーんなにか弱い女の子を悪魔呼ばわりなんて、ひどい子やなぁ」

「ははっ、か弱いとか、なに寝言言ってんですか痛い痛い痛い痛いごめんなさい!」

 

 無言で太ももを抓ってくるはやてさんであった。

 せめて、か弱いだなんてほざくのであれば、睨みつけてくる程度で済ませてほしいものである。

 ノータイムで武力行使できるのは強者の証なんだよ。

 

「もう、折角起きるまで待っててあげてたのに、ちょっと失礼すぎなんやない?」

「待ってるも何も、何故ここにはやてさんがいるんだろうって感じなんですけど……」

「んー、纏が泣いてたからかなぁ」

「すげーかっこいい台詞出てきた!」

 

 生きてるうちに、絶対に一度は言っておきたい台詞ランキングベスト10には入ってそうな台詞だった。

 然るべきときに言われでもしたら、一発で惚れてしまいそうな破壊力である。

 ただ、どう考えても平和極まりない教会の、閑散とした資料室で言われるようなことではなかったし、そもそも俺は泣くような事態には陥っていないのであった。

 強いて言うのなら、はやてさんに抓られたのが予想以上に痛くて涙が出そう、といったところか。

 とんだマッチポンプである。

 

「いやいや、本当に泣いとるんやって。ほら、涙拭きぃ」

「え? う、うわっ、マジだ……」

 

 目元に触れれば、涙が指先を伝う。

 とくにあくびをした覚えはなかったし、幾らはやてさんに苛められたからと言って(これに限ってはもちろん、言い訳の余地なく俺が悪いのだが)、流石に泣くほどではない。

 となれば、寝てる間に泣いていたということになるのだが……。

 そういうのは絵になる美少女にしか許されてないやつじゃない? と思わざるを得ないところであった。

 更に言えば、そんな意味深なことをしてしまうと、如何にも何かありましたと主張しているようで嫌である。

 まったくそんなことはないのに……。

 久しぶりに母親を夢で見て、思わず泣いちゃっただけである。

 字面に起こすとただの母親大好き人間みたいだった。

 恥ずかしすぎる……。

 

「いや、恥ずかしいことやないやろ……。ええやん、お母さんのこと大好きなんやろ?」

「それは……そうなんですけど! 分かっていませんね、はやてさんは。思春期の男の子ってのは、親のことを好きだと公言することに、多少以上の羞恥を抱いてしまう存在なんですよ?」

「纏の場合、今更一つ羞恥重ねたところで変わらんやん」

「暴言が過ぎるだろ……!」

 

 まるで俺が、常に恥ずかしいやつみたいな言い分である。

 失礼の極みすぎであった。

 確かに、恥の多い人生を歩んできている自覚はあるが……。

 それこそ、シスターシャッハに泣かされていた時期なんて、"各務ヶ原 春の恥量産祭り"みたいなところがあった訳なのだし……あれ?

 

「今更なんですけど、シスターシャッハはどこに?」

「んー? シャッハはなぁ、纏があんまりにも起きひんから、私と交代で仕事に戻ったで」

「えっ、何それ申し訳ない……ん? 今何時ですか!?」

 

 今更ながら時計へと目を向ければ、短針は七と八の間にあった。

 俺とシスターシャッハが話していたのが、まだ四時少し前くらいだったはずである。

 つまり俺は、一時間どころか、たっぷり三時間以上は寝ていたらしい。

 机に突っ伏す形での睡眠で、よくもまあそんなに眠れたものだな、と我ながら呆れてしまう。

 このような形で、こんなに眠ったのは、多分中学生以来である。

 

「へぇ、纏は中学時代、授業中に居眠りしちゃうタイプの子やったんや?」

「何言ってるんですか、そんな自殺まがいのこと、俺がするわけないでしょう」

「そんな、命に関わるような話やったかなぁ……?」

 

