守護騎士シャマルと出会ったのは、十月一日。木曜日のことである──否、正確に言えば、もう二、三日は早く対面していたと考えられるのであるが、しかし、俺に意識が全くなかったことを加味すれば、やはり邂逅したと言えるのは十月一日で間違いないだろう。
その日は見ればわかる通りバリバリのド平日で、ただ月が替わっただけの、変哲のない日であった。
少なくとも、その他大勢の人間からすればそうで、けれども俺から言わせれば、これから先、一生記憶に残るであろうことが確定した日付でもあった。
夏が終わり、秋の足音が聞こえ始める季節。
燦燦と照り付けられていた陽光が弱まり、熱されていた空気が元の涼しさを思い出す頃合い。
そんな、毎年恒例のどこにでもあるような日。そんな日の、午後一時ピッタリ。
執務官補佐となって約三か月、研修期間も含めれば、約半年管理局で過ごしたことになる俺は、白ばかりが目に入る個室の、これまた真っ白なベッドに寝そべっていた。
ぼんやりと、此処はどこなんだろう、だなんて馬鹿げたことを考えながら、しかし何をするでもなく、ただひたすらに知らない天井を見つめていた。
白くて、知らなくて、少しだけ薬品の匂いがする、個室。
どう考えても、そこは病院の個室だった。
窓から見える景色は、ようやく見慣れたミッドの街並であることから、ミッドであることだけは確かだろう。
具体的にここがどの辺か、というのはさっぱり見当もつかないが、まあ、そこはさしたる問題でもない。
問題ではないというか、まあ、問題ではあるのだが、しかし今考えることでは無い。
俺が実は夢遊病であり、知らない間に不法侵入をキメ、勝手に病室を借りていた──などという荒唐無稽な話が通らない限り、俺の意志でここに来たということではないのだから。
──そう、自分の意思ではない。つまり、他人の意志によって、ここまで搬送された。
良く考えてみなくても、包帯グルグル巻きにされている自分を見れば、それは直ぐに分かることではあったのだが。
病院に怪我人はつきものだ。つまりは、そういうことなのだろう。
要するに俺は、墜とされた。とはいえ、何か大きな事件性があったのかと言われれば、そういうことでもないのだが。
まあ、何というか──気が、抜けていたのだろう。
入学したばかりのガチガチだった学生が、二月もすれば先生とだって軽口を叩けるようになるように。
人とは慣れるものであり、そこは俺だって例外ではない。
むしろ、悪い意味での、優秀な例になったばかりと言っても過言ではないのだろう。
考えても見れば、昔からそういう役回りは俺のものみたいなところがあったし、こうなるのも必然だったのかもしれない。
しかし、まあ。
生き残ったのか、と。そんなことを思った。
──油断したな、局員さん。
ふと、意識を失う寸前に投げかけられた、何ともありきたりで陳腐なセリフが思い返された。
バインドで締め上げられた男が、俺の胸を射撃魔法で撃ち抜くと同時に放ってきた言葉。
気合でバインドは解かなかったし、結果的に逮捕はできたはずだが──。
やらかしたな。
本当の本当に、やらかしてしまったと、俺は少しだけ目を瞑る。
これは迷惑をかけてしまった。それはもう、多方面に。間違いなく。
最近はご無沙汰だったものの、親しみ慣れた自己嫌悪が腹の底からうじゃうじゃと湧き上がってくる──ああ、本当に面倒くさい。
こうなった時の自分の機嫌は、本当に取るのが難しい。
いやに鼓動が早まり始めたのを自覚して、まずは落ち着こうと思った。
なぁに、逮捕はできたんだし、結果的に死にはしなかったんだ。
満点とは言わずとも、八十点くらいの出来栄えだろ。
合法的に仕事も休めたことも加味すれば、百万点あげてもいいくらいだ。怪我は男の勲章とか語っていた先輩局員もいたし、もっとプラスしても良いかもしれない。
なあ、そうだろう? と、気休め的に思う。
そんな、絶妙になんとも言えない心境であるにも関わらず──否、そんな心境であったからこそ、俺は出会ったのだろう。
風の癒し手、シャマル。
夜天の書の主である、八神はやてに仕える四人の騎士が一人。
現在は管理局にて医務官として従事する、湖の騎士と。
「何で怪我したことで加点してんねん。逆や逆。入院するような怪我しとる時点でマイナス一億万点に決まっとるやろ」
