空色のグラーフ   作:森田 照

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第13話 横須賀の空は青いか

河口(かわぐち)さん、お時間よろしいでしょうか」

 

 

 グラーフは横須賀鎮守府の本庁舎2階に来ていた。部屋の中央部窓辺にある河口の机の前に立っている。

 河口の卓上名札には「艦霊運用管理部長」と書かれている。この男が鎮守府の艦霊を率いている現場のトップだ。見た目は50歳前後、現場指揮官として順調なキャリアを積んできたのだろう。今となっては、この男の抱えている責任の重さがなんとなく分かってきたように思う。

 けれど、今日はそんなことを考えるために来たのではない。彼から初日に浴びせられた質問の回答をしに来たのだ。

 

「ここに来たのは?」

 

 河口がグラーフに自席の前にやってきた理由を立ち上がって目線を高さを合わせながら問う。もちろん、彼もそんなことは聞かずとも理解している。しかし、これは一種の儀式なのである。やり取りには不文律の段取りがあるものだ。

 

「はい。最初の日に聞かれた質問の答えを持ってきました」

 

 グラーフがハキハキと返す。その表情は落ち着いていた。初日のおどおどした様子はなく、河口の目をきちんと見つめ返している。

 

「では、改めて。

 この横須賀鎮守府で日本のために戦ってくれますか?」

 

 グラーフは生唾をゴクリと飲む。少し間を置いて用意してきた言葉を口にする。

 

 

「はい。

 私は航空母艦、グラーフ・ツェッペリンとして戦います」

 

 

 龍驤(りゅうじょう)には自分で決めろと言われた。それは自分で決めたことでなければ、主体性を持って決めなければ、この先何か起きた時に他人のせいにしてしまうからだ。それは望ましい在り方ではない。

 

 しばらくの間、無言が場を支配する。黙ってお互いの目を見つめあう。まるでその瞳に本人の意思を確認するかのようだった。

 

「うん。ありがとう」

 

 河口が静寂を破ってグラーフに感謝の言葉を伝える。そして右手を伸ばして握った手を広げた。

 グラーフはゆっくりと自分の右手を河口へ差し出す。お互いの手を握り合う。

 ああ、男の手って大きくて太いんだなと河口の体温を感じながら気づく。そして自分の手が女の手になっていることを改めて自覚する。

 

「……まだ、その、覚悟とかそういうのは正直ないんです。けれど、自分には横須賀鎮守府での目標ができました。それにみんなの役に立てることがあるのならとも思っています。

 きちんとした返事でないかもしれません。でもこれが自分の考えた結果です」

「立派な回答なんて簡単にできるものじゃない。むしろ正直に言ってくれたことの方が素晴らしいことだと思う。その意思を大事にしてほしい。

 もう一度、ありがとう。覚悟なんてものは後からついてくるものだと、私は思っているよ」

 

 

 

 

 

 ドターン!!

 

 グラーフの背後で誰かが大きな物音を立てた。河口と握っていた手を放して、後ろを振り向くとそこにはバランスを崩して倒れた隼鷹(じゅんよう)陸奥(むつ)阿武隈(あぶくま)、そして赤城(あかぎ)がいた。みんなして苦笑いの顔でグラーフと河口に視線が合う。

 

「何も隠れて見なくてもいいって言ったじゃない。ほら、気まずい空気になってる!」

 

 重なって倒れこんだ陸奥が一番下で潰れている隼鷹に冷たい視線を送りながら言う。

 

「いや~、だって誰かに見られたままじゃ、決断しにくいかもしれないじゃんか」

「そんな雰囲気に見えたかしら?」

「や、そんなことはなかったけどさ……」

 

 隼鷹たちが2階入口の柱の影でグラーフと河口の会話に聞き耳を立てて隠れていたのだった。

 

「いやいや、隼鷹さんたちよ。グラーフさんを心配しているのは分かるけど、何も隠れて聞かなくたっていいんじゃないかな~」

「そこはごめんよ、グラーフ……。でもあたし達みんな心配でさ。そこを汲んでくれると嬉しいな~、なんて……」

 

