空色のグラーフ   作:森田 照

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主人公のグラーフは横須賀鎮守府に隣接する演習場にやってきました。



第 4話 演習場

 視界の上半分にはよく晴れた午後の空がグラーフたちの前に広がっている。風はほぼ無風。秋分の日は超えているが、寒くはなく体を動かすと汗ばむぐらいの気温だ。

 そして下半分にはチャプチャプと穏やかな音を立てている海原があった。

 

「ここが演習場ですか?」

「そや。この海原がウチらが戦い方や守り方を練習する場所や」

 

 鎮守府で河口(かわぐち)明石(あかし)から別れて、龍驤(りゅうじょう)に連れられてきた先は演習場と称する海原だった。ここで艦霊は深海棲艦と戦うための練習を行うのである。

 しかし演習場と言っても何か特別なものがあるわけでなかった。グラーフたちの目の前には地方によくある中規模な港のように、百メートルくらい先まで海にせり出した桟橋があり、その内側にスロープのついた船着き場がある。

 

 さきほどまでいた横須賀鎮守府に隣接したところにあり、ここまで徒歩で移動してきた。横須賀鎮守府は海に面してはいたが、高台にあったので、岸辺に出るには急激な高低差のある長い階段を降りなければいけない。もちろん、車両がここに乗り付けるためのう回路はあるが、それだと階段で直降するより時間がかかってしまう。

 

「何も無くて海しかないんですけど……」

 

 まるで崖っぷちの港のような場所に連れて来られたグラーフが思ったことをそのまま口にする。

 そうすると龍驤が手元に持っている四つ折りの用紙をいじりながら、何を当たり前のこと言っているのかと少しあきれながら返答する。

 

「そらな。洋上施設とか定置網とかあったら、なーんもできへんやろ」

 

「たしかにそうですね……」

 

 グラーフは演習場というぐらいだから、砲撃の練習的とか空母艦載機の発着練習目印の浮きなどが海上に浮かんでいるのを想像していた。

 たしかにそういうものがあっても良いのだろうが、それ以上に海の上や近くの陸地に攻撃してはいけないモノがある方が困るよなと龍驤に言われて腑に落ちる。むしろ通常時は何も海上にない方が往来含めて都合が良いのだ。

 

 

「っと、いたいた。あ~か~ぎ~!じゅ~ん~よ~!」

 

 

 龍驤(りゅうじょう)が大声で赤城(あかぎ)隼鷹(じゅんよう)と海原の向こうに浮かぶ二つの人影に肩から大きく手を振りながら声をかける。

 声をかけられた二人が聞こえていると手を振り返してグラーフたちのいる陸へ向かってくる。

 

「あの2人はなんですか?」

「うん。もともとここで会う約束をしてたんや。

 やけど、ちょうどウチの都合が悪ぅなって、キミの都合が良くなった感じが今の状況」

「どういう……?」

「急遽用事ができてなぁ。ウチの代わりに赤城と隼鷹に世話してもらおうと思ってんねん」

 

 そうやって龍驤と話していると近づいてきた赤城と隼鷹が海から陸へ上がろうとしている。

 黒髪ロングで弓道着のような上着に赤色の短いスカート、白いサイハイソックスの格好に弓矢を握った姿でやさしい目で見つめてくるのが赤城。

 明るい紫髪で陰陽師のような上着の襟元の琥珀色の勾玉がチラチラ動くのに合わせるように笑いながら向かってくるのが隼鷹。

 

 不思議なことに二人の足元に目を移すと海面から浮かんでいるのが見える。まるでスケートリンクで滑るかのように移動している。それも海面の波の動きに合わせて移動しており、どういう原理で行っているのか見ただけでは分からないものだった。

 

「本当に海に浮かんでる……、すごい……」

 

「まあなぁ。艦霊であるキミも同じことができる。それがウチたちにとっては()()()()()()()()()()()()()()()()ことや。

 そして、今からキミには海の上に出てもらって赤城と隼鷹に艦霊としての能力を引き出してもらう」

 

