ユーノ・スクライアといえば、一部の管理局局員の間では超のつく有名人であり、俺でさえ聞き覚えのある名前であった。
もちろん、有名人などという括りにしてしまったら、俺の上司であるハラオウンさんや、その友人である高町さん、八神さんだってそうなのであるが、しかし彼女たちはいわば管理局全体から見ても華々しい有名人であり、一部だとか、その界隈だとかは最早関係ない。
局員だけに限らず、一般市民にだってその名前は知れ渡っているほどだ。
かといって、スクライアさんが本当に、極一部のマニアックなベクトル上に存在する有名人であるのかと言われれば、それもまた違うと言わざるを得ないだろう。
何というか、カテゴリが違うのだ──そう、同じ管理局の局員と言っても、まず枠組みが違う。
最初に言っておくとスクライアさんの場合、高町さん達のような、いわゆるスター性とでも言うべきものが付随している訳ではない。
であれば、何だというのかと言われれば、俺としても適切な言葉が浮かばないのだが、職人的な意味合いでの有名人とでも言えば、幾らかはニュアンスが伝わるだろうか。
まあ、なんだ。高町さん達が「魔導師」として──つまるところ、前線に立つものとして輝かしい実績を残し、エースの道を邁進しているのとは対照的に、スクライアさんの進む道は「裏方」なのだ。
ユーノ・スクライアは、無限書庫の司書長であり、なおかつミッドチルダにおける考古学会の学士なのである。
入局したのは今より七年前。要するに、高町さんと同期の局員──というか、そもそも高町さんが魔導師となったのも、スクライアさんがきっかけであるらしい。
ともかく、弱冠九歳にして入局を果たした彼は、魔導師としての腕も確かでありながら(なんと九歳時点でランクA魔導師であったという。高町さん達のせいで感覚がおかしくなってきているが、これはちょっと異常なくらい強い。やばすぎる)も他人をサポートする職である、司書の道を選んだ。
そこには何か、大小問わず強い理由があったのだろうし、それを知る由もないのだが、流石に俺程度に測れるようなものでないことだけは確かだろう。
「そんなに大層なものじゃないよ。ただ、僕の場合は遺跡発掘をする一族の出だったからね。その経験と今ある技術、それから趣味との兼ね合いを考えたら、こうするのが一番だったんだ。それに、表で活躍するのは、なのは達だけで充分だしね」
などと、本人は実に優しげな表情でそう言うのだが、それとは裏腹に重ねてきた実績は凄まじいものだ。
まず、無限書庫の整理を始め、ある程度整えた。
これだけだと「何? 管理局って片付けしただけで褒められるの? 幼稚園かな?」と思われてしまうかもしれないが、それだけは違うと強く断言しておきたい。
無限書庫とは、文字通り「無限」の「書庫」であるのだ。
管理局創設時から存在し、あらゆる世界、あらゆる過去が収められた超巨大データベース。
曰く、『世界の記憶が収められた場所』とも呼ばれるほど壮大な場所であるのだが、しかし、ほんの少し前までは、その膨大さ、煩雑さ故に全く整理されていなかったというのだ。
調べたいことがある場合、チームを組み、年単位でのスケジュールを組んで調査をしなければならないほどで、正直「書庫」としてはあまり使い物にはならず、最早ダンジョンだろと、軽口を叩かれていたほどだ。
これを、全て完璧にとは言わないが、ある程度は整えたのである。
その働きは正しく値千金。当然、スクライアさん一人で整理したわけではないだろうが、主導したのは彼だ。
だから、”この書庫を利用する局員の間”で、スクライアさんは有名人なのである。
頻繁に利用していた人にとっては、神にすら見えるのだろう。
そんな、陰ながらの偉業を成し遂げているという訳だ。
特別、身体を鍛えているという訳ではない。
学者さん、という言葉の雰囲気から読み取れる、大雑把なイメージで大体あっているような、物静かで、知的な青年。
俺も一度だけ、スクライアさんを見かけたことがあるが、特段それ以上の印象を持つことは無かった。
しかし、ただ一つだけ確かであるのは、俺とスクライアさんでは接点というべきものがまるで無い、ということだ。
