空色のグラーフ   作:森田 照

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第11話 艦霊

 

 白く空っぽなところに居る。

 目の前には艦娘、グラーフ・ツェッペリンが独りで立っていた。

 綺麗な肌に端正な顔。髪は白金の色合い。

 

 彼女の小さな口が開く。

 おれに話しかけようとしているのだろうか。

 

 しかし声は聞こえない。

 まるでミュート状態のテレビだ。

 

 いや、まてよ。

 かすかだけど聞こえる。

 おれをグラーフと呼んでいるのか?

 

 だがそれは違うぞ。

 グラーフ・ツェッペリンとは目の前にいる彼女だ。

 

 あれ?

 じゃあ、おれは……?

 おれは一体、

 

 誰なんだ……?

 

 

 

 ■――■――■    ■――■――■

 

 

 

「グラーフ!早く起きろ!」

 

 重いまぶたをゆっくりと開ける。まだ霞んでいる視界には出会ってから一度も見たことのない顔で隼鷹(じゅんよう)がグラーフの身体を支えながら怒鳴りつけていた。

 

「隼鷹さん……。今、何が起きたの……」

「機銃受けて頭が吹っ飛んだんだ!」

「何を言って……」

「いいから!立ってあたしの後ろに!早く!」

「でも、立つって……、右足が……」

 

 隼鷹はグラーフに立ち上がって後ろについて来いと言う。

 しかし、立てと言っても自分の右足は機銃掃射によって千切れて海へ沈んだはず。そんな状態でどうやって起き上がれるのだろうか。

 立とうとしないグラーフに対して隼鷹がほんの一瞬、眉間にしわを寄せた厳しい顔を作る。だが、すぐにいつも見せる笑顔に戻ってグラーフにやさしく告げる。

 

「大丈夫。右足を見てみろ」

 

 隼鷹さんは何を言っているのか、大丈夫とはなんだ。そう思って右足に視線を移すと信じられない光景があった。

 

 先ほどまで吹き飛んで何もなかったはずの右足がパリパリと音を立てながら、ふくらはぎの部分まで生えてきている。灰色の骨が、鮮血色の筋肉が、青い血管が、白く滑らかな肌が新たに構築されていく。

 

 みるみるうちにふくらはぎが修復されて、次に足首、そしてつま先まで何事もなかったかのように元どおりに直っていく。

 

「嘘……」

 

「ウソなもんか」

 

「嘘だ……」

 

「本当だ。お前の左腕だって手首まで元のとおりだよ」

 

 今度は左腕を見る。上腕部分から吹き飛んでいたはずだったのに、すでにその手首までその透きとおるような肌を再現しており、あっという間に細く綺麗な指の爪先まで骨に響くようなパキパキ音を鳴らしながら再生していく。

 すっかりと元どおりになった左腕と右足を見る。その衝撃の光景に頭の理解が追いついていかない。

 

「こんなこと……」

 

「あり得ない?

 けどそうじゃない。この状況を飲み込め。お前の艤装による肉体の自動修復は完了した」

 

 

 隼鷹がグラーフの負傷が修復されたのを確認すると、肩に腕を回して体重を支えて移動を始める。

 すでに上空の敵艦載機は圧倒的な高練度を誇る赤城(あかぎ)と隼鷹の艦載機によって一方的に刈られており、最後の一機がちょうど撃ち落されようとしていた。

 隼鷹がグラーフを連れて阿武隈(あぶくま)のもとに移動し終わると同時に無線から赤城の声が聞こえてくる。

 

「艦載機から第四報。敵深海棲艦及び敵艦載機全ての処理が完了。周囲に敵対勢力は確認できません。こちらの被害は、隼鷹の艦載機が2喪失、グラーフ・ツェッペリンが1。以上です、阿武隈さん」

「はい、了解です。現時刻を持って戦闘が終了したと判断します。

 お疲れ様でした!皆さん阿武隈(あぶくま)のところに集まってください」

 

 阿武隈が戦闘終了を皆に告げる。内容は阿武隈艦隊の一方的な勝利だった。

 軽空母ヌ級7、駆逐イ級1。これが戦果となった。

 被害はグラーフが小破判定。ろくに回避行動も取れなかったが、不幸中の幸いで飛行甲板は無傷。艤装に敵艦載機の銃弾が多少当たった程度で航行及び戦闘に支障はない。

 敵艦載機との航空戦で喪った味方艦載機数についても隼鷹が2、グラーフがわずかに発艦させた1のみであったし、赤城にいたっては艦載機の損失が0だった。

 

 勝因の大きな要素は先手を取って開幕航空戦で敵深海棲艦の7割以上を屠ったことだった。また、一部を除いて全体的な敵艦載機の能力が高くなかったことも幸いした。長波(ながなみ)風雲(かざぐも)の対空砲火も確実な仕事をしたし、報告に上がる数字の上では問題とみなされることのない戦果をあげて一連の戦闘は終了した。

 しかし、その大戦果に喜ぶ者は今の艦隊にはいない。

 

 

 

 

「……ていうかその様子だと阿武隈からあたしたち艦霊と艤装の関係とかの説明を聞いていなかったみたいだなぁ」

「すみません……。私の確認不足でした」

「こちらも確認がおろそかでした。私も隼鷹さんも、阿武隈さんが説明してくれているんだろうと思い込んでいましたから」

「や、これはあたしが悪い。もっとグラーフを配慮すべきだった」

「いえ、それを含めて戦闘に参加するよう判断した旗艦であるあたしのミスです。グラーフさん、大変申し訳ないことをしました」

 

