八神はやては旧闇の書の主かつ、現夜天の書の主である──遥か昔から存在し、凶悪な
更に言えば、同年代である高町さん、ハラオウンさんすら上回るスピードで昇進している(これは本当に凄いを通り超えて、最早恐ろしい)出世頭でもある。あまりひけらかさない彼女は「そんなに褒めても何もでーへんで」と、笑ってみせるのだが。
まあ、別に褒めてるわけではなく純粋に事実であるから、確認してみただけなのであるが、それはそれで口に出したらポカリとやられそうなので黙っておく。
けれど、八神はやてという人間が、わき目も振らず出世街道を邁進しているのは理由があるのだろう──流石にその真意を読み取るほど俺は管理局にも、彼女自身についても詳しくは無いから何とも言えないが、しかしただ名声が欲しい、お金が欲しい、といったようないわば俗っぽい理由ではないように思えた。
純粋な、あるいは不純な動機が。
俺はたまたま魔導師としての才能があり、非常に珍しい偶然によってこうして今、候補生をやっているわけだが、彼女の場合は少し違う。なんて言ってしまえば、そもそも入局理由が同じな人間などそうはいないという結論に達するのだが、それはそれ。
彼女は闇の書の主であった──つまるところそれは、闇の書の被害者であり、同時に闇の書を目の敵にしていた人から敵意を集めてしまう存在でもあるということだ。
だから八神はやては、そういった事情から何かがあった時対応できるように、相応の地位を必要としているのではないかと思う。
偉ければ偉いほど、非難は目に見えて減る。単純に、取れる方策が増える。成果を上げ、市民を救えば救うほど、彼女を含めた守護騎士の評価も上がる。
人々に認めてもらうための邁進。ただ進むことこそが、八神はやてにとって最も生きやすい場所にたどり着く方法。
だから、八神はやてはあらゆる手段を使う。
ただの力と才能を持った少女なのではなく、狡猾に頭を回す。
高町なのはのように圧倒的な武力のセンスを魅せつけ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンのように理知的に解決を導き出し、俺のような候補生ですらも目利きし、人脈をフルで回して情報を得て、意外とぎすぎすしていることの多い上司間を取り持ち、取り入る。
爆発的な行動力と、歳不相応な話術を以て上へと駆け上がる。
ある意味、聖人かとすら思える高町さんやハラオウンさんと比べれば幾らか人間らしさがあって、親しみ──やすさは別に無いが、地球出身者は出来た人格持ってないと駄目なルールでもあるのかと密かに震えていた俺としては実にほっとした。
いや、もちろん、彼女も出来た人ではあると思いはするが。
何にしても、管理局としては歓迎されているような、歓迎されていないような、かなり曖昧な立ち位置であっても、まるで嵐のように強引に踏み進められる、強い人であるということは間違いない。
正しく、
さて、ついに研修期間最短終了月の三か月目に突入したわけであるが、流石に最短で終了できるような人間は早々いない。というか、実際それだけで終了できたのはこの制度が出来てから数えても、両の手で数えられるくらいだと言う。
ちなみに言うまでも無いとは思うが、高町さん達はその内にきっちり三人とも入っている。
だから、俺のデスクに封筒が乗っていたとしてもその中身は「研修期間延長」と言った旨の書類に過ぎない。はずだった。
中身は想定した通り管理局本部からであった。問題はその内容で、俺の研修が三か月で終了であり、その後はハラオウン執務官の補佐として配属されるというものであったのだ。
なぜだ。おい、意味わかんねえぞ。
この研修期間やったことと言えば高町さんにボコボコにされ、ハラオウンさんにはあちこち引きずり回され、各上司のデスクワーク補助で徹夜をしまくっただけである。
候補生だと言うのにまともにクラナガン観光すら出来なかったほどの多忙さで、正式に配属されたらもっと大変になるのは目に見えていたことから、定期的に提出するレポート等は滅茶苦茶適当な仕上がりにしていたはずなのに。
高町さんとハラオウンさんどころか、お世話になった上司には適度に媚を売る程度で済ませたのに。
時々敢えてミスをすることで「有能」のレッテルを張られることは全霊を以て避けた。報告書のリテイクも必ず一回はされる程度の完成度にし続けた。
……いや、それが悪かったのか? ちょっとわざとらしすぎたのか?