「えぇ、判定キツ……やばいマイナスに振りきってるじゃないですか」
「だから、そういうことだって言ってるんよ」
サラサラと、手元を見てすらいないのに、リンゴを薄皮一枚分だけ切り剥いていくのは八神はやて──八神さんだった。
平日であるにも関わらず、まさかの私服。
目覚めて早速、辛辣に指摘された点について、もう少し粘って抵抗しようと思ったが、ちゃんと正論だったので奥歯を噛み締める。
ついでに言えば、八神さんの私服姿は初めて見たということもあって、その新鮮さに完全に脳がやられていた。
普段の格好とは違う女性って、なんでこんなに魅力的に見えるんだろうな。
「もう、ビックリしたんよ? 本当に。いきなり纏が墜ちたなんて連絡がくるんやもん」
「いやぁ、俺もビックリでしたね。衝撃的過ぎてしばらく意識飛ばしてました」
「あんなぁ、あんまり冗談で済ませてええことやないんよ? ま、女性の私服姿に見惚れちゃう余裕があるなら、一先ずは安心やけどな~」
「ぐぅ……」
ダメ出しに重ねて見惚れていたことまでバレてしまっていた。
反論の余地がない、お手上げ降参だ。
「一応、言い訳しておきたいんですけど、八神さんの私服姿だから見惚れただけで、別に俺は女性なら何でもいいみたいな人間じゃないですからね」
「……纏、頭でも打ったん?」
「なんで!?」
ちょっと弁明しただけで頭に異常がある疑いをかけられるのは流石に酷すぎだった。
マジでなんなの?
本人は10月であるというのに「はー、あっつ」とか言ってパタパタと手で煽いでるし、そっちこそ診てもらった方が良いんじゃないだろうか。
頭というか、もう全身を。
「残念ながら、私は纏とは違って健康体や。病気も怪我も、一つもあらへんよ」
「や、俺だって健康体ではあるんですけどね……。怪我だってもう何とも──」
「えいえいっ」
「ぐおっ!? ちょっ、傷口押すのはっ、いってぇ!」
「あっはっは。それで、怪我だって……なんや?」
「…………」
笑っているのに、笑っていないというか。
まあまあちゃんとキレてる顔で、八神さんは俺を見ていた。
こ、こえぇ~……。
研修中、資料にコーヒーぶちまけた時よりキレてるよアレ。
出来れば速やかに土下座フォームに移行したかったが、全身が無理ですと叫んでいた。
まあ、ね。
滅茶苦茶痛い上に、なんか怠い。
曲がりなりにもちゃんと怪我人だった。
「別にな? 私も怒ってる訳やないんよ」
「うわ……」
出たよ。上司/先生/親特有の「怒ってないですよ」アピール。
どう見ても怒ってるんだよ、それは。
むしろ、怒ってますって宣言してるのと同義なんだよ。
取り繕えてないから。マジで。
「じゃあ、私は怒ってるんよ」
「そう言われたら言われたで気が沈みますね」
「どうしろって言うねん……!」
「できれば怒らないでほしいですね……」
「それは無理やな」
「はい」
はい。
残念ながらそういうことだった。
怒られは避けられないらしい──まあ、仕方がないだろう。
心配からのものなのだろうし、無碍にするのは人としても最悪の選択だ。
実際、今回は俺の慢心が生んだことなのだし。
甘んじて受け入れるとしよう。
「初めに言っておくとな、今回の件について纏が責められるような部分は無かったと思ってるんよ」
「……そうなんですか?」
「うん──といっても、それは私から見た場合で、フェイトちゃんたちからすれば分からんけどなぁ。でも、実際犯人は捕まえて、周りへの被害も抑えてる訳やしな。新人にしては上等や」
紙皿に乗せた林檎をこちらに置いて、八神さんが言う。
「それに、その場にいた局員にも褒められてたし、感謝されてたで? 守られたって。だから、良くやりました」
「何か……八神さん達って、人の頭撫でるの好きすぎませんか?」
「そう? でも、頑張った子を褒める時は、こうするのが鉄板やない?」
「俺もう十五歳なんですけど……」
自分のことなので良く分かっているのだが、本当にこういう距離の詰められ方に、俺は弱い。
ただでさえ怪我──それも恐らくは重傷だった──を負っていて弱っているのだ。
これは、かなり心に来る。
やれやれ。
俺がゲームのヒロインだったらここで落ちちまってるぜ。
俺は気合で動かした左手でそっと八神さんの手を払った。
