人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
鉄の装備を全身に纏い、長年大切に扱ってきたダイヤ剣を背負う。
上空では強い風が吹いているらしい。雲の流れは早く、木は揺すられて木の葉を鳴らし、立っているだけの私の体温は徐々に奪われる。戦いの前の私の心を表しているようだ。
鉄格子で囲まれた村から一歩出てしまうと魑魅魍魎で溢れかえっている、かと思いきや、そうでもない。お天道様がお勤めを済まされた後でも、松明の明かりで寄せ付けない事は出来るのだ。あくまで寄せ付けないだけで、認識されれば構わず特攻されるし、アンデットのその身を浄化させることは出来ないのだが。
その松明も、程々に離した一定間隔に置くことで、モンスターを忌避できる上に松明の節約、光量を抑えることにつながります。
……などと、得意顔で解説したが、これは私が考案したものでも、教会が発見したものでもない。いったい彼女は、“ハナコ”さんは、どこでこんな知識を蓄えてきたのか。長年神父をさせていただいている私でさえ、『眩しすぎるから松明の数を抑えよう』など、到達しえなかった発想ですよ。命が掛かっているというのに。
しかし予防策でしかないですし、やはり神がもたらして下さる天の光が1番ですね。
待ち合わせている彼を几帳面に並べられた松明の中で待っていると、ピリッと背中に悪寒が走った。
「なんだか、これから儀式でも始めそうな雰囲気ですね」
月が空の真上に来た頃、待ち合わせ相手の彼・ルゥパさんが現れた。音も無く、気配も直前まで気取らせずに話しかけてきた彼は、どこか高揚したような、親しみを感じさせる笑みを浮かべていた。
ルゥパさんの今の格好は初めて会った時とは大きく違っていた。やる気に満ち溢れた彼の防具は、昼に見た職人魂が込められたダイヤ装備ではなく、鉄装備。腰からは剣を下げていた。防具を別に1セット用意できる彼だ。今は木製の鞘に収まっているその剣も、昼に見たものとは違っているかもしれませんね。
そして1番違うのは、あの白いコートを身に着けていないこと。子供たちに指導をしている時から思っていた事ですが、あれが無いと、だいぶ筋骨隆々なだけの無個性な青年に見えますね。
「こんばんは、ヘイリグさん。昨日も思いましたけど、これ、凄いですよね。こんなに規則正しく松明が並べられてるの、初めて見ました」
「こんばんは。この松明はハナコさんが並べ立てたもので、最低限の松明の数で効率のいいモンスター避けになっているんですよ」
「ヘッ!? えーまたここでもハナコさん出てくるんですー? てかそうなんですか? 寄って来ないんですか、あそことか若干不安になる暗さしてますけど!」
「松明に挟まれてますからね。それでも認識すれば接近してきますが」
「不意に襲われる心配が無い上に、明るいからこっちも相手を視認できます。それにギラギラしすぎなくて戦いやすい! いや、なんで減らそうなんて思いつくんですかね、ハナコさん! あーなんでー? 旅に出てみるもんだなぁー!」
感心してみせたり、驚いたり、感動したり。身振り手振り含めて感情表現豊かな彼と話すのは、こちらまでいつもより心が揺り動かされますね。……ただ、わざとらしすぎるので、知ってた可能性はありますね。冷静に利点を分析出来る辺りなど。なんせ彼は旅人。どこかで教わっていたか、……そもそも故郷でも実践していた可能性もありますからね。彼の村ではモンスターの襲撃が多かったらしいですし、対策を講じていてもおかしくありません。
同じ旅人でも、どこにいても存在感を放っていた不思議なハナコさんとは違い、彼は本当に、故郷を出る前は村の人間だったんだろうと感じさせる素朴さがある。どこにいても、誰とでも馴染むような、そんな親しみが。故に、彼は私に悲哀を感じさせた。今、こうして笑顔で楽しそうにしているのだから、そう感じる必要など無いのだけれど。
「さて、今日の目標を再確認しましょう。クモの目、だけで良かったですか?」
「最優先はクモの目、次点でクリーパーが落とす火薬ですね。足りない訳じゃないですけど、スプラッシュポーションの瓶は使い捨てですから」
