人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
泳いで岸まで行ったら、ドゥンさんとヘイリグさんが引き上げてくれた。あー濡れた濡れた。革なのにコートが水纏って重てぇや。
ダイヤ装備をパッとインベントリに直接放り込んで、なんか喋ってる2人からちょっと離れてコートを脱いだ。うぐぇぇ、重くて脱ぎづれぇ。このコートはちゃんと乾かしてやりたいと思ってたけど、引っ掛けられる場所も無いしなー。仕方ないからコートも一旦インベントリに入れてたら、バタバタとこちらに駆け寄ってくる小さな影が見えた。
「あれ? カヌプ?」
必死な顔して走ってくるカヌプ。そのちょっと後ろからはパーデも走ってきてた。お前ら何しに来た。
びしょ濡れで肌に張り付いてくる上着をグイッと無理に脱いで絞ってたら、近くにまで来たカヌプとパーデが肩で息して整えてから、俺を見上げてきた。
「な、なんかスッゲー声が聞こえてきたし、スッゲー水の音聞こえてきたんだけど! し、しかも師匠濡れてる、し……!?」
「えっ!?」
カヌプがなんか質問してきたかと思ったら目を見開いて、パーデも俺を見て声を上げた。何驚いてんだろ。
「あー、ほら、この鎖渡りでバランス感覚の鍛え直ししててさ。それで足踏み外して落ちただけだよ」
色々端折った説明だったから、「バッカでー!」とか笑われるかなーとか思って期待してたんだけど、全然そんな事にはならなかった。そういやこの子等、何かに驚いてたよな。って思って改めて2人を見たら、なんか俺の身体をジロジロ見てた。いやんエッチ。
「何?」
「……師匠って、スゲー、ムキムキだったんだな」
「え? ……えーー? もしかして俺のこと、ヒョロいと思ってたー?」
「うん」
「へっ、パーデ!?」
まさかパーデから生意気かまされるとは思ってなかったけど、とりあえず「心外だなぁ」って大げさに悲しんでみせた。それで焦ったのかカヌプは「ひょ、ヒョロいとまでは!」ってちょっと吃りつつ釈明した。
「でも、正直、ドゥン兄ちゃんくらい、かなぁって……」
「言われてますよドゥンさん」
「私だって、別にヒョロくないですー!」
「ご、ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
うん、素直に謝れるのは素敵なことなんだけど、影で子供たちに侮られてたって気付かされたドゥンさんの心の傷は深い。あーあ、うなだれちゃったー。修行のし直し、頑張りましょ!
「お前らさ~、確かに顔に合わないとはよく言われたけどさー。俺は単身ネザーに潜って、毎回生還してきたんだぜ? せめて、そちらのヘイリグさんと同じくらいとは思っとけって」
俺だってあんなに腕が太いわけでも、胸筋が膨れ上がってるわけでもないけど。なんならこの身体、もう多分筋肉も成長してくれないだろうけど。研ぎ澄ませるのは感覚と知識だけなんじゃねぇの? はーつっら。でも人間だった頃の貯金があるから、リンゴは片手でつぶせるぞ? 衰えない身体万歳! 尚感覚は衰える模様。
「だって、そんな顔してねーじゃん!」
「気にしてんだよハッキリ言うなー!」
「ルゥパお兄さん、自分で言ってたよ?」
「自分で言うのと人から言われるのとでは、心に受けるダメージが違うの! 分かった?」
「「はい」」
「ホントかよ……」
この子ら素直でいい子達だけど、たまにそれが信じられんくらい返事が良すぎんだよなぁ。
俺が騒いだことでこの子達が来ちゃったから、その件についてはちゃんと謝った。それから、この子らのお手伝い先の人から「今日は手伝いもう大丈夫だよ」って言われたらしいから、ちょっと早めに訓練を開始することにした。でも俺も着替えなきゃだし、この子らにも濡れてもいい格好をさせなきゃならんから、一旦帰した。……俺、計画通りに進んでたとして、せっかく来たあの子らを1回家に帰す感じになってたんか。ひでーやつ。
建物がある花畑に帰っていく2つの小さな背中が見えなくなったところで、ドゥンさんとヘイリグさんの方へ振り向いた。
「ドゥンさん、今日の案内はここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「いえ、お疲れ様でした。それから、あの子達をよろしくお願いしますね」
「はい。そして、ヘイリグさん。今からあの子達の指導を始めるんで、場所暫くお借りします」
