少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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たくさん褒められてたので更新です。次は間違いなく一か月後かと思います。


守護騎士シグナムは最強の師匠である。

 守護騎士シグナムは、守護騎士最強の騎士である──贔屓目抜きで、かつ控えめに言っても強者揃いである守護騎士のリーダーは、癒し手ではなく、鉄槌でもなく、盾でもなく、あらゆる敵を斬り伏せ、道を切り開く剣である。

 誰もが思い描くような理想の「騎士」を体現したかのような彼女は、「誰が決めたという訳でも無いがな」と、特に興味もなさそうに、そう告げるのであるが。

 しかし、そうは言っても、彼女が守護騎士の将であることに変わりはなく、そこに拘っている様子が見えなくとも、そうであることに誇りがあるのは一目瞭然であった。

 守護騎士を設計した、大昔の誰かがどういう意図で彼女をリーダーとしたのか、その理由は今となっては誰にも分からず、推し量ることもできないが、それでもやはり、強さを重視したということだけは分かる。

 そう、守護騎士シグナムはただ、ひたすらに強い。

 言ってしまえば、「主を守護する」という使命しか共通の目標を持たない、個性溢れる守護騎士を束ねられるのは、偏にその圧倒的強さ故だろう。

 最強の騎士と、それに率いられた最強の守護騎士。

 単純明快に、そういったコンセプトで彼らは形成されている。

 今時流行らないと思われてしまいそうなものであるが、しかし結局のところ、彼ら守護騎士は数百年も前に作られた存在であり、であれば時代が云々と言うのは、純粋に余計なお世話というものだ。

 繰り返して言うが、守護騎士シグナムは強い。ただそれだけで良い──などと言ってしまえば、腕っぷしだけ強ければ良いという風に聞こえてしまうのだが、決してそういう訳ではない。

 ここで言う強さというのは、複合的な意味を持つ。

 そもそも、戦闘に関して言ってしまえば、シグナムさんは別に万能という訳ではない。

 シャマル先生のように誰かを癒すことはできないし、ザフィーラさんのように堅牢な防壁を築くことはできない。ヴィータ戦技教官のように強力無比な究極の一撃がある訳でもないし、八神さんのように広域殲滅魔法を巧みに扱うことはない。

 しかし、それ以外のすべてができる。

 あるいは、他の守護騎士に任せているある程度のことは、一定のレベルで成し遂げられる。

 誰もが悩み苦しんだ時に、最も早く答えが出せる。

 障害を前に膝をついた時、誰よりも早く立ち上がることができる。

 必ず、仲間に手本となる背を見せることができる。

 その芯はブレることなく、その忠誠は折れることなく、信頼に応えられなかったことはなく、剣は迷うことなく最後まで敵を斬る──そういう、あらゆる強さを持つ彼女だからこそ、守護騎士を率いることができている。

 常に騎士としての誇りを持ち、影響を受けても、与えても悪い方には転がらない。

 

「そう褒めても、私からは何も出ないぞ。何を企んでいる?」

 

 なんて、彼女は訝し気な目線を寄越してくるのだが。

 世辞でも何でもなく、これは真っ当な彼女への評価である。

 クールな佇まいの内側に、炎の如く熱い意志を持つ最強の戦闘狂が、守護騎士シグナム──改め、烈火の将シグナムである。

 

 

 

 

 突然の話で非常に申し訳ないのだが、修羅場が発生してしまったらしい。というか、意図して発生させてしまった形になる。

 もちろん、男女関係のイザコザ的なアレではない。ご存知の通り、俺にそんな状況が起こせるほど、深い仲に発展した異性はいない。

 なので、必然的にここで指す修羅場とは、即ち仕事に関することであった。

 上からは「長期の休みを取れ」と叱られたは良いものの、だからと言って仕事が減る訳もなく。

 ハラオウンさんの方で一旦纏められたのであるが、取り敢えず休みに入る前に片付けなければいけないリストを作成したところ、捻じ込まれた長期休暇に間に合わせるには七徹はしないと無理そう、という明らかに人類には不可能な予測が出てきた結果であった。

