少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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評価感想等が嬉しかったので更新です。次は本当に一か月後だと思います。


守護騎士ヴィータは幼女な教官である。

 守護騎士ヴィータはプログラムである。全くもって嫌らしい言い方をすれば、人間ではない。かといって、ハラオウンさんのようなクローンという訳でもない。ただ、純然たる事実として、人間ではなく、ある意味では生物ですらない──それが、守護騎士ヴィータ。元、闇の書守護プログラム。現、夜天の書守護プログラムの一人である。

 見た目は幼い、赤色の似合う緋色の髪の少女であるが。

 時には理知的で、魔導師としての実力は遥かに高く、けれども時折見た目相応の子供っぽさを魅せる彼女であれど、しかしその本質は誰かに作られたものであり、設計された、人工の存在であるのだ。

 無論、かつて闇の書が作られた際に、彼女の元となったベースが──それこそ、クローンと同じように──いたかもしれないが、今となっては知り得ないことを考えても仕方がない。

 だからこそ。

 本来であれば、人の世に相容れられる存在ではない──そう、本来であれば。

 あるいは、元より想定されていた守護騎士としての運用がなされていれば、ありえなかった。

 つまるところ、己が主のみを守護することだけを目的とし、活動するのであればありえなかったのだ。

 だから、そういった意味で彼ら守護騎士を人間社会に適応させている要は、彼らの主である八神さんに他ならず、仮に彼女がいなくなれば、その瞬間、彼らは人の世から外れるのだろう──などと思っていたのだが、しかしそういう訳でも無いのかもしれないと、最近は考え始めていた。

 きっかけは、当然ながらシャマル先生である。少なくとも、初めて接した守護騎士が彼女であり、つい最近までお世話になっていたことで、考えられる余地が増えたという訳だ。

 思考に余地が増えた──疑問が挟まる、余裕が出来た。

 そもそもなぜ、守護騎士は人型である必要があったのだろうか?

 人ではないのに──人である必要もなかったはずなのに、人を模したのはなぜなのだろうか。

 人になろうと、そう思わせようとしているわけでもあるまいし。

 

「それは、そんなに難しいことではないんじゃないかな。だってそんなの、一つしか理由は思い当たらないだろう?」

 

 そんなことを、余談として語っていれば、スクライアさんは呆れたようにそう言った。

 プカプカと無重力に全身を預けてる俺の反対側、手元のファイルをもとに本棚に本を収めながら、当然のように。

 

「人といるため、じゃないかな。誰かの──この場合は、夜天の書の主の傍に寄り添うために、彼らは僕らにとって馴染みのある姿を取っている」

 

 それに、強力な力を持つ個は、いつの時代も狙われるものであり、易々と味方が作れない。

 そういった事情を含めて、真に信頼のおける同族が──少なくとも表面上は──必要だったのではないか、と。

 実際、八神さんも彼女ら守護騎士を家族同然に……いいや、家族として接しているという。

 なるほど、確かに。

 そう考えればあまりにも理にかなっている。俺だって、無条件に心の底から信頼できる誰かがいるのであれば、それだけで心の安寧は保たれるだろう。

 他人とは、本質的に信頼してはいけないものなのだから。それがどれだけ良い人であったのだとしても。

 

「それに、そもそも設計者だって、人間だったのは確かなんだ。異形の何かを守護騎士として傍に置くのはこう……抵抗があったんだろ」

「確かにぃ……」

 

 盲点だった。

 確かにキメラみたいなのを手元に置きたくは……いや、ちょっと置きたいけれど。

 個人的にはかなり興味をそそられるのだけれども。

 万人に受け入れられる感じの(へき)ではなかった。

 それに、そもそも人というのは未知を作れない生き物だ。

 何を作るにしたって、既知と既知との組み合わせになる──そう考えればやはり、人型というのは実にスマートな形であった。

 あるいは、魔導師という存在が、設計者の中では最強の存在であったという可能性もあるが。

 それを後押しするように、守護騎士はみな例外なく強いという話も聞いている。

 あのお淑やかで、喧嘩の現場に居合わせただけでコロッと逝ってしまいそうな儚さすら感じるシャマル先生でさえ、そうだというのだ。

 であれば、やはり。

 鉄槌の騎士の名を冠する、守護騎士ヴィータが俺の想像を軽く飛び越えて強いのは、当たり前とでも言うべきことだったのかもしれない。

 ──と、そんなことを思いながら、空を駆る。

 

