空色のグラーフ   作:森田 照

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第 3話 横須賀鎮守府

 

 明石(あかし)龍驤(りゅうじょう)の後についていくと、市役所や町役場みたいに頑丈そうなコンクリート造りの5階建ての建物が見えてきた。

 正面の入口から中に入ると、外見から想像した様に市役所や町役場で住民票や税金相談などの市民対応する窓口みたいな受付テーブルがある。

 そして、仕切りとなっている受付の向こう側には、これも役場で見るように島状に何個も配置された机に向かってデスクワークする人間が何人もいた。

 室内はワンフロア突き抜けで反対の壁まではかなり距離がある。遠く向かいの時計の針が午後13時05分を指しているのが霞んで見えた。

 

 

河口(かわぐち)部長、グラーフさんを連れてきました」

 

 

 部長と呼ばれた男はグラーフを見るなり歩み寄ってきた。そして目を細めながら嬉しそうに声をかける。

 

「おぉ!グラーフさんだね。横須賀鎮守府に来てくれて嬉しいよ。河口(かわぐち)と申します。これからお世話になります。」

 

「グラーフさん、河口部長はこの横須賀鎮守府の艦霊運用を取りまとめている人です」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 

 前もって明石が連れてくると伝えていたのか、河口と名乗る男は入ってすぐのところで待ち構えていた。

 見た目は50歳くらいだろうか。髪はまだまだ十分に生えているが、頭部全体に白髪が混じってグレーの色合いになっている。中肉中背で上着を脱いだスーツの恰好であり、少し暑いのか浅黒く日焼けしている腕をまくっている。首からはネームプレートをストラップで吊り下げており、明石からの説明がなければ市役所の職員と思ってしまう外見だった。ただ、転生前の職場にいたよく怒鳴るパワハラ上司と少し背格好が似ていたので若干腰が引けてしまう。

 

 

「じゃあ、グラーフさん。一応最初なんで、鎮守府の皆さんへ自己紹介の挨拶をお願いしますね!」

 

 

「え?!」

 

 

 いきなり河口がグラーフに挨拶するように促してくる。当然、グラーフは戸惑ってしまった。こんな突然に鎮守府の全体に対して自己紹介するなんて思っていなかったからだ。

 せめて話す内容ぐらい考える時間をもらえるようお願いするべきかと思ったら、時すでに遅く河口が全体に呼び掛けて始めていた。

 

「皆さーん!手を止めてもらってもいいですかー!」

 

 1階の大部屋にいる人々が作業を中断し、席を立ち上がる。そしてぞろぞろ十数人がグラーフの立っている位置の周辺まで寄ってくる。

 集まってきた鎮守府で働く人々の顔がはっきり見えてくる。やや年齢層が高く感じるが男女様々な年代の人がいるようだ。

 

「忙しいところ恐縮です。本日、艦霊のグラーフ・ツェッペリンさんが工廠で再建造されました。初めてなのでご挨拶をしていただきます」

 

 河口が入口付近のロビーとなっている広めのスペースに鎮守府に今いる職員を集めて、グラーフに挨拶をするよう促す。「じゃあ、お願いします」と軽くグラーフに声をかける。

 心の準備を整えている暇もなかった。とにかく何か言葉を言わないといけない。

 

 

「え、あ、あの、空母のグラーフです。あ、グラーフ・ツェッペリンです。

 今日、目が覚めました……。

 ……、……。

 ……え、と、ご迷惑をおかけすることがあると思いますが、よろしくお願いします」

 

 

 何も気の利いたことも言えずグラーフの挨拶が終わって静かになる。この静寂の間に怖さを感じるが何を具体的に言えば分からないし、早く終わってくれという一心だった。

 そしてグラーフの挨拶が終わったと感じたのか、集まってきた職員からパチパチと形式的に拍手が起きる。わざわざ集まってきてもらった割にはさほど珍しくもないというような反応であった。

 

 

「はい、グラーフさんありがとうございました!

 では、皆さん。業務に戻っていただいて結構です」

 

 

 河口が締めにグラーフにお礼を言って挨拶を終わらせた。職員の皆は特に何も言わずに自席にまたぞろと戻って業務を再開していく。

 意外とドライだなと感じたが、注目を集めたい訳でないので、終わったことに安堵の気持ちが湧いてくる。

 

 

 

 

 

 グラーフに前振りもなく鎮守府職員に挨拶させた河口は大部屋の隅にある打合せテーブルに案内する。続いて工廠から同行してきた龍驤と明石も同席する。

 

 

「さ、気を楽にして。こっちのテーブルでみんなで話そう」

 

 

 河口がグラーフに応接に使うようなソファーに座るよう勧める。テーブルを挟んで河口と向かい合う。

 

 グラーフとしては、この目の前にいる男から情報を得たいと思った。とりあえずこの男は雰囲気からすると温和そうだったし、何も分かっていないこの状況で何か説明してくれそうだと感じたからだ。