 七徹は無理だって。

 俺ですら最大連続徹夜数は五回なんだぞ。

 七連続も徹夜したら死ぬだろ、人間は。

 それは勿論、俺だけの話ではなくハラオウンさんも同じだ。

 いや、多分というか、下手をすればあの人はやってしまいそうなのであるが、俺から見ても不健康生活スタイルを貫いている彼女にそんなことは、出来ればやらないでほしかった。

 まあ、そんなことを言ったところで意味はなく、俺達は文句を言う体力すらもったいないとばかりに、無言で作業を進めていたのだが。

 

「ねぇ、纏」

「どうかしましたか、ハラオウンさん」

「今度のお休み、二人で旅行とか行こっか」

「可哀想に……ついに過労で脳みそが壊れてしまったんですね」

「私はいたって正気だよ!?」

 

 脈絡のなさすぎるお誘いに、俺は思わず涙を流した。

 今日はもう四徹目だ、合間合間に仮眠はとっているが、それでも精神に異常をきたしてもおかしくはないだろう。

 さっきもハラオウンドリンクキメていたし、正直ありえる。

 

「大丈夫です、俺はまだ正気なので、ちょっとくらい寝てもらってもオーケーですよ」

「う……それはありがたいけど、そうじゃなくって!」

 

 と、ハラオウンさんは言葉を区切り、俺の方へと振り返った。

 どうでも良いのだが、作業はしてくれないだろうか──ああいや、手だけは動いてるな……。

 社畜としてのレベルが違い過ぎて思わず感嘆の息を吐いてしまった。

 

「私ね、思うんだ。纏はちょっと私に壁がありすぎるって」

「逆です、超逆。ハラオウンさんが壁無さすぎるんですよ」

「むぅ……仮にそうだとしても、纏はちょっと異常だと思うな」

「だからって強硬手段すぎるだろ……」

 

 壁を無くしてもらうというか、壁を殴りまくって粉微塵にする、くらいの力技だった。

 そんなことされたら壁と一緒に俺も死んじゃうということを察してほしい。

 丁寧に慎重に、牛歩の歩みで距離を縮めてほしかった。

 何度でも言うようだが、俺はデリケートな生物なのだ。

 

「そうは言っても、纏がここに来てからもう半年以上も経つんだよ?」

「まだ半年ちょっと、の間違いですが……」

「十分だと思うな」

「こ、これだから陽キャの一族は……」

 

 出会ったその日から俺達親友だぜ、みたいな世界で生きるのは構わないが、俺まで引きずり込むのはやめてほしかった。

 それに、そもそも俺は旅行というものに、あまり良い思い出がない。

 修学旅行……おぉ、なんと気まずかった二泊三日だったことか。

 母ちゃんに「友達と写真とか撮ってないの?」とか聞かれた時、マジで誤魔化すのが大変だった思い出がよみがえる。

 名前だけは知ってるルームメイトたちが恋バナをする中、一人端っこで眠りについたのが俺だ。

 お陰で旅行の思い出で一番強いのは、普通に枕が硬くてあんまり寝れなかったということである。

 

「私との旅行はいっぱい楽しませてあげるからね……」

「待ってください? 何でもう行くことになってんの? 同情からの思考が跳ね跳びすぎだろ」

「安心して良いよ、私に任せて!」

「まずいな、明らかに過労で思考が明後日の方にブーストされまくっている……」

 

 徹夜は人を壊す。

 その実例を久しぶりに見てしまい、冷や汗が流れ落ちた。

 早急に休んでもらわなければ、という使命感が俺の中で芽生え始める。

 

「それにほら、私の子供も紹介したいし」

「へぇ、子供……子供!?」

「うん、エリオとキャロって言うんだ」

「二人もいるんだ」

「一緒に暮らせてはいないから、たくさん移動することになっちゃうけどね」

「かなり複雑な家庭じゃん」

 

 マジかよ。

 あまりにも衝撃的すぎる情報を突然お出しされてしまい、全然感情の無い返答をしまくってしまった。

 え? ハラオウンさんってまだ十六……十七歳? だったよな?