俺が無限書庫を利用したのは研修時の一回のみであったし、今のところ業務で利用することは無い。あったとしても、特に長居することもないだろう。
高町さんとは友人関係であるとは言うが、知り合いの知り合いは普通に他人だ。それは、俺でなくともそうであろう。
だから、スクライアさんが俺を知ることはまずない。
というか、知る理由がない。そう、思っていた。
思うまでもなく、前提的にそうであると、思い込んでいた。
それが見当違いであることを知ったのは、とある夏の日のことである。
無重力空間で一人、半泣きで彷徨う悲しい何かになっていた俺に、スクライアさんは慈愛の表情で手を伸ばしてくれた──。
「さて各務ヶ原くん、大切なお話があるから座ってくれるかな?」
「え……嫌です。それではお邪魔しました」
「あ~あ、夜中に泣きついてきた各務ヶ原くんの相手するの大変だったのになー。あの後、私も徹夜することになっちゃったんだけどなー」
「何なりとお申し付けくださいませ」
「変わり身早すぎない?」
とある夏の日。とあるド平日。
俺は高町さんのもとを訪れていた。言うまでもなく、この間の謝礼だ。
この日は珍しく互いに定時であがれるという奇跡が起こった為、時刻は夕方である。
窓から差し込む橙色の光に部屋は満たされていて、どこか暖かい。
反面、高町さんは難しい顔を俺に向けていた。
「とっても大事なお話です」
「あまり緊張させないでくれますか? 膝が震えてきました」
「プレッシャーに弱すぎるでしょ……」
そもそもプレッシャーとか与えないでほしかった。
お陰で心も身体もガタガタ震えてる。俺は基本的にか弱い生物なのだ。
こ、こわいよ~……。
「お話というのはね……ずばり、各務ヶ原君の呼び名についてですっ」
「は?」
「だから、フェイトちゃんもはやてちゃんも、各務ヶ原くんのこと、下の名前で呼んでるでしょう? 私はダメって言われたのに~!」
「すげぇどうでも良い話が出てきたな……」
マジで心底どうでも良い話だった。
さっきまでとんでもない怒られが発生するのかと怯えていた俺に謝ってほしい。
何? 呼び名……?
「どうでも良くないのっ。あれだけ名前で呼ぶの嫌がるから、仕方なく諦めたのに……」
「いや、あの状況で名前呼びにし合うことになったら百パーセント惚れちゃってたんで……仕方なくないですか?」
「優しく振ってあげるって言ったじゃん」
「振られたら俺が可哀想でしょうが……!」
勘違いしているようだが別に俺はフラれたいわけじゃない。告白する以上は成功することしか考えてないに決まってるだろ。
成功した先の幸せな光景を夢見てんだよ、こっちはよ!
「というか、ハラオウンさんも八神さんも、勝手に下の名前で呼んできてるだけで、俺は名字で呼んでますからね。ちょっと認識ズレてますよ」
「それは……そうかもだけどっ。でもズルくない?」
「まあ、ズルい男はモテるって言うじゃないですか」
「各務ヶ原くん、モテてないじゃん」
「おい」
おい。
本当にそれは言っちゃダメなやつだろ。
あっ、待って。かなり心に刺さった。
泣きそう。
「各務ヶ原くんは泣き虫さんだなぁ、大丈夫?」
「自分で傷つけておいて普通に優しくしてくるのやめませんか? 分かってるのに好感度上がっちゃうんですけど」
「あはは、各務ヶ原君はちょろいなあ」
「ぐう……」
我ながらあまりにも簡単すぎて悲しくなってきた。
高町さん、俺を苛めるのが上手すぎるだろ。
こんなところで抜群の相性を感じたくなかった。
よーしよし、と雑に頭を撫でられる。
「当然みたいに頭を撫でないでください、距離も詰めないでください。ガチで勘違いして泣きますよ、俺が」
「それは困っちゃうなぁ」
仕方がない、と言った表情で高町さんが対面に戻る。
俺は早鐘を打つ心臓に「落ち着け!」と念を送った。
「そういう訳で、私はとても不満です。言わば、ご立腹です」
「俺にどうしろって言うんですか……」
「う~ん、そうだなぁ。無理に呼んでもらうのも違うと思うし……何してもらおっかなぁ」
「ん、意外ですね。強制してくるのかと思ってました」
「いくら私でもそんなこと言わないよ~。それに、こういうのを無理やりとか、命令とかで決めるのは違うでしょ?」
