人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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エンチャント狂いな男視点


はやく、おはようって言わせて

 特別病室って書かれたプレートが掲げられた部屋。その前に置かれた手持ちベルを鳴らして、僕が来たことを教えた。護衛の任務に就いてたカヌプとパーデは居ない。シターシュが直々に解任してたから。それでも自主的に朝昼夜、2人揃ってお世話してるみたいだけど。そのおかげで、病室は綺麗に保たれてた。

 今日は涼しいからかな。開けられたままの窓から入る風はいつもと変わらず爽やかで、レースくらい薄く織った布で作ったカーテンがふわりふわり揺れていた。

 

「やっほ~、ルゥパさん、今日も持ってきたよ、ぬいぐるみ」

 

 胸の前に今日の見舞いの品を掲げてから、キツネのぬいぐるみをベッドの枕元に置く。ふふっ、ルゥパさん、旅の中で狐と出会ったことってあるのかなぁ。ふわふわ飛んでる雪玉ちゃんが嬉しそうに周りを飛んだりくっついたりしてるから、きっとルゥパさんも喜んでくれるだろうなぁ。

 

「今日のはね、自信作だよ。なんたって、それだけの為に寒冷地のベス村の、そのまた奥にある雪山に行って、観察してきたんだから~! ……だから、早くその目で直接、歴代のも見て欲しいな~」

 

 ベッドに横になるルゥパさんは、プレゼントしても語りかけても、綺麗な寝顔のままだ。

 

 カツヤへの報復が終わっても、ルゥパさんが目を覚ますことはなかった。そりゃあ、眠ったままのルゥパさんが自分の敵が消えた事なんて知り様も無いし、そうでなくてもこの世を見限った彼が目覚める理由は、ルゥパさん自身が見出すことは無いのかもしれない。

 それでもね、ルゥパさん。僕たちはルゥパさんとまた、お喋りしたいんだ。

 

「もう、いろんな人から散々聞かされただろうけどさ~、僕も言いたいから言うね」

 

 据え置きの椅子に腰掛け直して、最近のニュースを思い返した。

 

 

 ねぇ、ルゥパさん。ルゥパさんの旅をメチャクチャ邪魔した元凶、カツヤは、この世界からいなくなったよ。

 直接動いたセンバとハナコさんと雪玉ちゃんたちもやり遂げて凄いし、勿論、僕らもすっごく頑張ってサポートしたんだよ。雪玉ちゃん経由で食事もポーションもエンチャントも提供してさ。僕に至っては、処罰なんていう汚れ仕事まで頑張ったんだから。

 

 カツヤさ、ルゥパさんを痛めつけてから雷でなっちゃった魔女に興味持ってさ。自分で魔女を作ろうとしたんだよ。一歩遅いよね。それから、ルゥパさんが作ったっぽい濃縮されたポーションが欲しかったらしいよ。……どうやって作ったのかも、なんで作ったのかも、聞きたいなぁ。

 それで、わざわざトライデントを手に入れて、運良くエンチャントを付けちゃったから魔女にされそうになった聖職者さんを助ける為にも、カツヤへの報復は急がなくちゃいけなくなってさ。結構突貫的な計画だったんだよ。中身を簡潔に言ったら、『目には目で、歯には歯で、雷には雷で』って感じ。今回はたまたま、カツヤが魔女化に興味を持ったからハンムラビ法典の復讐法、知らないか、みたいな感じになったけどさ。元々落雷で殺す気だったんだよ。

 

 ほら、僕らクラフターって、死んだらインベントリの中身がドロップしたり身体が煙になるけど、本当には死なないでベッドから復活、リスポーンするんだ。でね、死ぬまでのダメージの受け方がそれぞれ違っててね。

 復活する中で、僕は1番ダメージを受けやすいハードで、ヨシトとハナコさんが2番目のノーマル。センバが3番目のイージーで、カツヤが恐らく、ピースフルなんだ。

 ピースフルってのは厄介でさ。攻撃されてもダメージらしいダメージを受けないし、直ぐに回復するし、モンスター自体が湧かなかったり、攻撃してこなかったり。おまけにカツヤには洗脳する力まであったみたい。対面してないからどんなもんなのか分からないけどさ。多分、モンスターの敵意を失くす力が人間にも及んでたのかも。もしかしたら、だけどね。

 