熟練の局員からしてみれば、夏休みの宿題を友達の答え丸写ししたおバカ生徒よろしく、滑稽な奴に見えていたということか?
だから、さっさと局員にすることでハラオウンさんによるガチガチな監視付きで過労死するまで働け、と?
い、嫌すぎる……。
まだ死にたくない。
しかし、確かにいつまでも候補生でいることはできない。いつかは必ず現状に至った訳で、それが少し……かなり早まっただけで、考えなければならないことではあった。
研修期間が終わった後に、本当に管理局に入るのか──正直なところ、こんなにも管理局勤めがヤバいとは思っていなかった──を決める時期が来た。
高町さん、ハラオウンさん、八神さんは中学卒業と同時に管理局に入局したという。それは、確固たる意志があったが故の選択だ。
経緯はまったく違うが、同じ境遇である俺も、選択するしかないだろう。
俺の人生がかかっている、シビアな選択だ。
正直に言うと、俺はいまだに主夫の道を完全にあきらめたわけではない。まだどうにかしてなれないかなと縋りついている状態だ。
逆を言えば、それ以外今特に夢が無いとも言える。
働きたくない。だが、働かなければ生きてはいけない。
ここまで言っておいて何だが、ここで管理局を辞めるというのは非常にリスキーだ。
地球に戻って再就職とか、かなり厳しいだろうし、就職先はざっと探したところそこそこあったが、実入りは管理局がダントツであった。
……流石に、衝動的に動きすぎたな。と、本当に今更ながら反省する俺であった。
とは言え、管理局が心底嫌いという訳ではない。ほとんどの上司は良い人であったし、友達は──ノーコメントにさせていただくが、充実していたのは事実だ。
たまたま暇がかち合ったときにハラオウンさんにドライブに連行されたのも、高町さんに勉強会を開いてもらったのも、まあいい経験だった。
労働時間と労働量は頭ぶっ飛んでんのかってくらい狂っているが、居心地そのものは悪くなかった。
そこそこ自由に魔法を扱える環境は、今までひた隠しにしてきた反動もあるのか楽しかった。
天秤はまあまあ釣り合っている。くそっ。
これまでの人生でこんなに悩んだの初めてだ。
「何や難しい顔して、どないしたん? 悩み事? 話せることなら、お姉さんが相談に乗ってあげるで~?」
言いつつ、対面ではなく斜め横に八神さんが座る。
明らかな「話すよね? ん?」みたいな有無を言わせない雰囲気だった。
ため息が出かけたのを、反射で飲み込む。
あからさまなため息はガチで心証悪くするからな。
「まあ、その、何ていうかこれが来まして」
「わっ、懐かしいなぁ、それ! 研修期間どうなったん?」
「それが三か月で終わりらしくて」
「あら、それはめでたいやんかぁ……って、訳でもないんかな?」
「全く嬉しくないって訳でもないんですけどね……まあ、端的に言うと俺、働きたくないんですよね」
「え?」
意表を突かれた顔で、俺をまじまじと見る八神さん。
十六歳上司組、全員美少女なのは何なんだろうな、と思った。
あんまり意識すると緊張しちゃうから、普段は考えないようにしているのだが、こうして顔を見合わせればそれも無駄な抵抗だった。
何か熱くなってきたのでパタパタ手で風を扇ぐ。
「だから、働きたくないんですよね。何とかして働かずに悠々自適な生活を送りたいんですけど、研修受けた感じ、管理局に入ったら多分一生無理……というかワンチャン過労死するな、と思ってて」
「……きみ、凄いなぁ。そんな情けないこと真剣に人に相談できる子、中々いないで?」
「あんたが相談しろって言ったんでしょうが……!」
「えぇ~? 私のせいなん?」
どう考えてもそうなんだが、絶妙に頷きづらかった。
この流れで俺が悪いみたいな雰囲気作るの、匠の業すぎるだろ。
「それじゃあ、纏は何になりたいん?」
「専業主夫……でした」