「高町さん……常識とかあったんですね」
「各務ヶ原くんは私を怪物か何かだと思ってない?」
「まあ美少女は総じて得体の知れない生物だと思ってますからね」
魔性の女とはよく言ったもんである。
まあ、俺からすれば魔性というより、魔そのものであるといったイメージであるのだが。
一度惹かれたが最後、後悔する結果しか残されない辺りかなり悪魔的。
「び、美少女って……前も思ったけど、各務ヶ原くんって、恋愛経験ないのにそういうことは臆せず言えるよね……」
「ちょっと一言多すぎませんか?」
恋愛経験無いって言う必要なかっただろ。
あるにはあるんだよ。全部悲恋で終わってるだけで。
「ただまあ、事実ですからね。高町さんは誰の目から見ても可愛いと思いますよ」
「あはは、ありがとう。嬉しいよ」
「なので自覚を持ってほしいです。気抜いたら本気で恋しかねないんで……もう枕を涙で濡らしたくない……」
「凄いヘタレなセリフだ……」
喧し過ぎだった。
高町さんは経験無いだろうし、この先も無いだろうがフラれるというのはだいぶ心に来るものなのだ。
もうなんかこう……死にたくなるんだよな。アレ。
世界に全否定された気分になる。
「まあ、だけど……というか、
「感謝?」
「はい。適度な距離感で相手してくれるので、ギリ自制が利いてるんですよ。だからまあ、時々思うんですよね。俺は大体において普通で、これまで特に自慢できるものも無かったんですが、高町さんと出会えたことだけは一生胸張って誇れる特別なことだなって」
「~~っ!?」
高町さんの顔が、仄かに赤く染まっていく。どうやら怒らせてしまったらしい。
え? ここで人を怒らせることができる俺、もしかして天才なのか? と自らを鼓舞することでこの場から逃げ出すことを必死に自制していた。
出すしかないか、伝家の宝刀:土下座。
数秒続いた無言の空間に耐え切れず、俺が膝をつこうとしたら高町さんが両手で顔を覆って深々と息を吐きだした。
「各務ヶ原くん、どこでそんな口説き文句覚えてきたの……?」
「くどっ……!? そんなつもりはなかったんですけど!?」
「し、しかも天然なんだ……あ~、びっくりしたぁ」
顔を手で覆ったまま、高町さんが言う。
怒らせてはいなかったらしいが、何か思ってたのとまったく違う方向性の言葉になってしまっていたらしい。
これだからコミュニケーションとかいうのは苦手なんだ。
ただ感謝を伝えたかっただけなのにこれなのだから、心底人付き合いが向いていないな、と再確認してしまった。
「いや、でもね。嬉しかったよ、とっても。私も、各務ヶ原くんと出会えて良かったって凄い思えたから、お揃いだね」
「そう思ってもらえてるなら良かったです。いやマジで……」
「各務ヶ原くんはちょっと、自分に自信なさすぎだよ……あ~あ、毒気抜かれちゃったなあ」
ぽふん、と背もたれに背を預ける高町さん。
かなり和らいだ表情で、彼女は俺を見る。
「各務ヶ原くん、これから時間ある?」
「これからですか? まあ……そうですね。帰って寝るだけなんで、暇と言えば暇です」
「そっかそっか、それなら良かった。私、これから調べものする予定だったんだけど、手伝ってくれないかな?」
それでチャラにしてあげましょう。と、高町さんは言った。
俺は「え!? まだ仕事するんですか!?」と思ったが、その場の雰囲気に流され頷いたのであった。
その、一時間後のことである。
無限書庫に突撃した俺は、高町さんに「迷子にはならないでね~」という軽口に「余裕ですよ~」とか返しておきながら、当たり前みたいに迷子になったのであった。
プカプカと宙を舞う本と共に、ここで一生を終えるのだろう。
「何か……色んな意味で泣けてきた……いっそ殺してほしい」
と、死んだ目で。
ただ流されるがままに呟けば、トン、トン、と音が聞こえた。
軽く、跳ねるような、蹴るような音──要するに、足音。
一定の間隔で耳朶を揺らすそれに、身体を捩じるようにして視線を向ければ──彼はいた。
彼──ユーノ・スクライアは、どうしてか散乱している椅子や空の本棚を足場にして、気楽にこちらに降ってきた。
