「う~ん、
けれども、艦載機600機も積める艦霊なんて聞いたことないよ」
「や、それはあたしたちだってそうだぜ?でも見ちまったもんにケチつけてもな~」
演習場から鎮守府に戻ると、艦霊運用の取りまとめをしている
隼鷹がチートと評したそのグラーフの能力。それは平均的な空母が60~70機程度の航空機の搭載数なのに対してその概ね10倍の600機を搭載できるというもの。
ほかの空母たちが航空機を指折り数えながら―当然、実際にはそんなことしないが―効率よく運用するよう考え巡らせているときに、グラーフはかなりの余裕をもって航空戦力を展開できる。
「河口部長。あなたの気持ちは理解できます。今日の午後は私が艦霊として生きてきて5本の指に入る驚きの出来事でした」
「おいおい、これと同じクラスの驚愕出来事が4つもあんのかよ」
「んもう、茶化さないでください、隼鷹さん」
隼鷹は誰かが隙を見せると性格によるものか、からかった発言がよく出てくる。とは言ってもそれを否定しない赤城も赤城だが。また、長年艦霊として過ごしてきた経験から出てくる言葉には無視できない重みがあった。
横須賀鎮守府の随一のベテラン艦霊の報告はそのまま素直に受け取るべきではあるのだが、河口にとってはこの後、彼の上司への報告が待っている。この鎮守府で艦霊たちを運用する現場のトップとして自らの目で確認しないわけにはいかないだろう。
それに艤装にカード状態になっている艦載機が600枚あるからといって、もしかしたら一度に発艦できる機数には上限が存在していて全ての発艦ができない可能性だってある。いずれにせよ別の人間による再度の直接確認は必要だった。
「グラーフさん。来て早々申し訳ないが、明日もう一度演習場で艦載機を飛ばしてくれないだろうか。今度は私やほかの人間も見ることにする」
「は、はい。わかりました」
「じゃあ、よろしくお願いするよ。明日、8時に演習場に集合でいいかな?
今度は貴女の力を全部出し切ってもらいたい。赤城さんたちが言うように艦載機を600も積めるのなら単に空母1人を迎え入れる話ではなくなる」
先ほどから自分のことが話題の中心となっているグラーフとしては、嬉しさと戸惑いの両方の感情で頭が占められていた。
理由も分からずこの世界に転生してきて、目覚めると自分がやっていたゲームのキャラクターのうちの一人になっていて、言われ連れられるがままにどうしたらよいのかと思いながら動いていたら、今度は周りが自分をどうしようかと言っている状態だ。
「で、この後はどうすんだ?」
隼鷹が話に区切りがついたとみるやグラーフのこの後の予定を河口に尋ねる。
時刻は17時を回るところだった。まだ定時前だが、何か新たに行動するには遅い時間である。
「そうだね。今日は終わりにしよう。
施設課の
河口が今日のやることは終わったと伝えるとともに、同じ鎮守府内の別課の人間に住まいである寮の案内をさせる段取りを組んでいたことを示す。
「了解です」
「あたぼうよ!さ、いこうぜグラーフ!」
河口と別れて赤城と隼鷹に付いていく形で施設課に向かうことになった。施設課とはこの横須賀鎮守府の本庁舎や倉庫、工廠、果ては艦霊たちが住んでいる寮などの建物や財産等を管理する部署である。
今、グラーフのいる横須賀鎮守府の本庁舎となる5階建てのうち2階のフロアで艦霊たちが普段書類仕事を行っている。天井には「艦霊運用管理部」と書いてある木の板が階段入り口にぶら下がっていて、指揮をする人間とその指揮を受ける艦霊が同じ空間で働いている。とは言っても艦霊は基本的に外での仕事になるため、フロア全体を見渡しても今は2人しかいなかった。
あまりほかの艦霊を見る暇もなく、さっさと移動する赤城と隼鷹に付いていき、1階へ続く階段を下りていく。
「ほかの艦霊はあまりいないんですね……」
階段を降りながらグラーフが隼鷹に質問する。
「そうだなあ。ほぼないけどフルで揃ったら2階は人間より艦霊が多いよ。けれど1階はほとんど人間だねえ。座席だってほぼ工廠に詰めっぱなしで全然こっちに来ない明石。それと
「え、翔鶴さんは2階にいないんですか……?」
「ん~まあ、おいおい知っておけばいいことだけど、翔鶴のやつはけっこう偉くって総括やっているからなぁ」
「総括ってなんですか?」
グラーフは前世の社会人生活を思い出してみるが、そんな役職名を会社で聞いたことがなかった。なんとなく言葉から想像するにまとめ役なのだろうと想像はするが。
