守護騎士ザフィーラは狼男である。尤も、守護騎士改め、守護獣と名乗っていることから、狼男というよりは、人狼と言った方が正確なのかもしれないのだが。
どちらが正しいにせよ、ザフィーラさんは狼でありながら、同時に人でもあるということである──無論、先天的な、あるいは後天的な何かしらの才能、もしくは魔法によるものという訳ではない。
否。もし「そう設計された」ということを先天的なものとしてみるのであれば、やはりそれは才能と言っても良いのかもしれないのだが。
少なくとも、ザフィーラさんは生み出されるその前から、人の姿を模すことができる狼として設計されていた。
ザフィーラさんも──というよりは、守護騎士全体に言えることであるのだが、彼ら守護騎士はその辺りの、いわゆる自身らの出自についてはどうとも思っていない節があった。
だから、恐らくザフィーラさん自身も、狼になれる人の形をしたプログラムなのか、あるいはその逆なのかは分かってはいないのではないだろうか。
もしかしたら、そのどちらでもなく、その両方になれる何かなのかもしれないが、流石にそこまでいくと本人にすらあずかり知れない部分であり、設計者以外には分かり得ない領域であろう。
ただ、少なくとも創作上で語られがちな「満月を見たら意思と関係なく変身してしまう」といったような、ミッドチルダのものとも違う、ファンタジックな魔法的要素はない、らしい。
完全完璧に、一分の不安も無く己の体質──能力を操ることができている。
「主を守るための能力だ、己で制御できなければそれはただの欠陥品だろう。それに、俺からすればどちらが本当の姿であるかなど、瑣末な問題でしかない。どちらの姿も、我が主を守るために必要なものなのだから」
などと、本人はそう言うのであるが、しかし大体いつ見てもその姿は狼である。
とどのつまり、彼はやはり狼状態でいる方が心穏やかであるのではなかろうか。
無論、人語を解せるだけあって、その知能は人間と変わらないし、冗談抜きで俺よりは賢いと思う。
局員とはいえ、目立ったことをしない彼は、しかし他の守護騎士同様にある程度の役職にだって就くことは可能であっただろう。
だが、彼はそうしなかった。とはいえそこに違和感はなく、むしろそうしないことこそが、極めて自然なことであるのだと、俺は思う。
むしろ、俺からすれば他の守護騎士三人の方が、よっぽど違和感のある、例外であるようにすら見えるのだ。
守護騎士とは、夜天の書の主を守る存在である。だから、八神さんのボディガードとして常に傍にいる方が、むしろ納得しやすい存在であるのだ。
まあ、そこをどうこう、あれこれ口出しするような権利は俺には無いし、実際そんな彼らに色々と学ばせてもらったり、助けられているのだから特に何か、言うようなことも無いのだが。
それに、ザフィーラさんが別の道を行くことは無く、ただ八神さんの元に残ったのは決して消極的な理由ではない。
攻撃に特化した二人と、支援が一人、防御が一人。実に理想的な四人パーティである守護騎士のうち、彼はその防御担当である。
守護騎士ザフィーラ。またの名を、盾の守護獣。
夜天の書の主も含めた四人を守護するという大役を、一人で担う男が、ザフィーラという男である。
「纏、今日うちに夜ご飯食べに来いひん?」
「う、うわー……」
「な、なんやその目!? 私、何か変なこと言うたか?」
溜まりに溜まった代休をどうにか消化しろとハラオウンさん共々、ハラオウンさんの上からみっちりとお叱りを受けてしまったので、この際、気合いを入れてミッドチルダ観光でもしようかと思い、こちらに住居を移したという八神さんに話を聞いていたところ、突然晩飯の誘いを受けてしまった。
親父の英才教育により実装されている、対美少女予防線機能が発動してしまい、思わず冷たい目で見つめ返してしまう。
そういうことは特別仲の良い人か、好きな人にだけしてほしい──いや、もしかしてただの友達でも、こういうことをするのが普通なのか?
遊んだことがないから分からないのだが、まあ多分違うだろ。
もし誰も彼もがしていることなら俺はちょっと人類を信じられなくなってしまう。
「別に何か裏がある訳やないんよ。ただ、纏この前誕生日やったろ? 忙しくてお祝いできひんかったからなあ、私料理好きやし、せっかくなら振る舞ってあげようかと思ったんよ」
「なんで俺の誕生日知ってるのかってことをまず小一時間くらい問い詰めたいんですけど……」
「研修前に履歴書貰ってるんやから、見れば分かるに決まってるやろ」
「思ってた数倍まともな回答が返ってきて今物凄く己を恥じています」
「うんうん、存分に恥じて後悔してな」
一瞬「やだ、俺のストーカー?」とか思った数秒前の俺を絞め殺したい。
気分的にはそのくらい罪悪感を感じていた。
いやでもこんな勘違いさせてくるような八神さんの方が悪くないだろうか?