ふわり、と無重力空間での体捌きを心得ているように、俺の傍へと着地(というよりは着空とでも言うべきか?)する。
短く切り揃えられた、茶に近い金の髪が少しだけ舞い、元に戻る。
緑のスーツ姿。
如何にも出来る男です、といった雰囲気を言葉にするまでもなく醸し出す姿に、インテリ風を印象付けるフレームの細い眼鏡。
当然ながら足元は革靴で、実にスマートに無限書庫司書長は降り立った。
実績に似合わない、幼い顔立ちでありながらも、頼れる表情で、俺を見る。
「やっと見つけた──良くもまあ、ここまで迷い込めたものだね……えぇと、纏?」
「うお、陽キャの一族だ……」
「なんて?」
「何でもないです」
初対面でいきなりの名前呼びに思わず拒絶反応が出てしまった。
距離の詰め方がグイグイ過ぎるんだよな。
もう少し手加減してほしい──ではなく。
そんなことはまあまあどうでも良かった。
俺は無重力空間に弄ばれながらも、スクライアさんに向き直った。
「多分、探しに来てくれたんですよね。本当にありがとうございます……デバイスは落として見失うし、出口も分からないんで完全に死を覚悟してました」
「だいぶ思い切った覚悟してるね……でも、本当にそうだよ。その可能性は大いにあったから、良かった」
「ひぇ……」
半分冗談で言ったつもりであったのだが、嫌な補強のされ方をして悲鳴が零れ落ちる。
やっぱここダンジョンだろ。
初心者には早すぎるよ。
遠慮せずに高町さんに手をつないでもらってた方が良かったのかもしれない。まあ、何度あの瞬間に戻っても断るとは思うが。
何なんだろうな、あの自然な距離の詰めて来る感じ。
一年前の俺だったら「あれ? これ俺のこと好きだよね?」と疑う余地もなく思っていたところだ。
「はい、これ。多分、纏のデバイスだよね?」
「! もしかして神様ですか……?」
「大げさだなぁ。たまたま、途中に落ちてたのを見つけたんだよ」
というか、普通に出入り口の方まで流れてきていたし、とスクライアさんが言う。
何で持ち主の俺が道具を探して奥まで迷い込んで、肝心の道具が出入り口まで戻ってんだよ。
せめて逆だろ。
いや、逆でも困るんだけど。
取り敢えず、もう落とさないように内ポケットへと仕舞い込んだ。
「それじゃ、手早く戻るとしようか。なのはも心配していることだしね」
「ですね。申し訳ないですが、お願いします」
「うん、任せて──といっても結構かかるし、気楽にいこうか」
言って、スクライアさんは跳ぶ。俺もそれを追うようにして、空を蹴った。
「纏は、なのはとはどういう関係なんだい?」
「? 大丈夫です、俺と高町さんの間に恋愛感情はひとかけらも無いですよ」
「べっ、別にそういったことを、きき、聞きたかったわけじゃないんだけどね!?」
どうやら滅茶苦茶そういう意味での問いかけだったらしかった。
マジかよ。
分かりやすすぎる。取り繕うのであれば、せめてもうちょっと上手く取り繕って欲しかった。
しかし、なるほど。
スクライアさんは高町さんのことが好きらしい。
まあ、何というか概ね想像通りといったところだった。
半分幼馴染みたいなもんだろ? そりゃ好きになるよ。
幼馴染の美少女/美少年は人類の夢だからな。
「だから、違うってば。そりゃもちろん、なのはのことは可愛いとも思うし、好きではあるけれど──それは恋愛的な意味合いじゃなくて、友人的な意味合いであって……」
「なに小学生みたいなまどろっこしいこと言ってるんですか……」
「小学生!?」
明らかに好きですって顔に書いてるまであるレベルなんだけど……。
まあ、人として好きというのであれば、俺も気持ちは分かるが、結局そういった感情は恋愛に転じるものじゃないのか? 酸いも甘いも嚙み分けた大人でもあるまいし。
お前どの口で、といった感想ではあるのだが、しかし俺の場合、まだ高町さん達と出会ってから日が浅い上に、そうならないように気を付けているまであるのだ。
スクライアさんとはちょっと事情が違う。
それに、そもそもいきなり「どういう関係なんだよお前ら」とか聞いてくるのはもう、そういうことだろ……。
ハラオウン提督でもあるまいし。
「バシッと告白しないと多分、一生高町さんからアプローチかけてこないですよ。あの人、仕事とツーカーの仲なんですから」
