人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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狙われた聖職者視点


102 名前を呼んでくださらないあの方の為、に……?

 各種ポーションを駆使し、ドラウンドを標的に動きづらい水中での戦闘をこなした。狙いは、水中ゾンビとも溺死ゾンビとも言われるそのアンデッドだけが持つ『トライデント』。三つ又の近接・投擲武器のそれは、水中でも投擲の速度が変わらない武器であり、動きが制限される水中では脅威だ。その上、ドラウンド自身の移動速度は我々と変わらない。それにも関わらず、ドロップは絶望的だった。

 投げられたトライデントの横取りを試みたが、ブロックに刺さったそれは我々が手に取る前に消え失せ、所持者の元に返っていった。そんなものを、手に入れろと?

 

「確率は低いかもしれないけれど、必ず手に入れられる時は来るから。頑張ろうね」

 

 心が折れそうになる度、カツヤ様にそう励まされる。ならば我々親衛隊に諦めることは許されない。何より、無理な話では無いのだ。

 カツヤ様が存在する一定範囲ではモンスターが無力化し、こちらが手を出しても反撃する事なく力尽きていく。その太陽に愛された奇跡を持つからこそ、カツヤ様は最高聖職者長にまで登りつめたのだ。我々太陽教の信仰対象に愛されしお方の言葉に、どうして逆らえよう。……その恩恵を受ける範囲がさほど広くなくとも、だ。

 

 場所を変えながら、数え切れない程のドラウンドを殲滅した。その末、やっとの思いで『トライデント』を手に入れ、最高聖職者長・カツヤ様に捧げることが叶った。労いの言葉を我々に送ってくださったカツヤ様はエンチャントテーブルで職人魂をトライデントに施しては、砥石でせっかくのエンチャントを除去する。それを幾度と繰り返していた。

 

「なかなか、難しいなぁ」

「失礼ながら、カツヤ様。どのような職人魂を付与なさりたいのでしょうか」

「あれ? そっか、言ってなかったかぁ。俺が狙ってるのは……あ、そうだ! 君、俺の代わりにエンチャントやってよ! 俺じゃ物欲センサーはたらいて出来ないからさ!」

 

 ぶ、物欲センサー……?

 カツヤ様に言われるがまま、砥石で磨かれたばかりのトライデントをエンチャントテーブルで使用した。淡い職人魂の煌きを纏ったトライデントに篭った魂は、『召雷』であった。

 

「しょう、らい……?」

「えっ!? 嘘! 一発で引き当てたー! 君スゴイねー! ありがとー!」

「礼には及びません」

 

 どうやら、カツヤ様お望みの職人魂を付与することができたらしい。あぁ、なんと誇らしいことか!

 

 しかし、カツヤ様の機嫌がよろしかったのは、ここまでだった。

 

「全然、雨降らないね~」

 

 中央教会へ戻る旅路の中、幾度となくこの言葉がカツヤ様の口から溢れていた。正確に言えば降っていた。天の恵みは間違いなく我々に降り注いでいたのだが、カツヤ様が求めているのは“雷雨”のようだった。

 

「雷がなくっちゃ、トライデントのエンチャントが試せないじゃん」

 

 “召雷”という職人魂は発動に条件があるらしい。カツヤ様が望む天候に一向に恵まれないまま、我々は中央教会へ戻ってきた。

 

「切り替えて、雷雨になるまで濃縮ポーションの研究して待ってようか。ルゥパ君、あの魔女が使ったアレが欲しいしね」

 

 膝で打つだけで骨が折れる程の弱体化をさせるポーションなど、我々聖職者たちでも見たことが無い。それはカツヤ様も同様だそうで、それを開発する事で気分を紛らわせようとしていらっしゃった。

 カツヤ様の救いの手を取らず、結果息絶えた魔女が自死を目的に使用していたという、濃縮されたポーション。遠くから一連の流れを見ていただけの我々は勿論、カツヤ様も実物を目にした訳ではないらしい。故に、見た目も製法も使用された素材も、全てが不明である。正解に辿り着くためのヒントは無いに等しい。だが研究者はカツヤ様である。希代の天才ならば、不可能などありはしない。

 

 しかし、カツヤ様の機嫌が宜しくなることはなかった。

 