そんなことされたら好きになっちゃうだろ。ならないけど。
「いや、でもちょっと遠慮したいです」
「あら、そらまた何でか聞いてもええか?」
「友達の家訪ねるとか初めてすぎて、下手すれば緊張で心臓爆発しちゃうからですね……」
「なんてか弱い生き物なんや……」
つついただけで死んじゃいそうやん……と哀れみの目を向けてくる八神さん。
まったくもってその通りなので、言葉にせよ物理的にせよ俺には優しく触れてほしかった。
「大丈夫や、今晩はみんな忙しくて私しかおらん」
「やば。もしや俺を殺す気ですね?」
とんだ殺し文句が飛び出てきたせいで、危うく今死んでしまうところだった。
今晩は家に誰もいないから……みたいな台詞は殺人鬼か両片想いの子しか使っちゃダメなやつだろ。
八神さんの場合、後者は絶対にありえないので前者の可能性しか残っていなかった。
やべーな、足震えてきた。
「冗談、冗談や。流石に二人っきりは、纏にはハードル高いことくらいわかっとるよぉ」
「甘いですね、俺は二人っきりも無理ですが四人以上での食事もかなり忌避感を感じます。明らかにハブられて一人黙々と会話を聞きながらご飯食べるだけになるので」
「生々しい経験持ち出すのやめーや……」
小学校の給食の時間とか本当にしんどかった。
周りがみんな仲良しな中、俺だけソロなのでモンスター犇めく洞窟に手ぶらで放り出されたような感覚を味わい続けたものである。
かといって微妙に配慮されるのも気まずくて嫌なんだよな。どうせなら本当にその場にいないものとして扱ってほしかった。
「め、面倒な子やな~……でも安心してええ。シグナムもシャマルも、ヴィータも忙しいのは本当や。だから今日、家にいるのは私とザフィーラだけ。これなら安心やろ?」
「ふむ……」
ザフィーラさんか。
ぶっちゃけたところ、ほとんど会話という会話をしたことがないので初対面に等しい。
俺がそうである以上、あちらからしても同じことではあると思うが……。
まあ、それでも全く知らない人──狼という訳ではない。
実を言えばこういう、全く知らない訳でも無ければ知り合いでもないという関係の相手が一番気まずいのだが、しかし八神さんの料理は食べたいという気持ちがあった。
先ほど自分でも言っていたように思うが、八神さんの料理はそれはそれは絶品らしい。
ハラオウンさんお得意の友達自慢でその辺の情報は仕入れ済みだ。
俺は自分で作るご飯のことを最強に美味しいものと思ってはいるが、他人の金で食う肉と他人が無償で作ってくれたご飯には敵わないとも思っていた。
しかし、こんな邪念マシマシで伺っても大丈夫だろうか。
「……俺、ザフィーラさんに咬み殺されたりしませんよね?」
「どこの行間読んだらそんな疑念が出てくるん!?」
「いやほら、我が主に近づくとは怪しいやつよ……的な」
「纏はうちのザフィーラを何やと思ってるんや……」
「かっこいいワンちゃん、ですかね」
「ワンちゃんて……。まあええけど、纏、そのワンちゃんに殺される心配しとるんか……」
は? あまり犬を嘗めないでほしい。
昔、隣の家で飼われていた犬に襲われた時は死んだと思ったものである。
何で大型犬とかを野放しにしてんだよ。
小学生の俺に太刀打ちできるわけないだろ。
母さんがいなかったら多分あそこで死んでたと思う。
「まったく、失礼な子やなぁ。大丈夫や、ザフィーラは無暗に人を襲うような子やないよ」
「理由があったら襲うってことですか!?」
「何を当たり前のことを言うてるんや……」
「はい……」
当然すぎるくらい当然なことであった。
流石にこれ以上警戒するのは普通に失礼なので納得しておく。
八神さんが大丈夫だと言うのであれば大丈夫なのであろう。
「ん、ならよろしい。ほな、何食べたいとかある?」
「! リクエストしても良い感じなんですか!?」
「もちろんや。なんでも作ってあげるで~」
「ハンバーグが食べたいです! ……いやでも、オムライスも捨てがたいな……」
唐揚げとかも良いかもしれない。
やべーな。食べたいものが多すぎるぜ。
うむ……と悩み始めた俺を、八神さんがやたらと優しい眼差しで見つめてくる。
