空色のグラーフ   作:森田 照

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第 7話 歓迎会

 施設課の職員、篠崎(しのざき)は寮までの道のりを歩きながら横須賀鎮守府の説明をしていく。

 ここからの光景はまるで地方の町役場や大学の敷地内のようだ。敷地自体は余裕を持って広いが、建物の大きさや築年数がバラバラのように見える。

 先ほどまでいた本庁舎が少し古びた外壁で覆われているのに、その横にある2階建ての車庫棟はつい最近建てられたもののようで屋根のアルミひさしは陽に照らされてきれいに光っている。

 事情が分からないグラーフにとっては、横須賀鎮守府という一つの組織なのに、視界に映る景色には一体感があまり感じられないように思えた。

 実際のところは築年数や老朽化など必要に応じて改増築するためだし、予算の都合で常に最新のものを立てられるわけではない。むしろ必要な時に必要なものを建ててもらえているという点では、この国では恵まれている部類と言えた。

 

「さっきまでいたのが横須賀鎮守府の本庁舎。デスクワークはここでやることになるわね。

 1階は総務経理部と工廠施設部で、2階は艦霊運用管理部が入っている。グラーフさんもいずれここに配属されることになると思う。3階より上は書庫や更衣室、個人ロッカー、会議室なんかがあるわ」

 

 グラーフは篠崎の後をコツコツと靴音を鳴らしながら付いていく。

 この体になってから着ている服装はゲームで見たあのグラーフ・ツェッペリンの恰好そのものだった。露出もなく、見えている肌は顔周辺ぐらいなので、単に立っていたり、座ったりするだけなら胸が大きいせいで真下が見えないこと以外は恥ずかしさも不便も特別なかった。

 けれど、移動していると真下が見えづらいことに加えて、ヒールのある靴を履いているせいで歩きにくさを感じていた。

 篠崎の方がグラーフより背も低く、股下も長いグラーフの方が歩幅もあるのだが、ヒールのある靴を履いているせいで、後を付いていくのに少しだけ苦労していた。

 

「なんか……、ちょっと歩きにくそうね。ヒールのある靴が苦手なの?」

「借り物の靴を履いているみたいで……。正直初めてですし、演習場への往復も階段の昇り降りが大変でした」

「ふーん。なら寮に着いたら余っているサンダルとかスニーカーとかが倉庫にあるから、それを普段履きにするといいわ」

 

 今履いている靴が歩きにくいと吐露すると、篠崎が倉庫で余っている歩きやすい靴に履き替えてはと言ってきた。たしかにそうできるのなら、そうしたいと思う。

 けれど、一つ気になるのが、自分のような艦霊は靴も含めて今の姿がいわゆる仕事をする正装のようなものではないのか、それを崩してよいのだろうかという点である。赤城(あかぎ)隼鷹(じゅんよう)だってゲームでのグラフィックそのままの姿で過ごしていたではなかったか。

 

「そうできると楽になりますけど、いいんでしょうか?」

「なあに言っているのよ。さっきまでいた鎮守府で革靴の人いた?いなかったでしょ?艦霊の人たちだって同じよ」

「たしかに……」

 

 グラーフはさきほどまでいた建物の中で会った人を思い返す。部長とか偉そうな役職で呼ばれていた河口が足元は黒いサンダルだったと思い出す。龍驤は星印のスニーカーだった。それに今、目の前にいる篠崎だってヒールのあるパンプスではなく、歩きやすいフラットタイプだった。

 実は一般人の対応が少ない公務員に見受けられることの一つなのだが、服装には一定程度の緩さがあった。横須賀鎮守府でも同様で職務内容からして一般人と接する機会は少なかった。

 

 

「あそこにあるのが工廠。工廠課の方々はこちらにいることが多いわね。明石さんに用があるときは工廠に行った方が早いわ。

 そして、工廠建屋の裏、というか表には艦霊が海へ出る港湾エリアになるわね。いやとなるほど通る場所になるけど、初めてだし、行ってみる?」

 

