空色のグラーフ   作:森田 照

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第12話 陽光の赤城

 

 

「帰りてぇ……」

 

 

 練習航海から戻ってきてから数日間、グラーフは寮の自室に籠りきりだった。

 初めての海で深海棲艦による機銃掃射攻撃を浴びて、艤装に小破判定となる被害を受けた。ほかの艦霊であれば、作戦行動の遂行を中止するような被害ではないし、まして艤装の修理完了後でも肉体の療養が必要なものでもなかった。

 しかし、横須賀鎮守府に戻ってすぐに短時間の入渠を済ませたグラーフは寮の自室に戻ったあと、再び部屋から自発的に出ることをしなかった。

 そして、私物のたぐいが一切置かれていない部屋のベッドでうつ伏せになって虚無の時間を過ごしている。

 

 

 

 部屋に戻ってきてから、ずっとぼんやりとした頭でグルグルと同じようなことを考えていた。

 浮かんでくるのはこの世界に来たことへの後悔と絶望の気持ちだ。なぜ、こんな世界に来てしまったのか。もう帰ることはできないのか。もう元に戻ることはないのか。

 

 だいたいこの世界の日本は転生前に住んでいた時よりあらゆる社会情勢が悪くなっているのは雰囲気で分かる。それに人間でもなんでもない、艦霊なんていうかつての船の亡霊を必要だからっていう理由で使い倒している。

 しかも、自分みたいな素人にも「期待している」とか「貴重なんです」とか言って、戦いに引きずり込もうとしている。普通に考えて一般人だった人間がガワだけ変わっても戦えるわけがないだろう。戦う理由だって考えつきもしない。この横須賀鎮守府にこれから先も居続ける理由が思いつかなかった。

 

 こんな場所で生きていけると、こんな場所で戦っていけると到底思えなかった。

 

 主観の時間感覚がおぼろげでずっと部屋に閉じこもりっきりだ。壁掛け時計の針が何周したのかはっきり覚えていない。室内灯を点けていないので暗い部屋だが、夜目になっているのか今の時計は10の数字を指しているのがくっきりと見える。

 何十時間引き籠っているのか分かっていないが、不思議なことにその間、食欲が湧かなかったし、頭も空腹で回らなくなることもない。むしろ食事を摂らずとも健全なこの身体に薄ら寒い恐怖感を覚えてくる。

 おそらく、この身体では自殺しようにも大変な苦労を伴うのだろう。頭が吹き飛んでも元に戻る身体だ。楽に死ねる方法が簡単に思いつかない。死ぬときは深海棲艦の攻撃を受け続け、艤装が大破してそれでもなお被弾し続けたときだろう。

 

 さりとて今から海に出て深海棲艦の攻撃を受けてくる、というのもあまり現実味を帯びなかった。

 阿武隈(あぶくま)が座学で言っていたことを思い出す。深海棲艦の出現海域には偏りがあると。しかも1日に1回程度の遭遇頻度で「危険な海域」とも言っていた。

 あの広い海であてどもなく彷徨って深海棲艦に遭遇できる確率はきっと低いのだろう。運が悪いといつまでも遭遇しないでいる可能性だって否定できない。ゲームのように同じ場所で必ず敵と遭遇するようなものではないのだと想像できる。

 先日の練習航海で深海棲艦が8隻もいる敵艦隊に遭遇したのは運が悪かったのだろう。阿武隈だって赤城が発見したときに驚いていたではないか。

 

 

「どうやったら帰れるんだよ……。別にトラックにぶつかって死んだわけじゃねーぞ、おれは」

 

 

 もう何時間も同じ姿勢だったことにふと気づく。うつ伏せの状態の身体を仰向けに動かすためにモゾモゾゆっくり動かす。大きな胸に肺が押されて口から言葉にならない音がこぼれる。

 

 この体になって不便なことの一つに寝返りをうつのが面倒ということが分かった。お尻が大きくなったのもあるが、それ以上に胸がデカすぎるからだ。

 はじめのころは無意味に揉んでみたりしたが、別に気持ちよくなるわけでもなかった。今となっては鬱陶しく思う気持ちが大きい。

 考えてみれば男だったときだって、自分の息子をなでるのだって、必要に応じたときのみで、生きている中でそんな大した時間を占めているわけではない。

 