 不思議そうな顔をするはやてさんに、やれやれと肩を竦めてしまう。

 わかってないな、はやてさんは。

 俺のような、友達が一人もいないやつが授業中に寝でもしてみろ。

 クラスメイトは誰も起こしてくれず、最悪、放課後見回りに来た先生に起こされてしまうことになるのだ。

 あのなんとも言えない寂しさは、二度と味わいたくないなと心に刻みつけたものである。

 

「後はあれですね、次が移動教室だった時とか。やっぱり誰も起こしてくれないので堂々とサボったやつみたいになってしまい、教師からも生徒からも問題児だと思われてしまい、一層誰も近づいてくれなくなります」

「うんうん、私が悪かったからこの話はやめとこかぁ」

 

 やたらと温かい目とともに、よしよしと頭を撫でてくれるはやてさんであった。

 ちょっと泣きそうになっちゃうからやめてほしかった。

 泣いた後というのは、涙腺緩みがちなのである。

 一旦、自分を落ち着かせるためにシスターシャッハが残してくれたのであろう、資料を手に取った。

 思っていたよりずっと厚みがあって、シスターシャッハに感謝の念が湧き上がってくる。

 次回立ち寄った際は、菓子折りか何かを持ってくるべきだろう。

 まあ、聖王教会に寄ること自体、滅多にないことなので、随分と先のことになってしまうだろうが。

 

「というか、結局はやてさんは何で此処にいるんですか?」

「私はちょっと、カリムと話があってなぁ」

「カリムっていうと……ああ、占いのお姉さん」

「そういう覚え方しとるん!?」

「いや、だってグラシアさん、自分でそう言ってるじゃないですか……」

「そやけど、星座占いとかとはまた違うんやから……」

 

 もうちょっと他にあったやろ、という目を向けられる俺であった。

 どうやら、少々はやてさんのお気には召さなかったらしい。

 でも、良いと思うんだけどなぁ、占いのお姉さん。

 俺は毎朝のニュース番組で行われる、星座占いのコーナーを楽しみにしているタイプの人間だった。

 

「今日のいて座は一位だったから、良いことあるんだろうなってウキウキしてたくらいです」

「相変わらず、単純な子やなぁ……」

「ちょっと? 哀れむような目をするのやめてくれますか? それにほら、今日は良いことあったので、占い当たってるんですよ」

「ほぉん、何があったん?」

「はやてさんと会えました」

「?」

「いや、だから、はやてさんと会えたじゃないですか。それだけで今日は、問答無用に良い日ですよ」

 

 ただでさえ、ここ最近はお互いの忙しさも相まって、顔を合わすことはあれども、話すことはなかったのだ。

 包み隠すことなく言ってしまうのだが、俺ははやてさんのことが大好きなので、こうして取り留めもない会話ができるだけで幸せだった。

 つまり、今日は今週一番と言っても良いくらいのラッキーデーである、ということだ。

 これで明日からも頑張れそうというものである。

 

「はぁ~……纏、それもし私に言われたら、どう思う?」

「え? ちょ、超嬉しい~、ですかね……」

「や、そういうことやなくって……ああ、もう!」

「んぐぇっ、は、はやてさん?」

 

 顔を真っ赤に染め上げたはやてさんが、文字通り飛び込んできた。

 一瞬、明らかに覚えがある感じの説教モードに入りかけたので、まさかの怒られ発生か!? と思ったのだが、そうではなかったらしい。

 いや、あるいは、怒りに身を任せたタックルだったのかもしれないのだが……。

 するりと自然に、背中に腕を回されてしまうと、流石にそうとは考えられないというものであった。

 

「纏はほんまに、私の心を弄ぶのが好きやなあ」

「何それ? そんなことした覚えないんですけど!?」

「ん、そやなあ。女の子の心を弄ぶのが趣味な纏からすれば、こんなの弄んだ内にも入らんのかな?」

「俺の趣味がとんでもない捏造をされている……」

 