言葉を言い終えるや否や、ルゥパさんはインベントリに手を突っ込み、深い闇色の“暗視のスプラッシュポーション”を取り出し、投げた。地面へ叩きつけられたスプラッシュ瓶はパリンッと音を立てて簡単に割れ、中身がモヤとなって私たちを包んだ。そして、松明の明かりがより眩しく、照らされていない暗い林の中も、こちらを伺うスケルトンも見えた。
「ありがとうございます。よく見えます。それにしても、随分と濃いようですね」
「スプラッシュなので。故郷の村でだとコレを使うのは緊急事態なことが多かったので、つい癖で濃くしちゃうんですよね」
「そうですか」
「はい。……それじゃあ」
軽く一息ついた彼が、腰に下げた剣を鞘から抜いた。鉄の剣は職人魂が込められた証である揺らめく煌きを放っていた。
「──狩りを、始めますか」
それまでの好青年な顔は何処へやら。獰猛な獣のような鋭い眼つきに、つり上がった口角。好戦的でもあり、ニイッと歪んだ目からは少なからぬ憎しみの感情が醸し出ていた。その顔は彼がモンスターに村を滅ぼされた人間なのだと、改めて思い知らせてくる。
「……目的を、お忘れず」
もしやと思い一言告げれば、ルゥパさんは僅かに肩を跳ねさせ、クスッと困ったように笑った。
「そうですね。命で遊んじゃ、ダメですからね」
遊ぶというより、あの気迫は、虐殺を目論んでいたように見えましたけどね。
彼の過ぎた殺気が収まったところで、私も背負った剣を抜いて、飛んできた矢を弾き落とした。
「ヒューッ!」
「勿論遊んではいけませんが、差し迫った危機に対して笑って威嚇するのは、悪いことではないと、私個人は思いますよ」
「相手をひるませるかつ、己を鼓舞する為なら、笑っていいと。なるほど、なぁ!」
私を射抜こうとしたスケルトンは、ルゥパさんに早撃ちの3連撃を浴びせられて、煙となって消えた。
強めに吹いていた風が止み、こちらに気付いた魑魅魍魎達の足音が、唸り声が聞こえてくる。なんて不愉快だろう。全身粟立ち──血が熱を持つ。俊敏のスプラッシュポーションをルゥパさんが地面に叩きつけ割った音を合図に、こちらから奴らに向かって接近してやった。
早くなった足でゾンビの懐へ飛び込み、よく見えるようになった目で的確に急所を狙って切りつけ、貫いた。
役割分担は自然となされ、近接戦闘は私が。中長距離戦闘はルゥパさんがこなしてくれる。スケルトンの矢が
「あはぁ♡」
あぁ、違う。弓を使って戦っていた方がより視界が広く取れるからだ。
ルゥパさんの視線の先には、木の上でノロノロ動くクモの姿が。それを一足先に見つけた彼の表情は歓喜と期待に満ち、笑みは加虐者のものだった。
しかし、クモを長いこと狩れなかったとは、どういうことだろうか。ドゥンとの会話で雪山に居たと語っていたし、寒い地域にクモは現れないのだろうか? そのお目当てのクモを見つけたにも関わらず、ルゥパさんは挑発に1発撃つだけで、そのクモから目を離した。
「いいんです? 待望のクモですよ?」
「ん? やー、今射抜くと、あそこまで取りに行かないとじゃないっすか。あっちから来てくれた方が、楽っすよ!」
弓から鉄の剣へ持ち替えたルゥパさんが高く飛び上がり、クリーパーにジャンプ切りを放った。私を狙っていた為に不意を突かれたらしいクリーパーはその一撃で地に沈み、砂と火薬の山になった。足が付かず不安定ながら的確に急所を狙った、素晴らしい一撃でした。その後彼は直ぐに弓へ持ち替えた。
「ヘイリグさん、1匹のクモからポーションに使える目玉って、どのくらい取れます?」
「状態にもよりますが、基本全部使えるので6個程、でしょうか」
「へぇ、1匹で結構なデバフポーションが作れるんすね」
「透明化も、ですが。それより、ルゥパさんがデバフポーションを作ったことが無いことが意外です」
「そうですか? 発酵の方法も旅の中で見つけた本で見ただけで、まだ試したことないんですよね~。多分、俺の師匠になってくれた神父さんがデバフ系が苦手か、嫌いだったんだと思います。話を聞いたことがなかったので」
「作らなくとも知っとくべきではあるのですがねぇ。割とご高齢な聖職者だったのですか?」
「ん~、そう、かもですね」
何でもない調子でお喋りしながら、辺りに蔓延るモンスターたちの命を刈り取っていく。ゾンビにスケルトン、クリーパー。これからクモも参戦するだろう。奴らを討ち取った後に素材が辺りに転がっていく様は地面に掘り当てたダイヤが散らばっていくようで、興奮しちゃいますね!
