艦娘と読み替えていただいても物語の理解に支障はありません。今後、小ネタとして機能すればいいなと思っています。
「あの、ここは、どこ……?」
主観では数分前まで男だったモノは口からかすれた声で正直な感想をこぼしていた。テンプレな質問だが、それ以外に初めに聞くことがあるだろうか。
「
目の前には2人の女性がいた。
1人はツインテールにバイザーを被り、その隙間からツインテールの茶髪が見え、陰陽師風の恰好をした小柄で勝気そうな女性。
もう1人はピンク色の長髪を白いハチマキでまとめており、ミニスカートのセーラー服を着ている。片方からは
「私は工作艦、
そしてここは横須賀鎮守府と呼ばれています。私はここで貴女のような艦霊を新たに建造したり、傷ついた艤装を修理したり、後は装備の開発管理など実際に運用するのに必要な霊的なことを執行する工廠という部署に所属しています」
明石が自己紹介をしつつ、今いる場所の説明を続けていく。
「艦霊……?」
「はい。この国では呼び方は様々ありますが、貴女は一般に艦霊と呼ばれる存在です。
何故かは誰も解き明かせていませんが、艦霊はかつての第二次世界大戦前後に実際にあった艦艇の特徴を備え、世界中の海で暴威を振るう深海棲艦という敵と戦いそれに打ち勝つ力を持っています。
そしてあなたも同様に力を持つものとして、平和な海を取り戻す戦いに協力して欲しいとみんなが願っています」
口にした疑問に対して、明石がまるで何度も言い慣れた口調で答える。
だが、グラーフとしてはそんなことをいきなり言われても理解が進まない。それよりもさっきまで自分がいた部屋はどこにいったのか、なぜここにいるのか、どうして目の前にさっきまでプレイしていたはずのゲームのキャラクターがいるのか。理解が追いつかないことだらけだ。
「これまでの蓄積されたデータから貴女はかつてドイツ海軍が建造開始し、結果未完成で終わってしまった航空母艦グラーフ・ツェッペリンの艦霊だと判断しています。念のため確認しますが、間違いないでしょうか」
「え、あ、はい。たぶん……」
目が覚めてから飲み込めない情報ばかりなのに、目の前に座っている明石という艦霊は自分がグラーフ・ツェッペリンかどうか問うてくる。自分のこともそうだが、それ以上に何故、こんな場所にいるのかとかそういう説明が欲しかった。
けれど、あまりに明石が自信たっぷりに聞いてくるものだから、勢いに押されて答えを合わせるしかなかった。
「たぶん?」
だが、ここで明石が聞き返してくる。どうもこの質問で引っかかるとは思ってもみなかったようだった。
明石からすると、この質問は最初期からどの艦霊にも繰り返し質問しており、皆すぐに肯定の意を返していたからであった。
「鏡……、そうだ。鏡ありますか?」
グラーフはつぶやく。そもそも自分の姿が分からないからだ。視界にチラチラと映る見慣れないものが、おそらく自分の身体だとは何となく想像できるが、頭が理解してくれていない。
「えーと、ちょっと待ってください。すぐに渡します」
そういうと明石が少し離れたデスクの引き出しから手鏡を持って戻ってくる。
受け取ると、そこには好きでもなかったが、慣れ親しんだ顔が映っていない。代わりにリアルでは見たことのない超絶美形の顔が不安げな様子で鏡に映っていた。顔色は恐ろしいほど白く、髪色は透き通るような銀色で、青灰色の虹彩に長い睫毛がかかっている。
また、顔の彫りは深く、鼻筋は日本人のそれではないテレビや映画で見る西洋人のものであった。口元は顔の小ささに合わせるかのようにコンパクトで左右対称のそこしかないという位置に形良く収まっている。
「これが、おれ?」
この顔は知っている。そう、つい先ほどまでプレイしていた艦これにグラーフ・ツェッペリンと言ってドイツ艦を女性に擬人化したキャラクターがいるのだ。
そのグラーフ・ツェッペリンが鏡の中に映っている。その不安げな表情をしているのはまさに今の自分の心を現していた。
「ええ、そうですが……」
明石が鏡を持って自分を疑うようなことを言っているグラーフにやや訝し気に合わせて答える。けれど、そんな明石の言葉よりも重要なものが視界の下に入っていた。
目線を下に降ろすと非常にふくよかな双丘があり、男だったときは見えたはずの股間が見えないほどだった。
腕先に視線を移すと男の手とは違い、細く白い手があった。傷一つない滑らかで綺麗な手のひらでその指先には整った爪がある。当然のことながら自分の意志で開いたり閉じたりしようとすると思ったとおり動いた。
そして、その手で考えるより先に揉んだ。おっぱいを。揉んで直後に気づくのはその重量感だった。こんな重くて柔らかいものが胸にくっついているのに驚くのと同時に男として感動せずにいられなかった。
「すげぇな……」
しばらく手のひらに収まらないサイズの胸を揉んでいると、そのデカさに思わず口から言葉が漏れる。
ただ、この言葉にとうとうその奇行に我慢できなくなった、もう一人この場にいる一番小柄な体形をした龍驤が口を挟んできた。
「なあに、意味わからんことを言って、しかも自分のおっぱい揉んでんねん!しばいたろか!」