「マジ惚れますよ、良いんですか?」
「んー? ええよ。その場合、一生働いてはもらうけどなあ」
「こんなに成功してほしくない告白初めてだ……」
絶対に好きになっちゃいけない類のアレだった。
というか、普通にOKする前提で話を進めないで欲しい。
ちょっと本気で考えちゃっただろうが。
「ま、でもな、纏はちょっと自分に無頓着すぎると思うんよ」
「そうですかね? 俺ほど自分のこと大好きな人間、早々いないと思いますが」
「でも、自分が怪我した時、誰かに心配かけたとか一ミリも考えへんかったやろ?」
「む……」
図星だった。けれども、それはそれで別問題だろう、とも思う。
プライベートならまだしも、仕事なのである。
それも、今回の件は別案件で三日ほど出張に出たハラオウンさんの代わりの捜査だ。
無論、俺に任されただけあって本当にちょっとした捜査であり、まさか戦闘になるだなんて一緒にいた他局員の人も思っていなかったほどの、小さな案件であるのだが。
むしろ、だからこそ迷惑をかけてしまったと、まあ思う。
「だーかーら、そういうところやって、言ってるんやけどな?」
「はぁ」
「纏はもう、立派な戦力や。管理局にとっても、フェイトちゃんにとっても。もっと言えば、私の大切な友人でもある」
「俺達、友人だったんですね……」
「逆に今まで何やと思ってたん!?」
「知り合いとか?」
少なくとも「友人です」等と言い張れるようなものでは無いんじゃないかな、と思っていたのであった。
いやだってこう……同期ならまだしも、上司だった訳だしな……。
俺が卑屈だとか、変な見方をしているとか、そういう訳じゃ無いと思う。多分。
「それにほら、高町さんが名前を呼び合ったら友達だって言ってましたし。逆説的に呼び合ってなければ友達ではないっていうミッドチルダルールでもあるのかな、と」
「それはなのはちゃんの独自ルールや。いや、ルールっていうか……あらゆる人間を友達枠にする、強制魔法?」
「なんて無法な魔法なんだ……」
強力すぎだった。
やっぱりあそこで断っておいて正解だったな、と思う。
いやだってほら……恥ずかしいじゃん?
「でもまあ、そういうことならアレですね。おめでとうございます、俺の友人第一号ですよ、八神さん」
「一号!? 今まで誰一人友達おらんかったんか!?」
「……………」
「あっ……ごめんなぁ」
危なかった。
あまりにも強烈な一言過ぎて意識が飛びそうになってしまった。
というか半分は飛んでた。白目とかむいてたと思う。
言葉だけで人は殺せる。八神さんはこのことだけは覚えて欲しいな。
「ふふ、でも一番かあ。そら光栄やなぁ」
「そうでしょう? まあ、何か良いことがあるかと言えば、特にありませんが」
「損得必要ない関係ってのが、友人ってものやで──だからな、纏。少なくともここに、きみを心配する人がいるってことだけは頭に入れて、無茶してな」
「んむっ」
あまりにもかけられたことのない類の言葉すぎて、思わずポカンとしてしまっていたら、切り分けられたリンゴを口に入れられた。
そのまま手は離されるかと思ったが、特にそんなことはなく、むしろ押し込んでくるので仕方なく咀嚼する。
シャクシャクと。
最後まで食べ切れば、少しだけ押し込まれていた白く細い指が抜けていく。
「そういうことや、分かった?」
「……」
「返事っ」
「あっ、は、はい」
「ん、よろしい」
それじゃ、私は用があるから、この辺でお暇させてらもうな~、と。
実に上機嫌な声音でそう言って、病室から出ていった八神さんと入れ替わるように、彼女は病室へと入ってきた。
如何にも医者らしい白衣を纏った、綺麗な金の髪の女性が。
……なるほど。
俺は反射的に、あるいは本能的に独り言ちた。
「これが……白衣の天使!」
「あら、寝起きから元気な人ね」
全治一か月──というか、取り敢えず退院が許されるまでが、一か月。
俺の主治医であるという、守護騎士シャマル──シャマル先生は、三日くらいで退院できると思い込んでいた俺に、呆れたようにそう告げた。
「や、流石に大袈裟じゃないですか? デスクワークくらいならもう余裕でいけますよ」
「ダメなものはダメです。ただでさえ、怪我以外に疲労が溜まっていたみたいだし……ここで一度、万全の状態に戻るまでは退院の許可は出せません」