「そんな……、自分にできるんでしょうか」

 

「できる。()()()()()()()()()が最初は肝心や」

 

 龍驤がグラーフの不安げな顔を見てはっきりと言う。まるで大勢の生徒を教えてきた老齢の先生のように経験に裏打ちされた説得力のある言葉だった。

 

「そうなのかな……」

 

「始める前から心配してもしゃーない。成功も失敗も全てが今のキミには重要な(かて)になる。失敗は周りがフォローする、成功は周りが褒めてくれる。頼りになる先輩を信じたってや」

 

 龍驤が不安がっているグラーフに丁寧に(さと)す。

 

 

「龍驤さん?」

 

 

 グラーフに向かっていた龍驤が振り返る。赤城と隼鷹はすでに陸に上がっていた。

 

「おお、すまんすまん。さっきグラーフが再建造されてなぁ。当然なにも分からんから赤城と隼鷹に先輩としていろいろ教えてもらいたくてなぁ。ええか?」

「それは構いませんが、上も承知済みということですよね」

河口(かわぐち)には話を通してある」

「では、私から異論はありません。グラーフさん、よろしくお願いします」

「あたしのこともよろしく~」

 

 赤城が手を出し、グラーフがそれを握り返す。握手なんて前世の仕事でも日常でもしていなかったためか少し動作にぎこちなかった。

 

 

 

 

 

「で、頼んだ手前で申し訳あらへんが、ウチは別用が急遽できて鎮守府に戻らなあかん。今日予定していた話はまた別日で頼むわぁ」

「え~!あたしたちは龍驤のこと待っていたのにそりゃないぜ」

「マジで申し訳ない。改めて日程は連絡する」

 

 どのような用事ができたのかは語られなかったが、龍驤が2人に謝りながらグラーフの面倒を見るようお願いした。

 

「珍しいですね。龍驤さんが土壇場で予定を変えるなんて。

 でも分かりました。隼鷹さん、別に龍驤さんが急いでいないならそれで構わないでしょう」

「まあなぁ」

「すまん。いい塩梅に()()よろしく頼むわ。これ、グラーフの資料。渡しておくで」

 

 龍驤は先ほどから手元で弄り回していた折りたたまれた用紙を赤城に手渡して、話が済んだとばかり元来た道を戻ろうとする。最後にぽつりと赤城に声かける。

 

「再建造されたのが加賀じゃなくて残念だとは思ってる」

 

「……」

 

「すまん。余計な一言やった……」

 

 龍驤は自分の言ったことを後悔したのか、バイザーを深くかぶり直すと何もしゃべらずこの場を後にする。

 

 

 

 

 

「さて、龍驤さんが鎮守府に戻ったことです。やることをやりましょうか」

「具体的に何を……」

「演習場に来たんですから、もちろん訓練をします。

 と言ってもこの後しばらくしたら呉で長い研修があるんですから、今日は試しでやってみるだけです。気楽にいきましょう」

 

 赤城が場を仕切りなおす。龍驤から指示されたとおりグラーフの艦霊としての能力確認などを始めていく。

 

「じゃあ、まずは艤装(ぎそう)を出してください」

「艤装って、どうやって……」

「う~ん。それは自分で何とかしてください」

 

 艤装(ぎそう)とはおそらく艦これのキャラクターが背負っていた艦をモチーフにした金属等から出来た武器のことだとは想像できる。けれども、いきなり艤装を出せと言われて困ってしまう。

 実際のところ、個人の素質によるものなので赤城も言い方もあながち間違いではなかったのだが、それでは適当すぎるだろうと隼鷹がフォローに入る。

 

「いいかい、グラーフ。目をつぶって頭の中に響く声を聴いてごらん。そう。視点を体の内側に向けるんだ。妖精の声が聞こえたら、お願いしてみな」

 

 隼鷹がゆっくりと幼い子供に言い聞かせるように教える。グラーフは隼鷹の言うとおり目をつぶってみる。意識を体の中に向けてみると遠くから小さな声が頭の中で響いているように聞こえる。