「ツーカーって……今時使う人初めて見たよ」
「喧しいですね……」
俺だってちょっと死語出ちゃったなって思ったんだから言わないでほしかった。
もちろん、俺はピカピカの十代なので世代ではないのだが、親の良く言う言葉は何となく真似したくなるアレで刷り込まれてしまっているのだった。
というか、意味伝わったのかよ。いろんな意味で。
地球に詳し過ぎる。
「急かす訳じゃないですけど、高町さんはモテますよ。俺が研修中も堂々と職場に告白しにきた方とかもいましたし」
「それは、なんというか……剛毅だね」
「剛毅というか、普通に迷惑だったんですけどね……」
ちなみにあえなくフラれていて何故か俺の胸が痛んだ。
分かるよ、お前の気持ち……となってしまった。
ただ、それはそれとして就業中に来るのはやめろ。上司の遅れは部下の遅れにつながるんだよ。
お前が負けじと粘ったせいでその日は日付変わるギリまで作業する羽目になったんだからな。
「高町さん、今はまだ”仕事のことを第一に考えたいから!”みたいなイカレたこと言ってますけど、人って何かの拍子でコロッと変わりますからね、攻められる時に攻めておいた方が良くないですか?」
「何だかそれっぽいこと言っているけど、纏は経験とかあるのかい?」
「嘗めないでください、俺は告白してきた回数=フラれてきた回数の男ですよ。経験だけは豊富です」
「負け戦の経験しかないじゃないか!?」
「言葉の切れ味エグ」
命に関わってきそうな一言だった。
微塵も反論できないどころかオーバーキルである。
もう少しこう……手心とか加えてくれないだろうか。
シンプルに俺が可哀想なので。
「己を知り、敵を知れば百戦危うからずと言うように、ちょっと勝つには自己分析が足りなかったんですね」
「本当にちょっとだけだったのかい?」
「なに? 俺をいじめても泣き声と涙と謝罪しか出てきませんよ」
「結構色々出てくるね……」
にこ、と笑って言うスクライアさんはちゃんとしたサイコパスって感じだった。恐ろしすぎる。
俺、このままだと言葉で殴り殺されるかもしれない。
今日、二度目の死の覚悟を決める。
「とにかく、そうやって恋人と友達の中間地点で暫くヌクヌクしてるぜ~、みたいな嘗めたこと思ってたら、いつの間にか誰かにとられますよって話です」
「いや、僕だって別に友達以上恋人未満みたいな仲じゃないんだけどね……」
「そうやって余裕ぶっこいてる人がいざって時に"僕の方が先に好きだったのに!"とか情けないこと言い出すんですよ」
「やたらと解像度の高い慟哭だ……」
「別に実体験ではないですからね?」
「うんうん、分かってる分かってる」
「親父の話です」
「うわぁ! かなり気まずい詳細が出てきた!」
誰にも言うなとは言われたがまあ、こっちの人が俺の親父に会うことは無いからセーフだろう。
ごめんな、親父。
でも酔った勢いで息子に話したのが運の尽きだと思ってくれ。
「だからまあ、そういう関係性にしか見えないので……」
「それは……まあ、否定はできないかもしれないけど。それでもやっぱり違うよ」
少しだけズレた眼鏡の位置を直しながら、スクライアさんは言う。
「僕はやっぱり、付き合うとか付き合わないとか、そういったことはあまり気にしていないんだ。それはなのは達がどう、とかは関係なくて、僕が今、やりたいことに専念したいからなんだと思う」
「ふぅん……」
どうにも気が抜けた返事をしてしまったが、意外にもスクライアさんの言葉は重石のような鈍さを以て、俺の中に落ちてきていた。
やりたいこと──つまるところ、スクライアさんの場合それは、無限書庫の探索であったり、考古学の学者としての調査や研究なのだろう。
それこそが、今のスクライアさんにとって全力で生きられる道であるのだ。
純粋に、羨ましいことだと思う。
自身のやりたいことが明確に分かっているというのは。
「まあアレだけ動揺していたとは思えない感じのキメ顔だな~って感じですが……」
「うるさいな……纏に言われたくはないよ」
「そもそも俺にキメ顔が似合う瞬間はないですが」
「そんな悲しいことをキメ顔で言うのはやめないか!?」