「グラーフアイゼン! ロードカートリッジ!」

『Explosion.Raketenform』

 

 薬莢が排出される独特の炸裂音が、天高く響き渡る。

 ──ん? は? カートリッジって言った? 今。

 おいおいおいおい死んだわ、俺。

 

「ラケーテン──ハンマァァアアアア!」

「ひょぇ……」

 

 さながらジェット機のように突然火を噴き始めたデバイスを手繰り、ヴィータさんは超高速で踏み込んだ。

 事前に用意していたバリアは、幾らかの拮抗の後に易々と打ち砕かれる。

 デバイスで軌道を逸らそうとしたが、ぶつかり合った瞬間砕け散った。

 当然、次に穿たれるのは俺な訳で。

 ヤバいと思った瞬間には地面に叩きつけられていた。

 空を見上げれば、肩にデバイスを担いだ赤色の幼女。

 最近俺、痛い思いし過ぎじゃない?

 ビーッ、と試合終了の音が鳴り響き、俺はしめやかに失神した。

 

 

 

「各務ヶ原くんもそろそろ、魔導師ランク昇格試験受けてみたら?」

「何がそろそろなのかはさっぱり分かりませんが、取り敢えず嫌です」

「即答!? しかも取り敢えずで嫌なんだ……」

「俺、試験とかいう類いの概念、嫌いなんですよね」

「各務ヶ原くんはちょっと嫌いなものが多すぎない?」

 

 などと、唐突に、かつ失礼なことをシレッと言ってのけたのは、当然ながら高町さんだった。

 時刻は夜の十時半。何とか帰宅することに成功していた俺は、高町さんと電話していた。

 そう、電話。

 お恥ずかしながらこれまで、友達が全くいなかった身としては、こんな時間に知り合いとプライベートで電話するというのは初体験で、ドキドキとしていたものであるのだが、良くも悪くもそれは一瞬で霧散したのであった。

 ちなみに画面あり通話だった。

 普段とは違い、髪をおろした高町さんの姿を瞳に刻みつけながら、ため息を吐く。

 何でこう、髪型がちょっと変わっただけでこうも心にグッと来るようになるんだろうな。

 

「俺の嫌いなものばかり生み出す世界側が悪いと思うんですよね」

「凄い壮大な責任の押しつけだ……」

「世界はもうちょっと俺のことを考えて回ってほしいものです」

「星単位で自分本位な人、始めて見たよ私」

「まあ、俺はいずれワールドクラスの人間になる男ですからね……」

「ワールドクラスのヒモってこと?」

「専業主夫だって言ってんだろ」

 

 何度訂正しても聞き入れてくれない高町さんなのであった。

 どうにも初対面での会話でヒモとしてイメージが固まってしまったらしい。

 高町さんが俺の話を他の人にするたびに、誤解が広まってるのをいい加減自覚してほしかった。

 なんで初対面の人に「あっ、噂のヒモになりたい子ね」とか言われなければならないのか。

 この前なんて年下の局員に「ちゃんと働かないとだめですよ?」と言われて普通に泣きそうになったんだからね?

 

「それは……なんていうか、ご愁傷様だね」

「他人事だと思いやがって……!」

「実際、他人事なんだもん」

「下手人のくせに図々し過ぎない?」

 

 面の皮が厚すぎだった。人の心とか無いんだろうか。

 

「まあ、そんなことより、何で魔導師ランク上げようと思わないの?」

「全然そんなことではないですが……。俺からすれば、何でそんなもんを上げさせたがるのか、分からないくらいですけどね」

「単純に局内で融通が利きやすくなるだろうから、かな……それにほらっ、やれる仕事も増えるよ?」

「俺の平均退勤時刻は22:30ですが何か言いたいことは?」

「私の方が遅い……まだまだだね」

「そういう張り合い方がしたいんじゃねぇんだよ……!」

 

 別に社畜キングを決める戦いを仕掛けた訳じゃない。

 これ以上はもう働きたくないって言ってんの。

 そもそも俺が高町さんやハラオウンさんと勤務時間で勝てるわけないだろ。

 仕事にIQ溶かされてしまったのかもしれないな、高町さんは。

 取り敢えずもっと早く帰って性急に正常な思考能力を取り戻してほしかった。

 こんな時間に電話なんかしないでぐっすり眠って欲しい。

 