 

「ほら、出た。素直だと飲み込み早くていいねぇ」

 

 グラーフが目を開けると腰回りにはごつごつとした船のパーツを形どった装備がいつの間にか現れていた。

 真上から見るとコの字になっている。体の左右に面したくぼみには砲が2つずつ付いており、背面部分の金属のアームからは空母の甲板を模したグラーフの背と同じくらいの長さのある大きな板が付いている。空母の艦霊が出せる艦載機の発着用の飛行甲板だ。

 加えて手には船の機銃を模した銃が握られており、航空機の白色と黒色のツートンカラーのキャップが頭の上に置いてある。

 

「艤装の発現が完了しましたね。では、海に出ましょう」

 

「え、もう?」

 

 赤城がグラーフの艤装が出現すると、さっそく目の前の海に出るように言う。

 グラーフとしてはもっと陸上でいろいろ丁寧に教えてくれてから海に出るのを期待していたので、いきなり出ろというのは抵抗があり思わず口に出してしまっていた。

 

「溺れながら覚えた方が身に着くのは早いですよ。時間もたくさんあるわけではないですし」

 

 けれども赤城は口で説明するより身体で覚えた方が早いとばかりに返す。グラーフは赤城に溺れながら覚えろと言われ、後に引けなくなってしまった。

 ゆらゆらとしている水面におそるおそるといったかんじで片足を置く。次にもう片方の足を陸から体重を離した瞬間のことだった。

 

「あ!」

 

 前のめりで転んだ。頭に被っていたキャップが落ち、バッシャン!と音を立て水面に顔面を打ち付ける。だが、不思議と沈む様子はなかった。起き上がろうと手の平を水面に置くとまるで磁石で反発するかのように浮き上がっている。

 

「大丈夫ですか」

 

「は、はい」

 

「艤装に損傷がなければ私たち艦霊は沈むことはありません。実際のところ海の上で何度転ぼうとも溺れることはないですから安心して立ってください」

 

 赤城はグラーフ落としたキャップを拾い、手を握りながらやさしく立つよう促す。グラーフは赤城の手を支えにゆっくりと立ち上がる。

 グラーフはふるふると震えながら両足で水面に立つ。自分のしていることに現実味を感じられなかった。赤城たちが先ほどまで素面の上に立っていることすら、現実のものと飲み込めていなかったのに、それを自分ができているのが不思議でしょうがなかった。

 自分で意識して海の上に立とうとしているわけでもなんでもなく、ただ、陸上に居る時と同じように立てているだけなのだ。

 

「ふふ。初めて立った幼児のようですね。最初は手を引きましょうか。ゆっくり移動しますからついてきてください」

 

 赤城はグラーフがふらつきながらも立つことができたのを確認し、片手を引きながら少しずつ速度を上げながら移動していく。

 グラーフは保護者に支えられながら初めて補助輪無しで自転車に乗る子どものように不安げな顔をしながら赤城に付いていく。

 

 

 

 しばらくすると赤城がもう十分だと思ったのか、グラーフの握っていた手を放す。桟橋の内側をゆっくりで構わないから回ってくるよう指示をする。

 グラーフは赤城の言うとおり水上移動に慣れるためにまるで初めてスケートリンクに遊び来た子供のように視線を下げて転ばないことに集中して移動する。

 

 途中、数回転びながらも数分かけて桟橋と防波堤の内側を回ることになんとか成功する。赤城と隼鷹のところに戻ると大きく息を吐いて安堵感を示す。口の中は転んだ時に入ってきた潮の甘苦い香りでいっぱいだった。

 

「も、戻って来られました……。やっぱり海の上だから安定しないんですね」

 

「すぐに慣れるよ。今日は凪。ここは湾の中。それも桟橋と防波堤の内側だから地面と同じさ。外海で時化(しけ)るときはひどいもんだよ。あんまりにひどいと出るのは中止だけどね」

 

