人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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狙われた聖職者視点


103 助かる道を考えろ

 どうすればいい。どうすればいいのか。どうすれば、私は助かる?

 ──何を悩んでいる? カツヤ様のお力になれるというのに!

 いやしかし、魔女は人間でない。人間でないなら排除にも躊躇いが無い派閥のある我が組織で、異端となって良いのか? ただでさえ、ネザーでマグマに突き落とされたり、傷ついても言わなければ治癒してもらえなかったり、作業が滞らない程度に金の作物の面倒の邪魔をされたりと、嫉妬から来る制裁を受けているというのに。

 

 不安はそれだけではない。そもそも、雷に撃たれて魔女になるとは、どういう道理だ。なぜそんな事象が起こるのだ。話を耳にした事はある。あるがそれは教訓のような、子供の命を守る、躾の為の作り話に過ぎなかったはずだ。

 違う。カツヤ様がおっしゃるのだ。情報に間違いなど無い。……間違いがなかったとして、私はそれに耐えられるのか? 雷だぞ。落ちた範囲に火災が発生し、天の怒りとも例えられるその凄まじい力が、私に、私の体を貫く。そんなことに耐えられるのか? 私は生きて、魔女へ変質できるのか?

 

「大丈夫? 怖いの?」

 

 カツヤ様にお声をかけられ、堂々巡りしていた思考の海から浮上した。私を魔女化させると宣言してから、休憩を挟みつつ再びポーション開発に取り組んでいらしたはずだ。それが、私の顔をどこか悲しそうな顔で覗き込んできていらっしゃる。──なんてことだ。カツヤ様の護衛という任務を仰せつかっておきながら、自分の事ばかり考え、業務を放置するなど……!

 

「いえ、そんなことはございません」

「嘘は良くないな。君も同意してる事だから進めるけど、怖がって当然だ」

「申し訳ございません」

 

 一度決めたら歪めないところはそのままに、我々を蔑ろにしないこの姿勢。はぁ、今日はなんて幸せな日だろう。カツヤ様の無垢なる黒き瞳に、個として、認識頂ける奇跡が2度も起こるなど。

 

「家族に挨拶したいだろうし、雷雨までお休みする?」

「いえ、親兄弟は遠く離れた村におりますので、手紙で済ませます。お気遣いのほど、有難うございます」

「そう? じゃあ雷雨の時まで大人しくしててね?」

「はい」

 

 あぁ、何度機会に恵まれようとも、慣れる事は無い。クルクルと目の前が回るような、この高揚感には。頭の中がふわふわとして、耳にはカツヤ様のお言葉しか入らない。よい加減の湯に全身浸かって揺蕩うような心地で、気が付けば窓の外はすっかり日が暮れていた。昇り始めた満月は煌々と地上を照らし、雲は見渡せる限り無かった。これでは雷雨など夢のまた夢。そうだ、雨乞いでもしようか。ふ、ふふふ、ふふふふふ……!

 

 

 

 どうして、命を粗末にする為の努力をせねばならない?

 

 自室に戻った私は我に返って、そんなことを考えてしまった。考えることすら不敬であると自覚しておきながら、冴えてきた頭を抱えてしまうのが止められない。

 

 カツヤ様は言ってくださらなかった。『魔女から人間に戻れる』と。

 カツヤ様は言っていた。『どうせ、魔女から人間に戻る方法なんて無いんだし』と。

 

 では、私は、これから、永遠に人間ではなくなるのか?

 無事に魔女になれる保証も無ければ、魔女になった後の生存の保証も無い。興味の移り変わりが多いカツヤ様が、濃縮されたポーションに飽きてしまわれたら? それ即ち、魔女へ変えさせられた私への興味を無くしてしまう事になるのでは?

 モンスターになった私が、それを排除せんと動く組織の中に? 特別扱いに嫉妬する親衛隊員たちの中に? 青年魔女の内臓を引きずり出したカツヤ様の横に、居る?

 

「こ、殺される……!」

 

 殺されないわけが無い!! しかも、結末までの道のりが複数あるなどという、馬鹿らしい話付きだ!

 気づいてしまっては、もう誇り高いなどと呑気に言っていられない。私は、私には、ポーションの技術を学ぶ為にここへ送り出してくれた家族が、村のみんなが!! いつから私はココに留まる選択をしていた!!

 

 カサリと、紙の落ちる音がして、腰掛けたベッドの上で無様にも飛び跳ねてしまった。鉄扉は閉まったまま。窓は開けていない。故に、風が起こる訳が無い。なのに、今、私の目の前の床に、一枚の紙が落ちていた。

 

『生きたい?』

 

 突然現れた紙には、中央にその一言だけが書かれていた。

 

「誰だ。何の為にここへ侵入した。名乗れ」

 

 どこから入ったか知らないが、この寝る為だけの部屋の中に透明化した誰かがいる。直ぐ様装備を固めて剣を取るが、現れたのは追加の紙のみ。それもまた中央に『カツヤを裏切るなら、助けてあげる』などと、随分上から申していた。

 

「ふざけるな。なぜ私がカツヤ様を裏切らねばならない。今最もカツヤ様に信頼を置かれているのが私だぞ」

 

 ……筆談ゆえ、名乗りもしない透明な存在は少し間を置いて、再び紙を降らせた。

 