 グラーフは篠崎の提案に対していきますと答える。先に寮について一刻も早く靴を履き替えたいと思ってはいたが、おそらく親切心で提案してくれたことに対していいえとも性格的に言い出しづらかった。

 

 行く先を90度変えて海の見える方向へしばらく下っていく。

 グラーフとしては最初に転生してきた場所が工廠だったから、一度通った道ではあったが、その時は周囲の景色まで気にする余裕がなかったため、まだまだ新鮮さを感じていた。

 

「見た感じ普通の港なんですね」

「まあそうね」

 

 見下ろして広がる光景は演習場に似た様子で、どこにでもあるような港だった。

 高潮が入りづらいようにハの字とコの字を組み合わせたコンクリートの桟橋が海に突き出ており、普通と少し異なるのは艦霊たちが海に出やすいようかなり勾配の緩い海へ向けたスロープが内側にあるくらいだろうか。コンクリートで固められたスロープだが、数十メートル先まで人が立てるくらいの浅さになっている。

 そして港の正面には体育館ぐらいの大きさの工廠建屋が3つ連続で並んでいた。

 

「ここが工廠。3棟あるけど、明石さんがいるのは一番手前のここ。

 そして横にある古びた2階建ての建物は倉庫ね。庁舎に入りきらない古い書類とか使用頻度の少ない機材を保管してる。ちなみに非公式喫煙所はこの倉庫横の海に面した側ね。

 っと、龍驤(りゅうじょう)さん」

 

 篠崎が指さしでどの建物がどういう役割かを簡単に説明していると、海から切り立った崖の上にある倉庫から大きくせり出した屋根の下に龍驤がいた。

 ボロボロで錆びたパイプ椅子に座りながら海を見て紫煙をくゆらせていたのだった。篠崎が声をかけたのと同時にこちらへ振り向いてくる。

 

「おぉ、グラーフ。どうしたんや?もしかして、キミもたばこ吸いよるんか」

「いや吸わないですけど……。ここ、すぐ下は崖で危なくないですか?」

 

 龍驤の座っている場所は高さ5mくらいある崖の上であった。しかも倉庫の外壁から幅1メートル程度の細長いスペースしかない。ちょっと足を滑らしたら波打ち際の岩場へ真っ逆さまだ。素人目に見てもやや危険な場所であった。

 

「狭いのに柵とかもないですし……」

「あっははは。喫煙者の命の安さを感じられるやろ?」

 

 龍驤が笑いながら答える。風に乗ってたばこの煙臭さが辺りに漂っている。

 

「そもそもの話として横須賀鎮守府内は当初全面禁煙だったのに、二課長や龍驤さんたちが勝手にここを喫煙所にしたのが原因じゃないですか。あるはずのない喫煙所のために柵とか作れませんよ。作るのなら私の知らないところでやってください」

 

「はいはい」

 

 鎮守府内の施設を管理する立場の篠崎としては、きちんと説明のつく理由がないと新たに予算も限られるなか優先度の低いものは作れない。

 まあ、ここで転落事故が起きれば、説明のつく理由、ができるので転落防止柵が作られることになるだろうが、今のところ転落者はいなかった。

 

「それよかグラーフ。さっさと次に行ったらええんとちゃうか?篠崎がいるっちゅうことは鎮守府案内旅行の途中なんやろ?」

 

「そうでした!龍驤さんに構っている時間はないです。行きましょうグラーフさん」

 

「つれない言い方やなぁ~。ほな、また後でな~」

 

 たばこを咥えながら手を振っている龍驤に、また後で、とはどういうことか聞き返したかったが、篠崎がグラーフの手を引いて来た道を戻ろうとするので聞けずじまいだった。

 アスファルトで舗装されている道を歩きながらグラーフは篠崎の後を付いていく。

 