「もう、面倒くさい子だなぁ、各務ヶ原くんは」

「今更ですか?」

「一応自覚はあったんだね……。うぅん、もう仕方ないから言っちゃうけど、あと数年以内に、はやてちゃんが部隊を作る予定なんだ。その時、各務ヶ原くんにも入ってほしくって」

「うお、身内で固めた部隊ってことですか? すげぇ厄ネタ臭がする……絶対に裏があるやつだ」

「きみ、そういうところは鋭いよね……」

 

 つまりはそういうことだった。

 えー、マジかー。

 い、嫌だな~……。

 俺の命をこれまで幾度となく救ってきてくれた、危険感知センサーが吐きそうなくらい反応していた。

 いや、だって……。

 これつまり、八神さん、高町さん、ハラオウンさんを主体としたいわゆる最強部隊を作るってことだろ?

 当然ながら守護騎士も入るだろうし、あの八神さんのことだ。

 ランクは低いながらも歴戦の猛者だったり、将来有望な子を引っ張ってくるに違いない。

 更に言えば、八神さんはそんなものを無意味に作るようなことはしない人だ。

 必ず、()()()()()()()()()()()()()がある。

 これほどまでの過剰戦力を保有しなければいけない、最悪の理由が。

 

「これ、断ってもいいやつですか?」

「それは良いけど、残念ながらフェイトちゃんがもう承諾しちゃってるから、補佐のきみも当然……」

「くっ、くそぅ!」

 

 交渉とかする以前に逃げ道は断たれていたのであった。まあ、分かってはいたことであるのだが。

 俺の知らないところで俺が巻き込まれることが確定してるの、あまりにも無法すぎるな……。

 俺にも少しくらいは決定権を与えて欲しいところであった。

 いや、確かに高町さんや、八神さんとまた働けるのはまあ……楽しいかもしれないが。

 絶対に今より忙しくなる。そんな予感がひしひしと感じられた。

 

「何かやたらと期待してもらってるのは有難いんですが、そもそも俺、高町さんほど強くないですよ?」

「うん、知ってる。でも頑張ればランクAに届きそうなくらいであるってことも、知ってるよ」

「は?」

「各務ヶ原くんの最初の一か月、面倒見てあげたのは誰だったかもう忘れちゃったのかな~?」

「…………」

 

 俺の個人情報が筒抜けすぎだった。

 というか、え? 俺そんなに強かったの?

 なんか自信出てきたわ。

 

「え? 逆に各務ヶ原くん、自分の実力をどの辺だと思ってたの……?」

「ランクBになれたのも奇跡なんだろうな~、って思ってたくらいですが……」

 

 正確に言えば、それすらはっきりとも考えてはいなかったのであるが。

 いきなり魔法の世界で働くことになって、強さとか一々気にしてられないだろ。異世界転生じゃねぇんだぞ。

 普通に新生活に慣れたり、仕事覚えたりでそんな暇はなかったし、実際のところ、誇張抜きで結構どうでも良いことだった。

 補佐になるという目的はもう果たされたわけだしな。

 後は俺の素敵な養われ先が見つかればそれでよかった。

 あるいは、自分が本当にやりたいこととかな。

 

「まあ、何ていうか事情は分かったんで……前向きに検討するよう、善処する努力はいたします」

「うわぁ、頑張るって気持ちが一切籠ってないね」

「頑張るの苦手なんですよね」

 

 というか研修期間中に受けた、執務官補佐用の考査を一発で合格した時のでもう努力はしばらく良いな、と思っていただけにテンションが上がらなかった。

 もうね、全く上がらない。

 だってこれ、ランク上がったとしてもただ忙しくなるだけだろ?

 頑張り甲斐が無さすぎるだろ。

 

「受かったらよしよししてあげるよ?」

「もしかしなくても高町さん達は俺を幼稚園児か何かだと思ってませんか?」

「だって各務ヶ原くん、小さいし……」

「こっ、この……ぐぬ……んがーっ!」

「あははっ、ごめんごめん」

 

 煽りに耐えられず思わず野生に返ったが、ただ爆笑されただけで終わってしまった。

 そう。そうなのである。

 実は俺、高町さんよりちょっっっとだけ身長が低い。ほんの数ミリ……数センチ……具体的には5センチくらい低い。

 ま、まあ? 俺の成長期はここからだし?