 グラーフは少し笑って応える。

 

「いえ、こちらこそ皆さんに心配かけてすみませんでした。でも、これからもっと沢山お世話になるので、改めてよろしくお願いします」

 

 その言葉を聞いた隼鷹たちがお互いを見つめあって破顔した。

 

「応とも!よろしくなグラーフ!そして横須賀鎮守府にようこそ!」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日付けで正式採用になる。これ、採用願」

 

 河口が自席の引き出しに仕舞っていたクリアファイルからA4サイズの紙を一枚渡してきた。

 内容に目を通すと記名部分以外の項目はすでに印字されていた。あとはグラーフが直筆で署名するだけの状態だった。

 

「右下の部分に名前を書くだけで大丈夫。それでグラーフさんは横須賀鎮守府所属の艦霊として身分と権利が得られる。そして義務も同時に発生する」

「はい。ペンを貸してください」

 

 河口が卓上のペン立てから1本取り出して渡す。

 誰も座っていない机を借りて、採用願に自分の名前を記名する。一瞬、ドイツ艦だからドイツ語で書くのが普通なのかもと考えたが、一ミリも分からないので諦めてカタカナで書いた。

 

「ありがとう。これは総務に引き継ぐから。後日になるけど、今日付けで採用辞令を渡すよ」

「お願いします」

 

 河口がグラーフから採用願を受け取ると机の鍵付きの引き出しに丁寧にしまった。近くで見ていた隼鷹たちがパチパチと拍手を送ってくれる。

 

 

 

「さて!これでめでたく晴れて横須賀鎮守府所属になったわけですから、最初の業務命令を出します」

 

 河口が少し間を置いて次の句を告げる。

 

()()()()広島の呉鎮守府で半年間の研修を受けてきてください!」

 

「え……?あ、明日から、ですか?!」

 

 グラーフが驚いて聞き返す。壁掛けの時計の時刻は13時を回ったころ。普通に考えれば出発する時間にしては遅すぎる。

 

「そうだよ。今日の午後14時新横浜発の新幹線のチケットを取ってあるから、それに乗って広島まで行ってね!

 道中は施設課の篠崎(しのざき)さんが一緒に行ってくれる。多分、もう下で待っているはずだよ。なんでも彼女も呉の同期に久しぶりに会いたいんだとか」

 

 河口は事もなげに言う。まるではるか事前に全て決まっている予定を伝達するがごとくだ。

 

「今から呉に行くって……。そんな急に決まるもんなんです?!」

「いや~、それがギリギリのタイミングだったんだよ」

「えー……」

 

 グラーフの頭の中で、もしかすると赤城が急にやってきて自分を部屋から連れ出したのはこのことがあったせいではないかと思い始める。

 そう思わざるを得ないほどの段取りだった。

 

「とにかく今ならまだ間に合う!

 半年後、立派になったグラーフさんにまた会えることを楽しみにしているよ」

「そ、そんな……」

 

 河口が肩を押して1階出入口へと向かわせようとする。半ば追い出されるような恰好で外へ出される。

 表に出るとすでに篠崎が官用車を回してきており、エンジンをかけて待っていた。グラーフがやってきたことに気づくと、軽く手を振って笑顔を浮かべて近づく。

 

「待ってたのよ、貴女が来るのを。

 今から出れば今日中には呉鎮守府に着ける。さあ、後ろに乗った乗った!」

 

 篠崎がグラーフに後部座席に乗るよう促した。特に持っていく荷物があるわけではなかった。この世界に来てからは、文字通り着の身着のままの状態だ。必要なお金とかチケットとかはきっと篠崎が持っているのだろう。

 車に乗り込むとドア窓が下りた。河口がドア越しにグラーフを見て送り出しの言葉をかける。

 

「じゃあ、グラーフさん。呉での研修頑張って。指導教官の香取(かとり)さんや鹿島(かしま)さんの言うことをしっかり聞けば大丈夫。心配要らないよ」

 