 

 

 

 

「着きました。ここが艦霊の皆さんの住む『観音崎寮』です」

「観音崎?」

「この辺りの地名から寮の名称がついているのよ」

 

 グラーフの目の前に先ほどまでいた鎮守府の本庁舎より真新しい3階建ての建物があった。白い外観で低層階タイプのマンションのような見た目だった。

 今思えば鎮守府本庁舎は何か別の目的で建てられた建物を改装して使っているんだなと想像ができる。一方、目の前の建物は最初から艦霊たちが住むことを目的として比較的新しく建てられたのかなと思わせるものだった。

 

「けっこうきれいな見た目の建物なんですね」

「そうね。建ってから10年以上経つけどまだまだ築浅。中の設備だって私からすれば羨ましいものよ。大事に使ってね」

 

 篠崎が寮に入っていくのを再びついていくグラーフ。

 入口のドアを開け、靴を脱いで上がると学校の教室2つ分くらいの広さの空間があった。テレビや新聞ラック、冷蔵庫があるほか、ソファーとテーブルが並べて置いてあった。ちょっとしたロビーというか談話室みたいな多目的ホールとして使えそうな場所であった。床にはタイルカーペットが敷いてあり、素足で歩き回っても冷たくないようになっている。

 中央の大きなテーブルの上にいくつかのビニール袋が置いてあるほかは整理整頓が行き届いている。

 

「突きあたりのドアの向こうにあるのが食堂ね。食堂はこの寮の建物とは別棟になっていて、夜は艦霊しか使えないけれど、昼は鎮守府の職員も利用しているわ」

 

 グラーフが食堂の扉を開けて中に入るとがらんとしており、奥の厨房で2人の影が夕食を作っているのが見えるのみだった。

 

「まだ、少し早いから誰もいないわね。先にさっき言った余っているサンダルとかスニーカーとか探しに倉庫へ行きましょうか」

 

 

 

 篠崎が逆方向の裏口へ向かう。資材倉庫と表記された長い廊下の端っこの部屋の扉をあけると雑多な物品が置いてあった。替えの蛍光灯や掃除道具、そのほかに卓球台などレクリエーション道具も並べてあった。そして隅のラックの大きめのカゴにサンダルやスニーカーがドサッとまとめてあった。20足以上はあるだろうか。

 

「あったわ。この中から好きなのを選んでいいわよ」

 

 グラーフが篠崎に言われて足のサイズを確認していくつか履き比べながら一つスニーカーを選んだ。誰かが買ったけれど結局気に入らなかったのか、殆ど使われた様子はなく、新品と同様であった。

 

「これにします。ありがとうございます」

 

「さてと、靴問題が解決したところだし、空いている部屋に案内するわね」

 

 

 

 再び篠崎の後を付いていく。2階にあがると長い廊下があり、いくつもの部屋があった。廊下のちょうど真ん中付近まで移動するとここだと言われて、篠崎が鎮守府から手に持ってきた鍵を使ってドアを開ける。

 ドア開けてすぐのところにあるブレーカーを上げて部屋の電気を使えるようにする。照明をつけると室内の様子が見えるようになった。

 

「ここがあなたの部屋。間取りは2LDKと言ったところね。通常は2人で使うことになるんだけど、人数の都合もあってしばらくこの部屋は1人で使うことになるわ」

 

 転生前に暮らしていた1Kの部屋とは異なって広々とした空間が目に入ってくる。

 部屋の中には備え付けの家具が置いてあり、昼間の時点でグラーフが来ることが分かっていた篠崎が先に運び入れたのかマットレス等寝具も置いてあった。

 キッチンの棚を見ると一通りの食器やフライパンやまな板などの調理道具も収まっていた。使い込まれた様子はなく、下の食堂だけで全て済ましてしまう艦霊の方が多いのだろうなと想像する。