「素材を足してもダメ。煮詰めてもダメ。グロウストーンダストを足してもダメって、どうなってんだよ!!」

 

 専用研究室にて試行錯誤を繰り返していたカツヤ様だったが、疲れと結果がでない焦りからか、言動が荒れることが多くなった。我々の期待の視線が負担になっていたのだろう。反省し、ローテーションで2人を護衛とし、残りはカツヤ様の研究に必要な素材を集める班とカツヤ様と同じ研究に取り組む班に分かれ、サポートに徹する事にした。

 それでも……。

 

 

 ほどよく白い雲が散らばった気持ちの良い青い空。草木を撫でる風はさぞ優しく心地よいだろう。雲の間からの陽射しは暖かく、浴びるだけで穏やかな気持ちになれるだろうに。

 本日護衛担当になった私は、醸造台の前で項垂れるカツヤ様を目の当たりにして、鬱々とした心持ちになっていた。

 

「………………ふざけんなよ!!」

 

 床に叩きつけられたポーション瓶はスプラッシュ化されたものでもないのに砕け散り、古い血の色の中身は閃緑岩の床の上にぶちまけられた。グロウストーンダストが煌いているが、黒く変色した沈殿物の方が圧倒的に多かった。試さなくとも分かる、明らかな失敗作だ。

 

「濃厚なポーションと掛け合わせたら負傷のポーションが死んだんだけど!? これ以上どうしろってんだ!!」

 

 怒りに任せて叫ぶカツヤ様。思いつく製法を全て試して、それでも尚、結果が出なかったのだ。悔しい思いがカツヤ様に怒りを募らせている。ドカリと派手な音を立ててソファに腰掛け、ズルズル体を滑らせ横になった。やっと休憩なさる。次の実験を心地よく行えるよう、床も机も醸造台も綺麗に整えさせていただいた。

 

 カツヤ様の研究の調子が振るわないのは、室内の空気が淀んでいるからだろう。そう考えた私は窓を開けた。あぁ、やはり今日の外の風は心地よい。ここが天に近いから、より有り難く思える。

 そうだ。調子が悪いのだから実験を切り上げて、息抜きなさった方が良い。眼下に広がる広場で美味しいものでも食べて、気晴らしをするよう提案しよう。いやしかし、私ごときがカツヤ様に意見するなど烏滸がましい。エンチャントの件で他の親衛隊員から制裁を喰らっているし、どうしたものか。

 

 開けた窓の前で振り返ると、カツヤ様の視線がこちらに向いているのに気づいた。私越しに外を見ているのかと思い、窓から離れるが、カツヤ様の黒い瞳は私を捉えていらした。私を、視認していらしている! はぁ、胸が高鳴る!

 

「ご用命でしょうか?」

「うん。君らの意見が聞きたくてさ。ねぇ、俺が濃縮されたポーションを作れないのって、何が問題だと思う?」

 

 問題。研究に行き詰まったカツヤ様が抱える当然の疑問だ。素材の鮮度から切り方、混ぜ方にも拘ってきたカツヤ様に。私程度が不足を指摘する? 吐き気がするほど不敬だ。

 

「ね、醸造台片付けてくれてる君。君はどう思う?」

「皆目見当もつきません、カツヤ様」

「あー違う違う。そういうのは求めてないんだよね」

 

 私の方を一瞬見てしたり顔をした彼の言葉は、カツヤ様のお気に召さなかったらしい。……逃げ道を、塞がれた形だ。

 ソファに寝転ぶカツヤ様は右手をだらりと上げて、緩く左右に振った。

 

「ほら、俺見ての通り、頑張りすぎて疲れてるんだよね。こういう時ってのは頭が凝り固まって、視野が狭くなってるもんなの。だから、君らみたいな第三者の意見が欲しいんだけどなぁ」

「も、申し訳ございません」

「いいよ。急に聞いちゃったしね。思いついたら教えてね」

「承知致しました」

 

 あぁ、疲れていると自己申告するほどなのに、気遣いを忘れない姿勢。なんて素晴らしい人間性だ! どこまでもついていきます、カツヤ様!

 決意したのだから、私は何か手助けになることを口にしなければ。何だ、何が足りていない。カツヤ様に出来ない理由とは、いったい何だ!