「過去形なんや」
「もしなったら"ヒモは許しません!"つってビーム打ち込んでくる人がいるんすよね。高町なのはさんって言うんですけど」
「ぶふっ」
けほこほっ、と途端にむせる八神さん。
これに関しては俺も少々ビックリであった。
ハラオウンさん然り、高町さんからもろもろ聞かされてると思っていたのだが。
「あ~、はいはい。分かったで。噂の候補生ってきみのことやろ、纏」
「俺の知らないところで俺が噂になってるの嫌すぎるな……」
何を噂してるんだよ。そんなこそこそされるようなことしてないだろ。
告白してフラれたら次の日学年中にそのことが広まっていたこと思い出して何か泣きそうになってきた。
あれ、遠巻きにヒソヒソされるのが一番きついんだよな。あっ、思い出したら涙が……。
「ちょっ、急にどしたん!?」
「いえ、ちょっと古傷が疼いて」
「……まだ厨二病なん?」
「
聞き捨てならなかった。アンタは俺の何を知ってるんだよ。
いや、確かに厨二病……でしたけど……。
奥歯折れるくらい噛み締めることでジタバタするのを我慢した。俺が次男だったら我慢できなかっただろう。
「といっても、別に悪口とか言われてる訳やないで? ただ、爪隠しきれてない優秀な子がいるって、結構話題なんや。あと、ヒモ志望らしいって」
「おい絶対最後の言ってたの高町さんだろ」
あるいはハラオウンさん。
本当に人聞きが最悪すぎるのでせめて専業主夫志望と言ってほしかった。
俺にはヒモと違って家事全般をこなす覚悟がある。
「私は最近忙しくて、あんまり聞けてなかったんやけど、まさかテキトーに選んだ候補生が、噂の子だったなんて驚きやなぁ。ふふ、ラッキーや」
「別に幸運ではないと思いますが……」
むしろ俺からすればアンラッキーなのではないだろうか。この状況は。
つーか爪隠しきれてないって何だよ……。
俺の必死の隠蔽工作、マジで全部無駄だったんじゃねぇか。
自業自得ではあるが、報告書の修正はマジで怠いんだぞ。
「改めて質問なんやけど、どうして働きたくないん?」
「え? そこ何か特別な理由いりますか?」
「わぁ、凄いまっすぐな眼差しや。こんな下らん一言でも人間って目を輝かせられるんやね」
「人は夢を追っている間が一番キラキラできるらしいですからね」
「きみの言ってることは寝言同然やけどなぁ」
辛辣過ぎだった。もうこれはれっきとしたいじめなのでは? パワハラで訴えるぞ。
さっきから言葉の切れ味がまあまあ鋭い八神さんであった。
俺じゃなかったら多分泣いてる。いや、さっき泣いたんだけど。
あれはノーカンということで。
「せやけど私、そういう子は嫌いやないで」
「そうですか。奇遇ですね、実は俺もこういう自分が大好きなんですよ」
「きみはちょっとくらいは嫌いになった方が生きていきやすいやろなあ」
「やっぱり、変えるしかないですか……」
「うん、そやなぁ。言うてすぐに変わるのは大変やろうけど──」
「……世界を」
「そっち!? 強気すぎやろ。どっから目線やねん」
自分を変えようや、自分を! と言うはやてさん。
生憎自分を変える必要性を感じなかったので、黙りこくるしかなかった。
口を閉ざしたまま、机に置いたプリントを睨み付ける。
何度見ても、そこに記されている内容は変わらなかったが、何とかならないかなと念を送ってみた。
「はぁ……聞いていた通りというか、聞いていた以上に変な子なんやなぁ、纏は」
「至って普通に過ごしてるだけなんですけどね……俺からすれば、八神さん達の方がよっぽどおかしく見えますよ」
「えっへっへ、そう?」
「今のは別に誉め言葉じゃないですからね」
「!?」
なんやて!? と言わんばかりの顔を向けてくるがスルーさせてもらった。
今は上司の顔芸に付き合っている場合ではないのだ──あれ? これ今相談してるはずだったんだよな?