 そのほか部屋の中をぐるっと見て回る。なんだか一気に生活水準が上がったように感じてじんわりと嬉しさを覚える。

 

「部屋の確認は済んだ?そういえば、そろそろ隼鷹さんが1時間後に食堂に来いと言っていた時間なんじゃない?」

 

 部屋を出るときに篠崎からカギを受け取る。海に出るときは無くされても困るので、仕事場のデスクの引き出しとかに置いてからにするようにと注意を受けた。1階に降りるとこれで案内は終わりだと篠崎から告げられる。

 

「じゃあねグラーフさん。何かこの鎮守府で分からないことがあったら、気軽に聞いてね」

「はい。案内していただいてありがとうございました」

 

 

 

 

 

 グラーフが食堂の扉を開けると中には赤城と隼鷹、龍驤、そして陸奥(むつ)がいた。

 陸奥は茶髪のショートヘアでニコニコした笑顔をしていた。和服に似ているが露出の多い服装で、スカートは短く、遠目ではチアリーディングのような恰好だ。女性として魅力的なシルエットをしており、また赤城や隼鷹よりも背が高く、日本人離れした体形だった。

 

「長門型戦艦2番艦の陸奥(むつ)よ。よろしくね!今日はあなたの歓迎会に招いてもらって嬉しいわグラーフ!」

「歓迎会……?」

「あら。なあに、隼鷹。歓迎会するって伝えてなかったの?」

「ふっふっふ。サプライズってやつさ!あたしはできる女だからね」

 

 腕組みドヤ顔の隼鷹の両手には先ほどロビーのテーブルで見たビニール袋がぶら下がっていた。中には缶ビールや日本酒瓶が入っている。

 先ほど龍驤が「また後で」と言っていたのは、隼鷹が歓迎会を始めることが分かっていたからだと今になって気づいた。

 

「ま、歓迎会言うても、実際のところ飲む口実が欲しいだけやで、隼鷹は」

「違いないですね」

「中毒になっちゃだめよ隼鷹」

 

 集中砲火を受ける隼鷹。とはいえ、ここにいる時点で3人とも飲みに来ているのだから、あまり人のことは強くは言えないのだが。

 

「ちがうんだ!あたしは艦霊がアル中になった場合、どんな異変が起きるのかという尊い自己犠牲の精神で実験しているだけで……」

「はいはい。無理して料理も作ってもろうたし、早う席に着いて始めよか」

 

 龍驤が隼鷹のくだらない言い訳を始めたのを遮って止める。

 食堂のテーブルの一角には酒のお供になる小料理が並んでいる。隼鷹が普段から懇意にしている食堂の料理人に急いで作れるものでとあらかじめお願いしていたものだ。

 隼鷹がビニール袋から缶ビールを取り出す。自分の部屋の冷蔵庫にでも入れてあったのか、きちんと冷えているものだった。食堂で借りた4つ分のグラス注いでいく。

 

 

「じゃあ、全員分回ったところで乾杯といくよ!乾杯!」

 

 

 さっさと飲みたい隼鷹が乾杯の音頭をすぐ終わらせる。ほかの3人は苦笑してそれに合わせる。

 グラーフも乾杯の掛け声に合わせてグラスに注がれた黄金色のビールに口を付ける。転生前はアルコールが得意ではなかったが、この体はどうなのだろうかと少しドキドキしながら飲んでいく。

 そしてさっそく隼鷹が今日の主役のグラーフに話を振り始めた。

 

「いや~、酒飲み仲間がまた増えるのはうれしいかぎりさ~!前のグラーフもかなりいける口だったから、大丈夫だろぉ~」

「そうだったんですか?」

「あたしと飲み比べしたこともあったぜ~。あたしが勝ったけどな、友よ!」

 

 グラーフは隼鷹に話の流れではあろうが友と呼ばれたことにちょっとドキっとする。隼鷹は出会ってからずっと気にかけてくれているようで右も左も分からないグラーフにとってはとてもありがたい存在だった。