 加えて今は体も頭も女のそれになっているせいか、女性の体を見ても男だったときと比べて思うことが減ったように感じていた。転生前に赤城(あかぎ)隼鷹(じゅんよう)陸奥(むつ)なんて美人で巨乳な女性が目の前にいたら、ジロジロ見てしまって会話どころではなかっただろう。

 鎮守府の河口(かわぐち)は女性として魅力的な外見を備えた艦霊たちと一緒に居て、よく平常で接しているなと元男として尊敬してしまう。どんな経験を積めばあんな落ち着いた賢者のようにいられるのか。

 

 自分の精神は体に引っ張られるのか、それとも記憶に引っ張られるのか。まだ艦霊になって日が浅い身としては分からないが、いつかわかる時がくるのだろうか。

 

 

 

 

 

 ドンドンと音が部屋に響く。

 

「グラーフさん、いますか?」

 

 赤城の声だ。

 

 体が固まったままピクリとも動かない。呼びかけに反応すべきだったが、頭がぼうっとして気だるさが体を固定させる。

 別に自分に何か仕事が課せられているわけでもなかった。もうしばらくこのまま部屋に放置して欲しい。正直放っておいてくれと願う。

 

 

 

「グラーフさん、開けてください」

 

 1分後。呼びかけに反応していないでいると、もう一度ドアを叩く音と自分を呼び掛ける声がしてくる。

優しい声だった。

 さすがにこのまま無視するわけにもいかなかった。うめき声をこぼしながら仰向けの状態からよじってベッドからずり落ちる。腕を使って身体を起こして立ち上がる。頭では緩慢とした動きをしたつもりだったが、意に反してこの身体は軽やかに動いた。

 タイルカーペットが足音を消してくれて静かな足取りで部屋の入口に近づく。諦めて居なくなっていると楽だなと思いながら、内鍵をガチャッと音を鳴らしてドアを開ける。

 目の前にはいつもの弓道着の恰好をした赤城が立って待っていた。

 

「外の空気を吸いに出ましょう。付いてきてください」

 

 部屋の外へ出そうとする赤城。

 黙って部屋の入口で立ったままでいると、今度は手を握ってきた。いきますよ、とゆったりとした口調で廊下に引っ張られる。

 そのまま赤城に手を引かれて廊下を通って1階の寮の玄関に行く。もらい直したスニーカーを履いて寮の外に出る。

 

 

 

 

 赤城に手を引かれたまま、横須賀鎮守府内を歩く。

 高気圧に覆われ上空に偏西風が強く吹くようになる秋の午前。真上には雲一つない晴天で気持ちの良い青空が広がっている。ただ、それは暗く沈んだままのグラーフの心と対照的だった。

 

 黙って連れられてきた場所は、艦霊たちが海に出入りする港が見える崖っぷちの倉庫横だった。そこは初日に龍驤(りゅうじょう)がたばこを吸っていた喫煙所でもある。なぜここに連れて来られたのかグラーフには検討がつかない。

 もしかすると赤城も喫煙者なのかと考えていると見透かしたかのように言われる。

 

「ふふ、ここにタバコを吸いに来たわけじゃありません。私からそんなにおいしますか?」

 

 そのとおりだった。たしかに龍驤から薄く漂っていたタバコの臭いはなく、むしろ近くにいると安心する匂いがする。

 ただ、なおさら来た理由がまったく思いつかなかった。無言で赤城を見返す。

 

「ここは鎮守府で一番景色が良いところなんです。ここに居れば、海から帰ってくる皆さんの様子がよく見える。何かを待ったり、考え込んだりするのにちょうど良い場所。

 だから龍驤さんや二課長がよく居つくようになって、ここでタバコを吸っているせいで、勝手に喫煙所扱いされているだけなんですよ」

 

