人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
ドゥンさんに連れてこられた食堂は木造で重めな色合いとは言え温かみのある建物だった。玄関先に植えられた花が綺麗で、フラッと入りやすいお店だと思う。
花の模様の旗をくぐれば、香ばしくて美味しい香りがより濃く鼻に飛び込んでくる。空腹で嗅いだらきっと腹の虫が鳴るんだろうなー。……あっ、よだれ湧いてきた。えっ嬉し!
鉄のヘルメットを脱いで小脇に抱えたドゥンさんが厨房が見える窓際の席を指差して、「あそこの席にしましょう」と提案してくれた。四人がけのテーブル席。お昼時を過ぎてるからか、店内には俺たち以外に客は居なかった。遠慮なく広く使わせてもらおう。
「ここは焼き魚が特に美味しい店なんです。勿論野菜も肉もデザートも、なんでも美味しいんですけどね」
「そうなんですか。なら、ドゥンさんのオススメをいただきます」
「分かりました」
ドゥンさんは店の入口で店主さんに注文を通した後、俺を席まで案内してくれた。監視のついでなんだろうけど、元々世話好きなんだろうなぁ。監視なら俺を出入り口側に座らせない方がいい気がするけど。逃げやすくなるよ? 別に逃げないけど。鉄格子あんな高くまで積まれてるし。
脱いだコートを隣の椅子の上に畳んで置いてたら、おばさんの店員さんが水が入ったコップを持ってきてくれた。ドゥンさんが親しげに「プラムさん」って言ってるし他に店員さんも居ないから、どうやらこの人は店主さんの奥さんらしいかな。夫婦で食堂やってるのか。いいなぁ。
水を持ってきてくれたプラムさんが俺らのすぐ近くの席に腰掛けた。俺らの他にお客さんいないから、お喋りしてくれんのかな。
「あんたさん、初めて見る顔だねぇ。この辺りに最近来たばっかりなのかい?」
「そうなんです。一人旅をしていて、海を渡ってついさっきこの近くに上陸しました」
「海を渡ってぇ? そりゃまた危険な旅路じゃないの! このあたりはまだ海は穏やからしいけど、波が高い、荒いところだってあるんだって?」
「そうですね。何度か沈没船を見かけたこともあります」
プラムさんとお喋りしてるうちに、肩から力が抜けていくのを感じた。ドゥンさんとの会話でリラックス出来てたと思ってたけど、慣れない場所だからか案外まだ緊張してたのかな。
“沈没船”って聞いて驚き怖がっちゃったプラムさんが「なんでそんな危険な事までしてぇ!」って悲鳴混じりに叫んじゃった。
「そんな無理をするってことは、それなりの理由があるんだろうね! そうじゃないなら海を渡るのは止めときな!」
「あははっ、心配してくださってありがとうございます。一応、私的には命を張るだけの理由があっての事ですから」
「それが何か、お聞きしても?」
ぐえっ、プラムさんとのお喋りを尋問に利用された! とか思ったけど、ここで話さなかったらプラムさんとのお喋りをぶった切ることになるし……。てか、別にこの人たちに話しても何の不都合もないっていうか、話してた方がこのあとの素材集めが楽になるんじゃね? あーそうじゃん! よし!
「私はポーションを作ることを生きがいとしてて、まだ見ぬポーションを作ることを人生の目標としているんです。そのためには、どれだけ危険でも世界を渡り歩く必要があると考えています。万が一船が転覆しても、水中呼吸のポーションがありますしね」
「へぇ!」
「あんれまぁ驚いた。ポーションなんて高級品、教会の人間にしか作れないと思ってたよ!」
ドゥンさんはちょっと仰け反って目を丸くして、プラムさんは開いた口に手を添えて反対の手で仰いだ。教会。知ってるってことはこの辺りには浸透してんだな。なんなら教会あるかもか。後でここの聖職者さんともお喋りしてみよ。俺の知らないポーションレシピ知ってるかもだし。
「基礎になる素材からネザー、危険な異世界に行かないと手に入らないので、あながち間違ってません。なんせ、この世界で海に当たる所がなんでも溶かして燃やすマグマなので。素材を採るためにはいちいち危険に身を置かないとなので、高級品でも仕方ないんですよ」
「そうなのかい……」
プラムさんの顔にありありと心配が浮かんでいたから、「男って生き物は、ロマンを追っちゃうんですよ」って茶化した。ここらへんで話に区切りを付ける為に。初対面の旅人を心配できる心優しい奥さんには、俺の村の話とか“ゾンビから人間に戻す方法を探してる”って話は重たすぎて受け止めきれないだろうから。隠し事はしても嘘は言ってないからセーフ!