人差し指をグラーフの額に当てながら意味不明なことを止めろと言ってくる。ただ、その台詞には隠し切れない私怨が混ざっているようではあったが。
「え、あ……、す、すみません」
龍驤に叱られてビクッと身体を揺らして両手を胸から降ろす。たしかに傍から見ると自分の胸を人前で揉む女性など普通はいないだろう。
「まあまあ。そんな怒らなくても龍驤さん。よく分かりませんが、建造直後では珍しくない混乱状態にあるだけなんじゃないですか?」
「いーや!当てつけや、これは!」
歯を皿の字に見せながら怒りが収まらない龍驤とそれを立ち上がってなだめる明石。そしてどう反応すればよいか分からずに固まるグラーフ。
そして少しの間を持って落ち着いた龍驤がため息とともに話を再開させる。
「ふぅ……。まあ?ここで生まれ持ったギフト?に文句言ってもしょうがあらへんしな?うん。そうやそうや。
すまんな明石。話の腰を折ってもた」
龍驤が最後は自分に言い聞かすように話を終わらせる。
明石は龍驤の謎の葛藤と憤りが終わったとみると再びグラーフに声をかける。
「グラーフさん、ベッドから降りられますか?」
明石に優しく促されるとグラーフは粘土をいじるように上半身だけ起きている自分の体を鈍く動かす。まるで麻酔を打ったかのように自身の肉体を動かすという実感がまだ湧かない。
そうしてゆっくりとビニールの素材でできた床に両足の裏を付け、ベッドから降りようとしてバランスを崩した。
「あ!大丈夫ですか!」
明石がすぐに両肩をつかんで支えに入る。
「ごめんなさい、慣れないみたいで……」
「大丈夫、心配しないで。建造間もない初めの頃は自分の体に慣れていません。まずはこの場で立ちましょう」
「はい、すみません……」
もはや現実と認めるしかない変わった身体を明石の支えを借りながら起こしていく。両ひざが伸びきったら、肩から手をそろそろと放して自力で体を支えようとする。そしてグラーフはようやくに立つことができた。
「いいかんじですね!歩くことも問題ないはずです。手を握りましょうか?」
明石がグラーフの手を握ってベッドの周辺を歩き回ろうとする。まるでリハビリ患者のように介助者が必要かと尋ねてくる。
ただ、つい先ほどまで麻酔がかかっているかのように重かった全身が風で吹き飛ばされる靄のように急激に軽くなっていく。これだと明石の手を借りずとも歩行に支障はなさそうだった。
「いえ……、一人で歩けますと思います」
そうして一歩一歩、地面の感触を確かめるようにベッドの周りをゆっくりと移動し始める。その場でしゃがんだり、体をひねったり、腕を回したりしていると、グラーフはいつの間にか自分のイメージどおりに体を動かせるようになっていた。
「うん。いいですね。何か気分が優れないなど気になることはありますか?」
「平気だと思います……」
「よかった!」
明石の顔が笑みで満たされる。重かった肩の荷が下りたように息を吐きながら椅子に座りなおす。
その後は身体の動作確認や体調について問診を受けた。明石はグラーフとのやり取りをバインダーに挟んである用紙に慣れた手つきで記入していく。
「うんうん。全体的に良好ですね」
グラーフへの問診を一通り終えた明石が安心した様子を見せた。
「いや~、久しぶりに空母の再建造ができて私もホッと一安心です。加賀さんが全然再建造できなくて工作艦として自信を無くしそうでしたから」
「再建造……?」
「あ、説明します。今から話すことはちょっとすぐには受け入れられないかもしれませんが、嘘ではありません。記録にも残っています」
そして明石は一呼吸置いてから説明を再開。
「グラーフさん、貴女は以前にもこの横須賀鎮守府に在籍していました。けれど、戦闘で喪われてしまった。この横須賀から南に約900㎞にある小笠原諸島の海上での深海棲艦との激しい戦いの最中に沈んでしまったんです。
そして、
もしかしたらこの状況は不本意かもしれません。しかし、大火力と長大な射程で深海棲艦を圧倒できる戦力を持っている貴女のような空母は日本、いや世界中で貴重な存在です」
「空母は貴重……」
「はい!そのとおりです。いえ、正確には艦霊そのものが貴重なのですが、その中でも有用性という点で空母は戦力の中核になります。
これからやることは山積みです。でも皆さん貴女のことを一人前の空母として活躍できるようサポートしてくれますので、心配はしなくて大丈夫ですよ。ここではみんなが貴女の味方ですから」
主観時間ではつい先ほどまで過ごしていた自室から、突然別の場所に強制的に連れてこられて、自分に何を求められているのか、
ここまで説明されたことと自分がゲームのキャラクターであるグラーフ・ツェッペリンになったことは理解はできた。
そして、これからどうすればよいのかは全然分からないが、かつて自分がゲームでキャラクターに期待していたように敵を倒せば、ここでの居場所はあるだろう。今はそうやって心を落ち着けるしかなかった。
そうしてグラーフと明石のやり取りを眺めていた龍驤が声をかける。
「話は一段落したか?終わったんなら場所を変えるでー」
「え……、どこに行くんですか」
「そんなの決まっとる。あいさつ回りや」
龍驤が頭のバイザーを持ち上げる仕草をしながら、さも当然のことのように言った。