 隼鷹が疑問に答える。2人のグラーフへの指導スタイルとしては赤城が指示して、その内容に不足があったり、追加で言うべきことがあったりすると隼鷹がフォローしていくといったものだった。

 

 

 

 

「さて、無事に海で移動できるようになりました。次は戦いの簡単な手順を説明します。

 ところでグラーフさん。私たちの敵とは一体なんでしょうか?」

 

「えーと、深海棲艦……?」

「はい、そのとおりです。その敵である深海棲艦は発見したら今から話す順番で対処します」

 

 赤城が深海棲艦と接触することになった場合の手順を次のとおり説明していく。

 

 

 1つ目。『発見の報告』数や艦種、装備、進行方向、行動内容、そのほか特徴を周囲に報告すること。敵に先んじて良い条件を確保することがあらゆる状況で重要である。

 2つ目。『敵か味方かの識別』友軍誤射なんてあり得ないと思ってはいけない。少数事例だが、誤射したケースはある。

 3つ目。『脅威度の判定』遭遇する敵がどの程度、自軍にとって脅威なのかを判定する。そのためには、過去の資料にきちんと目を通して頭に入れておく必要がある。

 4つ目。『攻撃した場合の勝算評価』攻撃しても効果の見込めない相手や状況では戦闘を避ける。原則として戦闘は生還することを念頭に入れておかなければならない。

 5つ目。『攻撃の決断』攻撃をするか決める。攻撃を実施する際は味方に周知しなければならない。味方の意志統一を確実に図った上で行動しないと致命的なミスにつながる恐れがある。また、攻撃をしないケースは回避・退避運動を取る動作に移る。

 6つ目。『攻撃の準備』一般に攻撃ようーいと声掛けする。周囲に自分が攻撃動作に入ったことを示す。これは艦霊の場合は艤装内の妖精に攻撃のための作業を開始させることでもある。また、自身を攻撃しやすいポジションに移動させる行動も含む。

 7つ目。『攻撃の実施』ここまでしてようやく攻撃となる。特に初心者はこれまでの必要なプロセスを独断で省かずに確実に行わなければならない。

 8つ目。『戦果の確認』攻撃した結果を確認し、評価した上でその場の筆頭に報告する。内容によっては再度攻撃する・終了するのか判断を検討しなければならない。

 

 

「――――とまあ簡単に言うと以上ですね」

 

「あ、あの、一回だけじゃあ覚えられそうにないんですけど……」

 

 赤城から一度に矢継ぎ早に説明されたグラーフは素直に心情を話す。何も教育を受けていない素人に話す内容ではないよう思えたからだ。

 

「心配しなくていいですよ。また、どうせ呉に研修に行った際にみっちりやりますから、この場では忘れても構いません。とにかくやってみましょう。何事もやってみて、だと私は思っています。

 あせらず頭と体の両方で覚えましょう。今はまだ暗闇かもしれませんが、あなたが開く道は少しずつ明るくなっていくはずです」

 

 赤城が自然体で返す。

 

「……。あ、ありがとうございます……」

 

 グラーフはここに来るまでに会った人たちから丁寧に対応されていたが、ここに来ても優しくされ続け、転生前のことを思うと雲泥の差で感謝の言葉を言うタイミングが上手く計れていなかった。

 

「いえ、お礼を言われることでも。ベテランでも初心者に教える中で逆に教わることがあったり、それまでついおろそかにしていたことが見つかったりとお互いに良いことがありますから」

 

 赤城がグラーフに告げると、今度は隼鷹が口を出す。

 

「そうそう、赤城が言い忘れていることが一つあるぜ。

 9つ目。祝勝会、だ!場合によっては反省会だったり、慰労会だったりするけどな!」

 

「ふふ、それは隼鷹さんぐらいですって」

 

 隼鷹がグラーフの緊張を和らげようとしたのか茶化すような言葉を挟む。やや微妙な声掛けだったが、隼鷹の意図は分かるため、赤城の軽い笑い声に合わせてグラーフも少し笑う。

 

 

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