「構いませんよ。もとより許可は必要ありません。ああ、2人いるなら増やしておきましょうか」
「いいんですか?」
「ええ。その方が効率的でしょう? ルゥパさんは着替えてらっしゃい」
「そうさせていただきます。ありがとうございます」
今日1日付き合ってくれたドゥンさんにも、場所を貸してくれるばかりか手助けまでしてくれるヘイリグさんにも、お世話になりっぱなしだなぁ。なんて考えながら、近くにあるあの彼女が建てた、地下へと続く小屋に緊急避難した。いや~、インベントリがデカいっていいよな~。タオルも服も無駄なもんも全部突っ込んで置けるんだから。
体拭いて着替え終わったら、小屋の日光が当たる場所に防具立て出してコートを引っ掛けた。なんでさっきは防具立て考えつかなかったんだか。いや、どうせ後で洗うんだけど。
戻ってきたら、ヘイリグさん、1つどころかなぜか4つ増設してた。つまり1番下の段は合計5つ。……なんでそんなに鎖持ってんの? そんなに使用頻度高いっけ。なんか触れちゃいけない闇な気がしたから、恩恵をありがたく受け入れるだけにしといた。知らなくていいことは知らないままがいい。なんだっけ、どっかで『好奇心は猫をも殺す』って聞いた。
「……何か、怪しんでます?」
「へっ!? い、いやぁ!?」
「はぁ。これはいつもの設置分を置いてるだけですよ。丁度昨日、ここで子供たちが泳いで遊んでいたので一部撤去してたんですよ」
「あ、なるほど」
疑ってスンマセン、ヘイリグさん。あとドゥンさん、また1番高いとこで鎖渡りの練習するんすね。子供らからのヒョロい判定がそんなに悔しかったんすね。がんばれー。
ちょっとしたら戻ってきたカヌプとパーデ。その後ろに5~6人の子供達をゾロゾロと引き連れていた。あらーお友達ー? 俺あんな一気に面倒見れねぇぞ。どうしましょ。
「師匠! 付いてきたい奴ら連れてきました!」
「お~。はじめまして。旅人で、ちょっとの間カヌプの師匠になりました、ルゥパです」
「「「はじめまして」」」
自己紹介してくれた子達は皆色味こそカヌプやパーデに似てたけど、それぞれ個性的な顔つきをしてた。だからって一発で名前と顔が一致させられるほどの頭はしてないけど。ゴメンな。おじさんに一々教えてね。
「それで君ら、君らも一緒に鍛えに、あっ、遊びにきたって事でいいのかな?」
「うん」
「それに、2人を助けたって聞いたから、見てみたくって」
おお! それは光栄だなぁ! なんて先の2人の言葉を聞いて思ったけど、左に視線をズラすと、残りの彼らは胡乱げな顔をしてた。
「……なんか、あんま強くなさそう」
「なー」
「本当に2人を助けたのー?」
「実はそのクリーパー、弱ってたとかじゃねーのー?」
「おっと、言ってくれんなぁ」
思ってること素直に行ったら可愛いで済ませられると思うなよー? お兄さん、頭の血管がちょっとだけビキッときたぞ~? 生意気言うのが増えると、やっぱり子守が大変だなぁ!
その小生意気な子供たちにも訊いたら遊ぶ感覚で訓練するってことだったから、口で説明する前に、実践してみせることにした。ヘイリグさんが増設してくれてた低い段の鎖渡り場の、一番岸に近い1つに乗っかって、対岸へと歩いていく。
「皆。いつもはどんなことを考えながら鎖渡りしてる?」
「どんなことって……」
「バランス取らなきゃーとか、水に落ちないようにしないとー、とか?」
「あと楽しいなーとか!」
ついてきた子達が答えてくれたのは、遊ぶだけなら満点な回答だった。それに1回頷いてから、まだ答えてないカヌプを見る。顔強ばってんねぇ。てか皆律儀についてきてくれてんの、懐かせたオオカミみたいでかわいい。
「あ、そういやカヌプはもうこれ、
「い、いや、まだです。筋トレと、走り込みと、木の剣の素振りくらいだったんで」
「そっか。じゃあまだ本格的じゃなくてもいいかな。遊びっつって誘ったし」
「や! 俺、師匠からもいっぱい教わりたいです!」
「! そっか」
ここで対岸にたどり着いたから、すかさず来た道へ振り返る。ついてきてた子達は慌てたように足の向きを変えた。
「じゃあ、強くなりたいカヌプは、これからどんな気持ちで鎖渡りする?」
「えっ、あ、はい! 細い道でも渡れるように、モンスターから逃げる時に足場が悪い場所でもしっかり走れるように、とか、そんな感じの目標を立ててます!」
「おお! いきなり来たのに、しっかりしてんなぁ!」
「ぼ、ボクも! おんなじ感じです!」
