「はい、霞ヶ浦基地総務課です」
男性の声が
「お世話になります、横須賀鎮守府の明石です。技術開発課の
「夕張さんの今日の予定は……、あ、いますね。少々お待ちください」
対応した男性の声が途切れ、受話器から茨城県民歌のメロディー保留音が流れる。けれど明石は興味がないので何のメロディーか知らない。
これは県民歌を多くの人に知ってほしいという県庁広報課の仕事によるものだが、まさに労多くして功少なし。こうして県内の行政等関係機関に保留音を県民歌にするよう依頼しているが、その成果は察して余りあるものだ。
しばらく待つとコールしていた相手がようやく出た。
「電話変わったわ、夕張です。お待たせ~」
夕張と名乗る女性が明快な声色で電話に出る。
「忙しいところごめんね。艦霊総合研究所 工廠技術部 技術開発課の筆頭研究官殿に相談があって架電しております!」
「ふふ、なあによ、変に改まって。どういう魂胆なの?」
明石と夕張は旧知の仲だ。明石は国内最大の鎮守府の工廠担当。夕張は国内唯一の艦霊を専門に扱う研究機関の筆頭研究官。互いにこの国に艦霊が現れた黎明期からずっと艦霊という存在に向き合ってきた技術者である。
そういった背景であり、わざわざ職名の全てを口にしたのは、からかいの意味を多分に含んでいる。
「やー、実は再建造したグラーフさんのことでね……」
「え?!グラーフ、横須賀に居るの!?」
「うん、聞いてなかったの?」
「もぉ~、そういうところの情報共有が上手くいってないのよ、ウチの組織は!」
夕張が自身の所属する組織を口悪く表現する。横の情報共有がスムーズでないのは国に限らず地方公共団体含めた公務員の特性である。(職員個人による『情報共有』は別。例としては明石と夕張のこの電話自体がそれ『そのもの』である)
しかし、明石が夕張に電話をかけている時点では、グラーフは横須賀鎮守府への正式配属処理が未完了である。処理後には鎮守府同士のイントラネットで分かるようになるので、明石の電話がフライングのようなものだといった方が正確だろう。
「っと、愚痴はどーでもいいとして、相談って何よ?」
「ほかの艦霊と同じように戦力化に大きな問題はなさそうなんだけど、不自然というか違和感というか……。ちょっと疑問に感じたことがあってね。ほら、轟沈前のグラーフさんは霞ヶ浦に居たし、仲良かったでしょう、夕張とさ?」
少し無言の間があった後、夕張が受話器を持ち直して口を開く。
「んー、まあ、西ノ島で沈んだ前のグラーフとはそれなりに、だったわ。……それと関係あることかしら?」
「親しい間柄ならわかる性格とか固有の特徴の問題かもしれなくてね」
「具体的にどういうことを聞きたいのよ」
夕張が本題に入れと促す。
「まず1つ目は再建造が終わった後、グラーフさんの話す内容だったり、しぐさに違和感があった。大半の艦霊は覚醒直後に『
「ほかは?」
「2つ目は今まで見てきた艦霊はみんな問題無く艤装の武装が使えるのだけれど、副砲や機銃が使えないこと。それに加えて艦載機の搭載数が600を超えるという異常値もある」
「そりゃまた……。で、それに対して明石が立てた仮説は?」
夕張がいる技術開発課は艦霊が扱う武装等を研究開発するほかに艦霊そのものも研究対象としている。
そして技術開発課がある艦霊総合研究所、通称『
その艦総研で最古参の艦霊が夕張だ。握っている情報や知識は全鎮守府の中で経験豊富な工作艦である明石をも上回っている。各鎮守府で艦霊に関わる問題事が発生したときは早晩に夕張のいる艦総研に頼ることが多かった。
「私自身の印象と思い込みに引っ張られたものだけど、まるで魂の集合体たる艦霊ではない、全く別の人格、それも艦霊ですらないモノがグラーフさんの体に入っているように思えるのよ……」
「人格に異常がある、再建造時に何かミスが起きたかも、って言いたいのかしら?」
「う~ん、再建造成功のための手法は確立したと言ってもいいと私は判断しているんだけど、解明できていないプロセスの方があるのは事実。そこでほかの艦霊と異なる何かが起きたかもしれない。建造を行う
「弱気なのは明石らしくないわねぇ」
「うん……。口頭だけじゃ全て伝えるのが大変だから、後でレポートにまとめたものを送るよ」
明石が後ほど今話したことを含めたグラーフに係るほかの艦霊との差異をレポートに取りまとめて夕張宛てに送ると言う。夕張は「そうしておいて」と答えた。
「ほかの鎮守府から同じような話は聞いてたりするの?」
「う~ん、無いわねぇ。建造数が多い横須賀で無いのなら参考事例を探すのは難しいかもしれないわ。ここ数年は大湊や佐世保でも着実に件数は増えているけど、黎明期も含めると横須賀の経験値は断トツなのよ、言うまでもないことだけど」
「えーん、何かこの違和感を解消するヒントを頂戴よー、夕張ー」
明石が泣き言を電話口で
「そう言われてもねぇ……。そりゃ、この話だって積み上げる事例の一つになるし、全国にある5つの鎮守府と9つの基地からいろんな情報は随時集めているわよ。それが
分かった、分かったわ。グラーフの件については何か分かったら連絡するわよ」
「わあ!さすが夕張、頼りになるー!
電話口の先で少しわざとらしく声が明るくなる明石。そしてまた仕事が増えたと目をつぶって眉間に皺をよせる夕張。
「で、あれこれ話したけど、結局のところ、当面は経過観察で済ますのよね?」
「まあねー。艦載機を大量に搭載できるから重要な戦力だし、鎮守府への採用願を提出して部長も受け付けたから艦霊として致命的な問題はないよ。それについさっき呉に新艦研修に行ったばかりだし」
「ならいいじゃない。このオカルト業界で上手くやっていけるのならそれだけでも万々歳よね」
不思議が不思議を呼ぶ艦霊という存在。今更分からないことが一つ増えたところで当面の問題にならなければそれいいじゃないかという意見は業界の大勢を占めている。
「じゃあ、用件は済んだかしら?」
「ごめんごめん。忙しいよね。もう切るよ」
明石も夕張も多忙な身だ。さすがに長電話が過ぎては良くない。受話器を置こうとしたその時、明石が頭に浮かんだ疑問を一つ口にする。
「あ、最後に一つだけいい?グラーフさんってさ、ドイツ語話せたの?」
「ええ、便利だったわよ。……って、その聞き方はドイツ語できない様子ね。問題あるの?日本語は話せるんでしょ?」
「ないけどさ、そういう意味では」
「それも後から送るレポートに書いてくれればいいわ」
忙しいところ申し訳ないと詫びを入れて明石が受話器を戻す。工廠にガチャンと置く音と長いため息が響いた。
違和感を違和感として放置しないのが、専門家に必要な素養の一つなのでしょう。