 ……カツヤも、可哀想だなぁって、同情しちゃってるんだよね僕。センバが死ぬのを躊躇わない感じでさ、カツヤも強い力を持ったが故に自制が効かなくなっちゃったんだろうなって思うんだ。洗脳しちゃえば自分の思い通りに動くから、益々悪巧みが増長しちゃってさ。カツヤだってきっと、僕と同じハードなら……いや、どうだろうね。あんまり庇ってもしょうがない性根だったかもだし。

 

 そんな、相手にすると恐ろしいピースフルだけどね。一切ダメージが入らないってわけでは無いんだ。高いところから落ちればそれなりにダメージは受けるし、マグマも燃えてダメージを受ける。そして、雷に撃たれたら死ぬはずなんだ。僕らは最後の雷に目を付けたってわけ。

 

 高いところから落とすのは、水バケツとかボートとかで着地を上手く決められるかも知れない。マグマは地上じゃ広がりが遅いし、ネザーに行く時は耐火のポーションを飲んでるから突き落としても意味が無い。でも、雷なら? トライデントで呼び寄せた雷なら瞬時に落ちるから、避けようが無い。トライデント自体で追い打ちすれば、間違いなく討ち取れるって思ったんだ。……まぁ、最初っからそのつもりってわけじゃなかったんだけどね~。僕らが想定してた以上に、雪玉ちゃんたちが有能で、ルゥパさんが結んでくれてた縁もあったから思いついた作戦なんだよ~!

 

 んー、こっから先の武勇伝は、他の人から聞いたよね。センバのトライデント100m超え投擲とか、雪玉ちゃんの黒曜石製牢獄の瞬間建築とか、ハナコのフィクサーっぷりとか。不思議な話で言ったら、カツヤの最期の願いが打ち消された事とか。

 あ、そうだ。これは聞いた? 魔女にされかけた聖職者さんの熱い言葉! カツヤが落雷で死ぬ直前に裏切った形になった彼、カツヤがその場から消えた後で当然、他の聖職者から命を狙われそうになったんだよね。

 でもその時、彼、こう言ったんだって~!

 

『目を覚ませ! お前たちも聞いていただろう。魔女から人間に戻す方法は無い、見つかっていないと! 他ならぬ、カツヤ様の口から! ならば現状、魔女になるのはデメリットしかない! ならばわざわざこちらから雷を受けて魔女になる必要など、あるのか!? 意味がほとんど無いと分かっていながら実験を強行したカツヤ様を敬愛出来る程、私は命を捨てていない!』

 

 ってね。そもそも彼、ヒィラグトって言うんだけど、彼が中央教会にやってきたのは、ポーションが行き届かない場所にある故郷の村に、ポーションをもたらしたいから。だから山を越え谷を越え海を越えて中央教会に修業しに来た。その為に地域に根付いた樹木信仰を捨てて太陽信仰に切り替えてまで、修行を頑張ってたんだ。……その真面目さと野心の無さを、カツヤに付け入られたんだろうね。

 他の親衛隊員さんたちも似たような境遇か、中央教会内で成り上がろうなんていう野心が無い、純粋な実力者ばっかりだったみたい。だから彼らがカツヤの近くにいる事で見出せる見返りが少なくて、ヒィラグトさんの熱い説得を聞き入れたんだよ。『自分たちが敬愛してやまないカツヤ様は、本当に尊敬に足る立派な方なのか』ってね。

 で、カツヤのピースフルの影響下から外れた彼らは、『そうではない』って結論づけて、カツヤが復活できる人間だと分かっていながら、復活場所に向かわなかった。

 

 助けの手が来なかったカツヤは、雪玉ちゃんが瞬時に建設してくれた黒曜石とマグマのミルフィーユ牢獄の中から抜け出すことは出来なかったわけだけど、僕らが思っていたよりカツヤの寿命は近かったみたいでね。死ぬ間際の願いの力を使われたんだけど、何故か消えちゃったんだよね。願ったのがブラックホール……光さえ飲み込むすごいエネルギー体だったから、消えてくれて助かったんだけどね。流石のハナコさんも焦ったって言ってたくらいだし。

 そうこうしてる間に、寿命を迎えたカツヤは、リスポーンせずに、そのまま肉体を残して死んだんだ。

 

 そうそう! 多分ここからは誰からも聞いてないんじゃない?

 このあと、トップがいなくなった中央教会はさぞかし混乱するって思って、シターシュさんもそこら辺がめちゃくちゃ心配だったみたいなんだけどね? 案外すんなり後釜が収まったんだ。誰が最高聖職者長になったと思う? なんとね、クツサリさんだよ!