一瞬で最悪の矛盾を起こしてしまっていた。
気を抜くと自虐ネタを挟んでしまうのはまあまあ悪い癖なので気を付けようと思う。
人によっては反応しづらいし、そもそもここぞとばかりに苛めてくる人もいるからな。
俺はこれで既に管理局で数回泣いている。そろそろ学習しろという話だった。
でも人間はそう簡単に変われないからなぁ、と唸ればスクライアさんが面白そうに俺を見た。
「あはは、僕、纏みたいな人と会ったの初めてだよ」
「そうですか? 探さなくても俺みたいなのはゴロゴロいると思いますよ」
「いや、君みたいなのがゴロゴロいたら怖いよ……」
「……え? 遠回しな罵倒?」
「メタルスライムくらいには稀少だと思う」
「すげー微妙だ……」
どうせ稀少だというのならはぐれメタルくらいは言ってほしかった。
序盤ではあんまり見かけないけど中盤くらいにはまあまあ見るし、終盤では「言うて経験値1000程度だしな……」って無視されるやつじゃん。
寄り集まってメタルキング改め、マトイキングになったりして抵抗した方が良いかもしれない。
「ふふ、凄い弱そう」
「俺もそう思います」
普通に考えて、雑魚が寄り集まったところで大して強くなれる訳も無かった。
俺はこの前ハラオウン提督とやった十先(十試合先取の対戦方式であり、同程度の実力者とやると滅茶苦茶長引いて物凄く疲れる)が二十分もかからずに敗北という形で終わった魔導師だぞ。
あのハラオウン提督の「思ってたより弱かったな」みたいな顔を未だに覚えている。
せめてランク差とかを考えて手加減してほしかった。
そもそもこちとら魔導師一年生だぞ。
「ま、僕のことよりさ、纏の方はどうなんだい? 誰か、好きな人とか」
「いやその下りはこの前やったんで……」
ハラオウン提督の手のひらの上でコロコロされたばかりである。
まあ、アレは好きな人というより、好みの話であったのだが。
特に大差はないだろう。話のカテゴリ的に。
「人のこと考える暇があるなら、スクライアさんは自分のこと考えた方が良いと思いますよ」
「随分と上からだな……」
「いやでも実際、どうなんですか? 例えば俺が高町さんにこれから告白します! とか言ったら何か感じます?」
「無謀な子だなぁとは思うかな」
「そういうことじゃねぇよ……!」
やや乱暴に椅子を蹴って加速する。
そもそもフラれること前提にするのはやめていただきたい。
いや、俺もまさか成功するなんて微塵も思っていないし、する予定だってもちろん無いのだが。
「うん、でも……う~ん、幸せになってくれたら良いなって思うかな……」
「えぇ、凄い良い人……」
己を恥じてしまうくらいには善い人だった。
中学時代、「まじめな人が好き」とかほざいていた好きな女の子がクラスのちょい不良みたいなやつと付き合い始めた時にネットで「人 呪い方」とか検索したことのある俺とは大違いだった。
我がことながら陰湿すぎる……。
「なんていうか、纏は意外と恋愛脳だよね」
「まあ……そうですね。恋多きお年頃なんですよ」
「ははっ、似合わないなぁ」
そんなことを言い捨てるスクライアさんに並べば、不意に茶髪のツインテが見えた。
ぱちり、と目が合う。
高町さんだ。
「あーっ、各務ヶ原くん! 良かった~……」
「いやはやご迷惑おかけしました」
「まったくだよ~!」
へへっ、さーせん。
ペコペコ頭を下げまくっていれば、
「何か……ユーノくんも、各務ヶ原くんも楽しそうだね? 何のお話ししてたの?」
と、高町さんは不思議そうに言った。
スクライアさんが、少しだけ考える素振りを見せてから、それに答える。
「うん? そうだなぁ──纏が、なのはに告白したらどうなるかって話かな」
「……ふぇ!?」
「なっっ、なんて悪意のある伝え方!!? ち、ちがっ、いや違わなくはないんですけど! ちょっとスクライアさん!?」
それじゃ、僕の仕事はここまでだから、とシレッとスクライアさんは去っていく。
追いかけようとしたが、高町さんの誤解はなるべく早く解いた方が良いかもしれない、と思って踏みとどまる。
く、くそぅ! 俺が何したって言うんだ!
目を見開き、口元を手で隠した高町さんにまずどう切り出して伝えるべきかを考え、俺は天井を仰いだ。