「纏ってほんま、子供やんなあ」
「……もしかして今、馬鹿にされてますか?」
「ん-ん、子供舌で可愛らしいなあってことを言ってるんよ」
「ハンバーグもオムライスも唐揚げも全人類が好む最高のご飯でしょうが……!」
そもそも、八神さんたちはちょっと俺を子供扱いしすぎだと思う。
一歳差なんて、実際無いに等しい差だろうに何でまたこんな……明らかに高校生が小学生を扱うみたいな距離感なのか。
地球基準にしたら高校二年と高校一年だぞ。
どれだけ近かったとしても、精々が先輩後輩程度の距離感であるべきだというのに、どうしてこうなったのか。
少なくとも上司と部下の距離感ではないだけに甚だ不思議なものである。
いや、その距離感に救われている部分が多々あるので、易々と文句は言えないのであるが。
「ま、でもええよ」
「と、言うと?」
「全部作ってあげるって言ってるんや」
「!!? 流石にそこまでの負担をかける訳には……!」
「ええってええって、お祝いやしなぁ。それにほら、昇格祝いもしてへんかったやろ?」
「いや、それは俺としても特に嬉しくないんでいらないですが」
「その辺はブレへん子やな……」
むしろ普通に仕事が増えてキレそうなまであった。
この大量に余った代休を全部消化するまで局に顔出すな、と怒られなければ今頃失踪していた自信がある。
補佐がこんなに忙しいとか聞いてないんですけど! と愚痴を吐き出したかったが、特に吐き出せる相手がいなかった。
ハラオウンさんは俺の数倍は忙しいし、なおさらだ。
こういう時、同僚の友達とかいれば良かったんだけどな。
何か誰も寄り付いてくれないし、俺も寄り付かないので孤高の男みたいになっていた。
まあ慣れてるから良いんだけれど。
たまにちょっと寂しくなるのは昔から変わらないなと思った。
「最近は、小隊指揮の資格勉強もしてるんやっけ?」
「ええ、まあ。上司に頼まれたら断れないですからね……」
上司というか、まあ、何というか。
明らかに貴女達の命令って感じはするのだが。
ハラオウンさんがあんな申し訳なさそうな顔で
「ごめんね……でもどうしても取って欲しくって……」
とかお願いしに来た時点で、ハラオウンさんの一存じゃないのは明白だった。
というか、あんな顔でお願いされたら断れる訳ねぇだろ……! 二つ返事でオッケーしちゃったよ。
しかも、どう考えてもいずれ作られるとかいう、ウルトラ八神さん部隊で活用する為っぽいし。
どうにも指揮する側として運用される想定らしかった。
俺を自由な駒として扱いすぎだろ。
指導する側とか絶対嫌なんだけど。
あまり難しいことを考えたくないので、できれば一生指示される側でいたかった。
「とか言いつつ、きっちり勉強してる辺り律儀やなあ、纏は」
「俺も今ばかりは自分の真面目さが憎いですよ」
「でもそういうところ、私は好きやで~」
「それ前も聞きましたね……」
当然、俺は俺のすべてが大好きなので、こういうところも愛してるまであるのだが。
それはそれとしてやり口が汚すぎるだろ。
八神さんの「そういうところが好き」は実質「そういう(扱いやすい)ところが好き」なのであるということに、俺はいい加減気付いていた。
気付いた上で特に何も抵抗が出来ない辺り、かなり小市民な俺である。
「落ちても怒らないでくださいね」
「いやあ、纏は受かるやろ。な?」
「重い重い! 期待がデカすぎる!」
「当然一発合格やろなぁ。楽しみや」
「えーん! プレッシャーがきつい!」
お腹が痛くなってきてしまうのでやめてほしかった。
以前、親父に「次のテストで全部満点取れなかったらおやつ抜き」と言われた時並みに緊張してきた。
「それ、結局満点は取れたん?」
「? 当たり前じゃないですか。おやつ抜きされたりしたら死にますよ、あの頃の俺は」
「……なるほどなぁ。纏をやる気にさせるには、何かを奪うことを条件にした方が効率的なんや」
「うわー! 最悪の情報を自ら提供してしまった!」
ただの自殺みたいな真似をしてしまい、俺は頭を抱えた。
にやにやしている八神さんが悪魔にすら見えてくる。
俺が何したってんだよ……!
