人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
大釜に入った水を木のジョッキで掬って、掌の大きさの丸底瓶にトプトプ注ぐ。ちょっと溢れたりして瓶の外側に付いた水滴を布で拭いてから、醸造台のクリップに挟んだ。
1つの台に3つの瓶をセットしたら、その下の石の土台にブレイズパウダーを決めた量だけまぶす。醸造台に使われてるブレイズロッドの影響でなのか、他に燃料が無くても粉だけで勝手に熱くなってくれる。その熱で丸底瓶の中身を沸かすんだ。
沸騰するまで待つ間に、瓶の上にセットするガラスの漏斗の準備をする。
円柱状の平たい瓶の底に、細い筒が付いた感じの見た目の漏斗。その境界を目の細かい布を張ったろ過器で蓋するみたいにして、それに細かく砕いたネザーウォートをスプーン1杯分入れる。
漏斗も丸底瓶の分用意して、お湯が沸いた瓶の細い口に漏斗の細い筒を入れた。粘着力は無いけど弾力のあるスライムが漏斗の細い筒の上に付いてて、それで口を密閉された丸底瓶。そしたらなんか、加熱される下の瓶から冷たい方へ逃げるみたいにお湯が上に吸い込まれていく。ボコボコ沸いてるそれにネザーウォートが浸されて、赤黒い粉が漏斗の上部分で踊った。
抽出に偏りが出ないように細長い木べらでかき混ぜる。一気に3つ分お世話しないといけないから忙しいけど、ネザーウォートを細かく砕いてる分、成分も出やすくなってる。充分かき混ぜ終わって少し経てば、ブレイズパウダーが反応し尽くして、温度が下がった丸底瓶の方にお湯は落ちていった。濾過されて粉は下に落ちないし、色もそんなに移ってない。あんなにエグい色してんのにな。
少しだけ黄色みというか赤みがかったうっすい色のこの液体が、ほとんどのポーションの基礎になる、通称“奇妙なポーション”だ。
「えっと、この台は~、治癒のポーションだったよな」
正面の壁に貼った看板の“治癒”“きらめくスイカ”の文字を見て確かめてから、あらかじめ細かく切っておいた素材を別で準備してたガラスの漏斗に注ぎ入れた。
それの職人になりたいくせに、俺はまだまだポーションの事についてよく分かってない。
ポーションを作る為の水入り瓶を加熱すんのに燃料が木炭じゃダメな、ブレイズパウダーじゃなきゃダメな理由も分かんないし、一々奇妙なポーションにしてからじゃないと追加の素材が効果を発揮しないのもワケ分かんない。
なんなら、牛乳飲んだら大体の効果が即座に解消される理由も分かんない。だからウチの村だと、牛は神様なんだけど。
分かんないって言えば、話めっちゃ変わるけど、俺嫌いなのにゾンビのこともあんま知らねぇな。
あの腐れ野郎ども、どっから湧いて来てんだろう。てかなんで俺らを襲うんだ? それに、なんで、生きた人間もゾンビになるんだ……? 存在するってことは、何か理由があるってことじゃん?
……誰かの意見を聞きたいけど、これなぁ。相談すんの、俺がまだあの事件を引きずってるって思われるのが確定だから、ムリだよなぁ。俺は意見交換してぇだけなのに。
分かんない繋がりで言ったら、なんで骨粉で農作物が普通に育てるよりずっと早く育つんだろ。コレよく考えたら結構ワケ分かんなくね? いやでも、だから俺たち飢えなくて済んでるトコあるし、困ることじゃないし、いっかぁ。
とか考えてたら、神父さんが帰ってきた。平べったい竹かごの中には瑞々しい、色とりどりの野菜がたくさん入ってる。
「お帰りなさい。今日もいい感じに立派っすね」
「ただいま。そうですね。ルゥパ、後でこれもみじん切りにお願いできますか?」
「はーい」
ニンジン・じゃがいも・玉ねぎ・トマト・ビートルート。それからキラキラ輝く金のニンジン。栄養価が高いからそんな名前になってるんじゃなくって、正真正銘、黄金色のニンジンだ。
教会の裏には俺たち自慢の畑があって、そこで普通の作物と、ポーションの素材になるちょっと特殊な作物を育ててる。……肥料に金を混ぜるとか、どんな思考回路したら思いつくんだ先駆者。んで、なんでお前で暗視のポーション出来んだよ、金のニンジン。
粗熱が取れたポーション瓶をもっと冷やす為に、水流に浸した木枠の箱の中に1つ1つ入れていく。この時、特にスプラッシュ瓶だと粗熱が取れてないのに水の中に入れたらガラスが割れて大変なことになるから、ここも横着したら死ぬ。この水流の行き着く先は海だから、真面目に慎重に作業した。ブアおばあちゃんになんかあったら俺ヤダ!