「パーデも? 揃って殊勝な心がけだなぁ。パーデも訓練する?」
「お願いします!」
「了解!」
「よし!」と声を上げて、鎖から岸にまで跳ぶ。驚いて目を丸くしてる彼らに対して向こうを指差した。
「遊びの延長で付き合ってくれてる子達は向こうで、カヌプとパーデはこの一番手前の鎖で訓練するぞ」
「「はい!」」
「じゃ、頑張れよ2人とも~」
「俺ら横で遊んでるから~」
「水ぶっかけてくんなよ~!」
「そっちこそ!」
ついてきた子達とカヌプは軽口を叩きあって、前者は奥に、後者はさっきまで俺が渡ってた鎖の始点に向かってった。
始点に着いた2人は靴を脱いで、まずはカヌプから鎖に素足を乗せた。うん。指導をするにしても、まずは実力分かんねぇとな。見せてもらうぜ、カヌプ、パーデ。
2人に1往復ずつしてもらった結果、早く渡れるのはカヌプ、バランス力が良いのはパーデだと判明した。カヌプは身体をフラフラ左右に揺られながらだったし、パーデは慎重すぎてカヌプの3倍近い時間をかけてた。ただ、2人とも水に落ちなかったから期待以上だわ。よく腰も落としてるし、姿勢も悪くない。普段からこれで遊んでんだな。
「2人とも、筋がいいな!」
「え! えへへっ、だろ! じゃなくって、ありがとうございます!」
「ありがとうございまーす!」
「俺からの課題としては、カヌプはこれからまっすぐ立って今よりは静かに渡れるようにすること。パーデは早く、走って渡れるようになること。って感じだな」
言葉で言うだけなら簡単だ。だからそれぞれに目指して欲しい形をお手本として見せた。鎖の上を早歩きで行く俺を見る2人の目はキラキラしてて、真剣そのもので、気恥ずかしくなっちゃった。しかも俺の手本通りになろうと努力してくれてるし。可愛いなぁ。
1日で出来る手本を見せたわけじゃなかったから、2人の集中力が切れてきた頃に鎖渡りは止めさせて、遊んでた子達と、おまけにドゥンさんとヘイリグさん(!)も一緒に追いかけっこして遊んだ。カヌプとパーデにだけは、「追いかけたり逃げたりすることも、足を早くしたり瞬発力を高めたり、察知能力を研ぎ澄ませる訓練になるから真剣にな」って言って、暗に『これもまた訓練だ』ってことでやる気を出させた。いやぁ、名前がまだ覚えられないあの子達が来てくれて助かったわ。次はかくれんぼもさせたいな。この辺りは原っぱだから、隠れ場所無くてなぁ。
そうした遊びついでの修行も、日が傾いてきた頃に皆切り上げさせた。俺も、夜にはしたいことがあるしな。
「師匠! また明日お願いします!」
「お願いします!」
「おーう! 夕御飯ちゃんと食べて、ちゃんと寝るんだぞー!」
「「はーい!」」
こんな感じの軽い流れで、俺の人生初、師匠としての1日が終わった。
よし! これからは“ポーション職人”としての俺が動き出すぜ!
「ドゥンさん、この村の夜の警備って、鉄格子の外も巡回するんですか?」
「? いえ、わざわざ出向きませんよ。恐ろしい数で迫ってこない限り」
「そうなんですか……」
「その襲撃も、ここ数年は起きていませんしね」
「わぁ羨ましい」
そっかぁ。じゃあ、巡回に混ざってクモの目の回収は難しいってことか……。観念して、1人で討伐しに行くか。向こうから来てくれないから、絶対大変だぞ~? 雪山での3年間で1度も合わなかったんだから。
「フフッ」
後ろで俺らの話を聞いていたらしいヘイリグさんが、悪い感じで笑った。思わず振り向いたら、好戦的な表情のヘイリグさんが、俺をまっすぐ見てた。
「ポーションの素材をお求めなら、私と共に行きますか?」
「!」
「クモの目は新鮮なうちに剥ぎ取らねば、巡ってポーションの質が悪くなりますしね」
「おお! ヘイリグさん!!」
「私も貴方の戦い方が気になります。このお誘い、受けていただけますかな?」
「受けていただけますかな」? 一体何を言い出すんですか!
「こちらこそ、お願いします!!」
神父さんとはまた違う、俺と同じ目的でモンスターを狩る人間の、戦う姿が見れる!? しかもこの人は生きてるからモンスターが向こうから寄ってくる! そして、もしかしたら効率のいいクモの目の剥ぎ取り方とか、発酵のさせ方とか教えてくれるかもしれない!
こんなチャンス、滅多にねぇぞ!
集合場所は村の外。時間は夜中にして、その場は解散になった。急いで白の革コートを回収して、ホテルでやるべきことやって、夜が更けるまで準備した。
あ~~~! 俺にとって未知のポーションが、いよいよ作れる!!!