 

「部隊が出来上がる頃には上から見下ろしてやりますから、覚悟してくださいね……」

「うんうん、楽しみにしてるね」

「くそっ、生暖かい目で見ないでください! ……とにかく、昇格試験については分かりました。一応、受けるだけ受けときますよ」

「ん、ありがとう。一応こっちからも手助けはするから、頑張ってね」

 

 と、そんなやり取りをした後日。

 素直で良い子な俺は大人しく、昇格試験を受ける手はずをさくっと整えていた。やらなかったら何言われるか分からないからな。

 だがまあ、勉強とか訓練とかをする気は一切ない。そういうのはやりたい人がやれば良いんじゃないかな……。

 受けるとは言ったが、受かるとは言ってない俺としては気楽なもんである。

 取り敢えず受けるだけ受けて、「いや~、頑張ったけど無理でした!」とか言っておけばいいだろ──とか、思っていたのだが。

 

「あたしが、今日から試験まで、お前の面倒を見てやる、ヴィータ三等空尉だ。短い間だが、よろしくな」

「……??」

 

 朝、普通に出勤したら赤色の幼女がいた。

 訳知り顔で、ハラオウンさんが「仕事は任せてくれて大丈夫だから、頑張ってね、纏!」と満面の笑みを浮かべる。

 ?? 何? どういうこと?

 

「ふー……ちょっと待ってくださいね? ガチで何も聞いてないんですけど」

「は? あー、まあ、急だったからな。何、そう難しい話じゃねー。ただ、お前がちゃんとランクAに上がれるよう、少しだけあたしんところで預かるって話になっただけだ」

 

 飽くまで表向きは、ただの現場復帰用の研修って形だけどな、と。

 そんなことを、薄く笑みを浮かべながら、赤色の幼女──否、ヴィータ戦技教官はそう言った。

 現場復帰用の研修──管理局にはそういう、長期に入院していた局員向けに一週間ちょっとの研修が用意されている。

 それを上手いこと利用したということだろう。

 俺は手助けってこういうことかよ、と白目をむいた。

 職権乱用が過ぎる。俺、そろそろ研修のプロになれそうだ。

 

 

 

 もし仮に、名前だけは知っていたが会ったことはないし、知り合いですらない程度の間柄の幼女──要するに、初対面の幼女な上司と、訓練ルームに軟禁状態で延々と試合をさせられた経験のある方がいれば、是非とも助かる方策を求めたいところであった。

 無論、というか残念ながら、今更助言をいただいたところで、活かすことが出来る気は全くしない状況であるのだが。

 デバイスは粉砕し、一旦休憩となった俺は這う這うの体で、一見すれば戦争から帰ってきた人みたいな有様になっていた。

 というかデバイス粉砕しちゃったんだけど。また事務の人に連絡して、新しいデバイス用意してもらわなきゃいけないじゃん。

 

「なってねーな」

 

 と、ヴィータ戦技教官が、空からふわりと無駄なく降り立ち、そう言った。

 テクテクと幼女らしい、小さな歩幅ながらも堂々とした様子で、歩み寄ってきながら。

 

「なってねー。何もかもが。というかまず、やる気を感じられねー。何のつもりだ?」

「やる気出してほしいなら、まずやる気が出る環境作りをしてほしいんですけど……」

「はぁ? はやてのためって大義名分があるだろうが」

「何て守護騎士チックな理論……!」

 

 恋する乙女か守護騎士にしか燃料にならなそうなやる気の出し方だった。

 そりゃあ、ある程度はそれでも頑張ろうという気持ちにはなるが……。

 精々やる気メーター10パーセントくらいというものである。

 

「あん? 何だそれ。それじゃあどうしたら上がるってんだよ」

「そう、ですね……美味しい三食と寝床付きでマッサージのサービスとかもあったら上がるかもしれないです」

「リゾートホテルにでも泊まりに来たつもりかお前は」

 

 下らない冗談言ってんじゃねー、と。ヴィータ戦技教官は明らかに呆れた顔で俺を見た。

 最近、こういう顔で見られることが多い気がするな……。

 俺は基本、真面目な人間なのであるが。

 甚だ不思議なことである。

 

「……ったく。まあ良い、えっと……かがががはら?」

「誰それ? そんな間違われ方初めてなんですけど。各務ヶ原です。各務ヶ原纏」

「かぎゃみぎゃはら」

「各務ヶ原です」

「かぎゃみぎゃひゃら」

「なんだよ幼女ちゃんかよ可愛いなんぶしっ!」

 