気の抜けない作業を一通り終えたら、やっとこの地下の冷暗所から解放される。いやぁ~、自分で作っててなんだけどさぁ、割れたらネザーより地獄になる可能性のある作業は、結構疲れんな~。
ポーションは炊いて作るよりも、冷まして保存するまでの時間の方が圧倒的にかかる。待ってるだけでいいから他のこと出来るし、作業手順が少ないから気軽に実験も出来んだけどさ。
そのポーションが冷めるまでの時間で書いてた記録と、今実際にあるポーション・使った素材の数・残りとかの数を見て確かめてから、上に戻って神父さんに報告する。あー、朝から作業してて、もうすっかり夕方じゃーん。てかなんかさ、雲の流れ、早くね? もしかして外、風強いんじゃね? まぁあれ飛ばないだろうから大丈夫だろうけどさ。
台所近くの窓から見える、風に飛ばされないように網に挟まれた開きになった魚とそれ以外たち。規模の小さな天日干し場が、傾いた陽の光に照らされていた。
ポーションの新しい素材を探すのがずっと昔から大好きで、最近は海由来の素材が俺の中でキテた。でも今日は、ちょっと趣向変えようかな。そろそろ乾いただろアイツ。
「ルゥパ」
色々考えながらガラス窓から天日干し場を眺めてたら、ビートルートスープを煮込んでる神父さんが俺を呼んだ。
「なんすか?」
「今日もポーションの開発するんですよね? 今回は何を素材にするんです?」
「そうっすね。今日はこないだの襲撃で討伐した、ファントムから剥ぎ取った皮膜を使おっかなって思ってます」
「ファントムの皮膜! それはまた、
「ファントムにかけて?」
「分かりやすすぎましたかね?」
「滑ってるっすよ」
「えぇ……」
少なくとも俺には刺さらなかったから多分ダメ。ちょっと自信があったっぽかった神父さんはしょんぼりしてから、鍋を木べらでかき回す腕はそのままに、また俺の方を向いてきた。
「それはそれとして、皮膜を素材にするなんて、よく思いつきましたね」
「えぇ? 別にっすよ。手に入れたやつを片っ端からポーションの素材にしてんの、神父さんが一番知ってるじゃないっすか」
「そうだとしてもですよ」
ふんわり、俺に向けられてる青い瞳が優しく細められた。
「毎度毎度、君の冒険心と探究心には感心させられます。自分の身体を犠牲にしてまで実験に取り組むのは少し、いや、大分恐ろしいなとは思っていますが」
「えー」
「君はもう少し自分の体を大事になさい」
「十分してますけどー」
「こないだ青くなったじゃがいもで試作品作って飲んで、泡吹いて倒れたのはどこの誰ですか?」
「腹痛がやばかっただけだったじゃん! それも牛乳飲んだら治ったし!」
「その慢心が命取りなんです! もっと慎重になりなさい。せめて、私の居る前で飲みなさい。そうじゃないと、いざという時に助けられません」
「はい……」
相変わらず、説教する内容が俺のことを考えて、心配してのことだから、もうなんも言い返せん。今度は俺がしょんぼりしてたら、鍋を焚いてる竈から別の竈に下ろした神父さんが笑った。
「しかし、いつだって世界に革命をもたらすのは、冒険心がある人間です」
え、何、神父さんかっちょいい。驚いて床から神父さんにまた顔を向けたら、俺を見据えてくる青の瞳に宿るのが優しさだけじゃなくなってきてた。
「先人の知恵を活かしながら、少しずつ進歩させるのも大事なことです。しかし、船を作って大陸を渡ったように。
教えを説く神父さんの声が耳に馴染んで、スーッと頭に入ってくる。
「実際に会ったことも話したこともありませんから想像でしかありませんが……。きっと彼らは、あなたのようになんでも試す楽しさを知っていて、何度失敗しても不屈の精神で実験を続け、新しいものを探して歩き回り、そしてあるとき、奇跡を起こしたのでしょう。それも、再現性の高い奇跡を」
「……奇跡、っすか」
「君はもう既に1つ奇跡を起こしているじゃないですか。釣り人たちに厄介がられていたフグを活用した、水中呼吸のポーションを開発して」
「あ、れは、たまたま……」
「有効性を求めて実験を、これからもするつもりなんでしょう? 奇跡は行動を起こした者にしか訪れません」
似たような言葉はいくらでも、この神父さんから聞いてきてるはずなのに。照れて、背中が丸くなりそうになるのに、芯のある声で説教されると、ほんとに背がシャンとしてくる。
「ルゥパ」
「はい」
「これからもあなたの活動に期待しています。あなたの冒険に、そしてあなた自身の人生に、幸多からんことを」
「……ありがとう、ございます」
嬉しさと恥ずかしさで、いよいよ目が合わせられなかった。あー今絶対顔赤いし、ニヤニヤが堪えきれてないじゃん。あーやっべ、うれしー!
とか気持ち悪く照れてたら、急に部屋の中が暗くなった。まさかと思って見上げれば、やっぱり空に分厚い黒い雲がかかって、太陽を覆い隠してた。あれ絶対雨雲じゃん!!
「やばぁっ! 天日干ししてるやつ、早く取り込まねぇと!」
せっかく乾いていい感じに美味しく違っ、素材にしやすくなってきてんのに、腐らせたら勿体ねぇ! 急がねぇと!
弾かれるように教会から飛び出して、建物横に走り出す。重たい雲からゴロゴロ、雷が落ちる準備してる音が聞こえたけど、関係ねぇ!
ファントムの皮膜を干してる網に着いた途端、風が消えた。音が消えて、空気がとんでもなく冷えて、ザワッと、全身が粟立った。
なんだ。なんか、すごく、悪い予感が──
世界が白く光って、頭のてっぺんから足のつま先まで、激痛と灼熱で埋まった。