 言われてみると喫煙所なら普通あるであろう灰皿はなかった。携帯灰皿がないとここでは吸うことができない。

 ここには波しぶきと潮風で錆びているパイプ椅子が2つ置いてあるだけだ。

 

 

「座って話をしましょう、グラーフさん」

 

 

 赤城に勧められるままに折り畳み式のパイプ椅子に座る。野ざらしだが、誰かが頻繁に使っているおかげなのか、座面にはホコリや目立った汚れはなかった。赤城も海の方向を見て椅子に腰をかける。

 

 座ってからしばらくの間、二人並んで黙ったまま遠くの海を見つめていた。

 水平線の先へ視線が向かう。はるか遠くには発達した積乱雲があった。その雲間からは微かだが、雷がピカッと光っているのが見える。まだ、南の空には夏が残っているようだ。

 この世界に転生してきてから明らかに視力が良くなったと思う。離れた場所の文字や色がクリアになって、疲れ切っていたあの頃では視界に入らなかった景色が見えるようになっている。

 

「さて、何から話しましょうか」

 

 赤城が穏やかに口火を切る。

 

「そうですね……。あなたはきっと賢い子。部屋で何を考えていたのか、私に聞かせてもらってもいいかしら?」

「……」

「思いついた順番で構わないわ。順序立てて話す必要はない。私はグラーフさんの言葉が聞けたら嬉しいだけ」

 

 赤城が優しく促す。無理に聞き出しても逆効果だ。カウンセリングの専門家ではないが、相手の反応を見つつ丁寧に対応した方がよい場面であることはわかる。

 自分が丁寧に対応されている。無理に話す必要はない。その状況を作ってもらったグラーフはようやく言葉を紡ぎ始める。

 

「……正直、分からないんです……」

「なにが分からないの?」

「それは……、自分はここで生きていけるのか、海に出て戦えるのか、ということです」

「なるほど」

 

 だが、これだけではなかった。

 

「あと……」

「あと?」

「こ、怖くて……」

 

 ポロっと本音をこぼすと、不意に目元に涙が浮かんでくる。

 そしてあっという間にボロボロと止まらなくなってしまう。大粒の涙が堰を切ったようにあふれ出てくる。声も上ずり、喉上が熱を帯び、痛んで呼吸がしにくくなる。

 

「うぇ……、す、ずび、まぜん……」

「いいんです。あなたは何も悪くない」

 

 赤城がグラーフの体を引き寄せてその胸でやさしく抱きしめる。

 しばらく嗚咽(おえつ)が止まらず、赤城の膝の上で泣き続けた。

 

 どれくらいの間泣き続けていたのか分からない。数分だったのか、それとも何十分だったのか。ただ、泣き続けている間、赤城は膝の上でグラーフの頭をなでることを止めなかった。夜泣きする子供をあやすようにずっと穏やかに待ってくれていた。

 

 

 

 

 涙が枯れ果て、目元が赤く染まってからずいぶん経ったころ、グラーフはようやく泣くのを止めた。

 転生してからずっと緊張していたせいもあるのか、泣いたのは初めてだったし、転生前でもここまで泣き喚いたのはずいぶん小さい幼児のとき以来だろう。あまり感情を表に出さない性格だったし、いわゆるブラック企業に就職してからはますます感情の起伏が喪われていた。

 そう思えばずいぶん久しく泣いていなかったし、こんな姿を他人にさらしたのも初めてかもしれなかった。

 

「すみません……。それに、こんな情けない恰好で……」

 

 顔を上げて最初に出たのはやはりというべきか謝罪の言葉だった。赤城の膝の上でずっと泣いていたせいで、赤色のスカートがすっかり涙で汚れていた。

 

「大丈夫よ。情けないことなんて何も無いわ」

「そんなこと……」

「仮に情けないのだとしても、私はそんなあなたを受け入れる。

 前を見て。あなたには目の前に広がる海のように可能性に満ちている。今の状態に納得できなくたって、これから空っぽな器に一つ一つ積み上げていけばいい」

 