 ……そもそも、我々でさえ見たことのない効能のポーションは、誰が持っていた?

 

「窓の前の君は、どう思う?」

「……僭越ながら、述べさせていただきます。カツヤ様が熱望する濃縮されたポーションは、魔女が所持していました。カツヤ様と魔女の違いは、人間であるか、否か。であると推察いたします」

 

 閃きをそのまま口に出す。言った後で、血の気が引いた。

 ──これでは、カツヤ様が濃縮されたポーションを作ることは、永久に不可能と言っているようなものではないか!

 

「つまり、俺がどんなに苦労しても、無理ってこと?」

「い、いえ! カツヤ様ならばその困難も乗り越えられることでしょう! あなた様はかつて、魔女から負の効果のポーションの製法を受け継いだ希代の天才! そんなカツヤ様ならば、きっとかならずや……!」

 

 それだけ魔女から恩を受けておきながら、青年の魔女をあのように痛めつけて殺したのか?

 

 何を考えている! ヤツが我々の標的になったのはヤツがいたるところでポーションの価格破壊を行い、市場価値を貶めたからだ。カツヤ様が青年魔女を切り開いたのは、魔女の体がどのような構造になっているかを確かめる為。そんな、快楽の為に舌を切り落とそうなどと、まさか。

 

「なるほどね」

 

 カツヤ様がソファから起き上がり、こちらへ向かってきた。あ、あぁ、怒りを招いてしまった!

 

「言ってくれてありがとう。おかげで目が覚めたよ」

「そ、そんな……」

「魔女じゃないと作れない、か。それなら納得できるし、諦めもつくよ。俺はどう転んだって人間だからね」

「し、しかし、言葉の通じない魔女と交流を果たしたカツヤ様ならば……!」

「言葉が通じない?」

 

 焦る私の言葉に引っ掛かりを覚えたらしいカツヤ様が、私の正面で首を傾げる。……確かに、おかしい。沼地にいる魔女の言葉は風きり音のようで、かつ我々とは異なる言語形態を持っているようだった。しかし青年魔女は村に溶け込めるほど、我々と変わらぬ言語を操る。この違いは何だ? 沼地の魔女と、旅する魔女の違いは。

 顎に手を当てて考え事をしていたカツヤ様が、微笑んで口を開いた。

 

「そうそう。なかなか雷雨にならないから、試したかったの忘れてたよ。知ってる? 人間は雷に撃たれると、魔女になるんだって」

「は……」

 

 雷雨、雷に撃たれて、魔女になる。……カツヤ様がトライデントに付与したかった職人魂は、“召雷”。雷を召喚する力。……まさか、そんな、悍ましいことを?!

 

「ルゥパ君が人間から魔女になったんなら、言葉が通じるのも納得できるし、俺には作れない濃縮されたポーションが作れるのも分かる。でも俺、濃縮されたポーション、欲しいんだよねぇ」

 

 『作りたい』、ではなく、『欲しい』。この言葉の違いは、今この場において、大きすぎる!

 

「し、しかし、調査ではその魔女も最初から負の効果のポーションを作れたわけではないらしいです。ということは、魔女化してもポーションを濃縮する術を授かるとは限りません」

「あれ? 君、俺の代わりにトライデントにエンチャント付けてくれたよね! ふふふっ、これってもしかして、運命じゃない?」

 

 バンッと、カツヤ様が私の両肩に手を叩き乗せて、窓の方へ押してきた。先程は心地よく感じた風が、窓から後頭部が少し乗り出した途端、恐ろしいものに思えてきた。同時に、カツヤ様の微笑みも、醜いものに見えて……。

 

「ねぇ君、魔女になってよ」

 

 私だけを見つめて下さる黒い瞳はとても麗しくて、気づけば首を縦に振っていた。

 

「喜んで」

 

 あ、あ、私、ワタシにだけに、課せられた、重要任務! ワタシに、カツヤ様が課した、ワタシだけが果たせる任務……! なんて、なんて誇らしいことで、喜ばしく、特別なことだろう!!

 

「本当? ありがとう! 雷雨の日が楽しみだね!」

「はい」

 

 カツヤ様の特別になれる日が、待ちきれない!

 

 

 

 

 

 

 

 魔女は、人間じゃないだろ。

 

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