カサカサ、シューシュー音を立てて近づく、黒い影。私がそれを認識すると同時にルゥパさんが武器を再び弓から鉄の剣に持ち替えた、チャキッという音が聞こえた。
「来たっ」
歓喜に震える小声の直後。ジャンプ攻撃を仕掛けてきたクモへ一撃食らわせる音がした。ジャァァァというクモの断末魔とひっくり返って地に伏せる音。それから付いた体液を飛ばす剣を振り払う音。全て私が背中越しに聞いた音だった。
「やっぱ虫特攻は気持ちいいな!」
なるほど。だからダイヤ剣ではなく鉄の剣だったんですね。一撃で屠れるように。
「まだまだ、いるっすね!」
「火薬も溜まってきてますし、いい調子で回収出来そうですね」
「でも、目ェ潰さねぇように狩らないと、っすね!」
その言葉が気になって振り向いてみれば、ルゥパさんが屠っただろうクモは正面から真っ二つになっていた。これじゃあ2つしか回収できないでしょうね。それに丁寧に取れなければ潰してまたダメにしてしまうかもですし。
「感謝をお忘れず」
「はい!」
狩りは、お天道様が森からお顔を出すまで続いた。
遠くで、村のニワトリたちが鳴いていた。それにアンデットが浄化される際の断末魔が被らないのは、なんて清々しいのだろう。
ルゥパさんが放った矢や、モンスターたちが落としていった火薬や骨といった素材に、放置出来ないゾンビ肉などを回収する。そろそろいいかと切り上げようとしたところで、クモの死骸を一箇所に集めていたルゥパさんが「フゥッ!」と大きく一息ついて、腰を支えてのけぞった。平原を改めて見渡すと、黒い姿がなくなっていた。集め終わったみたいだ。今回
「お疲れ様でした。では早速、クモの目を回収していきましょうか」
「はい!」
「まずは、目玉付近の薄皮部分にナイフで切り込みを入れ、指をねじ込んで隙間を作ります」
「はい!」
新鮮であればあるほど、発酵させた際に質の良い素材になる。なので村の中に戻らず、そのままクモの目を剥ぎ取っていく。以前から他の動物や魚などを捌いてきたと語った通り、ルゥパさんの手付きに迷いは無く、たった2匹を練習台にしただけで及第点の出来にまで上達した。ドゥンやスタークでさえ『勝手が違う!』と言い訳して忌避してしまったのに、この人はやはり根っからのポーション研究家のようだ。
数をこなせばこなすほど捌く速度は早くなり、16体目に手を付けた頃には、私が捌いた時と遜色ないものとなっていた。そして最後の1つを取り出し終えたルゥパさんは満足げに額の汗をぬぐい、緊張で上がっていた肩を下ろした。
「ふうっ!」
「素晴らしい手捌きでした! これだけ丁寧に処理していれば、このクモたちも報われることでしょう」
「そうだと、いいですね」
「さあ、次は彼らの身体を燃やし、魂を天に返しますよ。穴は掘っておきました」
「はい。ありがとうございます」
休む間も与えず、彼が夢中でクモを捌いている間に用意しておいた、底に藁を敷き詰めておいた穴にクモを並べ入れた。16体全部並べ入れたら藁を被せる形で掛け、松明を穴の中央に向かって投げ入れた。よく乾燥した藁はあっという間に燃え広がり、その下のクモにも燃え移っていった。パチパチと音を立て燃えていくクモ。その煙は風に邪魔をされず、青空へと吸い込まれていった。
私の隣で同じように膝をついてお祈りしていたルゥパさんが、地面に尻をつけて楽な体勢を取った。
「いっつも不思議に思ってたんすけど、どこからともなく現れる方のアンデット系とかエンダーマンって、死んだらなんで煙になっちゃうんすかね。クモとかクリーパーとかファントムとかはこんな感じで、そのまま残るのに」
「クリーパーは果たしてそのままでしょうかね。しかし、それは私にとっても長年の疑問です。しかも完全に煙になるわけではないところが、また不思議ですよね」
「ゾンビ肉とかなんにもならないから、残されても処理に困るんすけどー」
「え? あれは非常食にもってこいですから、洞窟で遭遇したときは儲けもんだと思いますよ」
「え」
おや、まさか食べた事が無いのでしょうか。旅人なのに、それもポーションの素材を探し回っているのに、不思議ですね。
「聖職者を目指す修行の際、見習いはもれなくゾンビ肉を口にします。洞窟の中や、動物がいなかったり作物が育たない環境であれば、そうするしかないからです」
「そんな……他の動物とか魚でさえ、腐ったら食えないのに……。何も影響無いんですか?」
「腹痛や吐き気に襲われはしますが、一時的な飢えを凌ぐ為ですから」
「……信じらんねぇ」
こちらを疑う目で見て身体を引く態度から、言葉通り、彼にとってゾンビ肉を口にすることは信じられないことなのだろう。親しみを感じるという評価が覆りそうですね。
ルゥパさんの左手が顔に当てられた。
「ま、まぁ、牛乳飲めば不調は治るし、腹を満たせば良いってだけなら、アリなのか……?」
「それも無い時もありますけどね」
「……つくづく、自分のインベントリの容量が人より多くて助かったと思います」
「そうなんですか。それは羨ましい。なるほど、そのおかげでゾンビ肉を食べずに済んでいたんですね」
私の指摘に、ほんの少しだけ目を泳がせたルゥパさんは「はい」と頷いた。
「食べずに済んだっていうか、食べるって発想に至らなかっただけっすけど」
ああ、言い訳されてしまった。それでは目を泳がせた理由を聞き出せないじゃないですか。これでは、
最近気が付いたのですが、最初で主人公の村が滅んだのも、欝展開ですよね。ですが私、タグに付けた欝展開はこれを指摘したわけじゃないんですよね。
何が言いたいかと言いますと……。もっともっと後に欝展開が待ってます♡