 けれど、いざ目の前に座ると言葉が出なかった。()()()()()()()()()()()()()からだ。

 自分は何を話したらよいのか迷ってしまっている。むしろ自分の今の状況を洗いざらい吐いた方が良いのか?まさか「自分は実は男で、気が付いた工廠に居て、もしかしたらここはゲームの世界なんですか」と?さすがにいきなりこんな内容を言って正気を疑われても困る。

 そんなことを黙って考えていると、グラーフが何を口にしたらよいのか迷っていると察した明石がフォローに入る。

 

「河口部長、グラーフさんはまだきちんと自分の状況を飲み込めていません。ですので、説明も少しずつ何度も行う必要があると思います」

 

 明石がグラーフの横に座って助け舟を出した。

 

「そうだね。簡単に、とはいかないけど、なるべく丁寧に話すよ。

 あ、そうだ。グラーフさん、そもそもなんだけど、日本語大丈夫だよね?ドイツの艦霊だからドイツ語で説明ってなるとちょっと大変なんだけど……」

 

 まさかドイツ語が話せるような人生を送っていないので「日本語でお願いします」と反射的に答える。

 

「そうか、良かった!助かるよ。じゃあ、明石さんから聞いたことと重複することもあるけど、いろいろ説明するよ。

 あ、メモとか取らなくていいよ。頭に入ったことだけ覚えてくれていれば今はそれで大丈夫」

 

 いろいろ説明する、と言われて長くなりそうだと警戒したグラーフの雰囲気を察したのか、河口が気を使って一言付け加えた。

 一方、グラーフは丁寧な対応にむしろ困惑していた。先ほどから部長と呼ばれている河口から物腰の低い話し方をされているからであった。

 何故なら「部長」という響きに良い印象は転生前ではなかったというのが大きかったし、上の人間からは高圧的もしくは軽く扱われることしか経験してこなかったからだった。

 むしろ立場が上の人に気を使わせてしまったという状況から自然と謝罪の言葉がでてしまう。

 

「すみません……」

「なーに、謝ることなんて何一つないよ!」

 

 だが、無駄に気をもむグラーフに河口は笑って気にしなくていいと答える。そしてそんな対応をしてくれる河口にちょっとだけ心を緩めようとしたとき、龍驤が口を挟んできた。

 

「早う説明しぃや。みんなヒマやないで」

「そうだね。いや~、このぐらいの年になると話を進めるのが遅くなってしょうがなくってね~」

 

 河口とグラーフのやり取りを見ていた龍驤がお互いに余計な気を使いあってないで早く先に話を進めろと言ってきた。

 そして河口は頭を掻きながらしわとなっている目尻を細めながら説明を始めた。

 

 

 

 

 ここは日本という国で、もう少しで21世紀も半ばに差し掛かろうとしている。

 今から約20年前にインドネシアのスマトラ島南西沖合でコンテナ船沈没が起きたのが確認できる最初の深海棲艦による攻撃と呼ばれている。深海棲艦とは航行する船舶や沿岸部に対して無差別に攻撃をしてくる海上に生息する怪物のことである。

 当初は沈没の原因が特定できず船員の操作ミスや整備不良、船同士の衝突事故、挙句の果てに某国の軍艦による攻撃ではないかと様々なうわさが飛び交った。

 

 結局、その沈没事件から一か月後に今度は地球の反対側の大西洋で同様にコンテナ船が正体不明の存在から攻撃を受けるという事件が発生した。救難信号が出されたのを確認した米軍が現場に急行し、そこで見つけたのはそれまで人類が見たことのない光景だった。人型程度の大きさの怪物からコンテナ船が砲撃を受けているというものであったからだ。

 

 また、さらに一か月後には東シナ海で原油を積んだ日本行きのタンカーが爆破炎上し沈没する事件が起きた。そこで米中日台の各国それぞれで事件現場を確認することになる。

 当時の海上保安庁が撮影した記録映像に残っているのは、人の形をした何かが背中に背負っているように見える機材で原油タンカーを砲撃している様子であった。

 ようやく一連の沈没事件が自然現象などではなく、何者かによる攻撃だと各国が認識し始める。

 

 こうした一連の事件により日本に深刻な経済危機におちいった。エネルギーのほぼ全量を船舶輸送による海外輸入に依存しており、対処方法が不明なシーレーンへの脅威を取り除く方法がなかったからである。日本行きの原油タンカーが一隻沈んだだけで、この国は未曾有の危機に陥ってしまった。

 今後も日本行きの石油・鉱物資源を運ぶ貨物船や貨客船が沈むかもしれない、ということで輸入品に限らず全ての燃料、食料、日常品などあらゆるものの物価が高騰した。市中では買占めやパニックが起き、強盗や窃盗被害が全国で多発した。

 

 数か月もすると世界中のあちらこちらで同様に物流を担う船舶が無差別に沈没する事件が起きた。当初はどこの国の仕業か、自国の兵器などではないなどの主張をし合っていたが、この頃にはどうやらいずれかの国が仕掛けたものではないという空気になっていった。