 ルゥパさんは彼、彼女? とお茶した仲なんだよね? 彼女さ、『アタシ好みの中央教会にしてみせるわ!』って意気込んで立候補したらね、他の候補者が出てこなくてそのまま就任しちゃったんだって~!

 他の上級も、技術・戦闘・宣教の分野で3人いる最高聖職者も皆、めんどくさがって手を上げなかったみたい。今までカツヤがスニッシェンみたいな成り上がりを目指す人たちを排除してきたのを見てたから、残った親衛隊に命を狙われるって思っちゃったみたい。あと単純に中央教会の外の方が過ごしやすかったのかもね~。……不本意だろうけど、ルゥパさんはそんな多くの聖職者の意識を変えたみたいだよ。皆、ルゥパさんの命を狙ってたんだけどね~。

 

 あ、でね! 自分好みにする! って意気込んでたクツサリさんが掲げた目標ってのが、これまた立派でね~!

 

『私が最高聖職者長に任命された暁には、ポーション技術の更なる普及に力を入れましょう。技術を極めんとする者を全て受け入れ、惜しみなく技術の継承を行います。そうすることが我々人間が末永く発展できる、その一歩に成りえましょう』

『今まではポーションの醸造技術を学ぶ為には太陽信仰に改宗する事を義務づけていました。しかしこれからは改宗を撤廃します。皆様の中にももう理解している方はいるでしょう。そう。ポーションの醸造技術に、宗教観は影響しないのです!』

 

 まとめると、“ポーションの作り方()、誰にでも惜しまず教えるよ~”。“今までは宗教の自由なんて糞くらえだったけど、これからはそうじゃないよ~”ってことだね。まぁまぁ大きな改革だよね~。いうて、ほとんど反発が無かったのは、条件を緩めたところで危険がいっぱいだからだろうね。

 だから、クツサリさんがトップに立っても、ほとんどいざこざは無かったんだ。シターシュさんの心配は杞憂だったね。

 

 

 

「……そうそう。話は戻るんだけど、さ」

 

 そう言って話を変えて、もう何度も何度も、何度も確かめた気配を探って、やっぱり感じないって確信して肩を落とした。

 

「さっき、カツヤが最期の願いでブラックホールを出してもさ、不思議なことに消えちゃったって言ったでしょ? あれね僕、心当たりがあるんだ」

 

 ふふっ、雪玉ちゃん、体ごと首傾げちゃってかわいいね~。……でも、君らなら、僕の言いたい事、分かってるんじゃない? ねぇ、ヘムスタッド村の皆さん。

 

「あの日からね、シンちゃんの気配が全くしないんだ」

 

 雪玉ちゃんたちがピシリッと固まって、僕が反応を見てると気づいた子達からそろ~っと僕から目を逸らした。僕が気付いたのは意外だったかな。シンちゃん、スペクテイターで透明で、僕らには見えないもんね。

 

「シンちゃんの気配にはね、カツヤへの報復を準備してる時に気付いたんだ。……何か足りなくなったり、いつの間にか満たされたり。そんな違和感を繰り返して、『あぁ、もしかしてこれが、シンちゃんの気配なのかも』って気付けたんだ。……で、さっき言った通り、カツヤが消えたあの日から、一度も戻ってこないんだ、シンちゃん」

 

 おかしいよね。そもそも、僕から離れて何してたんだって話。だってスペクテイターは世界をすり抜けてどこにでも行けるけど、それしか出来ないんだから。……この世界で、他に出来ることって言えば。

 

「僕はこう思うんだ。カツヤのブラックホールが消えたのは、シンちゃんの願いの力のおかげだろうって。シンちゃんの難易度は僕より厳しい“ハードコア”。復活が出来ない代わりに、もしかしたら、いつでも消滅と引き換えの願いの力が使えたのかも。そしてシンちゃんは、ブラックホールを消してって、願ったんだと思うんだ」

 

 だから、シンちゃんは僕の所に帰ってこない。もう、居ないから。……泣くな。きっとこれは、罪を犯した僕への罰だって、納得しただろ。もう、瞼が腫れるくらいに泣いただろ。それに、これも言わなきゃいけないって決めてただろ。

 

「ルゥパさん。教えてくれてありがとね。不謹慎続きだけど、ルゥパさんがカツヤに狙われなかったら、僕はシンちゃんがいつも近くに居てくれたことに、一生、気付くことは無かったと思う」

 

 それと同時に、彼女を2度も失ったけれど。だから今から言うこれは、恨み言だ。

 