 阿武隈たちがお互いに謝りながら戦闘での反省の弁を述べる。

 グラーフの経験のため良かれと思って判断したことが裏目に出てしまった。そもそも哨戒任務の見学として一緒に行動しているのに、戦闘に参加させてしまい(現場でのやり取りは「艦載機を出させよう」という曖昧なものでもあった)、被害が生じる結果となった。

 高練度艦の赤城と隼鷹がいることから油断が生じて、敵深海棲艦の編成から想定されるリスク見積りを誤った点、そして正式配属前の艦霊に被害が生じた点、この2点が問題であった。

 これはグラーフが正式配属後で、初歩的でも訓練を受けていれば、被弾を回避できた可能性は高かったし、そもそも任務中での被弾自体が想定され得る状況であるので問題にならなかっただろう。

 グラーフが隼鷹に肩を支えられながらボソボソとしゃべる。

 

「あの、この身体はいったい何なんですか……?しかも、さっき頭が吹っ飛んだって……、何かの冗談ですよね……?」

 

 阿武隈たちは誰が回答するのか、お互いに目配りしあう。わずかな時間を置いてから赤城が平静な様子で疑問に答える。

 

 

「そうですね。言い方が適当かわかりませんが、私たち艦霊の本体はこの肉体ではありません。

 むしろ付属物のように見えるこの()()()()()だと言うべきでしょう」

 

 

 赤城が自分の艤装である飛行甲板をコツコツと音を立てて叩きながらあっさりとした口調で応える。

 

「言い方を変えると艤装が対外活動する上で利用しているのが、この肉体であると言ってよいかもしれません。

 ですから、戦闘に置いては肉体の損傷よりも本体である艤装の損傷に注意を払う必要があります。

 艤装さえ無事なら手足が撃たれようが、それこそ先ほどのグラーフさんのように()()()()()()()()()()()()私たちは艤装が肉体を修復さえすれば行動に大きな支障はありません。まあ、さすがに頭を飛ばされるとその間は戦闘不能ですから、それは避けるべきですけどね。

 また、艤装の一部でもある服装は鎮守府の工廠に戻って入渠するか工作艦による泊地修理をしないと直りません。破れた服は横須賀に戻るまでそのままです」

 

 赤城が淡々と艤装と肉体の関係を説明した。それは艦霊の本体は今こうして話しあっている肉体ではなく、鉄のかたまりたる艤装が本体だと言っているものだった。

 むしろ元が鉄の船だったのだから、さもそれが自然だろうという調子である。

 赤城の説明が終わるとしばらくの間、艦隊を静寂が支配する。耳に入るのは足元でチャプチャプと鳴る静かな波の音だけだった。

 

 

 

 

 隼鷹がグラーフに声をかけて静寂を破る。

 

「とりあえず今は自分の足で立って、横須賀に帰ろう。できるよな、グラーフ?」

「は、はい……」

 

 ゆっくりと回していた腕を肩から外して、一人で立つように促される。負傷していた右足と左腕だけ服がなく、その素肌が丸見えだった。ツインテールになっていた髪形は髪留めゴムが千切れてしまって、さらさらと風に揺れて首筋に一部がまとわりついている。

 落ち切った精神状態でも艤装はきちんとグラーフを洋上に留まらせ続ける。服装こそ一部がボロボロだったが、航行には支障がなさそうだ。

 

「では航行を再開しましょう!グラーフさん、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

 

 阿武隈が横須賀鎮守府に戻るための航行を再開すると艦隊のみんなに言う。併せてグラーフには気分に異変があったら、気軽に申し出るように告げる。

 グラーフが無言で少しずつ移動をし始めるのを確認すると阿武隈も後を付くように動く。先頭は赤城に任せて自分はグラーフの傍について調子を崩しても対応できるようにしている。

 艦隊が停止していた間の周囲の警戒を赤城と隼鷹の艦載機が担っていたため、2人は航行しながら順に艦載機を艤装の飛行甲板に収容していった。

 

 赤城の背中を前に見ながら黙ってついていくだけなので、グラーフの頭の中はグルグルとまとまりのない思考で一杯だった。

 

 しばらくして風にたなびく赤城の黒髪の様子をぼうっと見ていると少し落ち着いてきたのか、ふと足元に視線を移す。赤城が残す白いしぶきの航跡に自分の足が重なっている。右は素足の状態でも問題なく航行ができている。てっきり艤装の靴を履いていないと海上で移動できないのかと思っていたが、決してそうではなかった。

 

 グラーフは再び思考の海に沈んでいく。この身体はいったい何なんだ。吹き飛んで無くなった頭で記憶していたものが、新しく修復された今の頭が覚えているはずがない。であれば、自分の記憶はこの頭ではなく、赤城の説明どおり本体である艤装に蓄積しているということになるのか。

 つまり、今こうして考えているおれの本体はこの背負っている鉄のかたまりである艤装になってしまうのか。自分が人ではないといった感覚が薄っすらとあったが、今日の出来事でそれが確たるものに変わっていく。

 自分は人間じゃない。まさにかつての(ふね)亡霊(ぼうれい)だ。ここにあるものは実体のない幽霊のような存在だった。

 

 

 

 

 阿武隈艦隊が横須賀鎮守府に帰投する頃には17時を回っていた。すでに陽が沈みかけており、外から見る鎮守府本庁舎の窓ガラスからは室内の光がはっきりとわかるようになっている。

 陸に上がるとすぐにグラーフは初めて艤装の修理をすることになった。

 

「お疲れ様でした、グラーフさん。入渠する場所まで案内します」

 

 明石(あかし)がグラーフを艤装修理のためのドッグに引き連れていく。工廠の奥に行く明石にグラーフは手で引っ張られて後を付いていく。

 

 そして、短い入渠を終え、寮のあてがわれた自室に戻ったグラーフは、翌朝、職場に姿を見せなかった。

 

 

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