 壁に叩きつけられてズルズルと落ちる。

 加減はされたっぽいがそれはそれとして理不尽気味だった。

 

「うっせーな! 噛みやすい名前してるお前が悪いんだ! ぶっ飛ばすぞ!」

「忠告が遅すぎるだろ……」

 

 口より先に手が出るタイプの幼女だった。

 それにしても可愛い噛み方するな。

 とても上司とは思えない。

 かぎゃみぎゃひゃらって。そっちの方が発音ムズいぞ。

 

「あぁ、もう良い! 纏!」

「はいはい」

「まずは今、手合わせした感じの所見だが──お前、恐怖って知ってるか?」

「なに? 哲学?」

 

 何故我々はあらゆるものを恐れるのか? みたいなこと問われてたりする?

 今の流れから投げかけてきて良いレベルの問いではないだろ。

 難しすぎる。

 急にIQ上げてこないで欲しい。

 

「ちっげーよ! 言葉通り、文字通りの意味だ。お前、あたしの攻撃をちっとも恐れてなかっただろ」

「まさか、めちゃ怖かったですよ」

「嘘だな。さっき、あたしがお前を墜とした時も、痛みを覚悟しただけで怖くは無かったはずだ」

 

 そうかなぁ、凄い怖かったと思うんだけどなぁ。と、思い返してみる。

 ……まあ、言われてみれば怖いとは思わなかったかもしれない──確かに、痛い思いをする覚悟をしただけで終わった、ような気がしなくもない。

 痛いことは、慣れているから。

 俺に限らず、来るのが分かっていれば耐えることは可能だろう。

 

「そこだ、纏。あたしは特に深い事情は知らねーから、何とも言えねーが、お前はその我慢の許容範囲が気持ち悪いくらい広すぎんだよ」

「それって悪いことなんですか?」

「ったりめーだ。死ぬような攻撃された時、黙って自分の目的優先させた結果が、一月前のザマを生み出したんだろ」

「ぐぇ……仰る通りです」

 

 正しくというか、完璧に指摘通りであった。

 一月前のザマ──つまり、俺が撃ち抜かれた件についてであるが、あの魔法は本来躱そうと思えば、躱せたはずなのだ。

 ただそうするにはバインドに割いている演算を、回避行動に回さなければならなかったし、そもそも俺には耐えられる自負があった(これには当然、相手の魔法の威力を見誤ったというのも含まれる)。

 まあ、それは明らかに慢心すぎるほど慢心で、自分が思っていた百倍くらいの大怪我に繋がったのであるが。

 ともかく、”我慢の許容範囲が広い”というのは納得せざるを得なかった。

 

「別にあたしも、それ自体が悪いと言ってる訳じゃねーんだ。相手の攻撃にビビらねぇってのはそれだけで武器になるからな。堂々とした態度は、敵の動揺も誘いやすい。だけど、お前はちょっと例外過ぎる」

「……何かスペシャル感があって良いですね、例外」

「どこで喜んでんだよ……。ともかく、それを矯正しない限り昇格試験は()()()()()()()()

「受からない、じゃなくてですか?」

「そうだ──癪だが、お前は実力的には合格ラインを超えてる。でも、今のまま放っておいたら多分、近い内に死ぬ」

「ひぇ……」

 

 何とも怖すぎる話であった。

 俺としては、こんなに怖がりなのに何故ここまでボロクソに言われなければならないのか、という気持ちでいっぱいである。

 大体、怖がっていないという訳ではないはずなのだ──つまるところ、俺の場合は現実味が俺の中で伴ってきていない、と言った方が正確な気がする。

 実際のところ、こういった魔法による戦闘も、心のどこかではフィクションのように思っている節が俺にはあった。

 それこそ、入院した件が良い例だろう。

 そう考えれば、ヴィータ戦技教官の言い分もかなり筋が通っているように思えた。

 

「あたしたちはいつだって死の危険を背負ってんだ。どんな簡単な仕事でもな──だから、常に恐れを抱いていなきゃならない。命を落とすことを恐れ、周りが死ぬことを恐れる、そういった心構えが必要なんだ」

「難しいですね……」

「普通なら、誰だって思ってるようなことだ。ったく、まさかこんな初歩の初歩から説明する羽目になるだなんて、めんどくせーやつに当たっちまったぜ」

 

 戦技教官ってのも面倒な役柄だな、とヴィータ戦技教官はぼやく。

 何だかこっちで知り合ってきた大体の人に、面倒なやつだと思われているところがある俺であった。

 やれやれ。

 照れちゃうな。

 