「僕の今世の目標は、笑って過ごすことなんだ。だからね、その横に、横にって言うと語弊だね。とにかく、君も笑ってくれると、僕も笑顔になれて、幸せになれる。知ってた? 君が笑うと、皆も笑顔になれるんだよ。だから……」

 

 言っていいのか、迷って、決意した通りに気持ちをぶつけることにした。

 

「シンちゃんが願って保たれた世界は、ルゥパさんが見てきた世界より間違いなく良くなってる。だから、起きてきなよ」

 

 今はいない人を盾にするって卑怯なことをするって、ホンット最低だよね、僕。でも、それでも起きて欲しいから、あえて言わせてもらったよ。……プレッシャーかけて、ごめんね。

 

 

 

「長話しちゃったから、疲れちゃった! そろそろお暇するね!」

 

 勝手に気まずくなったのを誤魔化す為にそう言って、お見舞いを切り上げた。雪玉ちゃんたちも小ちゃい手を振って、見送ってくれた。

 白色のコンクリートで作られた病院の廊下を階段に向かって歩いてたら、誰かが階段で上がってくる音がした。僕が階段に着くよりも早く上がってきたのは、フォンチャ先生とティエちゃんだった。

 

「えっ、フォンチャさん、今日はいい天気だけど、目は大丈夫なの?」

「ええ! ヨシトさんが苦労して作ってくれたこのサングラスのおかげで、眩しくないからね!」

「そっか~! 良かったよかった」

 

 フォンチャさんがフレームを摘んでクイッと上げたサングラスは、グラス部分が暗い色。ただの色付きガラス板じゃない。ガラスとアメジストを作業台でかけ合わせることで出来る、遮光ガラスだ。

 マイクラの変な仕様でさ~、ただのガラスは板になるのに、遮光ガラスは作業台で板状に出来ないんだよ。石切り台とかでも薄く切り出せないんだ。だからヨシトが農作業の合間を縫って、どうにかこうにか遮光ガラス板にしたんだよな。割っても出来ないから発想の転換でアメジストを粉にして、砂と一緒に焼いたって言ってたかな。つくづく、ヨシトの開発力は凄いよ。なんで水泳インストラクターだったの? で、フレームはハナハタ村の木工細工師さんに依頼して、ガラスが1枚繋がった形に。ちょっとゴーグルに近いかもね。

 

 光を通さないガラスが填ったサングラスはフォンチャさんだけじゃなく、最近保護したディアマンテさんとノットウノさんの目も守ってるし、目を守る機能性とデザインがウケて、ハナハタ村でちょっとしたブームになってるみたい。なんとなくだけど、シターシュさんとヨシトもメガネ似合いそうだよね~。意味ないけど。度数ないから。メガネってどう度数入りにするんだろ。この世界って目が悪くなる概念とかあるの?

 フォンチャさんが服の上から自分の腕を撫でた。

 

「直接、長時間浴びなければ痛くないくらいには、肌もすっかり日差しに強くなったし、このサングラスのおかげで日中動けて、以前の生活に戻れてる。本当にルゥパさんを始めとした皆さんには、頭が上がらないよ」

「今日のお見舞いも、そのお礼をしに行くのよ! サングラスのお世話になれたのも、ルゥパさんがあの時助けてくれたからだもの。“どういたしまして”をこの耳で直接聞くまで、諦めないんだから!」

「頼もしいなぁ」

 

 ふふっ、可愛い女の子が胸を張ってふんぞり返ってるのは、和むなぁ。そういえば今日は2人ともお休みなんだね。ティエちゃん、久しぶりにフォンチャさんと一緒に過ごせて幸せそう~。羨ましいや。アレ? じゃあ僕お邪魔虫じゃない?

 

「そういうことなら、引き止めてゴメンね。それじゃ」

「ええ、また」

「ばいばーい!」

 

 彼らがおしゃべりしたい相手は僕じゃないから、早々に切り上げた。そして階段を下りる前に、振り返った。

 あ、フォンチャさんの白髪の根元、茶色になってる。良かった。そろそろ頭皮の細胞も回復したんだね。ちょっと髪の色が薄くなったり日焼けしやすくなったりってだけで、それももう収まってきたあの2人よりずっと後遺症が重たかったから、不安だったんだよね。だけど、もう、大丈夫そう。ははっ、ティエちゃんが強引にだけど、手まで繋いで仲良くしちゃって。

 

 ねぇ、ルゥパさん。後は、君が目を覚ますだけだよ。怖いものがあるなら、僕らが全力で取り除いてあげるから。これ以上さ、僕に独り言を言わせないでよ。ね?

 

 


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