 二人も子供産んでんの? しかも一緒に暮らせてないって何?

 こんなの本当にあった怖い話じゃん。

 夜眠れなくなるからやめてほしい。

 俺もまあまあ複雑な家庭だと自負していたが、ちょっと比較にならないレベルの複雑さだった。

 本当に知りたくなかったタイプの情報である。

 いや、仮に神妙な雰囲気で厳かに語られても困るのだが、しかしどう考えてもこんな、業務に殺されそうになってヒイヒイ言ってる時にシレッと伝えられて良いことではなかった。

 これ教えられて俺はどういった反応すれば良いんだよ。

 え? というか相手は誰なの? いや、そもそもハラオウン提督はこのことを知っておいて、ハラオウンさんが未だ多忙な状態を看過してるのか?

 流石に何かちょっとは言ってあげた方が良いんじゃないかな、と思った。

 

「何か……少なくとも俺が気軽に会いに行って、歓迎される感じの関係性ではないと思うんですけど……」

「あはは、大丈夫だよ。二人とも良い子だし、纏とも仲良くしてくれるよ」

「本当に? 本当にそう思ってるんですか……!?」

 

 離れ離れになってる自分の母親が、父親じゃないそこそこ距離の近い男を連れてくるのはただの悪夢だろ。

 どう考えてもトラウマになっちゃうから。あはは、とか笑ってる場合じゃねーよ。

 幾ら何でも発想がサイコパスすぎだった。

 もう仕事とか手につかないんだけど、どうしてくれるんだこの人。

 

「ちなみにその……お子さんは、何歳なんですか?」

「えっとね、エリオもキャロも八歳だよ」

「八!? ……え、八って言いました!?」

「うん。何かおかしかった?」

「いや、おかしいっていうか──」

 

 八歳ってことは、ハラオウンさんは九歳の時に子供を……?

 え、九歳って子供産めるのか?

 違う。そもそも、九歳の子供を妊娠させるようなやつが現代に存在するのか!?

 戦国時代でももうちょい歳重ねてから結婚してただろ。

 過去に生きすぎな男もいるもんである──いや、いやいやいや。

 混乱しすぎだ。普通に考えて、ありえないだろ。

 いやでも、聞くのか……?

 実の子供ってわけじゃないですよね? って?

 ワンチャン実子だとしたら、無礼千万すぎて打ち首喰らっても文句言えないだろ。

 まだ死にたくはないな、と俺は暫く無言で思案し、覚悟を固めた。

 

「その……違ったらめちゃくちゃ失礼なこと聞いて良いですか?」

「わ、纏って失礼とか気にするんだ」

「ちょっと? 俺を一体何だと思ってるの?」

「だって、基本失礼な子だし、纏」

「……」

 

 急に正論で殴り倒されてしまった。

 全く以てその通りであり、困ったことに反論が一つも思い浮かばない。

 俺のコミュ力の低さが常に露呈しまくっている証拠であった。

 とはいえ今はあまり気にしたくないことなので、コホンと咳払いして切り替える。

 

「その、お子さんって養子……ってことですよね?」

「……? あっ! そうそう。養子って言うか、保護責任者なんだけどね。通りが良いように親子と言ってるだけで、実際はきょうだいくらいの関係って言った方が近いかも」

「なんつー紛らわしい言い方をしているんだ……」

「あはは、恋人すらいないのに、子供なんて作れないよー」

 

 でも誤解を招く言い方だったね、と屈託なく笑うハラオウンさんに、ほっと一息を吐く。

 よ、良かった~……。

 全然複雑な感じじゃなかったし、触れづらい感じの話題でもなくて本当に安心した。

 局員が身寄りがない子供を引き取るという話は、珍しくはあるが無いわけではない。

 人一倍優しいハラオウンさんならば、十分納得できるというものであった。

 その調子で俺も養ってくれないかな。養ってくれないですね。

 まず孤児になるところから始めないといけない。

 ちょっと難易度が高すぎだった。

 独りは寂しいからな。

 