 これから行く場所の説明もろくにしなかった河口だったが、最後にそれっぽい言葉をかけて見送る。

 

「じゃあ篠崎さん。道中、グラーフさんのことよろしくね~」

「分かってますって。じゃあ、車出すから離れてください、ね!」

 

 篠崎が少し邪険に返すと車が動き出す。徐々に加速していき、ドア窓が閉まる。

 振り返って後方の窓を見ると、河口のほかに赤城や隼鷹たちが手を振って送ってくれているのが見えた。

 最後が落ち着く暇がなくドタドタしながらの出発だったが、急に名残惜しく感じた。半年間の研修だと言っていた。次に赤城に会うときは今よりマシな姿を見せられるように頑張ろうと心に決めたのだった。

 ちなみに呉までの道中は篠崎からの河口への愚痴を聞かされながらの移動となった。

 

 

 

 ■――■――■    ■――■――■

 

 

 

 最初に横須賀鎮守府に来てから一年が経つ。

 

「良い天気だな」

 

 空模様は来た日と同じく雲量ゼロの晴れ切った青色。航空機を飛ばすには絶好の天候である。

 

 ここは横須賀鎮守府の近海。

 今日はこの横須賀で各鎮守府の上層部が集まっての会議が行われる。万が一にも深海棲艦に襲撃されるわけにはいかない。グラーフが所属する第三艦隊に与えられた任務は近海での演習を兼ねた哨戒任務だった。

 

 

「グラーフさん、艦載機を出しましょう」

 

 

 弓道着に赤いスカートを穿いている女性がすぐ横にいる。彼女が姿勢を正して背中の矢筒に手を伸ばす。

 革製のかけをはめている右手が弦にかかる。流れるように両腕を挙げ、キリキリと音を立てて弓を引く。一瞬の間を作って矢を放った。

 すでに半年間一緒の艦隊にいるが、行動をともにすればするほど彼女のすごさが身に染みて理解できてくる。生半可な訓練と経験では足元にも及ばない。遠くて大きすぎる目標だった。

 

 先に発艦された赤い艦載機に続くようにグラーフも自艦載機を発艦させる。

 腰のポーチに金属エッチングカードの状態で格納された艦載機を艤装の飛行甲板エレベーター部分のちょうど裏にあるカードスロットに差し込む。

 艤装内の妖精があわただしく準備を始める。艦霊と艤装を動かす妖精は主従の関係ではない。お互いに役割が違うだけだ。それぞれが尊重し合って有機的な連携により合理的で効果的な行動が取れるようになる。

 

『艦載機出撃開始せよ』

『燃料よし、弾薬よし、搭乗員よし!』

『艤装、艦霊の同調波数、許容範囲内です』

『実体化プロセス異常ありません』

『艦載機出せ』

 

 吸い込まれるようにカードが飛行甲板に入るとすぐにエレベーター部分がへこんで、小さな手のひらサイズの艦載機が出てくる。せり上がったエレベーターと飛行甲板との段差がピッタリなくなると、艦載機がプロペラを回し始めながら、飛行甲板上を移動し、カタパルト発進する。勢いよく放たれた後、急激に大きく実体化し、鉄紺色の戦闘機、Bf109Tのけたたましい音が洋上に響いていく。

 

 

 横須賀の晴れた空に赤色の艦載機。そして、そのすぐ隣に濃い青色の艦載機が力強いエンジン音を立てて編隊を組んでいる。

 

 

「艦載機の発艦作業や操機作業、上達しましたね」

「ありがとうございます。でもまだまだです」

 

 

 そう、目指す先は遠く、()さに彩雲の彼方だ。

 

 

 

 




 これで話がひと段落しました。ここまで拙作をお読みくださり嬉しく思います。

 続きについては、大まかなプロットは作っていますが、まだ具体的な形にしている途中です。

 呉での研修編を閑話として書いて時間を稼ごうかと考えているところです。

 また、もし何かここまでで不足な点や至らない点など教えていただければ反映したいと思っております。

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