「はぁ……そうですか。じゃあ仕方ないですね」
「あ、あれ?」
ラッキー、と思って起こしていた身体をふかふかのベッドに倒せば、シャマル先生は驚いたように俺を見た。
え? 何? もしかして今のは
「だけど俺は……どうしても働きたくて!」
「もう、仕方ないわね……今回だけよ?」
みたいなやり取りがしたかったのだろうか。
俺の口からそんな勤労意欲に溢れ切ったセリフ、出てくるわけがないので、もしそうだったのであれば他をあたってほしい。
むしろここぞとばかりに休暇を満喫しようと思っていたまであった。
「驚いちゃった。てっきり、なのはちゃんやフェイトちゃんみたいに、直ぐにでも病室を飛び出しちゃうかと思っていたから……」
「俺をあの異常者たちと同じくくりにしないでほしいんですけど……昔から、医者には素直に従うタイプですよ、俺は」
「昔から?」
「ん、ええ、まあ。事故に良く遭うタイプのクソガキだったんですよね、俺」
これまでの人生で車に撥ねられた回数は片手では数えきれないほどである。
両手でもギリ足りないかもしれない。
だからそういった、いわゆる"命の危機"に頻繁に遭っていたから、魔力の存在を自覚できたんじゃないか、なんて言っていた局員の方もいたっけな。
まあ、その辺はどうでも良いのだが。
少なくとも医者に歯向かって良いことは無いということは既に経験済みであった。
「それに、今はあんまり能動的な行動できる気分じゃないので」
「……そう。そうよね、初めての撃墜だったんだものね」
「ああ、いえ。別にその辺は特に、何も」
「そ、そうなの?」
「失うほどの自信、特にないですからね」
順調に育ってきているとは言われているが、それでも俺が魔導師となってから日が浅いのは確かなことで、だからこそこういった事態はまあ、ある意味では想定内だった。
想定内というか、織り込み済みというか。
こんな日はいつか来るだろうとは思っていた。
まあ、心構えをしていただけで、落ち込まないかと言われればそうでもないのだが。
何というか、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
特に、俺を信頼して任せてくれたハラオウンさんにはちょっと顔を合わせたくないくらい申し訳ない。
あの人は特に気にせず、むしろ俺が無事でよかった、だなんて言いそうなだけに、なおさら。
「あー……なるほど。要するに、纏くんはかなりの卑屈屋さんなのね」
「おっと、言葉のナイフは使い時を考えてくださいね。今の俺は掠り傷でも致命傷ですよ」
「大丈夫、ギリギリ致命傷にならずに済んだばっかりなのよ? 言葉くらい平気に決まってるわ」
「あれ!? 俺ってそんなギリギリのラインに立ってたんですか!?」
シレッと告げられる衝撃の真実だった。
マジかよ。俺、死にそうだったのか……。
二、三日意識飛ぶのとか慣れ過ぎてて感覚がおかしくなっていた。
そっか、俺、胸撃ち抜かれたんだもんな……。
地球の技術だったらまず助かってなかっただろう。
「もう、大変だったんだから。フェイトちゃんなんて昨日まで付きっ切りでここにいたのよ?」
「うわぁ……罪悪感が凄いことになってきた」
「因みに搬送されてきた初日はなのはちゃんが半泣きでかけつけてきたわ」
「は? それはもう俺のことが好きなやつじゃん……」
恋人とかがやるやつじゃん、それは。
俺じゃなかったらこの瞬間に実らない片思い、しちゃってるからね?
俺は滅茶苦茶デリケートな生き物なので丁重に、気を付けて接してあげてほしい。
……いや、冷静に考えたらハラオウンさんもやばいな。つきっきりってなに?
感じてる責任が明らかにデカいやつじゃん。
「実際、かなり危険な状態ではあったわ。現場の局員が、纏くん以外にも新人ばかりだったから、処置も遅れてて……正直、これは死んだなと思ったほどよ」
「ちょっと? 済んだ話だからってあっけらかんすぎるでしょう?」
「主治医として、事実は包み隠さず伝えてあげないといけないと思うから……」
「凄い……優しさに見せかけた純度の高い悪意だこれ……」
あるいは優しさが一周して闇落ちしていた。
思わず助かったことに感謝をささげてしまったほどだった。
いや、むしろそう思ってしまったことこそ、医者冥利に尽きるのか?