「まあ、そうだとしても別に会いたいとは思いませんが」

「二人とも元気で優しい子だよ?」

「いや、優しいとか元気とか、年下とか年上とか関係なく、俺は他人と知り合うということ自体がまずもう苦手なんですよね」

「うわー、久しぶりに聞いたな。その捻くれ節」

「捻くれ節ってなんだよ……!」

 

 そもそもこっちに来るまで友達の一人もいなかったやつが、そう簡単に馴染めると思わないでほしい。

 今でこそ上手くやれている(と思いたい)が、ハラオウンさん相手だって初めて会った時は吐くほど緊張したものである。

 何なら今でも緊張しているまであるからね。

 俺を嘗めないで欲しい。

 

「それに、多分予定が合わないです。一日二日くらいなら付き合えますが、俺、一旦地球に帰るので」

「あ、そっか。纏こっち住みなんだっけ。親御さんも心配してるよね」

「ああ、いえ。別に親父と母ちゃんはどうでも良いんです。ただちょっと、この時期は毎年、墓参りに行っているので」

 

 まあ、別に行かなくても良いような気もするのだが。

 毎年と言っても、ここ三年程度の話である訳だし。

 ただ、その三年ですっかり身に沁みてしまったようで、謎の義務感が俺の中には生まれていた。

 ちょうど良く長期休暇が入ったこともあり、まあ行けるなら行っておくか、くらいの気持ちである。

 ミッドから地球に行く方法とか知らないし、その辺知っておくに越したことはないだろう。

 

「まあ、地球で遊ぼうと言うのなら付き合いますけど、まさかそんな──」

「良いの?」

「え?」

「私は纏が良いなら、地球にでも付き合うよ。結局休暇、持て余しちゃってるし」

「うお……」

 

 何かもう、色々な意味で強すぎる発言だった。

 まず休暇を持て余すってなに? 仕事に人生を捧げすぎだと思うのでこの際、しっかり自身を振り返ってみた方が良いと思う。

 それから俺への好感度が高すぎると思うので、やっぱり考え直してほしい。

 もしこれが徹夜タイムじゃなければ本気にしているところだった。

 

「もう、纏は相変わらず、素直に人の言葉を受け止めてくれないね」

「素直に受け止められる、優しい言葉だけ投げかけて欲しいん──」

 

 ですけど。と小言を返そうとすれば両頬を手で挟まれ、顔の向きを強引に変えられた。

 深紅の瞳が、疲れを残しながらも真っ直ぐ見つめて来る。

 え? なにこれ。どういう状況?

 

「私はいつだって、素直で本気なのに。逃げてるのは纏の方だよ」

「珍しく強引ですね……」

「えへへ、嫌だった?」

「いえ、多少強引な人の方が付き合って行きやすいって最近気が付いたんで……まあ、ここは俺が悪かったと思います」

 

 反省します、と言いながらペシペシとハラオウンさんの手を払ってみたのだが、これが中々どうして大分強い。

 離さない、という意思がありありと感じられてかなり動揺してしまった。

 本当に心臓に悪いからやめて欲しいんだけど……。

 

「ふふ、折角だし、纏の口から言ってくれるまでは離してあげません」

「面倒な人だな……」

「纏にだけは言われたくないな」

「余計なお世話すぎる……。まあ、分かりましたよ。片付き次第色々と──」

 

 予定でも詰めましょうか、と。

 そう言いたかった──というか言ったのだ。言ったつもりだった。

 それと同時に部屋の扉がノック無しで、無遠慮に開けられなければ、きちんと届いてたことだろう。

 特徴的な、ピンク色のポニーテールが揺れて、青に近い黒の瞳が二、三秒ほど俺達を捉える。

 

「──失礼したな。出直す」

「いや待って待って待って! 誤解です! 貴女は絶対に誤解をしています、シグナムさん!」

「口外はしない、安心しろ」

「だからそれが誤解なんだってぇぇぇ!」

 

 

 

 