『信頼? あんたももう気づいているでしょう? カツヤはあんたを利用してるだけ。後戻りのできない道に、無責任に無理やり押しやろうとしてるだけよ』

「なにを……!」

 

 破り捨てれば、よいものを。私は私の心情を言い当て、考えに同調する言葉に、一縷の希望をもう見出していた。なんて気の早いことか。

 カツヤ様の手を取らなかった青年魔女は、死んだ。私もこの手を振り払えば、死ぬのだろうか。

 

 黙って紙を見下ろしていると、また紙が降ってきた。

 

『裏切る、裏切らないは最早どうでもいい。あんたに出来ることなんて少ないもの。動かなければ、魔女になる一択でしょうけど』

「……何を、すれば、私は助かる」

『何もしなくていいわ。いいえ、それだと不安よね。そう、不安を隠さず怯えて暮らしなさい』

「それでは、私は自分が助かる為の行動を起こしていない事になる」

『悟られちゃいけないのよ。あなたは、囮なんだから』

 

 囮……? 私に、生贄になれというのか。一言目で生き延びたいか聞いてきたというのに!

 

「私は、死にたくない」

『約束するわ、見捨てない』

 

 はは、皮肉なものだ。裏切るように促したこの筆談相手が、今私が一番欲している言葉をくれるなど。安心をもたらしてくれるなど。……心が軽くなる。

 

『どちらにせよ、決戦は雷雨の日。それまであなたは大人しくしていなさい。逃げない事が、あなたを生かすわ』

「……分かりました」

 

 することが変わらないのなら、話を聞いていないも同じ。私はカツヤ様を裏切っていない。しかし、助かる安心感もある。絶望に気づいてしまった後でも冷静でいられるのは、余計な不満を買わずに済む事に繋がる。そう、前向きに捉えていこう。

 

 

 

 

 

 

 雪玉ちゃんが紙に書き起こした『分かりました』の文字で、ハナコが筆をカタンッと勢いよく置いた。キーボードのエンターキーを派手に叩いたみたいな感じや。うっさ。

 

「堕ちたわ」

「案外、あっさりやったな」

「本人も気づいて震えていたみたいだもの。そこに付け込めばこんなものよ」

 

 カツヤに狙われた聖職者との話は、最早チャットと化しとった雪玉ちゃんメールでやっとった。中央教会の神殿に雪玉ちゃんを派遣して、ソコとココを繋いでハナコが連絡を取った。相手は曲がりなりにも側近やとビビっとったけど、『押して引けば行ける』って自信満々なハナコの言う通り、あっさりこっちに引き込めよった。

 

「けど、何もせんでエエって、どういうこと?」

「何もしないでいいとは言ってな……言ったけど、訂正したわよ。怯えを隠さず過ごしなさいってね」

「そっか。んで、なんでそうしろ言うたん?」

「適度な怯えは、カモフラージュになるだけじゃなく、カツヤの加虐心を煽って、時間稼ぎが出来るわ」

「かぎゃく……いじめっ子気質?」

「そう」

 

 ハナコが言いたいんはつまり、いざ雷雨の日に魔女化の実験をするって時に、本人が乗り気すぎるとこっちの攻撃準備にかかる時間がなくなるからやって。「さっさとやってくれ」みたいなことに応じられたら間に合わん。やから連絡したんやと。怯えて見せればそれだけ、聖職者を煽って煽って怖がらせるやろうからって。

 

「それに、彼らもきっと被害者。カツヤのピースフルには恐らく、人を洗脳する力があるわ。見てた雪玉ちゃんがおかしいって思うくらいには、ね」

「そうなんやろな。目がぐるぐるするとか、ヤバいクスリキメられとるみたいやもん」

 

 クラフターのチートを悪用しとる時点で、どっちがモンスターなんやろなぁ。カツヤも人の形したモンスターやで。知らんけど。

 

「だから、報いを受けるのはカツヤだけでいい」

 

 そこまで言うて、ハナコが筆談しとった紙から顔を上げた。

 

「センバ、トライデントの準備は出来てるのよね」

「おん。雪玉ちゃんからラクに届けてもろて、エンチャント付けてもらったで。ほら」

「……確認したわ」

 

 ワイが投げ渡したトライデントを軽々持ったハナコは、エンチャントを確認してから返してくれた。……実際の重さよりもメチャクチャ重く感じるんは、やらなあかん任務への責任感が乗っかっとるからやろな。

 砂の村、エルハル村から出て砂漠に建てた拠点からは、広い海が見渡せた。トライデントはあそこに潜って取ってきたんや。付いたエンチャントは“召雷”と“忠誠心”。やが、チャンスはあるようで1度しかない。

 

「一発で決めなさい。警戒されたら二度とカツヤをリスポーンさせられないわよ」

「分かっとる。そっちこそ急いでや。出てった後で急いで監獄作らなアカンのやから」

「雪玉ちゃんたちが一瞬で作り上げてくれるわよ。そうね、なんなら私が代わりに投げてあげる?」

「ワイの仕事取らんでや。ただでさえ、そんな活躍しとらんのやから」

「期待してるわ。……さぁ、拠点を中央教会近くに移すわよ」

「おん」

 

 ……気ィ引き締めや。戦いはもう始まっとるんや。ルゥパの兄貴の為にも、今連絡しとった聖職者の為にも。

 

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