 ただ、その隼鷹の台詞で気になるのが、ここに来てからみんなが言う、『前のグラーフ』だった。せっかくの機会でもある。思い切って質問してみることにした。

 

「あの、その『前の自分』ってどういうのだったんですか?」

「ん~。まあ、別に変に比較したいわけじゃないから、気にして欲しくないけど、もうちょっと堂々としていたかな。良い意味で正直でしっかり者のイメージが強かったかなぁ」

「少し抜けていたところもあったわよ。でもそれが彼女の魅力でもあったわね」

「ウチはそんな話す機会があらへんかったから、よぅわからんなぁ。霞ヶ浦にいる夕張(ゆうばり)とかと仲良かったイメージぐらいかなあ」

「確かに夕張さんとよく一緒にいたような気がしますね。それに珍しい海外艦だっていうのもあってデータ取りたいとかで頻繁に艦総研に引きずり込んでましたよね」

 

 それぞれが再建造艦された今のグラーフではない、轟沈する前のグラーフのことをビールを飲みながら口にする。

 更にこの際だからと疑問に思っていたことを追加で聞く。

 

「気になっていたんですけど、再建造艦ってなんですか」

「明石のやつがキミが工廠で目覚めたときに言うとったやろ。戦闘とかで海の中へ沈んだ艦霊は工廠の建造ドッグで再び海の上に顕現できる。それを再建造と言っとる。

 以前のキミは西ノ島攻略戦で沈んだ。そして必要だから呼び戻した。それだけのことや」

「まー、あたしはまだ沈んだことないから、よく分かってないけど、聞いている限りでは艦霊は再建造しても沈む前に経験したことは全て失っているんだって。

 だから、グラーフが周りから言われている『前のグラーフ』ってやつに見覚えがないのは自然なことなんだよ」

「そうよ。気にする必要はないわ。私は一度沈んだことがあったみたいで、前回のことは何にも覚えていなかったもの。むしろ沈んだことを変に気に病むぐらいだったら、いっそのこと何も知らない方が楽かもしれないわ」

「……そうだったんですね。あの、赤城さんは?」

「私ですか?まだ沈んだことはありませんね。最初に呉の岸辺で拾われてから、かれこれ20年近くは経つでしょうか」

 

 みんなが順番に再建造の説明をしてくれる。

 

「岸辺で拾われる?」

「工廠で建造できるのは一度顕現した艦霊が殆どです。大体の艦霊は鉄の船だった時代にゆかりのある海域で拾われていましたね。

 それより料理に手を付けてくださいよ、グラーフさん。私の前の皿だけ空いていくのも、ちょっと恥ずかしいじゃないですか」

 

 赤城が料理を食べるように勧める。目の前にあった山盛りサラダはすでに皿の底が見えている。

 グラーフは話を聞く方が目の前に料理を食べるよりずっと重要なことであったが、周りに合わせないといけないと思い、口に少し運んでいく。

 そこでふと思ったことをしゃべる。

 

「そういえば鳳翔(ほうしょう)さんはいるんですか?」

 

 ゲームでは鳳翔という軽空母がいて、彼女は料理が得意という設定があったように記憶している。もしかして目の前にある料理は鳳翔が作ってくれたのかと思い尋ねてみる。

 

「鳳翔?横須賀にはいないけど誰かに聞いたの?」

「あ、いや、さっき篠崎さんとの話の中で出てきたので……」

 

 とっさに嘘を付くグラーフ。正直にゲームであなたたちのことを知っていたんです、なんていくらバカ正直な性格だったとしても憚られるものであることは理解できる。

 ただ、回答の答えとしては、ここに鳳翔がいなくて別の場所にいる事実は、ゲームとは異なり重複して同じ艦霊が存在していないことを示唆していた。

 隼鷹は2本目の缶ビールを開けて、空っぽになった自分と陸奥のグラスにコポコポと音を鳴らしながら注いでいく。

 