「良い子なのが裏目に出たなあ」
「俺は都合の良い女性に、都合良く養われたいだけなのに……」
「なんて欲に塗れた夢なんや……ま、でもそんな纏を応援する意味もあるから、今晩は楽しみにしててな~」
と、八神さんは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
祝われるっていうのに、なんで俺はこんな思いを抱えなければならないのか。
複雑な心境である。俺は小さくため息を吐いた。
午後八時、少し前。
クラナガン郊外。
やたらと治安が良くて有名な区画に、八神邸はあった。
守護騎士たちと暮らしていることから、それなりに大きい家に住んでるんだろうとは思っていたが、彼女らは想像をはるかに飛び越えてデカい家に住んでいた。
まあ、誰も彼もが稼いでいるだろうから、当然っちゃ当然なのだろうが……。
すげーな、と感嘆しつつインターフォンを押せば、
「いらっしゃーい。ごめんなあ、今、手離せへんから、勝手に入ってきてええでー」
という、明るい八神さんの声が響く。
遅れて鍵が開く音がするので、恐る恐る入ってみれば
いや、それというか、何というか。
やたらとデカいガチムチ男が、目の前に佇んでいた。
そして頭から犬みたいな耳が生えてる。多分カチューシャだ。
あと尻尾も生えてる。どういう仕組みのアクセサリーなのかはわからないが、とにかく生えていた。
何か……フリフリ揺れてる。
「へ、変態だ……」
「第一声がそれとは、少し見ないうちに随分と失礼なやつになったな」
「嘘、知り合い……!?」
いや、こんなに怖い変態知らねぇよ。
こんな、夜道に遭遇したらトラウマになりそうな風格を放つ男、一度見たら忘れるはずがない。
あるいは、以前出遭った時に失神でもして記憶を飛ばしたか……?
あまり強く否定しきれないだけに恐怖で背筋が伸びた。
今すぐ逃げ出したい。こいつは本当に誰なんだよ。
「本当に分からないのか?」
「ちょっと記憶にないですね……」
「ザフィーラだ」
「は?」
「だから、俺はザフィーラだ」
無理がありすぎる嘘をポンポンと吐き出すガチムチ男だった。
耳と尻尾つけたくらいでザフィーラさんを名乗らないでほしい。
何でそれでいけると思ったんだよ。
思考回路幼稚園児か? あるいは本当に狂っているのか?
「! そうか、お前にはまだこちらの姿を見せてなかったな」
「な、なに? 何の話? 俺にはまだ第二形態があるぞ、みたいな話?」
「当たらずとも遠からずと言ったところだな」
「RPGのラスボスかよ」
何だろう、翼とか生えたりするのかな。
どう頑張って解釈しても空飛ぶガチムチ男(ケモミミ尻尾あり)は通報ものだと思うのでやめた方が良い。
最悪俺が捕まえに出ることになる。
もしそうなったら本当に最悪だ、と思えば男はこれ見よがしにため息を吐いた。
「つまり、こういうことだ」
と、言うや否や男はかき消えた──否、違う。
消えたのではなく、変わった。
人から狼へと、何の前触れもなく。それこそ、魔法のように。
……というか。
「え、ザフィーラさん!?」
「だから、そうだと言っているだろう……」
「うわー!? 急に人に戻らないでください! ビックリする!」
「面倒な奴だな、相変わらず……」
「うおっ、犬に戻った」
「……狼だ」
きちんと訂正された辺り、決して犬ではないという強い意思が感じられた。
いや、それにしても……動物になれるんだ、守護騎士って……。
確かに、彼の存在上おかしなことではないかもしれないが、それはそれとして不思議に見えた。
久しぶりに「魔法だ!」と思った気がする。
ミッドに来た時は特にそんなことは思わなかったからな……。
こっちで言う魔法は昔から慣れ親しんでたし。
「主は今忙しい、別室に案内するよう言われている。ついてこい」
「ん、了解です」
そういう訳で連れられたのは、特に変哲もない一室だった──いや、俺の借りてるボロ部屋とは比べるのも烏滸がましいほど綺麗で、調度品もお高そうな雰囲気を放っているのだが。
特に何か、物珍しい物が置いてある訳でもなく、また部屋自体がおかしな作りであるということも無かった。
ザフィーラさんに倣うように、ソファへと腰かける。
「悪いな、待たせるような形になって」
