スターヴ・ヴェノムとのデートが終わり、結局どういう距離感で接するのが適切なのかがわからないまま数日が経過していた。
その間デュエルもできていない。大会前の休養期間と言えば聞こえはいいかもしれないが、気持ちの置き所をわからないまま怠けているだけで進展もないし。
俺は、スターヴ・ヴェノムの事を……。
「ぱ、パルラよ、本当に良いのか?」
「大丈夫ですって~私が言うんだから間違いありません。ささ、食べて食べて」
などと考えている俺の気持ちをよそに、お気楽そうな会話が聞こえてくる。
何やら部屋の隅の方でスターヴ・ヴェノムとパルラがコソコソと何かを……多分つまみ食いをしていた。
他のドラゴンメイドと仲良くしてるのはいいんだけど、それティルルがさっき焼いてたカヌレだし後で怒られないか? 覇王眷竜なのにメイドに怒られるのは、どうなんだろう。
「では……食うぞ」
「んん~、美味し」
手早くカヌレを口に入れたパルラとは対照的に、恐る恐ると言った様子で手に取るスターヴ・ヴェノム。
そのままその小さい口で、一口齧る。
その様子を見て、ごくりと喉を鳴らした。デートの時、あの口で……あの小さな口で、その中にある舌で。あ、あんな事を。
「どこを見ているのですか? ご主人様」
「ははは、ハスキーさん!?」
思考がピンクな方向に行きそうになっていたところを、突然現れたハスキーさんの一声で引き留められる。
危なかった……いや思いっきり見てるのがバレてるなら危ないというかアウトなのでは?
「失礼しました、何やらデート以降ご主人様の調子が悪いようでしたので少し心配に」
「そんなに態度に出てたかな、心配しなくてもだいじょ……」
「デート中に、スターヴ・ヴェノムと何かありましたか?」
流石にデート中にスターヴ・ヴェノムに指舐められてから邪な目で見てしまいます。とは言えないのでやんわりと誤魔化そうとしたけど、一歩踏み込まれてしまう。
それにしてもそんなにバレバレだったのだろうか? デートで何かあったかなんて聞かれるなんて、まさかハスキーさんには全てお見通しなんじゃ。
やだなぁスターヴ・ヴェノムは元の姿に戻りたい覇王眷竜ですよ何かあるわけないじゃないか。と冷静に、詳しい事は悟られないように返そうと思ったはずなのに。
「ななな、何もない! 断じて! 決して何も!」
と、あからさまに何かあったような事を口走ってしまった。何故。
これじゃあ何かやましいことがありましたよと自分で言っているようなものだ、案の定、ハスキーさんも一瞬怪訝そうな顔をしてこっちを見ていたし。
「そう、ですか。 何もないのでしたら何よりです。申し訳ありません、従者の身で差し出がましいことを」
「い、いや。こっちこそ心配かけたみたいでごめん……ちょっとスターヴ・ヴェノムのこと考えてただけだからさ、大丈夫だよ」
スターヴ・ヴェノムの事を考えてたのは事実だし、今はまだこうやって言うしかないな、うん。
……今はまだ? なんで俺は今、いつか話してもいいような事考えた? 彼女が元の姿に戻れば別に話す必要もないというか墓の下まで持っていく内容だろ。
「なるほど……それほどまでに彼女の事を。ですがあまり根を詰め過ぎないようにしてくださいね?」
「うん、そこは気を付けるようにする……」
「では私はここで失礼いたします、つまみ食いをした二人を叱らねばなりませんので」
そう言って一礼をすると、ハスキーさんは優雅に歩いて部屋を後にした。
いつの間にか部屋から居なくなってたけど、やっぱり怒られるんだあの二人……。
▽
マイルームの別室にある、豪華な屋敷を思わせる一室。そこはドラゴンメイド達のリラクゼーションルームになっている。
そしてその室内には、三人のドラゴンメイドの姿があり、ある作戦会議を行っていた。
「きっと二人は、キスをしたと思いますね」
「ききき、キス!? もうそこまで進んだっていうの?」
最初に口を開いたのはハスキーだった。その発言に、頬を赤くして驚きの声を上げるのは赤い長髪が特徴的なドラゴンメイド、ティルル。
「今日のご主人様を見て確信しました。最近スターヴ・ヴェノムの事を目で追っているのはわかっていましたが、さらにその視線は一点に集中しています」
「つまり、その。くくく、唇を見てるってこと?」
「ええ、男性が女性の唇に注目するなんて、それしかないでしょうし」
その手の話にあまり耐性が無いのか、恥ずかしそうにしているティルルとは対照的に淡々とそう告げるハスキー。そしてさらに、こう続けた。
「さらに言えばあの視線の熱さ、きっとご主人さまは……」
「ご主人様は……?」
「スターヴ・ヴェノムに、ホの字でございます」
えぇ~!? とティルルの驚く声が室内に響き渡る。
「ほ、ホの字ってつまり、そ、そういうことなのよね!? どどど、どうしよう。アタシの事じゃないのに心臓ドキドキしてきた!」
「まあまあ落ち着きなよティルル~、まだ絶対にそうとは決まった訳じゃないんだからさ」
あまりにも狼狽えている同僚を見かねてか、今まで二人の会話を聞くだけに留めていたパルラが口を開いた。
「まあ、私から見てもご主人様の態度は凄い事なってるから多分そうなんじゃないかな~とは思うけど、それこそ二人の問題だから私達メイドにできる事はないんじゃない?」
「いえ、そうでもありませんよパルラさん」
静観するのがいいよ~。と気楽そうに続けるパルラの言に対して、ハスキーは否とした。
「確かに我々は主の身の回りの世話をするドラゴンメイド。出しゃばった事をするのは良くないと思うのは正しいかもしれませんがそれは普通の恋愛の話」
「あ~……まあ、そっか」
「えっ、えっ、どういう事?」
「ご主人様はきっと、スターヴ・ヴェノムが元に戻りたがっている事を知っている故に自分の恋心を良くないと思っているはずです。ですが彼女だってキスまでしたんですから悪からず思っているのは自明の事実」
「つまりこのままじゃ、すれ違ったままになる……って事?」
「そういうことです、ティルルさん。つまり我々にできることが何か、わかりますね?」
「二人がお互いに想いあってるのを、自覚させる……?」
「はい、その通りです。できる限り我々で、ご主人様の恋路を舗装すればきっと上手く行きます」
作戦は私にお任せを、二人は他のメイド達への通達をよろしくお願いしますね。と話を締めにかかっているハスキーを見ながら、パルラは一人思案していた。
(まあ、実はスターヴちゃん本人に何があったか聞いてるからキスしてないどころかもっと凄いことになってるのは知ってるんだけどね~。でもご主人様があの子の事を意識してるのは事実だし、面白いことになりそうだから黙ってよ)
二人のドラゴンメイドの思惑が交差しながら、夜はひっそりと更けていくのだった……。