「簡単に言うと鎮守府の艦霊のリーダー的なもんかな。よその鎮守府でも同じ肩書のやつはいるよ。一応、ここって公務員組織だからさ。そういう役職を置いておいた方が何かと便利なんだよ」
「なるほど……」
「二人とも。施設課に着きましたよ」
1階に下りて、市役所の市民受付を思わせるフロア奥に施設課があった。
天井には2階にあったものと同じように「施設課」と書かれたプレートがぶら下がってここが施設課であると示していた。
「
赤城がパソコンを向いて事務作業をしていた女性に声をかける。見た目は40歳半ばくらいでやや細身の体形の眼鏡をかけた顔立ちの整った女性だった。声をかけられた篠崎は作業を中断して体をグラーフたちの方へ向ける。
「施設課で寮の管理などを担当している
運用部から寮を案内するよう話は聞いているわ。まだ明るいうちにさっさと行っちゃいましょう。ちょっと待ってね、準備するから」
篠崎が窓に目をやる。まだ陽が沈む時間ではないが、暗くなってからより明るいうちにした方が案内される側にとっては良いだろうという意図で話す。
自席を立ち、壁に沿って置かれている棚から一つカギを取り出す。そして彼女の上司にグラーフをこれから寮に案内するから離席すると上司に了解を得る。
「じゃあ、行きましょうか。っとその前に翔鶴さんが戻ってきているから、挨拶だけしとく?」
篠崎はグラーフがここに来て河口がさせた挨拶の場面にはいたのだが、その時に翔鶴が外出で不在だったことを思い出していた。その翔鶴が先ほど横須賀鎮守府に帰っているから、顔だけでも見せてはと提案した。
「した方がいいんですよね……?」
「そりゃまあ」
「……お願いします」
「じゃあついてきて」
グラーフにとっては翔鶴がどういう姿形をしているかはゲームで得ていた知識でわかっていたが、あまり社交的でもない素の性格からするとしなくてもいい挨拶はしたくないというのが本音ではあった。
おずおずと篠崎の後ろに付いて翔鶴のいるところまで移動する。
翔鶴は声をかけるまでもなく、近づいてくるグラーフのことを気づき、穏やかな笑みを浮かべながら自席を立って迎える。
銀髪の腰近くまであるロングヘアに赤色のハチマキを結んでおり、赤城と同じような弓道着を思わせる格好だった。身にまとう雰囲気は大和撫子のようであり、そのきれいな背格好からは凛々しさと奥ゆかさが両立していることを感じ取れる。
「グラーフさん。よく横須賀鎮守府にお越しいただきました。
お辞儀をしながら今日は挨拶してばっかりだなとグラーフの頭をよぎるが仕方のないことだった。新しくやってきたら挨拶をするのは艦霊といえども組織で動くのであれば自然なことであるからだ。
「めったにないのだけれど、今日は府長も次長も午後は休みを取っていて不在なのよ。また、明日会ったときに挨拶しておくといいわ」
「わ、わかりました……」
また別の人にあいさつをしなくちゃいけないのかと少しばかりうんざりとした気持ちになる。もちろん、常識として新しくきた者として礼儀は示すべきだということは理解しているが。
「見たところグラーフさんに鎮守府の案内に行こうとするところですよね。わざわざ寄ってもらって悪かったです、篠崎さん」
「いえ、そんなことありませんよ」
翔鶴が篠崎にねぎらいの言葉をかける。このあたりが彼女の尊敬される面なのだろう。
「グラーフさんのことよろしくお願いしますね。
それで話を変えて申し訳ありませんが、ちょっと赤城さんと話したいことがありまして……。赤城さん、少しお時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
「赤城さん、実はですね……」
グラーフとの挨拶が終わったと同時にその場で翔鶴が赤城と打合せを始める。話の内容は不明だが、グラーフには直接関係がない内容だ。
翔鶴への挨拶が済んだと判断した篠崎はグラーフを連れて横須賀鎮守府の本庁舎を出ようとする。
そして建物の出入口に差し掛かったところで今度は一緒についてきた隼鷹が言う。
「あたしもここで別れていいかい?やるべきことができたからさ!」
「ええ。案内は私だけで大丈夫ですし」
「よし!じゃ、またなグラーフ。1時間後ぐらいを目安に寮の1階食堂に来いよな!」
隼鷹は篠崎に案内を任せてどこかへいそいそと消えていく。
グラーフと篠崎が建物の外に出ると夕焼けが濃くなっており、敷地内のあちこちにある樹木の影が地面に長く伸びていた。
グラーフが横須賀にやってきた初日が終わろうとしている。