「いえ、俺の為に用意してくれてるって時点で、文句とか言えないんで」
「ふっ、それもそうか」
とだけ言って、犬……狼形態のザフィーラさんはソファの上で丸くなった。
ザフィーラさんは寡黙な人だ。あまりペラペラと何かしら語るような人ではない。
かといって、この無言の空間が気まずいという訳ではなかった。
というか、無言の空間とか慣れ親しみ過ぎて逆に安心するまである──のだが。
俺には一つ、どうしても聞きたいことがあった。
他ならぬ、ザフィーラさんに。
「……ちょっと、質問良いですか?」
「ああ、俺に答えられることならば、何でも答えよう」
優しい回答にほっとしながらも、ゴクリと喉を鳴らす。
聞いても良いことなのか判別がつかない──いやしかし、聞くならば今しかチャンスが無いような気がした。
人には二人っきりの時しか聞けないことが、一つや二つはある。
俺は、震えながら口を開いた。
「……どっちなんですか?」
「どっちとは、何の話だ?」
「だから、その……えぇと、やっぱり犬なんですかね?」
「狼だと言っているだろう……」
「やっ、そういうことではなくですね。あーっと、つまりぃ……」
「珍しく煮え切らないな。いつも通り単刀直入に聞いてこい」
呆れた眼差しで、ザフィーラさんはそう言った。
一方俺は緊張で足まで震えてきていた。
だがここまで来た以上、聞くしかないだろう。
俺は意を決した。
「ザフィーラさんの恋愛対象ってやっぱ犬なんですか?」
「…………」
「それとも、人型になれるならやっぱ人なんですかね? いやでも、本体は多分狼側ですよね? そうなるとやはり……ザフィーラさん? ちょっと? 何で人型になって──うおおおおおタイムタイムタイム! 弁解する時間をください!」
今からお前を殺す、みたいな顔をしたザフィーラさんから跳ねるようにして距離を取る。
片膝を床につけ、いつでも土下座できる準備を整えてから待ったをかけた。
ここですぐさま土下座に入らない辺り、俺の成長が伺えるというものだ。
「まず一つ、これは馬鹿にしている訳ではなく、単純な知的好奇心から出てきた質問です」
「悪趣味な奴だな」
「それはっ……そうかもしれませんが……! でも気になるでしょう?」
「でしょう? ではない」
一刀両断だった。
聞く耳もたずって感じ。
立派なケモミミあるんだからもうちょっと聞いてくれても良さげなのにな、と思った。
「いやでも、実際どうなんですか? ザフィーラさんイケメンなんだから、下手しなくてもそういうことあったでしょう?」
「…………」
ザフィーラさんは真顔でそっぽを向いた。
あー、これあるやつですね。モテる男ってやつだ。
告白されてるしフッたことがある人特有の反応だもんアレ。
「ちなみに相手はやっぱり犬ですか?」
「人だ。大体、やっぱりとはなんだ」
「いやだって……普段、狼姿じゃないですか」
「む……」
図星という顔で、ザフィーラさんが唸る。
しかし、人だったか。
ザフィーラさんが人になれることは、俺が知らなかっただけで、局内でも知ってる人は結構いるんだな。
「いや、彼女とは狼状態の時しか会ったことはなかった」
「やべぇな、思ってたよりアブノーマルな話が出てきやがった。ちょっと聞かなかったことにさせていただきますね」
俺が軽く受け入れられる感じでも、突っ込んで聞きたい感じの性癖でもなかった。
まあ……世界は広いし、たくさんあるしね。
そういう人がいることはおかしくないだろう。
そういった話はちゃんと腰据えてゆっくり聞けるときに聞きたい。
「でも、実際どうなんですか?」
「どちらであっても、区別や差はつけていない。ただ、望まれた答えはだせないだろうし、同時に俺から求めるようなこともないだろう」
「その心は?」
「この身は我が主を守るためのものだ。他に割く余裕などはない」
「はぇ~、かっちょいい答え出てきた」
「殴られたいのか?」
「本当にごめんなさい」
あまりにも騎士っぽい言葉に胸を打たれてしまい、つい軽口が出てしまった。
それにしてもどっちもいけるのか。
流石ザフィーラさんだな。男としての度量が違う。
獣も人も、ザフィーラさんにとっては大した違いではないのかもしれない。
「待て、お前は誤解をしている」
「大丈夫です、ザフィーラさんは何でもいけるって、分かりましたから」