「──と言う訳なので、あの時の俺とハラオウンさんは正常な思考状態には無く、かつその時でさえ、特に色恋のような感情は無かったんです。分かりましたか?」

「ああ、お前が相も変わらず、冗長な長台詞を好んでいるということは良く分かった」

「何にも分かってないじゃねぇか……!」

「なに、安心しろ。お前が優柔不断で逃げ腰な男であることも、ちゃんと伝わっている」

「伝えてない部分が伝わってるの何かのバグじゃない? これ」

 

 ニヤニヤとしながら見下してくるシグナムさんを睨み付けながら、小さくため息を吐く。

 烈火の将シグナム。

 空戦S-ランクという、イカれた実力を持つ彼女と、実のところ俺は知り合いであった──もっと詳しく言えば、魔導師という括りの中では、初めて知り合った人でもある。

 まあ、何というか、アレだ。

 端的に言えば、地球にいた頃の俺を見つけたのが、他ならぬシグナムさんなのであり、その後はちょいちょいとお世話になっていた時期があったのだ。

 もちろん、そうなった経緯は複雑怪奇なもので、詳細が必要そうなものなのであるが、語り始めればキリがない。

 故にここはざっくりと、事件に巻き込まれた俺が、シグナムさんに救われただけ、と言っておこうと思う。

 その内、機会があれば話すんじゃないかな。Twitterとかで。

 

「身の上をSNSで呟くつもりなのか、お前は……」

「シグナムさん、Twitter知ってるんだ。今年一番の驚きです」

「お前は私を馬鹿にし過ぎだ」

 

 ゴンゴンと雑に頭を叩かれる。

 これで身長が縮みでもしたら一生許せないので甘んじて受けることはなく、軽く躱させてもらった。

 不満げな目でシグナムさんが俺を見る。

 

「それに、そもそもお前はテスタロッサのことが好きなのだろう?」

「……? ?? あっ! それもしかしなくてもハラオウン提督から聞きましたね!? すげー歪んだ形で伝わってる!」

「じゃあ何だ、嫌いなのか?」

「好きと嫌いしか知らない蛮族か?」

 

 ゴンッ! と音が鳴ったのは俺の頭からだった。

 シグナムさん、怒りの鉄拳である。

 今のでもかなり手加減した方であるということは、あの拳で気絶したことのある俺にはすぐ分かったが、それはそれとしてもう少し手心が欲しかった。

 ノータイムすぎるんだよな、手が出るまでが。

 俺をサンドバッグにしていた時期の癖がまだ抜けていないのか?

 

「お前にはもう一度、礼儀を教えてやった方が良いと思うのだが、異存はあるか?」

「異存しかないのでやめてくださいね、いや本当に」

「ほう……」

「え? それは何の"ほう……"なんですか? 怖すぎるんだけど」

 

 警戒していれば、顎に手を当てていたシグナムさんが柔らかく微笑んだ。

 

「随分と生意気な口を叩くようになった、と思ってな」

「ふー……やれやれ、土下座とかしておけば許されますか?」

「お前は土下座しておけば何事も何とかなると思っていないか?」

「思ってます!」

「こういう時だけ強気になるのはやめろ……」

 

 滅茶苦茶に呆れたようにため息を吐き、俺を睨むシグナムさん。

 こうして睨まれるのも実に久し振りだな、と思った。

 この前開いてもらった誕生日パーティの時も、ちょっと言葉を交わしたくらいだったから。

 

「そんな有様でテスタロッサの補佐は──いや、務められているのだろうが」

「隈見られて思い直されるの、結構心に来るので二度としないでくれますか?」

「まず隈を作るな、休め。もう今日の任務は終わりだろう」

「いえ、俺はこれから報告書作らなきゃなんで……まあでも、助かりました。まさか逮捕まで行けるとは思ってなかったので」

 

 言いつつ、連行されていく次元犯罪者の背中を眺める。

 時刻は午後三時。ちょうどおやつの時間。

 丸一日かけて行う捜査の予定だったのであるが、シグナムさんの知恵をお借りし、なおかつその腕っぷしも存分に披露してもらうことで、あっさりと終わりを迎えたのであった。

 ちなみにハラオウンさんは今もデスクワーク中である。

 俺もどちらかと言えばデスクワークの方が得意であるのだが、ハラオウンさんの処理能力の方が比べるまでもなく高いため、こういう割り振りとなっていた。

 