「つーわけで、だ。手っ取り早く解決するには一つしか方法はねぇ」

「と、言いますと……?」

 

 何だかすごく嫌な予感がする。

 俺のこういった予感は外れたことがないだけに真顔にならざるを得なかった。

 ごくりと生唾を飲んだ俺を見下ろすように、ヴィータ戦技教官は言った。

 

「これから試験までの一週間、お前を延々と叩きのめしてやる。定時内で一回気絶するごとに二時間残業の条件でだ」

「うおおおおそれはパワハラ! パワハラなのでは!?」

「安心しろ、名目上は気絶したことによる遅れの取り戻しっつーことにしておいてやるから」

「えーん! 職権乱用!」

 

 俺の抵抗も空しく、ヴィータ戦技教官はにやりと笑って「覚悟しろよ」と言った。

 もうこの時点で最高に怖いから許されたりしないかな……。しないですね、はい。

 それにしても、俺が最も恐れることが残業であることを見抜いてくるのは流石と言わざるを得ないところである。

 俺、そんなに働きたくないですオーラ出してるだろうか。

 

「ああ、そうだ。纏、お前さっきデバイス壊れてたよな?」

「ですね。真ん中からぽっきり砕けました」

「アイゼンを直接受け止めようなんざすっからだ……けど、まあ好都合だったな。ほら」

 

 ぽーい、と投げ渡されたそれは、待機状態のデバイスであった。

 これまで使ってきた、管理局から支給されるデバイスとは少しだけ意匠が違う。

 起動してみれば、同じストレージデバイスではあったがあらゆる面でスペックが段違いであった。

 あと妙に手に馴染む。何だこれは?

 

「お前用のデバイスだとよ──いつまでも支給されてるデバイスじゃ物足りなくなるだろうからって、お前の上司からだ」

「ハラオウンさんが? えぇ……。何それ、めっちゃ嬉しい……」

「泣くほどか!?」

 

 ちょっと感極まるくらいには嬉しかった。

 誕生日も近いし、こんなの実質誕生日プレゼントじゃん。

 親以外に貰うの、普通に初めてなのでテンションが上がってしまった。

 

「調子の狂うやつだな……やる気は出たか?」

「ばっちり、120パーセントですよ」

 

 なら良い、と鼻を鳴らすヴィータ戦技教官。

 何だかんだ、こちらのやる気とかを考慮してくれている辺り人の良さを隠しきれてなかった。

 言動の割りに、性格悪いわけじゃないんだよな……。

 ちょっと暴力的過ぎる気もするが、許容範囲内だろう。

 

「喜ぶのは良いが、これまでのデバイスとは勝手がちげーだろうからな。それに慣らすためにも厳しく行くぞ」

「え? さっきまでのは厳しくなかったんですか?」

「ったりめーだろ、あたしの本気はあんなもんじゃねー」

 

 だから、くれぐれも死んではくれるなよ? とヴィータ戦技教官はそう言った。

 まず訓練で死ぬという選択肢が浮上する可能性を作らないでほしいな、と俺は強く思った。

 それはもう訓練じゃなくてボス攻略とか、殺し合いとか、そういった類のアレなんだよね。

 とはいえ、俺も新デバイスを手に入れ、珍しくやる気が天井まで達している。

 俺は調子に乗って鼻で笑った。

 

「へへっ、俺に負けて泣いても知りませんからね」

「あん? 良い度胸じゃねーか。あたしを煽ったこと、後悔すんなよ」

 

 バシュウッ! とカートリッジがロードされる音が、耳朶を叩く。

 ツゥ……と、冷や汗が頬を流れ落ちていった。

 ちょっと待て! 煽り耐性なさすぎにもほどがあるだろ!

 

「いやいやいやいや早い早い! 臨戦態勢に入るのが早すぎる!」

「うるせー! おら、さっさと構えろ!」

「無理無理無理! てかまだ休憩中でしょ!?」

 

 そんなもん知るか、と言わんばかりにブォン! と空間をぶち抜くように振るわれるヴィータ戦技教官のデバイス──グラーフアイゼン。

 それによって空高く舞うことになりながら、これが七日間続くのか……と俺は静かに意識を飛ばした。

 取り敢えず、残業+二時間である。

 

 

 

 

 この後滅茶苦茶頑張って昇格はしたし高町さんにご飯奢ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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