「それが誤解だと言っているんだ! それに、そもそも俺は恋愛などというものに現を抜かしたことがない。故に、その辺りの機微は、俺自身ですら曖昧なのだ」
「……要するに、恋とか分からないって言ってます?」
「端的に言えば、そうなるだろう」
コクリとクールに頷くザフィーラさんだった。
大人の人(狼?)でもそんなこと言うんだ──と思ってから、それも仕方がないことなのかな、と思い直す。
夜天の書──ここでは敢えて、闇の書と呼称させてもらうが、これはかつては猛威を振るった恐ろしい
常に戦の最中にあったような物質という訳だ。
であれば、その守護騎士である彼らも、戦いばかりであったに決まっている。
ここまでのほほんと過ごしている毎日自体が、そもそも初めてなのかもしれない。
管理局勤め(正式に勤めているのかはよく知らないが)を、平和と言って良いのかは分からないが。
少なくとも俺は微妙に平和じゃない。
「つまり
「お前は一度怒られた方が良い。特にスクライアにはな」
至極真っ当な意見だった。
流石にスクライアさんには失礼だったかもしれない。
ザフィーラさんはむしろ恋愛観赤ちゃんと言った方が良いだろう──無論、悪い意味ではない。
単純に、そういう人だっているだろう。ザフィーラさん、というか守護騎士たちにおいては、事情が事情なわけだし。
散々言っているが、俺とて別に大人という訳ではないのだ。
「まあ内容はともあれ、ザフィーラさんのことが知れて良かったです」
「俺はお前のことは養わないぞ」
「別に俺は、養ってくれそうな人だな~とか思って人と接してる訳じゃないですからね!?
ただ、ザフィーラさんとは結局研修中もあまり話すことが無かったので。俺ザフィーラさんのこと好きなんですよね、モフモフしてるし」
「お前も大概、一言多いやつだな……」
言いつつ、ザフィーラさんは狼姿に戻る。
俺もまた、ソファへと腰を掛け直した。
時刻は既に八時半を超えていて、少しだけ空腹が音を伴って訴えて来る。
もう少し残業して来るか、あるいはおやつでも食べてから来ればよかったな、と思った。
「む、主からの連絡だ。準備が出来たらしい。行くぞ」
「おぉ、見透かしたかのようなナイスタイミング……」
実際、本当に見ていたのではないだろうか、という疑念が出てくるくらい完璧なタイミングだった。
スルリと滑らかな身のこなしでソファを降り、悠々と進むザフィーラさんについて行く。
ここまでデカい家だと、迷子になったりしないんだろうか、等と余計な心配をしていれば目的地には直ぐに辿り着いたらしい。
フイッ、と顎で「お前が開けろ」と促される。
何かちょっと緊張しちゃうな、と思いつつドアノブを開けば──
「ハッピーバースデー、纏! 遅くなってごめんね?」
パパパパーン! とクラッカーを俺に大量に浴びせかけながら、ハラオウンさんがそう言った。
……は? 何でハラオウンさんがここに?
想定外すぎる衝撃に声を失いながら、室内を軽く見回せば八神さんは当然、高町さんもスクライアさんもいた。
というか、見知った人間で溢れかえっていた。
ついでに言えば俺の知らない人もいた──とにもかくにも、山ほどの人間がいた。
な、何これは……。
俺、もしかして殺される?
「今日は纏の誕生日パーティだよ。ほら、ぼぉっとしてないで、おいで」
ハラオウンさんに手首を掴まれ、広い室内へと連れ出される。
まるで主人公みたいな扱いだ。
「何言ってるの、今日の主人公は君だよ、各務ヶ原くん」
と、高町さんが呆れたように笑う。
「えー、ちょっと待ってください。泣きそう、泣きそうなので」
「にゃはは、各務ヶ原くんは相変わらず泣き虫だなぁ」
「これはちょっと話が違うでしょう!?」
ほらもう視界が滲んできちゃったじゃん。
最近は涙腺脆いので勘弁してほしい。
人の目が多すぎて緊張して足震えてきたしもうどうしろってんだ。
「ほな、一言だけもらおか?」
「今、普通に何か言えるとでも……!?」
「言えてるやん」
「もしかして鬼ですか? まあ、でも……ありがとうございます」
等と、実に捻りもなければ、飾り気もない言葉であったのだが、それはそれで許されたらしく。
自分で言うのは非常に恥ずかしい限りであるのだが、誕生日パーティは幕を開けた、らしい。