「各務ヶ原、今日は何時に上がる予定だ?」

「ちょっと分かんないですね、でも多分上がりません」

「刑務所勤めか何かか?」

「まあ、あながち間違いじゃないですが……」

 

 管理局ってそういうところ、ある。

 でも普通に懲役くらってた方が、少なくとも健康は保たれるんじゃないかなと考えたことがあるのは事実だった。

 いや、絶対に入らないけど。

 犯罪は犯さない。常識だな。

 

「であれば仕方がない、か……各務ヶ原、今から少し付き合え」

「えぇ……。嫌って言っても良いですか?」

「私は時間を無駄にするのは好かん」

「はい……」

 

 遠回しにダメって言われてしまい、渋々と頷いた。

 まあ、時間が無いという訳でもない──というのは当然ながら嘘であるが、しかし、予定よりずっと早いスケジュールで動けているのは確かだった。

 ハラオウンさんには申し訳ないが、少しだけシグナムさんに付き合うとしよう。

 今回の手柄も、ほとんどシグナムさんなところがあるし、お礼ついでだ。

 限りなく可能性は低いが、何かしら奢ってくれるかもしれないし──そんな甘ったれたことを、思っていた時期が俺にもありました。

 場所はトレーニングルーム。

 俺はそこで大体二時間ほどシグナムさんにぶち転がされていた。

 は? 自分で言ってても意味わかんねぇな。

 

「なるほど、確かに成長はしたようだな」

「嘘でしょ……。今のやり取りで実力分かったの? 本当に?」

 

 この二時間、立ち上がっては叩きのめされての繰り返しだったんだけど……。

 初めて指南して貰った時とまるで成長を感じられない時間で、むしろ心が折れそうなまであった。

 

「あの時の私はリミッターをかけられていた。対して今の私は完全な状態だ──と言えば、少しは納得できるか?」

「だとしても、もう少し善戦できるとは思ってたんですが……」

「ふっ、思い上がるなよ。お前と私では年季が違う」

「まあ、言ってしまえばシグナムさんは超お婆ちゃんですからねぐぉあ!?」

「お前はいい加減、女性への言葉遣いを覚えろ」

 

 俺の腹に足を乗せながら、シグナムさんが言う。

 自分で年季とか言い始めたんじゃん……とは言えない状況だった。

 もし言ったら多分、もう一発足が降って来る。

 

「それに、あまり調子に乗るなよ。成長したとは言えお前はまだ半人前未満だ」

「判定が厳しすぎる……ギリギリ半人前じゃダメですか?」

「精々、ひよっこと言ったところだろう。デバイスも使いこなせていないようだしな」

「それは、まあ……」

 

 特に反論も出来ず、小さく肯定する。

 ハラオウンさんから新しくデバイスをいただいたのは良いものの、むしろそのハイスペックさに振り回されている自覚はあった。

 一応、ヴィータ戦技教官に「多少は見れるようになったな」という言葉を貰ってはいたのだが、本当に言葉通り「見れるようになった」程度だったらしい。

 使いこなすにはまだまだ時間が必要そうだ。

 

「デバイスとは、ただの道具ではない。共に同じ道を行く、唯一の同胞であり、相棒だ」

「唯一、なんですか?」

「そうだ。我々守護騎士は、当然ながら我が主と同じ道を行くつもりであるが──しかし、それは飽くまで気の持ちようにすぎない。結局のところ、主の道は主の道に過ぎず、我々はそれに寄り添う形で歩いているに過ぎないのだから」

「ははぁ、つまり?」

「私が行く道は飽くまで、主を守り共に生きるための道であり、決して主の道を歩いている訳ではない、ということだ」

「急に難しいこと言い始めたな……」

 