「アンタ若いからって、ムチャはしすぎるんじゃないよ?」
「はい!」
ああああ~! あったけぇ~!! この心配だけで俺、心の傷が一気に癒されたわぁ!
久しぶりの好意に内心舞い上がってたら、プラムさんが力強くパンッ! って派手に打ち鳴らしてから「ああそうだ、忘れてた!」って声を上げた。音デカ。びっくりした。
「ドゥンちゃん! さっきの騒ぎはなんだったのさ? それにあの子達も見つかったのかい!?」
「ああ、それなら、こちらのルゥパさんが村の外に居た2人を保護してくれて、村まで届けてくださいました。騒ぎは彼を警戒した私たちの早とちりで。あの2人は今頃、団長と村長にこってり絞られてますよ」
「そうかい! ああ良かった! ありがとうねルゥパちゃん! あんたはこの村の救世主だよ!」
「えっ、そ、そんなっ、大袈裟な」
お礼を言うにしても思ったより仰々しい言葉が出てきて、反射で手を掲げて謙遜したら、その手を取られてプラムさんにますます頭を下げられた。さ、さっき村長って出てきたからあの2人のどっちかが村長さんの子供なのかもしれない。だとしても、“救世主”?
言うにしたって“命の恩人”くらいじゃない? これもまあまあアレだけど、救世主よりはまだマシ。なんでそんな不釣り合いな評価をするんだって聞こうとしたら、心底嬉しそうなプラムさんの顔が不安の色に一変した。
「あの子らがどこに居たか、聞いてもいいかい……?」
俺の手を握る手が、より力強くなった。……あの子らに、何があるんだ?
厨房からはやっとなにか焼く音が聞こえてきた。まだかかりそうだし、監視のドゥンさんにも報告しといて欲しいから、少年少女と出会ってから村に帰すまでの出来事、簡単に話してくか。
旅の途中でたまたま見つけた森の中の花畑。そこで偶然居合わせて、彼らの背後から迫っていたクリーパーを返り討ちにして、暫く話をすることに。そこで剣を持っていた少年に弟子入り志願され、乗り気じゃないもののとりあえず村まで送ることに。エンダーマンと目を合わさないようにしつつ、森を抜けて、なんとか村まで帰って来れた。
あらかた話終わった頃には、注文したメニューが届いた。ドゥンさんのオススメは焼き魚とキノコシチューのセットらしい。ってかキノコあんじゃん! 色も茶色じゃん!! 近くで採れるんかな!? やった! いただきます!
「クリーパーにエンダーマン……。どちらも日の下でも行動出来るモンスターですね。自警団で定期的に狩っていますが……」
「モンスターのこともそうだけど、向かったのが花畑で良かったよ……」
「思い切るつもりじゃなかったなら、せめて大人を一人連れて行ってくれれば、ここまで騒ぎにならなかったんですけどね」
「……あの、さっきから意味深な発言が多くて気になるんですけど」
せっかくのおいしい料理もそっちが気になって味がしなくなりそう。いやスープ美味しいけど。だから思い切って聞いてみたら、ドゥンさんは「保護してくれたあなたには、聞く権利がありますからね」って言ってくれた。でも話はプラムさんがしてくれるらしい。
「そのまま食べながら聞いとくれ。といっても、食事中に聞きたい話じゃないと思うけどね」と言ったプラムさんは悲しげに、いや、痛ましげに顔を歪ませていた。
「あの子らがいなくなったと聞いて、あたしたちは真っ先に、あの子らが、心中を図ったんじゃないかって……そう思ったんだよ」
「!!? フグッグッ!?」
いきなりまったく想定してなかった話をされて、ビビって飲んだスープが変なトコに入ってむせた。だってあの子ら、まったくそんなつもりじゃ無さそうだったぞ!