 事実無根なことを、サラリと言い出すはやてさんであった。

 もしかして、俺の知らないところでまた、そういう類の噂が流れてしまったのだろうか。

 ヒモ志望の女誑しで、趣味は女性の心を弄ぶことです! とかいう人間、普通にこの世に存在してちゃいけないだろ。

 しかも、どちらかと言えば、常日頃弄ばれているのは俺の方であった。

 今でさえ、こんなに密着されているせいで、心拍数は怖いくらい跳ね上がっているのだ。

 長く続けば、最終的には鼓動の一つもしなくなってしまいそうなので、早急に離れていただきたい気持ちでいっぱいだった。

 ただでさえ、ここは聖王教会であり、人が少ないとは言え、まったくいないという訳でもないのだから。

 もし、誰かに見かけられでもしたら勘違いされかねない。

 

「ふふ、私と勘違いされるのは、嫌?」

「嫌じゃないですけど、困るでしょう。お互いに……」

「そうかなあ、私は別にええけど」

「ほら、そうやって俺の心を弄ぶ……」

 

 はやてさんこそ、趣味の欄に「俺の心を弄ぶこと」とか書いてほしいくらいだった。

 いや、そんな趣味は早急にやめろと、声を大にして言いたいところではあるのだが。

 とにかく、早く離れるべきだろう──と、考えたところで。

 足音が一つ、耳朶を叩いた。

 一定の歩調が、迷うことなく近づいてきている──多分、聖王教会のシスターだ。

 

「ちょっ、はやてさんっ、人来ますって!」

「そやなぁ……ほな、勘違いしてもらおか?」

「何を言ってるんですか!? いやっ、ちょっ、く、くそぅ!」

「ひゃっ、ちょ、纏!?」

 

 本当の本当に、離れる気のなさそうなはやてさんの口を手で押さえ、抱え込みながら机の下に滑り込む。

 電気の一つすら点けていない、この資料室だ。

 こうすれば早々見つかることはないだろう……見つからないよね?

 段々不安になってきながらも、真下にいるはやてさんと目を合わせれば

 

「……纏って、ほんまに変なところで大胆やね」

 

 と、囁かれるのであった。

 誰のせいだと思ってんだ、と言いたいところであったが、口喧嘩なんてすれば即発見されるというものである。

 それに、今にも気絶しそうなくらい、心臓が脈を打っていて、まともに喋れそうになかった。

 せめてもの抵抗で睨みつけてはみたのだが、強めに抱きしめられて引き寄せられてしまえば、もう抵抗にすらならないというものであった。

 そんな中、足音は近寄ったり遠ざかったりを繰り返したのちに、ようやく消えていった。

 緊張とともに、肺から空気が抜けていく。

 

「し、死ぬかと思った……」

「あはは、ドキドキしたなあ」

「随分余裕ありますね、はやてさんは……」

「だっておもろかったもん──それとも、纏は私の傍におるの、嫌やった?」

「聞き方がズル過ぎない?」

 

 嫌だったかどうかと聞かれれば、嫌なわけがない、としか言えないに決まっているのだった。

 それはそれとして、あんなスリルのある体験は二度とさせないでほしいな、とも思う。

 日々鍛えられている我が心臓ではあるが、こういうことをされるとぽっくり止まってしまいかねないのだから。

 二人そろって机の下から這い出て立ち上がる。

 なんだか本当にもう、今日俺はここに何をしに来たんだ……という気持ちになってしまった。

 

「ほな、今日はもう帰ろか?」

「まあ、そうですね。時間も時間ですし……」

 

 きゅるる、と鳴り始めたお腹をおさえる。

 時間を考えれば、当然みたいな空腹具合であった。

 隠れていた間、本当にお腹が鳴らなくてよかったな……と今更ながら安心してしまう。

 

「さて、そんな纏には、ここで私から選択肢をあげよか」

「選択肢?」

「うん──一つは各自解散。一つは私と外食。一つは私の作ったご飯を食べる。さ、どれがええ?」

「そんなの三つ目しかないじゃん……」

「素直な子やなぁ」

 

 でも、そう言ってくれると思ってたで、とはやてさんは満面の笑みを浮かべるのであった。

 それを見ながら、やっぱり今日は良い日だったな、としみじみと実感するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八神はやてのヒミツ
 この日は纏の部屋に上がり込んでご飯を作った。
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