 ただでさえ疲れているというのに、小難しいことを考えさせないでほしかった。

 シグナムさんは回りくどいことを言われるのは嫌うくせに、自身が何か伝えるときは、微妙に分かりづらい言い回しになっていることに気が付いてほしい。

 そういうところがお婆ちゃんっぽいんだよ、などとは命が惜しいので決して言えないが。

 

「……あぁ、要するに、自分と一緒に死んでくれるのも、死なせられるのも、デバイスだけって話をしてますか?」

「極端な例を出すな……だが、まあ、そうだ。故に、敢えて言うぞ。デバイスをただの道具として見るな。それはお前にとって唯一の相棒だ」

「ん、肝に銘じておきます」

「なら良い。では立て」

 

 足を退けながら、シグナムさんが言う。

 俺は普通に嫌だったので寝転がったまま、無言でシグナムさんを見つめ返してみた。

 

「そのまま叩きのめされたいというのなら、私はそれでも良いが」

「くそっ! 暴力反対!」

「失礼なやつだな、これもお前のことを思っての鍛錬だぞ?」

「押しつけがましいにもほどがあるんだよな……」

 

 誰も求めてないので、そういう訓練の押し売りは勘弁してほしかった。

 まあ、トレーニングルームに叩き込まれた時点で逃げることなんて出来やしないのであるが。

 

「それと、鍛錬時の呼び方は教えたはずだが? 各務ヶ原」

「…………師匠(せんせい)

「ふっ、そう嫌そうな顔をするな。私を倒せたら、好きに呼んで良いという条件を付けたのはお前自身だぞ?」

「ぐぅぅっ、過去の俺を殴り殺したい!」

 

 言いながら立ち上がり、デバイスを起動する。

 カード状から、普遍的な杖の形へ。

 片手で握り込んで、距離を取る──ふむ。

 やっぱ声とかかけた方が良いのかな。

 

「えっと……まあなんか、よろしく頼むな。クラウディ」

 

 俺がもらったデバイスは、インテリジェントデバイスではなく、ストレージデバイスだ。

 だから、特に何か反応が返ってくることは期待していなかったのであるが、嵌められた灰色の玉が微妙に輝いた……ような気がした。

 

「その名は、テスタロッサが?」

「ええ、まあ、多分。最初からこの名前で登録されていたので。雲みたいにふわふわした生き方してるんで、それに因まれた説が俺の中で濃厚です」

 

 まあ、生き方というよりは、何もかもふわふわしているような自覚はあるが。

 ちょっと遠回しないじめかな? と思ったことがあるのは秘密だ。

 

「ふっ、そうか……良し、各務ヶ原。中~近距離縛りだ、良いな?」

「は? 自分の得意距離縛りはズルだろ……!」

 

 絶対に従わねぇぞ! と気合を入れた瞬間、火花が散った。

 師匠(せんせい)のデバイス──レヴァンティンを受け止めたからである。

 極至近距離で、視線がかち合う。

 

「私に一撃、与えられたら解放してやる」

「! 言いましたね? 絶対ですよ?」

「できなければ私が満足するまで相手してもらうがな」

「天国と地獄みたいな差だ……」

 

 くそが、絶対爆速で帰ってやるよ、という強い意志のもと、魔法を起動した──瞬間、俺の意識はぶっ飛んだ。

 まあ、ね。

 師匠(せんせい)に勝つのは無理だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土産だ、テスタロッサ」

 

 夕方頃。

 守護騎士シグナムは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の部屋へと一人の少年を投げ入れた。

 

「わ、纏!? き、気絶してる……」

「あまりにも情けない顔をしていたからな、強制的に落とした。なに、安心しろ。報告書の方は私の方で仕上げてやる」

「……ふふ、シグナムって、意外と面倒見が良いですよね」

「うるさいぞ。無駄話をする暇があるなら手を動かせ、手を」

「はいはい、分かってますよ~」

 

 笑いながらそう答えたフェイトを、少しだけ睨んだシグナムは、ため息の後に報告書の作成を始めた。

 意識をすっ飛ばした少年が起きたのは、そこから更に数時間後だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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