本当なのかって、俺を無意味にビビらせて遊んでんじゃねぇだろうなって目だけでドゥンさんに訴えかけたら、彼は軽く目を伏せてから頷いた。う、嘘だろ……!? あの子ら、普段から周りにどんな風に思われてんの!?
「ルゥパさんは、パーデにどのような印象を抱いていますか?」
「パーデ……、女の子の方ですか? あまり名前を聞いてはいけないと思って名乗られても覚えないようにしてたので、自信が無いんですけど」
可愛いものが好きで、自分をボクって言う、ちょっと変わった女の子だよな。
てか、子供は村の宝だから、俺みたいなよそ者が簡単に名前を知っちゃったらダメ。なのにドゥンさん、普通にあの少女の名前呼ぶじゃん。危機管理足んねぇぞ! それだけ俺が信用されてるか、取るにならないやつだって油断されてる感じかぁ?
喜ぶべきか不機嫌になるべきか迷ってたら、2人共頭を振った。えっ、どこ間違えた? アレ? パーデって弟子志望の方だっけ? 頭の上に『?』を無限に生やしてる俺に目を合わせたドゥンさんは、なぜか申し訳なさそうな表情だった。
「どぅ、ドゥンさん?」
「貴方が女の子と思っている、肩まで髪を伸ばした子供は、確かに、男の子なんです」
「…………エッ!?」
あ、あのっ、お花がよく似合う子が!? たんぽぽみたいな笑顔をする子が!? 雪玉ちゃんたちに生け花の会場にされてたあの子が!? 弟子志望君とデートしてたあの子が!?
「エエエエエエエッ?!?!」
「やはり、勘違いしますよね……」
「あの子も自分が可愛いと思う振る舞いをしてるからねぇ」
「じょ、冗談、ですよね……?」
いや、重たい溜め息をつく2人を見てれば、冗談じゃない、本気で言ってるってことは分かる。分かるけど! 信じらんねぇよ! あんな可愛い少年がいるの!?
「期待に添えなくて申し訳ないけど、産婆として取り上げたあたしが言うんだから間違いないよ」
「そう、なんですか……」
実際に見た人が証言すんなら間違いない。だって今から俺が見るわけには行かねぇし。ここで嘘つく理由も分かんねぇしな。散々疑ってたけど。だから一旦、“俺が女の子だと思ってた子は男の子だった”ってことで落ち着こう。肝心なのはここじゃない。
「どうして、あの子が男の子だと、もう1人の男の子と心中を測ったかもしれないという考えに至るんですか?」
「……男の子同士、だからさ」
「誰が、彼らを追い込んでいるんです」
「そうだね、半人前たちかね」
「半人前……、子供たちってことですか」
食堂に入る前にドゥンさんとした話では、村に益をもたらした“彼女”は同性である女性を性的対象にしていた。だから男同士だろうと一定の理解はされるはず。だけど5年前には彼女はもうこの村には居ない。だからあの子らを揶揄うのは、やっぱり子供だった。理解が足りない、知らない子供たちだった。
かくいう俺だって、男同士、女同士でも恋愛が成り立つなんて知らなかったんだから、追い詰めた子供たちを責められないんだけどさ。
「私たちもあの2人が揶揄割れていたら注意しているんですが……。パーデが可愛らしいからか、男女ともに構ってもらおうと揶揄ってしまうみたいなんですよね」
「……奇妙だからとかじゃなくって、人気故に?」
アレ? 思ったより重たい話では無い? あの子ら『男の子同士でデートなんておかしい』とかでいじめられてるわけではない? いや確かに、あの子ら健やかに育ってそうだったけど。
「使う言葉に厳しいものはありますが、あの子達も悪意を持っているワケでは無いんです。ただ、一緒に遊びたいだけみたいなんです。しかしそれをカヌプが独り占めしている形になっているから、嫉妬しちゃってるんです。必死で気を引こうとしているんです」