一ミリも為になる言葉かけられてないんだけど。
むしろ邪魔なまであるんだけど。
ジト目をぶつけてみれば、意外にも八神さんは妖しく微笑んだ。
え、なに? 純粋に怖い。
「悠々自適、とか言うけれど、結局きみの思うところの理想の生活ってのは、想像できてたりするんか?」
「理想の生活、ですか……」
「うん、何でもええとは思うんやけどな。例えば、こういう家に住みたいとか、こういう人と住みたいとか、どんな毎日を過ごしたいとか」
「……無い、ですね」
「ふぅーん、やっぱりそうなんや」
「むっ、いやでもそんなまさか……」
そのまさかだった。あれだけ将来設計とか宣っていたにも関わらず、思い描く未来の姿は驚くほどぼやけていて、鮮明さの欠片も存在しなかった。
働きたくないことに理由はない。言ってしまえば俺は、特に何もすることなく、ただ楽がしたいのだろう。
楽しさはなくても、楽が欲しい。
俺はそういう人間であったし、別にそれが特別な訳じゃなくて、大勢の人間がそうなのでは無いだろうか。
多数派だから、正しいという訳でもないが。
「私が思うにやけどね、今の纏は本当は特に何もなりたいものが無いものの、取り敢えずその場の流れに任せるまま来てしまって、それを今初めて自覚して、焦るように考えてる段階なんやないかな」
「うわっ……長文だし的確だ」
「せやろ~? でもね、纏。誰にだってそう思う時期はあるものなんやよ。というか誰だって、そんなことは考えているもんや」
「それは、八神さんの実体験ですか?」
「もちろん、それもあるし、今まで見てきた人の中には沢山そういう人がおったよ。だからね、私はきみにこう言ってあげる──当たって砕けろ」
「砕けちゃダメだろ」
砕ける時は死ぬ時なんだよね。せめてやらない後悔よりやる後悔とか言って欲しかった。
「何言ってるんや、そんなもんやって後悔しないのが一番良いに決まってるやろ。まあ、何が言いたいのかっちゅーとな、理想なんて追わなくてもええんやでってこと」
「は?」
「理想は無くても人は生きていける、楽だけ選んで生きても誰かが文句を言う訳でもない、現実からただ逃げるのもありや、能力や才能があるからって、それを活かせる道を選ばなくてもええ。実のところ代わりって幾らでもいるんや。人って、大人って結局そういうものなんよ」
「一歳差とは思えない感じの台詞だ……」
「ふふ、人生経験の差ってやつやなぁ。だから、まあ、要約すると──全力で生きれると思う道を、行くべきやと私は思う」
「全力?」
「そう、全力全開で生きれる道が、一番ええ。だって、そうした結果なら、砕けても、後悔したとしても、笑えると思えん?」
ま、私は纏には、局員として頑張ってもらいたいけどなー、と。
八神さんはぱーっと笑ってそう言った。
全力全開。
どこかで聞いた覚えのあるような台詞で背筋が伸びたが、しかし予想外に深みのある言葉に思えた。
なるほど、確かにその視点は無かった。
後悔はしないように、じゃなくて。
後悔を、後悔だけで済まさないように。
何がどうなっても、ここまでやってやったんだぞ、と胸を張れるようにするために、道を選ぶ。
簡単なことではないな、と思った。でも、簡単だったらそれはそれでどうかと思うから、これくらいで良いのだろう。
それにしても、思っていたよりかなりガチな相談になってしまったな。
お礼を言わなくては、と思ったがそれより先にチャイムの音が響き渡る。
「研修が終わるまで、あと一か月もあるんや。ゆっくり悩みぃ、若人よ~」
立ち上がった八神さんは、未だ十代とは思えないことを言いながら俺の頭をクシャクシャと滅茶苦茶に撫で回した。
何というか、この人たちは俺を子ども扱いしすぎじゃないだろうか、と今更ながらそう思った。
研修最後の一か月もまた、これまでと変わらず光の如し速さで過ぎ去っていった。
ドラマやアニメであれば、この辺で大きな事件や事故があったりするものであるが、むしろ管理局においてはそんなことは日常茶飯事で、つまるところ特に何事もなく最終日を迎えることが出来た。
異常なし。平常運転。
丸っきり平和とは言い難いが、まあ、普通に普通な日常が今日も流れている。
そんな貴重な最後の一日も、やはり俺は八神さんの補佐としてせかせかと業務に勤しんでいた。
彼女の役職は特別捜査官。字面からして、如何にもスペシャルな雰囲気が漂っているが、一言で纏めるなら正しく「
まあ、各部署から頼られる特別な人材が集まるところ、と言ったところだ。
更に言えば八神さんの階級は現在、一等陸尉。偉いだけあって、その業務量は執務官に負けずとも劣らずであった。
ただ、ハラオウンさんと違ってしっかり一日三食摂るし、食堂常連の高町さんとも違ってお手製の弁当まで用意しているので"格"が違うな……とは思ったが。
これぞ出来る女といった感じである。
徹夜四日目の時にいきなり笑い始めた時はついに狂ったかと思ったものであるが、何事も無くて本当に良かった。
無理矢理寝かしつけたら翌日には全てを忘れていたので、俺だけ何か凄い怖い思いをしたみたいで釈然としなかったが、それはそれ。
取り敢えず二度と一緒に徹夜はしたくないな、というのが素直な感想であり、八神さんの下で働いた最終的な意見だった。
「ん、纏。手ぇ出して」
「? はい」
先日担当した案件の資料を纏めたファイルを棚にしまってから、無造作に片手を出せばコロコロと何かを転がされた。
チョコ?