「ふ~ん。どういう話だったのか知らないけど、鳳翔だったら広島の呉にいるぜ。研修に行ったらいやでもご指導賜ることになるよ」

「研修ってなんですか?演習場でも赤城さんが言っていましたけど」

「この業界も黎明期の頃は見て覚えろ、戦って覚えろ、働いて覚えろ、撃たれて覚えろ的なのが長かったんだ。

 だけど、龍驤とか金剛(こんごう)がやっぱりそれじゃあ、新規や再建造艦が一人前になるのに効率が悪いっていうんで、呉でまとめて集中的に教える仕組みを作っていったんだ」

「鳳翔さんはね、呉での研修担当なの。新しく配属される空母は一度は鳳翔さんの手ほどきを受けるのよ」

「ま、研修に行くか行かないか、横須賀で仕事するかしないかを決めるのは、この後のキミの選択次第や。ここで働かないで別の場所に行くという選択の自由はある」

「え?ここで自動的に配属になるんじゃないんですか?」

 

 龍驤からここで働かなくてもいいという考えもしなかった提案が出てきた。

 

河口(かわぐち)のやつが言うとったやろ?『この横須賀鎮守府で日本のために戦ってくれるか』って。断るという回答が来た時の用意もしてはあるんやで」

「てっきりあの質問は型通りで『嫌です』なんて言っても無駄かと思ってました……」

「あっははは。河口の質問の雰囲気がちょっと迫るもんがあったせいやなぁ」

「ここで働かないとなるとどうなるんです?自由に横須賀鎮守府以外で過ごすんですか?」

「う~ん。自由、というのは語弊があるかな。もう一つの選択肢は民間の船舶会社で働くことさ。あたしの姉妹艦の飛鷹はそっちにいるぜ」

 

 隼鷹が小鉢に入っている冷ややっこを箸で切り分けながら話を続ける。

 

「ただ、完全に無関係の民間で艦霊の能力すら使わないところに行くやつはあたしの知る限り今は誰もいないねぇ。

 せっかく鉄の姿からこの体になって陸を動けるとはいえ、生まれが生まれだからな~、海で生きるのが~性に合うんだろうよ~」

 

 その隼鷹はだんだんと酒が回ってきたのか、口調がゆっくりとなってきている。ただ、飲むスピードに変わりはなく、先ほどまでビールが入っていたグラスに今度は日本酒の瓶蓋を開けてトプトプと注いでいる。

 陸奥も陸奥で自ら新しい缶ビールを開けて、着実に空き缶の数を増やしつつあった。

 

「ま、明日決めろとは言われてないやろ。こういうんは自分の意志が大事なんやで。他人に言われてやるのでは決まる覚悟も決まらん」

「なるほど……、そうですよね……」

 

 3人から横須賀鎮守府で艦霊として生きる以外の選択肢もあると聞き、正直なところ気になる選択肢だった。

 特に隼鷹にもう少し民間の船舶会社のことを聞きたかったが、頬が赤くなり、ケラケラ笑いながらしゃべっているのを見ると、これ以上真面目な質問するのはできなそうな雰囲気だった。

 

「で、グラーフさん。この皿の料理は食べないんですか?一緒に食べたらもっとおいしいですよ!」

「そうそう。一緒に飲んだらもっと楽しいわよ」

「グラーフ、隼鷹と陸奥の飲むペースにも赤城の食うペースにも合わせんでええ。世の中なんでも節度っちゅうもんがある」

「そうだねぇ~、龍ちゃんは~、節度な体を持って生まれてんからねぇ~」

「おぉん!?」

 

 酔いがみんなそれぞれ回り始めているのか、まとまりのない会話が場に重ねられていく。グラーフとしては、あとは隼鷹たちほかの3人が雑談するのを聞き側に回って過ごすしかなかった。

 

 

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