 そのころには日本国内では深刻な治安の悪化による警察・行政機関の麻痺、そして餓死者の発生が大問題となっていた。限られた資源の中で効率的な食糧生産もできないし、その分配も公正なものではなかった。

 

 そういった中、突如、艦霊と呼ばれる存在が確認された。それは各国の軍隊が倒そうとして効果がなかった深海棲艦に対して有効となる打撃を与えられる存在だった。

 また、ほぼ同時期に米英露独伊などの国々で同様の存在が確認され、深海棲艦に対抗できる力ができた。

 

 初めは数も少ないので大したこともできず、局部的な沿岸地域(主に各国の首都や人口密集地周辺)において現場判断で活動する程度であったが、時間とともに国より違いがあったが、数も増え、各国政府のなかで組織的に動き始めた。

 

 そして現在、日本では400を超える艦霊が居て、沿岸部及び資源輸送ルートの安全確保のために働いている。

 

 

 

 

「――――というわけなんだけど、日本中の艦霊をかき集めても400人程度しかいないので、皆さんには大変なご苦労をかけているわけなんです」

 

 少ししゃがれた声で話続けた河口から日本を取り巻く経緯を聞いたグラーフは黙り込んだままだった。

 それを話が理解できているか不安に思った明石が会話に加わる。

 

「河口部長、今の説明じゃあグラーフさんが飲み込めていないようですよ」

「ごめんごめん。いきなり説明しすぎたね」

「あ、いえ、そういうのではなくて、そもそもなんで自分がここにいるのかがわからないくて……」

 

 グラーフがボソボソという。この国の過去の経緯は分かったが、肝心の何故自分がここにいるのかの理由は分からなかった。

 河口は明石にそう言われて「ああ、そうだよね」と相槌を打つ。

 

「グラーフさんが今いる場所は横須賀なんだけど、それはわかるかい?」

「はい……。さっき明石さんに言われました」

「そう。ここは横須賀鎮守府っていう日本政府の出先組織なんだ。

 国内にはほかに4つ同様の鎮守府と呼ばれる場所があるんだけど、それぞれに艦霊が所属している」

「艦霊……」

 

 先ほどから河口が繰り返し口にする「艦霊」とは何か。ゲームでは「艦娘」と表記していたはずだった。会話の中で使われている雰囲気からすると同等の意味なのだろうが。

 

「そう、艦霊だ。艦霊っていうのはつまりグラーフさんのことでもあるんだけど、かつての軍艦の魂が人間の姿に具現化したものっていうのかな。正直言って世界中の誰もその本質や生まれるメカニズムには謎が多くて解明できていない。

 けれど、グラーフさん。貴女に果たして欲しい役割だけは明確なんだ」

「役割って……」

 

「それは人類の生存を脅かす敵、深海棲艦と戦って海の安全と平和を守ること」

 

 河口が一呼吸置いてから口にした内容。それはグラーフに深海棲艦という敵と戦ってくれというものだった。

 

「戦うんですか……」

 

「そのとおり。具体的にやってもらうことはこれから皆さんのサポートで少しずつ身に着けていただきたいのだけれども、まず決めて欲しいことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです」

 

「……。それは、今ここで返事しないとダメですか……」

 

 いきなり戦ってくれと言われてはいと答えることなんて出来っこない。そんな考えから保留にしてくれとグラーフは言った。

 この世界に来て間もないし、そもそも深海棲艦という存在だって河口からの口頭説明のみでよく分かっていない。ゲーム内での敵艦も深海棲艦といったが、ここで言う存在が同様のものなのかも分からない。むしろゲームと同じだとすると危険極まりないのではと思うしかなかった。

 

「いや、もちろん後で構わない。すぐに回答してもらえるとは誰も思っていないから安心してほしい。今は回答するための情報が不足していると思うから、私でもほかの人でもいいから、自分で考えて決めたら教えてください」

 

 グラーフから返事を後にしたいと言われた河口はそう告げた。さすがに初日に説明して了解をもらえると思っていなかったようだ。

 一方、グラーフは回答に猶予が与えられてホッとしたが、自分で決めろ、と言われたことが心配になっていた。

 なぜならそれまでの人生で彼に主体性を発揮した場面など殆ど存在しなかったからだ。進学も就職も流されてきた。転生する前にいた職場でも常に周囲に流されて生きてきた。その方が楽であったし、他人のせいにできるからだ。

 

 

 

「話は一通り済んだか。じゃあ、さっそくキミの能力を確認するから演習場に行くで」

「え……!?」

 

 河口の説明がひと段落したと判断した龍驤がまたも先に進めようとする。

 

「龍驤さん、それはちょっと困りますよ。まだ何の書類も作成していないんです」

「書類なんて意思決定を覆さないためのもんや。ウチが大丈夫というからには大丈夫なんやで」

「それは乱暴だなぁ……」

 

 河口が半ばあきらめたような口調で龍驤に言う。

 

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