「この一か月、色々と助けてもらったからなぁ。ささやかながらお礼と、ご褒美や」
「や、お礼を言うならこちらこそなんですけどね。でもまあ、有難くいただきます」
「うんうん、流石に素直になったやないの」
「俺はずっと素直だっつってんだろ……」
だから、何だってこの人たちは俺に捻くれているだとか、そういうキャラ付けをしたがるんだ。
俺からすれば、局員の大人たちの方がよっぽど捻くれている。
良く深夜にすれ違う局員の目とかヤバいからね。超スレてる。
俺もその内ああなってしまうのだろうか、と思うと膝が震えてくるほどだ。
「そういうところばっか見てるから、そういうキャラ付けされていくんやけどな……ま、そこは纏の美徳みたいなもんやしなぁ」
「もっとまともな部分を美徳として見て欲しかったですね……」
「何や? 纏、もっと色々観察されたかったやって?」
「難聴になるにはまだ早すぎますよ、八神おばぐがぁ!?」
「まったく、うら若き乙女になんちゅーこと言うんや。私だって傷つくんやで?」
「現在進行形で俺が傷ついてますが……」
女上司の足元で蹲って呻く、同年代の男がいた。というか俺だった。
八神さんの強烈なキックが見事に俺の足首を打ち抜いた結果である。
俺の黄金の右足が……!
「もう、いつまでそうやってんのや。後ちょっとで終わるから、休まんといて~」
「誰のせいですか、誰の……」
「? そらもちろん、自業自得やろ?」
「はい……」
上司の圧力に惨敗し、何事も無かったかのように再開する業務。これもまた、一か月で慣れたことだった。
毎月思うのだが、意外と一か月でも人は慣れ親しむものだ。
この小さな部屋も、雑然とした様子も、今となっては離れるのがほんの少しだけ寂しい。
デスクに広げまくっていた、個人の資料なんかも纏めていれば、ふとファイルの隙間からいつかの封筒が滑り落ちてきた。
するするっと宙を舞い、そのまま床を滑っていく。
「何やこれ──って、ああ。懐かしいもんが出てきたなぁ、どう? この一か月で、少しは何か考えられた?」
「──まあ、そうですね。色々と勉強させていただきましたし、前より視野も広がって、考慮に入る材料も増えました」
「ん、そかそか。それなら良かった。それで、一先ずの結論とかは出た? 」
「そう、ですね。まあ一応は。というか、もう出てなきゃヤバすぎるやつなんで」
「そりゃそうやな」
カラカラと笑いながら、初日と同じように八神さんは斜め前へと座った。
落ちた封筒を俺の前に、丁寧に差し出してから頬杖をついて、続きを促してくる。
和やかっぽいのに、そこはかとなく面接的な雰囲気があった。
「正直、ちょっとどころか滅茶苦茶考えました。多分、これまでの人生で一番真剣に考えたのが、今回のことだろうなってくらいには」
「ええことやん。纏のそういう、やるべきことにはちゃんと向き合えるところ、私好きやで」
「そうやってストレートに好意を伝えるのやめませんか? 超照れるんですけど」
「ふっ、あはは! 相変わらずうぶやなぁ」
パシパシと軽く背中を叩かれる。くそっ、揶揄いやがって……。
いつか絶対に仕返ししてやる……と心にひっそりと八神さんの名前を刻んだ。
「と、ともかく、結論から言えば、ありがたく執務官補佐として頑張っていこうと思います」
「ほう、その心は?」
「や、特にはないですね。というか、色々考えはしたんですけど、そもそも何が一番全力で頑張れるのかが分からないな、と思って」
「……それで?」
「はい、だから一先ずは、目先のことに全力を尽くしてみようかな、と。思ってもみれば、俺は魔法を使うのは好きだなとも思ったし。
もちろん、好きだから頑張れると断言できる訳じゃ無いですけど、多分、今取れる選択肢の中では一番全力で生きられそう、と思ったので」
「ふぅ~ん、立派なこと言うようになったやん」
「もちろん、専業主夫の道も諦めてませんけどね。チャンスがあれば全力で喰らいついてこうと思います」
