人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
母親さんたちに混じって朝食をありがたく頂いたら、早速教会に赴いた。教会のシンボルになってる十字架が描かれた旗をくぐれば、奥に石で作られた十字架のモニュメントがある礼拝空間が広がっていた。ま、用があるのはこの奥なんだけど。
モニュメントの裏にある扉をノックすれば、中から扉を開けてくれたヘイリグさんが待ってましたって感じの笑顔で出迎えてくれた。挨拶もそこそこに、昨日も来た作業場に通してもらったら、お目当ての壺を出してもらった。壺自体は何の変哲も無いけど、中身を思うと身体がワクワクで熱を帯びてくる!
「ぬか床、いい感じですか!?」
「ええ。丁寧に処理できたおかげで、質がいいですよ」
「やった!」
壺の蓋を開けてもらってワクワクしながら覗き込むと、むわっと、甘くて生臭くてなんかちょっとあったかい匂いが鼻に飛び込んできた。ヴッ。
「これは……! 良いデバフ効果が期待できそうっすね……!」
「フフッ、初めてコレを作った人は大抵、そんな顔になりますよ」
「ヤな顔して、スンマセン……」
取り繕うのを止めて、鼻を抓みながら中を改めて覗き見る。壺の中身は昨日から様変わりしてて、サラサラだった白い砂糖が、溶けて薄い赤紫色に濁った液体もどきになってる。茶色のキノコとクモの目から染み出た水分で砂糖、こんな感じになったんかな。
もっと口が広くて比べて浅いバケツ2つに壺をひっくり返して、砂糖液とそれ以外に分けて取り出した。ぶえっ、くっせ! 慣れないなぁ!
「あれっ、色、変わってる……」
壺から取り出したクモの目をよく見てみると、昨日よりドロドロのゆるゆるになって、変に明るい色になってた。神経の部分は完全に溶けてなくなってるらしい。形も丸く、ちょっとだけ膨らんでる。きっしょ。
「発酵すると、多少色落ちするんですよ。だからほら、砂糖とキノコに色移りするんです」
「あ、本当ですね」
溶けた砂糖は勿論、昨日は確かに茶色だったはずのキノコも若干赤紫色が入って、酷い色になってた。
「この残った方って、どうするんですか?」
「こちらは大釜で長時間焚いて、水分を飛ばしたり雑菌を消毒してから、コンポスター行きですね」
「なるほど。加熱消毒の後、土に還すんですね」
さて、出涸らしの処理方法も判明したことだし、本題に戻ろう。
「そして、これが噂の、“発酵したクモの目”って、ことっすね」
「ええ。見本にしてもいいくらいの、理想的な仕上がりです。よく見て覚えておいてください」
「はい!」
手のひらに乗せたそれの感触は、剥ぎ取ったばかりの時の筋肉の強張りは全く無くて、プルプルしてた。砂糖のおかげか、余計な水分は抜けても保水されてる。軽くつまんだ感じ、プルプルしてて弾力もある。これは刻む時にちょっと厄介……いや、待てよ?
「ヘイリグさん、これはポーションにする時、刻みます?」
「いえ、雑味が多く出てしまうので、これに関しては刻みませんよ」
「そうなんですか! あ、だとすると、あんまり量が作れなさそうっすね」
「今の、嘘なんですけど……」
「えっ、なんで!?」
なんでこのタイミングで嘘つくの!? 意味なくない!?
「いや、普通デバフポーションは口にしないですよ?」
「え? 初めて作ったポーションって効果を試し飲みしません?」
「え?」
「え?」
不思議がる俺に対して、ヘイリグさんは険しい顔をした。
「……デバフ、ですよ?」
「そうっすね? でも牛乳ありますし、問題なくないっすか? 俺前に青くなったジャガイモで作ったポーションで毒受けて泡吹いて倒れた事ありましたけど、牛乳で解毒して事なきを得ましたよ?」
「えっ」
「え?」
「えぇ……」
うわっ、ヘイリグさんにドン引きされた。研究歴も人生も先輩のヘイリグさんに引かれるて、俺……。そういや、神父さんも試し飲み止めろって言ってたなぁ。懐かしいや。
溜め息をついたヘイリグさんがテーブルに身体を預けて、俺の顔を見てくる。
「ずっと気になっていたのですが、貴方の師匠はいったい、どんな方だったんです? あぁ、神父だという話でしたね。名前はなんですか。聞いたことがあるかもしれません」
「神父さんの名前、ですか?」
「ええ」
名前を聞いただけで分かるもんなんかな。まあいいや、さっさと言おう。神父さんの名前は──
「サグラッド、さんですよ」
しっかり覚えてても余り呼んだ事のない神父さんの名前を教えたら、ヘイリグさんの目が見開かれた。
「サグラッド……?」
「は、はい……。俺が村を出た時点で、ヘイリグさんより年齢上だったと思います、よ……」
「……」
えっ、なになになになに。俺なんかマズイ事言った? ヘイリグさん、口元を手で隠して床に目を向けちゃったんだけど。何か考え事してるって事は、サグラッドって名前に心当たりがあるって事、だよな? ……ま、まさか!