 自らを否定するグラーフを赤城は救い上げる。

 赤城にとってはまだ何も成しえておらず、何も失敗もしていない存在をどうして否定しようか。目の前で泣きじゃくる未熟な艦霊を叱り飛ばすつもりなどかけらもなかった。ただ、彼女が生来持ち合わせる包容力で受け入れようとするだけ。

 

 今のグラーフに必要なのは、自分を受け入れてくれる存在だった。自分を肯定してくれる存在を本人は無意識に渇望していて、赤城はそれになってくれようとしている。

 

「もう一度言いますよ。私は、そんな情けないと言うあなたを受け入れる。そのまま変わらなくなっていい。あなたにはあなたでいて欲しいのだから」

 

 この世界に来てから、いや、転生するもっとずっと前から飢え続けていた欲求を満たしてくれる存在が、グラーフの目の前にいた。

 我慢できず感情が溢れた。口がへの字にゆがむ。目頭に皺がよって熱くなる。喉奥が痛くなる。腹筋が縮こまる。肺の横隔膜が言うことを聞かない。

 

「うっ……、おぇ……」

「大丈夫、大丈夫」

「はい……、はい……!」

 

 赤城がもう一度グラーフを抱きしめる。背中に手を回してやさしくゆする。グラーフはこの横須賀にいていい。口にしなくても赤城の目がそう語っている。

 

 

 

 

 再び感情をひとしきり出し切ったグラーフに赤城が目を見て話す。

 

「落ち着いた?」

「……うん」

「そう、良かったわ。ほかに私に話したいことはあるかしら?」

「あの、これから自分はどうしたらいいんでしょう……」

 

 グラーフが赤城に相談ですらない、丸投げの質問をする。自分が何をするのか自分で決める。普通の人であれば、そんなことを尋ねられても困ってしまうし、子供ではないのだからもう少し的を絞った相談をすべきだろう。

 

「あら。素直でいい質問ね」

 

 だが、赤城は困った素振りを一切見せずにグラーフを肯定してみせた。むしろ心情を素直に吐露した質問をしてきたことを褒めている。

 

「そうね……。今はもしかすると目の前が暗闇でどこへ向かったらいいのか分からずに迷っているかもしれません。

 そういうときはなんでもいい、何か目標を持つことが良い方法の一つです」

「目標……」

「そうです。仮に自分の求める道でなかったとしても、そのときそのときに直せばよいだけのこと。目標を修正することなんてみんなやっていることです。

 そうして日々を過ごしていくうち、ふとした瞬間に目の前が白く光って見えるときがあるはず」

 

 白く光る。

 その言葉を聞いたとき、脳内で火花が飛び散るように思い出す。

 

「あ……、そうか、あのとき……」

「あのとき?」

 

 この世界に来る直前、ゲームをしていた。そのゲーム内の任務メニューを選んだ拍子にモニターが白く光って、気が付いたらこの世界に来たのだった。

そしてその任務メニューに記されてあった内容が頭をよぎる。

 そうだ、あそこにはたしか……!

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 モニターに表示された任務にはたしかそう書いてあった。具体的な達成内容が書いてあったはずでそれは思い出せないが、表題はそうだったはず。

 つまり、この世界に来た理由は何かしらに勝利することだった?ということは、それを達成すれば元の世界に戻れるのかもしれない。

 

 そうだ。元の世界に戻ったら生き方を赤城の言うとおり見直したっていい。別に仕事だって落ち着いて考えてみれば、あんなブラック企業にしがみつく必要なんてないだろう。疲れ切っていたあのときは正常な判断をするだけの気力がなかったに違いない。

 

 暁の水平線というのが何なのか分からない。ただ、この状況を終わらせるためのヒントには違いない。

 少なくとも全く手がかりすらない状況じゃない。今すぐに状況を変えることができなうとも何かしらの手がかりになるかもしれない。

 

 

「あら、もう既にあるじゃないですか、目標」

 

 

 赤城がうつむいて考え込んでいたグラーフの顔をのぞきこんで話す。グラーフの顔にはもはや不安げな表情はなかった。そこにはわずかだが、希望を見たものの顔があった。

 