口振り的に、シャマル先生のお陰で助かったっぽいしな。
「すいません、遅れましたね。助けてくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ、これがお仕事ですから。それに、はやてちゃんの貴重なお友達だし」
「うぉ……個人の感情が滲み出てる」
「そういうものよ、仕事なんて」
何というか、かなり大人な意見だった。
何だかんだ、ちゃんとした大人と関わることがあまり多くないのでちょっと新鮮だ。
このちょっと擦れてる感じ、親父を思い出すぜ。
「だから。仕事だから。纏くんの愚痴も聞けると思うんだけど、どうかしら? これでもカウンセリングもできるのよ? 私」
「すごい、優秀なお医者さんだ……」
「そうなの。すごーいお医者さんだから、何でも話してくれて良いのよ? もちろん、その辺は公私分けるから」
「…………ちょっと待ってくださいね? 今、凄い心が無防備状態なんで」
ちゃんと泣きそうだった。
あんまり強度の高い優しい言葉をかけないでほしい。
かなり心に沁みてくる。
思わず地球でお世話になってた主治医さんを思い出してしまった。
今気づいたけど医者ってフィルターがあったら好きになる感じしないな。
「まあ、特に何か言いたいことがある訳ではないんですが」
「あれぇ……?」
「いや確かに、何も思ってないという訳じゃないんですけど……済んだことですからね」
迷惑をかけたとか、まあ、心配させてしまったとか。
そういったことも含めてもう、仕方のないことなのだった。
現実は現実として受け止めなければならないだろう。そういったものから嫌だ嫌だと目を逸らすのは得意ではあるが、俺の経験上あまりそれに意味は無い。
だからまあ、粛々と療養をして、復帰した暁には土下座フルコンボでもかましてから業務に没頭するしかないのだ。
流石に、ここまでの重傷を負ったのは初めてだったから動揺したが、一先ず生き永らえた訳だしな。
「だから、シャマル先生が思ってるような、撃たれたのがトラウマになってるとかも無いですよ」
「そう、なの?」
「アレくらいでトラウマになってたら俺、研修時代でもう鬱になってますからね」
非殺傷設定とはいえ、どうしてこう、教導隊の人は遠慮ってものが無いんだろうな。
砲撃魔法に全身呑まれた時の「あ、これ俺死んだわ」感は異常。
でもアレを乗り越えられたら大体の攻撃が怖くなくなるんだから、ちゃんと意味があるんだなと今気づいた。
ただの嫌がらせだと思っててごめんなさい、高町さん……。
「それに、こうやって怪我するのも、管理局では日常茶飯事みたいなものでしょう? そう考えたら、この程度でうだうだ言ってられないと思うので」
「うーん、それはどうかしら。周りにとっての普通が、自分にとっての普通である必要なんてないと思うわよ。
事柄の強さで不幸や辛さが測れるほど、人は単純じゃないんだから」
「それは……そうかもしれませんが。でもこれまでだって、今よりしんどいことはありましたし……平気な顔できるうちは、そうするべきなのでは?」
「そもそも、苦しさやしんどさに強弱、大小の差をつけるのが私はナンセンスだと思うけどね。誰だって、いつだって苦しい瞬間が一番苦しいに決まってるんだもの」
だから、弱音も愚痴も吐いて良い──否。吐くべきであるのだと、シャマル先生は言う。
何というか、あまりにも正論だった。気圧されてしまうほどには、正し過ぎだった。
とはいえ、である。
俺は普通にしんどいことがあったら即座に口に出してしまうタイプのやつだったので、今更言われるまでも無いって感じだった。
今時流行らないからな、闇を抱えてる系主人公は。
「まあ、纏くんはヒモになりたい系主人公だものね」
「それ絶対高町さんから聞いたやつだろ……何度も言いますが、俺がなりたいのは専業主夫なんですってば」
「それって、ヒモと何が違うのかしら?」
「まずですね、言葉の響きが違います」
「体面だけ取り繕おうとしてんじゃないわよ……!」
「はわわ……」
思っていたよりガチなトーンでキレられてしまい、はわわってしまった。