「しん、サグラッドさんって、な、なんか、やらかした人……なんですか!?」
「え? あぁ、いえ、まぁ、やらかしたと言えば、やらかした人、ですけど」
「!!??」
し、神父さん!? 神父さん、いったい何をやらかしたんですか!? やらかしたから逃げて、海を越えて、船が難破して、うちの村に流れ着いてきたんですか!? 俺としてはそのおかげで今があるからなんも文句言いませんけど! で、でも、神父さんにそんな、不名誉な話が……!
「心配せずとも、貴方が思っているような不名誉なことではありませんよ。あの方は、私のような中央教会を出た人間にとっては、崇めるべきパイオニアなんです」
「パイオニア……」
ヘイリグさんは胸の前で手を組んで、微笑みを浮かべる。閉じた瞼の裏には崇める神父さん、もとい、サグラッドさんの顔でも浮かんでいるんだろうか。
「神父さんって何をやらかしたんですか?」
「……あの方は、中央教会の思惑を否定して、ポーションの製作技術をもっと世の中に広めるべきだと大体的に主張した、初めての人でした」
「……うっそだぁ」
「な、なぜここで疑うんです?」
俺のしかめっ面での否定の言葉に、ヘイリグさんが驚いて変な顔した。なんでって、そりゃあさぁ。
「ただでさえモンスターが命を狙ってくるこの世界で、人間の生存率を少しでも上げなきゃ教会の教えが広まる訳ないじゃないですか。信仰する人が居なきゃ教会にお布施は入りませんし、資金が入らなかったら存続できない。なら、教会はポーションの作り方を積極的に広めるべきでしょう?」
広めるべきとか言ったけど、まぁその難易度は凄まじい。だって基礎の素材があるのがネザーだぜ、ネザー。世界に入ったとたん水が蒸発するようなマグマの世界で、こっちの世界より強いモンスターから素材剥ぎ取らなきゃいけないんだ。簡単に広まるもんじゃないって事は俺が一番知ってんだ。俺、他の人間にネザーの歩き方を
神父さんに言われたことと俺自身の解釈を組み合わせて主張したら、ヘイリグさんから生暖かいような、切ないような目線を送られた。なに。
「貴方は本当に、あの方のお弟子さんだったんですね」
「! へへっ!」
わ~~っ! そんな風に褒めてくれる人、はじめて~! 神父さんのこと知ってる人に会うのも初めてだし、認められて超うれしい〜!!!
「じゃなくって!!」
話がメチャクチャになってるんだけど!? 抗議のつもりで机を平手で叩いたらヘイリグが声上げて笑っちゃった。
「私の知る中央教会の闇はまぁまぁ深いので、先にデバフポーションから作っていきましょうか」
「ヤミッ」
「出来上がったポーションの効果をお試しするにも、冷まさないといけないでしょう?」
「そ、そうっすね」
何かメッチャ気になる話が出てきたけど、ひ、ひとまずポーション作ってくか。集中力と繊細さが必要な作業だから、余計な考えは捨てないとなんだよな。
「あ、じゃあ、やっぱり刻むんですか」
「ええ。通常は刻みます。その方が節約になりますし、エキスもよく煮出せますからね」
「うげぇ……」
「気持ちは分かりますが……。しかし、透明化に関してはそうでもないです。刻まなくていい理由は、匂いや色、味がキツくなることを防ぐ為です。その分コストは高くなりますが、大分飲みやすくなります」
確かに、アエデちゃんたちのトコで嗅がせてもらった透明化のポーションは大して臭く無かった。それは発酵したクモの目を1瓶につきまるまる1個を贅沢に使っていたからか。そりゃ高くなるワケだわ。
「人間が飲むか飲まないかで、素材を贅沢に使うかどうかが決まるんですね」
「一手間加えるかどうかって言い方をしてくださいよ。ま、君には関係ないでしょうけど」
「勿体無いんで、全部刻んで入れますわ」
「試し飲みの話なんですけどねぇ。それじゃあ、このクモの目を切ってください」
「はい!」
ヘイリグさんが指差した発酵したクモの目を、自前の古いまな板で刻んでった。濡れてブニブニするし丸い上に弾力があるから逃げられて、これめっちゃ切りにくいわ。
今回作るデバフポーションに必要なものは、“俊敏”、“治癒”、“暗視”のポーションと、全てのポーションの元になる“奇妙なポーション”に生のクモの目、それからただの水入り瓶。
出来上がりの予定は前から順に“鈍化”、“負傷”、“透明化”に、“毒”、そして“弱化”。この5つだ。
はぁ……ついに!