「でも、あたしたち大人が外から見て『大した事ない、じゃれてるだけさ』って思ってても、文句を言われてる本人たちは傷ついているかもしれないだろう? だから……もしかしたらって……」
プラムさんが不安から涙ぐんでしまった。『傷ついているかもしれない』。だから村の宝が思い切ったかもしれないと考えたし、そうでなかったとしてもモンスターに襲われ命を散らしていたかもしれない。そうなったら、追い詰めてしまった子達が心に深い傷を負うことになっていたかもしれない。勿論大人たちだって。だから、その悲劇の連鎖を防いだ俺を、“救世主”だなんて大げさに評価したわけだな。
それにしても、人が泣くところを見るのは、心が痛む。
「私が彼らと喋った感じだと、ただ単に村の外の花畑で、2人っきりで遊びたかっただけだと思いますよ。それに心中するつもりだったなら、例えボロだとしても剣を持っていかないと思います。それに、私に弟子入り志願してきませんしね」
「だから、杞憂ですよ」って続けたら、プラムさんは安堵の溜め息をついて胸をなでおろした。というかあの子ら、プラムさんが思ってるほど弱くないと思う。それどころか自分たちのことしか考えてなさそうだけど……。10歳くらいだし、まだ悪巧みも可愛らしいものだろうしなぁ。
それとも、いやきっと、よそ者の俺には言えないような事も言われてたんだろうな。それっぽい示唆もしてたし。だからドゥンさんは止めてたし、プラムさんもここまで心配したんだ。でも大丈夫。あの子らは死を想うほど追い詰められてる様子は無かったから。
若干冷めたキノコシチューと焼き魚を平らげた。「話しすぎましたね」ってドゥンさんに謝られたけど聞く価値のある話だったし、何より、そもそもまともな食事自体が久しぶりだったから、ぬるくなってても十分満足できたわ。
ついでにこの村名物のハチミツを使ったデザートも奢ってもらった。注文してくれたドゥンさんがテーブルに肘をついて身を乗り出してきて、どこか不敵な笑みをその生真面目な顔に浮かべてた。さっきまでとの振り幅デカくてキュンってする人いるわ絶対。
「話が逸れに逸れましたけど、そろそろ聞かせていただきますね」
「……なんでしたっけ?」
「“なぜ、この村の防衛面に興味があるのか”、ですよ。指折り数えていたじゃないですか」
「あー、そうでしたね」
少女だと思ってた子が少年だったとか、心中の疑いがかかってたとか、色々話のパンチがありすぎて、その話しようとしてたことすら忘れてたわ。
ふと、窓の外へと目をやる。やっぱり固く聳える鉄格子に少なくない嫉妬心がふつふつと湧いてくる。あー、えっとぉ? 平和ボケの理由と、あそこまで鉄格子を積む理由と、弟子志望君の修行先を見つけてあげる為、だったよなー。
少年2人を探すためにか、村の外に出てた自警団の人たちが戻ってくる気配を感じつつ、今考えたラインナップをドゥンさんに伝えた。
「あー、あんなに高く積んだのは、一度クリーパーに花畑を荒らされてキレた“彼女”が、2度とそんなことが無いようにと……」
「とことん花が好きな人だったんですね」
「残りのモンスターを職人魂が込められたダイヤ剣で蹂躙する彼女は、モンスターより恐ろしかったです……」
「やっぱこえぇなその人」
今更な小話
度々出てくる“職人魂”は、エンチャントのことです。その道を極めた職人によって作られた武器や防具には限界突破した効果が付く、という解釈です。