「なんだっていいんですよ、目標や理由なんて。

 グラーフさんがこの世界で生きていくのに大事なことは、自分がその目標や理由に価値を見出すことです」

 

 赤城は太陽みたいに包んでくれる女性だった。

 決して沈むことのない、憧れの人。

 

「……どうして、赤城さんはそんな強く生きていられるんですか?」

「ふふ、そう見えたのならうれしいわね。

 でも、強くあることは弱さも知っておくことが肝要なの。私は私の弱さを知っている。そして、それを周りの人たちは受け入れてくれている」

 

 赤城は自分だって弱さがある。そして今のグラーフのようにその弱さを受け入れてくれている人たちがいると言ってくれた。グラーフから見て理想の人のように見えたとしても、それが全てではない。今を生きている存在なのだと教えてくれる。

 

「どうやったら、自分も赤城さんのようになれるんですか」

「う~ん。グラーフさんは私と全く同じにはなれないわ。グラーフさんはグラーフさんにしかなれない。残念ながらね」

「そう……ですよね……」

 

 もちろん真の意味でもグラーフは赤城ではない。あらゆる人は他人には成れない。あるのは相互作用のみだ。

 

「でもね。だからこそ、自分の中での目標や生きる理由を繰り返し考えていくことが大事なの。もちろん、誰かのようになる、というのも迷っているうちは良い目標よ」

「繰り返し考える、ですか」

「そう。修正も大切なこと。だって設定した目標や積み上げたものが間違った成功体験かもしれないもの。そしてひたむきに繰り返していくといつか、()()()()()()()()()()

「それはどういう……」

「そうね。まだ私の言っていることが理解できないかもしれない。

 でもそれが理解できたとき、グラーフさんはきっと今より世界を愛せるはず。今より生きることに一生懸命になれるはず。今より自信に満ちた姿になれるはず。

 いつかその姿を私に見せてください。その日が来るのを楽しみにしていますよ」

 

「……はい!」

 

 グラーフは決めた。今はよく分かっていないが、()()()()()()()()()()()()という任務を達成しようと。そのため何をすればよいのか探るためには、今をしっかりと生きようと。

 そして、赤城のようになるのだと。

 

「元気のよい声が出るようになりましたね」

「は、はい……」

「もう、またすぐに声が小さくなる」

 

 やや意地悪な口調で赤城がたしなめる。しかし、その顔はグラーフが自分の意志で行動する決心をしたことに満足していた。

 

「うん。今、あなたは一歩前に踏み出たんです。私にはそれが分かります。

少しずつ前に進みましょう。時には私が手を引くときがあるかもしれない、別の誰かかもしれない。もしかすると逆に私の手をグラーフさんが引っ張ってくれるのかもしれない。これからが楽しみです」

 

 赤城が座っていた錆びたパイプ椅子から立ち上がる。座っているグラーフに手を差し伸べる。逆光で赤城の顔が影になっていて、陽がまるで後光のように射している。

 

「さ、今日は私があなたの手を引きましょう

 そして、いつの日か今度はあなたが私の手を引いてください。約束ですよ」

「はい!約束です!」

 

 今日、グラーフは艦霊としてようやくこの広い海に出ようとしている。どこへ向かうのか未だ自分でも分かっていない。しかし、遠く見える赤く陽の光に照らされた艦影がその航路を指し示している。

 

 

 

 

 

「あの、赤城さん」

「なんでしょう?」

「あの、今更なんですけど、おなかが空きました……」

 

 すっかり落ち着きを取り戻したら、不思議なことに空腹感を覚え始めていた。なにしろ、もう何日も食事を摂っていない。

 

「あら。じゃあ、食堂に行きましょうか。ちょうどもう少しでお昼時です」

 

 赤城が軽く笑って応える。

 寮の食堂までの短い道のりは赤城と並んで歩く。足取りが軽いのは決して自分で選んだスニーカーが歩きやすいせいだけではないのだろう。

 気持ちが晴れやかなのは決してこの青い空のおかげだけではない。目標がすぐ横にいることだったのだろう。

 

 

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