「初めてですし、1つずつゆっくり作っていきましょうか」
「はい。あの、作り方に何か特別な手順はありますか?」
「いいえ、通常の手順と変わりありませんよ」
「分かりました。それじゃ、よいしょっと」
持ってる5つある醸造台の中から一番新しいやつをインベントリから取り出したら、「年季が入ってますね」って言われた。……そろそろ、新調しよ。うん、まだ粉にしてないブレイズロッドがあったはずだし。
石造りのテーブルの上に移動させた醸造台。まずはブレイズパウダーを台座の石部分に蒔いて、それから“俊敏”ポを3つ、蓋を外してから台座に置いてクリップで留めた。ちゃんと固定されてるのを確認したら、このあと瓶に差す
どんだけ辟易してたって結局飲むだろう自分にも呆れながら、沸いてきたポーション瓶の口に漏斗の細い筒部分を突っ込んだ。ポコポコ沸く薄い空色の液体はすぐさま上の刻まれたクモの目入りの漏斗に吸い込まれてった。
「うげぇ」
ついに声に出して気持ち悪がっちまった。だってさぁ、発酵したクモの目が液体に浸された瞬間、色がぶわぁって広がって、空色だった液体が青みがかったくらい灰色みたいな色になっちまったんだもん。さっきまで3つとも綺麗だったのに!
漏斗の中でクモの目と液体を木べらでかき混ぜて抽出を手伝ってると、ブレイズパウダーの効果が切れたらしい。熱が引いてきた下のポーション瓶の中に液体は逆戻りしてった。クモの目は目の細かい布を貼った漉し器に阻まれて下には入っていかなかった。計算通り。ってうわっ、色もっと抜けて白くなってやがる! きっしょ! さっさとコンポスターに持って行きてぇ!
「こ、これ、いい感じですか、ヘイリグさん」
「ええ。初めてにしては本当に上出来です。この調子で、今の緊張感を保って、次もやっていましょうか」
「は、はい!」
こ、この暗い色で、成功なのか。透明化のポーションはあんなに鉄色で綺麗なのに。
出来たばかりのポーション瓶は熱いから、防寒用に作ってた牛革(内側羊毛)の手袋で掴んで、自前の仕切り付き木箱に移した。粗熱、ちゃんと取れてくれよ~。
時々休憩を挟みながら、集中してポーション作りに勤しむ。途中でドゥンさんとかスタークさんが様子を見に来たけど、クモの目を取り扱ってるのを見たら「用事を思い出した!」って顔を青くして退散してった。どんだけ嫌なんだよ。
カヌプもパーデも来るかなって思ってたんだけど、出来上がるまでついに2人は来なかった。もしかしたらスタークさん辺りに止められてたのかもしれないな。パーデのお兄ちゃんがスタークさんらしいし。全然似てないよなぁ。
そんな、若干寂しくなりながらもデバフ(+透明化)ポーションを一通り完成させた。
暗い曇り空色の“鈍化のポーション”
古そうな血の色の“負傷のポーション”
鈍い鉄色の“透明化のポーション”
どこか濁った深緑色の“毒のポーション”
イカ墨色の“弱化のポーション”
全体的に悪い色のポーションだな。作ってみた感想としては、透明化のポーションはもうちょっと上手く出来るハズ。ってのと、負傷ポってもしかしたら、別効果のポーションからでも作れるんじゃないかって感じかな。負傷ポとか、毒と効果似てるじゃん、あの本見た感じ。だから、わざわざ治癒ポを使わずに毒ポから負傷ポ作れたりするんじゃねぇかな。そしたらきらめくスイカの節約になるし。
そんなことを考えながら、木箱の1枠1枠に収まってるデバフポーションを眺めてると、気付かない内に生唾を飲んでいたらしい。若干引いてるヘイリグさんが「試し飲みするにしても、まだ粗熱取れてませんよ」って言ってきた。分かってますって。1回冷めなきゃ味も匂いも効果も落ち着かないし。なんでも出来立てが美味しいとは限らんのよ。一旦冷まして具材に出汁を吸わせた方が美味しいのが煮物料理だしな。多分、ヘイリグさんが言いたいのはこの事じゃないけど。
片付けられるものだけ片付けた。まだ熱を持ってる醸造台は石造りの作業テーブルに置いたまま、部屋の中央を陣取る木製テーブルでお茶会を始めた。話題は勿論、神父さんのパイオニアな話。俺はあの考えが神父さん発なんて絶対に信じないけどな。だってあんなの皆たどり着いて当然な考えじゃん。人がいなきゃ信仰は途絶える。だから生き延びなきゃいけない。ほら、当たり前だろ? まあ、神聖な組織の闇とか裏側とか、人の興味を唆るワードだよな。ネザー要塞の不可思議みたいな感覚で気になるわ。
粗熱を取ってるポーション瓶入りの木箱は開けた窓のそばに置いて風に晒してる。それに背中を向けて、ヘイリグさんが出してくれたお茶をお供に話を聞く姿勢を取った。
「それじゃあ、ヘイリグさん……」
「ええ。そろそろ、私の知っているサグラッドさんの信念を、それを否定した教会の話をしましょう」
正面に座るヘイリグさんの青い目が、発言の後、途端に暗くなった。その闇にヒュッと引きずり込まれそうになって、思わず息を飲んだ。