「良い? ヒモってのはね、本当に最悪な生物なのよ? あの人ときたら、言葉巧みに距離を詰めてきてビックリするくらいスムーズに家に上がってくるんだから。それでいてこっちの同情を誘って気付けば棲みついてるし、それにこっちは違和感を感じないし、かといっていざ我に返ったらシレッと夜逃げするみたいに出て行くのよ!? あの後慰めるのにどれほど時間がかかったか!」
「多い多い多い! 情報量が多すぎる!」
諭すっていうかもうただの誰かの実体験だったし滅茶苦茶早口だった。
か、可哀想すぎる……。
そんなあくどいやつがいるのか、と正義の心に満ち溢れている俺は拳を握ってしまった。
「安心してください、俺は逃げ出したりなんかしませんよ。養ってくれている間は」
「養えなくなったら?」
「ちょっと考えますね」
「そこは嘘でも支え続けるって言わないとダメなところよ!?」
しかし……俺も死にたくはないからな……。
飢えと言うのは本当にきつい。出来れば二度は経験したくないところだ。
「ま、冗談です。俺は一途に尽くすタイプですからね。そんな、俺のことを養えなくなるような事件事故、起こさせやしませんよ」
「……凄い、一瞬かっこよく見えたわ。最低のセリフなのに」
「最低だったかなぁ……」
俺史上最高のセリフだった自負があったのであるが、シャマル先生的にはNGだったらしい。
やれやれ。
女心ってやつは難しいな。
「こういうのって、男女は関係ないとは思うのだけれど……」
「じゃあシャマル先生は難しい人なんですね」
「私……!? 私がおかしいのかしらこれ……!?」
疑問符をいっぱい飛び散らせるシャマル先生。
こうやってあたふたしている女性を間近で見るのは、ともすれば初めてであるのだが、滅茶苦茶可愛いな……。
ただでさえ、シャマル先生は気を抜けば目を奪われそうな美貌の持ち主なのである。
先生フィルターを突き破ってくる破壊力だ。
これは危ない。
「何か……はやてちゃんが"変わった面白い子"って言ってた理由が、分かった気がするわ……」
「別にウケは狙ってないんですけどね」
「存在がもう面白いもの、纏くん」
「……?」
罵倒か罵倒じゃないか、かなり判断に迷う言い草だった。
ハラオウン提督か、スクライアさんが言ったなら間違いなく罵倒だったんだが……。
ここはシャマル先生の可愛らしさに免じて不問としよう。
「それと、あまり女性に直接可愛いだなんて言うものじゃないわ。勘違いさせちゃうわよ?」
「えぇ……でも、本当に可愛い人は言われ慣れてるだろうし、俺も本当に可愛い人にしか言いませんからね……」
「微妙に反応に困ること言い出したわね……」
ぶっちゃけ、俺はお世辞とかが得意じゃなかった。
可愛い人は可愛いし、綺麗な人は綺麗。かっこいい人はかっこいい。そういうものだろう。
だから俺は、ハラオウン提督のことを完璧超人のイケメンだと思ってるし、ハラオウンさんのことをとんでもない美人だと思ってる。
それに友達を作るにはまずは褒めるべきって、小学生の頃に読んだ本に書いてたしな。
「……そのやり方で、これまで友達はできたの?」
「ふふ、実はさっき一人出来ました!!」
「……良かったわね」
物凄い慈悲の眼差しを俺にぶっ刺しながら、シャマル先生は俺の頭を撫でた。
余計なお世話すぎる。
これから増える予定だから良いんだよ……!
ほっとけ、と頭を振って手を払えば傷口に響いたようで、我慢できずに苦悶の声が出た。
「もう、ダメじゃない暴れたら。まだ絶対安静なんだから」
「はい……ごめんなさい」
「謝るのだけは素直だし早いわね……」
まるで他のことは全部卑屈で遅いと言わんばかりであった。
まったく、失礼な人である。
一呼吸入れて反論してやろうかと思ったが、不意を突くようにあくびが転び出た。
「あー、ごめんなさい。何か急に眠くなってきました……」
「え? あっ、そういえば起きたばかりだったものね。そうなるのも当然だわ……ごめんなさいね。ゆっくり休んで」
「はい、おやすみなさい……」
と、そこまで言い切ってからストンと、自分でも驚くほどスムーズに意識が落ちた。
久々のふかふかベッドだ。
仮眠室のちょい質の悪いベッドとは別格の寝心地だからかもしれない、とそう思った。