「不純なやつやなぁ」
でもま、ええんやないか? と八神さんは言った。
その反応に、少しだけ安心する──というのも、見ようによってはこの選択も、結局のところ流れに身を任せたようにも見えるからだ。
見える、というか事実、そうであると言っても過言ではない。
何せ選択肢自体は豊富であったのだ──それこそ、冷静に考えれば地球の親に頼ることで普通に高校に入り直して、普通の学生として過ごすことも出来た。
むしろ、我が親としてはその方が喜びすらしただろう。
資金援助だけ頼めば、こちらの学校にだって通うことは可能である。
今、管理局という一本の道を選ぶ必要性は、言ってしまえば無い。
その日その日を生きていくだけなら、バイトでも食い繋いではいけるし、管理局ほど多忙なところもそうはあるまい。今の俺なら、どこにだってまあまあ順応できるだろう。
ほっと一息ついて、色々な物を見るのもありだとは思った。
だから俺は、判断をこの三か月の研修の内容を思い返すことで、決めたのであった。
高町さんの死ぬギリギリのラインを見極めたような教導、ハラオウンさんとの恐ろしくも面白い捜査や資料集め・作成の日々、八神さんに着いて回ることで勉強させてもらった交渉術や、部隊指揮。
あぁ、こうなりたい──とは到底思わなかったが、しかし悪くは無かった……気がした。
だからもう少しだけお世話になるか、と思った次第である。
悪くはないのであれば、全力を尽くせば良くなるのではないかと、そう思ったから。
現在値がゼロなのであれば、ちょっとずらせばプラスになるだろう。
「つまり私らに憧れて頑張りたいと思いました~! ってこと……?」
「え!? 全然ちげぇ! 話聞いてました? ねぇ……」
今の時間なんだったんだよ。
俺の恥ずかしい独白が八神さんの耳をただ通り抜けていっただけじゃねぇか。
こんなに人を殴りたいと思ったの初めてだよ。
俺は密かに拳を握り込んだ。
八神さんは非常に楽しそうに「ごめんて」と笑った。
「頑張って考えたんやなぁ、偉い偉い」
「俺は小学生かよ……あっ、ちょ、頭撫でんのやめてください!」
好きになっちゃうから、マジで。
ボディタッチは控えめでお願いしたい。
八神さんは不満げに俺を睨んだが、ここは意を決して睨み返すことにした。
「強情やなぁ。でもま、良かった、纏が残ってくれるなら私も嬉しいよ」
「まあ、好き放題使える部下は幾らいても足りないでしょうしね」
「そう穿った目で見んといてよ~。二割くらいは、心からの気持ちやで……」
「嘘でも良いから逆の比率にしませんか?」
二割って……。
四捨五入したら切り捨てられるじゃん。それはもう無いに等しいんだよ。
どんだけ俺のことを都合の良い道具だと思ってるんだ。
「じゃあ、明日からはフェイトちゃんの正式な部下やなぁ。頑張るんよ?」
「それは、まあ。八神さんに教わった通り、全力は尽くしますよ」
「ん、ならよろしい。では──現時点を以て、各務ヶ原執務官候補生を正式に、執務官補佐として任命します。精一杯、励むように!」
「いやそれ八神さんの台詞じゃないでしょ……」
「返事!」
「はい!」
キッ! と怒られる時のテンションで言われたので反射で返してしまった。
こういったやり取りも、もう暫くは無いのだろう。
そう考えたらさみし……いや寂しくは無いな。これに限ってはせいせいしたまである。
「さて、それじゃあ今日はお祝いってことで、飲みに行こか~!」
「いや俺未成年……てか、八神さんもでしょ!?」
「なぁに言ってんの、ミッドにはそんな地球のルールは関係ないんやで~。ほらほら、レッツゴー!」
「うわっ、ちょっ、引っ張らないでくださっ、いや力つよっ」
腕を絡められて、ズルズルと引きずられる。
最終日がこんなんで良いんだろうか、と何となく思った。
この後めちゃくちゃ焼肉屋でジュースで乾杯した。
関西弁(京言葉?)は良く分かってないから指摘いただけると助かったりします。